Act.4 [冒険の旅へ!(お屋敷編)]
それは小さな手に握られた鍵。
どこの鍵なのか、何のための鍵なのか知らないけれど生まれた時からずっと手の中に存在した大切な鍵。
それは何のための鍵なのか―――。
その問いに答えられるものは誰もいない。
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今日は絶好の探検日和です!
皆様どうもこんにちは。やっと1歳を迎えお屋敷探検を許されたルシィことルイシエラです。
ここまでがほんっ!とうっ!にっ!!長かったです!!生まれて半年ごろでタッチもでき、ふらふらと安定は欠きますが歩けるようになった私でしたが、何やら過保護な周囲の大人たちの所為でどこに行くにも抱っこにおんぶ。楽なので助かることは助かるのですが、前世で病弱虚弱体質でろくに歩けなかったものですから私としては自分の足で色んなところに行ってみたかったのですよ!!しかし!高速ハイハイを駆使して周囲のメイドをかく乱し、部屋から出ようとするたびに侍従に捕まり。こっそり忍び足で部屋から脱走すればいい笑顔の執事に確保され、しまいには父さまや母さまにまで捕まる始末。
特にナイスミドルな執事さんに捕まった時はマジ怖かったです……。にっこり笑顔なのに目が笑ってないとか、執事パネェ。
そんなこんなで拙いですが片言で喋れるようになってから何とか説得に説得を重ね、最後は泣き落しをしてまで一人歩きを許されました!
まぁ、一人歩きといってもあくまでおんぶや抱っこをしての移動ではなく、自分の足での移動を許されただけで私の後ろには世話役のメイドさん一人が常に控えていますが……それはそれ、これはこれとしていざ!探検へ!!
「ルーしゃん!ルーしゃん!これなぁあに?」
むぅ残念ながらまだ上手く舌が回らないためにどうしても言葉は幼児言葉になってしまいます。それに若干の羞恥心が頬を赤らめますが今の私はかつてないほどにハイテンションです!
ちなみに私の世話役メイドさんのルーさんならぬ《ルーナ・エルバ》さんはオレンジ色の髪に鳶色の瞳のナイスバディな女性です。その豊満な谷間に包まれた時の私の衝撃と言ったら…くぅ!取り敢えず柔らかかった、とだけ言っておきましょう。
私はルーナさんと呼びたいのですが、憎いことに回らぬ口に勝手に縮めて呼んでます。本人からは呼び捨てにしてくれと言われてますが、ついついさん付けをしてしまいます。まぁ本人は呼ぶ度に鼻を押さえて真っ赤な顔で「萌え!!」といい笑顔で叫ぶのでまぁいっか。と思ってスルーしてます。
「ルイシエラ様、走ったら危ないですよ!」
パタパタと走って廊下を駆ければ若干慌てたルーナさんの声が追いかけてきます。
「だって!」
ひょいっと細腕にも関わらず追いついたルーナさんに軽く抱き上げられてしまいました。
「やぁあ!あるくにょ!」
「ならば走らないで下さいませ。ルイシエラ様が怪我をなさってはご当主様たちが悲しまれます。」
「うぅ……」
恨みがましく見上げたルーナさんに怒られました。
しかしルーナさんの言葉も一理あり。ちょっと暴走しすぎたと反省します。
「ごめんにゃしゃい」
……舌が回らないこの口が憎い。特にさ行とな行が上手く言えないこの口が。
「はい。では私と一緒にゆっくり行きましょう」
ゆっくり、とその部分だけに力を込めるルーナさんが少し怖いです。
あ、いえ、ごめんなさい。反省しているので執事さんに告げ口するのだけは止めてください!!お願いですから!
*
「ルイシエラ様。ここが大広間です。ここでは誕生パーティやお茶会などを催したりします。」
「ほわぁあ」
それはとっても大きく広いお部屋でした。
ついつい高い天井に口を閉じるのも忘れて見上げてしまいます。それも天井にはドーム状の色つきの天窓があり透かし彫りで彫られた鳥や木々の絵が見事でした。前世での切子硝子を連想させるその美しさに言葉もなく魅入られます。ステンドグラスのような、でも一色で作られたそれは外からの陽の光で鮮やかにその表情を変えます。生き生きとした細工の鳥は今にも飛び立ちそうでした。
そんな硝子の色が広間を彩り、きらきらと壁を床を色づけます。
「この天井の細工は今から3世代前のご当主が奥様の誕生日に作られたそうですよ。」
「えっと……ひいおじいしゃん?」
「ルイシエラ様からは曾曾お祖父様ですね」
天井から視線を外して部屋を改めて見回します。
外庭に面したこの大広間は屋敷の中でも日当たりの良い南棟に位置します。前世の漢字で山の形の屋敷に右側の出っ張り部分ですね。ちなみに私の部屋はその反対の左側の出っ張り部分です。
それぞれ代ごとに改築や増築を繰り返して今の形になったそうです。屋敷の裏手は森になっており、アウスヴァン家の私有地なので他の人間が訪れることはありません。
森は公爵家の人間が代々守り続けているらしく。手つかずの森は動物たちの楽園だそうで。時折希少な動物などが訪れ、森を養うといわれています。どういう意味かわからず尋ねましたがその時は軽くはぐらかされてしまいました。
「ルイシエラ様も3歳の誕生日を迎えた時はここでパーティを行うのですよ」
「パーティ!?」
「ええ、貴族に生まれた子供は3歳と5歳、そして7歳の時に特別な誕生日としてパーティを開きお披露目と儀式を行うのです」
「へぇ」
それって七五三って言いません?あ、言わない?
前世の慣習を思い出しつい突っ込んでしまいました。
それはともかく、お客様をお招きする場所だけあって屋敷の中でも随分と立派な部屋です。
我が公爵家はどうやら見た目などに基本こだわらないらしく。本来ならば贅を尽くした屋敷であるものが体裁を整えるぐらいの調度品しかなく。もちろんその最低限も随分とお高い物らしいですが。本当に必要なもの以外は無いような屋敷です。
私も必要以上のものはいらないと考えますし……ですがルーナさんに言わせれば貴族としては屋敷は見栄を張る為のものだという概念があるためこの公爵家の家の状態は貴族的にあり得ないらしいです。
まぁ勿論その考えはわかりますけどね。やはり富と権力を表すのは金銀財宝が一番分かりやすくて、手っ取り早いものですから。
しかしアウスヴァン公爵家は武門の家。しかも根っからの将軍家なので父曰く華美な調度品は無用だそうです。
大広間の床を覗き込むと大理石のような乳白色の美しい石材が私の顔を映します。かつんっと鳴る靴音はルーナさんの足音。でも澄んだ綺麗な音についつい耳を傾けてしまいます。
「ルイシエラ様?」
何も言わなくなった私を怪訝に思ったのかルーナさんがしゃがみ込んで私の顔を覗き込みます。
「うーんと、きれい、な、おと!」
実はさっきから美しい旋律がどこからか聞こえていました。それを表すようにリズムに合わせて身体を揺らしていると。
「ああ!もう可愛い!!なんて天使な子供なんですか!ルイシエラ様!!これであの熊の血が流れているとは思えないっ!」
がばっと私を抱き締めたルーナさんにマシンガントークで叫ばれました。
……えっと、父さまは熊ではなく獅子ではなかったか?
言いたいことは分かりますが、ぎゅうぎゅうに抱き締められて少し今朝食べた何かが出てしまいそうです。ちょ、本当に苦しいぃ
「いい加減ルイシエラ様を離しなさいルーナ」
「ゼルダ執事長!」
かつんっとまた一つ綺麗な靴音が鳴ります。
いつのまにか鳴っていた旋律は止み、大広間の端。螺旋階段の上からナイスミドルな執事さんがこちらを見下ろしているではないですか!!
ルーナさんがゼルダと呼んだ彼は公爵家の執事を束ねる男性です。私は心の中でセバスと呼んでいますが。
だって灰色の髪をオールバックで纏め、きりっとした美しい口髭に片目にモノクルを掛けた彼をセバスと呼ばずになんと呼びますか!!?
全私が叫びます。彼こそがセバスだと!
ちなみに彼を怒らせると笑顔なのにブリザードが吹き荒れるという局地的異常気象が起きます。被害者は主に私と父さまです。
「ルイシエラ様。ご機嫌麗しゅう」
「せ――――ゼルしゃんも」
あぶねぇ!セバスって呼ぶところでした!
どもった私になにを感じてか、ぴくりと眉毛が動いたのに私もびくりとしました。
「ルイシエラ様。私のことはゼルダとお呼び下さいと申しましたが……」
ひェエエ!!!怖い!怖い!なんで笑顔なのに目が笑ってないんですか!?
季節は暖かいのにめちゃくちゃ寒く感じます。ここだけ局地的寒波に見舞われているようです!
「は、はいぃいい!!!」
「ゼルダ執事長!ルイシエラ様を脅さないで下さい!」
私を庇うように前に立ちはだかったのはルーナさんです。やばい、惚れそうです。
「ルーナ。君はルイシエラ様の世話係だろう?」
「そうですが……」
「ならばきちんと教えて差し上げなさい。我々とルイシエラ様は立場が違うのだと。それがルイシエラ様の為だ」
「分かっております……」
ゼルダさんの言うことは分かります。
あくまで私は公爵家の一員であり、彼らは使用人。同じ屋敷で生活していてもその立場は天と地ほどにあります。
もう少し爵位の低い家ならば良いかもしれませんが、王族の血に列ねる公爵家の姫が私です。自分で言うのもあれですが、今のところこの国で“姫君”と呼ばれるのは私だけなのです。
両親も仕えてくれる使用人たちを家族のように接していますが、きちんとその辺の線引きはしています。その辺の線引きが出来てない私に両親も使用人たちも苦笑しつつもきちんと訂正してきます。
「……どうしましたか?ルイシエラ様」
くどくどとルーナさんに苦言を呈するゼルダさんの服を引っ張ります。
「ごめんなしゃい」
「……ルイシエラ様」
「わたしがんばってなおしゅから、ルーしゃん――ルーをおこら、ないで?」
「ルイシエラ様!」
感極まったようなルーナさん――ルーナの声が聞こえます。
セバ――ごほんごほん!ゼルダも困ったように眉を下げるのが見えました。
「ゼル、もゼルでいい?」
「勿論でございます。」
残念ながらゼルダの3文字は実はとても言いにくくて、時々ジェルダと言いそうになります。不味そうな名前です。ゼがジェになってしまう言葉マジック……なので勝手に短くして呼んでいます。
私の言葉にやっときちんとした笑顔のゼルダ。今度は目も笑っています。しかもゼルダの笑顔はいつもがきりっとした凛々しい表情の為、笑うと目じりの皺がよりどこか少年のような幼い笑顔になります。心の中の私が叫びます。これこそギャップ萌え!だと。私のハートはゼルダに盗まれました。
「ゼル」
「はい。なんでしょう?ルイシエラ様」
「ゼル、があれひいてたの?」
あれ、と私が指差したのは螺旋階段の上にあるテラスに堂々と佇む楽器です。
「はい。先日あのピアノを調律したのでその確認に」
「おと、きれいだった」
「有難うございます。宜しければルイシエラ様も弾いてみますか?」
「いいの!?」
「ええ、ルイシエラ様はピアノを見るのは初めてですか?」
「うん!」
寧ろ前世も含めて楽器を触るのは初めてです!
前世は触る機会が残念ながら無く。時折病院には慰労に演奏家とかがやってきて生演奏などは聞いたことがありますが、子供たちに遠慮してしまい触ることはありませんでした。しかもゼルダはピアノだと言っていたけど前世と同じものなのかな?
ふと気付けば目の前に差し出された手。
見上げればそこには満面の笑みのゼルダ。
――惚れてまうやろォォオ!!これは反則でしょ!?何この笑顔!何この満面の笑み!
たぶん今の私の顔はすっかり真っ赤になっていることだろう。凄い暑い。めっさ熱い。何がって顔が!
そんな混乱をしり目に無意識に私の手はゼルダの手に重ねていて、身長差があるにも関わらず、子供……しかもまだ幼子同然なのにもゼルダは優雅に私をエスコートし気が付けばいつのまにか私は楽器の前にいました。
いつの間に!!執事パネェ!
「これがピアノという楽器です。この楽器の発祥は諸説ありますが、今は遥か昔の神代の時代に神々が作られた神楽器の一つとされています。」
「わぁあ!」
それはとても美しいものでした。
原材料はなにかは知りませんが形は前世のピアノとそっくりのもので、ただしカラーリングが黒ではなく何と青みがかった銀色。
天板を上げ、弦を見るとそれは陽の光を受けきらきらと七色に輝いているではありませんか!
「これなぁあに?」
「この弦は特注でして西方に居を構えるドラゴンの髭を使っています」
WHY?
「ちなみにこの本体は東の大海、特に深く透き通った深海に住まう魔獣レイドグラントニプルの甲羅を削りだして作られたものです」
「へ、へぇ」
え、なに。聞き捨てならないものが聞こえたような……。
「当時はその魔獣の所為で航海もままならない状態だったらしいですが、当時のご当主であった5代目様が裸一貫で海に飛び込み三日間の死闘の果てに打ち倒したらしいです。そして最愛の女性であった夫人にプレゼントとして作り上げたピアノがこれです」
ご先祖様何してんの!?
「夫人はそれはもう有名なピアニストで、このピアノで奏でられた旋律はそれはもう」
「……それはもう?」
「人々を魅了し、意のままに操ることができたそうですよ」
それはもう一種の悪魔の旋律じゃない!?操るってどういうこと!?それってやっていけないことなんじゃないかな!?
「へ、へぇ」
私はその時、上手く笑えた気がしませんでした。