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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
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Act.46 幕間[届いた願い]

 



 ぽろりと頬を伝い落ちる雫。


 生まれて初めて流したそれに動揺する。

 なんで?どうして?と混乱に混乱を重ね、動くことなんて出来なかった。



 でも、『もう、大丈夫』『頑張ったね』と告げられた言葉は頭で理解するよりも早く感情が、心の衝動が答えた。



 嗚呼――ワタシは生涯、この時を忘れはしないだろう。


 差し出された手を、注がれる愛を、繋がれた絆を、ワタシは決して忘れはしない……。








 ************************




『役立たず』『出来損ない』『穢らわしい』



 そう言った言葉を投げつけられ何年経ったのか分からない。



『獣人だ!』『あの瞳見ろよ血みたいで悍ましい』『死ねばいいのに』



 そう言って石をぶつけられ、水を掛けられ何年過ごしたのか分からない。




 産まれた時の記憶は当たり前のように無くて、自分が獣人と呼ばれるものだと知ったのは「獣人」だと指を指されそう言われたからだった。

 それまで自分がどんな存在なのかさえも知らなくて、ただ他のヒトとは異なる見た目。特に頭の上にある野を駆ける兎の耳と酷似したものが何故あるのかさえも分からなかった。



 村は旅人なんて滅多に寄らない山間の小さな村で、村人もまたずっとこの村に、この地に根付く人たち。




 どうして自分がここに居るのかさえも知らなくて、逃げるという行動すらも知らなかった。



 当たり前のように振るわれる暴力。少しでも嫌がる素振りを見せれば人の言葉とは思えない罵詈雑言を吐かれしたたかに殴られ、蹴られる。そして時には棒や石さえも使われた。



 痛い、怖い、辛い、苦しいと心が叫ぶ。



「たすけて」と漏れた言葉はコレこそ悍ましいと言える歪んだ顔をした人間達に鼻で笑われた。



 真っ黒な、暗い、昏い場所で一生を過ごすのだと思っていた。

 光なんて一片も無い、歪んだ狂気と狂喜する暴力の嵐の中を……。


 救いを夢見て、それでも変わらぬ日々。


 今ならよく死ななかったとしみじみ思える程に日常的に奮われる暴力は凄惨なものだった。

 血を流そうが、骨を折られようが、翌日には大体が治っていた所為で村人達の仕打ちも益々助長されていたのだろうと思う。


 嘲笑いながら振るわれる拳に足は震えた。

 心無い言葉に心が震えた。


 恐怖に動かなくなる自分を見て益々嘲笑う村人達はまるで悪魔のようだった……。




 それからどれ位の時が経ったのか、嘲笑われる先が自分以外にも居ることに気付く。


 悪魔、穢れた人間だと黒髪黒目という今や恐怖の、嫌悪の対象である色を纏う少年が居た。

 自分とは違って彼は暴力を振るわれることはあまり無かったが、それでも彼も村から虐げられる側の人間だった。


 傷の舐め合いだと言われても構わない。彼と自分は二人だけで、耐えるしかなかった。




『お前みたいな無価値のやつを使ってやってるだけでも感謝しな』

『お前なんか死んでも誰も悲しまねぇよ』

『お前なんか誰も助けやしねぇよ』



 生きたくて藻掻けば藻掻くほど嘲笑いながら全てを否定される。

 いつしか、痛いと思う感情が無くなる。助けてと叫んだ声が無くなる。そしてただ暴力の的として生きる人形になっていく――。



 だけど、



『ひぃぃい!逃げろ!盗賊だ!』

『止めろ!助けてくれ!』



 火が舞う。赤が舞う。




 逃げるぞ!と手を取ってくれた少年に引っ張られるままに村を走った。




 視界をチラつく赤。夜空に映える鮮やかな赤。

 自分の瞳と同じ色――嗚呼、確かに(おぞ)ましい。



 ばしゃりと赤を撥ね上げて走る。走る。ぞわりと心の底、もう亡くなったと思った感情が怯えに震える。

 迫る夜の闇。だけど、それだけではない闇に恐怖が心を苛んだ。



 バキンっと音を立てたのは何だったのか、村の守り神を祀る祭壇を通り過ぎ、少年と共に向かったのは奥の祠。

 そこは近年落盤の恐れがあると立ち入り禁止にされている所だった……。




 震える身体を互いに抱き締め合い隠れてからどれ位の時間が経ったのか……じゃりと足音を立てる何者かの気配に毛が逆立つのを感じた。



『誰か来た――?』


 少年が入口を警戒するのと同時に何故か感じることの出来たその気配の強さは今まで感じたどの強さにも属さぬような特別な気配だった。



『――いるんだろう?』



 森の静寂を破って静かに問い掛けられた言葉。


 怖い、と身体が震えるけれどでも、それだけでは無い心に自分が分からなくなる。


 意識しない本能が囁く言葉。

 会いに行かなければと急かされる衝動を抑えるのに身体が震えた。


 やがて少年が確認して来る、と入口へと向かうのに必死で付いて行く。


 そして洞窟を出れば眼前に現れる二人の男。

 闇に溶け込む様な真っ黒なローブを目深く被り佇む二人はぼそりと呟き徐にその姿をあらわにした。


 月明かりを照り返す頬の鱗。

 風に靡き揺れる焦げ茶の毛並み。



 初めて見た自分以外の“獣人”

 ……それは自分とは似ても似つかぬほどの自信と力強さに溢れていた。



 どうして同じ獣人なのにこうも違うのか?疑問は確信となり、心を熱くする。


 目の前に迫る大きい姿に逃げる事も出来ずにされるがままに抱き上げられる。

 恐怖などもう無かった。ただ触れた所から感じる温もり、それが何より自分の心を惹きつける……。





「『――古の同胞に祝福を、我ら森を守りし誇り高き獣。草原を駆け抜ける一族に森の祝福を授けよう』」




 触れ合う額から優しい温もりが流れ込むのを感じた――




「『――汝、恐れることなかれ、立ち止まることなかれ、祖は全てを見守り、そして次代へと繋ぐものとなる』」



 目の前が光に眩むままに目を閉じれば――風を感じた。

 濃い草の匂い。ザァ――風を切る身体。


 嗚呼、嗚呼――それは全力で思い向くままに野原を駆けるワタシ。


 躍動する筋肉。限界など感じぬその力。


 自由に野を駆け、飛び跳ね空を見上げるワタシは何者にも縛られぬ自由な――獣。




 それは白昼夢のような奇跡の瞬間。

 太陽が降り注ぎ、木々が草木が囁く。


 ワタシは誇り高き血を受け継ぎし一匹の獣だと。



 そして――



『おとうさん……おかあさん……』



 自分を守るように、寄り添うように隣に佇む二つの影を見た。


 その彩る色彩は異なるが、それでも分かる。

 血の繋がりを、違える事の無い絆を。




 《――我らの血族に祝福を、絆の継承を……》




 温もりが、愛情が、注がれる。


 頭を巡る知識。生き残る術が、自分の血の役割と誇りが受け継がれる――



「『さぁ、目覚めよ美しくも気高き獣。祝福は今、受け継がれた――』」




 そして得た知識は言葉をワタシに宿してくれた。

 感じることの無かった血の繋がりを、見ることの叶わなかった両親の愛情をワタシへと齎してくれた。




 嗚呼、願わくばこれが夢でないことを。

 どうかこの温もりがワタシの願望で無いことを空へと願い祈り、信じられなかった神へと捧げる――

















 *




「――ふふっ、大丈夫よ。大丈夫。もう怖くないわ」



 ゆらり、ゆらり、意識が揺蕩う。



 怖くない、と繰り返される言葉と共に優しく撫でられる感触。


 歌うように、語りかけるように、穏やかに聞こえる声はこの世界で一番優しいヒトの声。



「眠りましょう?もう、ここには怖いものなんて無いのだから……」




 嗚呼、ワタシの光。ワタシの救いの暁。


 どうか、どうか、離さないでと温もりに縋り付く。




「さぁ、おやすみなさい――アビー」



 それはワタシの宝物。

 暁の君がくれたワタシの名前。



「おやすみ」



 柔らかい温もりが額に当てられる。


 まるで母親のように、怖いことから守ってくれるその腕の中。



 ワタシは眠りに着く――







 脳裏に過る一輪の花を思い出しながら…………。











 **




「やっと、寝たわね」



 ふぅと息を吐くルイシエラ。

 その腕の中にはルイシエラから「アビー」と名付けられた兎の獣人の少女がいた。

 すぅすぅと穏やかな寝息は彼女が深い眠りについたことを表していた。


 今や草木が眠る深い夜の時間。

 いきなり泣き叫び身体を縮め震える彼女を宥めてどれくらいの時間が経ったのか、噛み殺せなかった欠伸を一つ浮かべながらルイはそろりそろりとベットを抜け出す。



 今までルイシエラが想像もつかない悲惨な日々を送ってきたのだろう。

 それでも彼女が――アビーが屋敷に住み始めた頃よりは夜泣きも少なくなった事を喜ぶべきかルイには分からなかった。


 本当ならばこうして同じベットに寝ることは許されない筈だが、期限付きを条件に周りの側仕え達を説き伏せたのは記憶に新しい。それでもあれから少なくない日々の経過を思えば前途多難だと言わざる負えなかった。



「お嬢様、大丈夫ですか?」


「ベルン?ごめんね、うるさかった?」


「いえ、ヨルムが結界を張りましたので外には漏れてないでしょう」


「そっか、ありがとう。ヨルムにも伝えておいて」


「はっ」



 枕元の水差しから一杯だけ喉の乾きを潤わせる。

 天井裏からの声にそう返せば律儀に返事を返してくれる彼に苦笑を浮かべた。


 だが、何か言いたそうな雰囲気の気配。

 その話題が何か分かっているからこそルイは先手を打つ。



「心配しなくても一緒に寝るのはあと数日だよ。ヴェルデに頼んでいたのが出来たらもう大丈夫だと思うから」


「……お嬢様はお優しすぎます」


「ふふっそうでもないと思うけど?……同情、しているのは確かだしね」



 一体どんな日々を送ればこうも恐怖に飛び起き泣き叫ぶ子供が出来るのか。

 それが獣人では結構普通のことだと言われれば、この世界の常識に怒りすら沸く。


 一体彼等が何をした?と言っても仕方ないことを浮かべ固く握る拳。

 幼子を甚振(いたぶ)りそれが普通だという周囲にも嫌悪感を浮かべる。


 実質アビー達に暴力を振るっていた村人は一部だけみたいだが、見てみぬ振りをした村人だって同罪だ。

 アビーは産まれた時から暴力を振るわれ、罵倒されるのが当然と思っていたからこそ憎しみ、恨み辛みを抱いては居なかったがもしそんな感情を深く濃く抱いていれば穢れた闇に犯されていてもおかしくなかった。



 でも、それも時間の問題ではあっただろう。それを支えたのがアビーを助けてくれとルイに飛び込んできた妖精。

 穢れた闇に命を削られていてもその願いだけを届けたい一心でルイの元へと飛んできたあの子はルイと同じ瞳をしていた……。


 残念ながら完全に闇堕ちする前に消えたあの子はアビーの記憶にいない。

 それが世界から〝消える〟代償。


 でも自分は憶えている。

 その命を、記憶に残る筈の存在さえも懸けて救いを叫んだ子を一生忘れはしない……。




「それより“ネロ”は大丈夫?」


「彼もたまに夜中に目を覚ましているようですがアビーほど取り乱してはいません」


「そう」



「ネロ」と名付けたのはアビーと同じ村に住んでいた禁忌とされる闇を纏う少年。

 アビーほどの暴力を受けていた訳では無いらしいが、それでも迫害されていたのは違えようのない事実。


 そんな彼にルイは前世の言葉でもある“ネロ”の名を与えた。




「彼とは近々きちんと話そうと思っているからもう少し、そっとしてあげてね」


「はい」



 一切の光すら飲み込む深淵の闇を宿した少年の姿を思い描き、ルイは溜め息を吐いた。

 ゼルダにひっそりと耳打ちされた言葉。


『……彼はお嬢様と“同じ”ようです』



 今のところ、彼の世話はゼルダに一任しているがこれからはそうもいかない。



 現状としてはまず一旦、情緒不安定のアビーやネロを落ち着かせてからになるが今二人は客人として屋敷に留めている状態である。行く所も当てもないと言う二人にルイはこの屋敷で働くことを勧めた。

 特に獣人のアビーはこの屋敷以外どこに行っても辛い目に合うことは間違いなしだし、ネロも生活基盤云々の前にまず世界を知るためにも学ぶことを勧めている。


 アビーは情緒が安定すればメイドとしての教育が決まっているがネロはまだ学んだ後の事を決めていないのだ。


 どちらにせよ話し合うことは決定している。




「ベルンももう他の人に交代して下がっていいよ。ヨルムもね」


「……分かりました」



 アビーの夜泣きの時はベルンとヨルムに控えてもらっているが、二人だって休まなければ。

 ベルンに下がるよう伝えたルイは再びベットへと潜っていく。



「うぅん」




 サラサラと手の平を流れていく星の光を集めた白銀の髪。

 泣いたせいか赤く腫れる目尻を労るように撫で、ルイは微笑んだ。




 どうか、彼女の眠りに平穏を。






 深い夜に静かな優しい子守唄が風に乗って流れていく――











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