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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
41/79

Act.40 [帰る場所]

 





 どうして、そう呟いたのはいつだったのか……。



 その気持ちを、その願いを、見失う訳にはいかないと足掻いて、抗って、辿り着いた先。


 傷付けたくは無かった。失いたくは無かった。そうして決めた決断にいつだって後悔は付き纏う。



 でも、嘆いて、悲しんで、ままならない現状に憤りを感じたって……自分はまた同じ選択をするのだろうと思う。


 それが、我々が望んだ未来なのだから――





 ********************





 大きな月が見守る中、私達の間に一陣の風が吹き抜ける――……。


 お互いがその存在を認め、正式な名乗りをした私達。

 それからどれくらい時間が経ったのか……不意に聞こえて来たのは外門からの騒がしい音だった。




「あれは……!」


「伝令…か?」



 外門から今いる玄関までは随分と離れている筈なのにも関わらず、それでも聞こえた門が開門する音。

 月明かりに照らされた石畳を慌ただしく駆けてくるのは二匹の馬。その馬上には黒いローブ姿の人間。



「あ!おいっ」



 後ろでレイディルの声が聞こえますが私はそれを無視しして階段を駆け下ります。


 ドドドッと地面を踏み付ける蹄の音。たぶん彼等が乗っているのは軍馬なのでしょう。前世でテレビや写真で見たことのある馬よりも遥かに大きな体躯に躍動する筋肉。

 力強い脚力で駆ける馬を待つ事すら惜しくて自分自身痛む身体をおして駆け寄ります。




「っベルン!ヨルム!」



 私にとってはもうなくてはならない二人の獣人の名を呼べば驚きに返ってくる声。



「お姫さんっ!」


「何故こんな所に!?」



 走る馬も気にせず近付く私に、慌てて馬の手綱を引いて急停止する二人。

 ひひん!と馬の(いなな)きがまるで文句のようにも聞こえました。


 突然の停止の命令に暴れる馬たち。前足を空高く上げまるで背に乗る二人を振り落とすかのように身体を揺らす馬に近付くことが出来ません。

 いつ二人が落ちてしまうかとハラハラしながら見守っていればひらりと馬上から飛び降り、慣れた様子で彼らを落ち着かせるベルンとヨルム。やがて馬たちはブルルッと大きな鼻息を吐いて落ち着きます。






「――お姫さん!」


「いきなり飛び出しては危ないで――」



「二人共怪我は無い!?痛い所は?」



 注意に声を荒らげる二人の言葉に被せて食い気味に声を掛けます。何やら驚いている気配が背後でしますが正直もうレイディルの事など後回しです。


 ああもう!深くフードを被っている為二人の顔が見れません。


 少しでもその顔を見て安心したいのに、むむっと内心唸った私の表情を見て二人は呆れたような息を吐きました。

 失礼な!



「それはこっちのセリフですよ」


「明らかにお嬢様の方が重症でしょう?」



 まったく、と言いたげに私の目の前に跪く二人。

 徐ろに捲り上げたフード。そうして月明かりに照らされた二人の顔は土埃などで汚れてはいましたが、それでも怪我は無いようでした。



「だって……だって……」



 月明かりに照り返す鱗。ぴくぴくと動く丸い獣の耳。

 獣の証を色濃く示す姿。それはもう見慣れた私の従者の姿です。


 うるうると二人の無事の姿に涙目になります。いくら二人が強い事を知っていようが、大丈夫だと分かっていようが心配なもんは心配だったんですよ!


 そんな心情も露わに彼等を見上げます。

 二人は私の顔を見るなり互いに顔を見合わせて肩を竦めます。


 むむっそのリアクションは納得いきません!







「――只今、帰還いたしました」


「見ての通り怪我も何も無いですよ?」


「同行した騎士団の人間も怪我こそはあっても全員無事です。お嬢様――」




 大丈夫だと笑う彼等。

 安心しろと言わんばかりに告げられる報告に涙の膜がどんどん分厚く、視界が不明瞭になっていきます。

 なんとか零すのだけは我慢して瞬きを繰り返して涙を散らしますが心を占める様々な想いが込み上げて、止まる気配がありませんでした。



 全員が無事だと聞いた歓喜に安堵感。

 村人を想って抱く悲しみ。

 堕骸盗賊団への怒り。


 ――嗚呼、ぐるぐると制御できない感情が溢れます。


 でも、でもっ!一番言いたいことは……。



「っおかえり!二人共!」



 ぽろり、目尻から一筋の雫が溢れます。

 ベルンもヨルムも私の言葉に驚いたように目を丸くします。しかし次の瞬間にはくしゃりと顔を歪めました。

 それは喜びか、悲しみか、そんな二つの感情が混ざった表情。でも、それは決して悪感情からでは無いのでしょう。

 それぞれが私が伸ばした手を掴みます。




「ただいま、もどりました」


「ああ、帰ったよ姫さん」



 すりっと私の手に額を付けて俯く二人。だけど、二人の声は少し震えていて……

 嗚呼もう!まったく涙が止まりません。ぐすっと鼻を鳴らします。



「――ありがとう」



 私の我が儘を聞いてくれて、無事に帰ってきてくれて、ここに帰ってきてくれて――ありがとう。


 そんな万感の想いを込めて告げます。

 二人は同時に顔を上げ、私のブサイクな顔を見て笑います。


 ボロボロ涙は止まらないし、鼻水が垂れそうなのでずびずび鼻を鳴らしてるし、たぶん顔だって真っ赤でしょう。

 そんなお世辞にも可愛い顔とは言えない私の顔を見て穏やかな笑う二人に、私は驚いて目を丸くします。

 だって、そんな、二人が笑う所は決して初めて見たという訳ではありませんが……でも、こんな優しい、真っ直ぐな笑顔は、初めてで……。



「ベルン?ヨルム?」



「あーあ、姫さんには敵わないなぁ」


「それは最初から分かっていたことだろ」



 気安い言葉に益々目を瞠ります。

 ヨルムはともかく、ベルンの気安い言葉は初めて聞きましたよ私!


 仕方ないなぁと言わんばかりの二人はそれぞれが私の目元に手を伸ばして涙を拭っていきます。

 余りの驚きに言葉無く、涙もぴたっと止まった私。ヒヤリと鱗の感触とふさふさと思ったより堅い毛も感触が頬を撫でていきます。



「お姫さん」


「お嬢様」


 二人の穏やかな声が聞こえます。泣いたことに今更ながら羞恥心に内心悶えますが目だけで二人を促します。



 何ですか?


 そう目で問い掛けた瞬間、私たちにふっと重なる影。



「――ルイシエラ!」


「!と、うさま?」


 掛けられた声にその影を見上げればそこには大きな、ベルンとヨルムが乗っていた馬よりも遥かな大きな馬?に乗った父様の姿がありました。


 え、な、なにこれ



 馬?と思うのも、胴体並びに顔は確かに馬なんですけど……その足が六本あるとか一体どういう動物ですか?

 その横にはこれまた前世で見たライオンとかがまだ可愛い子猫だと思えるほどの大きな体躯の色んな動物の特徴が混ざりあった物がいます。

 どちらも顔はチビリそうな程に凶悪なんですけど。鼻息も荒いし。


 あ、あの牙とか剥いてるんですけど、(ひずめ)鳴らしてるんですけど威嚇とかですかこれ。



 余りの衝撃にさっきまで考えていたことも頭から吹っ飛んで二体の異形な動物を凝視します。



 目、逸らしたら、絶対、喰われる、コレ。


 唸り声上げてるんですけどォー!!



 ひぃ!と内心悲鳴を上げガクブルして身体はガチンッと固まります。

 だけどそんな私を掬い上げる大きな手。



「何故こんな所に?怪我は?大丈夫か?」



 ぐっと覗き込んでくる金色の瞳。

 心配だ、と雄弁に語るその瞳にどれだけ心配を掛けてしまったのかと申し訳なくなります。


 いつしか父様は乗っていた獅子もどきから降りていました。

 矢継ぎ早に尋ねられる問い掛けにいつもの癖で笑いながら誤魔化します。


 いつもより緩い腕の拘束。傷に触らぬでしょうか。壊れ物を抱くようにそっと寄せられる温もり。父様の胸に安心して身体を寄せれば感じる鼓動にほっと安堵の息を吐きました。


 顔を見れば頬に走る一筋の切り傷。



 ――嗚呼、戦ったのだ。と理解します。



 私の願いを叶える為に。民を守る為に。

 体を張って、その最前線で戦ってくれたのだと分かりました。



「父様……」


「ルイシエラ?」


「――ありがとう」



 ありがとう、と繰り返し感謝の言葉伝えます。どうか届けと言わんばかりに。


 痛む傷など無視して父様に抱き着きます。


 ありがとう、我侭を聞いてくれて

 ありがとう、皆を守ってくれて

 ありがとう、無事に、帰ってきてくれてっ!



「お帰りなさいっ父様!」


 ぎゅうぅぅと出来るだけきつく抱き締めれば応える様に僅かに強まる腕の力。


 だけど……



「……」






 父様に近付けば近付くほどに感じる〝何か〟の気配。


 それは言葉で表す事が難しい程に邪悪で穢れた気配――




「父様…?」


「ルイシエラ?」



 スッと身体を離し、父様の目を覗き込みます。



 違う。父様じゃ――ない。



 どうした?と首を傾げる父様の背後を見れば、そこには大きな幌馬車が……何故か車輪はないけど。

 そんな馬車から次々降りてくるのは鎧などで武装した人たちです。その中に見知った灰色を見つけ目を瞠ります。あっちも私を見つけ驚愕の表情をするのが見えました。






 そうして唐突に理解します。それは彼等が全て穢れた闇の気配を纏っていることを……。



 以前の彼――リドの様に、そしてレイディルの様に、闇に取り憑かれている訳ではありませんがそれでもその種を、穢れた闇の(もと)となるものの気配を感じ唇を噛み締めます。


 やられた。と思いました。


 脳裏に浮かび上がる“ある男”――それはあの村の少女を殺し、妹を(なぶ)り殺して嗤っていた男です。



 あの男は堕骸盗賊団の中でも幹部の立場なのでしょう。

 一番乗りに村に訪れ惨劇を、悲劇を描いた立役者。




 そう理解するとあの妖精が闇に堕ちしかけていたのも頷けます。最初こそは村人の無念の所為かと思っていましたが、あの男が何かをしていたのでしょう。その穢れた闇の種に触れ、村人の怒りや悲しみを感じて芽吹く種にあの子は堪えられなかったのです。そうしてあの子は自らの意思ではなく強制的に殆ど闇堕ち化してしまった。



 でも、今はその手段を推察している暇はありません。


 穢れた闇を纏わせる手段がどうであれ、このまま闇の気配を纏っている者達を見て決断します。

 このまま放置は出来ません。


 穢れた闇は怒りや悲しみ、妬みなどを吸収し増幅する傾向があります。それは本来ならば本人の感情だけのはずですが、この闇は周囲の感情にも影響を与えるでしょう。


 そうして昂ぶる激情は闇に力を付けさせ、やがて宿り主がその心の闇に抗えなくなれば――その者は闇堕ちします。



 それだけはなんとか回避しなければ。





 それに私がこうして感じているということは対闇特化の能力を受け継ぐアウスヴァン公爵家の当主――父様だって感じているはずです。だからこそ()()()皆を連れてきたのでしょう。



「ルシィ?どうした、怪我が痛むのか?」



 するりと頬を撫でる大きな手。どうやらいつの間にか険しい表情をしていたみたいで、再び合わさる金と赤紫の瞳。



「父様……みんなをあそこへ?」



 あの礼拝堂へ?と問い掛けます。

 あの礼拝堂にある女神像はこの屋敷の裏の奥、神域を神域たるものとする結界の核があります。

 あそこに行けば確かに多少の闇ならば簡単に祓えるでしょう。いまだ唯の気配として漂う()()()()()()()()




「そうだが、何故?」


 そんな事を聞く?と父様の言葉にどう言えばいいか逡巡に目を伏せました。


 父様も私の能力を知っています。穢れた闇に対抗する祝福と能力を。

 だからこそ私が穢れた闇の気配を感じたことが分かったのでしょう。そして自分の行動を理解している事を。


 だけど、今更改まって尋ねた私に訝しげに目を細める父様。



 ぎゅっと握って見下ろしたのは自分の右手。そこには月明かりに照らされる女神ルーナの紋章。



 出来るのか、どうするのか、自分に自問自答を繰り返します。


 現状、弱っている自分にそこまでの力を扱えるのかどうなのかと。

 でも、この状態を見過ごすことは出来ないことは確実で。そして礼拝堂に行ってもみんなのこの穢れた闇の気配は全て祓うことなど出来ないでしょう。




 ならば、覚悟を決めるのみ。





「……父様、みんなをこちらに集めて」


「何を、」


「みんなに感謝を言いたいの」



 そしてちょっとした祝福を、ね?


 胸に仕舞う思惑。バレたら止められる事が目に見えているので何も考えて無いと言わんばかりに笑います。

 不安も怯えも飲み込んで笑います。



 あいつ等の思い通りにはさせませんから――――














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