Act.38 [見届けた覚悟]
お待たせしました!
ただ願っていた――。
救いたいと。助けたいと。その身も心も、誰からもどんなものからも。
守りたいと思っていた――。
その命を、繋がりを、運命だろうが宿命だろうが、例え神と謳われる存在からだとしても。
そうして願い祈った先。
叶うことはないと思っていた奇跡を――初めて神と呼ばれるその存在に感謝した。
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――ぶわり、大きな音を立てて解けたのは風の揺り籠。
「っとと」
地面に着地し蹌踉めいた身体をなんとか踏ん張れば、そこは屋敷の玄関前でした。
屋敷は山間に建っている為か、殆ど無骨な石造りの門構えとなっています。
塀は高く、その外側にはもう一つの外壁が聳え立ちたぶん外から見ると要塞に見えるんじゃないでしょうか?
でも中に入れば優美な木造のお屋敷に、最初に出迎えるのはヴェルデやフォグさんが丹精込めて作り上げた季節の花々が見目を楽しませてくれます。そして馬車が入れるように広くロータリー状になっている玄関前。
門から屋敷までの石畳の道は月明かりで鈍い明かりを照り返します。
空を見上げれば満開に咲く月。――ああ、今日は満月の日なんですね。
前世の日本で見上げた月よりも遥かに大きな月が優しく地上を照らします。
色も薄い黄色とも銀色とも見える不思議な色。でもそれは確かに女神ルーナの色でした。
ふと見下ろしたのは包帯の巻かれた右手。残念ながら手の平をすっぽりと覆うように巻かれた包帯のせいで見えませんが、この右手の甲には女神ルーナの紋章が刻まれています。
ぎゅっと握れば痛みは無かったので包帯を解きます。この右手は精霊を喚んだ時、傷付けた手です。
よくよく考えれば何か魔術的な事を行使する際、傷付けるのは右手が多いです。いつも無意識ですが、この手にも何か意味があるのでしょうか?
そんな事を考えながらもするすると解いた包帯の下から現れたのは濃く描かれた満ち欠ける三日月に雫の涙。それを取り囲む月桂樹の葉の紋章です。
いつもは意識して消している紋章は珍しく浮かんだままでした。月明かりに照らされ浮かび上がる祝福の証。
『――たかが操り人形が吠えるじゃねぇか!』
『禁忌の血を受け継ぐ者――』
……魔人ヒュブリスの言葉が脳内に響きます。
色々と聞き捨てならない発言ばかり繰り返していたヒュブリス。女神ルーナを《神の名を語る偽りの偶像》と呼び、祝福者を《操り人形》と嘲笑う彼は何を知っているのでしょうか。それに私の血――アウスヴァンの血を禁忌と呼ぶその真意。分からないことだらけです。
ゲームの時の知識を掘り返しても意味がわかりません。何となく操り人形の意味は分かりますけどね……。
それに加えてあの時、力を貸してくれた高位の精霊さん達の言葉。『あの方々』と彼女達が言う人物とは?
本当に分からない事だらけ過ぎて頭が痛くなってきます。
あーもう!
ぐるぐると答えの出ない疑問ばかりに埒が明かないと頭を振って切り替えます。
それよりも――
「ベルン、ヨルム……父さま、どうか無事で」
月を見上げ祈ります。――それは大事な人たちの無事。
私の言葉で戦地へと赴いた皆の無事を唯唯祈ります。
そうして思い出すのは楽しそうに笑いながら人を殺す化物達の姿……。
何故あんなに楽しそうに人を傷付けられるのか理解できません。しようとも思いませんが。
「堕骸盗賊団――」
骸骨に絡む尾を咬む蛇。
燃え盛る景色の中、赤い布地に真っ黒な色で描かれた旗を思い出し顔を歪めます。
ゲームでの払暁のファンタジアでは彼らを討伐する一幕もありました。
世界を蝕む闇を増長させる人の負の感情。それを生み出す悲劇を彼らは引き起こします。
街を、村を舞台に、一つの手掛かりをそれぞれ見つけて最後には彼らの正体を突き止めるのです。
――彼等は、穢れた闇を神と崇める邪神教の信者。
人を殺し、世界を穢し、闇が大きくなればなるほど、人は堕落し不老不死を手に入れるという思想の元、彼等は世界中に悲劇と混乱を撒き散らします。
彼等が暴れれば暴れるほど、闇は大きく強くなっていきます。
彼等が現れるルートは魔術師ルート……レイディルのルートです。
おぅふ!完璧レイディルのシナリオですね!こんちきしょう!
と言ってもストーリーの始まりはレイディルが18歳の時、今から15年後の話です。
それなのにも関わらず、今こうして関わっている現状。ゲームのシナリオと確実に変わり始めている今に僅かな不安が顔を出します。
これが未来へとどう影響するのか、私には分からないのです。
元々、ゲームでのルイシエラは既に亡くなっている設定でした。それが騎士様ルート――リドのルートで登場し、明らかになる過去。それだけの記憶しかありません。
ルイシエラが女神ルーナの祝福者で、浄化の力を持ち、そして殺されてしまう少女だという事しか。
だから、もしかしたら彼女が知っていても、感じていても、行動を起こさなかったから、または何かしらの行動を起こしていたからあったであろう未来。それが分からないので実は手探りな状態です。
まぁヒュブリスと会ってしまっているから今更な感じがしないでもないですが……。
満開の月明かりの元、玄関前の階段に腰を下ろし夜の世界を見つめます。
随分と静かなものです。
堕骸盗賊団の登場により屋敷の警戒レベルは上がっているはず。しかし遠い外門の所に門番の人の姿は見えても見回りの人間などは私が居る場所からは見えません。
それにさっきの精霊さんが何かしてくれたのか、私が部屋から抜け出したことで騒ぎになってもおかしくないのに屋敷も静かなもので、玄関前を照らす篝火のぱちりぱちりと火の粉が跳ねる音くらいしか聞こえません。
優しく身体を撫でる風は少し肌寒いですが、それでも動かずに月を見上げていれば僅かに感じた揺れる気配。
クスリと口元が弧を描きます。
「――そんなに見つめられると穴が開いちゃうわよ?」
「っ!気付いてたのか?」
「こんなに凝視されてればね」
月を見上げたまま、痛いほど感じる視線に声を掛ければ玄関前の柱、私の死角になっている所からおずおずと出てくるのは銀髪にアイスブルーの瞳を持つ少年。
噂をしてればなんとやら、ゲームでは最強の天才魔術師と言われたレイディル・ティリスヴァンの登場です。
「……身体は、大丈夫なのか?」
「まぁ、なんとか?」
この見た目でそれを聞くか?と思わないでもないですが強がりに笑って告げます。
「……悪い、馬鹿なこと聞いた」
頭の天辺から足元まで、私の全身を見たレイディルがバツの悪そうな表情を浮かべました。それを見てクスクスとついつい笑ってしまいます。
まだぎこちないですが、それでもコロコロと変わる表情。揺れる感情。それだけで彼が正真正銘、闇から抜け出せた事を確信します。
「そんな所で立ってないで座ったらどうかしら?」
「……良いのか?」
首を傾げる彼にどうも笑いが止まってくれません。
発言だけ聞けば謙虚な慎み深い少年ですが、当の本人は至って真面目で真剣な表情です。
座って良いか?と断りの言葉ではなく、本気の本気で良いのだろうか?と真剣に疑問を抱いている様子。これは笑わずにいられません。しかも……
「悪いけど、椅子は無いから私と同じく階段で宜しければ。どうぞ?」
公爵令嬢としては普通はあり得ないでしょうが、階段に直に座る私にはしたないと顔を顰める訳でもなく窘めるのでもなく、普通に問い掛けてくる彼に笑いながら促します。
まぁ宜しければとか言いつつも、この怪我を見て椅子持ってこいとか言ったらシバキますけどね。
レイディルは私の返事に恐る恐るゆっくりと近付いてきます。それに悪戯心がムクムクと湧き上がりますが、我慢して近付いてくるのを待ちました。
「……お前、不思議なやつ、だな」
「そう?」
結局私とは反対の階段の端に落ち着いたレイディル。この距離が心の距離を表しているようです。
しみじみと人の顔を見て呟くレイディルに首を傾げます。
「それって褒められてるのかしら?」
「え!?いや、……オレも分からない」
「……」
「……」
あれれ?レイディルってこんなキャラだったっけ?
なんかもっとつんけんしてた筈なのに、何か普通の利口な子供っていうか私も子供ですけど。何か思ったよりもつんつんしてませんね
ちらりと横目で見た彼は私と同じように月を見上げています。
その額には今や花咲く蕾に照らす月と太陽の紋章が。狭間の神トワイライラの紋章です。
光ることは無くともはっきりと刻まれた祝福の証が前髪の切れ間からちらりと見えます。
「貴方こそ……体調は大丈夫?」
「え、あ、あぁ……なんとか」
気遣った言葉に返ってきたのは戸惑いを多分に含んだ困惑の言葉でした。
それを最後に私達の間に会話はなく、少しばかりの時が経ちます――
幾つかの雲が月を隠しては過ぎ去り、周囲は明るくなったり薄暗くなったり。
どれくらいの時間が経ったのか、考える思考を放棄して月を見つめる中ぽつりと零された言葉。
「……どうしてここにいるんだ?」
そう唐突に呟くレイディル。その言葉に彼に目を移せば言うつもりは無かったのか、驚いた表情で口を塞いでました。いやいや、そんなに驚かなくても。
しかも目を向ければ途端に落ち着き無くそわそわキョロキョロとしだす彼についつい吹き出してしまいます。それにムッと表情を変える彼。
なんかツンデレというより唯のコミュ障ですね。これじゃあ。
そんな考えにまたまた笑いつつも彼の疑問に答えます。
「待ってるのよ、帰りを――」
「父親を、か?」
「うん、父さまも待っているわ――でもそれだけじゃないの」
どういうことだ?と首を傾げる彼に緩く首を振ります。
そう、待っている。“あの子”が命を燃やしてまで、助けてくれと願った存在を……。
でも、それを彼に言う義理はありません。だから
「それはそうと、“あの人”にはちゃんと会えた?」
「あの人?――っ!知っているのか!?」
話を変えるためにも、彼が一番知りたいだろうと思っている言葉を投げ掛けます。
やはり将来天才魔術師とも呼ばれる彼は頭の回転も速く、少ない言葉でも私が言いたかったことに思い当たったようです。バッと先程までのコミュ障振りはどこにいったのか、こちらに迫ってくる勢いの彼に頷いて答えます。
勿論知ってますよ。だって、貴方を助けてくれと言われたのだから。
でもそれを彼に言うつもりはありません。
ふわりふわりと穏やかな、優しい風が私の髪の毛を遊びます。まるでここまで私を送ってくれた精霊さんが遊んでいるようです。ちなみにあの精霊さんの姿は今やありません。近くにもその気配を感じられない事から彼は私をここまで送り届けてくれた後住処である丘の頂上の湖に帰ったのでしょう。
優しく触れる風の感触。それは私が目覚める前聴こえた声の持ち主をどこか連想させます。
「あの人は……」
「もう、分かっているんでしょう?貴方が思っている人で間違いないわ」
「――母上、なのか?」
泣きそうにくしゃりと歪めた顔。両の手の平を広げ、何を思い出しているんでしょうか。
それでも震える手を握り、こちらを見つめるレイディルに微笑みを向けます。
「正解」
「ずっと、傍に居てくれたのか?」
「貴方がどうして、一番被害を受ける筈の家族を傷付けなかったと思う?」
「――守ってくれていたのか」
オレを、家族を、と呟いたレイディルは空を見上げます。そこに思い描く母親の姿があるかのように。
「でも、随分と力を使い果たしていたから……正直、貴方がここに来るまでよく保ったと思うわ」
「オレは……」
「貴方のお母様とお父様に感謝する事ね、お陰で私の力も貴方に届いた」
本当に、よくここまで暴走することなく来たと思います。心底。
レイディルの母親がレイディル自身の心を守っていなければ、父親のエヴァンス様がその術でレイディルの身体を守っていなければ、もっと酷いことになっていたでしょうし。
それを想像したのか顔を青褪めるレイディル。それにぷっとついつい吹き出します。
「まぁ、それももう過去の話でしょう。貴方の魔力が暴走することはもう滅多に無いはず」
翡翠さんがそれを抑えてくれるでしょうから。
その意味を理解したのか、胸元の封印石を握る彼。
「その、これは……本当に良いのか?」
「ええ、それが貴方への最善だから」
揺らぐ心を切り捨て、自分に言い聞かせるようにきっぱりと告げます。
嗚呼――そういえば。
「ありがとう」
「え?」
「貴方が翡翠さんを私の元へ誘ってくれたのでしょう?」
あの時、闇に沈み込みそうになった私を救ってくれた翡翠さんを。私の元へと遣わしてくれたであろう予想に感謝の言葉を述べます。
「そっそれは、その……オレじゃ、ない」
動揺に泳ぐ瞳。何やら沈んだ様子で両手を握る彼に首を傾げます。
「貴方の力が無ければ翡翠さんは私の元に来れなかったわ」
「でもっ!あれは、その、本が……」
「?」
本?
何を言いたいのかさっぱり分かりません。
「オレが、引き継いだ本に載ってたんだ……それにアンタに何かしたのはオレじゃなくて皆、だから」
感謝されるのはオレじゃないと首を振るレイディル。
んんー?
レイディルが言う【本】とはティリスヴァン公爵家が代々受け継ぐ【叡智の本】の事でしょうか?
ゲームでは今や喪われた神の全知を記した伝説の本として単語だけ登場します。
ちなみにゲームではその説明だけでストーリーに絡んできた事はありません。
あ、でも《払暁のファンタジア》第二弾として発売された《黄昏のファンタジア》ではレイディルが継承する描写が描かれていた気がします。あれ?でも、皆って誰の事?
エヴァンス様達や父さま達では無い事は何となく分かりました。
「皆って?」
誰?とストレートに尋ねます。
それにぐっと失言だったと言わんばかりに苦虫を噛み潰した様に顔を顰めるレイディル。
……そんなに言いたくないの?と問い掛けたい程に口を一文字に結び頑なな態度の彼にこちらも負けじとじーっと見つめます。
じーっ
「……」
じーーっ
「…っ…」
むぅ。サッと目を逸らす癖して中々口を割りません。強情ですね。
少しばかりの悪戯心を擽られますが、じーっと彼を見詰めながら記憶を掘り返します。
【レイディル・ティリスヴァン】【叡智の本】【ティリスヴァン公爵家】【継承】【魔力の申し子】【ティリスヴァン公爵家の忌み子】
単語がぐるぐると頭を巡ります。そうして辿り着いた予想というか、想像というか、妄想というか、自分なりに考えた答えにレイディルへの追求を一旦止めます。
まぁ、いつかは話してくれるでしょう。
私にとってはゲームの知識がある所為で昔から彼を知った気でいますが、私とレイディルがこうして会ったのだってつい先程です。今全てを話せという方がおかしいでしょう。
それに色々気になる事が多すぎて話が逸れましたが、私がしたいのは彼を問い詰める事ではなくて……。
「ま、皆が誰だかは置いといて……私は貴方にお礼を言いたいの。貴方が言う通り私を助けてくれたのは貴方じゃなかったとしても、貴方が私を助けたいと思ってくれたからその“皆”も力を貸してくれたんじゃないのかしら?勿論、翡翠さんだってそうよ。……だから素直に受け取って欲しいんだけど?」
「しっしかし――」
「ありがとう。私を助けてくれて、そして――翡翠さんと会わせてくれて」
レイディルの言葉を遮って告げます。にっこり、否定の言葉も拒否の言葉も受け付けないと笑顔で脅します。
私の態度にたじたじなレイディル。しかしぐっと口を引き結ぶと彼はやっとこちらを見ました。
一見冷たく見えるアイスブルーの瞳。でもその瞳に宿る光は決して冷たくありません。
「お、オレも礼を言う。オレを、いやオレ達家族を助けてくれて――ありがとう」
ふっと綻ぶ緊張に強張っていた表情。
あらあら、可愛い事。なんか近所のオバさんくさいですがついそんな事を思いました。
ちょっとキュンと来ちゃいましたよ。
家族と口にする彼に喜びが胸を締め付けます。本来ならば、人間嫌いで凍りついた彼の心を融かすのはゲームのヒロインである暁の神子です。そして彼が家族と和解し打ち解けるのは今から15年後のお話の筈です。でも私は自分がした事に関して後悔はありません。
「ま、色々あって今更だけど……初めまして、私の名は【ルイシエラ・ロトイロ・ヴァイス・アウスヴァン】武を司る一族の末裔にして、誇り高き意志の継承者。そして女神ルーナの祝福者よ」
肩を竦めながら立ち上がり優雅に礼を尽くします。
それは公爵家を継ぐ、次代としての正式な名乗りです。
ジゼルヴァン王国の歴史誇る三大公爵家にはそれぞれ役割を持っています。
この国が出来る遥か古より受け継がれてきた役割が。
私の名乗りに目を瞠り驚きを露わにするレイディル。まさかこれ程迄正式な名乗りをされるとは思ってもなかったのでしょう。この名乗りは古からひっそりと受け継がれて来たものです。
この身体に流れる血の役割。
代々家が背負って来た深く、重い業を背負い、魂に懸けて役目を果たすという覚悟を示し、そして貴方に全幅の信頼を寄せるという宣言をしたも同然なのだから。
さぁ――貴方はどうするの?
そう言わんばかりに告げた私にレイディルは一瞬目を伏せます。
だけど、顔を上げこちらを見つめる彼の瞳には強い力が宿っていました。
顔を引き締め立ち上がるレイディル。
「オレの名はレイディル――【レイディル・ノアゼル・ティリスヴァン】知の番人の末裔にして、そして――智慧の守護者。狭間の神トワイライラの祝福者だ」
ぐっとこちらを見据える彼。
その名乗りに、彼が自分の運命を、その祝福の宿命を受け止めたのだと理解しました。
「互いにその運命に振り回されそうだけど……ふふっもう一人ではないのでしょう?」
「――ああ」
互いに見合わせた瞳。氷水と赤紫の色は交差しその思いを見つめます。
「これからたぶん、長い付き合いになるかな?」
それは確信にも似た思い。レイディルもそれが分かったのか僅かに口端を上げ、笑みを形作ります。
大きな月が見守る夜――その出会いは確かにもう一つの運命を形作った。
祝福に振り回され、過去に怯える少年と、祝福をモノにし、未来に怯える少女。
そんなちぐはぐな二人の出会いは果たして良きことなのか、それを知る女神はただ今だけは、と穏やかな時間を願わずに居られなかった……。




