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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
38/79

Act.37 [友という存在]

お待たせしました!

 


 この関係に名を付けるのならば一体、どんな言葉が合うだろうか?


 最初こそは自分よりも遥かに上の存在に遠慮していたけれど、眠ってしまった彼を想い寂しそうに佇む彼女につい声を掛けてしまったのが始まりだった。


 ちょっとした言葉にコロコロと変わる表情と感情。心地よい雰囲気と空気を纏う彼女に、いつしか名を呼んでもらえればと思わずにはいられない。けれど――それを乞う事は無いだろう。


 まるで「友」のように付かず離れずのこの距離感がなりより大好きなのだから……。




 *************************





 ふと意識の浮上を感じます。ゆらり、ゆらり、揺り籠の中にいるような心地よい揺らぎの中。




 《ありがとう》



 そう聞こえた女性の声に僅かな笑みを浮かべます。

 いいんだよ。そう答えた私。それにやんわり触れてくる温もり、暖かく、穏やかな気持ちになるそれに私の意識はふわふわ――。











 そして徐々に覚醒を意識していく心に、反応して開く瞼。




「ここは……」



 目の前に広がるそれは見覚えのある天井。そして調度品。

 ――そこは私自身の部屋でした。


 カチッカチッと音を鳴らすのは時を刻む秒針。

 枕元には魔法によって灯されているランプ。

 目に優しい強さの明かりが部屋を僅かながらも照らします。



 ぐるりと今ある現状の把握に全体的に部屋を見回し、最後に自分自身を見下ろすと……。



 ど、どえらいことになってる……!!




 布団を捲れば強く香るのは消毒液の匂い。もぞもぞと痛む身体を押して布団から抜け出せば益々その見た目に度肝を抜かれました。



 み、ミイラみたい……



 ふと目を向けた先。それは壁際に設置されているドレッサーです。

 その鏡に映るのはとても痛々しい程に全身に包帯を巻かれ、右頬には大きなガーゼを貼り付けている子供の姿でした。


 ええ、まごうことなき私ですね。




 両足は全体的に、右手は手の平から手首に掛けて、左手は全部、しまいには首元にこれでもかと巻かれた包帯たち。しかも視界が狭いなぁとか思っていたらなんと左目にも大げさなほどに包帯が巻かれているではありませんか!

 まるでハロウィンの仮装大会にでるミイラ女ですよ!マミーか!?と頭の隅で一人ツッコミをする自分が居ます。



 ああ、こりゃ当分外出は禁止です、よね……



 ハハッと乾いた笑いが漏れます。

 真っ白な簡易ワンピースを着せられている私ですが、その服の中を覗けばこれまた大げさな程に胸元に巻かれた包帯。

 まぁ背中の傷は大きかったので仕方ないよね。うん。と、自分を納得させます。



 もはや全体的にズキズキ痛いので、ここが一番痛い!というのが無いのが救いというか……



 これ程までの大怪我ならば私の能力で治りそうなモノでしたが、残念ながらこの傷は魔力で付いた傷なので治りも遅いのでしょう。


 ……この傷はあの村人達が受けた傷です。

 あの記憶を、村人たちの無念を見た時に、私の心に、精神に、深く刻まれてしまった傷。

 それに身体が反応して、こうして私の身体に現れてしまいました。


 それはもはや村人たちの“呪い”と言っても差し支えないほどのものでしょう。怒りを、無念を、慟哭を宿した傷。


 魔封病のお陰で傷の治りは早い筈なのですが、やはり傷は治りは遅い様子です。



「っいたたたた」


 ぎしぎしと軋む身体をおして床に足を付けますが、足に体重を掛けた途端背中から腰にかけてと足首に激痛が走りました!

 つい我慢できずに漏らす声。



 ぐぅぅ!!痛っマジで痛いっ!



 だらだらと痛みに脂汗を掻きます。

 ズキズキからじんっと熱を感じズキーンっ!と激しく突く痛み。痛みって色んなバリエーションがあるんだなぁと思いました。

 俯いてなんとかそのままの姿勢で痛みを堪えます。


 慣れてきた痛みに少しずつ、ゆっくり、傷に障らぬ程度に動きますがしつこく足の筋を狙って傷付けられたそれは体重を乗せるたびにかくんっと足から力が抜けていきそうです。

 しかしなんとか踏ん張り立って壁伝いに向かうのはテラスへと出る扉。

 用があるのはそこから窓越しにこちらを見つめる何人かの子たちです。




「いててててっいだ!うぅー……」



 キィと上手く力の入らない手で扉を開ければ途端に部屋に吹き込む一陣の風。

 思った以上に強い風に押され生まれたての子鹿のようにプルプルと震える足がかくんっと力が抜け床に尻餅を付きます。

 音としてはペタンと軽く転けただけですが今の私にとっては全身に雷が走ったようにお尻から全身に痛みが走りました!


 うぅ!マジで痛い!

 特に背中とお尻が痛い!


 じんじんジクジク痛む怪我に涙目です。



 それはともかく、髪を一房手に取り私の顔を覗き込む小さな女の子。

 新緑の髪を持つその子は翡翠さんがまだ居た時からたまに遊びに来てくれていた子です。風の妖精でもあるその子は大きな瞳をうるうるとさせて、何か言いたそうな表情です。



「ごめんね?心配した?」



 そう尋ねれば勿論!と言わんばかりに大きく頷くその子にキュンっと胸が鳴ります。余りの可愛さに一瞬痛みを忘れました。


 滅茶苦茶可愛んですけど!!



 首が取れるのでは?と思うほどにブンブンと頭を振るその子に名前はありません。


 寧ろ翡翠さんやアクヴァ様の様に名前がある方が珍しいのです。

 それは名を持つということは人と契約を交わしている証になるからです。翡翠さんの場合は私が勝手に心の中で呼んでいた名前が本人も気に入ったからこそ契約を交わしていなくても“翡翠”呼びでしたが、本来ならば個を指してその名を呼べばある種の契約となってしまうのです。

 それを聞いた時はびっくりしましたとも。名を付けても契約とならなかったのは、翡翠さん自体が最高位の精霊だったからこそ。彼女のような低位の子では今の私があだ名として仮の名を付けて呼んだだけでも契約を交わすこととなってしまいます。だからこそ、寂しいですが名前を呼ぶこと無く彼女に話しかけます。



「ごめんね。もう大丈夫だから心配しないで?」



 ふふっと笑い声を漏らして上手く上がらない手を無理やりあげて彼女の小さな頭を指で撫でます。それに悲しそうな表情を一変。花が咲いたかのようににっこりと嬉しそうな表情を浮かべる彼女。


 本当に可愛いです!



 そうして風の子を構っていれば私の頬を突く小さな手。



「いたっ痛いからっ!」


 こっちも構えと言わんばかりにつんつんと怪我が無い頬を容赦なく突いてくる子は男の子の姿をしています。

 無言、無表情で真っ黒な瞳をこちらに向けてくる子は闇の妖精です。

 目つきが悪いために睨んでいると誤解されがちですがその瞳の色は心配そうに揺らいでいます。

 勿論、闇と言っても穢れた闇ではなく正真正銘の本来の“闇”の妖精なのです。



 無理はするなと言わんばかりにベットを指差す彼に苦笑を浮かべます。


 どちらも私の、三歳児の手の平サイズでちょっとデフォルメされているような可愛らしく丸っこい妖精さん。彼女達がいつも私と遊んでくれる子たちです。

 気が付けば私の周囲には色とりどりの光の玉が浮かんでは震えて、明滅を繰り返しては私を取り囲みます。

 それは低位精霊の子達。残念ながら生まれたばかりだったり、位の低い精霊はまだ姿形を作れません。

 逆にどんな形であれ、光の玉以外の姿形を取れていればそれで中位に位置します。



 その全てが私を案じるように頬に、手に、その身体を触れてくるくる回ります。

 随分と皆に心配を掛けてしまったようです。



 それに私の中に飛び込んだ“あの子”の事も知っているのでしょう。私を案じる心を感じると共に僅かに感じる悲しそうな気配。


 私に一縷の望みを託してその命を散らした“あの子”を想い、俯きます。




 既に穢れた闇に侵蝕され、本当ならば私の元に辿り着く前に穢れによって闇堕ちしていたであろうあの子は最後まで穢れに抗い、そして力尽きてしまいました。私に最後の最後。助けて欲しいと文字通り命を懸けた願いを託して……。

 闇に堕ちなかった妖精の末路は〝消滅〟です。この世界からの消滅。――それは全てが消えてしまう事を意味します。存在の、生きた証の……消滅。

 消えてしまった命を想い悲しみの感情に伏せると、目の端に映る小さな手。


 ハッと顔を上げればそこには労るような慈愛に満ちた表情の子供がいました。

 私と同じくらいの身長のまんま子供の姿をしているのはこの屋敷の裏手、山の上の湖に住まう中位の精霊さんです。


「来てくれたの……?」


 《まぁねェ、だってお姫様は無理ばっかりするから》


「……」


 それは確かに否定出来ないですけど、呆れた様に言うの止めてくれません?

 もうちょっとなんか優しい言葉が欲しいんですけど……



 中性的な顔立ちの精霊さんにやんわりと遠回しに言ってみます。こう見えて怪我人なので労って欲しいんですけど。そう言えば彼?彼女?はハッと鼻で笑いやがりました。


 オイこら



 《ボク達を心底心配させたんだから諦めるんだねェ》



 え、なんですかその意趣返しみたいな発言。私は悪くありませんよ!……たぶん!



 そう言えばにっこり笑って首を傾げる精霊さん。その目が笑ってないのは気のせいデスカ?

 気のせい、気のせいと精霊さんから目を逸します。

 ちょっと寒気が感じたとか気のせいですから!


 薄緑の髪にミントグリーンの瞳。風の属性を表す緑を纏う精霊さん。翡翠さんが居た時は余り会ったことが無かったのですが、翡翠さんが眠ってから時々丘の湖から様子見に来てくれたのが彼との始まりでした。



 《まったく、随分と酷い格好だねェ》



 やれやれと肩を落とす仕草をしますが、私に触れるその手は随分と優しく壊れ物を触るような手つきです。

 するりと撫でられる頬。ガーゼを見て痛々しげに表情を変える精霊さんに苦笑いを浮かべます。



 《ま、キミのそういう所は嫌いでは無いんだけどねェ》



 ヒュウと風が吹いて私の元に運ばれてきたのは水の入ったコップです。


 《残念だけどボクにお姫様の怪我は治せないからねェ。これならば少しは助けになるんじゃないかなァ?》



 そう言ってそっぽを向く精霊さん。

 コップの水を覗き込めば何やらキラキラと光る何かが――え、これちゃんとした水ですか?



 《失礼だねェ。これはこの世界で最も神聖な場所の湖の原水だよ。これならばお姫様の身体に悪影響を及ぼさないはずさ》


 うん?どういうこと?


 《本当ならば穢れとかを浄化する力を持つんだけどねェ。お姫様の怪我に効くものだから心配無いよ》



 そう言って躊躇う私をガン無視で問答無用で水を飲ませてくる精霊さん。



「ちょっまっ!むぐぐぐっ」



 ちょっと、待って!という言葉も水と共に喉に押しこまれていきます。


 ごくり、飲んだ神聖なものらしいお水。どこか仄かな甘さとすっきりとした喉越し。

 悔しい事に正直、お水としては凄い美味しい水でした。


「っぷは、……あれ?」



 自分でも気付かぬ内に喉が乾いていたのか、一口飲んでしまえばその美味しさに負けてしまいました。

 ゴクゴクと喉を鳴らして一気に飲んだお水。ふと気付けばあれ程痛みを感じた体は水の冷たさが身体に染み込むと共に熱っぽさだけを残してスーッと引いていきました。


 そんな私に満足げに微笑む精霊さん。




 《やっぱり、これならお姫様の身体に拒絶されないみたいだねェ》



 良かったと頷く相手に首を傾げます。確かに私の身体は魔封病の所為で治癒魔法などは一切効きません。私自身の魔力が魔法自体を、他の魔力を拒絶する為です。その事を指しているのか精霊さんの発言に興味が引かれますが、その問いを口に乗せる前に精霊さんに指先を唇に乗せられ、言葉は引っ込みました。




 《さてさて、お姫様?キミの望みを叶えてあげよう》


「へ?」


 《行きたいんでしょ?流石に無茶はさせられないからねェ連れて行ってあげるよ》


「……良いんですか?」


 《言っただろ?無茶はさせられないって、そんな状態で歩かせるくらいなら連れて行くさ》



 私の望みを叶えてくれると精霊さんは笑います。

 でも代償は?と疑問符を浮かべる私に精霊さんは寂しげに苦笑いを浮かべました。


 《もう、貰ってるよ。助けてくれただろ?そしてあの子の望みを叶えてくれたお姫様にはその対価を払わなきゃねェ》




 そう告げる言葉はある妖精を指して……。

 何かを得る為には何かを犠牲に対価を払う。それが私達人間と精霊の取り決めみたいなものです。

 等価交換によって私たちは精霊から力を借ります。その代償は魔力だったり、血液だったりします。

 でもいらないと首を振る精霊さん。“あの子”の声を聴いて望みを叶えるために行動を起こした事こそが対価になり得るのだと理解した私。



 《さぁ、行こうか》



 ふわり、私を取り囲む一陣の風。


 こくり、頷く私を見届け、精霊さんは力を使います――。










 ザァ――、一際強い風がルイシエラの部屋のカーテンを揺らした。


 満月の光が差し込むテラスには部屋の持ち主の姿はなく、ただ青白い月明かりが全てを照らして扉が僅かに軋む音を立てる――――。











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