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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
37/79

Act.36 [託された願い]

 



 それは初めて言われた言葉――。


「お願い」そう言われた言葉が想像以上に心を、魂を震わせる。

 この力を、自分達を、信じ託された頼み……。



 その為に、全てを懸けよう――




 **********************




 駆ける、駆ける――



 輝かしい陽が沈み、月明かりが照らす道を彼等は駆ける。




「――お前たちも来るのか?」


「はっ」

「途中からは別行動ですがね」



 本部の山道を街道沿いに駆ける途中。ガウディは隣に並走する二つの影に気が付く。



 意外だという僅かな驚きも露わに声を掛けた影はルイシエラに忠誠を誓う二人の獣人だった。

 真っ黒なローブに顔の上半分を隠す仮面。それはルイシエラが二人と初めて出会った時と同じ姿。






 ――今回の堕骸だがい盗賊団討伐隊はガウディを先頭に総勢27名で構成され、その全員が赤獅子騎士団の中でも腕利きの精鋭ばかりで構成されている。


 ガウディはあの後。すぐさま赤獅子騎士団の本部へと赴くと二十ある部隊の中から、特に優秀な第一、第二班小隊二つ、そして後方支援に特化した救護第一班の小隊を集めた。

 その中にはルイシエラが慕うリドの姿もある。



 彼等は速さを考え、ただの馬ではなく騎獣と呼ばれる調教した魔物を使用していた。



 本来ならば人を害する脅威である魔物。

 闇に穢れ、堕ちた動物の成れの果てである彼等は本能のままに暴れる厄災となる。

 だが、そんな魔物を手懐け、配下にする技を持つ一族がいた……。



 ――それがアウスヴァン公爵家である。


 時には武力で、時には対話をもって、魔を調伏し、えにしを繋ぐ。

 それがこのジゼルヴァン王国が出来る遥か昔から、アウスヴァンの名を持つ一族が代々受け継いできた技の一つである。


 闇を祓い、闇を癒し、闇と共に生きる。


 その一族の特徴故にアウスヴァンの一族は闇に対抗する為の力――炎の性質を受け継いできた。

 神の祝福云々の前に、ルイシエラの力が闇に対抗する為の力に特化していたのも頷けるものだった。







 そうしてガウディによって調教され、配下となった魔物は遺憾なくその力を発揮する。



 速さ特化の馬の魔物 《スレイプニル》

 気性は荒く、凶暴。しかしその速さはまたたく間に千里を掛け、空さえ駆けると言われる。


 そしてガウディが乗る魔物 《キメラ》

 獰猛で様々な動物の特徴を持つ魔物。同族喰らいでもあり、捕食した獣の特徴を自らの力へと変換する異形の魔物である。それ故に同じ容姿の個体は存在しない。


 キメラの身体は獅子の顔に胴体、尻尾は蠍の様に棘が。手足の先は蜥蜴の様に鱗で覆われ、耳元からは羊のような湾曲した鋭い角が生えていた。



 どちらも魔物としての危険度を表すランクでは高位の存在である。

 しかしその瞳は濁ること無く、確かな知性を感じられた。そして二匹は自分のガウディの命令を違えることなく遂行する。早く、速く、と願う主の言葉なき意思を察し、その足は力強く大地を踏み締め、薄暗い山道を下っていく。





 そしてスレイプニルには大型の幌馬車が繋がれていた。

 しかし車輪は無く、魔法の力で浮かぶそれに山道ゆえの障害物も何のその。ただ飛ぶように過ぎていく景色に馬車に乗る騎士団の面々は切迫した状況を正しく理解する。


 その忠誠心を捧げた主であるガウディの急な招集に集まった面々であったが、その詳しい事情はまだ隊長各以外には伏せられていたのだ。ただとある村が盗賊によって襲われている。という事だけ告げられ集まったメンバーに今回ガウディの右腕を務める第一班小隊の隊長は役割を割り振って行く。


 状況は決して楽観視など出来ない。堕骸盗賊団のその強さは未知数なのだ。ガウディが民を守る為にその力を惜しみ無く発揮するならば、その補佐を任された者としてするべき事は仲間を守る為の采配。そう考え隊を組み直していく……どうか間に合えと心の中で呟きながら。










 *





 ヨルムとベルンはやっと追い付いた一行にほっと息を吐き出す。

 獣人ゆえの強靭な肉体と身体能力。それでも気を抜けば簡単に置いて行かされそうな状況。

 寧ろこの二体の魔物に対して追い付いただけでも凄い事である。



 まさか付いてくるとは思わなかった二人にガウディはその身体能力の高さに内心舌を巻いた。

 今回騎獣として選んだ二体はガウディが所持する魔物の中でも特に速い個体である。常人では絶対追いつけないであろうこの速さに付いてきた二人。昔の二人を知っているからこそ、その成長ぶりを感心した。

 しかもまだ強くなる伸びしろを感じ、心強さに内心笑みを浮かべる。



 だが、「別行動」の言葉を意味を咀嚼しガウディは頷く。あの後、ルイシエラは彼等に何かを伝えたのだろう。

 そして託した。だからこそ、そのめいを受けここにいるのであろう二人。



「――分かった。好きにしろ。それとそのままだと辛いだろう?馬車の方に乗れ、ここから先は近道を行く」



「畏まりました」

「お手柔らかにお願いしますよ将軍」



 ぐっとキメラの手綱を引き道を変える。その先は鬱蒼とした森。

 近道とは森の中を突っ切って街道をショートカットするのだろう。それを察したヨルムが苦笑いとともに軽口を叩けばベルンに頭を叩かれていた。


 そしてザッと軽い音と共に背後に下がる影。

 幌馬車の屋根の上に乗った姿を確認し、ガウディは二体の魔物に指示を出す。




 “もっと速く――”





 音無き命令にぐんっと速さが増す。

 重力の力に後ろへと身体が流れるが、それを物ともせずガウディは強く手綱を握った。





(間に合え――!)











 *











 ぱちり、ぱちり、火花が爆ぜる。






 薄暗い景色の中。辿り着いた悲劇の村。




「これは……」



 ガウディの合図と共に馬車から飛び降りたリカルド――リドはその惨状に息を飲む。






 そこにはまさしく地獄絵図と言ってもいいほどの光景が広がっていた。




 ぱちぱちと音を立てて燃え盛る炎に照らされ暗闇に浮かび上がる影は尽く地面に伏し、その下からは赤く、黒く変色した水たまりを作っていた。

 苦悶の表情を浮かべる者、身体の一部が無い者、お互いが庇う様に重なって倒れる者。その全てが動く事なく、既に事切れているのが見て取れる。







「――ひでぇ」

「ボサっとすんな!生存者の確認急げ!」

「嘘だろ……」

「魔術師は火消しに当たれっ」

「救護隊は後方警戒!――全員散れ!絶対犯人逃がすなよ!」




 馬車から降りた騎士団の面々はその凄惨な光景につい足を止めてしまう。


 幾度となく修羅場をくぐり抜けた強者つわもの達といえど顔を顰め、絶句する。これほどまで惨い仕打ちを行った奴の神経が知れないと言わんばかりに。


 だが、そこは精鋭と呼ばれる部隊。直ぐに気を取り直し事態の収拾に行動を開始する。

 馬車の中で決められていた役割を思い出し、それぞれの隊長の指示の元、騎士達は村を駆ける――








「リド!お前は村の東側に向かえ!」


「了解!」




 リドも隊長の指示に従い、惨劇の中を走り抜ける。その向かう先は村の広場――――。

















「あーあ、見つかっちゃった」


「っ!お前は!?」




 ざっと足音立てて辿り着いた広場。そこは通常ならば憩いの場になっていたのだろう。

 椅子代わりなのか丁度良い高さの切り株が点々と置かれ、何かを囲う様に設置された大きめの石。




 そんな場所で一際大きな木の根本。やれやれと言わんばかりに肩を落とす一人の男。

 シンプルな白いシャツにカーキ色のズボン。ありふれた平民の服に軽い調子。


 村の凄惨さを見てきたからこそ、その異常性が僅かな恐れを抱かせる。



 リドは何があっても良いように己の武器を構え、警戒する。

 しゃりんっと甲高い音と共に引き抜かれた刃。



 僅かに反りが入る二本の剣。それを構え、見据える先……。




「思ったより早いねぇ、流石はアウスヴァン公爵家って所かなぁ?」


「……堕骸(だがい)盗賊団の者だな」


「見れば分かるでしょー?それとも君は僕が村の人間に見えるの?」



 ケラケラ笑う男は木に向けていた身体ごとリドへと振り向き首を傾げる。その姿を見た瞬間、リドの顔は顰められた。


 既に変色し真っ黒に染まる男のシャツ。袖口からは吸いすぎた血が滴り落ち、男の足元に血溜まりを作り上げる。

 村の燃える煙に鼻が効かなくても分かる噎せるほど香る血の匂い。



 暗闇に包まれる広場の隅。何故今まで気付かなかったと叱咤したいほど、そこには山になるほど積まれた小さな身体。

 この時ほどリドは自分の夜目の効く目が恨めしく思った。何故ならその山の正体も表情も視界は克明に映すのだから……。


 湧き上がる怒りを押し込みリドは男を見据えた。



「――赤獅子騎士団の名の元。お前たちを拘束する」


「えー?僕を捕まえるのー?それは無理だと思うなぁ」


「……やってみなければ分からないだろう」



 追い詰められている筈なのにも関わらず軽薄な言葉と態度は人の神経を逆撫でしてくるが、油断ならないとリドの本能が告げる。

 男の手には一本のナイフ。それすら暗闇の中でもリドの眼にはべっとりとついた血が見えた。




「でもホントにどうして来れたのかなぁ?だって、ここにはがあった筈なんだからさぁ」



 男が言った瞬間、ぞわっと足元から広がる影――



「っ!」



 ぞわぞわと鳥肌が立つ。それはリドの心の奥底に刻まれた本能。嫌悪感と恐怖が入り交じる感情――




「ねぇ、教えてくれても良いでしょー?“偽りの愛し子”サマよぉ!」


「ぐっ!」



 男の口調が変わる。それに合わせてギュルっと形を変えて襲いかかってくる影。

 濁った色が混じるその黒色は――穢れた闇。






 リドは槍状の先端に変えた闇の切っ先を剣で逸らす。

 ギィィインと鳴る刃と闇の刃の耳障りな音。



「はっ!」


「おっと、へぇーやっぱ反応は良いみたいだけど……まだまだ、かなぁ」



 ダンっと踏み出した足。人狼としての脚力、祝福者としての能力。全てを使い男に肉薄する。


 だが、ひらりと避けられた突き。男は愉快だと言わんばかりに嘲笑う――その時。



「――ならば、これならどうだ?」


「え、」




 背後から聞こえた低い、低い声。感情を抑えたそれに男の口から声が漏れる。

 だが、思考するよりも早く頬を抉る衝撃。声を発する事も叶わず男の身体は吹き飛び、木の幹へと叩き付けられた!



「よくやったリド」


「はっ!」



 労りの言葉を発するのは振り抜いた拳もそのままに堂々と立ちはだかる偉丈夫。

 そこには怒りに周りの空気を歪めるほどの熱気を宿した男――大陸最強と呼び声高い《紅蓮の獅子》がそこには居た。




「ぐぅぅうう!!!」



 ずるずると木の幹から滑り落ち地面へと蹲る男。

 常人ならば死んでもおかしくない強さで殴られた頬。顔面の複雑骨折は免れないだろう、だが痛みからか血走った眼でこちらを睨む男の顔を抑える手からは鼻血だけしか見えなかった。




「ほう、あれを防ぐか。ふん、それなりの力はありそうだな」


「将軍。俺は」


「リド、お前はルイシエラ配下の奴らを探せ――何かあってはあの子が悲しむ」


「あいつらが?」



 驚きも露わについ尋ねた言葉に返ってくるのは一つの頷き。

 ガウディは盗賊団の一人である男から眼を逸らすことは無かった。ガウディもその脅威を肌で感じていたのだ。



「ルイシエラ……だと?――あの()使か?まさかそのガキがここを?」



 ぶつぶつと呟かれる言葉。

 だが、ガウディは気にする素振りを見せるリドにもう一度、ベルンとヨルムを探すことを命令した。



 後ろ髪を引かれつつも再び村の中へと戻っていくリド。

 その後ろ姿を横目にガウディは背後に背負っていた大剣を構える。



「さて、お前のお仲間も既に捕らえてある。――観念したらどうだ?」


「なんだよそれ、おれどうすればいいんだよ。おかしらにおこられるじゃんかよ」



 ぶつぶつぶつぶつ、蹲ったまま呟く男。段々その言葉は不穏な空気を纏い始める――





「――みなごろしだ。そうだしょうこなんてけしちゃえばいいんだぜんぶゼンブ全部ぜーんぶ!!!!殺しちゃえば良いんだよ!!!!」



 子供のように舌足らずになっていった言葉はやがて狂気を孕んで闇を発した。



「っこれは――!?」



 ぶわっ!男を起点に広がり立ち上るのは一切の光も通さぬ暗黒。

 ぞぞぞぞっとおぞましい程の歪みと穢れを宿した闇は男を守るように、そしてガウディを殺すために、その力を解放する。



「将軍っ!」

「ガウディ様!」



 ガウディの後ろには部下の数人が控えていた。しかし闇の顕現にガウディを守ろうとその間に割って入ろうと駆ける――だが。



「いらん。お前たちは下がってろ」


「しかしっ」


「お前らは俺が負けるとでも?」



 思っているのか――そう告げるガウディの顔は獲物を見つけた獰猛な表情をしていた。


 しっしっと手で追い払いつつも構えるのは身の丈ほどの大きな大剣。アウスヴァン公爵家の独自の技術を集め、そしてティリスヴァン公爵家の知識と魔力を込めて鍛え上げられた特別な剣。



「俺の名はガウディ・ヴァルバロス・アウスヴァン――()()()。さて、今まで随分と好き勝手してくれたようだな――覚悟は良いだろうな」



「うるせぇっうるせぇ――うるせぇんだよぉぉぉお!!!」



 叫ぶ言葉に合わせて蠢く闇。だが、ザンッ!と音を立てて切り裂かれる黒。




「やれやれ随分と闇に染まってんなぁ」



 はぁと微かな溜め息を吐きながらも掲げた大剣を肩に乗せ、その男は不敵な笑みを溢す。



 剣が赤に染まり、纏うのは黒ささえも滲ませる紅蓮の焔。

 触れたものを燃やし、溶かし、灰に帰すそれは――浄化の火。



「アウスヴァンの名の元。悪いが逃さねぇぞ」


 紅蓮の獅子が嘲笑う。それは怒りを孕んで――戦いの火蓋は切って落とされた。





 **




 そうしてガウディが堕骸盗賊団の男と相対している間。

 森には村の炎に照らされながらも駆け抜ける二つの影。

 言わずもがなベルンとヨルムの二人である。


 二人はルイシエラの言葉通り、村を囲む山の裾。麓のとある場所を目指し駆けていた。



 ルイは言った「祭壇の奥の洞窟に居る」と……。



 それを“何を”指すのかは知らない。だが、そこにいる何かを助けることを彼等の主は望んだのだ。



「ヨルム、どうだ?」


「術に反応はあった。居るのは確かだ」



 ベルンは辺りを隙無く見回し警戒を露わにヨルムへと尋ねる。そんなヨルムの右手には幾重にも重なった円。そしてそれを周回する一つの光。それは探査用の魔法だった。


 獣人では使えぬ筈の魔法を駆使してヨルムは周囲の探査を行っていたのだ。

 その術に反応した数は二つ。その正体は何であれ、生きている反応を示す赤色を目指し二人は暗闇の森を駆ける。



 村から一本道で整えられているその山道。

 真っ直ぐ山へと向かって伸びる道にベルンとヨルムは二種類の足跡を見つける。



「これがそうだと思うか?」


「さぁな、行ってみれば分かるだろ」


 少し前に雨でも降ったのか、山に近付くのにつれて泥濘んでいく道に足を捕られながらも進んでいけばそこには小さな祭壇が見えてきた。


 僅かに拓けたその場所。

 森と山の境に建つ小さな祭壇の奥には岩壁を削って作られた洞穴があった。



「お嬢様が言っていたのはここか」


「すげぇな。言ってたとおりだ」




 ざぁと風が吹き、木々を揺らす。



 二人にとっては眩しいほどの月明かりの元、広がる光景にただ感心した。

 それはルイシエラが言ったとおりの光景が広がっていのだから。



 ザッと僅かな砂埃を立てて立ち止まり、祭壇の奥。洞穴に目を凝らす。


 そこにはルイシエラが「お願い」と二人に頼むほど助けたいと思った者が居るはずなのだ――




「いるんだろう?」



 ヨルムの声がザワザワと囁く森に響く。











 それは一つ目の運命が変わる瞬間―――――





 洞穴の影が動く……。









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