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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
32/79

Act.31 [祝福の宿命]

 


 それは運命か、はたまた呪いか。


 生まれる前から刻まれた宿命。決定づけられた定め。


 どんなに抗っても覆らない未来に絶望を抱き怨嗟の声を上げる。



 でも、それでも……その証を背負う事を、止めることはないのだろう……。


 例え、それが非情な未来を孕んでいたとしても――。



 ************************




 ――古の神代かみよの時代。


 生きとし生けるものが生を謳歌し、陽だまりの中で平穏を享受していた時代。


 いつしかそれは生まれてしまった……。



 光りが当たれば影が出来るように、世界の小さな隅っこで産声を上げた小さな闇。


 夜を覆いつくす深淵なる闇とは異なりそれはおぞましき穢れた闇。それが生まれてから、世界は崩壊の一途を辿っていく――。



 闇に触れてしまったモノは闇に心を喰われ災厄の化身へと化してしまった。


 動物は魔物と成り果て混沌を撒き散らし、妖精、精霊は世界を穢した。

 そして人は――人間はその心を闇へと染め上げ、穢れた闇自身の象徴と成り果てる。


魔人(まじん)

 それは闇に染まり、穢れ堕ちた罪人(ツミビト)

 そう世界は彼らを呼び、恐れた……。




 *



「くっくくっくくくくくっ!」



 くつりくつりと止まらぬ乾いた笑い声。

 背筋がぞくりと粟立ちます。それは恐怖などでは無く、心の底から嫌悪するようなそんな感情で。



「……ルシィ」


「父さま。絶対そこから動かないで。ベルン!ヨルムも!――父さまの所まで下がって」


「しかし姫さん」


「……今の貴方たちでは“あれ”には何も出来ないわ」



 小さく、でも確かに呼ばれた名前。


 今にもこっちに駆けてきそうな父さまに待ったを掛けます。寧ろ逆に来られても迷惑だからと言わんばかりに。

 ついでにレイディルの異様な態度に再度私を守ろうとする素振りを見せる二人にも待てとの合図。



 いまだ不気味に笑い声を上げるレイディル。異様な状況にどんどん空気が張り詰めていきます。

 最早言葉も無いエヴァンス様達を置き去りにして変わっていく状況。



 やっと、やっと出てきた元凶にもう一度気合いを入れ直します。ここからが正念場です!



 レイディルの濃厚な魔力に紛れ姿を隠していた〝そいつ〟を見据え拳を握ります。


 ずっとレイディルの姿を見た時から“視えていた”その姿。

 黒い靄としてレイディルを包み込んでいたそれに奥歯を噛み締めます。


 何故?と喚きたい衝動を押し殺し冷静に、観察するように見つめるその姿形。



 レイディルの精神を心の奥底に閉じ込め、その身体を支配するそれに私は心当たりがありました。


 それはゲームでのお話。

 終盤に徐々に正体を現せ始める闇に堕ちた人間――〝魔人〟の一人。

 世界を滅ぼす闇を信仰の対象として邪神化させ、その信徒として暁の神子一行の前に立ちはだかる敵。それが彼らです。


 しかしそれはこの時代より先のお話。何故今彼らがその姿を現したのか、疑問が頭を埋め尽くします。

 だけどそれを許さないと言わんばかりに私に向けて放たれる殺気。



「いつからだぁ?」


「……」


「いつから気付いてたぁ?」


 レイディルの口で、声で、発せられるのは一つの問い掛け。


 それに私は笑うことで答えます。偉そうに、不敵に、強気な態度で。



「それこそ愚問ね。私が誰の愛し子だと思っているの?」



 舐めないでと笑みを深めれば声を上げてゲラゲラと嗤うそいつ――ゲームでは傲慢の霧と呼ばれていた魔人はレイディルに憑依したまま俯けていた顔を上げました。



「レイっ!」


 悲鳴のような声で叫ぶエヴァンス様。


 その気持ちも分かります。顔を上げたレイディルのその顔には――



「ハハッ!傑作だなァ?神の名を語る偽りの偶像に支配された人形がその張りぼての力に誇りを見出すのか!?」



 じわじわと顔を覆いつくしていくのは黒い痣。



「レイっ!眼を覚ませ!」

「レイディル!」


 イース様とラウディ様が結界の壁を叩きます。



 レイディルの身体に浮かび上がる黒い痣は穢れた闇そのものです。

 闇に侵蝕されていくレイディルの身体。もし闇が全身に回ってしまえば……待っているのは闇堕ちし、魔人化してしまう未来。

 そうなってしまえば、世界は益々崩壊の一途を辿ってしまいます。


 何故こんなことに……?


 胸に浮かんでは消えていく疑問。魔人の登場はゲームの終わり頃。物語の佳境に出てくる敵役としての設定でした。

 それまで所々存在を匂わせていても登場することは無かったのです。なので今の時点で出てくるなど予想もしなかった現状。

 正直、レイディルが闇に侵されているのは最初から“視えて”いました。しかし半信半疑だった魔人の存在。

 そういった存在がいる事を念頭に置いて行動していたからこそ、何とか対応できていますが正直当たって欲しく無かったです。




『どうなさいますか?』

『闇に染まってはあの子はもう……』



 風の精霊と地の精霊が私の隣に並びます。

 地の精霊はもう打つ手は無いと言わんばかりに肩を落とします。



「こいつは簡単に絶望してくれたぜぇ?「化け物」「母親殺し」と騒ぎ立てて周りをちょっと煽ったら簡単に心に闇を棲みつかせた!ハハッ!なーにが“祝福”だよなぁ?こんな“呪い”を齎した奴をどうして信仰なんて出来る?」


「――そうしてその子の心を闇に染めたの?」


「ああ、そうだ!あんまり順調に闇に染まってくれたから呆気なかったぜぇ?」


「そう」



 ぎゅっと握るのは首元で揺れる黒い石。


 ぐつぐつと心の底から湧き上がる感情は――怒り、です。


 視界の端に結界を解いてこっちに来ようとするエヴァンス様達の姿が見えます。しかしそれを止めてくれているのは他でも無く父さまです。



「ルシィ」



 ――うん。大丈夫



 聞こえるはずなんて無いのに、確かに父さまに呼ばれた気がしました。


 険しい表情の父さま。正直凛々しくてカッコいいとそんな場合じゃないのに頭の隅で思います。

 ……いつもは情けないというか、わたしか母さまにデレている表情しか見ていませんからね。


 強いその瞳に励まされている気がします。ふぅと深く息を吐いて逃がすのは衝動的な怒りです。

 怒りの激情に突き動かされてはチャンスを逃します。そう教わった日々を思い出します。


 真っ赤な炎の様な燃え盛る怒りだけでは満足に全力など出せません。その怒りはただ視界を狭め、思考を奪うだけです。

 考えろ。そう刻み付ける脳内。怒りをコントロールし、怒りによって集まる力を溜めろ。そう言い聞かせます。


 冷静に、落ち着いて、そのチャンスを見極めろと。ゼルダに教え込まれた感情の支配コントロール



 ふとゼルダに眼を向ければコクリと頷く姿が見えました。「大丈夫」そう言われた気がします。





「――それで?本当にレイディルが闇に染まったとでも?」


「ああん?」



 なんだと?と言わんばかりに不機嫌なそいつ



 笑え、笑え、笑え。


 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、偉そうに、殊更可笑しいと笑え。



「ばっかみたい。まだその子は闇に染まってなんかいやしないわ」


「なんだと?」


「貴方こそ可哀想に、大人しくしていればまだ生きていられたのにね?」


「――たかが操り人形が吠えるじゃねぇか!!」



 ぶわっと高まる魔力。高密度のレイディルの魔力すら黒い色を乗せています。

 それを見て、私は逃げも隠れもしません。



 ――貴方こそ、私を舐めないでよね



 深く、深く息を吸い込み心を決めます。


 張りぼてと蔑むこの力。本当にただの見せかけなのか、見せてやろうではないですか!






 ――力を込めて吐き出す音。


 それは空気を震わせ、世界を震わせます――





「【さぁ、歓迎しよう朝焼けの光よ。明星の輝きよ――】」


「な、ん!?」



 ざわり、揺らぐのは大気に満ちた魔力。



「【世界は光輝き、闇は遥か遠くに消え去る。それは希望の訪れ――地は芽吹き草花は唄い、風は巡る】」



 高らかに歌い上げる言葉は日本語。


 呪文として紡ぐのは闇を退ける文言。



「【水は清らかに流れ、火は生の象徴――闇よ安らかな安寧とあれ、光よ救いの願いとあれ】」


「何故!?何故貴様がそれを知っている?!」


「【世界の言の葉は枯れることなく咲き乱れる――降り積もる悲しみと喜びを宿して】」





 一歩、レイディルへと近づきます。

 それに反射的に退(しりぞ)く魔人。



 私の力が祝福だけと、誰が言いました?

 精霊術が私の精一杯とでも?


 にっこり笑う私を見て、レイディルに宿る魔人の顔には明らかな恐怖が浮かんでいました。




「――人に寄生する事しか出来ない霞風情が、背負う覚悟も無い癖に随分と吠えるじゃない」


「て、めぇ!!何故その言葉を知っている!?それは――」


「キャンキャン吠えないでくれない?負け犬が」


「――っ!死ねェェエエ!!!!!」



 怒りの形相で攻撃してくる魔人。


 でもその力はさっきの魔力の暴走していた時より明らかに威力が落ちているのが分かります。


 日本語で歌う様に紡ぐ呪文は遥か古より伝わりし“祝福の文言”です。いつ作られたのか、誰が作ったのか、知りません。でもあの翡翠さんが眠った礼拝堂の女神像の台座に刻まれていた言葉でした。


 あれは何?という問いかけに答えてくれたのはゼルダです。

 どうして女神像の台座に刻まれていたのか、誰が刻んだのか、今や知る者はいません。ましてやそれを解読できるものなど。でも私にはそれが漢字である事が読めました。そしてそれを音に乗せて発動させれば出来上がるのは聖なる神域。それは闇の力を退け、抑える力場です。


 それがあるからこそ、屋敷の森は神域足りえるのだと聞きました。


 あの礼拝堂の女神像が森を神域化させるための核だったのです。

 そして今ここで紡いだ文言は辺り一帯を一時的な神域と化します。




『風よ!暴風となりその力を散らせ!』


『大地よ!そのかいなで罪人を絡め捕れ!』



 そして神域となったこの場では精霊たちは全力を出せます。

 本来ならば私が代償に捧げた血液分くらいにしか出せない能力がその枷を外して十全に発揮できるのです!



「くっ!離せぇぇ!!」


「残念だけど無理よ。それと返してもらうわよ?その子を連れてなんか行かせない」



 弱体化した魔人。



 一体どんな思惑が有ったかなんて知りません。何の為にレイディルを闇に染めたのか、そして魔人と化そうとしているのかも。でも、する事はただ一つ。



「怖いと泣き叫ぶぐらいならば信じてみれば良いのよ。家族を、世界を、そして貴方を最も愛してくれている人を――」



 もがくレイディルの身体。逃げようと暴れる魔人。でも草木の蔓がその身体を拘束し、逃げる事は叶いません。



 ポォと光の粒がどこからか私の右手へと落ちます。



 うん。分かってる――




 スゥと手の甲に染み込むように消えていく光の粒に反応して浮かび上がるのは一つの紋章。

 それは私の祝福の証――女神ルーナの紋章です。



「祝福は宿命。逃れない運命。でも、それでも私たちはそれを授かった。その意味を貴方はどう考えているのかしら?――()()()()()()()よ」



 とんっと彼の胸に手を当てます。



「さァ――帰りましょう?レイディル……」


「ぐぅううう!!!」



 ぶわっと光は広がり、レイディルの胸を包み込みます。心臓を基点に身体に広がる仄かな光。それに合わせて苦しみ出したのは魔人です。



 顔を歪め、こちらを睨む目には確かな憎悪を感じました。

 でもそれが何ですか、私はこの魔人を許す気なんてこれっぽっちもないんですから!




「レイディル!」

「レイ!」

「帰ってこいレイディル!」



 エヴァンス様、イース様、ラウディ様の声が聞こえます。



 ほら、みんな貴方の帰りを待っているんだよ?



「お、まえはッ絶対に許さねぇ!絶対に俺が殺してやる!その顔を苦痛に歪め、絶望させてやる!」



 呪詛の様な言葉を吐く魔人。

 彼は傲慢の霧と呼ばれ、世界に混乱と争いを招く設定でした。

 実体の無い霞の存在である彼は人に憑りつき、その心の隙間に闇を呼び込み操ります。


 人の絶望の感情を何より好み、その苦痛を糧とするのです。


 ゲームでは彼を弱体化させることは出来ても、滅ぼすことは出来ませんでした。

 ある種の不死身である彼に攻略時は何とも苦戦したものです。


 でも、私にとって彼ほど相性の良い相手はいないでしょう。寧ろ彼にとっては最悪ですけどね。



「それで?私がそう簡単に絶望するとでも思っているの?」


 私の祝福は闇を浄化する力です。それに実体など伴っていなくても力は通じます。

 それに彼の弱点は幾ら魔人としての闇の力があってもその能力は憑りついた身体によって変動する事です。

 レイディルに憑りついてその魔力が操れたように、宿主の力を操れる事は出来ますが、宿主が反発すればその力は弱体化します。今の様に。




 段々と体の抵抗が弱まっています。それはレイディルが魔人に抵抗し始めている証です。そしてレイディルに浮かんでいた黒い痣は段々とその範囲を狭めていきます。




「殺す!殺してやる!」


「やってみなさい。受けて立つわ。それもまた私の宿命でしょう」


 最期の足掻きに声高々に叫ぶ魔人に毅然とした態度で告げます。



 ――ここで彼が現れたのであればこれから先、他の魔人たちにも遭遇することもあるでしょう。

 寧ろもう眼を付けられてこの命を狙われている可能性だってあります。


 でも、私の能力を考えれば寧ろ彼ら魔人に対抗するための力だと言っても過言ではありません。それ程までに闇への対抗力が強いのですから。




「私の名は≪ルイシエラ・アウスヴァン≫――誇り高き意志の継承者にして武の末裔の一人。女神ルーナの証に誓って受けて立ちましょう」



「その名!しかと覚えたぞ!禁忌の血を受け継ぐ者よ!!我が名は≪ヒュブリス・バニティー≫この名をその頭に刻み込め!!」



 互いに交わした最後の言葉。それは私たちを繋ぐ(えにし)であり、呪いとなります。

 それを知りながらも私は告げました。



 父さまやベルン、ヨルムの止める声が聞こえていましたが私は止める気はありません。

 だってこれは、確かに私の命の危険を増やす事ですが、その他にこの魔人が他の人間を害することを出来なくする為の枷にもなります。

 今、どれだけのイレギュラーが起きているのか分かりません。

 もしかしたら他の魔人も祝福者相手に何かしらの行動を起こしている可能性だって捨て切れません。ならばせめてこの傲慢の霧だけでも私にしか行動できないよう縛る必要があるのです。


 互いに名乗ったその名によってトワイライラの誓約に縛られます。傲慢の霧――ヒュブリスはこれで私に関係する事しか動くことが出来なくなります。

 もし私以外の人間を害すれば待っているのは消滅です。そして私もヒュブリスの攻撃からは逃げる事が出来ません。まぁ逃げるつもりもありませんが。もし逃げれば私もまたこの命を散らすでしょう。



 そして――



「お帰り。レイディル」


「っ」



 黒い痣が消えてなくなり、黒い靄状のヒュブリスもその姿を消します。



 闇深い森に去っていく陰――。

 逃げられたのは分かりましたが、追いかける事はしません。

 正直私も一杯一杯ですから。



 そして一度、力を失って倒れこむレイディルの身体を受け止めます。若干足元がふらつきますがなんとか抱き留めたその身体。力を失ったはずの身体は次の瞬間には身じろぎ、力が込められるのを感じます。



 恐々と開いたその瞳。



 アイスブルーの澄んだその色には確かな意思の光が宿り。

 目には驚きと涙が滲んでいました。








 今度はちゃんと救えたよ――翡翠さん……。




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