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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
29/79

Act.28 [囚われた瞳]

 



 くらい、くらい、瞳だった。



 何も信じない、何も見ない、何も聞こえないと言わんばかりのその瞳。


 全てを疑い、全てを拒絶し、全てを投げ捨てたその姿にただ――拳を握る。




 ***********************





「――言っておくが、もし何かあればすぐさまこの話は無かったことにさせてもらうからな」


「……分かっている。もしもの場合は私自身で決着をつけよう」



 エヴァンスの言葉は悲壮な程の覚悟で告げられた。


 今回ガウディに頼んでいたのはティリスヴァン公爵家に産まれた祝福者が覚醒を経て力を暴走させてしまった事から始まった。


 最初こそは力を抑えれば大丈夫と楽観視していたエヴァンスだったが、予想に反して子供に宿る力は日々強力に、そして増幅していった。お陰で少なくない被害を出しているのも事実。

 そうして助けを求めたのは親友であり同じ祝福者の親であるガウディ。


 神の祝福によってもたらされる力は人ぞれぞれであり、その能力の幅も異なる。

 だが、ガウディの子供であるルイシエラは無事覚醒を経てその能力を開花させたと聞く。しかも祝福を齎した神は天空の支配者【女神ルーナ】


 女神の過去の祝福者を調べて分かった能力があった。それは他の祝福者の能力への干渉。その力の増減はおろか祝福を消え去る能力を持つ者も過去には居たらしい。

 エヴァンスはその力に賭けたのだった。


 ルイシエラが本当にそんな能力を持っているかは不明だが、それでも他の神の祝福者の能力に干渉出来る力を持っているのは確実な筈。だからこそ再三ガウディにルイシエラへの面会を頼んでいた。


 だがガウディもその気持ちは理解していても簡単には了承出来るものではなかった。


 幾ら無事に祝福の覚醒を得たと言っても心の支えでもあった翡翠が居なくなり、情緒不安定になってしまったルイシエラ。

 そんな彼女の心を反映するかのように病弱になってしまった身体の事を考えると簡単に他の祝福者に会わせて良いものだろうかと頭を悩ませる。

 もし他の祝福者に会って同じく力が暴走したら?異変を来したら?ルイシエラの命の危険の可能性は出来るだけ排除する。それがガウディに出来る唯一の事でもあった。


 ――まぁ予期せぬ形でルイシエラが他の祝福者に会ってしまった事を知った時は笑うしかなかったが……。


 神域に簡単に入れるなど誰もが予想しなかった事がそうあってたまるか。




 それは兎も角、良いチャンスだと思い大地の支配者【武神イカリス】の祝福者であるリカルドとルイシエラが会う事を黙認した。

 これで暴走又は何かがあればすぐさま二人の逢瀬を止めさせる所だったが、周囲の心配を物ともせず二人は順調に仲を深めている様子。

 しかも以前はちょっとした事故に精神的に不安定だったリドは吹っ切れたように目覚ましい活躍をしている。これもルイの影響なのだろうか。それは本人のみぞ知るものだが。


 余談だが毎回二人の仲が親密になっていく報告を聞く度にガウディの愛用のペンはその姿を変えていた。

 ……そろそろ鋼鉄製でも注文しようかと秘書が思っている事などガウディは知る由もない。


 いくらルイの為だと思っても、その相手がよく知る息子同然の子供だとしても、愛娘と男の仲の良さを報告されるたびにガウディの胸中は複雑だった。ペンを毎回へし折るくらいには気に食わないらしい。



 だがそろそろか、とガウディが考えていた矢先にルイシエラは体調を崩してしまった。


 しかも風邪と言っても性質たちの悪い“魔風邪まかぜ”と呼ばれる人の魔力の流れに干渉してしまう風邪である。

 これをわずらってしまうと子供ならば最悪魔封(まふう)病を引き起こし死に至るケースも少なくない。

 勿論大人でも油断は出来ない風邪である。


 幸いルイシエラは元々魔封病を患っている為に改めて発症する事は無かったが、風の精霊王である翡翠の恩恵で身体の内部で巡り循環している魔力の流れに干渉してしまったらしい。

 乱れた魔力は身体の中を暴れ回り、内臓はズタズタに。

 それを知ったのはルイシエラが血を吐いて倒れた時だった。軽く咳き込んだルイシエラの口から赤い液体が滴り落ち、彼女はその場に崩れ落ちる。

 屋敷中が蜂の巣を突付いたように騒然となる。


 ルイシエラの名を呼び悲鳴を上げる使用人たち。特に側近である配下二人と側仕えのメイド達の慌て様は凄かった。


 幸い、ルイシエラの高い自己治癒能力のお陰で命に別状は無かったがそれでも完治まではまだ、程遠い。

 普通の傷とは異なり魔力によって付けられた傷は元々治るのに時間が掛かるものだが……それでも普通の人間に比べれば治りは遥かに早かった。

 しかし、その能力をもってしても遅い治癒にどれくらい彼女の身体が傷付いていたかを理解する。

 もし、ルイシエラが魔封病を患ってなかったら。風の精霊王と契約をしていなかったら。その驚異的な自己治癒力を持っていなかったら。彼女は死んでいたかもしれない。そう思い至れば、恐ろしさに言葉が出なかった……。







 そうして様々な要因もあり、今まで見送られていたが、エヴァンスが形振り構わずこうして来るほどにもう、本当に時間が無いのだろう。

 しかも見たところエヴァンスが本気で封印術を掛けていても漏れだす魔力。それはガウディにも予想が付かぬほどだった。



 これが暴走すれば辺り一帯は塵と化すだろう。それを簡単に想像が出来るゆえにガウディは未だ顔が見えぬほどローブを被る子供を見て覚悟する。

 もしもの場合は……その命を奪う事も止むを得ない。

 だが、エヴァンスはそれは自分の役目だと主張した。親友の手を汚させるくらいならば親として子を楽にさせてやるのも親の務めだと言って。



「馬鹿だな」

「知っているさ」



 幼馴染として付き合いの長い二人。

 表向きには武官、文官の派閥が対立しているように彼らもまた対立の姿勢を露わにしていた。その辺は大人の事情が伴うが、それでも幼い頃、共に友と呼んだ関係を否定したことは無い。




 そうして一行が足を踏み入れたのは美しく整えられた庭園。


 広い庭は庭師が丹精込めて作られた見事な花々が咲き誇っていた。そんな庭園の奥にポツンと存在感を放つのは庭師ヴェルデが自分の技術と熱意を込めて作り上げた温室。


 ――そこに彼らが求める少女が居る。





「エヴァンス……」


「分かっている。これは藁をも縋りたいが故だ。もし何も出来なくとも責めることはしないと誓おう」



 ルイシエラが今回の事を解決できるとは思っていない。と告げるエヴァンス。

 幾らルイシエラが他の祝福者に干渉できる能力を持っていようともそれを解決できるとは断言できないのである。

 寧ろ解決に助言を貰えれば御の字。最悪ルイシエラの体調を悪化させるだけかもしれない。


 それでもエヴァンスは頼む。と口し、ガウディはその覚悟を見て頷く――筈だった。





「みーつけたー!!!」


「ぐおっ!」



 気を抜いて温室から眼を逸らした瞬間、背後から凄い勢いで何かがぶつかったのが分かる。

 余りの痛さに息が一瞬詰まり、ガウディは男らしく呻き声をあげた。



「もう!父さま仕事サボっちゃダメでしょ!!」


「る、ルシィ」



 もぞもぞと胴体に回される手。全然届いていないが日頃の行いのお陰かぐっと服を傷めない絶妙な力加減で掴む小さな手。

 可愛らしい声は顔を見なくともぷんぷんと口を尖らせているだろう。



「さっきオーヴォが来たんだから!仕事放りだしてどっか行ったって嘆いてたよ!」


 もう!と必死に腰に抱き着くルイシエラを見てガウディの眼がギラッと光った気がしないでもない。


 ガウディより濃い深紅の髪を今日はハーフアップに纏め、淡い青のドレスは可愛らしく裾に散りばめられたリボンの意匠。

 首元に揺れるのは二本の獣の牙と黒曜石のように真っ黒な石。


 そして何より彼女が羽織る防寒着のポンチョのフードは何故かうさ耳が付いていた。それに加え上目遣いと可愛らしく膨れる頬は真っ赤に染まって口は尖っている。



「ぐっ!」



 歴戦の勝者である将軍はその姿に簡単によろめいた。

 今までその膝を付けることなく勝ってきたはずの彼は愛娘に掛かれば簡単に敗者へと変貌するのである。



 ついでに呻いた声も噛みしめていなければ「可愛すぎるだろ!?」と将軍の誇り(プライド)もへったくれも無い言葉を吐いていたことは容易に想像がつく。


 そんな破壊力がありすぎるルイシエラの姿に自他共に溺愛している将軍が我慢できるはずもなく無言で抱き上げ、すりすり攻撃を繰り出した。




「ちょっ!?父さま!抱き上げてほしい訳じゃなくて仕事を――」


「分かっている。分かっているともルシィ」


「いやいやいや!仕事は!?」



 頬と頬を擦り合わせて存分に子供特有の体温と柔らかさを感じるガウディ。傍から見れば完璧に変質者である。


 公爵家としては最低限の礼儀さえあれば言葉遣いなど気にしないガウディだからか、ルイシエラも対外用の言葉遣いではなく素の言葉で突っ込みを入れていた。





 そしてここまで見ていたエヴァンスは思った以上に常識人らしいルイシエラに驚きを隠せなかった。

 ……あのガウディの娘だから破天荒な性格かと危惧していたのは心の奥底に仕舞っておく。お転婆であるのは分かったが。




「だからっこほ!」


「ルシィ!大丈夫か?」



 仕事をしろ!と叫ぶルイシエラだが不意に咳き込み、ガウディがその顔を心配そうに覗き込んだ。

 だがルイシエラは周囲の心配もなんのその。誤魔化すように笑顔を浮かべる。



「やはり、まだ寝ていたほうが」


「やだ!いい加減少しは外に出ないとこのままじゃ根が生えちゃうよ!」



 部屋に戻ることを促すガウディにルイシエラは慌てて言い募った。また部屋に戻れば次に部屋から出されるのはいつになることやら。それが分かっているからこそルイシエラはガウディの言葉を拒否する。



「――そろそろいいかな?」



 そんな親子のじゃれ合いに良い加減にしてくれないか?と言わんばかりに割り込むエヴァンス。


 そんなエヴァンスの姿を見たルイは、まさかの第三者の存在に慌てた。

 しかも第三者だけではなく、周囲を見回せば他にもいる人達に慌てるどころではなく若干蒼白となる顔。


 先程の自分の態度が他人に見られた事とゼルダの存在に血の気が引く思いをした。


 急いで下ろすようにガウディに伝えるがそれを渋るガウディ。

 折角抱き付いて甘えて(ガウディ的には)来た愛娘とのじゃれ合いを邪魔され不機嫌そうに答えるが、それを黙らせる拳が振るわれるのは時間の問題だった……。



 良い笑顔で振り抜いた拳をチラつかせるゼルダに文句を言える人間など皆無なのである。






 *




 ――びっくりしたー



 それはルイの掛け値なしの言葉だった。



 銀の髪に金の瞳。父さま程ではないけれど鍛えてるのが見て取れる均整の取れた身体。しかもその顔はとてもとっても!(ここ重要) 整った美形さんがそこにいた。


 大人の色気満載で垂れた眼がなんともセクシーな美形さん。歳は父さまと同じくらいか、それぐらいだと辺りを付けて取り敢えずは挨拶!と渋々下ろしてくれた父さまから一歩離れる。

 また抱き上げられては敵わないもの。


 ゼルダの厳しい視線に内心心臓がドキドキと早鐘を打つ。震えてなんかいないから!怖くない。うんコワクナイヨ!



「これはお見苦しいところをお見せいたしました。アウスヴァン公爵家が娘、ルイシエラと申します」


 スカートの裾を摘み優雅に一礼する。

 指の先まで神経を尖らせて上品に、流れる動作で笑顔を絶やさずに。



 体勢的には結構辛いけれどゼルダとのあのスパルタレッスンを思い出せば何でもいけると変な自信がついてしまった。

 実は家族や使用人以外の方にこうして正式な挨拶をするのは初めてで緊張するけれどそれを悟られぬように微笑みを崩さないように気を付ける。



 しかし彼、いや彼らは一体誰なのか。


 実はまだ私へのお客様は門前払いを食らっている現状。そんな中、父さまに案内された形の彼らに内心疑問を浮かべる。


 まぁ、身分も低いわけは無いでしょうし一応対等の挨拶をしたのですが……ゼルダが満足げに頷いているところを見るとこの対応は正解なのでしょう。


 面倒くさいと思いますが、公爵家の人間として挨拶と言っても家禄が対等の者と下位、上位、への者とでは異なります。相手から名乗られればどう対応すればいいか簡単に分かりますがまだ貴族名鑑などは覚えていないので卑怯かもしれませんがこちらから名乗らせていただきました。


 対外用の外面笑顔で笑えば眼を丸くする美形さん。そんな表情も整っているとは恐れ入ります。



「これはこれは……驚いた」



 どうやら素で驚いているみたいです。ぽかんと固まる美形さんにそんな美形さんを小さくしたような青年二人。

 容易に親子だと分かります。似過ぎですから。寧ろ瓜二つなんですが。



「あの……」


「いや、すまない。まさかあのガウディの子供がこんな礼儀正しいレディだとは……」



 ……なんか、あの。父さまがご迷惑をお掛けしているようで申し訳ない。



「ルシィは凄いだろ!」


 いや、あの胸張って言われても。

 取り敢えず父さまは一度ちゃんと謝ったほうが良いと思います。



 美形さんの言葉でどれ程父さまに振り回されていたのかと同情に内心、涙が零れます。


 そんな苦労を掛けている事に父さまには後で説教をしなければ!と決意していると美形さんがわざわざ私に向けて膝をついてまで自己紹介をしてくださいました。そして本人目の前で叫ばなかった私を褒めてください。



 ティリスヴァン公爵って!!本人って!?しかも一家総出ですか!!?



 というか!ティリスヴァン公爵家と言えば【払暁のファンタジア】の攻略対象者の魔術師の生家じゃないですか!?なんの用ですか?




 ひくっと口端が引く付いたのはどうか見逃していただけると助かります。


 それは兎も角、何やら私の身体をじろじろと失礼ではない程度でですが、見回す公爵――エヴァンス様。それに首を傾げます。



 何か付いてますか?




「ガウディ、そのルイシエラ嬢は――」


「心配なくとも証はある。それよりもさっさと本題に移せ」



 父さま、その言い方はあんまりだと思います。


 と言っても私も何故攻略対象者の父親がここにいるのか知りたいので取り敢えずは放置です。どうせ後でゼルダに説教をされるでしょう。


 ……さっきからゼルダの方から冷気が漂っているとか気のせい気のせい。キノセイダヨ!たぶん!




「実はルイシエラ嬢に頼みがあるんだ」


「私に、ですか?」



 こてん、首を傾げてエヴァンス様を見上げます。


 どこか縋るような表情のエヴァンス様。そんな彼に促されて見た先。そこにはご子息である長男のイース様、次男のラウディ様の姿が。

 そして間に挟まれているのは全身すっぽりとローブに覆われた私と同じくらいの背の子供。

 二人と手を繋いでいると思ったそれは、よく見ると何やら小さな魔法陣を展開し二人は子供に向けていました。



「あれ?」


 ずきり、フラッシュバックする景色。






『化け物!』



 恐れに罵る声。飛び散る赤い破片。




 脳裏に過る映像と目の前を映す映像に思考が停止します。


 でも、見えたローブを被った奥。陰る口元。それがにやり、歪んだ笑みに弧を描きます。




『――見つけた』







 音無き声で告げられた言葉。




 ぞわっと肌が粟立ち脳内の警報が大音量で鳴り響きます。





 嗚呼、これは――やばい!!






 私は本能が察知した危険に従い叫びます。






「ゼルダ!ベルン!ヨルム!――父さま!」




 逃げて!と叫んだ声は地面を揺るがす爆発音に掻き消えていった――。













「――これは一体どういう事だ!?」



 キーンと爆発音の所為で耳鳴りがする中、父さまの怒鳴り声が響きます。


 ぎゅっときつく抱き締められる身体。世界一安心できるその腕に全身を預けて身体の強張りを解いていきます。




 固く瞑っていた目を開ければ、その景色は絶句するものでした――。



 それはあの子供を中心に美しく咲いていた花々が、草木が塵と化し、半径10メートルは何も無い不毛の大地へと変わり果てていました。



 ぎりっと噛み締めた奥歯。

 悲鳴も怒りも全てを噛み殺し、“彼”を見つめます。






 ――フードが風で捲られ、露わになるその顔。


 銀髪にアイスブルーの瞳。



 そして何より目を惹くのは彼の額に描かれた紋章――




 花咲く蕾に照らす月と太陽。


 煌々と輝く紋章は狭間の神であり、魔力を司る神【トワイライラ】の証。







 攻略対象の一人。

 《レイディル・ティリスヴァン》



 その人は、その空ろな瞳をこちらを見てわらいます。



 ほの暗い狂気を滲ませ、心に闇を纏わせて。



 その闇は深く、そして途轍もなく昏い色を宿していました――








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