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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
28/79

Act.27 [願う助け]

 




 絶え間なく囁く声がする。


 怒れ、憎め、恨め、嫉め、呪えと色んな声が……。



 “彼奴あいつ”を許すなと、彼奴等あいつらを呪い続けろと。



 声なき声が、音無き声が響く。



 ――嗚呼、頭が痛い……




 **********************



 それは満開に咲いた月が世界を照らす静かな夜。

 宵闇に包まれ姿無き、囁き声が人知れず響く満月の夜。

 ひっそりと人目を偲ぶように森に囲まれたとある屋敷で、その問い掛けはなされた。



「――彼奴あいつからの返答は?」



 白髪と見間違うほどの白い銀の髪。

 鋭く細められた眼を伏せ、一人の男は目の前の青年に尋ねた。

 男と同じ金の瞳を持つ青年はただ無言で首を横に振る。

 ――瞬間、だんっと机を打つ拳。噛み締めた唇。


 男は怒気も露わに声を荒げる。




「やはり、もう待てないっ!これ以上は無理だ!」


「しかし父上!公爵からはまだ待てとのお言葉が……」


「そうして待ってなんとする!これ以上あの子が壊れゆくのを黙って見てろと言うのか!?」


「っそれはそうですが……」



 最早何十回と繰り返した同じ問答。

 何回何十回と同じ返答。


 男たちは焦っていた。

 大切なものが日に日に変わり行く様を、衰弱していく様子を見て我慢できないと口にする。


 だが、どんなに手を尽くしても自分達ではどうする事も出来ない現状に助けを求めた友人からは同じく「待て」との一言。

 友人が焦らして言っている訳ではない事は分かっていた。彼にも彼の事情があり、それだけで手一杯なのを無理を言っているのはこちら側だ。だけど、それでも、もう彼らに残された時間は少ない。



「もう、答えを待つ余裕は無いんだよイース」


「……父上が抑えても、ですか?」


「私が施した封印式を既に18階層まで解かれてしまった」


「っ!?そんな馬鹿な!!あれはドラゴンさえも封印する強固なものですよ!」


「だからこそ時間がないと言っているんだ。もう“あの子”に残された時間は僅か……だからこそ、今だからまだ行けるとも言えるがな」


 肺の全ての空気を吐き出すように深く息を吐く男。

 落ち着いた雰囲気で整えられた書斎とも言えるその場所に不釣り合いな華美な装飾を施された砂時計が一つ。

 砂は少しずつ落下し、確実に時を刻んでいた。



 残り時間はあと僅か……。



 彼らが覚悟を決めるには十分な時間だった。




 *




 その日、アウスヴァン公爵家の屋敷ではどこか緊張感を孕んだ雰囲気に包まれていた。


 ピリピリとした空気を発するのはアウスヴァン公爵家当主であるガウディ。

 それを見て首を傾げるのはガウディの大事な大事な一人娘のルイシエラ。

 先日から悪い風邪を引いて寝込んでいたルイシエラだったが約一週間ぶりに床を引き払い朝食の席に姿を現した。

 本当ならばまだ微熱が続いているが故に部屋での食事を提案されたのだが、ルイは断固として拒否しこうして食堂まで来ていたのだった。


 それを怒っているのか?と内心びくつくルイシエラだが、ガウディは珍しく眉間に皺を寄せ険しい表情でどこか遠い一点を見つめ、ため息を吐いていた。



「――あなた、折角ルシィが起きて来てくれたのにその態度はあんまりよ」



 険しい顔を隠しもしないガウディに苦言を呈したのはルイシエラの隣に陣取るスーウェだった。


 季節は冬に差し掛かり、肌寒い日々が続くが元々北国の出身ゆえか、スーウェの体調は段々と快調に向かっていた。ルイシエラが風邪を引いた時は移ってしまうかもしれないからと使用人一同に看病を却下されたが、久々に会えた我が子の食事を甲斐甲斐しく補助している。

 ちなみにルイは悟りを開いたかのように穏やかな表情をしていた。……内心では動揺しまくりだったが。



「ん?っとすまない!ちょっと仕事が立て込んでいてな」



 もこもこと寒くないように防寒着に包まれているルイに向かって謝罪を口にするガウディ。

 しかし心ここにあらずと言った風に再び険しい顔に逆戻りである。



「父さま?」

「あなた?」


 ルイとスーウェはお互いに顔を見合わせ首を傾げた。

 一体どうしたのか?



 問いかけに返ってくる答えはない。




 * *



「くっしゅんっ!」



 ムズムズとした鼻にくしゃみを一つ。

 別に寒くは無いのですが鼻水が止まらず、ずるずると鼻を啜ります。えぇ完璧に風邪でした。



 しかし時が過ぎるのも早く、もう少しで私は四歳の誕生日を迎えます。



 翡翠さんがいなくなってから約一年。

 この一年に色んな事がありました。まさかの攻略対象者の一人である《リカルド・ルーガ》との偶然の出会いやヨルムやベルンと初めて喧嘩したり、濃厚な一年だったと言えるでしょう。公爵令嬢として淑女教育は相変わらず厳しいですし、次期公爵家当主としての勉強もしています。魔術だって使えなきゃいけませんし、母さまや水の精霊王であるアクヴァ様からも色んなことを学びました。


 しかし残念な事に、相変わらず身体は弱いまま。

 お蔭で重い風邪を引いて寝込んでしまいました。布団から出て良い許可が出た今日は約一週間ぶりに地に足を付けましたよ!ここ数日はずっとベットの上の住人となっていたので。

 移動は必ずヨルムやベルンのおんぶに抱っこでしたから。



 ――本来ならば私の身体は魔封病の所為で、というかお陰というか、正常に保つ働きがあるはずなのですがどうやら風邪などの病原菌に対しては無効らしいです。

 今までゼルダ主導で色々と試してみたのですが、ケガや毒などの命を脅かすものに対してはきちんと働きが作用しても逆に命に関わらないものは基本普通の人と同じように症状が出るみたいです。

 結構役立たずだな!と叫んだ私は悪くありません。まさかこんな落とし穴があったとは。

 しかも治癒魔法などは私の身体には一切効果が無いので小さなケガや病気は下手に出来ないという……。


 もし、してしまった暁には漏れなく屋敷中の人間が慌てふためき部屋に軟禁状態になることは簡単に予想できます。ええ、勿論経験談ですとも。


 それは兎も角、始終ずっと険しい表情を浮かべていた父さまを思い出してついつい目は父さまの書斎の方へと向けてしまいます。あんな風に感情をあからさまに見せる父さまは初めて見ました。今まで特に私の目の前ではああいった素振りは一切見せない父さまでしたから。


 脳筋だ何だと言っていても父さまは歴史ある公爵家の当主です。娘っていうか私に対してはでろ甘な父さまですがあれでも仕事は出来る人なんですよ。しようとする気持ちが少ないだけで。


 最近は家の仕事関係も学んでいる為に改めて父さまの凄さが分かります。

 仕事サボって抜け出したり、いきなり領地視察と言って弾丸ツアーで国内周ってくる人ですけどね……。

 手の抜き方を分かっている人というか、仕事を任せる人の見る目があると言うか。

 まぁ、兎に角凄い人なんです。うん。素直に褒められない気持ちがあるのは事実ですけどね!




 ハハッとついつい乾いた笑いが漏れます。そんな私がいるのは屋敷の温室です。

 季節は冬に差し掛かり、肌寒い日々ですがここは庭師のヴェルデが丹精込めて作り上げた温室で温度は春の陽気で保たれています。

 いい加減外に出たいと騒いだ私に対するベルンとヨルムの妥協案でした。


 確かにここなら温度は一定ですし、寒くはありません。そうなんです。寒くないんです。大事な事なので二回言いますよ。


 そして物事には限度があると思うんですよ!!



「――もう大丈夫だから!もういらないよ!」


「しかしまだ熱もありますし」

「完全に治ったわけじゃねぇんだから大人しくしてくれよ姫さん」



 くしゃみをしたのが悪かったのか、今でも暑いくらいに防寒着を着せられているのにも関わらずもっと上掛やらひざ掛けやら取り出して私に掛けようとする二人を拒絶します。


 これ以上は無理!


 暑くて服の中はサウナ状態ですよ。ダイエットでもしてるのか!?と思うほどの量の汗を掻いていますが残念ながら二人は風邪の所為だと決めつけて益々毛布を掛けてきたり温室に備え付けられている飾りの暖炉にさえ火を点けようとしてますから!言っとくけどそれ火点かないからね!雰囲気の為ってヴェル言ってたから!


 まぁ今回の風邪は性質が悪くてまさかの吐血事件を起こしてしまいましたが、私の所為では無いと言っておきます。



 この世界では風邪と言っても二種類の風邪があります。

 一つは前世での風邪と同じで寒気、鼻水、のどの痛み、頭痛、発熱などの症状が出るものと、もう一つは人の体内に宿る魔力――【含有魔力】に影響を及ぼす風邪です。

 後者の風邪は【魔風邪】と呼ばれ恐れられています。初期症状は普通の風邪と同じ為に重篤にならない限り判断がつかない難しい病気です。この魔風邪を引いた場合、通常は安定しているはずの魔力を乱すために最悪、魔封病に発展してしまうそうです。それでなくとも死ぬ確率は倍に跳ね上がる恐ろしい病気なのです。


 しかも私の場合は最悪なことに魔封病により唯でさえ内に籠っている魔力が乱れ、含有魔力が体内で暴れたが為に内臓が傷ついてしまいました。

 お陰で熱っぽいなと自覚した時には、咳をすればあら不思議。赤いものが口から出てしまいました。


 流石の私も驚きですよ。しかもまだ完治していないみたいで強く咳き込むと赤い何かが出ているのは二人には絶対内緒です。


 ただでさえ、普通の普段着レベルで事足りる気温の室内にこれでもか!という位に布を増量される私。


 ねぇ気づいて!私もう布に埋もれてるから!これ以上重ねたら息できないからっ!頼むから気づいてよ!!



 もう自分の手足すら見えぬレベルで服を着せられる私。着膨れってもんじゃありませんよこれは……。



 そして残念なのはそんな私の声を聞かないベルンとヨルムではなく。その暴挙を止めない周りです。いつもなら程々に制止したり窘めてくれる周囲がもっとやれと言わんばかりに煽る様子を見た時は正直絶望しましたとも。えぇ、味方は皆無ですとも。


 助けて!と叫んだ私の声は木枯らし吹く風に浚われ消えていきます……。うぅ……泣いてなんか無いですから!!




 **



 そんなルイが屋敷奥の温室で配下であるベルンとヨルムとの攻防を繰り広げている一方。


 屋敷の表門から慌ただしく入ってくる一台の馬車があった――。


 白銀の細工と青の染色を施された意匠。その馬車に描かれた紋章は月を見上げる狐。それはこのジゼルヴァン王国にてアウスヴァン公爵家と肩を並べる三大公爵家の一つ。ティリスヴァン公爵家の紋章だった。


 しかしアウスヴァン公爵家とティリスヴァン公爵家は武門と文門の間柄故か対立が激しく、ある意味では敵対関係でもあるはずだった。なのに一体どうしたのか?



 屋敷の入り口に向かって一直線に走る馬は見るからに疲弊しており、止まった瞬間には地へと伏した。それだけどれほど急いで来たか分かる。馬が倒れ揺れる馬車。屋敷まではあと少しと言うところでそれは止まった。




「――これはこれは先触れもなく。どうなされたのか」



 屋敷から一行を出迎えたのは執事長のゼルダ。彼は馬車から降りてくる三人の人間に目を留め、慇懃無礼な態度にも見える仕草で彼らへと挨拶の言葉を口にした。



「――突然来た無礼は詫びよう。だが、頼む!ガウディを……」



 憔悴した様子の男。日の光を浴びて銀に輝く髪を後ろへと撫でつけたその男はゼルダに詰め寄り乞う。どうかこの屋敷の主を呼んでくれと。彼こそがこのジゼルヴァン王国の三大公爵家が一つティリスヴァン公爵家の当主本人だった。しかも将軍家であるアウスヴァン公爵家に対を為すように彼の家は代々宰相家。歴代の王国の宰相を排出する家だ。


 そんないつもは冷静沈着な彼が取り乱すほどの事態。ゼルダは険しい表情をして馬車を見つめた。


 馬車からはティリスヴァン公爵を筆頭に二人の青年とそして彼らの半分にも満たない身長のローブ姿の子供が下りる所だった。



「ガウディ様でしたらじきに参られます。それよりもあの方が……?」


 言外に何かを尋ねるゼルダ。公爵家の人間に対して随分と強気な態度だが、ティリスヴァン公爵は気にしないのか、ゼルダの問い掛けに頷くことで答える。



「もう、時間が無いんだ……頼むっ!私が出来ることならば何でもしよう!」



 この公爵の姿を他の者が見たら明日は槍が降ると恐れ戦いただろう。

 常に冷静沈着で国の為、王の為に、その知略をふるう王国一の策略者が形振り構わず頭を下げるさまを見たら。

 周辺諸国からは【腹黒狐】と揶揄され恐れられる者がこうまでして助けを求めるとは。



 しかしゼルダからすれば幼い頃からその姿を知っているが故にガウディと同列に彼を扱う。

 これは国の重鎮しか知らぬ者だが、代々三大公爵家と謳われるアウスヴァン公爵家、ティリスヴァン公爵家は仲が良く。先代の時代こそは対立していたが今代の当主たちは幼馴染の間柄だった。

 それ故に小さい頃は身分を隠してお互いの家に遊びに行っていた程だ。ゼルダが今や歴代の中で最も有能と呼び声高き宰相である彼を叱り教育したのも良い思い出だった。


 それは兎も角、事は一刻を争うらしい。彼によく似た二人の青年は息子だろう。子供を守るように両側に付き、気遣う様子が見て取れる。



「宰相様とあろう者がその様なこと安易に口にしてはなりませんよ。」



 ゼルダは苦言を呈してもその表情は穏やかなものだった。


 ゼルダは知っていたローブに包まれた子供の身体中には幾重にも施された封印があると言うことを。

 稀代の封印術師とまで呼ばれるティリスヴァン公爵。彼は稀少な魔術である封印術の使い手だった。

 その封印は災厄の具現とさえ恐れられるドラゴンでさえ半永久的に封印できる技を持つ。


 代々国の発展の為に様々な魔術、魔法の技を生み出し、王国を守る魔術師の一族。それがティリスヴァン公爵家である。

 そんな歴代最強と呼び声高き使い手である公爵が本気で抑えても漏れ出る魔力の波動。ゼルダは内心冷たい汗が背中を伝うのを感じた。まさかここまでとは。それは誰とも知れぬ言い訳。でもゼルダは頷く。安心させるように。もう大丈夫だと微笑みかけ今まで頑張ってきた元教え子を見つめた。



 しかし、突然轟くと言っても良いほどに響く怒鳴り声。



「――何故!何故来た!?エヴァンス!」


「ガウディ!」


 屋敷の扉をぶち破かんばかりに飛び出して来たのはこの屋敷の主。アウスヴァン公爵であるガウディだった。

 額に青筋を浮かべ怒りを露わにするガウディに怖れたのはティリスヴァン公爵の息子である二人だけ。《エヴァンス》と呼ばれたティリスヴァン公爵は友の姿に足に力を込め対峙する。


 ここで引いてしまっては来た意味が無い。それにこれ以上エヴァンスには時間がなかった。――正確にはエヴァンスの子供に、だが。


 冷静に相対する友を見つめるエヴァンス。しかしガウディは何故?と疑問を怒りで塗りつぶしエヴァンスに向き直る。その怒りはいつもは隠している魔力を漏らし、熱気すら発していた。


 アウスヴァン公爵家の人間はその容姿を見て分かるように赤を宿す一族。赤――それは炎属性を表す色だ。

 本人の望み望まずに関わらずアウスヴァン公爵家の人間は火よりも強い炎を、そして特にガウディは炎よりももっと強力なほのおの使い手だった。怒りに呼応し揺らぐ空気。蜃気楼さえ見えるその景色はガウディの怒りの発露を表していた。



「ガウディ、お前の言う事もわかる。でももう駄目なんだ!時間が無いんだよ。このままでは!」


「それは知っている!だがこちらにも簡単に頷けるものではないことはお前も知っていよう!」



 屋敷の入り口で水掛け論にも近い口論を繰り返す二人。

 それは二人にとってもお互いが大切にしている宝物に深く関わる事だからこそ。

 お互いの気持ちがよく分かるからこそ問いかけは平行線を辿っていた。

「頼む」と頭を下げる気持ちを理解し、「だが」と答えを躊躇う気持ちを知っているからこそ――。


 しかし、いつまでこうしている訳にはいかない。埒の明かない口論に待ったを掛けたのは二人の教育係でもあり、師匠でもあった完璧執事のゼルダだった。


 ゼルダはお互い白熱して魔力を放ちつつある二人に無言で拳を落として実力行使で黙らせた。


「おお……」

「すげぇ」


 何やら感動して呟く青年たちの言葉が思ったより響く。



「いい歳をした大人が何をやっておられるのですか?」


 揃いも揃ってと呆れた表情のゼルダは僅かに乱れた服を整えながらも地に伏した王国の重鎮二人を見下ろした。

 片や無敗の大陸最強と呼び声高き将軍。片や周辺諸国からも恐れられる宰相にして類稀たぐいまれなる魔術師。そんな二人を面と向かって鉄拳制裁に加え叱れるのは国中、否、世界中探したってゼルダだけだろう。

 二人もまたゼルダに頭が上がらない事を自覚している分、大人しく口論を休戦させる。



「時間が無いならばこんなことをしている場合でもないでしょう」


 違いますか?と尋ねられて罰が悪そうに眼を逸らすのはティリスヴァン公爵のエヴァンス。




「それとこれは我々だけで結論を出すものではないと思いますが?」


「それはあの子にこの事を言えと言うのか!?」


「こればかりは我々では理解できぬ所もありましょう」




 それを言われては流石のガウディも言葉に詰まった。


 持ち込まれた案件が案件なだけにガウディ達では分からぬことは多々ある。しかし


「あの子はやっと、今日起きたばかりなのだぞ!?まだ熱だってある!」


 それはやっと一週間ぶりに姿を現した我が子をただ親としての心配する言葉だった。



「確かにお嬢様はまだ体調が良いとは言えないでしょう。しかし事が事です」



 そんなゼルダの言葉も最もだった。それを理解しているだけにガウディは苦虫を何十匹何百匹をも噛みしめたように苦い表情をする。言外に親としてではなく、国防を担うアウスヴァン公爵としての決断を迫るゼルダにガウディは無言を貫く。


 親としての心配、公爵としての決断。天秤に掛けて傾くのはどちらか。そんな苦悩するガウディにゼルダは仕方ないと言った風に軽くため息を吐いた。その顔は執事としてではなく、ガウディの娘ルイシエラの師匠としての顔だった。




「――お言葉ですが、お嬢様の事を余り見くびらないで頂きたい」


「なに?」


「あの方はガウディ様が思っている程弱い方ではありません」



 その気持ちを知っているからこそ、今までの努力を知っているからこそゼルダは告げる。



「お嬢様はとてもお強く、したたかな方ですよ」



 にっこり微笑むゼルダ。ゼルダは知っている……。

 周囲に巻き込まれながらもいつしか逆に周囲を巻き込んで楽し気に笑うお姫様を。

 逆境さえも糧にして成長していく少女を。


 確かに今のルイは身体が弱く、寝込みがちだろう。だからこそガウディもまた周りの人間も過保護な程に彼女を守り甘やかす。しかし彼女は馬鹿では無い。異邦者として、前世の記憶を持つ彼女はそんな心配も利用して自分の願いを叶えてきた。

 病弱なりに身体を酷使して鍛えている彼女の事を知っているゼルダはガウディに大丈夫だと言った。


 それに驚きを露わにしたのは他でもないガウディとエヴァンスの二人。

 厳しい表情とお説教をされている場面しか思い出せない二人には何も言えないが誇らしげに自分の弟子であり、生徒であるルイシエラを語るゼルダに言葉を無くす。


 ちなみに二人とも同時に「こいつは誰だ!?」と心の中で絶叫しそれを察したゼルダに物理的に黙らせられたのは仕方ないと言えよう。



「取り敢えず、話はお嬢様に会っていただいてからでも遅くは無いはずです」



 そう締めくくったゼルダはガウディの反論を視線だけで黙らせてエヴァンス一行を屋敷へと促す。



「おい!ゼルダ――」


「くどいです」



 ごんっとした音は聞かなかったことにしたい。物凄く。



「今ならお嬢様は温室の方にいらっしゃいます。ご案内致しましょう」



 ゼルダは転がっている物体を避けながらも入口を逸れて奥へと案内する。


 それに勿論と頷くエヴァンスに顔を見合わせ見ない振りを決めた息子二人は懸命だと言えよう。









「……」



 ぼそり、三番目の子供が呟いた言葉は風に浚われ誰の耳にも入らなかった。




 ぞわり、木陰の闇は蠢く――。













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