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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
第一章
25/79

Act.24 [ささやかな我が儘]

 


 小さく呟く声は誰にも届かなかった……。



 在り来たりな言葉かもしれないけれど、それでも心の中で最も望んでいた言葉。



 寂しい、と心の中の自分が嘆く。





 ********************





「お嬢様。今回ばかりは我々も一緒に行きますからね」

「そうそう!お姫さんを一人にすると予想外な事ばかり起きるからな!」



「ええー!なんでよぅ」



 心底いやだと全面に出し、護衛の二人を見上げる。

 前回は寧ろ一人でも大丈夫と見送られた精霊の森への散策ですが今回は絶対に一人にするものか!と使命感に燃えるベルンとヨルムに嫌だと駄々を捏ねます。

 そんな攻防を廊下で繰り広げる私たち。


 興味津々だけど仕事に追われる使用人たちは時折通りがかってはわざわざ私たちを避けて通っていきます。

 ごめんね!通行の邪魔だよね!!



 そう思ってもバチバチと目を合わせる私たちの間では火花が散っていました。



「別に何もなかったんだから良いでしょ!」


「そういう訳にもいかねぇの!」

「そうです!」


「ええー」



 どうしようこれ。と肩を落とします。こちらの言葉を聞かない二人に私だって段々と意固地になるのを止められません。


 そもそも、なぜこんな事態に陥っているかというと……前回気晴らしにへと精霊の森に散策しに行った私。

 そこで会った少年が原因というか、なんというか……少年と一緒に泣いたあの後、夕方の鐘に慌てて屋敷へと帰れば、森の入口で心配そうにうろうろと落ち着かない二人と静かな冷気を漂わせながら微笑みを浮かべるゼルダの姿がありました。


 勿論、そんな三人に近づきたくは無かったですがそもそも三人の元に行かねば帰れない、と自分を奮い立たせ止まりそうになった足を進めた私を誉めてやりたいです。

 ゼルダからは笑顔の圧力を受けながら冷静な説教を貰い、二人からは「心配した」と耳にタコが出来るほど言われました。



 まぁどちらも心配させてしまったが故の事なので甘んじて受け入れましたが、さぁ屋敷に帰ろうという時になってヨルムからはお弁当が無いことを、ベルンからは私以外の匂いがすると若干セクハラ気味な目敏い指摘を受けたのがそもそもの始まりでした。


 もうそれからはしつこく詰問してくる二人。

 丘で何があった。誰に会った。と自分よりも遥かに体格のいい男二人に両脇を囲まれ詰寄られ、それでも口を割らなかった私も私ですけど。


 ……あの時、あの場所であった事を、あの少年と出逢った事をそう簡単に人に話す気にもなれず「何も無かった」と言うと二人はそれはもう怖い顔をしていまとも。


 仕舞には話すまで外出禁止だと二人に言われる始末。これには流石に私も頭に来て初めて二人との喧嘩勃発です。


 幻聴ですがゴングの音すら鳴りましたとも。


 しかしそんな幼稚な喧嘩をしている私たちに待ったを掛けたのは今まで傍観に徹していたゼルダ。

 あの灰色の眼で静かに問われて口を割らない猛者がいたら是非お目にかかりたいです。


 極寒の地に放り出されたと錯覚するほどの冷気を漂わせた絶対零度の視線。

 背後には魔王も真っ青な黒いオーラを背負う威圧感。


 ……ほんと。マジで。怖かったっ!



 今でもあの冷たい眼を思い出すと震えが止まりません。



 そんな圧力に抵抗できるほど私は強くないので喋りますとも。寧ろそれでも多少は堪えた自分に賞賛を送ります。


 ゼルダ達に告げたのは丘で見知らぬ少年に出逢ったこと。それと他愛ない話をしただけを伝えました。

 危害を加えられた訳でもなく、ただの世間話をして別れたと言いましたがそれで納得する二人ではありませんでした。


 滾々(こんこん)と長時間に渡る説教に危機感を持てと怒られ過保護の度合いは増すばかりです。


 二人の気持ちも分からないわけではありませんが、それでも、それでもそんなに私は信用できないの?と言いたい衝動を堪えます。


 彼らにとっては私はまだ小さく幼い子供でしょう。守るべき主人であり、何も知らない世間知らずなのでしょう。



 でも、でも、と心に浮かんだ呟きは確かに心にしこりとして残ります……。






 ――あれから約一週間。

 罰と反省も込めて追加された課題や習い事をやっとクリアし、本日はゼルダからの許可も貰っての外出です。

 だけど、丘へと向かおうとすれば通せんぼをする二人にもはや呆れさえ滲ませます。



 行くなら自分たちも、そうでないならば行かせないと立ちはだかる壁。


 二人から逃げられないであろう事は分かっています。ゼルダに優秀だと太鼓判を押される程の実力を持つ二人ですから。でもあの場に、彼に二人を会わせるのは嫌だと思う自分がいるのは確かです。


 そもそも行っても今日彼がいるかなんて分かりません。でも私の中であの丘は特別な場所になりつつあります。


 翡翠さんと共に遊んだ場所としてではなくて――


 脳裏にはちらつくのは鮮やかな赤い夕陽のような橙色。沈みゆく陽の灯を宿した瞳がどうしても頭から離れません。



 そうして思うのは同じ色彩を持つ私にとって大きな存在の男性です。


 まさか、と思う心がどうしようもなくて持て余してしまいます。でも今までの環境や多少なりゲームの時の登場人物がいることを考えるとそのまさかを確かめたくて仕方無いのです!



 その為ならば!この程度の障害など!




 奮起に拳を握りちらりと目の端に見えた小さな影に目配せをします。



「……二人の気持ちは分かりました。」



「ならば!」


「でも!私だって譲れないものもあるんですよ!」



「姫様!?」

「お嬢様!」



 私の言葉に表情を和らげたベルンに申し訳なく思いつつも声を荒げます。

 二人の頑固さは分かりましたとも!でもね!私だって負けずに頑固なんです!



 ひらり、身近な窓を飛び越えて身体を投げ出します。驚く二人に構わず心で願うのは小さな影への呼びかけです!



「お願い!力を貸して!」



 ぎゅと握ったのは胸元に揺れる翡翠さんの石。

 ここは屋敷の二階です。何も準備なく飛び降りれば怪我だけでは済まないのは分かっています。


 しかし私にはまだ切り札があるのです!



 ふわっと身体に纏わり付くのは優しい風。

 怖さから眼を閉じていたのを開けば……そこには私を優しく包み込む風の揺り籠が。

 そして私の眼には、くすくすと楽し気に笑う何人もの風の妖精、精霊さん達がいました。



 この子達は精霊の森に住んでいて、翡翠さんが眠ってからも時折私の様子を見守ってくれていた子達です。


 翡翠さんがいなくなってから私なりに魔術や精霊術といった知識を勉強しました。先生役であった翡翠さんがいなくなってしまった為に迂闊に実践など出来なくなってしまいましたが(暴走する可能性も高いので)一人、四苦八苦しながらも分かったことがあります。

 それは精霊や妖精さん達は私にとても好意的だと言うことです。


 それが風の精霊王との契約者だからなのか分かりませんが、それでも私から声をかければ彼ら、彼女らは出来るだけ応えてくれます。もちろん、代償の無い力の行使ですので出来ることは微々たるものですが、それでも有るのと無いのとじゃ大きな差があります。



 ――こういう風にね!



「お姫さん!」

「お嬢様!!」



 ヨルムとベルンの声を聞きつつも風の揺り籠に乗ったまま地面に降り立ち、森へと向かって駆けます。


 ちらりと後ろに視線を向ければ彼らも窓から飛び降りたのでしょう。私みたいに精霊などの補助無しでも余裕で着地するのは流石としか言えませんが、地の妖精さんの妨害にその両足には草の蔓が巻き付いており苛立たしげに悪態を吐いていました。地の妖精さんグッジョブ!



 楽しげに草葉の陰からちらつく妖精さんに感謝と共に笑顔を向けました。


 そうしてる間にも私の背中を押すのは風の精霊さん。お陰でいつも以上の速度で森へと向かいます。

 寧ろこれ私ちょっと浮いてませんか?




 そう思いつつも今だに足元の蔓に苦戦中の二人に向き直ります。


 ずっとずっと心の中で燻っていた心の声。

 我慢に我慢を重ねていましたが、今回ばかりは私だって頭に来てるんですよ!




「――私は……私は意思の無い人形じゃないの!私にだって考える頭はあるわ!心だってある!二人とも、もう少し私の事を信じてくれても良いでしょ!」



 ずっと部屋に縛り付けたいほど私は信用できないの!?と声を上げます。



 幾ら子供でも二人の心配も懸念も分かります。自分の立場だってちゃんと理解してるつもりです。だから二人の前以外ではそれなりに振る舞っています。

 伊達に前世の記憶がある訳じゃありません。二人にもそれは告げてあるのに……。



 何かあればすぐさま部屋に閉じ込めて私の意思も言葉も全てすぐ却下するってどういうことですか!?


 確かにすぐ無理したりしてしまうことは自覚してます。以前より弱くなってしまった身体は熱を出したりするのはしょっちゅうですから。でも、でも!私はそんな繊細なお宝でもなければ、意思もない人形でもありません!


 守られるだけを良しとしないからゼルダや母さまに教えを乞いているのです。

 強くなりたいと思うから最近はゼルダにお願いして体力作りなどもしてます。それを二人は見ている筈なのに……。



 二人だって初めて主を持ったと聞きました。だからお互い手探りでいることは仕方ありません。

 だからって守りたいからって閉じ込めるのは極論過ぎると思うんですよ!!



 そりゃあ二人にとって私は前世の記憶が有ろうが無かろうが小さい子供でしょうとも。世間知らずなお嬢様でしょうとも。


 でも危険だからといって全てを遠ざけてしまっては私が強くなれないのです。これも我が儘かもしれませんが、例え私が危険な目に遭っても、失敗しても見守ってほしいのです。私が強くなるために、成長するために。


 勿論命を賭けるような馬鹿な真似はしません。今生は長生きして大往生してやろうと小さな、でも決めた夢がありますから。


 それに私だって人の見る目くらいはあります。精霊、妖精が教えてくれるというのもありますが。


 私が大丈夫と言っても二人は信用してくれませんでした。

 ……ゼルダはきちんと信じてこうして許可を出してくれたのに。


 一番信頼をしている筈の二人がそうやって私の言葉を信じてくれないのはショックです。


 本当はもっと話し合う事なのでしょうけど。でも分からず屋にはこれぐらいが良いんですよ!!



 もう二人のことなんて知るか!






 *





 ――風に守られて走り抜ける赤色が森へと消えていくのをただ見守ることしかできなかった。


 地の妖精に足止めを食らったヨルムとベルンの二人は大切なお姫様が去り際に叫んだ言葉を反芻して項垂れるしか術がなかった。


 大切にしたいと思った。大事に守りたいと思った。



 だけどどんなに言葉を重ねても少女が感じた印象は最悪だろう。そういうつもりがなくても守りたいと思う心を優先しすぎた為に彼女が日々を窮屈に思っているのは薄々感じていたが……今までの行動を振り返り自己嫌悪に動けない二人。

 そんな二人に背後から近づく影が一つ。



「……逃げられましたか」


「「!」」


 びくりと大げさな程に肩を揺らす二人に影はこれ見よがしに深いため息を吐く。



「お嬢様の言う通り、ですね」



 それは呆れを滲ませた苦い声だった。



 アウスヴァン公爵家筆頭執事であるゼルダはショックに落ち込む若者二人に苦笑を見せると、その灰色の瞳を細めて表情を引き締めた。ピリッと空気が変わるのを肌で感じる。


 ヨルムとベルンは慌てて居住まいを正し、ゼルダへと向き直る。

 ごくり、生唾を飲み込む音を立てて叱責を覚悟する二人。しかしゼルダはふと表情を和らげ、年長者として子供を見守る優しい眼を見せた。



「何故、お嬢様が貴方達から逃げたのか……理解していますか?」



 諭すように告げられる言葉。それは酷い叱責を受けるより何より二人には応えた。

 だってそれは自分でその理由を考えなければならないから。その自分の情けない至らなさと向き合わなければならないから。

 若いから、経験が無いからと言った理由はただの言い訳だ。そんなのを許すゼルダでは無いし、彼女も……そんな理由では自分達に失望するだろう。それが何より二人には辛く。そして怖かった。


 やっと望んで手に入れられたこの立場。本来ならば叶うはずも無かった願いを聞き入れてくれた主人たる少女に感謝してもしきれない。その心は忠誠心となり根強く二人の心に刻まれていた。


 しかし、やっと守りたいと思った唯一を困らせ、悲しませて何が護衛だ従者だ。

 誓いは本物でも、その繋がりが一方通行の本物足りえぬならこの誓いの証はただの飾りなのか?と自分自身を罵る。


 どれほど我慢を強いていたのだろうか。どれだけ彼女の広い心に許されていたのか。言われて初めて気付いた自分達を殺したい程だった。



「貴方達は若く、守ることがまだ不得手なのは分かります」


 ゆっくり言い聞かせる様に告げるゼルダの声が後悔に顔を歪める二人に降り注ぐ。



「お嬢様はずっと感じていたのでしょう。それは分かりますね?」



 その窮屈さを。大切に大事にしたいと思う二人の真摯な程の心を。だから彼女は今まで何も言わなかった。……いや、言えなくしていたのは自分達か。


 彼女は人の心に敏感で、人の心を思いやれる優しい子だから。



「お嬢様は私に『強くなりたい』と仰られました。次期アウスヴァン公爵家当主として、そして守りたいものがあるそうです」



 それを支えたいと思った。手伝いたいと。だが結局は自分達は彼女の負担となっていた。彼女の足枷になっていた。その事実が重く二人に圧し掛かる。



「俺たちは……」



 ヨルムが悔しいと言いたげに言葉を零す。しかしそれから続く言葉は発せられることなく喉奥に戻っていく。


 ゼルダは自分達の今までしてきた事を思い出し悲壮な程に落ち込む二人に二つの道を指し示した。

 ――つまりは、彼女の護衛を一旦辞めるか否か。


 極端の話だが、ルイシエラの護衛を希望する人間は多く、彼らが一旦頭を冷やす事も兼ねて護衛を外れてもその代わりは大勢いた。しかも彼らより経験も豊富で実力も申し分ない者たちばかり。


 それが分かっているだけに二人は悔しくて仕方が無かった。

 ゼルダの試練を乗り越えても、ルイシエラにその忠誠を受け取られても、自分達の代わりはいるのだ。しかも誓約の神に認められ結んだ契約があっても虎視眈々と自分達の立場を狙う周囲。早く認められようと功を焦ればこのような体たらく。笑い話にもなりやしない。



「俺たちは……」



 ぽつり、同じ言葉を繰り返すヨルム。俯いて微動だにしないベルン。


 沈痛な面持ちの二人に、ゼルダは厳しい眼を向ける――




 *  *  *




「着いたー!」



 ベルンとヨルムの追跡から逃れやっと丘に着きます。いつ来ても穏やかなこの場所。もうここで悲しい気持ちになることは無いでしょう。

 どこか吹っ切れた気持ちを抱いて私は湖に近づきます。


 すると。


「あ!」


「へ?」



 驚いたと言わんばかりの声に間抜けな声を返してしまいます。でも声の方向に眼を向ければそこには灰色の髪に赤みがかった橙色の瞳の少年が!あの時の少年ではないですか!



「わぁぁ!来てたんだ!」


「あ、ああ……」


 会えた嬉しさに一気にテンションが上がります。小さな足を必死に動かして少年に駆け寄れば少年はちょっと唖然と言うかぽかんと呆けています。どうした?



「って、わわっ!」


「危なっ!」



 石に蹴躓いてよろめく身体。掴む何かを探す様に宙を掻く両手。

 次に襲う衝撃を覚悟して目を瞑れば、どさっと音は聞こえても一向に来ない衝撃に恐る恐る眼を開けます。



「大丈夫、ですか?」


「え」



 ばちり、夕陽の瞳と目が合います。


 え。と心の中まで零す声。段々と今の状態を理解していくに従って上がっていく体温。



「うわわわあ!ご、ごめんなさい!」


 近いよ!近い!



 どうやら倒れそうだった所を庇ってくれたらしく、抱き止められた体勢に照れやら羞恥心やら込み上げてきて顔を真っ赤に染めます。慌てて彼の身体から降りてちょっと脳内反省会。



 お、落ちつこうか自分。うん。




 もしかしたら……と思っていた事が当たりそうな予感にテンションが上がり過ぎだから。

 貴族のお嬢様はもっとお淑やかにしなきゃだから。


 屋敷では色んな人の目がある為、テンションが上がっても出来るだけ表に出ないように我慢してます。

 ……まぁ今更かもしれませんが。ここではそういった目が無い分ちょっと羽目を外しすぎました。反省。反省。



「あの大丈夫、ですか?」


「あ、その、はい。大丈夫です。大変ご迷惑をお掛けしました。あとありがとうございます」



 心配そうに掛けられる声。聞きなれない少年の敬語に私も神妙な気持ちで謝罪と感謝を伝えます。ついでに地べたに正座で頭を下げれば、これ以上大きくなるのか?と言うぐらい眼を真ん丸に開く少年についつい瞬きを繰り返して首を傾げます。何か変だったかな?



「?」


「いや、あの……俺、じゃなくて私、に敬語はいらない……です」



 どうした少年。



 つい真顔で問い掛けそうになりました。挙動不審でしどろもどろに告げられる言葉。

 彼と会ったのはこの前の一回だけです。それから私も勉強などに忙しくて碌に部屋から出てないので、こうまで180度がらりと少年の態度が変わる原因……と考えてその理由を理解します。

 嗚呼――彼は私の正体を知ったのか。と諦めと少しの寂しさが浮かび、胸がきゅっと引き絞られるように痛みました。

 まぁ、少し考えれば分かることですし、彼がいきなり敬語を使ってくるのも分かります。

 私は貴族の中でも高位である公爵家の人間ですし、彼はその公爵家私有騎士団の一員です。近くに屋敷がある事も知っているのでしょう。やっぱり貴族と騎士じゃ立場は違いますし、特に私は彼らの将来上に立つ人間です。

 このどうしようもない身分差はもどかしく思わないでもないですが、貴族という立場と重要性は理解しているつもりです。前世での価値観が邪魔して納得できない部分もありますがそれでも理性では分かっているつもりでした。でも……心に浮かぶのは諦観と心細さにも似た悲しみ。


 それが表情に出てしまったのか、ちょっとだけ瞠目して目を逸らす彼にムッとします。



 何故、眼を逸らすし。


 私の顔はそんな酷かったのか!



 子供っぽいですが、ってか子供ですし。ついつい大人げない気持ちに益々ぶすりと口を尖らせます。そんな私の不機嫌さを察してかどうしようと困った表情で眉毛を下げる少年。



「あの、この前はありがとう、ございました。」


「別に」


「……」


「……」



 端的に言葉をぶったぎった私も悪いですが、そんな悲しそうな表情しないでください。

 ショックと見るからに分かる表情の彼に罪悪感がムクムクと湧いてきます。


 でも彼がいきなり態度を変えるのが悪いんですから!



 言い訳で自分を正当化しつつ少年を改めて見つめます。



 今日はお休みなのか、前の様に団服ではなくラフな格好の少年。

 編み上げのブーツに濃い緑のズボンと薄手のシャツといった一般的な服でした。

 ちなみにこの世界ではゴムといった化学素材の類は無いとしても結構前世の服と似たものが多くあります。勿論、バッグや靴、装飾品などの小物系も然り。

 染色技術はどうなっているのか分かりませんが結構単色系が多く、それだけにグラデーションの布は高かったりします。


 この辺も異邦者がもたらした恩恵だということは分かります。だって軍服とかまんまコスプレ服か!と思うほどのクオリティですから。寧ろこうして世に出してくれた異邦者の方とは是非お友達になりたいです!!同類だと勝手に思ってますから!

 ま、お陰で着方が分からない服が無いのは助かりますけどね!




 ――短い灰色の髪が風に揺れています。不安そうにこちらを見つめる瞳は赤に見間違うほどの濃い橙色。沈みゆく夕陽が最後に煌めく色に似ていると強く思います。しかも角度によっては黄色みがかった色にも見えて、ずっと見てても飽きません。

 視線を下げればこの前は見えなかった首元が見えました。そこに刻まれた印に嗚呼、やっぱりと内心呟きます。


 それは健康的に焼けた肌に鮮やかに描かれる一つの紋章。


 芽吹く葉に天空に輝く太陽と交差した二本の剣。大地を支配し、力を司る神――イカリスの紋章です。


 そう、彼は私と同じく神によって力を齎され、祝福を受ける人間。

 そしてゲームでは私が愛してやまなかった騎士団長様なのです!!


 くぅう!!テンションも上がるってものです!



 最初こそは、色んな出来事――まさかの闇に憑りつかれていたり、人間じゃなかったりと衝撃な出来事に一切思い付かなかったのですが、あの後よくよく考えれば色彩はそれこそ見覚えがありますし、今の彼も騎士団長だった彼の面影があります。

 それにこの精霊の丘はあのシーン……公爵令嬢のルイシエラと幼い少年時代の騎士団長が内緒の約束を交わす場所なのです!寧ろ今までよく思い出さなかったな自分!と思います。



 それは兎も角、テンションは上がってますが他人行儀な彼にどうしてもつっけんどんな態度になってしまいます。

 もうあの時のように対等の立場になることは出来ないのでしょうか……?



「あの……」


「敬語」


「え?」


「敬語……止めてください」



 子供過ぎる態度ですがどうしても彼の顔が見れずに足元に視線が落ちます。

 戸惑う声が聞こえるのでとても彼は困っているのでしょう。でも私は正式に名乗った訳ではありませんし、あんだけ前世では好きだった彼にそんな距離を置いた口調と態度をされるととても、寂しいのです。


 勿論これは私の勝手な想いで、彼にとっては迷惑な事だと思いますけど周囲の目も無いここ位では……。



「しかし……」


「やっぱり、ダメですか」



 しゅん、と落ち込むのも隠さず俯きます。しかしそれに何を思ったのか、何かを誤魔化す様に咳払いを繰り返す彼につい目を上げました。



「ごほん。あの、私……いや、俺はリカルド・ルーガ……と言いま――うう゛ん!……言う。」


「?」


「あー……キミの名前は?」


「!」



 しどろもどろに言葉を紡いだ彼に驚きで俯いてた顔を上げます。眼を見開く私の前には恥ずかしさからか目を泳がせながらも真摯に名を尋ねてくれる少年の姿が。

 それはつっかえつっかえで、言い直しながらの聞き取りづらい言葉でしたが、それでも敬語を止めて対等に話そうとしてくれる彼に――言葉に出来ないほどの高揚感が胸を締め付けます!


 私の正体を知っているということは私の名前も知っているはずなのに……子供の我が儘だと切り捨て一歩引いた対応で躱すことも出来るのにも関わらず彼は私の我が儘を聞こうと一歩踏み出してくれたのです!!



 アウスヴァン公爵家令嬢としての私ではなく、ただの人としての“私”を見てくれようとしてくれる彼に嬉しさの余りに身体が打ち震えます!


 だってだって!あの大好きな彼が“私”の名前を尋ねてくれているのですから!!




 いつも画面越しで見ていた彼。彼の情報が載っている本は買い占めました。友達や弟などに拝み倒してまで公式のファンブックやキャラブック。シナリオブックなどそのストーリーや設定の濃さに反映して様々な本が発売されいたのを買いまくりましたとも!

 弟には可哀想な事をしたと思わないでもないですが(……男なのに女性向けのゲーム本を買って来いって軽くイジメの域ですよね。でも弟が喜んで買って来てくれるんですもの)



 そんな風にいつも追いかけていた彼が今、私の目の前にいます。

 しかも私みたいな子供の我が儘を聞いてくれて、私に合わせてくれようとしています。

 私の正体を知っているにも関わらず、です。


 それがどんなに嬉しいことか、彼は分かっているのでしょうか?


 言葉に出来ないほどの喜びが心の底から沸き上がり理由も無く叫びたい程です!


 “私”を肯定してくれるその目、言葉に私の顔は笑み崩れていることでしょう。

 “私自身”を見てくれる彼に私は飛びっきりの笑顔を浮かべ告げます……“私”の名前を!




「――私はルイ。ルイって呼んで!」


「ルイ……?」


「うん!ただのルイなの!」



 ――そう……今の私は公爵令嬢のルイシエラではありません。ここにいる間くらいは……許してくれますよね?













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