Act.18 [新たな一歩]
やっと新章がスタートです!宜しくお願いします。
それは一陣の風。
全てを吹き飛ばし荒々しく、時には凪いで穏やかに。
でも確かに傍にあった。必ず共にあった。
それが無い。それがどんなに心に響くか。
失くしてから初めてその大きさに気付いた――。
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「――ここは」
ふと気が付けばそれは見なれた天井。
どうやら私はいつの間にか自分の部屋で寝ていたらしい。
今までいた筈の礼拝堂の影形無く、ただいつも通りの部屋が視界に広がる。
いつ気を失ったのか分からないけれど、ここに運んでくれたのは父さまだろうか。
枕元の机には照明と深紅の小さなクッションが。そこには確かに私が封じた翡翠さんの結晶が鎮座していた。
「っ!これ」
慌てた身体を起こせばぐらりと揺れる視界。どうやら術の反動か、身体は本調子ではないようでぐらぐらと力無く揺れる身体に目眩がしてついベットに手をついた。
よく見れば、ベルベット生地の高級感溢れる台座に艶やかに煌めく黒曜石。闇と言う闇を閉じ込めたかのようなそれは直径5センチ程の楕円形をしていた。
瑪瑙のように僅かに年輪の漣を表面に刻む石を大事に受け止めるクッションはいったい誰が用意してくれたのか、でも私から離さずに側に置いてくれたことに感謝の念が浮かんだ。
「翡翠さん……」
ポタリと滴り落ちたのは私の涙。
涙腺なんて崩壊した私の目は意識しなくても涙が出る様になってしまったようで、堪えることも出来なかった。
ただ思い浮かぶのは楽しい思い出だけで、翡翠さんの色々な表情が浮かんでは虚空に消えていく……。
一番鮮明に刻まれたのは最後の別れの時の笑顔。
『ありがとう』と晴れやかなその表情が目に焼き付いて離れない。
「……翡翠さん」
フラつく身体を支えてゆっくりと手を伸ばす。台座のクッションごと胸に抱えれば零れ落ちた水滴に台座は色を変え、水玉模様を作り上げた。
ポタリポタリと大粒の涙が石に降りかかる。
どれくらいそのままの姿でいたのか、上に何も羽織ることもなく寝間着のままで起きていればふわりと覆う暖かさに気付いた。
「お嬢様」
「……ゼルダ?」
スッと低頭し私の視線に合わせるように寝台の傍で膝を付くのは黒を纏う美老人。灰色の髪をオールバックに纏め、隙無く執事服を着込んだ彼だったが見るからに憔悴した様子に瞠目した。
どんな事があっても普段から一貫した態度と様子のゼルダが疲れた様子を見せるとは一体何かあったのかと翡翠さんの石を抱き締めたまま固まってしまう。脳裏に描いたのは様々な最悪な想像。
もしや母に何か?と身体の弱い母さまの事が真っ先に思い浮かんだが、ゼルダはそれを察したのか苦笑しながらも緩く首を振った。
「具合はいかがですか?」
「……だいじょうぶ」
一応と取って付けてしまったのはご愛敬。体調だけ見れば倒れる前とはさほど変わらず。しかし精神的には結構苦しいのも事実。生まれた時から側にいてくれた翡翠さんが居なくなってしまったショックは思った以上に負担が掛かっているみたいでぐるぐると頭の中が混乱している。
それを知ってか知らずか、ゼルダはその答えでも心配そうな眼をして私の顔を覗き込みます。
「少し、失礼を」
差しだされた手に反射的に片手を差し出します。そして脈を測られ、眼を覗き込まれ、軽い診察を受けました。
「身体は大丈夫そうですね……良かった」
ほっと一息ついたゼルダ。後半の言葉は小さくひとり言のように呟かれましたが近い距離に耳が拾います。
心配をかけてしまった事に罪悪感が浮かびますが、何と言えばいいのかも分からず無言でいるとゼルダは姿勢を正し私と正面から相対しました。
そしてその視線の先は私が片時も離さない翡翠さんの石。
「お嬢様。お話がございます」
「うん」
「お辛いでしょうが、少しばかりお時間を」
「……大丈夫だよ」
何が辛いと言わないのはゼルダなりの優しさなのでしょう。窺うその視線に私は頷きます。ゼルダに掛けられた上着を改めて身体に巻き付け私も姿勢を正します。
ベットから出る事はゼルダから止められ、大きなクッションを背に当てられ楽な姿勢を取り話を聞く態勢を取りました。
「さて、まず何から話しましょうか」
いつのまに用意したのかベット脇の机には温かそうな紅茶が用意され、ふわりと紅茶の香りが漂います。
立ったままなのもなんなので無理矢理ゼルダに椅子を勧め座ってもらいます。
部屋には私とゼルダの気配しかなく、いつも天井などにいる筈の護衛さん達の気配が感じられないその怪訝な表情が出たのでしょうゼルダは少し苦笑を浮かべ今は人払いしている事を告げました。
「……父さまと母さまは?」
「先ほどまでいらっしゃいましたが、今は」
「そう、私どれくらい」
寝ていたの?と尋ねた言葉には「一週間ほど」との返答を頂きました。
そんなに寝ていたのかと驚きに眼を瞬きます。
体感的には一日二日ばかりだと思っていましたが、どおりで身体も上手く動かない筈です。
あれから一週間も経っているとは。ではあの日予定していたパーティーなどはどうなったのでしょう?まさかやり直しとか?それは嫌なんですが。
それが顔に表れていたようで出来る執事ゼルダは先回りしてくれます。
「あの日予定していたパーティーは中止となりました。祝福の覚醒の影響でお嬢様がお倒れになられたことはお伝えしましたのでこのまま個別で会うことはありましてもパーティー自体は無いと思われます。」
なら良かったと息を吐き出します。
「お嬢様。失礼を承知で単刀直入に申し上げます。――お嬢様には記憶がございますね?」
「え」
ゼルダの発言に一瞬時が止まりました。
何をバカなことをと笑い飛ばしたいのに身に覚えがありすぎる言葉に瞠目したまま固まります。しかしその態度こそが如実に答えを表しているためゼルダは強張った顔を僅かに緩め苦笑しました。
「お嬢様は嘘がつけないお方ですね」
仕方無さそうに、少しの呆れを滲ませて細められたその瞳。それは私ではなく、私を通して何かを、誰かを見て浮かべた表情に思えました。
初めて見るゼルダの表情に驚きを隠せません。
「……お嬢様にはまだお話しておりませんでしたね。お嬢様は“異邦者”という言葉に聞き覚えは…?」
いほうしゃ?
「これはあくまで秘匿されているお話ですが、世間には深く浸透している話でございます。“異邦者”とは異邦――こことは異なる世界から訪れし人間達の事を指します。」
異なる世界、次元も時間も全く異なる場所から訪れし人間。それが異邦者。
彼らがもたらすのは一時の栄華と最悪の災い。
ある者は知識を、またある者は技術を、世界にもたらしては創成と破壊を繰り返し招いた。
そしてやがては“闇”の存在自体が彼らがもたらしたのでは?と真しやかに語られるようになり、特別な一部を除いて殆どの異邦者が迫害の対象となってしまった。人びとは恐れた。未知の知識や技術を持つ者を、“理解できない”何かを持つ者達を。
「――だからこそ、記憶があることは誰にも知られてはいけません。ご当主様達にもです。」
そう締め括るゼルダの表情はとても真剣で、それだけで私が前世の記憶があることは大事なのだと理解します。それはとても大きな危険を孕んだものです。
ゼルダは言いました。異邦者とは私のような前世の記憶を持つ“転生者”と元の世界から迷い込んだり所謂異世界トリップで来る“来訪者”に分かれると。
基本的に特別な一部とは、暁の神子や勇者などの来訪者を指します。彼らは悪を倒し世界に平和をもたらすので迫害の対象からは免れているそうです。
それに加えて迷い込んだり、自ら望まずに来てしまう事に同情的な部分もあるのでしょう。
しかし私のような転生者は技術などの進歩の立役者になる時もあれば兵器の開発など世界を脅かす原因にもなり得ます。
同じ異邦者でも扱いは天と地ほどの差があるのに恨みや妬みを抱く人も多かったのでしょう。
歴史には記されては無いそうですが、過去異邦者が起こした事件や殺人は転生者が圧倒的に多いそうです。しかも規模も甚大かつ絶大で国を一つ滅ぼしたり、魔物の温床である澱みを作り今もまだ被害を出し続けています。
そんな事もあり、人の記憶には当時の恐怖が刻まれています。既に闇に葬られた事件ですが過去、異邦者を迫害し殺害までに至る事もあったそうです。
ざぁと頭の天辺から血の気が引く音を耳裏で聞きます。つまりゲームのルイシエラとは違った原因での死亡フラグが今立ったって事ですかね?
前世の記憶があることで殺されるとかどんな理不尽ですか。
「ご当主様から何があったか、聞きました。お嬢様が誰も知らない言語を口にした事も」
「ゼル…」
「今、それを口にすることは出来ますか?」
「え?」
何で?
きょとんと目を瞬き疑問符を浮かべます。しかしゼルダは理由を口にすることなく再び同じ言葉を繰り返します。
譲る気の無いゼルダの眼に恐る恐る前世の言葉。日本語を口にします。
「【ゼルダ】」
「ふむ」
「【これでいいのかな?】」
改めて言われても咄嗟の言葉は出てきません。取り敢えずゼルダの名を呼べば何やら思案顔で頷くゼルダ。
それを見ながら私もいざ日本語を口にし僅かながら感傷に震えます。闇を祓った時や魔術を行使した時は無我夢中だった事もありますが、改めて意識して言葉に出せば前世の思い出が次々浮かんでは消えていきます。
元気かな?と思うのは愛しい家族の顔。母さん、父さん、それに大事な弟の泣き顔がふと浮かびます。
今思えば、結構急な事でもありました。急変に急変を重ね身体は弱り果て、みんなに看取られたのは嬉しかったけれど、最後の言葉を交わすことは叶わなかった。
「――さま?お嬢様?どうかなさいましたか?」
「っ!あ、ごめんなさいぼーっとしちゃって」
「無理はありません。先ほどまでずっと寝ておられたのですから」
体調は大丈夫ですか?と問い掛けられた言葉に頷きます。少し感傷的になってしまったようです。
今までそんな事もなかったのにと思えば浮かぶのは鮮やかな緑を持つ瞳。
嗚呼、翡翠さんがいたからか……。
今まで生まれ変わって、その生まれた先が大好きなゲームの世界だと知って戸惑うことはあっても悲しむことはありませんでした。それをよく考えばそばにはいつも翡翠さんがいてくれたから。彼の存在が私を支えてくれていた。だからこそ私は前世を想ってもここまで悲しむ事も思い悩む事も無かったのでしょう。
でも彼はもういないのです。
私は改めて翡翠さんが宿る石を手に触れ、感謝を伝えます。
それを見て何を思ったがゼルダは僅かにその眼を細めました。まるで嬉しそうに。それが分かったのは短くとも濃厚な時間(勉強という名の地獄)を過ごしていたからでしょうか。
「……どうやらその言葉は古い精霊語に似ているようですね」
「え、」
「今や失われた言葉でございます。」
頭に浮かべた疑問符に答える様に告げるゼルダにぽかんと口を開けてしまいます。令嬢としてあるまじき姿ですが今はゼルダも指摘せずに頷きます。
どうやら私の前世の言葉である日本語はこの世界――アヴァロンでも存在していたそうです。勿論、今や知っているのは古い妖精や精霊王などの少数ですがそれでも知っている人がいると言う事はまだ誤魔化せる余地はあるという事。
元々女神ルーナの祝福持ちですから精霊たちから教わったとかの言い訳が通用するそうです。しかも私には精霊王の中でも古参の風の精霊王が付いていました。知っていても不思議は無い。という結論に落ち着き新しく立ったフラグが倒れていくのにほっと安堵の息を吐きます。
日本語はこの世界ではとても強い力を持つ言葉みたいです。元々アヴァロンでは言語と言えば一つだけ。一つの文字に一つの音それが普通であり、一つの文字に複数の音がある場合それは呪文と成り魔力の宿る言葉と成ります。古の魔術師が扱っていたのがこの特殊な言葉だったそうです。これは精霊や妖精にも当てはまります。
元が魔力の塊でもある精霊や妖精は喋る事で自然の理を曲げ、事象を起こします。それ故に恐れられ敬られる存在。
そしてこの言葉は神々の言葉であるとも言われているそうです。
「お嬢様。気軽にその言葉を口になさいませんようにお気をつけ下さいませ」
ゼルダが釘をさすように言います。
特に私が口にした日本語は普通に魔術師が魔術を行使する為に口にする言葉の比すらならないほどの強力なものだそうです。魔術の行使が陣を使わなくて良いほど容易になった事は喜ばしいですが私が一言でも気軽に口にした言葉でさえ魔術的な作用を引き起こしてしまうデメリットもあります。人に向けてしまえば洗脳の効果を及ぼしてしまう可能性だって無視できぬほどです。
僅かに浮上した心が沈みます。オタクとしては中二病くさいですがやはり呪文とかに憧れる部分があります。しかし何気ない一言でさえ人を破滅に追いやってしまう可能性があると言われてしまえばそう軽く考えてはいけないものです。
真剣に考え頷く私を見てゼルダは安心したように息を吐きました。
私が事の大きさを理解した事をゼルダも分かったのでしょう。先ほどより柔らかい表情で見つめられちょっと心臓が騒ぎます。うん。だってゼルダって本当に美老人なんだもん。
もしこれが二次元の出来事だったらゼルダ萌えぇぇ!と騒いでいる事でしょう。私が。
そんな内心、複雑な心境に陥っている私ですがふと浮かんだ不安に少し俯いてしまいます。でもここで沈んでいる場合ではないと心を奮い立たせ、ゼルダを見据えました。
姿勢を正し、ゼルダを真正面に向き直ります。
「ゼルダにお願いがあります」
「お嬢様?」
「どうか私に戦う術を教えてください!」
「!」
勢いよく頭を下げて懇願します。
今回の事でいかに私が弱く、そして無知であるかを知りました。まだ子供だからという言い訳は使いたくありません。前世の分の年齢も合わせれば成人はしている私です。
見た目に反して高い精神年齢と自我に周囲の人が私を未知の生き物を見るような眼で見ているのは知っています。だてに19年も人の顔を窺って生きていた訳ではありません。視線の中に紛れている誤魔化しようのない畏怖の感情だって薄々わかります。そんな人たちに会わない様にゼルダ達が気を配ってくれていたのも分かっています。
本当に私は甘やかされていたんだなぁとしみじみ思いました。
優しい両親に、いつも気を配ってくれる使用人たち。優しくて穏やかな居場所。でもそれは仮初の箱庭でしかありません。
私はゲームでのルイシエラの運命を変えようと決めました。変えられるようにゼルダに師事し、知識を蓄えてきたつもりです。でもあくまでそれはつもりなだけでまだ足りないのです。私は戦わなくては!この運命から、そして世界を脅かす闇と。あの女神ルーナを助ける為に。そしてゲームの中で起こった悲劇の犠牲者たちを助けたいと思った心に偽りはありません!
「お嬢様」
何故と尋ねるゼルダの言葉に顔を上げる。
「私は、助けたい人がいます。力になりたい人たちがいます。その為には力が欲しい!だからどうかお願いです」
私がその人たちを助けられるように力を、戦う為の知識を私にください!
もう待つのは止めです。起こる出来事を怖れ、備えるのではなくその出来事を事前に防ぐために私は戦います!
その為ならばどんな過酷な試練にも立ち向かってみせましょう。と言葉を切る私にゼルダは眼を瞠ります。その灰色の瞳は何を映しているのでしょうか、驚嘆、感心、そして僅かな悲嘆に揺れる灰色の目がとても印象的でした。
しかし私の心はもう揺らぐ事はありません。もしゼルダに断られても私は父さまにも師事を乞うつもりです。腐ってもアウスヴァン公爵家の現当主、しかもジゼルヴァン王国の将軍なのですから強い事は間違いなしでしょう。
引かない私と驚いた様子のゼルダ。どちらも動かない膠着状態でしたがふっと僅かに苦笑を浮かべた彼に緊迫した空気は緩みました。
「どうやらきちんとご覚悟の上だということですね」
「はい」
「どうあっても、ですか?」
「私はもう逃げたくはありません」
もしかしたら心の奥底で私は眼を逸らしていたかも知れません。ここはゲームの世界だから私はある種の部外者なのだと。転生したけれでもこれはあくまでゲームの世界だと。
でも私はこの世界で生きています。
“ルイシエラ”というキャラクターではなく“ルイ”である私を想い、守ってくれた人がいます。だからもう、逃げたくはないのです。
ゲームの世界だろうがなんだろうが、もう私は眼を逸らしません。私はもうルイではなくルイシエラという一人の人間です。この世界はもうゲームの世界では無く私の世界なのです。
だから……今度は私が守るんだ。
守ってもらうだけの日々は今日で終わりです。
今度は私がみんなを守れるように――。
「守られるだけは良しとしないと?」
「確かに貴族の子女としては守られる事が仕事でもあるでしょう」
普通貴族の女子は刺繍や歌にお茶会などをして日々を過ごします。私もアウスヴァン公爵家の人間として他の子女とそう変わらない日々を送る未来もあります。
でも私が望む未来はそんなぬるま湯に浸かったものでありません。
「でも私はアウスヴァン公爵家の次期当主なのです。」
アウスヴァン公爵家はこの国の三大公爵家が一角。権力は王族と同等にあり、国王でさえ苦言を呈するのに気を使うほどです。
他国でさえその権威は及び、一目おかれています。しかしその分、命の危険は想像を絶するものでしょう。色んな思惑があると思います。自国他国関係なく、この家のメリットとデメリット。天秤にかけて傾く先は悲劇か喜劇か。そしてそれらを許容し、受け止め、なお且つ利用して見せようではありませんか。
「そうですか」
私の覚悟を見てか少し疲れたような息を吐きだすゼルダ。
今日は一体どうしたのでしょうか?
こんな感情豊かに表情を変えるゼルダを見るのは本当に初めてで驚きと興奮に若干頬か赤くなります。
「ならば、私が知りえる全てをお嬢様にお教えしましょう」
それが私の義務であり、使命なのでしょうね。と続けるゼルダ。
「ゼル」
「ですがお嬢様。今はまだ羽を休めるべきです」
スッと細められた眼。身体から滑り落ちた上着をかけなおして言われた言葉に少し戸惑います。
やるぞと息込んでいたからこそ掛けられたストップにちょっと肩すかしを喰らいました。
「お嬢様はお気づきではありませんが、術の行使にまだ整っていない身体には多大な負担が掛かっておいでです。今は休息を」
「……分かりました」
促されて横になります。確かに気が付けば目覚めた当初よりダルく感じる身体。少し火照った感じだと熱も出ているかもしれません。
ゼルダの迫力にしぶしぶ布団に潜り込めばとたんに襲ってくる睡魔。
「ゼル」
「分かっております。」
いつのまにか取り上げられていた翡翠さんの石。ゼルダの名を呼べばなにも言わずとも翡翠さんの石を枕元に置いてくれます。
「どうか、今は休息を」
優しく触れられた頭。
なんと!初めてゼルダに頭を撫でられました!
マジか!とあまりの衝撃に心は動揺してうぉお!と興奮に滾ります。しかし身体は休息を欲しているようでどんどん閉じていく瞼。
「よい夢を」
優しいその手に翡翠さんを思い出して涙が滲んだのは内緒です。
ゼルダの労わる声を最後に私は夢の中に沈んでいきます。
「――恨むますよ。女神」
そんな事をゼルダが呟いていたのも知らず。深い深い夢の中。翡翠さんに出会える事を夢見て眠りにつきます。
どうか、どうか、夢の中だけでもと……。