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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
【序章】
15/79

Act.14 [捧げる声]

 




 もう止めてくれと叫んだ慟哭は無視された。


 私利私欲に欲しがるばかりの人間たちに自分自身が削られ、心が闇に染まっていく―――。

 何で?どうして?と尋ねた言葉は(ことごと)く闇に消えていった。



 悲しさに全てを怨んだ。

 絶望に全てを呪った。



 怒りの炎で身を焦がし、(ねた)みに心を歪めていく……。



 でも、そんな自分を照らしてくれた確かな光。闇に消えてく心を拾い、歪んだ心を正しく導き、狂気の果てを呼び戻してくれた小さな光。




 願わくば永久(とこしえ)灯火(ともしび)を――……。




 *********************





「ここは……」



 ふわりふわりと揺らぐ身体。



 いつだかを思い出させるその感覚についついぼぅとしてしまいます。

 とても心地よくて安心できるそんな空間に私はいました。


 ふと何かに促されるように瞼を開ければそこは満天の星空と宵闇に包まれた景色。上下左右360°周囲は闇に染まり、ぽつりぽつりと輝く星々。まるで宇宙にいるかのようです。

 でも煌めく明かりがあってもどこかうすら寒いその空間につい心細くなってしまいます。



 何故私はここにいるのか?疑問に首を傾げますがどうも答えは無く。ただ静かな静寂に耳が痛くなります。



「私は……」



 一体が何があったんだろう?と疑問に俯きます。その見下ろした先の右手は静かに沈黙し、うんともすんとも言いません。


 祝福は無事に目覚めたのでしょうか?



 意識を失う前の最後の記憶は女神ルーナの言葉です。

 果たしてあの言葉と今私がここにいるのは関係あるのでしょうか?いや、寧ろ関係無いとおかしいですけどね。うん。



 周囲を見回せば自分がどうやって立っているのか分からなくなります。周囲は黒一色に輝く光が散らばるだけ。どこが天井で床なのか、それとも私は本当に立っているのか浮かんでいるのか、それとも寝ているのか。そんな疑問に頭を悩ませ、どれくらいの時間が経ったのでしょう。


 真っ黒な世界なのに何で気付いたのだろうと自分でびっくりするほどですが、それでも確実に目の前には何か大きな気配がありました。

 それはまるで女神ルーナの様な心の底から安心できる気配とどこか懐かしい匂い。



「ルーナ?」



 つい手を伸ばし問いかけた言葉に答えはありません。


 でも、ぽんっと頭を撫でられる感覚。




 《――幸せにおなり》


「え?」




 右手を取られ、手を温もりが包み込みます。


 耳に入った言葉の意味を理解する前に右手の紋章が輝き、紅い炎を灯したではありませんか!


 鮮やかな光は闇を照らし、神々しく光るその炎は闇を塗り潰していく勢いです。

 炎に照らされ真っ白に染まっていく世界。静寂は破られ、命の鼓動に合わせ炎は輝いていきます。





 《――今度こそ――…》



「まっ――!」



 待って!と叫んだ言葉は遮られ、光は私の意思に反してどんどん強くそして視界を染め上げていきます。



 光に照らされ見えたその影。





 それを確認する前に意識は白に染まりました。






 *




『――イ!ルイ!どうしたの?』


「え?」



 呼ばれた名前に気付けば目の前にはいつの間にか女神ルーナの姿が。

 先程のは一体なんだったのか、白昼夢を見ていたかのように夢現ゆめうつつにぼんやりとする意識。



 周囲は相変わらず宇宙のように満天の星屑が散らばる景色で唯一さっきと違うのは目の前の人物だけ。

 女神ルーナは様子のおかしい私を訝しげに見ながら顔を覗き込んできます。



『ルイ?大丈夫?』



 ふわりと撫でられたのは私の頬。壊れ物を触るように優しく繊細に触れた指先は冷たくひやりとしました。



 星屑を集めた銀色の髪に月明かりを宿した瞳。


 絵画や銅像などでその姿はよく見ていましたが、そんなのは目じゃないくらいの完成された美を持つ女神がそこにいました。

 慈愛の微笑みを口端に刻み、柔らかく細められたその目を見ると先程の出来事に動揺していた心が落ち着いていくのを感じます。





「ルーナ?」


『――ルイ、ありがとう』


「!」


『貴女のお陰で未来は増えていくわ』



 増えていく?とその言葉の意味に首を傾げますが、言われた言葉を理解していくにつれて嬉しさが込み上げ、涙の膜が瞳を覆っていきます。


 女神ルーナは「私」の名前を呼んでくれました。ルイシエラではなく私の名前を……。それだけで今までの事を認められた気がして、不安が溶けて無くなります。

 そんな心を読んでか、女神ルーナもまた僅かに涙を滲ませた目をしながらも嬉しそうに微笑み、私の心を肯定するかのように頷きました。



 ――嗚呼、私は間違ってなかった!!

 震える心に何かを言おうと口を開きますが言葉が出てきません。そんな間にもルーナは涙目で私の顔を覗き込みます。





『ルイ、貴女に祝福を――』



 スッと右手を取られ女神ルーナはその手の紋章の上に口吻(くちづけ)を一つ。


 先程の光とは異なり優しい光が紋章に宿ります。ルーナらしい月明かりのような穏やかな光。



『ルイ、どうか貴女の幸せを――』


「っ!ルーナ!?」



 ザァと一気に流れていく星々。銀色の瞬きは軌跡を描いて、それは彗星と化していきます。突如として変わり始めた景色に目を奪われていれば急に足元の感覚が無くなったではありませんか!


 先程まで確かにあったはずの足元の感覚は底無し沼に入ったかのようにずぶりずぶりと沈んでいきます。視界も心なしにどんどん下降していき、私の身体が下に沈んでいっているのが分かりました。


 抗って暴れても足元を絡めとる“何か”は離れず、問い掛けを含んで呼んだ名にルーナは泣き笑いを浮かべ私の額に再び口吻を落とします。


 いやいや助けてよ!と心の中で叫びますが口に出すのは(はばか)れる空気。必死に伸ばした手は(くう)を切り、ポツリと手に当たった水滴に瞠目しました。



「ルーナ……」


『本当にありがとう!どうか――生きて!!』


「!」



 重力が無いのかルーナの目尻から零れ落ちる滴は宙を浮かび、漂います。


 ふわふわと真珠のような煌めきを宿したルーナの涙は私に当たるとぱちんぱちんと弾け散っていきます。言葉で言い表さないような幻想的で美しい光景に言葉もなくルーナを見上げていればどんどん離れていく距離。

 これが神と人の距離と言わんばかりに天と地に離されていく私たち。


 その距離がもどかしくて必死に届けと手を伸ばしますがどうやっても届かない距離に虚しさが胸を締め付けます。



「っルーナ!!」



 もう神様だとか不敬だとか頭の中にはありません。ただ一人でこんな何もない空間にいるルーナに悲しくて涙が止まりませんでした。

 どんどんルーナの姿は小さくなっていき最後は星の瞬きの中に埋もれていきます。



「ルーナっ!」



 零れ落ちる滴は不思議と地面に落ちるのではなく空中に浮かびます。一人景色に沈み行く中、止まらない涙に喉が震えてきました。


 その胸を締め付ける感情は……。



 様々な感情が入り乱れて頭が混乱していきます。歓喜とも恐怖ともつかないこの想い。


 でもっ、でも!泣いてばかりでは意味はありません!


 私は袖で乱暴に目元を拭い女神ルーナが消えていった天空を見上げ誓います。




 ――絶対に生きて見せることを!そして……



「助けるからっ絶対に!!」



 貴女をこんな暗闇から――



 もう見えなくなった天空へ、女神へと届けと心の底から叫びました。








 ◇







『ちっ!しつこいなぁ!』




 ぶんっと一閃した腕から放たれる一陣の風。


 翡翠は苛立たしげに悪態を吐きながらも闇を切りつけ、また一歩、後ろへと後退した。


 そんな翡翠が苛立つのも無理はなく、闇は翡翠の攻撃を受けても僅かに怯んだのみ。

 思うような効果は得られずただ、光に群がる虫のごとく、その触手のように伸ばした手をルイシエラへと向けていく。


 その執着は風の精霊王として、様々な事を知る翡翠でさえ息を飲むほどにおぞましく、そしてどこか縋るように必死に伸ばされるそれは何かを望み乞いているかのようだった。



 翡翠の放つ暴風に礼拝堂は悲鳴を上げギシリギシリと音を立てる。既に結界は破られ翡翠はルイを抱えたままじりじりと後退していた。そのすぐ後ろには女神ルーナの銅像。


 元々、狂気の王とまで呼ばれる翡翠には闇を退けても浄化をする力は無かった。


 出来ることは圧倒的な武力による蹂躙のみ。闇に対して効果的なのは癒しなどの能力でただの力だけでは気休め程度の効果しかない。

 しかし翡翠には勝機があった。だからこそ、この礼拝堂で迎え撃つ選択を翡翠は選んだのだった。


 ここはアウスヴァン家所有地であり、何より精霊達が支配する神域。


 足を踏み入れられるものは限られるこの土地ならばと翡翠は用意を整えた。

 他へと被害を出さないように細心の注意を払って、闇の影響を受けづらい水や地、光の精霊や妖精に協力を仰ぎ強固な結界を礼拝堂に張り巡らせて、闇の影響を受けやすい人間や闇の精霊、妖精は最小限の人数に留めて配置してある。


 対闇を想定した準備は万全だった。

 あとは翡翠の力があれば……。しかしいざ蓋を開けてみればどうだろうか?


 闇は幾ら退けても無限に湧いてきて果てがない。このままではじり貧一方である。





『くそっ!』



 予想が外れたと言えば簡単だ。ここまで劣勢に立たされるとは思わなかった。

 しかも予想以上に闇は力を蓄えていたらしい。払っても払っても礼拝堂の隅から沸き立つ蠢く闇。


 しかも段々と戦い方を学習しているらしく、意思を持たぬはずの闇が考えて動くのを見て忌々しいと言わんばかりに翡翠はその顔を歪める。



 空中を片手で掌握し集めた力。



 それは精霊としての力。

 それは妖精としての能力。


 全て繋ぎ合わせ闇へと放つ――。



 盛大な音を立てて吹き飛ぶ椅子や調度品の数々。竜巻と成り、吹き荒れる風は中に取り込んだ物を粉々に切り刻み塵と化す。


 しかし同じくらいに切り刻まれ塵と成り果てた闇は増殖するように他の闇を取り込み再び翡翠たちの前へと立ちはだかった。





『あーあ、面倒くさいなぁ……』



 ツゥと額から流れ落ちる汗。

 翡翠の顔から笑みが消えた瞬間だった……。








『っ、ルイ!』



 どれくらい闇の攻撃を受けただろうか。最早数えきれぬほどの衝撃にじわりじわりと心が逸る。

 焦りに動きが鈍った瞬間、片腕を喰われてしまった。吐いた悪態は自分に向けて、腕の中から滑り落ちる少女に残った手を伸ばす。――闇はすぐそこに。








『る――ッ!』


 《――貴女に祝福を授けましょう》


『!?』



 カッと礼拝堂を満たす閃光。


 目が眩むほどの光に反射的に目を庇う。その耳に届いた微かな声は確かに女神ルーナの声だった。



 気が付けばその腕の中にいないお姫様(ルイシエラ)


 何かに導かれるように目を向けた先。



 そこにはほんのりとその姿を灯らせて、鮮やかな深紅の髪を光輝かせるルイシエラの姿が。






 ――それは触れるのも近付くのも躊躇うほどの神聖な光を湛えた少女。

 炎のように揺らめくその光はただただ優しく、たおやかに揺れるその衣装は神秘的でまるで女神ルーナが降臨したと錯覚するほどのものだった……。







『ルイ?』



 翡翠の呼び掛けも聞こえないのかルイシエラからの反応は無い。しかしその身に宿る力が膨れ上がるのを肌で、魂で感じ翡翠の声は知らず知らずに震える。

 その眼は固く閉ざされ、意識があるのかも分からない。



 闇はそんなルイシエラを恐れるようにぞぞぞっと音を立て部屋の隅へ、影の中へと逃げていく。


 ふと無造作に向けられたのはルイシエラの右手。その右手の小指には見慣れぬ指輪が一つ、月明かりを受けて煌めいていた。



 ゆっくり、ルイシエラの目が開く――。



 底光りする紅の虹彩(こうさい)、煌めく紫の瞳孔。


 いつもならば優しい光を湛えているその瞳は凛とした煌めきを宿し睥睨するかのように闇へと向けられていた。


 そして何かを掴むように強く握り締められるその手。空を切るはずのそれは確かに何かを掴んだ気がした……。





 ――!!!



 声なき悲鳴が礼拝堂に響き渡る。


 耳鳴りのように頭を揺らすほどの衝撃に翡翠は傷を庇いながらもその目を伏せた。唸るように響く音はびりびりと建物を揺らし、粉塵を巻き上げる。

 ぱきんっと軽い音を立てて割れたのはこの建物を守る結界。音はアウスヴァン家の森にも声高だかに響いた。



『これは……』



 ギリギリと引き絞られるように縮んでいく闇。見えない手が掴み祓うそれに翡翠は目が離せなかった。



「【――悲しいの?】」


『ルイ?』



 ルイシエラは闇へと問い掛ける。


 静かに優しささえ滲んだその声色に翡翠は静かに瞠目した。


 それは聞き覚えのない言葉。

 初めて聞く言語によって語られる。





「【寂しいの?苦しいの?】」



 それはルイシエラ……否、“ルイ”にとっては身近なものだった言葉。今や異世界の、前世で使っていた言葉……日本語と呼ばれる言葉。

 ひらがなカタカナ漢字の三種類の言葉を(まじ)え語られる音。


 それは一音一句、全てに魔術的な力が込められ闇へと放たれる。






「【――もう大丈夫。怖くないよ】」





 まるで手を差し伸べるように、握った手を開き、闇へと向けるルイ。そっと差し出された手に重なるのはボロボロと崩れ始めた一つの闇。


 ルイはそれに嬉しそうに笑みを浮かべて口吻を一つ。




「【さぁ――還ろう?】」




 不思議な言葉。翡翠はそう思った。


 何を言っているのか分からない筈なのに、その音は音楽のようにルイの口から奏でられ、語り掛けられる言葉は何となく意味が解る。


 そして言葉一つ。単語一つ。

 魔力が宿り、それは不思議な、それでいて強力な呪文だった。



「【―― La ――】」



 ルイは歌う。どうか、どうか、憐れなこの子に救いをと。闇を憐れみ赦しを乞う。


 ふと気付けばステンドグラスから差し込む月明かりがルイだけを照らしていた。

 天使の階段といわれる現象に似たそれにルイは天にも届けとばかりに歌う。



 ぐずぐずと闇が浄化され崩れていく。

 光に紛れ融けていくように、歪められた闇は月明かりの元、浄化され消えていく――。






 それを見つめる翡翠の脳裏には遥か昔の思い出が過った。



 それは狂気の闇に囚われ抜け出せなかった愚かな精霊を助けた心優しき一人の少女。


 理不尽な理由で異なる世界より呼び寄せられた彼女は自らの境遇を嘆くでも悲しむでもなく覚悟をもって乗り越えた。


 その彼女とルイの姿が重なり翡翠は無意識の内に笑みを浮かべる。


 見た目も、性格も、似ても似つかないのにその心の在り方はとてもよく似ていた。だからだろうか、翡翠は安堵の息を吐き出し力を抜く。もう、大丈夫。と。

 ずきんと痛む全身に苦笑を浮かべて……。



 闇はただ静かに存在していた――。




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