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暁の姫君と黄昏の守護者  作者: zzz
【序章】
14/79

Act.13 [祝福の証]

 




 それは世界を、憂いを、繋がる命と気高さを表す紋章。



 悲しみの連鎖を続けさせないためにも私は選択する。



 待ってて必ず助けるから――





 *******************








 ――ゴーン、ゴーン 鐘が鳴る。



 それは祝福の音。歓喜の音。




 ――ゴーン、ゴーン 鐘が鳴る。



 それは知らせを(たずさ)え、喜びを伝える音。





 この世界に生まれた尊い命の一つが、峠を越えて命を燃やし続けている事を知らせる音。





 ――その日、アウスヴァン公爵家領内全域の教会で打ち鳴らされた鐘は一つの知らせを持って鳴り響いた。


 それは彼らを統治し守る領主の子供が無事3歳の年を重ねられた事を示す。


 領民は慶事に祝杯を上げ歌い踊り、今日は無礼講とばかりに喜びを露わにお祭り騒ぎの領内。








 ――そんな最中(さなか)、静かに厳かに行われる一つの儀式。


 静謐な雰囲気に守られた空間にその少女は居た。





 鮮やかな濃い深紅の髪を編み込み、薄い赤紫の瞳を伏せて一つの銅像の前で膝つく少女。


 銅像はこの世界の天空神、女神ルーナの姿を模した物だった。



 まだ幼いにも関わらず凛々しく整った顔には薄いベールが掛かり、白と赤の刺繍で彩られた儀礼服。

 胸元にはアウスヴァン公爵家を表す月を守護する獅子の紋章。


 ひらりひらり、風に煽られ揺らぐ服は袖に指を通す部分があり、まるで羽の様に広げられるよう可愛らしく(あつら)えてあった。



 その右手は薄く光を灯し、天窓からの月明かりに照らされ彼女の姿は絵画に描かれた一枚の絵のような神秘的な光景を彩る――






 厳粛なまでの静けさに物音といえば風の駆け抜ける音と木々の囁きのみ。





 闇は無言で佇んでいた……。









 ◇




 銅像の前で膝をつき、胸の前で手を組む。


 深呼吸し、吸った空気は清浄。頭の天辺から指先まで澄み渡る清らかさ。仄かに光るのは女神ルーナの祝福の紋章。


 息遣いさえ音を立てるのを(はばか)れる空間にどれくらいいたのか、短いようで長い時間、私はそこで祈りを捧げていた。



 どうも本日、3歳の誕生日を迎えましたルイシエラです。


 3歳の誕生日にはお祝いをするとは聞いていましたが、まさかこんな真面目な儀式だとは思ってませんでした。

 前世でも儀式と言えばミサを連想しますが、その肝心のミサとか行った事ないですし、テレビでちらっと見たぐらいなのにこんな厳かに行われるとは……。




 そもそもなぜこの世界では3歳、5歳、7歳で特別なお祝いをするかというと、まずは赤ん坊の生存率の低さに起因するらしいです。


 原因としてこの世界には前世の様な高度な医療技術は無く、あるとすれば薬草などの薬に頼った内科的な治療のみ。外科的なものとしては治癒魔法によるものしかありません。

 それに加え、外的要因つまりは人に対する外敵が多く主に魔物などの被害は毎年少なくない数の人が犠牲になっています。


 前世では軽い病の風邪でさえこの世界では重い病となります。子供の場合それが顕著で身体が未熟な赤子はすぐに命を落としてしまいます。昔は特にそれが多く10人生まれて無事に3歳越せるのはその3割くらいが良いところです。その為、心身ともにある程度整う3歳を区切りとしそこまで無事に成長できたことを祝うための儀式がこれです。



 自らが信仰する神へと報告と感謝を伝えるために教会にて祈りを捧げる。



 庶民の方はそれだけだそうですが、貴族はそれに加えて無事に成長している事を発表するのを兼ねています。

 生まれてすぐ儚くなる事も少なくはないので、ある程度成長してから生まれた事を公表するそうです。


 私もこの後お披露目のパーティがあります。今から考えるだけで憂鬱です……はぁ。





 ちなみに私が居る場所はアウスヴァン公爵家の屋敷の敷地内に建てられている礼拝堂です。



 木々に隠れるようにひっそりと建てられた建物は歴史を感じる程に古く、緻密な細工で彩られた壁や彫刻が厳粛な雰囲気を醸し出します。


 重厚感溢れる扉を開いた先には思ったよりもこじんまりとした室内。


 壁一面にはそれぞれ三柱神の紋章が描かれ、奥の儀礼台の中央には女神ルーナの銅像。

 銅像の後ろには色とりどりの硝子で作られたステンドグラス。

 細かく細工されたそれは長い年月を経ても色褪せることなく月明かりの元、鮮やかに煌めきます。


 月明かりに照らされた銅像は全てを包み込むような優しげな表情をしています。

 その両手は広げられ、その掌には満月と三日月の彫刻が。満月は欠ける事のない一つの魂を表し、三日月は闇に蝕まれた世界を表しているそうです。



 そんな慈愛の表情をしている銅像ですが、実は角度によっては悲しみに涙しているようにも見える不思議仕様となっております。

 女神の頭には月桂樹の(かんむり)が飾られ、その目はどこか遠くを見つめています。



 ――それはこの世界を愛し、憂いている女神の姿でした。




 月明かりに照らされ私が見上げた女神の銅像は泣き堪えてる様な表情です。

 そんな女神像を見ているとふと「助けて」と声を掛けた女神もこんな表情をしていたのかな?と思いました。




 私がこの世界に生を受けてから3年の月日が経ちます。


 まさかの死亡キャラであるルイシエラに転生したのは驚きましたが、前世とは違った健康的な身体で日々を十分謳歌している私です。

 でも、時折ふと不安になる自分が居ます。



 これで良いのか?本当に大丈夫なのか?

 いつも自問自答を繰り返し、我武者羅に勉強し、修行し、「死にたくない」と思う心のままに行動してきました。


 でもこれが女神が望んだ事なのか、凄く不安になります。


 女神と会ったのは前世での死に際とあの不思議空間の時くらいですし、それ以降は何も音沙汰なしです。


 勝手に自己完結して決めた将来ですが、それが女神が望んだ結果なのか解らないのです。

 私は女神ルーナが好きです。関わりなど希薄なほどの細い繋がりでしかありませんが、それでも損得無しに助けたい。と思うくらいには女神ルーナに感謝と敬愛の念を抱いてます。


 この世界に生まれ変わらせてくれた事を、健康な体をくれた事を、そして勝手にですが親近感を抱いてます。

 神様相手に大罪並な不敬かもしれませんが、もはや友達感覚な自分がいます。困ってたら手を伸ばしたいと思うほど……少し自分に重ねてしまっているのかもしれません。




 しんっと耳に痛い程の静寂は一人の時は恐ろしいですが、今は考えに没頭できる快適な時間です。



 いつも見守ってくれている護衛の方々は待機を言い渡され屋敷の方で待ってます。翡翠さんは私の祈りを誰も邪魔しないように人払いの結界を張ってくれてるそうです。

 母さまは屋敷で待ってくれてますし、父さまは万が一何かあった時の為に礼拝堂の離れた所で待機中です。



 今日、私は3歳になった報告と共に祝福を目覚めさせるため、女神へと乞います。


 実は祝福は力がある程度扱える3歳までは眠っている状態らしいです。そして3歳のこの儀式により力は目覚め発現します。


 まぁ私の場合は魔封病(まふうびょう)に罹ったりとイレギュラーが多く、祝福も若干目覚め始めていたらしいのですが(翡翠さん談)

 やはり正式に女神の手により目覚めさせて貰った方が安全だとのお言葉を翡翠さんより頂きました。





 だから。




「私は……」



 月明かりに照らされた祝福の印。

 女神ルーナの紋章は調節した力により仄かに発光しています。



 長い時をこの礼拝堂の中で祈りを捧げます。

 どうすれば女神から祝福を貰えるか、分かりません。ただ翡翠さんは「祈りを捧げて」と言いました。取り敢えず分からないなりに私の想いを込めて捧げます。


 私の決意ともいえる覚悟を。これからどうするのか。どう生きていくのか。死にたくないと心の底から祈ります。


 ふと顔を出すのは僅かな不安。でも例え女神との意に添わなくても私は生きたいのです。そして――





「っ!」



 ぎゅっと握った右の掌。



 それに呼応するかのように突然紋章が輝き始めたではありませんか!

 閃光ともいえるその光はあっという間に礼拝堂を満たし、私の姿を飲み込みます。





 《貴女に祝福を授けましょう》



 ――どくん、心臓が一際大きな鼓動を奏でました。





 (――嗚呼あつい!アツい!熱い!!)




 カッと燃えたのは私自身か掌か。

 まるで灼熱の炎の中に手を突っ込んだようにいきなり熱を持つ祝福の証が熱くてたまりません!


 熱は右手からどんどん身体へと広がり、腕を通り、胸に広がり、足先から脳へと駆け廻って行きます。

 ぐるぐる止まることの無い熱に口から零れた音は言葉として成してませんでした。



「うぅ、くっ!」



 勝手に涙が溢れて頬を流れる感触がします。



 溶岩のように身体の道筋を流れる力。


 まるで身体が作り替えられているような感覚がします。細胞という細胞が活性化し今まで眠っていた器官という器官が目覚めて活動を始めていきます。

 ぐるぐる熱は巡り、最後に熱は右手へと、役目を終えたと言わんばかりに光もまた右手に集まり集束して――。




 嗚呼、視界が滲み溶けていきます。


 くらり、身体から力が抜けていくのを感じ……あ、やばいと思っても力の入らない身体は地面へと崩れていき。



『まったく』



 ふわり、風と共に声が聞こえた気がしましたが私の意識は私の意思に反して真っ暗な闇へと沈んでいきます。



 意識を失う前に見えた最後の景色。


 それは月光を背負い、嬉しそうな微笑みを浮かべた銅像――女神ルーナの姿でした。






 *





『まったく』



 呆れた言葉を呟いて少女の身体を抱える。


 いきなりの途轍もない気配に驚いて来てみれば祝福の証を光らせて意識を失うお姫様。

 閃光はすでに消え、光は祝福の紋章に仄かな明かりを灯すだけだった。



 儀式の為に人払いが為されている礼拝堂。




 ルイが祈りを捧げていたのもあり静寂に守られたその場所は月光が射し込み、ルイとルイを抱えた翡翠を静かに照らしていた。



 さらりと流れ落ちた深紅の髪を受け止め、腕の中にいるお姫様は穏やかな吐息を吐き目を瞑る。あどけないその年相応の表情に翡翠は自分でも気付かぬほど優しい眼で彼女を見つめていた。


 祝福の覚醒に辛い思いでもしたのか、その頬は濡れ僅かな赤みを宿す。それを添えた手で拭い翡翠はこぼれ落ちたルイのその髪を優しく梳いた。

 綺麗に編み込まれていたはずの髪の毛はいつの間にか崩れ、(ほつ)れてしまい折角の凛々しくも可愛らしい姿が乱れたのを惜しむ気持ちが浮かんだが、髪質の所為で跳ねる毛先が可愛らしく撫でるその手を止めることが出来なかった。――だが。






 ざわり、空気が揺れた。






 月明かりに照らされる礼拝堂の中。神聖な空気を乱す小さな一音。


 しかし確実に鳴るその音に翡翠は礼拝堂の隅。闇に包まれた影を見つめた。


 ざわり、ざわり、蠢くその音は無視できないほどに大きく。そして二人を囲い始める。




『来たか』




 ふわり、翡翠を基点に巻きあがる緑の風。



 それは翡翠の力その物であり、翡翠の能力。




『奪えるものなら奪ってみろよ……雑魚が』




 口に乗せた言葉はルイが起きて聞いていたなら耳を疑うほどに冷たく、殺気が込められていた。


 翡翠は力を解放し、放つ――。



 翡翠の周囲を小さな竜巻が幾つも生じ、それは蠢く影へと放たれた!


 巻き上がる椅子に吹き飛ぶ調度品。しかしそれすら気にも止めず翡翠は力を(ふる)う――。



『悪いがこの子は渡さない!』




 ざわざわざわざわ、礼拝堂の隅に潜む闇が動き出す。








 【闇】


 一言にいえば、この世界を崩壊へと至らせる原因である。


 闇を生み出すものは様々な要因だ。

 一番は人の恨みや辛み、怒りや憎しみなどと言った人の負の感情が多い。

 人の負の感情に影響された無垢な精霊や魔力が穢れを受けてしまい闇に染まってしまう為だ。

 そうして闇と同じものになってしまうのを【闇堕ち】と言うが闇堕ちした魔力は瘴気となり自然を破壊し、精霊は人に影響を及ぼす。人が堕ちれば魔人と成り果て、動物が堕ちれば魔物へと変わり果てる。その先には狂気と混沌、殺戮しかない。


 本来ならばそれを浄化し、広がるのを防ぐ役割を持つ神獣がいるのだが……すでに神獣がこの大陸から姿を消したのは久しい。


 お陰で闇は増幅し、今や世界の危機である。






 闇は粘りつくどろりとした感触を持ってこちらに近づいてくる。



 目的はお姫様だろう。闇は光に惹かれる性質を持っている。浄化してもらう為か、喰らう為か、その真意は解りかねるがそれでも彼女の髪の毛一本でも渡すつもりはない。



『失せろ』



 (こと)()に力を込めて呟く。



 彼女には指一本触れさせやしない、と小さな身体を抱き締め反対の手に力を込めた。

 ブンッと振りかぶり放たれたのは鮮やかな薄緑の一線。

 すると闇との中間に結界の壁が出現し、闇は暫しの足止めを食らう。



 スゥと光るその半身。鮮やかに刻まれた契約印を浮かび上がらせ翡翠は闇を睨んだ。

 その印は契約主であるルイとの繋がりを表すもの。




 ニヤリ、口角を上げて翡翠は嗤う。



 その姿はルイと共にいた時の面影はなく、その笑みは壮絶な狂気に彩られていた。



『精々、足掻いて見せろよ?』




 ぶわりと風が二人に纏わり付く。それは全てを吹き飛ばす荒々しい風。




 ――そこに居たのは暴風の化身たる【風の精霊王】その人だった……。





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