Act.12 [束の間の休息]
お待たせしました。
無欲な程に何も欲しがらない少女。
そんな彼女が唯一望んだ事は呆れる程のありふれた物だった。
純粋な程に乞われたそれを拒否する術を自分は持たなかった……。
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その日は一日。久々のオフの日でした。
勉強も習い事もない休日といったら可笑しいかも知れませんが、子供ながらに社会政治や国語、数学、薬学、歴史の勉強に加え貴族的マナーやダンス、刺繍やら乗馬などの所謂習い事もこなしている私です。
望んだのは自分自身なので仕方がないですが、それでもちょっと息切れしてしまいます。しかも四六時中、朝から晩まで傍には誰かしら居るという緊張感。
そんな毎日についに先日、ストレスからか体調を崩してしまい寝込んでしまいました。
そして本日は、ゼルダ先生より朝からお休みを言い渡されてしまった次第です。
「お嬢様。学ぶ、という事は大切です。立場ある人間にとって無知は罪でありますから。しかしそれを考える。ということも大事なのですよ」
そうゼルダは言いました。片眼鏡の奥の瞳を少しだけ寂しそうに細めて。
今日は今まで学んだことを考えてください。と言ってゼルダは私にバスケットを一つ手渡してきます。
『どうしたんだい?行くよルイ』
「あれ?翡翠さん?」
「それではいってらっしゃいませお嬢様。日暮れまでにはお戻りになられますよう」
私が受け取る前に目の前のバスケットをひょいと受け取ったのは私より大きな手です。反対の手には私の手を掴みその足は屋敷の外へ。
ぐいぐいと引っ張っていく翡翠さんに慌てて付いていきますがその後ろからはゼルダからの声が掛かりました。どうやら今日のお休みは翡翠さんとのお散歩の様です。
「翡翠さん昨日はどこに行ってたんですか?」
『んー?ちょっとね』
屋敷は元々山と山の間の場所に建っており、その後ろに大きな丘を背負っています。上空から見ると三つの山に囲まれた状態でしょう。
背後の丘までの間は鬱蒼と生い茂る森です。樹齢は遥かに百年単位であろう大きな大樹が生え揃う様が圧巻なこの森は代々アウスヴァン公爵家が護ってきた森です。……前世のテレビで見た屋久島などが思い出されテンションが上がる私が居ます。だって森のマイナスイオンがやばいですもの!
眼に優しい緑が青々と生い茂り、小川のせせらぎや草木の香りを身体一杯に吸い込むと今まで感じていた息苦しさも軽減された気がします。
自然って偉大なんだなぁとしみじみ思いました。小さいながらこんな形で知りたくは無かったですけどね。
丘へと至る道は勿論手付かず、という訳もなくきちんと山の遊歩道並みには整備され歩くにはなんの障害もありません。
といっても2歳の歩幅にはきつい木の根の階段などは翡翠さんに助けていただきましたが。
森の動物や草木に目を奪われつつゆったりと歩きます。ふと口を出た言葉は昨夜珍しく傍にいなかった翡翠さんへの問い掛けでした。
しかし答える気は無いのかやんわりとはぐらかされました。ふっと優しげにこちらを見つつ笑う表情はその気は無いと分かっていますが心臓に悪いので止めていただきたい!
あの契約を交わした日から翡翠さんはずっと青年の姿をしています。しかも実体化もしているので普通の人にも見える仕様です。その容姿は絶世のと付いても良いくらい美形なのですよ!
柔らかい絹糸のような薄緑の髪に甘さをふんだんにちりばめた可愛らしいたれ目。その瞳は鮮やかなほどの翡翠色です。薄い唇には笑みが浮かびその眼を細めて笑う笑顔はとっても甘い何かに満ちていて、別に恋人とかそんな関係でもないのに、寧ろ翡翠さんにとってはもしかしたらペットを可愛がる感じかもしれませんが、そんな眼差しで見つめられながら微笑まれたら……勘違いするでしょ!?
この世界は確かに乙女ゲームの世界。その影響なのか結構普通の人々でも容姿のレベルは高いのです。勿論その中でも攻略対象の男性達はもう、それはそれは美しい程の容姿を持つ方々ばかりですがそれと遜色無いくらい翡翠さんの顔はとても整っておられるのです。
小さい姿の時はそこまで気にしてませんでしたが、こうも等身大の姿になると破壊力があるとは思いませんでした。本当に。
最近は慣れたと思っておりましたがまだまだですね。
今の私の顔は赤くなっている事でしょう。頬の辺りが熱いです。
そんな私を不審に思ってか翡翠さんは首を傾げますが、どうか突っ込まないで下さい。
落ち着けー落ち着けーと必死で顔の熱を冷ましているとふわりと翡翠さんの持つバスケットからはなんとも美味しそうな香りが。
幼心についつい欲求に負けそちらを見つめればくすくすと笑う翡翠さん。
『今日はキミへのご褒美だよお姫様』
「ごほうび?」
言葉の意味が分からず首を傾げます。何か褒められる様な事しましたっけ?
『ふふっやっぱり自覚が無いみたいだね。それも良いけど、もう少しキミは我儘になってもいいんだよ?』
我儘ですか?
『そう。あれがやりたい、これがやりたいと言うのも良いけれど。もう少し欲しがって良いんだよ?きみにはその権利がある』
欲しがる。欲しがる。ああ、人形とか?
そう思い付けばぶはっと翡翠さんは吹き出しました。失礼な。
『いや、それでも良いんだけどっクク、自由とか休みとか服とかね。色々あるだろう?』
無欲すぎるよ。と翡翠さんに言われますが十分私は強欲だと思いますが?なんたって死ぬ運命を拒絶して生きたいと思ってますし。そのために惜しむ労力はありません。
ええ、何が何でも生きて見せますよ。
そう思えば翡翠さんは眩しい物を見るような眼で私を見つめていました。
そんな会話をしていればいつの間にか視界が開け、何にも遮られない空が目の前に広がります。
『さぁ、着いたよ。ここは精霊たちの遊び場さ』
「うわぁあ!」
ザァと風が駆け抜け木々を揺らします。
そこは丘の上、こじんまりとした湖があるではありませんか!
鬱蒼と生い茂る木々に囲まれひっそりと佇む静かな水面。
透き通って底すら見えるその湖はとても美しく、自然の力に溢れている場所でした。
ふわりふわりと周囲に浮かぶのは生まれたての精霊さんたちです。翡翠さんの言うとおり、この湖は精霊たちの遊び場なのでしょう。じゃれているように丸い玉の精霊はくるくると回り私の横を駆け抜けていきます。
『さぁ、ここで休憩をしようか』
「はい!」
精霊たちに導かれるように湖へと近付きます!
そぉと覗き込んだ湖面は透明度が高いのか底すら見える程です。魚の影が見えてついおなかが鳴ったのは不可抗力だと言っておきます!
『くくっそういえばずっと登ってきたからね。おなか減っただろう?』
カァと頬を赤く染めていると翡翠さんが笑いながらバスケットを掲げます。そうですゼルダからのご褒美があるではありませんか!
しかしバスケットは大きく私と翡翠さんの2人では食べきれないでしょう。それに良いことを思いつき、ついついにやりと悪い笑顔を浮かべてしまいました。
ふっふっふっ
翡翠さんも言っていたではないですか、たまには我儘を言っていいと。
ならばお願いしようではないですか!
「翡翠さん翡翠さん」
『ん?なんだい?』
「あのね……」
くいくいと袖を引っ張ればしゃがんで目線を合わせてくれる翡翠さん。その綺麗な輝石色の瞳に眼を奪われつつ、こそこそと内緒話をするように囁けば翡翠さんは破顔なされました。
『あっはは!そんな事考えるのはルイぐらいだよ!』
ククッと喉を鳴らす翡翠さんですが私の思い付きには賛成してくれるみたいでそれはそれは実に楽しそうな笑みを浮かべます。
『確かにここにはあの“おっかないの”もいないからね』
おっかないのとはもしやゼルダの事ですか?翡翠さんもやっぱりゼルダは苦手なんですね。
『そりゃあ……あれは反則だと思う』
真顔で言わないで下さい!!怖いんですけど!
最凶の精霊王にすら恐れられるゼルダって本当に何者なんですか……。改めてゼルダの怖さを知ってしまった気がします。
◇
ザァと風が吹き抜ける木々の合間。
かさりかさりと葉が擦れる枝の隙間。そんな場所に彼はいた。
黒尽くめの服を着こなし、気配を消した彼らは野生の動物でさえ気付くのは困難を極める。身の丈よりも大きな枝に寄りかかり彼らが見守るのは遥か先に歩みを進める男と少女。
男は楽しそうに笑い、少女は真っ赤な顔で山登りに奮闘中だった。楽しそうな雰囲気の二人を見つめる彼ら。しかし彼は気付かない。二人を見ているように自分たちもまた見られているという事に……まさか自分たちが狙われているだろうとは露にも思わず和やかな空気にふと表情を緩めた。
ぶはっと吹き出す風の精霊王に彼らは苦笑を浮かべる。また何かお姫様がやらかしたのだろう、と確信にも似た思いで。
(……平和だな~)
(そうだな)
木々や枝に隠れお互い姿を確認することは出来ないがそれでも会話するには何の支障も無かった。
ふと護衛対象のお姫様を見れば何やら精霊王とこそこそと内緒話。
それを見てもう一度呟く。「平和」だと。
そもそも今回の突然の休暇はお姫様であるルイシエラ姫が体調を崩した事と屋敷に訪れる“お客様”が多くなった事に起因する。
まもなく3歳の誕生日を迎えるルイシエラ姫に一目会いたいと騒ぎ始めた貴族がいるのだ。あくまで公な情報は全て伏せられているが、それでも漏れてしまう情報は存在する。それがよりにもよって祝福持ちだという事が高位貴族の一部に漏れてしまったのだ。
お陰でやれお披露目を早めろ、縁談をどうかと口煩い貴族が後を絶たない。
屋敷はそんな馬鹿な貴族の対応に追われ騒がしく、馬鹿な奴等の中でも大馬鹿な奴は使用人の制止を振り切り奥の間へと侵入する始末。勿論その大馬鹿な奴は当主と筆頭執事に文字通り叩き出されたが。
そんな俄かに浮足立つ屋敷で心休まる時間など無いお姫様はとうとう体調を崩してしまった。それに怒り心頭な当主夫妻と側近の使用人達は今頃嬉々として馬鹿な奴等をシメている事だろう……本日はアウスヴァン公爵家並びに王家公認で色々と取り締まりをしているらしい。今日一日で一体どれくらいの貴族の数が変動するか、見物である。
本音を言えば、それに是非とも参加したかった。
しかし個人の感情よりもお姫様の方が大事である。
馬鹿な奴らが起こしてくれた色々な面倒事に、お姫様に対しての暴言暴挙は到底許せるものではなかったが、その辺は色々と言い包めて仲間には託しているので結果を聞くのが今から楽しみだった。
それにこの森は何者にも侵されること無い神域。
アウスヴァン公爵家が始まったその時からこの森は守られ、古の精霊が息づく……精霊たちの楽園だった。
この森には精霊により認められた者しか入ることが出来ない。それゆえに流石にここまで侵入してくる者も居らず護衛である彼らも一時の安らぎに一息吐いた――そんな時。
(っ!?)
(な!!)
突如として襲う途轍もない殺気。
ざわっと騒ぐ木々に鳥たちが悲鳴を上げながら空へと逃げていく……。
背中に冷や汗が流れるのを感じる。それは恐怖、だった。
気を抜いてしまっていたのもあるだろう。しかしそんな気配も兆候も無かった。ただいきなり空気に混じったその強烈な程の殺気は彼らの判断を一瞬だけ鈍らせてしまう。
(なんだよこれ!?)
(知るかよ!)
バッと先に飛び降りたのはどちらか。身の危険を知らせる警報を感じつつ彼らの頭にあるのは自分自身の安全などではなく、この道の先で楽しげに笑っていたたった一人のお姫様の事だけだった。
地面を踏み締め駆けだす。気が付けば先ほどまでいた筈の野生の動物たちが一匹も居なかった。ピリピリと肌を刺すそれはよく身に覚えのある類の気配。生死の境を隔てる強い、強い殺気だった。
しかし人間が発する様なものではないと彼らの勘が告げる。それは未知の相手。不気味な存在に彼らは瞬時に判断を下した。
――駆け出した先は丘の頂上。
彼らはここで敵の相手をするのではなくお姫様を連れて屋敷へと引き返す事を判断した。
相手が人間ならば仮令大人数だとしても彼ら二人で十分だが、そんな生易しいものには到底思えなかった。だからこそ彼らは一番安全な方法を取る。
お姫様を守る為に命を掛けるのは容易い。仮令敵わない相手であろうともその戦いの先が死しか無くてもその前に立ちはだかりお姫様を守る楯となろう。
しかしここで二人とも倒れればそれはお姫様の危機に直結するのだ。
忘れていけないのは何を優先とするか。教育係りのゼルダから骨の髄まで叩き込まれているのはお姫様の安全を最優先。それだけだ。ならばどうすればお姫様を安全に守れるか。
風は止み、緊迫した雰囲気の中を彼らは駆け抜けていく。早く。早く。守る為に一分一秒も無駄には出来ない。
まるで森全体が敵になったかのように殺気は段々と森に浸透していき木々がざわめき蠢く。
木の影が、木の葉の影が、草木の後ろから至るところから同様の殺気が自分たちを取り囲んでいく。
命のやり取りをしているからこそ分かるその気配の強さ。自分たちでは到底敵わないと理解してしまう自分たちの感覚が嫌になるほどだった。
気配は二人を追い掛けるようにどんどんその距離を縮めていく。忌々しげに舌打ちをしたのは二人の内のどちらか。追い立てるように後ろから迫る気配に二人は目配せし互いの役割を確認した。
(頼んだぞ)
(そっちこそな)
目を合わせるのは一瞬。それだけで足りる。
進む者と立ち止まる者。
瞬時に判断した己の役割。
防御に長けた男は足止めに立ちはだかり、攻撃に長けた男は先を進む。
迫り来る気配の目の前に立ちはだかった男は己の武器を構えて少しでも時間稼ぎをするために気合いを入れた。
ここでの戦闘が長引けば長引くほどお姫様の安全は確実なものとなる。それが分かっているからこそ男は相棒に託したのだ。守りたいお姫様を。
「悪いがここで通行止めだ」
いつもの笑みは無く、男は森の暗がりを睨んだ。かさり、かさり、葉が擦れる音しか鳴らない森に一つの異音。不気味なその音と気配に固まる足を叱咤する。
この先には行かせない。それが男の覚悟であり、決意だった。
キリリ、キリリと緊張の糸が引き延ばされる幻聴が聞こえる気がした。どんな異変も見逃さないと眼を見開き耳を研ぎ澄ませ、荒くなる呼吸をどうにか押さえる。すると。
「っ!」
ぞわっと背中を悪寒が走った。息を飲み脊髄反射で避けた先。それを良く視るために克目した眼は突然吹いた突風により閉じざるをえなかった。
ゴォと耳を覆う轟音。歯を食いしばり耐える身体だったが、悲鳴は暴風の中に消えて行く……。
*
地を駆ける。早く。早く。風より早く。と心が逸る。
草木をなぎ倒し、道無き道を駆け抜ける。身体に当たる枝に裂傷が刻まれるがそんなのに構ってはいられない。
先ほどの不気味な気配に男は悔しそうに唇を噛み締めた。
――敵わないと、一瞬で思い至った。
殺されると、幾多の修羅場をくぐった筈の自分たちが気圧される程の殺気。
不覚にも久しく感じた恐怖に身体が動かなかった。
苦肉の策として二手に別れたが、長年共に戦ってきた相棒を思うと鉛を飲み込んだように身体が重くなる。しかし早くお姫様を回収して屋敷へと帰らなければ、相棒の死は無駄になってしまうだろう。
まだ確定した訳ではないが、それでもあの殺気の持ち主とやりあえば先は見えていた。
それよりも何故この森に?と疑問が尽きる事が無い。この森は不可侵の森。神域として選ばれた者しか入る事が出来ない。
彼らは風の精霊王より許可を貰ったが故に森に足を踏み入れる事を許された。ならばあの敵はどうやって?一体何者なんだ?
ぐるぐると尽きない疑問が頭を巡る。思考は最高速に回転し、これからの行動を考えながらも疑問を冷静に並べていく。
しかし。
「ぁぁああうわわあああ!!!」
「なっ!?」
一瞬で背後からいきなりぶつかる衝撃。ぐわんと頭が揺れ視界がぶれてしまった。
それよりも何故――。
「何でお前がここいいる!?」
「それはオレのセリフだァアああ!!!」
助けてぇぇえ!とまるで竜巻の様な途轍もない暴風に囲まれ飛んでくのは先ほど別れた筈の仲間だった。
轟々と風の音と共にフェードアウトしていく仲間の声。その姿はもう見えない。しかしその竜巻の向かう先は丘の頂上。
「くっ!」
仲間が去った後を追いかける様に現れたのは同じような吹き荒ぶ一陣の風。
男は飛ばされぬように手近にあった木へとしがみ付くが、そんな努力をあざ笑うように風はどんどん力を強め一つの竜巻へと変化した。
もがく様に暴れた手足はむなしく宙を掻き男は暴風に吹き飛ばされる。
宙に放り出される不快感が男の口からうめき声を発した。
竜巻は男の身体を飲み込み。そしてゆっくりと移動していく――。初めて我儘を口にした彼らのお姫様の元へと。
◇
「翡翠さん…」
『なんだいお姫様?』
「これは一体どういうことですか!?」
『どうって……』
私の目の前にはぐったりとした様子の二人の男性。
真っ黒なフード付きの外套に身を包み、目鼻を隠す上半分の仮面で顔を隠している彼らはいつも私の護衛をしてくれている方々です。
でも何故こんな惨状になっているのか、翡翠さんを問い詰めると。
『あの子たちがはりきっちゃったみたいだね』
張り切ったって……何をしたんですか!?
そこには翡翠さんの顔の横に浮かぶ数体の精霊の子供が。褒めて!褒めて!とゆらゆらと揺れているのを見るとちょっと良心が痛みますが……。
あくまでこの子たちは私の願い事を叶えただけですし、いやいやでも!
「なんでこんなグロッキーなんですか!?」
うっと口を押さえる男性を介抱しつつ叫びます。明らかに酔ったみたいな状態の二人。一人は地面に仰向けに倒れ呻いてますし、もう一人は四つん這いで木の根元で蹲っています。
ちょっとぉぉお!と叫びながらその手は木の根元で蹲る方の背を擦り少しでも楽になるようにと気持ちを込めますが……。
「っう!」
少しは落ち着いたのか、ハッと気付いた彼は私の顔を見るなりいきなり飛び退いたでは無いですか!
しかもあまりの驚きようについ瞬きをすればいつの間にか仲間の男性の元に。パァアンと良い音が鳴ったのは彼が男性の頭を叩いたからでした。
ええぇぇぇ!!!!流石にそれは殺生な!
まだ回復していない男性は自分の頭を叩いたのが誰かは理解しているらしく。青白い顔をしたまま顔を前に向けました。
って良いんですか!?理不尽に頭叩かれたんですよ?!
「無理……オレ動けない……」
「くそっ」
まさかの仲間の横暴さに突っ込みも無く男性は力なく答えます。悪態を吐く彼もまだ気持ち悪いのか声は少し震えていました。
どうやら二人とも思ったより若い方のようです。声を聞く限り、もしかしたらまだ十代かもしれません。
どちらかと言えば彼らはとても細身に見えますが、きちんと筋肉は付いているようで先ほど触った感じでは随分と手練れのようです。いやこれはセクハラとかじゃないですから。純粋な心配故に触った結果ですから!
と、それよりもどうやらこの場から立ち去る気満々のお二人。さっきまで蹲っていた方はお仲間さんを乱暴に起こし、支えながらも引き摺るように森へと進んでいきます。
ってちょっと待ってください! 私は慌てて二人の進路に立ちはだかりました。
「ま、待ってください!あの一緒に……」
「申し訳ございません。すぐに立ち去りますのでどうかこの事は……」
言葉を遮ったのはとても固い声でした。びくりとつい肩が震えてしまいます。
はっきりとした拒絶の色が入った声につい恐怖心が浮かんでしまいました。
生まれてこのかた甘やかされているのは分かっていましたが、まさかこんなきっぱりと拒絶されるのは初めてで……。
あ、やばい泣きそうです。
『まぁまぁ、初めてのお姫様の我が儘なんだから聞いてあげなよ』
すいっと私の前に立ちはだかる翡翠さん。私の代わりに二人の前に立ち言い放ちます。
『お姫様がキミたちとの食事を希望しているんだ。いいだろ?』
は?と固まった二人。それに後悔が次から次へと浮かんできます。
安易にみんなで食事を食べたいと思ってしまった私の馬鹿。と心の中で罵ります。
軽い気持ちで望んだ事ですが、立場的には正直許されないことです。彼らは特に一般人でもなければ堂々と表を歩けぬ日陰の人間。それをゼルダから懇々と言い聞かされたのはつい最近の事です。
しかもこんな事をすれば責められるの私ではありません。仮令それがどんなに理不尽な事でも責められるのは彼らでしょう。それが身分の差なのだと理解はしています。
でも、私は――
ずるずると鼻水まで出てきてしまいました。
こんな顔みられたらゼルダからは令嬢にあるまじきと雷が落とされます。……いえ、雷なんて優しいものではないですね。
拒絶されることにまだ慣れていない2歳の私の心が……もう少しで3歳ですが、心に精神が引っ張られついに涙の膜が決壊し頬を雫が伝う感覚がします。
ぎくりと肩を揺らしたのは翡翠さんです。彼は驚いた表情でこちらを振り向き瞠目しました。
翡翠さん越しで護衛のお二人も驚いた表情でこちらを見ています。うぅ止まりませんん
本当はこんな我儘を言ってしまった事を謝らなきゃいけないのに口から飛び出すのは言葉にならないしゃっくりのみです。
『ル、ルイ!?どうしたんだい?』
ふわりと抱き締めてくれる翡翠さんの温かさがより涙を誘います。
そんな優しくされる権利など無いのですから。我儘を言って相手を困らせるなんて上に立つ者として失格です。
そんな心を読んでか翡翠さんが心配そうな表情を一変、破顔なされます。
『馬鹿だなぁ』
はい、私は馬鹿です。
『いやまぁそうなんだけど、そうじゃないっていうか』
いえ、我儘を言って周囲を困らせる私は大馬鹿者なのです。
『やれやれ。言った筈だよルイ。キミはもう少し我儘を言った方が良い。それにこれは我儘の内に入らないと思うけど?』
でも彼らの仕事を邪魔し、なおかつ困らせているのです。これが我儘と言わず何が我儘なんでしょう。
ひくひくと喉が震えます。呼吸が苦しいですが、まずは彼らに謝らなければ。
「ごっごめ、ごめんっひくっ、ごめんなさい!」
私と翡翠さんの会話は翡翠さんが私の心を読んでの会話なので、一方的な言葉しか分からなかった事でしょう。少しぽかんとしている二人に途切れ途切れですが精一杯伝えます。
その間にもだらだらと流れる涙にずびっとちょっと汚い音を立ててしまいました。恥ずかしいですが鼻をかむ物も無いので必死に垂れるのだけは死守します。
するとずっと無言だった護衛の二人の内。先ほどまで倒れていた方が口を開きます。
「お姫さんは……俺たちと飯食べたいのか?っていてぇよ!」
バシッと良い音で叩かれた頭を押さえて彼が声を荒らげました。
しかしそんな声も無視で支えている方の彼はゆっくりと口を開きます。
どこか戸惑ったような気配にまた迷惑をかけてしまったと後悔が涙腺を刺激しまくります。
「……お嬢様。私たちの様な者に心を割く必要はありま「そーいう所がお前の悪いところなんだよ」――なんだと」
丁寧に諭す言葉が今の私の心にはより大ダメージです。
うぅぅ まだ止まる気配の無い涙を拭ってくれる翡翠さんは優しいですが、なにやら雲行きの怪しい会話が……。
「お前、真面目も良いけどお姫さん泣かしてどうするんだよ」
「しかし俺たちは」
「お姫さんが望んだんだ。初めての我が儘をお前は拒絶するのかよ?」
「だが」
……なにやら段々と口論に発展しているのは私の気のせいでしょうか?
『やれやれ面倒くさいね』
いやいや翡翠さん止めてくださいよ!
お願いですから!!
やれやれと言わんばかりの呆れた表情の翡翠さん。二人はいつの間にかお互い掴み掛かるほどの喧嘩に発展し、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの私の周りには慰めるように精霊達が踊っています。
――うん。この混沌どうしようか。
客観的な立場で見た時のこの混乱。誰か止めてくれと切実に思った私でした。