Act.11 [ファンタジーな世界]
今回は説明回です!
色とりどりに光を発する丸い物体。
まるで前世でのイルミネーションみたいでキラキラして見惚れるけれど、見た目に反してそれは恐ろしい力を秘めたものだった。
良くも悪くも使い方次第で人を守るモノになり、人を害するモノになる力。
純粋な力その物であり、純粋な感情を持つもの。
願わくば――私は守るために使いたい……。
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『さぁ、お姫様今日もやろうか』
「はい。翡翠さん」
翡翠さんの声に頷きつつ気合いを入れます!
訓練室と名付けられているその名の通りだだっ広い部屋にいるのは私と実体化している翡翠さんのみです。
元々ダンスの練習や軽い運動をするための部屋はとても頑丈な造りとなっており、窓も他の部屋に比べれば小さく武骨な板張りの床と窓はテレビで見た道場を思い出します。
等間隔に並び開け放たれた窓からは緩やかな風が入り込み、ふわりふわりと私の髪を遊びます。けどよく視てみれば――くすくすと無邪気に笑う小さな妖精が。
新緑の髪色の妖精さんは私の髪の毛を一房掬い、笑いながら引っ張ったり絡めたりと楽しそうです。
そんな今日はゼルダとのお勉強はお休みで翡翠さんと魔術の修行なのです!
まさかのファンタジーきたー!!!と全私が叫びます。
やはり前世での現代社会のオタク人ならば一度は夢見る展開ですよね!分かります。中二病だと言われても構いません!ラノベ展開キター!と叫びますよ!
『さて、前に説明したとおりまずは自分の魔力を感じてみて』
「はい」
心は期待に滾りつつ、促されるままに目を閉じて深呼吸します。
視界を閉じて視覚を遮断し、自分の身体に意識を集中させます。
吸って、吐いて。ゆっくりと深呼吸する度に心臓の部分と頭から感じる仄かな温かさ。それは自分の体温ではなく身体に宿る魔力の温かさです。
ポゥと何かが灯るように感じる温もり。
しかし頭に感じる温もりはどんどん熱が奪われるかのように薄れていき、心臓に感じる温もりは逆に熱が籠るかのように段々と熱く感じます。
それは私の身体の欠点を表していました。
◇
基本的に人の身体に宿る魔力は大体二通りの呼び名があります。
身体に宿る魔力の根源を【魂魄】と呼び表し、通常魔法を行使する為に使う魔力は【放出魔力】と呼ばれ魂魄の魂=精神から発せられます。
魂は魔力の源泉であり生み出す器官だというのを基本理念とし、放出魔力は精神力を現します。
その精神の強さに比例してその魔力の量は変動し、外の魔力【自然魔力】を引き付けて吸収。魔法へと成します。
次に魂魄の魄=肉体から発せられる魔力を【含有魔力】と呼びます。
肉体は魔力の器であり制御器官というのを基本理念とし、含有魔力は生命力を表します。
その生命力の強さに比例してその魔力の質は変わり、肉体に影響を与えます。
簡単に前世での言葉を借りれば、放出魔力はMP、含有魔力はHPと考えてください。
この二つの魔力が魔穴を通り、身体を循環するのが正常な状態です。
余談ですが属性は放出魔力が関係し、含有魔力は基本的に無属性です。
血液のように常に巡り恒常する二つの魔力ですが、魔封病で魔穴が閉じてしまうと逆流して含有魔力は肉体を壊し、放出魔力は精神を侵してしまうのです。
魔封病患者は基本的に精神が壊れるか、肉体が壊れるかの順序はありますが最後は死ぬのが普通です。治療法という治療法はありません。
ですが私の場合は含有魔力を受け入れる器が無限に近いほどの大きさなので含有魔力が身体を壊すことなく、翡翠さんが敢えて契約印から無属性の魔力を注いでくれる事で流れを生み出し、器をコーティングしてくれているので私の身体は外からの魔力を受け付けない状態なのです。
もし翡翠さんの機転が無くて、含有魔力が溜まるだけ溜まっていたならば私の器である身体は逆に腐り始めていたと聞きぞっとしました。そんなの御免被りますから!
まぁ命を狙われている身としては卑怯な程の防御力ですが、残念ながらデメリットもあります。外からの魔力を受け付けないということは治療魔法なども受け付けないという事なのです。
お陰で怪我や病は自己治癒能力に頼るしか無いのですが、半端無い含有魔力が治癒能力を最大限底上げしているため軽いものはたちどころに治ります。
そして放出魔力はどうなっているかと言うと、私の身体を基点に周囲に広がっているようで……まるで液体が零れ落ちて床に広がるように、立ち上る煙のように、歪ですが身体から離れられない魔力は行き場を探すように周囲に散らばっています。本来ならば逆流して精神を侵すそうですが私の場合は含有魔力での鎧がある為にそれすら弾かれ、ただ空間を漂います。
そんな魔力に惹き付けられているのが周囲の自然魔力や精霊、妖精の皆さんらしいです。
篝火に惹かれ身を焦がす夏虫のように。
蜜に惹かれ集まる虫のように。
簡単に言えば妖精&精霊ホイホイが私です。偉大な存在を虫扱いもどうかと思いますが言葉的にはそれがぴったりなので仕方無いのです。
私の魔力は高純度、高品質の“最高級の魔力”(笑)らしいので魔力を糧にしたりする精霊や妖精は無意識に惹かれてしまうそうです。
しかも祝福の影響なのか私の魔力は他人の魔力との順応性が高く、私自身が他人の魔封病を治せる可能性もあるとの事。
翡翠さんからは「反則だよね」とにっこり笑顔で言われました。
そんな事を言われても……と思いましたが本来、魔力の譲渡などはとても難しく困難なのでそれが可能ならば今まで不治の病と呼ばれてきた魔力が原因の病気を治すことが出来ますし、妖精精霊達に与えれば力の増幅、祝福の効果を若干ですが与えることが出来るみたいです。
ちなみに残念ながら彼らは勝手に私の魔力を得ることは出来ません。基本的に等価交換がこの世界の理です。何かを得るためには代償を。契約を交わすには供物を。
翡翠さんはその余り余っている放出魔力と引き換えに情報を得ることを助言してくれました。
特に精霊は自然魔力共々人の放出魔力=人の心に敏感で影響を受けやすい存在です。
まだ明確な意思を持たない精霊は特に純粋で人の影響を受け善にも悪にも簡単に染まってしまいます。
そんな精霊に魔力を与えればある程度ですが守護の役割をしてくれるそうで、微々たる力ですがそうして無垢な精霊達を守ってくれと言われました。
同じ精霊なので翡翠さんも思うところがあるみたいです。
『……ルイ?』
「――はい。大丈夫です」
不意に言葉をかけられ内心動揺しますが何食わぬ顔で目を開けます。
そこには心配そうな表情の翡翠さん。元々恰好良かったですが、成長し等身大の美青年が目の前に居る事実に動揺して身体を揺らしてしまいます。
眼福、眼福とか思ってないですよ。美形が心配そうに顔を覗き込んでくるとかどこの乙女ゲーか!いや、確かにこの世界は乙女ゲーの世界ですけどね!!
『少し魔力がぶれてるよ?何かあった?』
「いえ」
翡翠さんのドアップ顔に動揺したとは言えないので少し目を逸らします。なんか良心が痛いのはなぜでしょう。
それは兎も角、目を開けてびっくりしたのは何も翡翠さんとの距離だけではなく私を取り囲む色とりどりの光る玉にもびっくりしました。
どうやら私の魔力に惹き付けられたのでしょう。気付くと先ほどまで私の髪の毛で遊んでいた妖精さんが自然魔力に纏わり付かれて慌ててました。どうやら巻き込んでしまったみたいです。
「ふふっ」
ひょいといつかの母さまのように妖精さんを優しく摘み助けます。
≪ありがとう≫
音無く頭に響く声。それが妖精さんの声です。
個々に違いはあるそうですが、よく一緒にいる彼女は人の言葉を発することができません。彼女の言葉が聞けるのは私の様な【魔眼】の持ち主か、精霊術師だけだと言われました。
『ルイ。遊ぶのも良いけど、まずは練習だろ』
「あ、はい。ごめんなさい」
ついつい妖精さんの可愛らしさにデレデレとしていると翡翠さんから注意を受けてしまいました。
名残惜しげに妖精さんを離して、改めて翡翠さんに向き直ります。
『まったく。取り敢えず、この前教えた陣は覚えたかい?』
「はい。基本的なものならば……」
腕組みをしてむすっと不機嫌な翡翠さん。どうやら機嫌を損ねてしまったようです。
ちなみに基本的に魔穴が閉じてしまっている私は普通の人が扱うような魔法を使えません。放出魔力を制御する含有魔力との繋がりである魔穴が閉じてしまっているので、どうしても出来ない事でした。
【魔法】とは基本、放出魔力により自然魔力を集め、一節の言葉を呪文とし発動する魔術です。その強弱は放出魔力の量で異なります。そして制御は含有魔力により為されます。
普通の人も魔力は持っていますが、魔法は放出魔力が一定以上の量がなければ発動出来ないのです。その為魔術師は特別役職として国により管理されてます。
そして私は量はありますが、魔穴が閉じているので【魔法】は使えません。
その代わり私が行うのは【魔術】なのです!
魔法と魔術の違いは基本的にその発動に使う魔力は量、ではなく質で決まるという点です。
本来の魔法は魔術の事を指していましたが今はもう量はあっても質が落ちているというのが現状です。
その為に古の賢者が魔術を簡易的に、そして質ではなく量を使うことで発動する魔術を考案し【魔法】と呼ぶことになりました。役職の呼び名は昔の名残です。
そして魔術に使う魔力は放出魔力ではなく、含有魔力。私にぴったりの魔法なのです!
『じゃあ、風の魔方陣を描いてみて』
「はい!」
翡翠さんの言葉に従って行動を開始します!
勝手にやると何があるか分からないので慎重に。丁寧に。
ちなみに含有魔力を扱う為に使うのは血液です。本当は魔力自体で陣を描くようなのですが、その描くための魔力は放出魔力の為に断念しました。一応試したんですよ。でも周囲に無理やり集めることは出来てもそれを線として扱うことは出来ませんでした。とほほ。
ちくっと痛いですが我慢して指に傷を付けます。私の血液は含有魔力が多分に含まれており、血液自体が魔力の塊になっているそうです。なので魔術の行使には十分な触媒なのだとか。
魔術はそれぞれの属性魔方陣が存在し、その魔方陣に呪文を唱え発動します。
魔法より属性の縛りが無く、質が高ければ高いほど低コストで扱え、しかも威力も魔法とは桁違いです。
なので古の魔術師は大層恐れられた存在だったとか。
ぽたり、一粒の雫が用意した紙に染み込みます。
鮮やかな朱色の私の血。
視るだけでその血に含まれている魔力の大きさ、質の高さが分かります。
私は火属性と光属性が強い魔力の為、まるで空気と触れて化学反応を起こしたようにゆらり、陽炎のような揺らめきが血液から立ち上り、仄かな光を宿します。
ごくり、唾を飲み込んだのは誰なのか。それを考えるよりも先に私は身体が覚えた形に指を滑らせます。
一筆書きで書いた魔方陣。所々迷いに滲み掠れているのはご愛敬。
『上出来だよ。さぁ、呪文を』
緊張に強張る身体に深呼吸をしてリラックスを心掛け翡翠さんを見上げれば返答の頷きが。
傷つけた指先は含有魔力のお陰ですぐに治ります。傷跡も無くなった指を見て気合いを入れます。ここからが踏ん張りどころです!!
翡翠さんからの教えを思い出して描いた魔方陣に意識を集めます。それはあの精神統一した時のように、静かに心を落ち着かせ――そして紡ぎます。
この世界の森羅万象を動かす力を!
「我、ルイシエラの名の下に命ずる。逆巻く風よ、巻き起こり、吹き抜け、暴風と成せ ――ウィンドブロウ!」
一句一句間違わない様に力込めて言い切ります!
名は命じる者を表し、現象を表す単語はイメージしやすくするためと発動の結果を示す言葉だそうです。
これさえ押さえれば自分の魔術の考案も出来ると翡翠さんに言われました。
しかし。
「え!きゃあぁああああ!!」
発動の証に光り輝く魔方陣。無事成功しましたが思った以上の風に押されてしまいます!!
ちょ!こんなはずじゃ!!
ばさっと視界を遮る布。
あっぷあっぷと溺れた人のように万歳したままうっすらと開けた視界には私の瞳を淡くしたような色が広がり、どこかで見たような……?
『……白か』
「なっ!」
見た事あるではありません!それは今、まさに私が着ているドレスの布ではありませんか!!
風の勢いに万歳状態の私ですがスカート部分が風に捲られて完璧に晒しています。何がとか聞かないで下さい!!
「なっなななな!!なぁ!!」
『まぁ白も良いね。お姫様に合ってるよ』
翡翠さん!にっこり言っていい発言じゃないですよそれは!!
「……お嬢様?」
「ひぃ!」
なぜここにいるんですか!?
後ろからそっと掛けられた言葉に戦慄します。絶っ対っ後ろを振り向けないです!否、振り向いたらなんか人生が終わりそうな予感さえします。
ばたばたと暴れていた風は開け放たれていた窓から外に出ていき効力は無くなりました。
本日も実にいい天気ですね。鳥が平和な空に飛び立ちます。ええ。現実逃避ですよ。
「お話を伺っても?」
「ひぃぃい!!」
走って逃げようと構えた体勢で肩を掴まれました。に、逃げられない!!
ぎぎぎっと錆付いた音を立てながら振り返った先。そこにはにっこりと誰もが見惚れる笑みを浮かべたゼルダさん。
あ、終わった。と思いました。
絶対私は悪くないですから!!