出撃
―――― 帝國歴 336年 9月 25日
王都ガルディブルク
暑さも一息ついた九月の終わり頃。
ガルディブルク城下には各公爵の手持ち騎士団が沓を並べていた。
その数はおよそ二万。臨時で編成したものとは言え、士気は高くあった。
「我らが太陽王に剣捧げ!」
馬上にある騎士達が一斉に剣を抜き放ち太陽王に剣を捧げる。
それらを前にして愛馬モレラに跨がったカリオンも剣を抜いて答礼を送った。
祖父シュサの使っていた戦衣の丈を整え纏ったカリオンは、輝く太陽をシンボライズしたマントを羽織っていた。
「王よ! どうかお考え直しを!」
そのマントを捕まえ、声を上げている者達が居る。
幼少の頃からカリオンに遣えてきたヨハンを筆頭に、近衛師団を預かるジョージスペンサーや、その近衛第一師団で騎兵団長補佐の修行に励んでいるフレデリックも居た。
「若! いくらなんでも!」
「大丈夫だって。私はル・ガルで一番運がいい男だから」
少しばかりマジになっているヨハンを宥めたカリオンは、諫言など全く意に介していない風にしてヘラヘラと笑い、モレラのたてがみなど弄って機嫌を取っているような状態だ。
そのモレラとて、いつも馬房と運動場を往復する毎日でやたら不機嫌だったのだが、この日は久しぶりに主を乗せて街へ出たのだから驚くほどにご機嫌だ。はやく走ろうと言わんばかりにやる気を漲らせている。
「ならばせめて隊列の中央へ……」
懇願するようなジョージの声を半ば聞き流しているカリオンは、その後に何かを言おうとしたヨハンを制し、城の馬房をじっと見た。薄暗がりの中から黒毛に覆われた精悍な馬が姿を現すと周囲から『オォ!』と歓声が上がる。
黒染めの馬上衣装に胸当てをつけ、背中ではなく腰に馬上太刀を差したゼルが姿を現したのだ。黒い頭巾を頭にかぶり、その後ろに流れる黒染めのマントは銀の鎖で胸に留めていた。
「父上!」
「どうだ? 決まってんだろ」
「……バッチリです!」
気安い親子の会話を交わしたゼルとカリオンは、居並ぶ皆の前に馬で並んだ。
そして、やや遅れて姿を現したのは王の小姓として黒の詰襟を着込んだイワオだった。兄トウリや姉リリスと同じく、騎兵総監の育てた人間であるからして、馬は乗れて当たり前のレベルだ。
気楽な表情で構えているゼルやカリオンは緊張するイワオをみて、遠慮する事無くアレコレいじっている。そんな姿を見てか、もはやヨハンもジョージも王を止める言葉が無かった。
「諸君! 私の我儘につき合わせて済まない」
開口第一声にそう発したカリオンだが、居並ぶ騎士は笑みを浮かべて剣を翳し、王の声にこたえた。
「我らが太陽王に歓呼三唱!」
城の広場を埋め尽くした騎兵が一斉に剣を抜き放ち『オォォォ!!!』と歓呼を三度叫んだ。その声に市民たちが両手を突き上げ、同じように叫んでいた。
「諸君。これより反乱分子であるフレミナ家一門を粛正にむかう」
ハッキリと反乱分子だと言い切ったカリオン。
その声が真っ青なガルディブルクの空に溶けていく。
ふと辺りを伺ったゼルは、多くの騎士がやる気を漲らせているのに気が付く。
根深い対立の歴史が遂に終わろうとしているのだが、正直、ゼルにはどうでも良いことだ。
――さて……
――カウリが軽はずみな事をしなければ良いが……
募る不安の種はいくらでもある。
これから先の時代に誰がカリオンを支えるのかと考えれば、やはりカウリに死んでもらっては困る。なんとか上手く話をまとめねばと思案に暮れているのだが、そんな親の心子知らずを地でいくように、カリオンはどこか上機嫌でいた。
「諸君等は血気に逸り積年の思いを遂げんと思っていることだろう。しかし――
居並ぶ騎兵達の目が笑っている
カリオンの目も笑っている
いよいよ始まるのだという期待が溢れている
――私個人としては、ル・ガル全体の利益もそうだが、どちらかというとだな」
グルリと辺りを見回したカリオンは恥ずかしそうな表情を浮かべ苦笑いした。
「惚れた女を奪い返しに行くだけだ」
スパッと言い切ったカリオンの言葉に、集まっていた騎兵が大笑いを始めた。
それに釣られカリオンも笑い出したのだが、騎兵を率いていた何処かの少佐が胸を張って答えた。
「我が王よ! 我らは王の矛であり王の楯であります。つまり!」
その言葉の続きは別の隊の先頭にいた大柄な黒毛のイヌが続けた。
胸に光る階級章は中佐だ。そして、幾つもの従軍記念勲章を持っている。
「我らを存分にお使いください。むしろ使い潰してください。ただ……」
その中佐がチラリと目線を向けた先には、騎兵大隊を束ねる連隊長が居た。参謀の飾緒を幾つも下げた大佐だ。様々な種の特徴を兼ね備えた典型的な雑種だが、その胸に光る勲章の数は驚く程だった。
「王よ。どうか王妃救出の一番手柄に名誉をお与えください」
大佐の言を解りやすく解釈するなら『勲章を寄越せ』だろう。
カリオンはそう理解したし、ゼルもそう思った。
「解った。このル・ガル一番の兵が誰だか、この目で見届けよう」
カリオンのこの言で再び広場が大きく湧いた。
戦場での手柄争いが死に繋がることなど論を待たない。
だが、それでも手柄ほしさに騎兵は働く。
全ては名誉のために。
それこそ騎兵の本懐だ。
「では、行こうか」
モレラの首を返して進もうとしたとき、カリオンの目の前にはジョージ・スペンサーがいた。愛馬に跨がり騎兵の槍を持っていた。
「若王! それは私の仕事ですぞ!」
せめて俺を通せと顔に書いてあるジョージは、もはやあきらめ顔だ。
だが、そんな姿を見たカリオンは不意に、兵学校時代のジョニーを思い出す。
「ジョー 行軍開始だ」
「ハッ!」
ジョージの手が空中で二度ほど円を描いた。
全体進めの合図を送り、そしてカリオンの出発を促す。
「楽しい旅になりそうだな」
「私の胃には穴が空きそうです」
ジョージに並んで軽口を叩いたゼルの一言だが、それを聞いたジョージは泣き言をこぼしている。ガルディブルクの中央広場を出発した騎兵の一団は、四列縦隊の堂々たる布陣を揃え、カリオンの号令一下に王都を出撃して行った。
およそ二万の兵を揃えたル・ガルの騎兵連隊はガルディブルク郊外で更に二万を加え、そして各地で途中参加の騎兵や歩兵や各地の自衛騎士団などを続々と吸収して行った。
「凄いや……」
「これがル・ガルだ。よく見ておけ」
感嘆するイワオにゼルはアレコレと指導の言葉を掛ける。その間にも成長を続ける討伐隊はいつの間にか大軍団へと成長し、討伐隊と言うより討伐軍となった軍勢は古都ソティスまで五十リーグの道のりを淡々と進みつつ、凡そ五リーグ毎に野営陣地を設置し始めた。
「なんでアチコチに野営陣地を作るのですか?」
イワオは家庭教師状態になったゼルへ問うた。
ビッグストンへ行けば嫌でも学ぶ事になる戦線補給理論や、騎兵たちの行軍に掛かる糧秣計算の基礎知識を実地で身に着けている。
「軍の基本は打撃力じゃ無い。補給力なんだ。戦線を維持する能力がどれ位あるかで決まるもんさ。飯が無けりゃ馬も人も戦えないだろ?」
「……そうですね」
ある意味で初めて広い世界を見たイワオは、驚くばかりの時間を過ごしている。そんなイワオを他所にル・ガル国軍は実にシステマチックな動きを見せていて、当直士官の点呼では総勢十万を越えているとカリオンへ報告が上がっていた。
「ジョー。機動軍と突撃隊と、そして陣地防衛軍を上手く編成して」
「お任せください」
「じゃぁ、明日にでも各隊の隊長を集め打ち合わせしよう」
「ハッ!」
独自の勘定では十二万少々と総戦力をはじき出したゼル。
――さて、どう勝つか……
カリオンを取り囲む参謀陣を横目に、相変わらずの参謀総監であるゼルは試案を練るのだった。
同じ頃。
夕暮れ時となった古都ソティスでは、公式にフレミナ陣営に加わったカウリ一家が全員揃い、夕食前の団らんを送っていた。
正妻であるユーラは元フレミナの一門だが、どういう訳かフレミナの者を毛嫌いしており、その薫陶を受けたのかレイラやリリスだけで無く、シルビアとオリビアの二人も城の中ではフレミナサイドの者との接触を出来るだけ断っていた。
「お義母さま……」
不意に居室の戸が開き、サンドラは大きめの箱をいくつか抱えて部屋へとやって来た。少し生気の無い表情は心痛の翳が色濃く、祖家と嫁いだ家との間の争いはこれほど心かき乱すのかと痛感しているのだった。
「……あら、どうしたの?」
平然と受け答えたユーラは見る者を圧する威を備えていた。
太陽王の宰相を務める男の……妻。その肩書きは口で言うほど楽じゃ無い。そして、サンドラにもそれを教えておかねばと考えているユーラは、ここに来てやや焦りを覚えつつあった。サンドラはあまりに線が細いのだ。身体の線ではなく、心の線……
つまり、精神的な部分で全くと言って良い程に鍛えられていないのだ。女性版士官学校とも言える場所でしごかれたリリスの場合は、ある意味で随分と図太くなっているのだが。
「お爺さまがこれを」
「相変わらずねぇ……」
心底呆れるように言葉を吐き捨てたユーラは箱を一つ受け取って中を見た。
「あの…… ろくでなしのバカ男……」
サンドラが持ってきたのは豪華な首飾りだ。
瀟洒に設えられた銀細工は繊細で見事と言うしか無い。
ソティスに暮らす職人達の技量は目を見張るほどで、王都ガルディブルクの職人達も一目置くと言われるだけのことがあると実感する程だ。ただ、その出来映えはともかく……
「フェリーはどう言うつもりかしらね」
三日と開けず何かしらのプレゼントを用意するマメなフェリーだが、逆に言えば人の心を物で釣ろうとしているのだ。その行為そのものを――馬鹿げた行為――と斬り捨てたユーラ。
そして、もと平民で今はカウリの妻となったシルビアやオリビアだけでなく、レイラまでもがそのフェリーの行為に露骨な嫌悪感を示している。そんな振る舞いを続けるカウリの妻達にあって、トウリの妻となってからまだ日の浅いサンドラは、時間の経過と共にユーラたちの本音を少しずつ実感しはじめていた。
「サンドラ。あなたの好きにしたら良いんじゃないかしら?」
どこか試すような物言いのユーラは、少しだけ含みのある笑みを添えた。
アージン陣営の中で皆からの尊敬を集めたシュサ帝をはじめとする太陽王たちの振る舞いを見てきたユーラは、フレミナの中にある精神的貧しさと愚かさ。言い換えるなら、『即物主義的な薄っぺらさ』を、恥ずかしいとすら思うようになっていた。
「……おじじさまは一度も姿を見せてはくれません」
「何か物でもくれておけば良いんだって思ってるのよ。本当に薄っぺらい男ね」
吐き捨てた様なユーラの言葉にサンドラの表情が曇る。
ただ、心底嫌そうに顔をしかめた義母ユーラの言いたい事もよく解る。
常に寄り添って生きたいと振る舞う現太陽王カリオンとリリスの夫婦や、驚く程に妻と娘を大切にする義父カウリを見れば、人の心を物で買う愚かさやその奥底にある利己主義的な冷たさを感じる様になっていた。
なにより、事ある毎に
――大丈夫か?
――不便は無いか
――不甲斐なくてすまない
と気遣ってくれる夫トウリの優しさに、間違い無くサンドラは癒やされていた。
そして、物より心の重要性を学んでいたのだった。
「……全部置いておこうと思います」
「どうするの?」
「解りませんけど…… いつか必要になったら」
「そうね。備えるに越したことはないわね」
それなりに栄えているとは言え、北部山岳地帯のフレミナはやはり貧しい。
即物的な物の見方をしてしまうのも、ある意味で仕方が無いことだ。
物が無いひもじさの裏返しなのだから。
しかし、それでも人の心の繋がりを大切にしてこなかったフレミナの歴史は、周辺にあるフレミナ家と比べたら小さな貴族家や、なによりその民衆がフレミナを疎ましく思っている事などからも解るとおりだ。
「必要になったら自分以外のことに使いなさい。本当に困っている人の為に」
「はい」
誰かを思いやる心。
それは、自分では無く誰かのため。
自利自栄では無く、他利他栄の心。
人と人が繋がると言う事の美しさを、サンドラは学びつつあった。
「さて、あの子はどうするのかしらね」
まるで他人事のように楽しそうなユーラはレイラと顔を見合わせた。リリスと並んで座るレイラだが、この数年のあいだにどっしり構えることを覚えていた。
「カリオンは遊びに行くような気分でしょうね」
「そうね。それに比べてウチの子ときたら……」
「すっかり政治家らしくなってますよ?」
微妙な物言いだが嫌味ではない。
ユーラとレイラの信頼関係も磐石だ。
隣で話を聞くリリスもニコリと笑みを浮かべている。
アージン家の一門は幾つもの試練を乗り越え、その都度に鍛えられている。
そのことをサンドラは実感していた。
「兄上は上手く振る舞ってます」
「そうね。まぁせいぜい、フェリーの足を引っ張っておかないとね」
リリスの言に軽い調子で答えたユーラは、不意に視線を扉へと向けた。
この部屋にいて同じ事をしたのはレイラとリリスだけだった。
徐に扉が開き、家長カウリが姿を現す。
その一連の動きの中でカウリの来訪に唯一気が付かなかったサンドラは、言葉にならない劣等感を覚えた。
「常に辺りへ気を配れ。ただし、自然にな」
サンドラの内心を見透かしたようにカウリはそう言葉をかけた。
全ては経験のなせる技ではあるが、出来ると出来ないとでは全く違う人間だといえるのだ。
少なくともそこらの平民とは違う立場にある存在なのだ。
常に気を張って尚且つ注意深く振る舞わねばならない。
そして何より、危険を回避する能力が必要とされる。
「何事も場数と経験よ?」
「怖い思いをした分だけ出来るようになるわ」
ユーラとレイラは百年の友のようにしている。
ふと。サンドラは『リリスと仲良くなれるであろうか?』と、変な心配をするのだった。
「さて、カリオンが動き出した」
何とも楽しそうな表情で話を切りだしたカウリは、室内に地図を広げた。
広大なル・ガルの版図が描かれたその地図には、古都ソティスから王都までおよそ五十リーグの記述があった。
「ここから三リーグほどの所に陣を構えた」
「ここまで来るには三時間ほどと言う所ね」
地図を見ていたリリスはスパッと言い切った。
騎兵連隊将軍の娘として馬の背で育ったようなものだ。
馬の足は肌感覚として理解出来る。
「まぁ、向こうはゼルも居ることだし、道中で編成を整えてきたことだろう」
「こっちはどうなの?」
「そうさな」
カウリはいつの上に手帖を広げて中身を精査した。
「ザックリと言えばフレミナの手持ち兵力がおよそ五万。それに、越境盗賊団の頭目やら他国の傭兵団やらが金目当てで参加してきておるで、それらを足して、ザッと七万と言うのが総戦力だな」
七万と聞いたリリスの表情が曇る。
もちろん、ユーラとレイラもあまりいい顔をしていない。
その様子を不思議そうに眺めていたサンドラは恐る恐る声を掛けた。
「お義母様、なぜ……『犠牲は少ない方がいいでしょ?』
浮かない顔をしていたユーラだが、一度視線をレイラと絡ませた後で――あなたが説明しなさい――と言わんばかりの顔になり夫カウリを見た。
「サンドラ。まぁ、簡単に言うとだ。これはル・ガルの内輪揉めと言うことだ。だがな、それで戦力を消耗すれば他国に付け込まれる。ネコの国とは国交の誼を交わしたが、だからと言って気を許して良いという事では無いんだ」
カウリは出来る限り解り易い表現を心がけた。
フレミナの里に引きこもって『純粋培養』されたような筋金入りの箱入り娘だ。
国際社会における血も涙も無い現実――弱肉強食――をどう理解させるか。
それこそが軍人や官僚だけではなく一般国民を育てる上での最も重要な事だ。
「どんな種族だって平和に暮らしたいし、何も好き好んで戦をしようなんていうような愚か者は居ない。でもな、気を許していい相手なんて、そう居るもんじゃ無いってことだ」
より一層不思議そうな顔でカウリを見たサンドラは、やや混乱しているように室内をグルリと見た。ユーラもレイラも『当然です』と言う顔で話を聞いているし、リリスはそれを我がことの様に理解している風だ。
「どの種族や国だって本来は身内のようなものだ。ただな、身内だからと言って安易に気を許していいと言う事では無い。向こうもこっちも睨み合って額をくっつけあって、相手をじっくりと見てメシを喰う。こっちが一歩引けば向こうは一歩詰めてくる。だから絶対に引いちゃ行けない。ただし、押してもいけない。そんな状態なんだよ」
なんとなく全体像が見えたような気がしたサンドラは、この時点でハッとユーラたちの表情が曇っていた真相に気が付いた。
「フレミナに勝つだけではなく、兵を減らさずに国境へ持ち帰るために……」
「そうだ。だから、正直に言えばフレミナが七万も集めたのは予想外だったという事だな。もっと少なくて、しかもカリオンがもっと動員して、鎧袖一触に蹴散らして騒乱が終了するのが理想だった。首謀者だけを処分して終わりと言う事だ」
少なくともフレミナの出自であるサンドラにしてみれば、フレミナ一門が滅んでしまうのは歓迎せざるる事といえた。だが、義母ユーラははっきりと『それが望ましい』と言わんばかりだし、レイラやリリスはフレミナに余り良い感情を持っていないのもわかっていた。
圧倒的なアウェイ感を覚えたサンドラは、フレミナの里にいるときには全く感じなかった『憎まれ、嫌われ、唾棄されるフレミナ』をこの時初めて実感した。
「……イヌの利益。そう言うことなんですね」
「そうだ。そして、それを導くのが我々の役目だ」
胸を張って言い切ったカウリは、ジッとサンドラの目を見ていた。
「カリオンはル・ガル市民の頂点だ。そして、我々はその太陽王を支える者だ。並み居る貴族の頂点にあって王との橋渡しをする役だ」
少し頷いたサンドラにカウリはたたみ掛けた。
「その貴族の頂点が、国家や人民や世界全体の事を考えずに、自分たちだけの利益や目的を最優先にしたなら、世界はどうなってしまう?」
サンドラはやっと全てを見渡せる地へたどり着いた。
その先達を行うカウリは真剣な表情で『個人授業』を続けた。
「サンドラ。君はトウリと一緒になってカリオンを支える者だ。太陽王となったカリオンは、これから幾つも難しい決断をするだろう。その時、自分を勘定に入れず全体の利益を考えて、愚直に王を支えるんだ。自らの損得を先に考えてしまうと判断を誤る。自らの意思とは別に、ル・ガルにとって損か得かを冷静に、冷徹に判断するんだ」
カウリはサンドラに指を一本立てて見せ、言葉を続けた。
「そして、新聞屋だとか、或いは官僚達から『この件に付いてあなたの意見を求めたいが』と聞かれら、それは『太陽王はこの件に関してどう考えているのか?』と聞かれていると思うんだ。そう言う考え方を積み重ねていけば、必ず全体像を見て判断を誤らない人間になるだろう」
いきなり太陽王を支えろと言われても皆目見当の付かなかったサンドラだ。
カウリの言葉はスッと胸に溶けた。そして、もっと教えて欲しいと願った。
「今はまだ解らないことの方が多いだろう。だがな、今見えてるものは一見なんの脈略も無い、繋がりの無い事に見えて、全てが一本の糸で繋がっている。いつか必ずそれに気が付くだろう。その時まで、困難から逃げるんじゃ無い。もう賽は投げられてしまったんだ。あとは終わりを目指して歩くしか無い。だから」
カウリの手がサンドラの肩に触れた。
ポンと叩いて、そしてグッと肩を握った。
「広い世界を知り、高所大所で物を考えるんだ。そうすれば、この争乱の正体が見えるだろう」
思わず頷いてカウリを見たサンドラは、ふとカウリの影が薄く見えることに気が付いた。光りの加減だとも思えるが、それでも明らかにカウリは薄く見えている。
運命の時は音も無く近づいてきているのだが、唯一それに気が付きかけたサンドラは、それが何であるかを理解するほど、経験を積んではいなかったのだった。