ヒトの真実
「2」
山に囲まれたシウニノンチュは標高も割とある場所故か、盛夏と言えども朝夕は過ごしやすい。だが、日の盛りとなる日中はそれなりに暑くなり、人々は日の陰りを求めて建物から出てこなくなる。
吹き抜ける風まで熱を帯びる頃合い。長い体毛に覆われたイヌの男は冷たいものを飲みながら、日が暮れるのを待つしかない。それはマダラに生まれたゼルとて変わらない事であり、エイラと共に水辺となるチャシ内部の池の畔に身を投げてグッタリとしていた。
「おい、ゼル。どうした? ずいぶんだらしないじゃないか」
薄掛けの羽織りをザンバラに掛けた五輪男をゼルをけしかけた。
五輪男とて暑い筈だが、真夏の関東で鍛えた暑さへの我慢強さはイヌには真似できないレベルだった。
「ワタラは暑くないのか?」
「え? 暑いよ?」
「暑そうに見えない」
息も絶え絶えと言いたげなゼルとエイラ。その姿に五輪男が笑う。
「ヒトはイヌに勝てそうに無いと思っていたけど、案外こういう部分はヒトの方が有利だな」
汗を流しながらも陽向へ出て伸びをする五輪男。
この世界へ来て半年。食生活が変わり身体を動かす機会が増え、何より自動車を使わず馬か歩きに変わったら、身体が一気に絞られた。
今ではゼルと変わらぬ筋肉質な体型となり、剣の稽古を重ね続けていたので少々の剣士には負けない技量になり始めた。
それもこれも全ては妻を探しているゼルとエイラの為なのだが。
「そうだ、ワタラに報告が上がってきている」
「今回はどこ?」
ゼルは侍従に命じ報告書を取り寄せた。
「目的があれば取り組みも変わる。自分で読むといい」
ル・ガルの公用語で書かれた報告書を受け取った五輪男はページをめくり始めた。
報告書の筆記者はノダ配下の騎士団のようだった。
ノダに付き従ってシウニノンチュからガルディブルクへ向かう道中、各所でヒトの置屋や商人や、そして擁護者を虱潰しに調べ上げたらしい。
五輪男の伝えた妻・琴莉の容姿と名前。
そしてペンダントトップにあった姿のスケッチを持って騎士団は奔走してくれた。
報告書の行間をじっくり読めば、そこには潜りの商人をずいぶん処分したと読み取れる記述があって、その一環でかなり酷い状態になっていたヒトを保護したらしいと五輪男は捉えていた。
図らずもヒトの待遇改善に寄与し始めていると思うのだが、実際は動産の有価証券的扱いに大して変わりはない。所有者にとってヒトは財産であり自らを飾る装飾品であり、そして贈り物や分け与える褒美や切り売りする非常資産だ。
つまり、最も簡単な表現をするなら…… ヒトは奴隷。
「ノダには頭が上がらないな」
「俺が見ても熱心だと思うよ。ワタラには世話になってるって口癖だからな」
「そんなにしてるつもりはないんだけど……
そんな、気の置けない会話をしていた時だった。
五輪男の背筋にゾクッと寒気が走った。
無意識に腰の剣を確かめ辺りへ目を走らせ伺う。
「どうした?」
「なにかいる」
理屈ではなく刑事の勘だった。
事件現場の捜査中に感じる犯人の視線。
こっちを嘗めるように窺う疑心暗鬼な眼差しだけが持つ生理的な嫌悪感だ。
「何者だ! 姿をあらわせ!」
五輪男の誰何に姿を表したのはヘビのようにヌメッとした身体をした、やたらに手足の長い男だった。
表情の伺いにくい顔立ちだが、その意志ははっきりわかる。
両手に抜き身の短剣を持ち、ジッとゼルやエイラを見ていた。
「抵抗しなければ楽に殺してやる」
抑揚の無い声色で刺客が凄んだ。
だが、その返答を聞く前に刺客の首から血が吹き出た。
間抜けな刺客が見たものは、予備動作なしでいきなり放たれたゼルのナイフが突き刺さった自らの首だった。
「刺客としては二流以下だな。グズグズいう前に殺せばいいものを」
ナイフと言ってもその刃渡りを見ればショートショード級の代物だ。
背筋と上腕の純粋な筋力ではヒトとは次元の違うイヌだから出来る事。
ブンッと音を立てて飛んだそのショートソードは根元近くまで突き刺さっていた。
刺客の口がなパクパクと動くのだが、やがて糸の切れた操り人形のように崩れ倒れて動かなくなった。侍従が呼んだ護衛騎士が駆けつけた時には、ゼル自ら刺客の首を切り落としていた。
「死体は反撃してこないからな」
ムッとするような血のにおいに五輪男が顔をしかめる。
それを見たゼルは早急に片付けろと指示した。
その脇でゼルは手を洗っていた。
泥遊びでもした子供が石鹸を使って手を洗う様に。
「なぁゼル」
「ん?」
手を洗い終わったゼルは手ぬぐいを使っている。
その几帳面な振る舞いを見ながら、五輪男はどこか感心していた。
かつて、五輪男と比べゼルは全ての面で適当かつ、いい加減だった。
―――ワタラ殿を見習うべきですな
そんな小言を侍従などから浴びせられる事もしばしば。
一つ一つの振る舞いに気品がある五輪男の方が、余程貴族らしいと言われたのだ。
ゼルはその言葉を真摯に受け止め『俺は変わる事が出来る』と宣言。
それからというもの。まるで人の変わった様な立ち振る舞いを見せている。
勿論それは、ゼルから見たワタラ――五輪男への無言のメッセージでもあった。
「思うんだが、飛び道具は無いもんかな?」
「なんだそれぱ」
「小さな弓矢とか」
「なるほど」
しばし考えたゼルだが、ふと何かに気が付いた様に顔を上げた。
刺客の死体へと歩み寄りつつある五輪男は目だけゼルを見ている。
「便利そうだが、こっそり侵入した刺客に使われると、かえって面倒だろ」
「それもそうだな。こいつの様に……」
すっかり影武者の立場に慣れた五輪男は、刺客を検分している。
「これはヘビなのか?」
「あぁ、ガルディブルクより遥か南の地域に暮らす種族だ。奴らは暗闇でも目が見える。刺客となると厄介な奴らだよ」
「なるほどなぁ」
その体躯は、一言で言えば『異様』だ。ヒトの子供の胴体にいい大人の太い手足が付いている様な感じだ。しかも、喉がまた長く、そのまま蛇の頭の様になっている。
ちょっと気持ち悪い造形とも言えるほどで、なにがどうと理屈で言うのでは無く、生理的な嫌悪感として『キモチワルイ』と感じるのだ。
「しかし、イヌなどと比べると随分違う身体だな」
「いや、そいつが特別なんだろう。俺の知る蛇は俺たちと大して変わらない奴が多い。まぁ、頭は文字通り蛇だけどな」
「そうなのか?」
「あぁ。そんなに身体が小さい奴は俺も初めて見た」
「じゃぁきっと」
ヘビの脇へしゃがんでいた五輪男が立ち上がった。
池の畔の花壇から花を一輪手折ってきて、そのヘビの男へ添え、手を合わせた。
例えそれが刺客であろうと明確な敵であろうと、死者の尊厳を忘れない事。そして、死者を冒涜しない事。
それは長年刑事を務めた五輪男の上司から受け継いだヴェテランからの教えだった。
例えそれが犯罪を犯した犯人であったとしても、死者を辱めない事は重要だ。
「この姿だったからこそ、まともな職では無く刺客なんて闇の世界へ入ったんだろうな」
何となく刑事的な物の考えをして、無意識にプロファイリングを始める。
その言葉を黙って聞いているエイラは、五輪男の持つ深い優しさを垣間見る。
「ワタラは優しいのね。敵にまで」
「死ねば敵も味方も無い。俺はそう考えるけど」
そう胸を張って答えた五輪男だが、心のどこかで何かが引っかかっていた。
何となく心の据わりが悪い。安心するにはまだ早いと脳内で誰かが叫んでいる。
こういう部分での勘というのは、だいたい当たるというのが五輪男の経験則だ。
「もうちょっと警戒した方が良いと思う。この刺客が独りでチャシ内部まで侵入したとは考えにくい。内通者がいるか、さもなくば複数で侵入したかだ」
突然変な事を言い始めた五輪男にゼルが怪訝な表情だった。
「この中に裏切り者が居るとでも?」
「あぁ。淡々とチャンスを狙ってるかも知れない」
味方や仲間を疑う事を知らないイヌだ。五輪男の言葉にゼルもエイラも渋い表情を浮かべた。だが、五輪男は池の畔の様々な心理的死角を探し始める。このヘビの男がどこから入ってきたのかを考えれば侵入ルートが解るはずだと思っていた。
その晩。
日が沈み涼しげな風が吹く頃になって、ゼルやエイラは食欲を取り戻した。
グラス一杯のワインを口にしてから始まる夕餉の席で、五輪男は外ばかりを見ていた。
「ワタラ。どうしたの?」
エイラは五輪男の心配そうな素振りが少しばかり鬱陶しいようだ。
実はゼルもそう思いつつあったのだが。
「すまない。ただ、やっぱり気になるんだ」
眉根を寄せて辺りを警戒する五輪男は、ワインではなくブドウの果汁を飲んでいた。
二の腕が粟立つような不快感を昼間からずっと感じていて、それは決して気のせいではないと確信している。このチャシの中に何かが居て、それが持つ絶対確実な『純粋な悪意』の残滓とでも言うのか、そんな静かな決意の波動を感じていた。
人の持つ心の強さや恐ろしさを散々と事件現場で見ただけに、五輪男は、とにかく恐ろしかったのだった。
「気にし過ぎだよ。なるようにしかならないさ」
気楽に言うゼル。しかしそれはこの世界に生きる者の持つ諦めにも近い常識だ。
どれほど警戒しても侵入を完璧に防ぐことは出来ないのだから、ならば襲われた場合に対処出来るよう備えた方がいい。
ヒトの世界の様に、機械警備を行い得ないのだ。最後は人の目と手とそして注意力である以上、それを上回る手練れがやって来た場合。その対処で暗殺などを防げるかどうかなど確率論の話になってしまう。
「まぁでも、心配してくれるのはありがたいけどな」
ゼルの言葉に少し救われた五輪男はアンニュイに笑った。
神経的にまいるなと思っていただけに、気を楽にしてくれる言葉はありがたい。
「後は神に祈ろうか」
「楽に殺してくださいってな」
「物騒な事言うなよ」
「大丈夫さ! 俺とエイラにはワタラが付いてる!」
椅子に腰掛けているゼルの尻尾がぱたぱたと揺れた。
こういう部分はイヌなんだなと五輪男も笑うしか無かった。
だが、心配事は現実になるのが宿命とも言える。
宛がわれた自分の部屋へ入った五輪男は、念のため枕元にレイピアを置いて寝た。
内開きのドアには銀のプレートを置き、その上に高価なガラス器を積み重ねる。
ドアが開けばガラス器が落ちて割れ、大きな音が出る仕組みだ。
窓は外の木戸を閉め、内側から入れる閂を入れずに置いた。
ドアが開く!と喜び勇んで入ってきた間抜な刺客である事を祈るしかない。
自らの身を守る最大限の措置を施し、五輪男は目を瞑った。
あとはもう、なるようにしかならない。
神に祈るだけだ。
だが、寝入って一時間もしない頃。五輪男はふと目を覚ました。
薄暗い部屋の中に何かが居ると感じたのだった。
―――おいでなすったかな?
暗闇に目を慣らす様にジッとしていると、生ぬるい吐息を感じた。
生き物が吐き出す臭い。クサい息の臭いだ。
どっちにしろ暗闇では目が見えない。
ならば勘で戦うしか無い。
歓迎せざるる事態だが、もうどうしようも無い。
寝返りを打って枕の下へ手を突っ込み、そこに隠してあったナイフを握る。
手の中に嫌な汗を感じる。心臓が妙に脈打っている。
刹那。部屋の中で何かが動いた。
理屈を考える前に五輪男は飛び起きてナイフを空中へ走らせた。
手応えがあった。何かに当たった。間違いなく、木や石ではない何かを斬った。
床の方からポタポタと滴の音がする。その音に聞き耳を立てていたら、自分の左腕から猛烈な熱を感じた。熱くて痛いのだ。
―――斬られた?
膝から力が抜け、その場にしゃがんでしまった五輪男。
しかし、その動きが五輪男の命を救った。
首か頭があった辺りを刃が通過したのだ。
僅かに髪が削られたのを感じる。
―――いる 目の前にいる 確実にいる!
右手に持っていたナイフをまっすぐに突き出した五輪男。
今度は確実に何かを刺した感触があった。
「ヴグッ!」
手応えあり! そう感じた五輪男はナイフの方へ突進した。相手が刃物を持っていると言う発想が頭から抜け落ちていた。自分が致命傷を受ける危険性を考慮せず、そのまま突撃してしまったのだった。
左の鎖骨辺りに何か柔らかいモノの感触を感じる。そのままそれを押していって壁に叩き付けた。多分ヘビだと思った。それ以上を考える前に、五輪男の左手が相手の右手を押さえた。自分の首か頭を狙った刃は左から右へ走ったのだから、相手は右手で刃を持っていると判断したのだった。
そして、一度突き刺したナイフを引き抜き、全く視界が無い中で恐らくこの辺りと狙いを付け、理屈を考える事無く滅多刺しにする。
ふと、自分が担当した事件の犯人が行った滅多刺しの心境を理解した。とにかく純粋な殺意だ。相手を殺せば自分が助かるという命のやりとりだ。何度目か突き刺した時、手の中に鈍い感触があった。何か堅いモノを刺したのだ。それが骨かどうかは解らない。だが、気にせず何度も刺しているウチに、相手から声が出なくなった。
「だれか! 明かりだ! 明かりを持ってきてくれ!」
やっと叫んだ五輪男。その声にドアが開きガラス器の侵入警報が反応する。だが、構わず入ってきた警護班のイヌが部屋に明かりを灯した時。そこには滅多刺しにされたヘビの侵入者と血まみれの五輪男が立っていた。
「ワタラ殿!」
「俺は平気だ! ゼルとエイラが危ない!」
警護班の騎士が腰に掃いていた剣を抜き取り、五輪男はゼルとエイラの部屋へ走った。ノックする前にドアを蹴り開け中へ飛び込んだ時、数人のヘビとゼルが対峙していた。一瞬の間を突かれ対処が遅れたヘビの刺客達。
瞬く間に二人を袈裟懸けに切り捨てた五輪男、残りのヘビは覚悟を決めたらしい。顔付きが変わったと感じる前に一人の首を撥ね、もう一人は両腕を切り落として壁へと突き飛ばした。
「ワタラ!」
「やっぱり居たんだよ!」
頭を打って動かないヘビの男を警護班が取り押さえた時、半裸のエイラが五輪男の腕に治癒魔法を掛けた。激痛を忘れ戦った五輪男だったけど、明かりのある部屋で自分の上を見た時、肘の下辺りで骨が見えるほど切り裂かれていたのだった。
「通りで痛いわけだ」
その場でストンと尻餅をついた五輪男。
その五輪男にエイラが抱きついた。
「助けに来てくれてありがとう」
「俺の役目だからな」
アハハと笑う五輪男だが、その直後に痛みで気を失ったのだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「しかし、なんだな」
いきなり声色を変えたゼルが話を切りだした。流れた汗の跡が光っていた。
「ワタラの土壇場の強さもそうだけど」
「けど?」
ゼルとワタラは数歩歩み出て騎士達と距離を取った。
内緒話をするようにしたのだから、皆は自然と間を空けた。
「エイダには全て分かっているんだな」
「……子供は事実をそのままに受け入れるからな」
ゼルとワタラは二人して草原を見下ろしていた。
エイダはエイラと一緒に草原を走っている。
楽しそうに笑い声をあけながら。
「あの子の成長した姿を見届けられないのは、本当に残念だよ」
寂しそうに言う五輪男をゼルが眩しそうに見ている。
「ヒトと言うのはきっと親の愛情で育つんだな」
「イヌは違うのか?」
「王家に育つイヌは養育専門の人間が育てるからな」
少しだけ他人事のようなゼルの姿に、五輪男は真意を見抜いた。
王家の中でもマダラに生まれたゼルは、きっと酷い扱いだったのだろう。
王位継承が有り得ない立場で、しかも使い道に困るマダラだったのだ。
ゼルの母は気を病み若くして亡くなったらしい。
マダラの辛酸を舐めて育ったゼル。
その育ちは父親の愛情と言うより、親の愛情自体を体験してないのかも知れない。
だからこそ子供にどう接して良いのかわからないのだろう。
不幸であると考えること自体が失礼に当たるのかもしれない。
だがそれでも『何処か欠けている』と、そのような印象を五輪男は持つのだった。
「アハハハハ」
エイダの笑い声が響く。
その身体を抱き上げたエイラも笑っている。
母と子の楽しげな姿に、ゼルも五輪男も微笑む。
エイダを抱き上げたエイラが丘の下から二人を見上げていた。
「良い女だな」
「だろ?なんせ俺が惚れた女だ」
「俺の惚れた女は何処へ行っちまったんだろうな……」
「俺が見つけ出してやるさ」
「頼むよ」
気安い会話をしながら丘を降り始めたゼルと五輪男。
だが、そこへ馬の蹄の音が響く。
無意識に気を張って警戒態勢になった五輪男。
鋭い眼差しの向こうには、騎馬で掛けてくる騎士の姿が有った。
「若殿! 姫殿下! 一大事にございます!」
血相を変えて走ってくるイヌは馬から飛び降りるなり、跪く前に大声で報告する。
「太陽王が卒中で倒れられました!」
驚いてゼルを見た五輪男。
ゼルは言葉を失っていた。
「ゼル。エイラと今すぐ城へ」
「あぁ。エイダを頼む」
エイダを五輪男に預けたエイラは、ゼルの跨る騎馬の後ろに乗った。
「すまんワタラ! エイダを頼む!」
馬の腹を蹴って走り出すゼルを見送った五輪男とエイダ。
護衛に付く騎士達が厳重に取り囲んでいるのだが。
「ワタラ。あのね」
「どうされましたか? 殿下」
「じぃじは今日は平気だよ」
「そうですか」
「でもね。じぃじは次の次の戦で死んじゃうんだ」
「…………え?」
エイダはチャシの大鐘楼を指さした。
「今日は鐘さんが歌ってないから大丈夫」
「鐘?」
「うん。あの鐘が教えてくれるんだ!」
「それはきっと殿下にしか聞こえないのでしょう」
「うん。でね、じぃじが死んじゃう前にとう様も死んじゃうんだ」
ギリギリで護衛騎士達には聞えなかったらしい。
こんな話が外へ漏れたら大騒ぎになる。
ポーカーフェイスを必死で繋ぎとめた五輪男だが、エイダは楽しそうにしている。
「とう様が死んじゃってもワタラが代わりになるから大丈夫!」
「……殿下?」
「僕はその方が嬉しい!」
エイダは屈託無く笑った。
だが、険しい顔をした五輪男はエイダをそっと地上へ降ろした。
楽しそうに笑っているエイダの手を握った五輪男。
エイダは父親の手を握るようにしている。
「チャシへ戻りましょう」
騎士に囲まれゆっくりとチャシへ歩き始めた五輪男。
背筋には冷たいモノがダラダラと流れていた。