表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/665

王の資質・後編 / 公爵家紹介・ジダーノフ家


 ――同時刻。

 ――太陽王書斎。



「魔法というのは恐ろしいものだな」

「全くだ。これに比べれば火や水を扱う魔法など児戯その物だ」


 ラスプーチンの言葉にフェリペはそう同意した。皆の目の前に浮かぶ魔法のスクリーンでは、大迫力でフェリーの言葉が続いていた。


「炎を操る事や風を起こす魔法は……」


 セオドア卿は悪戯っぽい笑みでダグラス卿を見た。


「まぁ、驚かせるには良いだろうな」

「大道芸人の一発芸の様なものかの」


 アサドも水たばこの煙を吐き出しつつ相槌を打った。

 誰も見ていないと思っている建物奥深くだが、現実には全てが筒抜けになってしまう魔法の恐怖。これはつまりいかなる秘密の会合も秘密では無い事を意味した。


「さてさて、あの山奥の田舎者はどう踊るのかしらね?」


 せせら笑うようなジャンヌの言葉に皆が再びドッと笑った。

 その笑いが収まった頃、カリオンはまずダグラス卿を見た。


「ダグラス卿」

「いかなご用か?」

「恐らく明日には向こうが動き出すでしょう。街の警備をあえて緩くして」

「……心得ました」


 王都の警備を一手に引き受けるスペンサー家の実質的当主は、胸に手を当てて帝王の指示を受け取った。その姿に皆がニヤリと笑う。


「何という……」

「鬼手よのぉ」


 セオドア卿とラスプーチン卿が顔を見合わせ呟きあう。

 それに合いの手を入れたのはロイエンタール伯だ。


「街の歩哨が居ない事を僥倖と捉えるでしょうな。彼らは」

「だろうな。まさかその時点で罠だと気が付くようなら、こんな事はすまい」


 諜報機関の長でもあるジダーノフの主ラスプーチン卿は、薄ら笑いを浮かべカリオンを見ていた。


「ボバ」

「……お呼びでございますか」

「あぁ」


 声を詰まらせたラスプーチン卿は、うっすらと涙目になっていた。

 北方の雄。ジダーノフの家系は軽く千年を遡るところに源流があると言う。北の大地に冬将軍の先兵が訪れる頃、二度目の行幸でジダーノフの所領へとやって来たカリオンをラスプーチンは満面の笑みを湛え、街の入り口で出迎えた


 ――お待ちしておりましたぞ! 若王!


 北の王とも呼ばれるジダーノフ家の現当主がわざわざ出迎えたことに驚いたカリオンは、思わず士官学校時代のクセが出てしまったのだった。


『ラスプーチン卿。わざわざの出迎え、恐縮です』


 ――何をいわれるか!


 カリオンよりも一回り大きな体躯のラスプーチン卿は恭しく背を屈め拝謁した。


 ――世界を統べる若き王の行幸とあらば、それを出迎えるのは当主の勤め!


 面を上げたジダーノフは溢れる喜びを抑えられないかのようにカリオンを見た。


 ――遠い日、亡きシュサ王と駆けた日々を思い出す。カリオン。君はただ一言命じれば良いのだ。我らはそなたの手であり足であり、そして、剣となり楯となり砦となる。君はそれだけの重責を背負っているのだ。その君を支えるのが公爵家の勤めなのだよ!


 驚くほど上機嫌なラスプーチンはカリオンに続きリリスの下車を促した。


 ――帝后お揃いで北の地へ行幸してくれた。それだけでもう満足だ



『大袈裟ですわ。ジダーノフ卿』


 控えめに家名で呼んだリリスだが、ウラジミールは顔色を僅かに変えた。


 ――若王よ。そして帝妃も。あなたたち二人はこのル・ガルの頂点にある。それはすなわち、この世界の頂点なのだ。そこらの民草が私の真名を呼べばその場で手討ちにするところだ。だが、カリオン。そしてリリスもだ。君ら二人だけは何憚ること無く自信を持って私をこう呼べば良い。ウラジミールと。そして、もし私に対し親しみを持って呼びかけてくれるのであれば……


 胸に手を当てて真剣な表情になっていたジダーノフの当主。

 だが、そのウラジミールに対しカリオンは手をかざし言葉を遮った。


『わかった。次からそうしよう』


 さもそれが当然であるかのように振る舞ったカリオン。

 若き王の聡明さを悟ったジダーノフは、何よりも嬉しそうに笑った。


『さて、ここは少し寒いから暖かいところを頼むよ。ボバ』


 ボバ。かつて聞いたシュサの言葉をカリオンは覚えていた。

 その事実に凍りついたジダーノフは、やがて僅かに涙を浮かべた。


 ――畏れ多いことだ……


 ラスプーチンはシュサの言葉を思い出した。


 ――かつて。若きシュサ帝と草原を駆けた日々を思い出す


 真名ウラジミールの愛称はヴォヴァだったりヴォーヴァだったりと揺らぎが多いのだが、シュサ帝は短くボバと呼んでいた。極限の寒冷環境である北の地では極力口を開けないようにするケースが多いので、このように愛称が付いているケースが多い。

 そして、ウラジミールをボバと呼んでいたシュサとウラジミールの関係は盤石だった。その姿を思い出したウラジミールは、眩しそうにカリオンを見ていた。


 ――暖かな部屋を用意してあります。さぁ、早速参りましょうぞ。我が王よ!


 ウラジミール自らカリオンの纏う帝衣の裾を持って歩き始めた。街の入り口から中心部へ向けて続く大通りには若王を一目見ようと集まった市民が大挙して集まってきていた……






「ボバ? 聞いてるかい?」

「おぉ、ワシとしたことがなんたる失態」

「シュサじぃの事はもう良いから」

「そうですな。こんなザマであの世へ行ったら、シュサに何と言われるか」


 アハハハと皆が大笑いする中、ラスプーチン卿も涙目で笑った。

 その笑いが収まるのを待ってカリオンは次の指示を出した。


「一定の賛同者は必ず出るはずだ。すぐには逮捕しなくて良い。ただ、どこの誰だかをしっかり洗って一覧表化し、監視して欲しい」

「かしこまりました」

「真なる愛国心からやった事であれば罪には問わない。話し合えば良いだけだ。ただ……」

「心得ております。他国の諜報員の可能性があります」

「そうだね。その類いはきっとどこかで一斉に動き出すだろうから、その時には遠慮無く一網打尽だ」


 聡明な若王の言葉にラスプーチンが笑う。


「死体は黒幕を吐かない。父はよくそう言っている」

「……ゼル殿は惜しいですなぁ」

「確かにそうだけどね」


 ゼルは枢密院に加わらなかった。参加を望んだカリオンだが、ゼル自身が一線下がって見る事を選択したのだ。時には木の上に立って見なければならない。親という字はそう書くのだと教えたゼルは、カリオンの独り立ちを促していた。


「セオドア卿」

「俺の出番か」

「そうです。国境の警備水準を一段上げてください」

「……狙いはネコで宜しいか?」

「ネコだけで無くキツネなど東方種族にも目を光らせないと」

「と言う事は北方もですな」

「そうだね。得にウサギが面倒だ」


 問題の本質を見抜いているカリオンの言葉にウィルが驚く。

 ただ、それだからこそウィルは安心して本音を言える。


「……彼らの魔法力は私も対処しきれません」


 ウィルがこぼした偽らざる本音を、カリオンだけで無く皆が驚きの表情で聞いていた。ただ、だからと言って対処のしようが無いと言う事では無い。昔から魔力撹乱を起こしやすいと知られてきた巨石インカルウシは、その上に立つガルティブルク城を含め、皆を護っているのだ。


「いきなり殺す気なら、もうとっくに何人も死んでるさ」


 カリオンの本音は別の所にある。

 セオドア卿もそれは解っていた。


「我々の情報が筒抜けになっていると面倒ですな」

「そうだね。全部つつ抜けて鷹揚と振る舞えば、ただの道化に堕ちる」


 王は時に、全部承知で鷹揚と振舞わねばならない時がある。

 見え透いた事だとしても嘘をつかねばならないときがある。

 そして、いま本当に問題なのは、他国がフレミナに荷担する事だ。


 フレミナが勝つ必要は無い。ただ、イヌの国が僅かでも混乱すれば良いのだ。

 政治的暗闘を繰り広げる者にすれば、一定の政治的成果を上げられる好機。

 つまり『若き新王の手腕に不安がある』と、市民がそう感じるだけで良い。


 そう言う部分での実績が積み重なり、市民の不安は増減を繰り返す事になる。

 不安が増せば、それだけで社会は不安定となる。

 そして、他人より自分を優先する者が出てくる事に成るのだろう。


「他国介入の大義名分は絶対に与えてはならない」

「お任せあれ。上々に仕上げて見せましょう」


 岩の結束と安定を見せるイヌの社会。

 だが、それに僅かでもくさびを打ち込みたいと思う者は余りに多い。

 社会の安定の為に汗を流す者が居て、その存在を苦々しく眺める者もいる。


「あぁ。他ならぬセオドア卿だ。信頼している」


 カリオンの言葉を聞いたセオドア卿は、ニッと笑って舌を出した。

 その仕草は間違い無く無頼のジョニーに受け継がれている。

 なんとなく嬉しく思ったカリオンは薄笑いのまま魔法のモニターを見ていた。




・公爵五家紹介


 ジダーノフ家

 大陸北方の極めて寒冷多雪な極限環境に暮らしてきた北方種族の長。

 寒くて雪の多い山岳地を生活の場としてきた北方血統は、長らくフレミナ家が最大派閥として君臨してきたのだが、それに異を唱えるアージン一門に付いた少数種族の寄せ集め。

 その利害関係を調整するために長らく頑張ってきたジダーノフ家は世襲を行わず、公爵家を支える衛星貴族の中から跡継ぎを選ぶ独特のシステムを取っている。

 カリオン即位の時点で当主はウラジミール・エクセリアス・ラスプーチン・ウラジミーロヴィチ・ムリーヤ・ジダーノフ。

 主家の血統が固定されていないため、一族当主は必ず父性を加える決まりになっていて、支配地域のムリーヤは古い言葉で夢または野望を意味する。いつかこの地を支配すると言う一族の悲願を背負ってジダーノフ家は今日も続いている。

 北方諸派を束ね統べる雄。ジダーノフの家系は軽く千年を遡るところに源流があると言う。南方の乾燥した砂漠地帯から押し出されたアッバース家と違い、ジダーノフ家はアージン家と歩調を揃え北の地で果てしない死闘を繰り広げたのだった。

 それから幾星霜。北の地を源流とするアージン家はその覇業において最も働いたジダーノフ家を最初に公爵に任じていた。種族や家や血統ではなく、北方において最も実力のあるものがジダーノフ家の当主を名乗る仕組みの家。

(モデルはシベリアンハスキーやマラミュートなど北方極限環境の大型犬種)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ