表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/665

王の資質・前編 / 公爵家紹介・アッバース家

 ガルティブルク郊外。

 瀟洒な建物の並ぶアッパータウンの一角。


 カウリ・アージンの私邸は、それ自体が一つの砦として機能するように作られた建物だった。

 屋敷は完全に四角をした構造で、周囲の庭だけでなく、内部には建物に囲まれた周辺の視線を遮る中庭がある。秘密の会合などでは中庭にテーブルを出し御茶にしたりもするのだが、この日は城を後にした北府の王が荒れ狂っていた。


「しかしなんだ! あのガキ! 小僧の分際で偉そうに!」


 カウリ邸へと引き上げたフェリーは全く興奮が収まらなかった。

 支離滅裂な暴言を繰り返しては、カウリやトウリへ当たり散らし続けていた。


「おぬしも大概だぞ?」

「ワシと小僧とでは意味が違うわ!」


 イヌの社会は往々にして儒教的上下関係にしばられている節がある。

 ノーリによる国家統一事業の前までは、統一王を前に万民平等で対等と言う概念が薄かった。北府プルクシュポールは世界から取り残された盆地の様に、そんな時代の空気を色濃く残していた。


「万民が平等であれと言うならば王は謙虚たれというべきものだろう!」

「それを実践できるほどカリオンはまだ大人ではないという事じゃ」


 相変わらず涼しい表情で寛ぐカウリ。

 その隣でトウリは妻サンドラを宥めていた。


「王は恐ろしいお方……」

「カリオンとて本意ではない。案ずる事など無い」

「でも……」


 サンドラは怒れるカリオンの姿を思い出し恐怖に震えている。

 自分の肩を抱いて今にも泣きそうで、そのサンドラを励ましているトウリの姿を見ていたフェリーは、小さく息をこぼして怪訝な表情を浮かべた。


「宥和の心を持たぬ王など王では無いな」

「だが、それゆえに皆からは信頼される」


 ボソリとこぼしたカウリは髭を弄りつつ遠くを見ていた。


「法治と人治。国を導く政の正当性はどちらが有利か解るか?」

「は?」

「王は思いつきで政治を行なってはならない」


 カウリが滔々と述べ始めたのは、ル・ガルの最高学府とも言うべき国軍大学校の政治学で教えられる帝王学の一節だ。


「王は情に流されてはならない。王は結果を優先しなければならない。王は自らの心を省みてはならない。王は……」


 カウリの目がフェリーを捉えた。

 貫くような眼差しだった。


「王は法を尊重し万民に公平でなければ成らない」


 溜息をこぼしたカウリは心底嘆いていた。


「お前さんは王には向かんな」

「……なぜ?」

「王の歓心を買う為に臣下が無茶をする事になる」


 ウンザリといった空気で首を振ったカウリはトウリとサンドラを見た。


「ほれ、サンドラ。シャンとせんか!」

「でも、お義父様……」

「国府を預かる者は自らの意思とは別に振舞わねばならぬ時がある」


 流し目でフェリーにも一瞥をくれたカウリは、もう一度溜息を吐いた。


「あの小僧は八歳で初陣を踏んだ。民のため。領民のため。僅か八歳で馬を駆り、北部山岳地帯へ踏み込んで越境盗賊団を討ち取った。それだけじゃ無い。その後は幾度も幾度も乱戦の試練を潜り、果てに太陽王の試練を受けた」


 トウリをジッと見ていたカウリだが、その眼差しに居た堪れなくなってしまったトウリは、サンドラの手を握ったまま椅子へと腰をおろした。


「あの小僧とて、本音で言えば戦などしたくあるまい。散々と騎兵が死ぬのを見ているのだから。しかも当人だってビッグストンで鍛えられた本物の騎兵だぞ。部下に死ねと命じる辛さをよく理解している事じゃろう」


 そんな言葉を淡々と続けるカウリの姿に、トウリは身の縮まる思いだ。


「だが、それでも王はそれをしなければならない時がある。機会を待ち、判断に迷わず、最高の条件を逃す事無く行なうのだ。もちろん、法と良識を遵守して。そんな王だからこそ皆が支えている。仕えている。解るかフェリー」


 横目でジロリと睨まれたフェリーは言葉を飲み込んだ。

 カウリの目には拭いきれない諦観が滲んでいた。


「大義はあっちにある」

「だがしかし!」


 カウリの冷静な声を掻き消すようにフェリーは激昂した。

 そんな姿すらも嘆かわしいカウリ。

 一連の言葉を聞いていたトウリは静かに呟いた。


「王に弓引く事は出来ない」


 ボソリとこぼしたそんな言葉には、負け犬を思わせる溜息が混じっていた。


「なぜ? なぜだ!」

「自分はフレミナの血も流れているが、やはりアージンなんです」

「なんだと!」


 一度立ち上がってティーカップをふたつ取り、サンドラに一杯渡して自らも口を付けた。その一連の流れには間違い無く優雅さがあるのだけど、何かひとつ足りないとフェリーも気が付いた。そしてそれは、カリオンが身に纏っているものだ。


「同じアージンが喧嘩をすれば内乱となります」


 トウリの言葉は慚愧に堪えないと感じさせるモノだった。その言葉を聞いたフェリーの鼻先は心なしか乾いている様にみえた。そして、ドサリと音を立てて椅子へ腰をおろしたフェリーは、すっかり冷めたお茶を流し込む。。

 トウリに縋るように寄り添って居たサンドラはトウリと顔を見合わせ、心配そうに祖父フェリーを見ている。


「どうやっても現状では結局は謀反扱いになるんです。それに、今ここでイヌが内乱を起こすと、一番喜ぶのはネコでしょうね。祖国防衛戦争での傷がまだ癒えていませんが、それはネコとて同じ事。未だル・ガルの勢力圏下にあるネコの都市群を奪回しようとネコが動き出したら返って困る事態です」


 カリオンの宰相として右腕の様に働くトウリは至極当然の事を言った。

 それに対しフェリーが声を荒げようとしたのだが、機先を制しカウリが先に口を開いた。


「お前も少しは世界が見えるようになってきたな」

「この十年でだいぶ学びました」

「それで良い。ここに来てル・ガル内戦をやろうとか言い出す者は馬鹿者じゃ」


 カウリはそう吐き捨て、椅子からずり落ちるように背中を預けた。

 そして、左手で額を押さえ目元を隠すようにしていた。


「太陽王の権威に反旗を翻すなら、ノーリに匹敵する肩書きが必要じゃ」


 消え入るような呟きにカウリの本音が混じった。その姿を見たフェリーは、カウリが隠してきた野望の火だと感じた。そして、それが出来なかったわが身を嘆いたものだとも。

 その時、フェリーの脳裏に何かがひらめいた。しっかりとしたフォルムを持つ思考体系ではないが、それでも某かの根拠無き確信を与えるものだ。そして、己が運命を嘆いてみせたトウリやカウリに対し、最後まで言うべきではない一言をフェリーは口走った。


「フレミナはフレミナだ!」

「はぁ?」


 抜けたような声を走ったカウリは手を除けてフェリーを見た。


「ノーリでは無い! アージンやシウニンでは無い! フレミナだ! 私はフレミナの血を受け継ぐ一人の人間だ!」


 力強く叫んだフェリーは胸を張ってトウリを見た。

 だが、そのトウリは心底蔑むような表情を浮かべて呟いた。


「所詮、フレミナは負け犬なんですよ」

「なんだと!」


 フェリーは椅子を蹴り飛ばすように立ち上がって腕を振り上げた。


「ならば! 三百年の恨みを今晴らす!」

「……寝言は寝て言え」


 溜息と嘲りの入り混じった息を一つはいたカウリは、フェリーの宣言をまともに取り合わない。そして、そんな父カウリの姿を見たトウリもまた言った。


「自分は結局新政権に取り込まれた側なんです」


 呆れたように両手を広げたトウリは、蔑むようにフェリーを見た。


「それとも何ですか? 伯父上が狼王を名乗られますか?」

「どういう意味だ?」


 トウリの真意を問うフェリー。だが、カウリをチラリと見たトウリはウンザリとした表情を浮かべつつも、上目遣いにフェリーを見て言った。


「仮に自分が太陽王を名乗ったら、誰がその正当性を担保するのですか?」


 トウリの言葉にハッとした表情を浮かべたフェリーは、カウリやトウリが嘆いている本当の問題をやっと気がついた。

 かつて覇権を争ったシウニン一族とフレミナ一族の戦い以後、太陽王を継承する者は統一王ノーリの血筋を継承している事が絶対条件だった。ならばそのノーリと争った者の子孫であれば、堂々と太陽王に挑戦できるのではないかと、フェリーはそう確信した。


「トウリ!」

「……何ですか伯父上」

「シウニンのノーリと争ったフレミナの王フリオニールの名において!」

「……あぁ、フリオニール・フレミナてすか」

「そうだ! フリオニール・フレミナの正統後継者であるフェリブル・フレミナはトウリを太陽王に認める!」


 激昂しているフェリーをまえに、カウリは『ハッ!』と鼻で笑った。


「お前さんがフリオニールだとでも言うのか?」


 その問いにフェリーは笑って頷いた。


「余はフレミナの王。オオカミの王、フリオニール・フレミナである!」


 一瞬の間が空いてカウリとトウリは顔を見合わせた。

 フェリーがなにを言い出したのかを理解するのに一瞬の時間を要したのだろう。


「わかった」


 一言だけ呟いたカウリはトウリをジッと見た。

 何かを促すかの様にジッと見つめる眼差しは、どこか呆れた風を感じさせた。


「これがル・ガルの未来の為だと信じましょう……」


 トウリは覚悟を決めたように表情を変えた。

 そんな息子の姿を見たカウリは自嘲するような笑みを浮かべフェリーを見た。


「儂が首謀者となってあの小僧に反旗を翻す。その保証人がお主だ。そして、事がなった暁には、トウリをフレミナの王として認証しろ」


「あくまでこれはアージン一族の中の後継者争いです。アージンの主家がシウニンからフレミナに変わると言う事です。ですが、それを行う正当性の担保として、伯父上はカリオンの指図を甘んじて受けてください」


「そうだな。戦で簒奪するのでは無く手順を踏んで民衆の支持を得て、堂々と交代するのが良いじゃろう」


 カウリとトウリは顔を見合わせて頷きあった。

 そのふたりを見つめるフェリーは、野望に燃える顔になっていた。


 ただ。この席を筒抜けに見ている目がある事をフェリーは知らなかった。

 ガルティブルク城の奥深くにある太陽王の書斎では、ウィルがカリオンや枢密院の老人たちと共に、ニヤニヤと笑いながらフェリーを見ていたのだった……



・公爵五家紹介



 アッバース家

 ガルディアラ大陸の南方にある、砂と岩で埋め尽くされた暑い地域出身のアッバース家。

 この一族は本来の住処としてきた地を追われ、北へ北へと逃れてきた一門の末裔。

 様々な種族による地域争奪戦に敗れ、アージン家を頼ってやって来た。

 アージンによるイヌの統一国家建設事業に賛同する代わり、南方における利権拡大に協力して欲しい。そんな思惑だった。それ故にアッバース家は代々ル・ガル歩兵戦力の中心を担ってきた。

 熱く厳しい環境に適応した一門故に打たれ強く我慢強く忍耐強いが、胸に秘めた想いを果たす意志の強さは他家では比較にならない。

 カリオン即位の時点で主家当主はアサド・エクセリアス・イブン・アレーフ・アル・アッバース。

 南方系特有の文化として、出身部族と父性を同時に名乗るのが特徴で、アサドの本名を解読すると、アサドは公爵であり、アレーフの息子でアッバース家の出自である。となる。

 アッバース家は支配地域を持たないため、本拠地名称は名前に入らない。

 南方高温地帯に適応したイヌたちの長。

 (モデルはレーヴィフェンやサルーキー等)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ