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最初の激突 / 公爵家紹介・スペンサー家

 ―――― 帝國歴 336年 6月 20日


             ガルディブルク城 中庭





 まだ一般参賀の行なわれる前の時間帯。

 朝食をリリスと共に済ませたカリオンは城の中庭に出て、近衛師団騎兵を相手に剣の稽古をしていた。帝王もまた一人の騎兵であると言うシュサの美学をカリオンは誰よりも色濃く受け継いでいた。


「ッセイ!」

「オォッ!」


 長剣を使って真剣に斬りあっているのだが、カリオンの技量は並みの騎兵では太刀打ちできないレベルだ。そんな姿を満足そうに眺めるセオドア卿とダグラス卿は、二人揃って実戦経験の中から得た教訓を若き帝王へ指導していた。


「違う違う。そうじゃ無い」

「そうだ。それだと違う角度に槍持ちがいたら簡単に首を取られる」

「……そうか」


 上半身裸になって汗を掻きながら稽古するカリオンは、やや息が上がっていた。

 そんな中庭へ唐突にカウリが入ってきた。その後ろにはフレミナの主フェリブルとシャイラが続いていた。

 一瞬だけ怪訝な顔をしたカリオンだが、その後になってシャイラと共に歩く姿を見て、相手が誰だか判ったと言わんばかりの笑顔を浮かべた。


「伯父上殿!」

「おぉ! 朝から精が出るな! 結構結構!」


 ハハハと軽快に笑うフェリーを前に、カリオンは剣を鞘へ納めて汗を拭いた。


「すまぬ。今朝はこれまでとしておこう」

「ハッ」

「ご苦労だった。下がってよい」


 どこか腰の浮くような軽さをまとって騎兵を下がらせたカリオン。

 そんな姿に眉根を寄せているダグラス卿とセオドア卿のふたりをフェリーは横目で眺めた。まるで『なんだこいつは』と言わんばかりの態度な元公爵当主に、フェリーは内心ほくそえんだ。


「今はもうカリオンなどと呼び捨てには出来んな」

「えぇ。何せ太陽王ですから」


 厭味ったらしい口調で胸を張ったカリオンは、言外に『跪いたらどうだ?』というような態度だ。フェリーは一瞬表情を強張らせたが、すぐに笑みを湛えた好々爺の表情になった。


「そうだな。まずは即位祝着と言祝ぐべきよの」

「まぁ当然でしょうね」


 顔の表情を変える事無く言い放ったカリオン。

 元公爵当主のふたりは顔を見合わせた。

 だが、そんなのを無視してフェリーは本題を切り出した。


「繁忙を極める太陽王の手をイタズラに押し留めるのも本意ではない」

「そうですね。これから面倒な仕事が山積みですから」

「面倒な?」

「えぇ、そうですよ。来る大侵攻に向けて貴族の配置を全て変えます」


 サラッと言い切ったカリオンだが、フェリーは僅かに首をかしげた。


「大侵攻……とな?」

「おやおや、伯父上にはまだ書状が届いておりませんでしたか?」


 小馬鹿にするような怠業の物言いで小馬鹿にしたカリオンは、側近の様に控えていたセオドア卿へ『説明してやれ』と言いたげな横柄さで手を振った。


「あー 要するにだ。若き王はネコを滅ぼそうと本気で思っておられる。故に全土の貴族を配置換えした上で、効率的な補給体制を構築し、兵站に過不足なきよう配慮される所存であられる」


 セオドア卿の言葉に続きダグラス卿が話しを続けた。


「一思いにネコを滅ぼしてしまえばル・ガル国土はおよそ五割増しとなり、各家の所領変動は相殺される事となろう。穀物の収穫量は飛躍的に増え、イヌは第二の発展期を迎えることとなる」


 カリオンが描くばら色の未来だが、フェリーは表情を曇らせた。


「その計画だが、我が家だけは所領変えを免除してもらう事は出来ぬか?」


 そっと切り出したフェリーは、やや俯き加減な姿だった。


「太陽王の施政方針に異を唱えるつもりは無い。盾突こうなどと不埒な事を思っているのでも無い。ただ……」


 ふと顔をあげたフェリーは僅かに驚いた。

 カリオンが只ならぬ空気をまとっているのに気がついたからだ。


「……ただ?」


 声音の変わった太陽王は、これ以上無い冷えた眼差しでフェリーを見ていた。


「我がフレミナの所領は北の果てと言っても良い所だ。話す言葉も習慣も異なる民が多い。その全てを引き連れて行くなど不可能なのだ」


「引き連れる必要などありません伯父上。貴族家の家族だけが移動して行けばよいのですよ。まぁ、多少は引き連れてゆく事になるでしょうが、下々の者はその地に留まればいいのです」


「……我がフレミナは土着の者の集まりだ。それが不可能なのだ」


「不可能ならば行なわないなどありえません。実行していただきます」


 冷え冷えとした空気をまとっているカリオンは、口調に熱を帯びさせ始めた。


「ここに居るレオン家やスペンサー家も同じように土着豪族からの成り上がり」


 不意にダグラス卿の顔が変わった。

 成り上がりといわれ気分を害したとフェリーは思った。

 だが、そんな事を気にする事無くカリオンは一方的に喋っている。

 その姿は高圧的で居丈高で偉そうなものだ。


「全ての公爵家が同じように振舞う中、例外など認められると思いますか?」


 フェリーが二の句を飲み込む程にカリオンの姿は高圧的だ。


「全てはル・ガルの未来のため。余はその信念で行なっている!」

「……どうあっても駄目か?」

「当たり前だ!」


 スパッと言い放ったカリオンは、面倒そうな表情になって伯父フェリーを見た。


「今は先の戦の後始末の真っ最中。先帝ノダは失意のうちに亡くなりやるべき事は非常に多い。あまり無駄な時間を取らせないで頂きたいものですな。伯父上殿」


 フンッ!と鼻を一つ鳴らして歩み去ろうとしたカリオン。

 だが、その背中を一喝した剛の者がいた。


「何をやっておるか! 馬鹿者が!」

「なんだと!」


 脊髄反射で言い返したカリオンは、声の主がカウリである事に気がついた。


「フェリーは本気で困っておるのだぞ!」

「困らない者など居りますまい! むしろ居たら連れて来て貰いたいものだ」

「北の地からわざわざやって来たものをお前は手ぶらで帰すのか?」

「皆が公平に負担するというのに、例外を作るのは良からぬでしょう」


 理屈と屁理屈の境界で激しくやりあうカウリとカリオン。

 そんな中、カウリはついにぶちきれた。


「この痴れ者めが!」

「無礼ぞ! 余を誰と心得る!」

「お前にもフレミナの血が流れておるのだ!」

「だからなんだ!」


 負けずに言い返したカリオンは胸を張った。


「俺は太陽王だ! 他の何者でもない! 太陽王だ!」


 カリオンの指が自らの胸を指し示した。

 輝く太陽のような傷跡が胸に輝いていた。


「我が血筋はル・ガルでもっとも古く、そして何よりも新しい!」


 カリオンの手は蒼天に浮かぶ太陽を示した。


「我が意は代々続く太陽王全ての意志だ!」

「なんだと! 困窮する臣下の言葉を聞かずして王が務まるか!」

「やかましい!」


 大声でカウリの声を跳ね返したカリオンは天を見上げた。


「命は天より受ける。太陽王は地上における太陽の代行者だ!」


 余りに高圧的な態度を取っていたカリオンだが、ついにフェリーもぶち切れた。


「黙って聞いておれば偉そうに! この若造が!」

「なんだと! この無礼者め!」


 激昂したカリオンは遂に腰の太刀を抜いた。


「ここで首を刎ねてくれようぞ! そこへ直れ!」


 大股でフェリーへと歩み寄っていくカリオン。

 だが、その腰へトウリがしがみ付いた。


「待て! 待つんだ! カリオン!」

「離せ兄貴! あの男を生かしておけばル・ガルの為にならない!」


 トウリを振り解こうとしたカリオンだが、トウリに続き近衛師団の騎兵たちもカリオンを必死で止めた。そして、当のフェリーはトウリの妻サンドラが必死になって止めていた。


「オジジ様! どうか! どうかお待ちを!」


 その隣ではカウリがウィルによって足止めされていたのだった。


「御館様。ここで争っては国権に傷がつきますぞ」

「……判っておる」


 身を切る沈痛な空気の中、カリオンは太刀を投げ捨て周囲の者を控えさせた。


「……取り乱した。わが身を恥じる。スマヌな」


 その言葉に最後までしがみ付いていたトウリはそっと離れた。


「伯父上殿。せっかくのご来訪、誠に恐縮です。だが、これは国家の大計です。全ての貴族は人民の手本として、率先しての協力を求めてあります。色々あるでしょうが、どうか協力していただきたい。さもなくば、次は本当に伯父上を斬らねばなりません。身内を斬るのは心が痛みます。どうか理解していただきたい」


 一方的に言うだけ言ったカリオンは、太刀を拾って鞘に収めると中庭を立ち去っていった。その後ろに近衛騎士が続き、そしてふたりの元公爵当主も続いた。


「フェリー。おぬしとあの若造とどっちが相応しいか、よく考えておけ」


 冷たい一言を残してカウリも歩み去った。

 僅かに残されたフレミナの一門は半ば呆然としていたのだが、トウリは妻サンドラを立たせると力なく首を振った。


「伯父上様。せっかくのお越しなのですが」

「あぁ。わしも手をまずったようだな」


 つらそうな表情のフェリブル。

 そんな姿を見ていたサンドラは指から指輪を抜くとフェリーへと手渡した。


「オジジ様。頂いたこの指輪をお返しします」

「なんと……」

「若王様はご覧の通り劇昂しやすい性格。いつ私が斬られるかも判りません」

「然様か……」

「もし私が斬られた時には、この指輪を最期の力で砕いて見せます」


 サンドラは迫真の表情を浮かべた。


「そうしたら仇を討ってくださいませ」

「……あぁ、解った。そうしよう」

「どうか、常に身に付けてくださいますよう……」


 涙を流して懇願したサンドラの背中を抱いたフェリー。

 その一部始終を見ていたカウリは、力なく首を振って嘆いた。

 だが、その一連の流れを見ていたシャイラは、どこか満足そうに笑っていた。








「……予定通りですな」

「流石ですね」


 控え室へと下がったカリオンは周囲の者を全て下がらせ、ウィルと二人で遠見の魔法を見ていた。サンドラがフェリーへと渡したオニキスの指輪は、フェリーたちの会話全てを筒抜けにする魔法が込められていたのだった……



・公爵五家紹介


 スペンサー家

 ミッドランド(中つ国)とはル・ガル東方地域の広大な地域を総称して付けられた地域名で、イヌの生存圏だけで無く様々な東方種族の中心地として付けられた。

 その中で様々な種族間のもめ事や交渉事などに力を尽くしてきたスペンサー家は、地域の警察としての機能も果たしてきた。

 それ故に他種族からの信望も篤く、ル・ガルが東方種族と比較的良好な関係を保っている最大の要因とも言える。『スペンサー家と上手く付き合えば損は無い』そんな実体の無い信頼で東方種族(キツネ・タヌキ・サル・トリ等)と折り合いを付けていた。

 カリオン即位の時点で当主はマーク・エクセリアス・ダグラス・ミッドランド・スペンサー。短く太い首とガッシリとした体格。何より、力感と緊張感の溢れる立ち姿は戦闘種族と呼ばれたスペンサー一門をよく表している。

 地域的な特徴として様々な血族が混じり混血が進んでいるが、主家であるスペンサー家の当主は一門の特徴をよく表している者が多い。(元モデルはブルドッグ)

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