政治の真実 / 公爵家紹介・レオン家
カウリが自宅を出てから小一時間ほど経過したガルティブルク城の一室。
枢密院の者達はカリオンやウォークと共にカウリの到着を待っていた。
「カウリ卿がご到着になられました」
ウォークの言葉を聞いたウィルは、枢密院の秘密会議室へと入りかけたカウリを押しとどめ、簡単な印を切って魔術を掛けた。
カウリの身に魔力発動点を付けておいて、こちらの情報がフレミナ側に筒抜けになるのを防ぐ為の必要な処置だ。
「さすがじゃのぉ」
ニンマリと笑うアサド。ラスプーチンも満足げに頷く。
そんな老人たちを横目に見ながら、ゼルは薄笑いを浮かべていた。
「結局の所、魔術の本当に恐ろしい所ってこういう部分でしょうな」
「然様。いかなる秘密も全て筒抜けになる事の恐ろしさは……」
「あの私怨に凝り固まった愚か者には解るまい」
ゼルの言葉にセオドア卿とダグラス卿が応じた。
術を使ったウィルは振り返って部屋の中の老人たちに小さく頷く。
「で、どうだった?」
のっけから回答を求めたゼル。
カウリは相変わらず悪い顔になったままだ。
「案の定さ。あの世間知らずの田舎者は皆が予想するとおりだった」
各々に僅か嘲笑をこぼし、そして視線をゼルに向けた。
その中心に居るゼルはカリオンをジッと見た。
「次はお前の番だ」
「心得ています」
「精々、愚昧な暗帝を演じろよ?」
そんな言葉に枢密院の老人たちがドッと笑った。
「太刀を抜いたら拙いかな?」
皆に意見を求めたカリオンは、一緒になって笑っている。
「まぁ、王が手討ちになさるのなら、誰も文句は言いますまい」
「そうね。腕の一本も切り落としてやって『そこへ直れ!』と唸り付けて」
ボルボン家の夫婦が楽しそうに言えば、皆は再び笑った。
何とも時代がかった仕草を見せたフェリペは、両手を広げ笑っていた。
「むしろ本当に腕の一本も切り落とした方が良かろうて。その方が怒り骨髄で徹底的に愚かに振る舞ってくれよう」
ジダーノフ家にとってフレミナ家は不倶戴天の敵だった。
ル・ガル統一前に徹底的に抑圧された歴史を持っている関係か、カリオンの行幸を熱狂的に迎えただけでなく、ラスプーチンとふたりだけで話しをした夜更けの密談では、カリオンの示したフレミナ滅亡計画に対しもろ手を挙げて賛成していた。
「ところでウィル」
「なんでしょう?」
ゼルは僅かに思案を練ってから言葉を続けた。
「あの、フレミナの主に常時監視を付けられないだろうか。出来れば会話が筒抜けになるような物がいいんだが」
「それなら容易い事です。何事か、魔力発動の顕在点になる魔道具をあれば」
「だが、身に付ける物だと風呂時などで外してしまうだろう」
「ならば首飾りなどはどうでしょう?」
「問題はどうやって首から下げさせるかだな」
腕を組んで思案しているゼルは自らの知識を使って思慮を巡らせた。
「カリオンが手渡したなら、嫌がって身に着けぬでしょうね」
ジャンヌが指摘した問題は正鵠を得ていた。
ル・ガルの中にあって一つの独立国そのものなフレミナ領に戻った時、フェリブルが身から外してしまっては意味が無い。
「ならば妻サンドラがフレミナから持ってきた指輪を渡しましょう」
黙って話を聞いていたトウリはそう提案した。
フェリーに引き合わされトウリの元へ嫁いだフレミナの娘であるサンドラは、フェリー自らが婚儀の祝いにと指輪を持たされていた。魔よけの意味を持つブラックオニキスの中にターコイズの青い鳥がはめ込まれた美しい仕上がりのモノだった。
「……あの石はオニキスです。魔力を込めるには相手が悪い」
肩を窄めて困ったように笑うウィル。そもそもに瑪瑙石は魔術避けの意味が強い媒体で、全ての魔術儀式等を弾き飛ばす強い効力があった。
「どうにかならない?」
カリオンは率直に問うた。
だが、ウィルは力なく首を振るだけだった。
「正直に言えば解りません。随分昔に何度か挑戦しましたが、全て失敗しました。次の満月の夜に強い魔力儀式を用いて挑戦してみますが……」
そこでハッと気がついたウィル。
今宵が満月だったのだ。
「のぉ、ウィル殿」
アサドは首から提げていたいくつもの首飾りを外し渡した。
「我々砂漠の民は身に付けて来たこれが全財産だった。この首飾りも先祖代々受け継いできたモノだが、強い魔力を秘めていると言い伝えられている」
アサドから首飾りを受け取ったウィル。
まるで電撃にでも撃たれかの様に身体を震わせた。
「……これは凄い」
「同じような事は出来んもんか?」
「いえ、これを触らせていただければ充分です。仕組みはわかりました」
満足そうに笑ったウィルはアサドへと首飾りを返した。
「若、奥方の指輪を一晩預からせていただけますかな?」
「解った。後で預かってこよう」
「ならば私は術の支度を調えます故……」
深々と一礼したウィルは部屋を去り、その空いた席にカウリが腰を下ろした。
「カウリ。例の御仁はどうだ?」
「案の定といったところかの。予想通り薄っぺらいもんじゃ」
「そうか」
ゼルとカウリの気安い会話に皆が磐石の信頼関係を見た。
ただ、ゼルは相変わらず心配そうな表情で思案を重ねていた。
「考えすぎても始まらん。賽を転がしたなら、出る目は神のみぞ知るもんだ」
「そりゃそうだ。だからこそ出たら困る目の対策を先にするんじゃないか」
思案を重ねるゼル。
そんな姿をジッと見ていたカウリは満足そうに頷いた。
――ワシは逆賊の汚名全てを被り死ぬ
――だが、カリオンと娘リリス。そしてトウリとサンドラ夫婦
――なにより、五輪男と琴理の夫婦に幸せになってもらいたい
――全ての元凶は儂にあるのだ
カリオンやトウリを交え、慎重に慎重を重ねて打ち合わせしたカウリ。
その席では、毎回決まって最後に自ら命を差し出すと繰り返した。
もちろんゼルはカウリに対し『絶対に死なないでくれ』と何度も懇願してきた。
だが、カウリの固い意志は変わらなかった。
カウリの膝を抱くように説得するゼルは、カリオンもトウリもまだまだ覚えるべき事が多いのだと、カウリに自重を願っていた。毎回の様に翻意を促したゼルだが、カウリ固い決意は変わらなかった。
それゆえ、最後にはゼルまでもが『ならば俺も死ぬ』と言い出す始末だった。そんなゼルの熱意に絆されたのか、ついにカウリは決意を曲げた。
――儂は太陽王に牙を剥く
――上手く賊軍をまとめる故、確実に鎮圧してくれ
――ついでにフレミナを寝切りしてしまおう
――これで後顧の憂いも無くなるだろう
そんな重い押し問答を経た末、フレミナ滅亡計画は動き出した。
この席に出ている帝國老人倶楽部の面々が全面支援する中、蟻地獄のように逃れられぬ罠を仕込んだ謁見の席は、いよいよ幕を切って落とそうとしていたのだった。
「ところでトウリ」
「はい」
不意に何かを思いついたフェリペは怪訝そうにトウリを見た。
「君にこういう質問をするのは甚だ失礼だろうが、あえて聞かねばならぬ。そこは了見違いをしないで貰いたい」
「なんでしょうか?」
「君の細君はこの席の我々が狙うことを理解しているのかね?」
「……いえ。全て伏せてあります。気が付いて居るかも知れませんが」
部屋の面々をもう一度グルリと見回したトウリは、小さく息をこぼした。
「だからといってなにが出来ようか?と落ち込むでしょう」
「そうか」
フェリペは妻ジャンヌの手を握ってもう一度問うた。
「君は妻を愛しているか?」
「……もちろんです。十年経って、やっと夫婦になってきました」
「そうか。ならば細君を大切にせよ。君の父カウリのようにな」
「はい」
「さすればいつか、夫の思う事を理解しよう」
夫は自らの生家を裏切ろうとしている。貶めようとしている。
普通ならそれに気が付けば烈火のように怒るものだろう。
だが、カウリの妻ユーラは全てを飲み込んで口出しせずにいた。
稀にカウリ邸へと遊びに来る姉妹シャイラにも黙りを決め込んでだ。
その身を焦がすような思いはいかほどか。
まだ若いトウリには思い至らない部分だろう。
しかし、少なくとも現状では賽が投げられたのだ。
もう後には引けない。ならば皆が願うことは一つ。
どうか我らに抵抗しないで貰いたい。
そうすれば殺さずに済む。
それだけの事だ。
「して、若王よ」
ダグラス卿は静かに語り掛けた。
「我々はみな王の剣だ。心配なさるな」
「そうじゃ。全ては段取りどおりじゃ。皆、上手く立ち回ろうぞ」
ダグラス卿を後を受けたカウリは話しを〆る。
黙って頷いたカリオンは、僅かに視線を落としてうすく笑っていた。
・公爵五家紹介
レオン家
グリーンステップと呼ばれるルガル西方の広大な草原地帯を一族発祥の地とするレオン家は、一族の長ジョンを筆頭に主として18の衛星貴族を持つ名家としてイヌの歴史を共に歩んできた。
遠い遠い昔。統一王ノーリから更に数代前のアージン一族と不戦の誓いを交わして以来、アージン家に代えてル・ガルの王となるならレオン家と呼ばれる程に地域へ根を下ろしている。
カリオン即位の時点で一族の頂点にあるのはジョニーの父、ジョン・エクセリアス・セオドア・グリーンステップス・レオンで、後にジョニーに代替わりしたときにはセオドア・レオンと呼ばれる事になる。また、字は一般市民や侯爵以下の貴族からの呼称でもあり、ジョンはファーストネーム/ファミリーネームとなる。
公爵家当主か大公家、家族親族以外がその名で呼ぶ事は大変な無礼とされている。
レオン家は緋耀種と呼ばれるマホガニーレッドに染まった美しい体毛を持つ一族で、血が混じるに従い体毛の色が変わっていく。
いわゆる耀種と呼ばれる一族の元締め。(要するにセッター系犬種の元締め。元モデルはアイリッシュセッター)