暗闘の始まり
―――― 帝國歴 336年 6月 19日
帝都ガルディブルク郊外 カウリ・アージン伯宅
昼下がりのガルディブルク郊外。午後二時。
街を吹く風には隠しきれない夏の熱が混じりはじめている。
日向を歩けば暑いと感じ始める頃だった。
「急げ! 急ぐんだ!」
石畳の続く街の中心部を離れ郊外へと出た先。
街の周辺部にある閑静なエリアに建つカウリ邸をめざし、一台の馬車が先を急いでいた。
「もっと飛ばせ!」
「精一杯でございます! 御館様!」
「……エェイ!」
切歯扼腕と共に馬車馬の手綱を捌く御者を急かしているのは、栄える王都ガルティブルクから北へ三百リーグ以上離れた北部山岳地帯からの客だ。
若き帝王カリオンの故郷シウニノンチュよりも更に北へ百リーグ。
もはや極圏に入っていると言っても良いエリアにある街、ルクシュポール。
北都とも賞賛される美しいその街は、フレミナ・アージン家が所領とする北部山岳地帯に暮らす者達の都だった。
「あと十分ほどで到着でございます!」
「……ッチ!」
北部山岳地帯は高い山々に囲まれた小さな盆地国家の集合体だ。
かつては一つ一つの盆地が異なった文化を持つ都市国家その物だった。
約千年ほど前。
そんな小さな盆地国家を一つ一つまとめていく勢力争いが始まった。
山を越え繰り返される小規模な衝突の中で、次第にふたつの家が勃興し始めた。
後に国家統一戦争を引き起こす事になるフレミナ家とシウニン家だ。
両家は周辺国家を糾合しつつ巨大勢力へと成長していった。
ただ、概ねフレミナ家の方が優勢となった頃、シウニン家は場面転換を図り中原へと進出した。北部山岳地帯だけでは余りにも旗色が悪くなったからだ。
中原へと飛び出したシウニン家の者達は大陸全土のイヌをまとめ、アージン家を興してフレミナ家と最終決戦に及んだ。山岳地帯だけでの勢力ならばフレミナ家はシウニン家の五倍の規模を誇った。
だが、結果的にアージン家は勝利した。中原に広がる豊かな穀倉地帯で暮らしていたイヌをまとめ、巨大勢力に成長したアージン家の勢力は、精強を誇ったフレミナ一門の十倍を軽く超える規模になったのだ。
「お疲れさまでござ……ギャフッ!
恭しくドアを開けようとした御者をはね除け、馬車の乗客はカウリ邸へと大股で進んでいった。アージン家との勢力争いに敗れ、今はアージン一門の中で生きながらえているフレミナ一族の主。フェリブル・フレミナ・アージンだ。
かつては独立した地域だった各盆地も、今はル・ガルの一部としてイヌの勢力圏下に固定されている。そんな地から幾つも峠を越え、フレミナの王はカウリ邸を訪問したのだった。
「おい! カウリ! なんだアレは! 聞いてないぞ!」
「……いきなりなんだ」
さもめんどくさそうにフェリーを見たカウリは溜息を一つこぼした。
「昼食後の昼寝時なんだ。あまり大声を上げるな」
邸宅の中でラフな格好をして寛いでいたカウリ。
別段慌てる風でも無く、シレッとした態度でフェリーをあしらった。
「これが落ち着いていられるか!」
フェリーはカウリの向かい辺りにあるソファーへどかりと腰を下ろした。
そして、気ぜわしげにヒゲをいじりながら、今にも火を吐きそうな程に燃え上がった状態で一気にまくし立てた。
「あの小僧は一体何を考えておる! 全貴族の所領替えなど前代未聞だ!」
「まぁ今回が成功したら次回もあると言うことだろうな」
カウリは再びシレッとキツい言葉を吐いた。
優雅にティーカップなど掴んで寝起きのお茶を飲むのだが、そのカップを力一杯にはたき落としたフェリーは、より一層に大声を張り上げた。
「ふざけた事を抜かすな!」
ガチャンと音を立てて割れたカップを恨めしげに眺めた後、カウリは心底忌々しいと言わんばかりに溜息を吐いた。
「だからなんだと言うんだ。えぇ? 儂に阻止しろとでも言うつもりか?」
「今更止められんのは解っている! なぜ事前に止めなんだと聞いているんだ!」
「寝言なら寝て言え。太陽王の差配に首を突っ込んで話を変えるなど……」
スペアのカップにお茶を注いで再び口を付けたカウリは、ホッコリと一つ息を吐いてフェリーを見た。
「宰相が行う仕事では無いな」
「我が家にも所領替えを命じておるのだぞ?」
「当たり前では無いか。全てのル・ガル貴族は太陽王に忠誠を誓っているのだ」
「そんな事出来るか!」
「ならば謀反でも何でも起こせ。儂は一切関知しない」
面倒だと言わんばかりに左手をヒラヒラと振って払ったカウリ。
そんな態度を見ていたフェリーに一つの疑念が芽生えた。
「おぬし。フレミナを裏切るつもりか?」
「バカを言うな。フレミナを裏切る前にル・ガルを裏切れるものか」
「なに?」
「あぬし、この十年で耄碌した訳じゃ有るまいな?」
スペアのカップにお茶を注ぎフェリーへと差し出したカウリは、大きくあくびなどしながら背中を伸ばした。かつては馬上で槍を振るった歴戦の勇士だが、今のカウリはすっかり『髀肉の嘆』を地でいっていた。
「前代未聞の勅令を出したから良いんだろうが」
「……はぁ?」
「おぬし。本気で耄碌したのぉ」
優雅に足など組んでチェストから一枚の紙を取り出したカウリ。
そこにはカリオンが発した勅令の要旨がビッシリと書き込まれていた。
カウリはそこへ右手を伸ばし、人差し指を使ってトントンと中身を指し示す。
「五公爵と六十侯爵。それに三百八十八の伯爵家全てが所領替えとなる。もちろん大公家もな。子爵と男爵はそれぞれに俸禄体系を大幅に変更する事になり、端的に言えば多くの者が減収となるだろう」
めんどくさそうに説明したカウリはもう一つあくびをし、カップに残っていたお茶を飲み干した。そんな姿を見ていたフェリーはワナワナと怒りに震えるのだが、胡乱な目でフェリーを見たカウリはかったるそうな態度で呟いた。
「どれ程の者がこれに不満を持つのかのぉ」
「……なに?」
「各公爵は強制的に隠退させられ、儂は事実上宰相の座を更迭された。今の城は若造の集まりでしか無く、海千山千の寝業師など数えるほどしかおらんじゃろう」
解るか?と言いたげな目のカウリ。
そのまま三白眼でフェリーを見つつ、悪い顔でニヤリと笑った。
「学問しか知らぬ小僧共に世の政が務まると思うかね?」
再びフワァァと背筋を伸ばしてあくびをしたカウリ。
目元の涙を指でぬぐってから、ジジィのように咳払いをした。
「政治とはつまり、垂直を直角に曲げて答えを出す物だ。そうじゃないか?」
「……何が言いたい」
「おんし、ほんに耄碌したの」
もう一つ溜息を吐いたカウリは立ち上がって窓を閉めた。
そのに声が漏れなくなったのを確認し、再びフェリーの向かいに腰を下ろす。
「いかなイヌとは言え、万民一様に太陽王万歳ではあるまい」
「それは……そうだが」
「シュサの時代から幾度も儂は反乱の徒を粛清してきた。ましてや今はマダラの王じゃぞ。どれ程の者が不満を持って居ると思っておるのだ」
悪い顔でニヤリと笑ったカウリ。
その向かいにいるフェリーは怒り心頭だったはずなのに笑い始めた。
「カウリよ。貴様も策士だな」
「馬鹿を言え。長く宰相を務めた儂だぞ。太陽王を討つ事は出来ん」
「だが、話を聞いている限り……」
カウリの話しを聞いていたフェリーもまた醜悪な笑みを浮かべた。
「主君を騙まし討ちにするなど臣下の風上にも置けん事じゃ。最も恥ずべき事じゃ。だが、国民そのものが国家のありかたに不満や疑念を持ったらどうなるかね」
懐から手ぬぐいを出して顔を拭いたカウリはもう一度爺むさく痰を払った。
「フレミナは太陽王に表立って異を唱える。唱えるが恭順はする。国民はその姿にどう思うかね? 法に反する事無く太陽王の座を簒奪するなら、それを支持するのは国民じゃ」
心底馬鹿にするような表情のカウリはフェリーを眺めていた。
その眼差しが意味するものをフェリーは掴み損ねていた。
「千載一遇の好機だと思わんかね?」
「え?」
「だから」
面倒な奴だと言わんばかりのカウリは僅かに身を乗り出した。
「太陽王を決める面倒な仕組みを一気に変えてしまう千載一遇の……好機だ」
僅かに首をかしげたフェリーに対し、カウリはひどく真面目くさった顔をした。
「ノーリの決めた太陽王を選ぶ仕組みで失敗したという先例を作れるんじゃぞ。マダラの太陽王は国内をガタガタにした。貴族は寝切りされ国民は不満を持つ。そんなところへフレミナが現れる。やはりノーリのやり方は間違っていた……と」
フェリーは段々とカウリの描いた絵を理解し始めた。
「しかし、そう簡単に事が運ぶかね」
「簡単に運ぶ絶好の好機だろうに」
「と、言うと?」
「今までは若造を輔ける公爵家が幾つもあった。だが……」
一つ息を吐いたカウリはグッと迫った。
「これを気に公爵も寝切りされ、多くの貴族家が根無し草になる」
「あぁ」
「そんな貴族に連なっている平民たちは……どうなる?」
「……そうか!」
「耄碌したおぬしもやっと解ったか」
フッと小馬鹿にするような息を漏らし、カウリは再び立ち上がって窓を開けた。
気がつけば室内の空気は随分と温度が上がってしまっていて、窓から涼しい空気が流れ込んだ。
「あの小僧の代で世の中は大きく変わるだろう。だがそれに付いて行けない者が必ず出てくる。そこをどう手当てするかで王の資質は決まる。あの小僧を育てたのはヒトの男であってイヌではない。つまり、ヒトの知識に感化され、変な理想を持ってしまったイヌと言う事だ」
沈痛な溜息を一つ付いてカウリはティーポットから新しく御茶を落とした。
「付いていけない者を拾い上げ、そして保護してやる。それをフレミナが行なったら、世の中の風が変わると思わんか」
カウリは淡々と言葉を吐きつつ、三白眼をフェリーに向けた。
その鋭い眼差しにフェリーはカウリの深謀遠慮を知った。
「おぬしは…… 大したもんだな」
「馬鹿を言え。無才無学で帝王の宰相が勤まるか」
「確かにその通りだな」
「あんな小僧の手を捻るなど…… 簡単なもんだ」
どっこらしょと効果音でも出そうな大業さでソファーに寛いだカウリは、斜に構えた仕草でフェリーを見た。
「それで、おぬしは天下を簒奪したとして、どう国づくりをするんだ?」
「は?」
「カリオンから天下を引き剥がしたとして、その後はどうするんだ?」
「決まっておろう」
フェリーはグッと顎を引いてカウリを見た。
「フレミナの覇業を天下に知らしめるのだ」
「……おぬし。本当に耄碌したの。はよう引退せい」
「なんだと?」
「正当性に疑義を唱えて天下を簒奪したフレミナも、結局民を虐げるのか?」
二の句がつけないフェリーは言葉を失ってカウリを見ていた。
「まぁいい。国民が支持しない愚かな王は国民によって処断されるだろう」
だるそうに右肩をグルグルと回すカウリを怪訝な様子で見ているフェリー。
その顔には戸惑いと焦燥があった。
「儂はどうすれば良い?」
「は?」
「今の儂は宰相でも何でも無い。ただの枢密院議長だ。何の権力も無い」
カウリの口調は徹底して淡々としていた。
それこそ、フェリーが戸惑うのも仕方が無いほどに。
だが、当のカウリはどこ吹く風で鷹揚としていた。
「公爵家はカリオンの方針に従うそうじゃ。衛星侯爵家も同じじゃ。そして、伯爵家の大半が方針の受け容れか、または前向きに検討という回答を出しておる」
カウリの眼差しを一言で表現するならば、呆れているとなるのだろう。
目先のことしか考えていないフレミナの愚かさをあざ笑うような姿だ。
「正直に言えば、お主が儂の所に怒鳴り込んできた時点で、もはやフレミナに勝ち目が無いと解ったのだ。どんな国家を作り国民をどう導くのかの筋道を、お主を含めたフレミナの者は何も考えてはおらん。ただ単純にアージンへの復讐しか無いバカで愚かで間抜けな者の集まりだ」
再び辛辣な言葉を吐いたカウリ。
ただ、その言葉に混ざるのは隠しようのない苛立ちだ。
「カウリよ…… おぬし……」
「いいかフェリー」
ソファーから身を起こしたカウリはやや俯き加減のままフェリーを見た。
三白眼の力強さにフェリーは思わず首をすくめる。
「儂とシュサが手を取り合ってやってきた事は、国家の安定と国民の幸福の追求だ。それに対し、お前さんがやろうとしているのはただの復讐だ。そんな事をするために儂はフレミナに協力してるんじゃないぞ?」
カウリの指がまるで刃物の様にフェリーを指差した。
「勘違いするなよ田舎者」
ガラリと声音の変わったカウリは恐ろしい形相に変わり、顎を引いて上目遣いにフェリーを睨み付けた。その眼差しは過去幾度も死線を潜った歴戦の強者だ。
髀肉の嘆と言ったところで、カウリの本質は何ら変わっていない。稀代の武帝であったシュサと共に幾つもの戦場を駆け抜けたル・ガル屈指の武人は、片田舎に引きこもって権謀術策を巡らせるだけの男を震え上がらせた。
「儂はあの小僧ではル・ガルが早晩立ち行かなくなると思うからこそ…… ただの引きこもりでしか無いお前さんの野望に手を貸しているんじゃ。ただ、単純にフレミナが復讐の為だけに太陽王の座を簒奪しようとしているのなら、今すぐあの山奥のド田舎に帰って反乱でも何でも起こせ!」
普通なら言われて腹も立つところなのだが、カウリの気迫に飲まれたフェリーは蒼白な表情のままカウリを呆然と見ていた。
「儂の協力はこれまでだし、何があったのかの全てを枢密院で詳らかにしてくれよう。お前さんがどうなろうと儂の知った事では無いわ!」
カウリの遠慮ない言葉にゴクリとつばを飲み込んだフェリーは、心なしが顔の相に怯えの色が混じった。だが、そんな事を気にする事無くカウリは一気にたたみ掛けた。
「今のお前さんならカリオンの方がまだマシだ! とっとと失せろ!」
低く唸るような声で睨め付けたカウリは微動だにせずに居る。
まるで僅かでも動けば途端に斬られるのでは無いかと思うほどの気迫でだ。
完全に丸腰なのはフェリーも解っているのだが、何も相手を殺すのに刃物だけが武器では無い事くらい解っている。
「私は…… どうすれば良いのだ?」
「かつてのダーは……」
これ以上無い程の溜息を吐き出したカウリはボリボリと髪をかき上げ、そして呆れた表情を浮かべていた。もはやフェリーを見る事も無く、天井など見上げてしまっていた。
「いや、これを言っても時間の無駄か」
ふと顔を起こしたカウリはやや首を傾げてフェリーを見た。
「国家の大計も無しに反乱を起こそうとしたバカはとっとと失せろ。お前さんだけじゃ無くフレミナは筋金入りのバカ揃いで、おまけに私怨だけで三百年を過ごした真性の無能者の集まりじゃ」
ハッと鼻で笑って戯けた声になったカウリが言う。
「なにが『私はどうすれば良いのだ?』だ。そんなものは自分で考えろ無能者」
再びフェリーを指さしたカウリは眉間の皺をより一層深くした。
「いいか? バカで無能なお前さんにも解りやすく話をしてやろう。民草を虐げる王制を敷けば、早晩フレミナは国民によって滅ぼされる。中原の広大な穀倉地帯は他の種族によって奪回される。イヌは再び世界の奴隷で水呑百姓に逆戻りだ」
身を乗り出したカウリは言葉を続ける。
「ノーリもトゥリもシュサもそれは受け容れがたいと国土の防衛に奔走した。ノダはともかく、カリオンはこれからその体制をより一層強くしようとしているのだ。そして、あの小僧は本気でネコを滅ぼすつもりだ。何より敬愛した祖父シュサを殺したネコを徹底的に根切りして、この世から一人残らず消し去ってやると本気で思っておる」
カウリの話を聞くべく身を乗り出していたフェリー。
その頬をカウリの手がいきなり叩いた。
「だが、お前さんは。ここに座っている稀代のバカ男は、イヌがどうなろうと、ル・ガルがどうなろうと、そんなものは関係無く、私怨を果たすだけが目的と来たモンだ。儂はこの身体にそんなバカ一族の血が一滴でも混じっておると思うと、本気で情けなくなるわい」
フェリーの頬を叩いたカウリの手は、次にフェリーの襟倉を掴んだ。
「お主はどんな国作りをするんじゃ。イヌをどう導くんじゃ。他国をどう押さえ込むんじゃ。そんな程度の事も解らんなら、今すぐあのド田舎へ帰れ。そして滅べ」
ドサリとソファーに身体を預けたカウリは、本気で忌々しいと言わんばかりだ。
「その方がイヌ全体にとっては利益だ」
徹底的になじられたフェリーは言葉を失ってソファーの上で呆然としていた。
だが、僅かに俯き思慮を巡らせている。その僅かな機微をカウリはジッと観察しているのだった。
「私は…… 政治を知らん。小さな盆地国家をまとめる程度で精一杯だ。正直に言えばシウニンの一族に復讐する以外に何の目的も無かった」
カウリの煎れた茶をやっと啜ったフェリーは、一つ溜息をこぼした。
「おぬしに言われてやっと気が付いた。その後の画を描いていなかった」
「お主はどうするんじゃ」
「私は…… ネコと同盟を結びたい」
「……はぁ?」
「ネコはこれから大きく伸びるだろう。そのネコと早めに手を結び、そして世界の安定化を図る」
「……それで?」
「やがて世界中の様々な種族が混ざり合って生活するようになるだろう。その時、フレミナは世界の王になる」
フェリーの語る夢物語を聞いていたカウリは、焦眉を開いて再び天井を見上げてしまった。
「……そんな事、出来ると思ってるのか?」
「共通の敵が必要になるやもしれん。だが」
一度言葉を切ったフェリー。
その沈黙に引っ張られカウリは顔を起こした。
見つめる先に居るフェリーはジッとカウリを見ていた。
「イヌの生活を安定させるならそれしか無い」
「……まぁ、優はやれんが良くらいはやっても良いな」
「なにが拙いのか教えてくれ」
「……お主程度の世間知らずがイヌの王なら、ネコも歓迎するじゃろ」
やおら立ち上がったカウリは衣服を整えるべく上着を脱いだ。
そんな姿を見ていたフェリーが首を傾げる。
「どうした?」
「今日はこれから登城することになっていた」
「……ほぉ」
相変わらず冷たい眼差しのカウリはフェリーを見た。
なにごとかを思案している姿だが、どうせ碌でもない事だとカウリは思った。
「明日にでも謁見の段取りをしてくれぬか?」
「なんだと?」
「お主の言うとおり、異を唱えつつ恭順する姿勢を示す」
「……少しは頭が回るようになってきたか?」
カウリの辛辣な言葉にフェリーはニヘラと笑っていた。
「フレミナの度量を天下に示す良い機会だ。善は急げと言うからな」
「解った解った。段取りだけは付けてやるが、あとはお主の努力一つじゃ」
「それで良い」
「ただな」
上着を引っかけ部屋を出たカウリは振り返ってフェリーを見た。
「お主のその世間知らずっぷりなら、百戦錬磨のネコの国府連中にしてみれば赤子の手を捻るより容易く丸め込むじゃろ。お主はお飾りの王にされ、なんだかんだで国民は奴隷生活に逆戻りだ。千年後の歴史書にはイヌが滅ぶきっかけを作った稀代の暗帝と記されるじゃろう…… まぁ、それもお前さんの好きにすればよい。ゆっくりと寛いでおれ。話を付けてくる。続きは自分で考えろ」
吐き捨てるように暴言を残したカウリが部屋を出て行った。『頼むぞ!』と言いかけたフェリーは、その一言を言いそびれてしまった。
馬房から馬を出させたカウリは軽快に跨がって城へと向かっていく。その後ろ姿をフェリーが見ていた。
――さて、充分焚きつけたはずだが……
――あのバカ男は思うように踊ってくれるかのぉ……
アレコレと思案を巡らせるカウリ。
その顔には再び醜悪な権謀術策を巡らせる参謀の色に変わっていた。