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若王の新政権


 同じ頃。





 王都の中心部。

 城下のレストラン『岩の雫』では、ラフな姿のカリオンがリリスと共に食卓を囲んでいた。その席にはカリオン政権と呼ぶべき新しい国家指導者の面々が並び、闊達な意見を交わしながら楽しげに食事の時を待ってた。

 ガルティブルク城直下にあるレストラン岩の滴は、今でもカリオンお気に入りの店だ。城内で供される食事を不味いと思った事は無いが、この店では国民も全て無礼講で話が出来る体制だ。街の声を直接聞ける場は、カリオンにとって貴重な場なのだった。


「すまない。遅くなった」


 手を上げて店に入ってきたのはカウリの長子トウリ。

 カリオン政権では要職に就いている、いわば最重要人物だ。


 この十年、カリオンは自らを中心とする、ガルディブルク城の政権を担う人材を集めてきた。士官学校で同期のジョニーやアレックスはまだまだ修行中の身分であり、カリオンの周りを固めるには少々早すぎる。

 故に、カリオンは様々な階層から一廉の人材ばかりを集め自らのサポートに付けることにしたのだ。


「さて、皆揃ったね」

「あぁ。俺で最後だったからな」


 チクリと皮肉ったカリオンがぺろりと舌を出しトウリは笑う。

 この人材は老人倶楽部の息が掛かった者ばかりであり、フレミナの圧力を少しでもかわす為の、いわば盾の役割をする事になっていた。

 出来上がっていく『新しい国家の姿』を見た老人倶楽部の面々は、皆一様に満足げな言葉を吐いた。


 そして、政権にも枢密院にも参加しなかったシャイラの不遇を嘆く。

 世が世なら太陽王の正妻で后だったはずの女だ。

 その不遇と不幸は筆舌に尽くしがたい。

 叔母を救いたかったカリオンだが、こればかりはどうしようも無かった。


「じゃぁ、先ずは腹ごしらえと行こうか」


 テーブルの上には岩の滴のマスターが拵えた心づくしが並んだ。

 学生時代から好んで食べている鳥の照り焼きを始め、未だ若い王の身体を思ったメニューだ。上機嫌でグラスを掲げたカリオン。それに倣い、みながグラスをかざす。


「では、今日の閣議を始める。乾杯!」


 カリオンの音頭で乾杯し食事を始める。

 だが、その食事中も討議は続く。

 多くの市民が横目に見ている状態での謂わば公開閣議だ。


 全てをオープンにするカリオンのスタンスを、全ての閣僚が賛同していた。

 ただそれはあくまで象徴的な事であり、外へ話が漏れても問題ない事だけを持ってくるデモンストレーションの場だ。

 難しい問題は城の中で行うのだし、ここでは国民の声を直接聞くのが目的と言える。そして、リラックスした空気の中、面々が言いたい事を言える場でもある。


「さて。最初はトウリの話を聞かなくちゃ」

「そうですね」


 食事を続けながらも驚く程の速度で速記を続ける人物がカリオンの隣にいた。

 カリオンを挟んでリリスの反対側に座っていた男。ウォーク・グリーン。

 彼は十年少々の昔、カリオンがかつて愛馬としていたレラの最期を見届けさせてくれた伝令のポーシリ(一年生)だ。


 カリオンがウォークを見つけたのは、行幸の最中にレオン家へ立ち寄った時だ。

 何処かの貴族の出自かと思っていたカリオンだが、ウォークと呼ばれた青年は全くの平民出身で、しかもその出自はレオン家に連なる衛星貴族の一つ、レガルド家に奉公する貧しい片田舎の小作人だった。


 ――元帥閣下!


 そう声を掛けてきたウォークとカリオンは、つかの間の学生時代に逆戻りした。

 懐かしい話題で盛り上がったふたりだが、カリオンはこのウォークがとんでもない人物に育っていることを知った。


 戦闘的な一族と言う事で戦に明け暮れるレオン家とその一党だが、そんなレオン家の中にあって何かと気が利くタイプの人間で、しかも細かな矛盾やささやかな疑念などを素早く見つけ出す頭の回転も良い男だった。


 ――レガルド。彼を私の相談相手に譲ってくれないか?


 いきなり話を振られたレガルド公は心底驚いた。

 かつては自らも同じように才能を見抜き、レオン家の名前でビッグストンに放り込んだからだ。やがて自らの側近にと願ったのだが、カリオンはウォークを王の側近衆に加える意向を示した。


 ――わがレガルド家でも必要な人間です

 ――どうしてもと言われるなら、小姓(ペイジ)として召し上げてください


 レガルド家の当主はそんな希望を出したのだった。

 カリオンはそれに応え、ウォークを王の小姓としてそばに置くことを決めた。

 結果、ウォークは実に有能な秘書であり、そして、官僚等と渡り合う文官としての才能を発揮し始めたのだった。


「トウリ閣下。例の件。進捗状況は如何でしょうか?」

「なんだ、俺からか」


 官房長官とも言うべきポジションに収まったウォークだが、最年少と言う事も会って常に気を配らねばならない。ただ、それでも仕事はバリバリとこなすので、皆もその才能に一目置かざるを得なかった。


「そうだよ。一番重要な仕事だからね」

「そうだな」


 ハハハと笑ったトウリは一口囓った鳥の焼き物を皿に戻すと、懐からビッシリとメモの書き込まれた手帳を取り出した。幾枚かのページを捲り中身をサラッと確かめると、カリオンとウォークに見せるように中身を広げた。


「ご覧の通りだ」

「おぉ! こりゃ凄い! 凄いぞウォーク」

「驚きました。私の予想以上です」


 素早く書き写したウォークは、少々大きめの紙に全体像を書き起こした。

 それを皆が眺め、口々に簡単の言葉を漏らす。


「おおむね再配置案は固まった。今回ので最終案とするつもりだ」

「最終案?」

「あぁ、修正するべき所は修正し尽くした。アレコレ理不尽なまでに不公平だ」


 とんでもない事をサラッと言い切ったトウリ。

 その言葉に、皆がアハハと気楽に笑った。


「今回のは凄いぞ」

「凄い?」

「あぁ。徹底的に調べ上げて、文句が出るのを前提に作ってある」

「そうか」


 思わず苦笑いを浮かべて肩を震わせたカリオン。

 その隣でウォークは表情を強張らせた。

 トウリは鳥の焼き物をモグモグと咀嚼しつつ、あれこれ解説を加えた。


「トウリの自信作に各家がどんな反応を示すか楽しみだ」


 カリオンが兄と慕うトウリはカウリの息子で宰相の職に就く。

 宰相とは国務長官と言うべき重職であり、また政権内に居る閣僚をまとめ上げる官房長官ウォークと二人三脚でカリオンを支えていくことになる。

 トウリの父カウリが歴代太陽王の宰相として重責を背負ってきただけに、その息子もまたカリオンを支える重要なポストに就いた。


「まぁ、文句が出るのを前提にしているからな」


 カリオンの目指す国家体制の再整備は、卒業論文の中に明記されていた。

 それを最初に読んだトウリは目眩を覚えたものだったが、それを実現する為の知識と発想を持っている面子を揃える為に、カリオンはこの十年を奔走し続けたと言って良い。


 気が付けばカリオンの元に一廉の人材が集まっている。カリオンはその出自を一切問わず、様々な社会階層からあっと驚く人々を入閣させていた。広く天下に人材を求めた形だが、そんな多士済々の面々を直接従える宰相の責務は重い。


 トウリは副国王としての権限に匹敵する『司法と立法』の権限を持ち、またカリオンに拒否されない限りは閣僚内における人事権をウォークと共同保有している。


 つまり、帝王カリオンの勅旨に対し、法と言う面を持って助言を行い、また、遂行に当り必要な人材に実行を指示する事になるのだ。そうやってカリオンと二人三脚で進んでいく筈のトウリ。背負う重責は傍目に見ているだけでは絶対にわからないものだった。


「で、ユーリ」

「はっ!」

「トウリがガッツリ凄い案を作ってきたけど」

「自分はまだ未見ですが……」


 カリオンからユーリと声を掛けられた凍峰種の青年は、胸を張ってそう言った。


「財政的にはどう? あとで文句出ないかな?」

「そうですな。程よく文句が出て、上手く丸め込める程度にはなるでしょう」

「そうか。それは良かった。上手くやってほしい」

「お任せください」


 上機嫌でグラスをかざしたのはアレックスの父セルゲイ・ステファノビッチ・ジダーノフの弟に当るミハイル・ステファノビッチ・ジダーノフの長子、ユーリ・ミハイルビッチ・ジダーノフ。

 財務など国家の行政機能のうち金銭関係を一手に受け持つ相国に就任したユーリは、カリオンの友アレックスの従兄弟に当たる人物だ。王立経済大学を首席で卒業し、その後、王立工科大学で産業育成を研究した異色の経歴を持つ男だ。


「財政に関しては好きにやって良い。ただし、全体としては引き締め傾向で」

「そうですね。このままじゃ破綻しますし」

「国民に痛みを強いるのは仕方が無い。ただ、それをするからには」

「納得に足るだけの材料を揃えろ。そう言う事ですね」

「その通りだね。痛みを我慢する分だけ見返りを」

「承りました」


 長らくガルディブルク城下で経済政策の立案と実行に係わってきたのだが、祖父シュサの時代に見習いとして入ってから二十年を経済畑一筋で過ごしたユーリは、カリオンによって実に五十人抜きの偉業を見せて大出世したのだ。


「よしよし。ユーリに任せておけば安心だね」


 上機嫌のカリオンはもう一口ワインを飲んで、それからユーリの隣に座る男に声を掛けた。見るからに騎士で騎兵なその男は、カリオンの視線を受けて胸を張っていた。


「余り考えたくない事だけど、万が一の備えはどう?」

「何ら問題はありません。近衛騎士団を始め、臨戦態勢一歩前で待機しております故、ご心配は無用です」


 胸を張って答えたのはジョージ・スペンサーだった。

 国防と軍務に係わる最高責任者となる丞相のポストに就いた彼は、近衛騎兵連隊の総長を務めていた頃からカリオンの信任篤い男だ。不正と卑怯とダブスタを何より嫌うその姿勢は、カリオンにとって学ぶべき所が多い人物だった。

 そして、このジョージスペンサーは級友であったブルスペンサーの父であり、カリオンの()であるゼルとも馬の合う男だった。


「所で西の件だけど……」


 ル・ガルの中で一口に『西』と言うときは大体がネコの国を指す隠語だ。

 先の祖国防衛戦争以来、ネコの国とは表面的には上手くやっている。

 だが、ネコの国の中で行方不明になったウダ公の遺骸はまだ出てきてはいない。


 未だイヌの国の勢力圏下にあるフィエンゲンツェルブッハをはじめとするネコの東方地域は、ある意味で一触即発の事態のまま推移している。


「完全な武力侵攻を行う余力はまだ無いと思われます。推定ですが、予備兵力まで含めた最大戦力で五個師団と言う所でしょう。散発的な衝突、もしくは偶発的な合戦の可能性は否定できませんが、常時五個師団が警戒に当たっています」


 軍人とは本来、超が就く現実主義者だ。

 失敗はすなわち死に直結する職場なだけに、希望的観測だの手前味噌な理想だのは一切無視し、常に最悪の結果を想定するのが仕事とも言える。

 その軍人の元締めが様々な情報を元に推定したネコの国の正面戦力は、やっと五個師団が回復したと見積もっている。それに匹敵する戦力の全てを西方に置き睨みを効かしているのだから、ネコだって迂闊な事は出来そうにない。


「ジョージが言うなら間違い無いね。うん。問題無さそうだ」

「ありがとうございます」

「ところで、他国の状況はどうでしょうか? ネコはともかく……」


 どこか脳天気なカリオンに代わり、ウォークは心配の種が尽きない。

 その心配を読み取ったジョージは僅かに首肯した。


「まもなく農繁期を迎えるトラの方は問題ないだろう」

「そうですね。さすがのトラも農繁期となれば忙しいですから」

「そう言う事だ」


 ウォークに軽く説明したジョージはカリオンを見た。


「各駐屯地で情報の収集に当たっていますが、今すぐに何か動きがあると言う情報は届いていません。また、何かあった場合には即応出来る体制を整えます」


 軍務を預かるジョージスペンサーは高度にシステム化された部下のネットワークを使って情報網をも作り上げていた。軍を掌握する以上、他国の状況にも精通していなければならない。

 ジョージはスペンサー家の下に居る貴族や準貴族や、そして、一般民数の中に紛れ込んだ情報収集専門な者達の上げてくる報告全ても目を通していた。情報網と言うのはどんな時代であっても人の力なのだから、そのネットワークを維持し運用する事もジョージは求められていた。


「いずれにしても油断しないようにね」

「心得ております」


 ここでもウォークの心配の種は尽きない。


「少数による一点突破は防ぎようが無いから厳しいですね」

「……全く持ってその通りだ」


 ウォークが何を言わんとしているのかは言うまでも無い。

 少数コマンドによる暗殺などは、もはや運というレベルでしか無く、セダ公の死はその事実を嫌と言うほど突きつけている。ヒトの世界から来た必殺の武器を持つアサシン(暗殺者)を防ぐ手立ては事実上無い。


「市民感情を上手く吸い上げて報告してくれ」

「はい。承りました」


 カリオンの言葉にジョージは胸を張った。

 この店で行う討議はそう言った側面も併せ持っていた。


 そして、軍務と行政と法制の三種類を丁寧に分け立たせたカリオンは、その周囲に様々な階層の人間をおいて、市民感覚の吸収に勤めた。王が孤立して王国が栄えた例しは無い。ゼルの薫陶を受けたカリオンの政策は、今のところおおむね順調に見えた。


「さて。今年の税収はどうだいサダム。安定しそう?」

「そうですな。今年度の新税制はおおむね好評です。一部に大幅な増税となる層がありますが、これは近日予定されております改革の断行で相殺されるでしょう」

「そうか。あんまり偏ると社会不安の元だから上手くやって。市民が不満をため込みすぎると碌な事が無いからね」

「心得ております」


 胸に手を当てて一礼したサダムは満足げにワイングラスを傾けた。

 商務産業長官のサダム・アッバースは公爵家アッバースの傍流ながら、アッバース家の財務を一手に引き受けてきた才人で、産業拓殖の分野に関しては名の通った人物だ。


 そして、このサダムもまた大幅に前任者を追い越しての抜擢だった。

 高度な官僚化の進んだガルディブルクにおいて公務に当たる者は、暗黙の了解となる年功序列の中に居る。

 しかし、カリオンはその前例全てを一切無視し、驚く程の能力主義・実力主義を実行したのだ。


 ただ、その影響があるのか、各方面で言葉にならない軋轢を生んでいて、しかもその社会的な軋轢はカリオンが望んで起こしているとも言える部分がある。

 階級闘争を嗾けたくなる者をあぶり出す良い道具だった。


「所でリリス」

「なに?」

「例の保護施設はどうなった?」

「……お母さまがノリノリで事に当たってるわ」

「そうか。ここしばらく父上が上機嫌だったからなぁ」


 顔を見合わせ満足げに笑い合ったカリオンとリリス。

 この場でのリリスの肩書きはただの后などでは無い。

 保健厚生と言った国民を保護し育成する総合的な立場での責任者だ。


 統一王ノーリの時代より、ル・ガルでは『強い国家は強い母親から生まれる』と言う格言があるくらいだ。そんな統一王の方針を、カリオンは更に推し進め、女性閣僚の抜擢にも熱心に取り組んだ。

 ただ、やはりどれ程取り繕っても、男性優位社会でながらくやって来たル・ガルでは、一朝一夕に全てが変わると言う事は無い。年功序列が崩れていくその矢面に立たされるカリオンは、どうせなら女性登用における声にならない声での批判すらも受け止めてしまおうと狙った。


「それは良いけど、あんまり無理しない方が良いんじゃ無い?」

「どうせやるなら一気にやった方が良い筈だよ」

「なんで?」

「だって、どうせぶん殴られる事になるんだからいっぺんに済ませたい」

「……ふーん」


 強がっているカリオンの姿をリリスがコケティッシュに笑った。


「しかし…… なんだな。カリオン」


 不意に話を振ったトウリは、リリスとカリオンを順番に見て笑った。


「なに?」

「お似合いの夫婦だな」

「本当はなんて言おうとした?」


 この席にはカリオンに取って『朋友』と呼ぶべきふたりの男の姿が無い。

 ジョニーとアレックスはそれぞれの分野で必死に修行を積んでいるのだ。

 王都へ帰ってくるには、まだ十年は修行の必要があるだろう。


 驚くような速度で物事の修行を積み重ね、そしてル・ガルの社会を変えてしまおうとしている中なのだが、カリオンはふとしたときに感じる孤独感を持て余していた。

 そこに居て当たり前と言うべき友はまだ帰ってこない。故に、リリスを常に傍らに置くカリオンの孤独を、閣僚の面々は良く理解しているのだった。


「……気が付いても黙っておけって」

「じゃ、そうするか」


 かつてのシュサとカウリがそうであったように、カリオンとトウリは気安い会話で繋がっていた。太陽王と宰相の関係系が盤石であればル・ガルは安泰だ。代々の太陽王がそうであったように、カリオンとトウリは盤石の信頼で結ばれている。


「しかし…… 慌てふためく者達の顔が見えるようですな」

「そうだね。私も楽しみだ」


 ジョージの悪戯っぽい笑みにカリオンが笑った。


「私は胃が痛いです」

「どんな状況も楽しめないとな」


 ウォークの泣き言にサダムが軽口を飛ばす。まもなく発表される事になるル・ガル大改革の第一弾は、間違い無く国内に大混乱を引き起こす事になる。だが、その全てはある一点の目標を達成するためだ。


「しかし、全貴族の領地替えなんていつ思いついたんだ?」


 引きつった様に笑うトウリ。

 カリオンが計画しているその大改革は、内乱やクーデターの可能性を多分に含んでいる。貴族とは本来その土地に根付いた豪族のなれの果てなのだ。下手に根切りをすれば立ち枯れしかねない。

 だが、カリオンが目指す最終目標を達成するには、その大改革は避けて通れなかった。貴族を立ち枯れさせるなら、最初に立つべきは資金源と地元との繋がりだからだ。トウリが発したその問いの答えを聞きたがる閣僚たちは、自然に視線をカリオンへと向けた。


「……そうだね。まぁ、これは父上に聞いたんだけど、ヒトの世界では公務に当たる者は定期的に異動する事になるんだそうだ。なんでも地元と癒着して既得権益を守るようになら無いようにとの事らしい」


 ヒトの世界の知識を父ゼルから得ていたカリオンは、ル・ガル官僚や貴族の既得権益を引き剥がそうとしている。それ自体はシュサやその前の時代から何度か言われている事なので、聞く側にしたって本音としては『面白そう』くらいしか感じていなかった。

 ただ、その政策の本音に当たる部分は、声に出すのが憚られる問題であるからして、カリオンの発想が何よりも国内に相当な波風を立てる事になるのは目に見えていた。それこそ家を上げて抵抗するのだろう。


 ――フレミナの根を切りたいんだ


 最初にそう言ったカリオンの姿には一切の迷いが無かった。それ故に皆が付いてきている。声に出してこそ言わないが、事ある毎にアレコレと文句を付けては国政をスンナリとまとまらせないでいるフレミナ一門を苦々しく思う者は多い。


「上手く釣り上げたいものですな」


 ジョージがニヤリと笑い、ユーリやサダムも楽しげに笑った。財務や軍務だけで無く、農務や商務と言った分野に就いている各長官も、心からの賛意を示すように笑っている。

 長い寿命を持ったイヌの場合、青雲の志を持って公務に就いたとしても、その職務中は猛烈な出世競争と権力闘争に明け暮れる事が多い。貴族同士の派閥争いに巻き込まれ、本来の業務もそこそこに政治工作を仕掛ける事もあるのだ。

 そんな中にあってどの派閥にも属さず黙々と仕事をしていた者達をカリオンは一本釣りで政権へ組みこんだ。次は各行政の大改革だ。フレミナ潰しの一環で行われる貴族の根切りは、そうやって腐っていた者達の救済でもあった。


「問題ないよ。確実に大慌てになるさ」


 トウリは太鼓判を押すようにサムアップで答えた。

 フレミナが動き出したとき、その時初めて太陽王はその権限を持って公式に叩き潰す事が出来る。何を叩き潰そうとしているのかは言うまでも無い事で、ジョージなど好戦的な一党のものにしていれば、これを機に武装蜂起でもしてくれれば楽しくなるにとすら思っていた。


「いずれにせよ激震が予想される。各位しっかり事に当たってくれ。情報は全員で共有する。閣議は定期的に必ず行うので、全員が事態の把握に努めて欲しい。そして、目指す結論は一つだ。各位一掃奮励の努力を期待する」


 太陽王の言葉にみなが背筋を伸ばした。

 動乱の時代は静かに幕を開けようとしていた。


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