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王の帰還・前編

 ――――帝國歴336年5月 22時

     帝都ガルディブルク中央 ミタラス特別区

     ガルティブルク城内 カリオン居室









 夜の帳が降りた王都ガルディブルク。

 開け放たれた城の窓から吹き込む風は妙に生暖かく、そして、賑わう街の猥雑な臭いが混じっている。栄える街の空気はすでに夏の色を帯び始めていて、若き帝王カリオンは季節が一巡したことを実感していた。


 この夜。即位後に全国を巡幸して以来七年ぶりとなる全国行幸を行ったカリオンは、全ての日程を終えてガルティブルクに帰還していた。丸一年を費やしル・ガルの全土をくまなく回った若き帝王は、全土から集まってくる伯爵や侯爵たちの所領全てを巡り慰労して歩いたのだった。


「とりあえずお疲れさんと言っておこうか」

「ホントに疲れたよ」


 全ての日程を終え居室で寛いでいたカリオン。帝王とは言えプライベートの時間となれば従卒は居ない。いま、この室内に居るのは出掛けていったカリオンの代わりに城で留守番となっていたゼルだけだ。


「だけどまぁ、得る物はあったんだろ?」

「うん。懐かしい顔にも会えたし、望むような人材も得られたし」

「なら結果的に良かったじゃ無いか」

「でも、やっぱり大変だ」

「それはお前が支払う必要経費だ。諦めろ」

「……ですか」


 公的な立場と言うべき帝王の威厳を脱ぎ一人の人間へと帰ったカリオンは、父ゼルをテーブルの向こうへと回しカードを手繰っていた。行幸の最中に経験した様々な事を肴に、ふたりしてワインを飲みながら。


「で、シウニノンチュではアレックス君と再会できたということか」

「うん。再会したし、助けられた」

「持つべきものは友だな」

「ほんとだ」


 新たにカードをシャッフルしふたりして5枚ずつカードを引く。

 その間もゼルはカリオンの言葉を聞いていた。


「……どっちかというとリリスがもう一杯一杯で」

「まぁ、女の場合は衣装もきついからな」

「そうですね。それに、月のものもありますし」

「で、どうしたんだ?」

「それがですね……」


 実は最後の訪問先である公爵ジダーノフ家を辞したカリオンは、帰り道にと立ち寄ったシウニノンチュで熱を出し寝込んでしまった。疲労が一気に出たらしく、カリオンだけでは無くリリスも同じように寝込んだのだった。だが、そんな二人のピンチを救ったのは、ビッグストン時代からの朋友、アレックスだった。


「それこそ、本当にひょっこりと姿を現したんですよ」

「……聞いてなかったのか?」

「えぇ。オスカーも聞いてなかったようでしたし」

「まぁジダーノフと言えば国家諜報担当だからな」

「そうなんですよ」


 クククと楽しそうに笑ったカリオン。その脳裏に浮かんだ朋友アレックスの実家ジダーノフ家一門は、伝統的に情報や諜報を受け持つダークサイドな一面を持っていた。


「実はジダーノフ家を訪れたとき、アレックスと再会したんですが」

「そうだったのか」

「最初は誰だかわからないくらい雰囲気が変わっていて……」

「変わった?」

「はい。何というか、空気になってました」

「……諜報員としては良い傾向だな」

「えぇ」


 行幸の一環としてジダーノフ家に立ち寄った際、カリオンはビッグストン卒業以来となるアレックスと顔を合わせた。気が付けば精悍な顔になったアレックスは様々な機密情報の書かれた書類の束を抱え、主家の中を走り回っていたのだった。


「要するに、一杯一杯なのを見抜かれたって事か」

「……そうです」

「帝王失格だな」

「……恥ずかしい限り」


 幾人もの付き人がある太陽王だが、緊急情報と書かれた書類を持って現れたアレックスは側近達以外を全て部屋から出し、そこで抱えていた書類を広げた。全て白紙の緊急情報とは名ばかりなものだった。


「で、どうしたんだ?」

「いやもう呆れかえって『おいおいアレックス』って言うのが精一杯で」

「情けないな」

「……まったく」


 呆れたような表情を浮かべたゼルはカードを揃え思案していた。

 ジッとカードを見つつ、アレコレと思慮を巡らせたのだった。


「だけど、お前はジダーノフの家に行った時点でもう疲れ切ってたんだろ?」

「確かにそうですけど、それでも……」

「まぁ、なんだ。そろそろ休まないと持たないって踏んだんだろうな」


 シウニノンチュでグッタリとしていたカリオンに顔を見せたアレックスは、人懐こい笑顔を浮かべるビッグストンで共に暮らした頃そのままだった。ただ、その手に持っていたのは白紙の報告書と、そして、気付け薬の代わりにと持ってきた北方系のきつい焼酒だ。

 カリオンはこの時、先手先手を取って布石を打つことを覚えた。そして、思いやりといった部分の大切さもだ。どれ程に気力と精神力を充実させても体力は補えない。それ故に休息を取る事も重要なんだと知ったのだった。


「……いつの間にか都は夏の気配だ」

「そうだな」


 静かに相槌を打ったゼルは手札を広げ、息子カリオンを気に止める事無く、ジッと手札だけを見つめていた。ただ、いつの間にか街の空気や温度や、ややもすれば気にもとめない森羅万象の有相無相を感じ取ったカリオンに、ゼルは内心でほくそえんだ。


「しばらく見ない間にまた成長したな」

「……そうかな」


 訝しがるようではあるが、それでも嬉しそうに答えたカリオン。手にした札を眺めながら思案にふけるカリオンだが、ゼルは満足げな表情になって札を見つめていた。押しも押されもしない帝王としての座を我が物とした自慢の息子だ。ただ、現状では気を注ぐ相手は札である……


「公爵五家を巡ってみて、実際どうだった?」

「そうですね」


 あえてカリオンの気が散るような事を言ったゼル。その問いに対しカリオンは慎重に言葉を選んで答えた。帝王の座にある者の迂闊な一言で、世情はその姿を大きく変えてしまうかもしれない。まだ若きこれからの帝王は、その事を学んできた。


「……学ぶ事が多かったです」

「そうか」


 齢三百を数える事もあるイヌの生涯においては、未だ三十歳にも達していないカリオンなど子供と言っても差し支えない部分がある。マダラに生まれたエイダの子供時代は、母エイラのスカートの中や父ゼルの背中の向こうにあった。

 ただでさえ疎まれ冷ややかな眼差しで見られ、口さがない者たちの嘲笑や誹りや心無い言葉に傷つけられるマダラだが、エイダはそんなものとは無縁といった風な環境に護られて大きくなった。それ故に、ゼルは言葉にしない危機感をずっと抱いていた。


「まだまだ未熟だと思い知らされました」


 真剣な表情でカードを見ていたカリオンは、薄く笑ってゼルを見た。

 ややもすれば線の細い、どこか頼りない姿の子供だったはずだ。だが、叔父カウリはエイダを全く護ってくれる者の無い環境へ。それどころか、荒くれや粗暴者や腕っ節だけでのし上がってきた者たちの子弟が集まる士官学校へ放り込もうと言い出した。

 とてもじゃ無いが勤まらないだろうし、それどころか人間が曲がってしまう。いや曲がるだけならともかく、将来を嘱望されるべき人間な筈のエイダに、人間としてあるまじき性格的な欠点を作ってしまう。そんな危険を五輪男(ゼル)は感じていた。


「何が至らないと思う?」

「……うーん」


 だが、そのエイダは成人しカリオンと名を変え、そして超絶に厳しいビッグストン王立兵学校を無事卒業した。首席卒業こそ刎頚の友であるジョニーに譲ったものの、その成績は学校始まって以来の最上級な評価に溢れていた。

 少なくとも、二百年を越える歴史を持つビッグストンにおいて七本線を持った学生など過去には一人も居なかったのだ。人物評価も学業成績も実習評価も、その全てで極めて高水準な評価を得たカリオン。

 いつの間にか自慢の息子に育ったカリオンをゼル(五輪男)は今度は違う角度で危惧したのだった。


 ――このままでは天狗になってしまう……

 ――鼻っ柱をへし折って自力で立ち直らせねば……


 そう考えた五輪男(ゼル)はカリオンを国内全域へたらい回しになる旅に送り出した。可愛い子には旅をさせよと言うが、親類縁者といった庇護者になり得る者を一切抜きにした旅だ。

 どこか国内漫遊気分だったカリオンだが、それがただの漫遊ではない事を最初の訪問地である公爵アッバース家の館に到着したときに気が付いた。いや、気が付かされた。

 カリオンが訪れる随分前に、ゼルは公爵五家へ親書を送り届けていた。そして、その親書の中で親ばかと誹られるのを承知で、思いの丈を伝えたのだった。


 ――若き王に取り返しの付く失敗をさせておきたい

 ――将来、厳しい場面で重圧に負けぬように


 ゼルの書状を読んだ公爵五家の当主は、それぞれに手厳しい課題を用意してカリオンを待っていた。生まれながらにして太陽王になる事を運命付けられていた少年に対し、その立場は己の力で勝ち取ったものでは無い事を思い知らせる為に。そう遠くない将来において、権力を弄び、思いつきで国家や家臣団を振り回す愚王にせぬ為に。

 それだけで無く、歴代太陽王の様に各公爵家が率いる貴族諸派を実力でねじ伏せられるだけの場数を経験させる為に。とにかく場数を踏ませ、困難を自力で解決させ、自分の力だけでは解決出来ない問題があるのを思い知らせ、もう一回り成長するのを促したい。

 そんなゼルの願いを各公爵家の当主達は正確に読み取ってくれたようだった。


「自分のこの立場は自分の実力で手に入れたものでは無いという事……かな」


 差し向かいになってカードを手繰るカリオンは、真っ直ぐにゼルを見ながら自信ありげに答えた。どこか相手を探るような、試すような。己の回答の自信の無さを表に出すような事無く、自信を持って言葉を述べる姿だった。


「良い回答だ」

「模範的?」

「いや、期待する内容では無いが、評価に値しないという事も無い」


 あえて掴み所の無い回答を行なったゼル。

 カリオンはそんな父の姿を見つつも胸を張って言った。


「だけど、もう大丈夫です。経験を積みました。失敗は二度はしません」

「本当か?」

「はい」

「……なら、また失敗するだろう」

「え?」

「何もかもが上手くいってると思うときは、決まって致命傷になり得る大切な物を見落としているときだ。俺の経験上、そんな事が掃いて捨てる程ある」


 はぐらかすような物言いのゼルは手札の中から数枚のカードを場に捨てると、同じ枚数のカードを山から抜いて手札に加え思案する。


「……うん。まぁまぁだな」


 自信ありげな表情でチップの中をテーブルへとレイズした。

 三白眼でカリオンを見つめ、薄笑いを浮かべたまま……だが。


「一思いに500トゥンと行こうか」

「……まいったな」


 一瞬だけ思案に暮れたカリオンだが、気を取り直して手札から数枚のカードを抜き取り捨てつつ、同じ枚数のカードを山からめくった。そしてじっと手札を見つめニヤリと笑った。偶然にもそこにはエースのスリーカードが出来上がっていた。


「……よし」

「ほぉ。良い手が出来たな」

「いや、まずまずです」


 誰がこの世界にトランプを持ち込んだのかは解らないが、少なくとも五輪男や琴莉がこの世界へと堕ちる前には既にトランプが存在した。そして、カードが存在する以上はカードゲームも存在する。

 ル・ガルを含むガルディア大陸諸国で最も人気があるのはポーカーだ。ただし、ヒトの世界のそれとは違い、3回のチェンジ毎にチップを積み上げていき、最後に手札をオープンにしてチップのやり取りを行う事になる。


「大きく出たな」

「戦力は集中投入するべし。兵は拙速を尊ぶと言いますから」


 そんな事を言いつつも、カリオンは一気にトゥンチップを千枚単位で押し出した。目に見えて『勝負に出た』とわかる姿だ。負けた側は掛けたチップ全てと勝った側の掛けたチップと同じ枚数を支払わねばならない。最初に全く手札が見えない時点で掛け始めねばならないのだから、そのリスクは相当大きい。そして、負けたら負けたで相当痛い代償を支払う事になる。

 故に、余裕が無い限りは最初のチップを少なくせねばならないし、万が一負けた時の為に掛けるチップの枚数も慎重に考えねばならない。麻雀と同じく、手持ちチップが無くなればゲームは終了だ。


「いついかなる時代であっても状況であっても、速力は最強の武器だ」

「速すぎて困ることは余りないはずですしね」

「そうだな」


 静かに相槌を打ったゼルは手札だけをジッと眺め、そして静かに息を吐いた。


「……ここらが勝負時か」


 ボソリと呟いたゼルは一気にカードを四枚捨てた。その捨てられたカードを見てカリオンは驚く。クィーンが二枚入っていたのだ。

 父ゼルはカリオンの振る舞いを見て何かを思案しただけでなく、勝負を挑んできたカリオンを負かすべく大きな賭けに出たのだと思った。そして、父ゼルをジッと見ていたカリオンは、ゼルがカリオンやその捨てた札や、況んや要するに『相手』を一切見ていない事に気が付いた。


「……フフフ」


 静かに笑ったゼルは自分のチップを積み上げた山から一気に千枚のトゥンチップを押し出した。これで勝負に積み上げたチップは千五百枚になる。ゼルが勝てばカリオンの手持ちチップは寂しい事になり、負ければゼルは全てを失ってしまう。


「……強い手ですね?」

「さぁな」


 再び真意を煙に巻いたゼルは、静かに自分の手札と捨てた札だけを見ていた。まるで相手は関係無いと言わんばかりの姿で、ジッと。ジッとだ。

 その姿はまるで修道僧のようだと。或いは、瞑想に耽る思想家のようだと。そんな印象をカリオンは持った。様々な思いを巡らせつつ、ジッとゼルを見た。まるで自分を無視するかのような姿の『父』ゼルを、ジッと見ていた。


「うーん……」


 カリオンを煙に巻くような事を言ったゼル。しかし、カリオン以上に勝負を挑む姿にブラフではない何かを感じたカリオンは激しく逡巡する。

 エースのスリーカードを持っていたカリオンに対しゼルはクィーンを二枚捨てた。もしかしたらゼルはクィーンのスリーカードだったのかもしれない。それをカリオンに勝つために、あえてリスクを取って直貫通(ストレート)に変えるべくクィーンを捨てたのかもしれない。


「どうしたものか……」


 懊悩を吐露したカリオンは激しく逡巡する。カードをチェンジできるのはコレが最後。エースのスリーカードは考え得る限り最強の手だ。だが、絶対勝てるかどうかはわからない。ロイヤルストレートフラッシュが残っている。しかし、この手を崩してまで勝負に出るのは良い手とは到底思えない。


「うーん……」


 静かに唸ったカリオンはゼルをジッと見たまま、エースのスリーカードになってない部分を捨てた。次にどんなカードが入ってくるのかを知る事は出来ない。だから現状で最善手を選ぶしかない。単純に言えば確立の問題だと思ったのだ。


「思うようにならないもんだなぁ」


 新たに加わったカードはスペードの4とクローバーの5だった。

 現状ではクズカードだ。だが、手持ちの札で勝負しなければならない。


「……全てそうさ。何もこの札勝負だけじゃ無い」

「確かにその通りです」

「札勝負は結局、配られた札だけで勝負する。勝ち負けは時の運だ」


 意を決したカリオンは再び千枚のチップをベッドした。

 二千対千五百の勝負。ゼルは相変わらず手札を見ていた。


「自信が無いか?」

「はい」


 勝負の最中だというのにカリオンは素直に答えた。


「現状、一番確率の高い手を選びました」

「なるほど」


 この時ゼルは始めてカリオンを見た。

 ただ、その目はカリオンの手札では無くカリオン自身を見ていた。


「お前や俺が持っているこの札は何を意味している?」


 手札を伏せてテーブルへと置いたゼルは美味そうにワインを一口舐め、目を閉じて思慮を巡らせた。


「……手持ちの戦力。そんなところでしょうか」

「そうだ。ただ、これはゲームだが実際の戦は違う」

「兵には家族が…… 親や子や親族や、様々なモノが」

「その通りだ」


 再び目を開いたゼルは真っ直ぐにカリオンを見た。

 まるで真っ赤に焼けた沈み行く夕日が赤く輝くように。最も強い光で地上を照らすような、そんな眼差しだった。


「兵は拙速を尊ぶ。それはつまり、何を意味している?」

「……勝つための最善手。もしくは」

「戦にもしくはなど無い。勝てば生き残り負ければ死ぬ」

「……はい」


 再び一口舐めたワインのグラスをテーブルへと戻したゼルは、カリオンの手札を指さした。


「その兵士たちはこう言うだろう。『太陽王万歳!』と。或いは『ル・ガル万歳』とかな。そして死の間際にこう呟く。『母さん、ゴメンよ』と」


 そんなゼルの言葉にカリオンは総毛だったような表情になって、そしてもう一度手札を眺めた。


「……勝てるか?」

「わかりません」

「だけど兵士は言うんだ。勝利だけを信じて、言うんだ」


 ゼルの眼差しはまるで刃物だった。

 カリオンの心臓を貫く刃物だ。


「太陽王万歳!と。風吹く丘で。太陽の照りつける地で。吹雪荒れる山で。若草揺れる草原で。夥しい血が流れた戦場の荒野で。兵士たちは言うんだ。自らを鼓舞するように言うんだ。死んだ仲間達のためにもな。太陽王万歳!と」


 ゼルは再び手札を手にとって眺めた。その目はカリオンやその手札や場に捨てられた札には一切注がれていない。ただただ、自らの持つ手札だけに注がれている。まるでカリオンを無視するかのようにも見える姿のゼル。その目は、手札に揃ったカードを見つめていた。


「何十回と札を見返したところで中身は変わらない。場に捨てられる札と新たな札の枚数も変わらない。例えソレがどれ程下らなくて低俗な内容だったとしても、お前はソレと踊らなきゃならない。その時……」


 カリオンは無言のまま身じろぎ一つ出来なかった。

 父ゼルが何を言うのかをジッと待ち構えた。


「カリオン。お前は部下ではなく確率なんかを信じるのか?」

「え?」


 この5年間に過ごした事の全てが今繋がった。各公爵家を巡り、様々な無理難題を聞き、どう対処するか知恵を巡らせ、そして致命的とは言いがたいが、それでも失敗を繰り返した理由を知った。


「そうだな。お前が三枚組(スリーカード)を持っていたとしよう。俺はそれに勝つためには、総編成(フルハウス)か、さもなくばそれ以上の役を組まねばならない。だが、役が揃っていなくても戦わねばならない時がある。もう切り札は切り尽くした。場に残っている手札に何があっても引けない。だから手持ちの札で。つまり、手持ちの戦力で当たらなければならない」


 ゼルは手札を再び伏せて、そしてカリオンを見た。


「勝利を信じて兵士は命を差し出す。ならばお前は何をするべきだ?」

「……勝つ事。それだけです」


 外連味無く言い切ったカリオンは、自分の手札を伏せてゼルを見た。

 言葉にならない裂帛の激情が真正面から激突していた。


「だがソレには幾多の数多の兵士の命を捨てねばならない。だけどお前は」

「……全部承知で勝ちに行きます。死ぬ事に成る兵士には名誉を与えます」


 その言葉はゼルの眉を僅かに動かした。

 遠い日に見た自分を叱り付ける父の姿だ。

 かつては恐れた父の姿だ。

 だが、カリオンは奥歯をグッと噛んで胸を張った。


「太陽王万歳を叫び、愚直に死んでいく兵士たちはそれで救われるか?」

「救う事など出来ませんが勝利の美酒を届ける事は出来ます」


 それしか出来ないんだからと言い掛けてカリオンは言葉を飲み込んだ。

 ゼルの焦眉が開いたからだ。声のトーンをグッと落としたゼルは再び手札に目を落とした。


「それが戦と言うものだ。これも戦だ。だから」


 この時のために、全ては父ゼルが書いた画だとカリオンは気が付いた。

 なんの為に公爵家を巡り試練を乗り越え自信を付けさせたのか。ゼルの深謀遠慮にカリオンは舌を巻いた。


「カリオン。お前は確率なんかを信じて部下達に、臣民に、お前の為に喜んで死ぬ者たちに『死ね』と命じるのか?」

「……勝つためにはこれしかありません」

「本当か?」

「もしそれ以外があるなら、むしろ教えてください」


 懇願するような言葉を吐いたカリオン。

 ゼルは山に積んであったカードの束を取った。


「次にめくる札の色は?」

「……赤」

「ならば俺は黒に賭けよう」


 手短に呟いてカードを一枚めくった。クローバーの9だった。

 カリオンは僅かに表情を強ばめ、ゼルはニヤリと笑った。


「次は?」

「……赤」

「ならば俺はもう一度黒だ」


 再び一枚カードをめくった。スペードの2だ。

 カリオンは二連敗を喫した。


「次は?」

「赤!」

「良いのか?」

「行動にブレを生じさせるなと、そう教えられました」


 ゼルは再びカードをめくった。今度はハートの4だった。


「よしっ!」

「よしじゃない。この一勝を得る為に二敗している」

「……そうですね」


 ゼルはもう一枚カードをめくってその札の中身を自分だけが見た。そして、唇だけを大きく歪ませ醜く笑うと、カリオンに向かって『当ててみろ』と言わんばかりの表情を作っていた。


「……赤です」

「いや、黒だ」


 テーブルにポンと捨てられたカードはクローバーの6。四度の勝負が一勝三敗となったカリオンは、思いつめたような表情でカードを見た。だが、間髪居れずにゼルはもう一枚カードをめくった。


「………………っく 黒」


 赤といい掛けて黒と呟いたカリオン。ゼルは無表情になってカードを捨てた。テーブルにはスペードの3。カリオンはホッとしたように表情を緩めた。しかし、ゼルは畳み掛けるようにカードをめくった。気を緩めようとしたカリオンを急き立てるように。

 同時にゼルは謡いだした。伴奏の無いアカペラの状態だ。その歌詞の内容をカリオンは全く理解出来ない。何故なら、ゼルの謡いだした歌は英語の歌詞だったから。

 そのメロディは物悲しく、どこか悲壮感を感じさせる旋律だ。そして、謳っているゼルの表情には苦味走った男の苦悩がにじみ出ていた。


「懐かしい歌ね」


 ゼルのめくったカードを見ていたカリオンだが、唐突にそんな言葉を聞いて驚き部屋の中を見回した。部屋の入り口には艶っぽい湯上りのレイラとリリスが並んで立っていた。


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