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近衛連隊へ

 初夏のガルディブルクは白く強い日差しが降り注ぎ、暑さに弱い者には辛い時期だ。

 ただ、内陸からの風は熱く乾き、案外カラッとした暑さなので温度程暑くは無い。。


 城下の商店街や繁華街は大きな日よけを張り巡らし、冷えた井戸水で作った冷たい飲み物で喉を潤す。

 暑さに負けぬようにと滋養溢れるコッテリしたモノが好まれ、ワインに変わり王都で人気を博しつつあるエールやラガーと言った飲み物が飛ぶように売れる頃だった。


 この日。カリオンは城下にある近衛連隊本部を訪れていた。

 命令書を小脇に抱え本部総門を通過しようとし、衛兵から誰何を受けた。


「君は? 近衛連隊本部へいかな用件か?」

「申し遅れました。ビッグストン王立兵学校三年生の士官候補生です。夏期実習に近衛連隊配属命令を受け出頭いたしました。こちらが命令書になります」


 衛兵は差し出されたファイルを開き目を通す。

 命令書のサインは国軍統合作戦本部・参謀総監ゼル・アージンと国軍総監丞相カウリ・アージンの名が書き込まれていた。

 だがそれらのサインよりの下に入っているサインが問題だった。


 ────国王代理ノダ・アージン


 衛兵は背筋を伸ばし改めてカリオンを見た。命令受領者のところにはカリオン・アージンとある。つまり、国王代理の代理となる摂政の王子がここにいる……


「失礼しました。どうぞ。お通り下さい」

「しばらく御厄介になります。宜しくお願いします」


 士官候補生らしい器械体操のような敬礼のカリオンに衛兵が驚く。

 王子としてなに不自由ない生活をし、次期王として甘やかされてきたボンボンを想像していたのかもしれない。


「ほっ 本部の場所は分かりますか?」

「はい。問題ありません」


 この二年の間に城の中を歩き回り、母エイラやカウリに隅々まで教えられていたカリオンだ。シウニノンチュのチャシと同じく我が家のようなもので、今更人に教えてもらうような事は少ない。

 ただ、公的機関の配置は知識でしかない。まずは覚えないといけないのだから、軽く会釈し事務所を目指す。途中では幾人か顔を知っている者がいて、向こうもカリオンだと認識しているようだったが、気を使ったのか声を掛けては来なかった。


「よぉ!」


 そんなカリオンに頭取な声を掛けた男がいた。

 驚いて声の主を探したら、向こうから手を挙げて灰色の体毛をした男がやってきた。


「あ! フレデリック先輩!」

「久しぶりだな。摂政職だとか聞いたが、流石だよ。着々とだな」

「お陰様ですよ。色々と学ばせていただきました」


 周囲が驚きの眼差しを浮かべるなか、フレデリックとカリオンは笑顔だった。


「今日は?」

「あぁ、夏期実習です」

「そうかそうか。いずれはカリオンの親衛隊だからな」

「……そうですね」


 思わず苦笑いのカリオンだが、フレデリックは意に介していなかった。


「現場を知っておかないと、無茶な事ばかり言い出す駄目上司一直線ですから」

「そうだな。その通りだ。下の者が苦労する」


 苦笑いを浮かべるフレデリックがチラリと横を見た。

 怪訝な顔で眺めている騎兵が幾人か、遠巻きに眺めていた。


「同僚が待ってるから仕事に戻る。独身官舎に居るから、よかったら尋ねてくれ。俺も鼻が高いからさ」


 相変わらず表裏のない人間だと感心するカリオン。

 冴えない雑種の出自だが、懸命な努力が近衛師団配属と言う実を結んだともいえる。

 だが、卒業から早くも二年が過ぎ、フレデリックも世相の垢に染まってきた頃だ。

 時期王の先輩と言うだけで色々と自慢の種になるのだろうかと苦笑い。


 ふと、カリオンはゼルの口癖を思い出した。


 ―――― 全ての者がやがて報われ 全ての者がいつか救われる


 マダラと言う事で散々な目にあったカリオンを支えてくれた人だ。

 歩み去るその背に、そっとカリオンは頭を下げた。



 案外広い近衛師団駐屯地だが、その内部は構造的に整理が行き届き判りやすい。

 運営本部へと出頭したカリオンは、案内の下士官に導かれ師団長室へと入った。


 全ての面において豪華で絢爛な作りとなっているガルディブルク城内に比べ、この師団長室は質実剛健を絵に描いたような、実用性一点張りの作りだった。

 部屋の手前には大きなソファーがニ脚。テーブルを挟んで置かれていて、その奥には大きな事務机がコの字型に配されているだけの、ある意味殺風景な部屋だ。

 壁際には統一王ノーリより続く歴代太陽王の肖像画が掲げられ、その一番手前には四代目太陽王に手を掛けた代王ノダの姿があった。


 ――――シュサじぃ……


 一瞬だけ肖像画に見とれたが、二秒と掛からぬうちに仕事を思い出したカリオン。

 部屋の奥では見覚えのある壮年の男が待っていたのだった。豪華な上着を壁の飾りにし、ワイシャツの袖を両腕とも捲り上げて事務仕事に勤しんでいる最中だった。


「おぉ! 来たか!」

「ご無沙汰しております。参謀本部の命により出頭いたしました」


 カリオンが教科書通りの敬礼を送った相手は、猛闘種スペンサー家の当主で近衛師団の師団長を勤めるすっかり白髪混じりになった壮年の男だった。


 マーク・エクセリアス・ダグラス・ミッドランド・スペンサー


 一般からはダグラス卿と呼ばれる男で、その昔はシュサ帝に仕える『王の剣』の一人に数えられた歴戦の勇士だった。


「待っていたよ! カリオン殿下!」


 マークは満面の笑みでカリオンを出迎えた。表裏の無いまっすぐな性格で、猛闘種の当主に相応しい烈火のような性格だ。

 だが、敵にも味方にも、全ての者に公平で公正な人間で、品格ある貴族を体現した騎士の中の騎士と讃えられる男だった。


「それは止めて下さい閣下。自分はまだ、ただの士官候補生です」

「そうだったな。君は嫌がる種類の人間だった。すまんすまん!」


 ハッハッハ!と軽快に笑いつつ席を立ったスペンサー卿はカリオンを応接ソファーへ誘った。士官候補生である以上、着席するのは最後でなければならないのだが。


「忘れる前に紹介しておこう。こっちは近衛騎兵連隊総長。黒瑪瑙の血が入っているが猛闘種の誇りを忘れてはおらん。まぁ、貴族の性で色々あって混じりっ気が多い。ついでに言っておくが私よりも余程血の気が多い男だ。我がスペンサー家の衛星家として色々と骨を折ってくれているジョージ・スペンサー」


 カリオンが見たところ、ゼルとあまり歳が代わりそうに無い男だった。

 そして、いつもいつも飯の面倒を見ていたブル・スペンサーに似ていた。


「あなたがカリオン殿下だったか。息子がビッグストンで随分と世話になったと聞いている。面倒を掛けたようですまない。だが、士官学校始まって以来の秀才だと息子から聞いていてね、一度会ってみたかった」


 差し出された手を握り挨拶するカリオン。


「自分では負けない様にとやっているだけの心算(つもり)なのですが、どうも周囲が気を使ってくれているようでして、分不相応な評価をいただき恐縮です。若輩者ですがよろしくお願いいたします」


 しっかりとした受け答えをしたカリオンをダグラス卿は頼もしげに見ていた。


「こっちは近衛師団の歩兵連隊を率いる歩兵総長だ。伝統的に南方種が勤めている。砂漠の民の末裔と呼ばれているが、暑さに対する我慢強さはイヌの中で一番だ。いずれ必ず役に立つだろうから、覚えておいて損は無い。サルーフ・アッバースだ」


 カリオンたち黒耀種やジョニーたち緋耀種よりもさらに手足が長く、そして細長い印象を受ける砂漠の民。茫漠種と呼ばれるアッバース家出身の男だ。


「初めてお目にかかりますカリオン殿下」

「こちらこそ、初めまして。若輩者ゆえ、殿下はどうかご勘弁くださいませ」

「いや、以前一度お会いしているのですよ」

「……申し訳ありません。自分は失念しております」

「いやいや、実はつい先日、士官学校の卒業式でね」


 卒業式といわれカリオンはハッと気が付いた。

 つい先日卒業した四年生の連隊長はアサドだ。


「アサド連隊長の!」

「そうだ。ジョージと同じく我がアッバース家も本家は公爵位をいただいているが、自分はただの侯爵で、しかも傍流と来た。だが、息子は新しい家を興す心算らしい。殿下の名前を利用する腹積もりだろうから迷惑を掛ける事になる。申し訳ない」


 ジョージスペンサーと同じように握手したカリオンはやっと腰を下ろした。

 皆が席についた所でダグラス卿はやや大げさに手を叩いて左右を見た。


「いかんいかん。最近は三歩も歩かぬうちに忘れてしまうな。ボケてきたわい」


 小さく溜息を吐いたダグラス卿は左右の男に指示を出し始めた。


「ジョージ。カリオンの馬を入れるべく馬厩へ指示を飛ばせ。あの馬はまだ若いから喧嘩をするかもしれない。現場の連中のケツを蹴り上げて来い。それと、サルーフは独身官舎の特別室を用意させろ。カリオンの場合は出自が出自だけに、国軍関係者が挨拶に来る事もあるだろう。平均的な部屋を宛がうと、周りが返って迷惑だ。手間の多い現場実習生を押し込んでおくからな。抜からない様に現場監督してくれ」


 サルーフもジョージも頷いて席を立った。

 あっという間に団長室が二人だけとなり、ダグラス卿は寛いだ姿になった。

 詰襟の留め金を外し、首をゆるくしたマーク。


「お互い面倒が多いな。だが、君は俺以上に面倒を背負い込む立場だ」

「心遣いいただき恐縮です。ですが、仕事についてはもう諦めています。逃げられそうにありませんので、ならば精一杯楽しむつもりで居ります」

「そうか。ならば君のこれからに期待しよう。マダラの国王について色々と陰口を叩く向きもあるようだが、君のお父上が……」


 マークはニヤリと笑ってカリオンを見た。

 カリオンはゼルの事を知っているのかと訝しがるのだが……

 考えてみれば参謀たちの間で今のゼルがヒトである事は周知の事実だ。


「どっちの『父』でしょうか?」

「現状の方だ。ヒトにしておくには惜しいと手の者が言ってきたが、俺も先のトゥリングラード戦役でつくづくとそう思った。この際ヒトでも何でも良いから戦術教官として国軍幹部候補生大学校の教授になって欲しいと思うが、君はどう思うかね?」

「そうですね。父に教えられた戦術と戦略の話は今も役に立っていると思うのですが、残念な事にイヌと比べヒトの寿命は短いので……」

「そうだな。良いとこあと二十年と言う所か。惜しい人材だけに、その知識や知見を次の世代に繋ぎたい所だがなぁ……。機会あれば相談してみてくれないか。肩書きや待遇については間違いなく最高のモノを用意するし、場合によっては市民待遇を実現出来るだろう。いずれにしても、これからの時代におけるヒトの運命を左右しかねん」


 マークはテーブルの上に置かれていた小瓶を開け、カリオンにも中身を勧めた。

 ひとつふたつと口に運ぶと、蕩けるように甘い砂糖菓子だった。

 自然と笑顔になる味わいなので、カリオンも目尻が下がる。


「血は争えんなぁ」

「そうですか?」

「その菓子はシュサ帝も大好物でな」


 シュサの名前が出てきてカリオンにも笑みが浮かぶ。

 しかし、甘い物が好きだったとはカリオン自身も初耳だ。


「行軍の最中に懐へ隠し持っていてな、馬上でボリボリやっていたよ」

「そうですか…… そう言えばウンと小さい頃、シュサじぃの馬上で食べたような気がしますね。もう、よく思い出せないくらいですが」


 懐かしがるカリオンを温かな目で見ているマーク。

 だが、ふと仕事を思い出したようにファイルを開けた。


「カリオン。まず二週間は近衛連隊の日常を学ぶンだ。その上でその後の予定を指示するだろうが、まぁ、君の事だ。余り面倒は言われないだろう。現場実習に来た騎兵が日帰りでとんでもない場所に行ってこいと命令を受けたりするもんだがな」


 ワッハッハと笑ったマークは取り留めの無い世間話を続けた。

 現状の近衛師団の事。これからの国家体制とノダ帝の思惑について。

 主にマークが考えを述べ、それについてカリオンに考察を促した。

 

 途中からジョージ・スペンサーとサルーフ・アッバースの両名が話に加わり、よりいっそう面倒な部分についての考察を求められたカリオン。難しい国際情勢の断面を垣間見た様な気がして、軽く目眩を覚える。


「色々と面倒は多いが、迷ったら原点に立ち返る事が肝要だ。我々将校は部下に死ねと命じる。部下は命令を果たす為に命すら差し出す。カリオン。君は死ねと命令する我々に対し『死ねと命令しろ』と、それを命じる立場になる」


 背筋を伸ばしていたカリオンは短く「はい」と応えて言葉を飲み込んだ。

 マークの眼差しはカリオンを容赦なく貫いた。


「我々とて死ぬ事には恐怖するし、親兄弟や女房子供を持つ一人の人間だ。その後の事をどうしても考えてしまう。故に君も兵学校で教えられただろう。指揮官は死に行く者達の親兄弟について一切考えるな……と」


 頷きつつ俯いたカリオン。

 心理指導の教授は悲しそうな顔で言っていた。


 ――――いま兵を犠牲にすれば国家が助かる

 ――――その時、死ねと命じられるかどうかで指揮官の価値が決まる

 ――――必要な時に兵が死なずに済む手を選び、結果祖国が蹂躙される

 ――――君らはその難しい場面で決断せねばならない

 ――――生きよ。生きて逃げよと命じる事は容易いのだ

 ――――だが、手塩に掛けた部下に死ねと命じる事は難しい

 ――――死に行く部下に許しを請うな

 ――――だが後悔だけはさせぬよう立派な指揮官を演じるのだ

 ――――どれ程難しくとも どれ程辛くとも

 ――――諸君らは 士官なのだ


「カリオン」


 回想に逃げ込んでいたカリオンの心が再びマークを捕らえた。

 ダグラス卿はすっかり白くなった髭をなで上げつつ、呟くように言った。


「この五千万余のル・ガル国民全てを君は背負う事になる。誰も肩代わりは出来ないし、君はこの責任から逃れられない。だが、我々は君の歩く道が少しでも平坦になる様に。足を痛め歩みを止めてしまう事が無いように。その為に幾らでも汗を流し血を流し働くのだよ。それについて我々は全く異論は無い。君はただ一言命じれば良いのだよ。たった一言『国家の為に死ね』とね。その決断がどれ程辛いのか。士官は皆知っている。嫌と言う程知っている。だから」


 カリオンはまっすぐにマークを見つめていた。恐ろしい程の純粋さで見つめていた。

 ふとマークは思った。この少年は、誰よりも心の痛みを知っている。心ない言葉で詰られ殴られ傷つけられ、その中でも優しさといたわりを忘れぬ人間に育っている。

 この子は稀代の善王になる。人の心の痛みを知る、慈悲深き王になるだろうと。


「ここで。この近衛連隊で学ぶと良い。どんな事でも学ぶと良い。近い未来、ここに居る者は全て君の手となり足となり、そして目となり耳となり、使い潰され、すり減らされ、孤立無援の場所だったとしても、勇ましく国歌を歌いながら死んでいく。そんな者達から、沢山の事を学ぶと良い。きっとその為に、君の父親はここへ送り込んだのだろうからな」


 ふと、マーク・スペンサーの目に優しさが溢れた


「部屋の仕度が出来た。まずは寝床の仕度をし、その後、士官談話室へ向かうと良い」

「はい。その様にいたします」

「宜しい。ここに関しては今さら説明など不要だろうが、それでも案内を付ける。要するに護衛だ。君の身に何かが起きたら私も首が危ない。まぁ、君には不要だろうがな」


 ダグラス卿の手がハエでも追っ払うように振られた。もう帰れの仕草だ。

 普通なら怒りもするような扱いなのだが、カリオンには返って心地よかった。

 そこらに居るごく普通の士官と同じ扱いをされている。

 

「失礼します」


 立ち上がって敬礼したカリオンは部屋を出て行った。

 二ヶ月に及ぶ現場実習が始まりを告げる……筈だった。

 だが、そんな予定は僅か三日目に打ち砕かれたのだった。






 ■ ■ ■ ■ ■







 近衛連隊へ現場実習に来て三日目。

 朝から茹で上がるように暑い日だった。


 ガルディブルク城の衛兵交代に合わせ行進を行う準備をしている時、カリオンの目は城の中央車寄せに入っていく馬車を捕らえていた。

 馬車の中にはノダ帝と相談役のカウリ。そして、シウニノンチュへ帰らず、参謀総監の職に就いているゼルだった。


 ――――なんだろう? 余り良い予感がしない


 不安そうに眺めていたカリオンだが、隊列を指揮する少佐の声が響く。


「総員! 前へ進め!」


 城内警備の任に就く衛兵交代の行軍隊列は観光客にも人気のアトラクションだ。

 綺麗に揃った行軍で美しさを競い、中隊毎に評価を受ける。

 そんな場では皆が真剣に振る舞うのだ。


 勿論。カリオンも機械で測ったように正確な動きで歩いた。

 周りに迷惑を掛けない為に、必死だった。


 中央階段を登っていき城内へと入ったカリオンは所定の手順で王府入り口まで来た。

 これから四時間。ここがカリオンの持ち場になる。直射日光が入らず風も通る涼しい場所で、しかも基本的に観光客単独では入れない場所。城内案内の引率が連れてくる観光客が迷子にならないよう見張る役とも言える。


「皆様、こちらが玉座の間に続く通路になります。この先は残念ですが入る事は出来ません。現在は国王代理として執務されてる次期帝ノダ様の執務室へ続いています」


 引率の声が流れるなか、観光客の目はカリオンに注がれていた。

 ガルディブルクの街を馬で走る事もあるのだから、それなりに知っている者も居る。

 ノダ帝の次に王位に就く事になる太子が城内警備に就いている事実に、観光客の間から驚きの声が上がる。


 引率が連れて歩けるところとカリオンの間には、立ち入りを規制するロープが続いていた。作業現場にあるような無骨なモノでは無く飾りモールの付いた優雅なデザイン。

 だがその一本の線で大きく隔てられている国民との距離を、カリオンは余りに遠いと感じた。今ならば街の盛り場へ行けば生の声を聞けるし、街を歩けば気軽に声を掛けてくれる。だが、現状ではそうも言ってられないのだった。


 四時間の任務を終え再び隊列を組み宿舎へと戻っていくカリオン。歩哨任務の間に感じた事を忘れないようにしようとアレコレ考えている時だった。


「衛兵! 止まれ!」


 唐突に声を掛けられカリオン一行は足を止めた。


「総員回れ右! 国王陛下に剣捧げ!」


 指揮少佐の声が響き、皆が一斉に動く。

 命令通りに回れ右してみたら、そこにはノダ帝とカウリが立っていた。

 公務中らしく、二人の伯父もまたシンプルなデザインの執務服だった。


「職務ご苦労。暑い中大変だな」


 まずは労いの言葉を掛けるノダ。

 その姿は自分への手本だとカリオンは直感する。


「恐縮です」


 剣捧げの姿勢のまま少佐は答えた。

 ちょっと大げさに首を振ったノダは二十人程の衛兵を一通り見回した。

 やはりカリオンは目立つとノダも苦笑いする。

 イヌに混じってマダラが入っていれば、それはすぐに目が行くというものだ。


「呼び止めて済まなかった。用件は……」


 カウリは少しだけ悪戯っぽい笑みになっている。

 その表情にカリオンは背筋がゾワワと粟立った。


「カリオン。後ほど余の執務室へ出頭しろ」

「はい。承りました」

「ちょっとネコの国へ行って貰う事になった。なに簡単な用事だ。面倒は無い」


 その言葉に衛兵たちが驚く。


「この夏、ネコの国と正式に国交の誼を交わす事となった。その代表が我が国へやって来るので出迎えることにする。恐らくかなりの高官が来るだろう。女王自らは考えにくいが、相当の階級になる筈だろうて」

「故にこっちもそれなりの人間を出迎えに出さねばならない。だからカリオン。お前が行くんだ」


 ノダ帝の後にカウリが口を開き、衛兵たちは改めてカリオンの立場を知る。

 いずれこの国の帝王になる男。その男と一緒に仕事をしている事実に皆が震える。


「あぁ、そうだ。リリスも連れて行け。向こうに一泡吹かせたい。ゼルも同行するし、色々と面倒も有るだろうが、しっかり頼むぞ」


 その言葉にカリオンは叔父カウリの思惑を感じ取った。

 公務に(かこつ)けてガルディブルクからカリオンとリリスを出そうと言う事だ。

 つまり、フレミナ側と何か事を構えるつもりなのだろう……


「了解しました!」


 背筋を伸ばし敬礼したカリオン。

 世界が動き始めたのを皆が感じ始めていた。


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