邂逅する運命
六月の終わりはビッグストン士官学校の終業式だ。
この一年間、鍛えに鍛えてきた一年生は他の寮生を圧倒していた。そして、カリオンたちは卒業するまでホテル寮暮らしが確定した。四年生の卒業式は問題なく終わり、その翌日、各寮の連隊長と大隊長が集められ旅団長選挙が行われる事になった。と言っても実際のところ、事実上六本線待遇のカリオンに対する信任投票が行われたと言うのが実情に近い。
全ての面で優秀な成績を収めているカリオンの場合、成績不良や品行不良で信任投票が否決されるとは考えにくい。つまり、今回の選挙は『マダラを上官と仰げるか?』という意思確認のようなモノだというのが実情に近いのだろう。
その選挙においてカリオンは史上初めて満票を取った。要するに忠誠心を試す儀式のようなモノなのだ。次期帝王がここに居るのだから、表だって反対をいう者は居ない。
「では、旅団長の座にカリオン・アージンを据える。諸君はよく支えるように」
学生指導長ロイエンタール伯の裁可を受け、三年生でありながら正式に六本線となったカリオン。ホテル寮の連隊長となったジョニーもまた五本線へ昇進していて、進級と同時に六本線となる事が確定していた。
史上初めて、志願学校内で同時期に複数の六本線が誕生した日だった。だが、最終日の夜会当日になって、そこで初めて問題が起きた。
――――どっちが旅団を指揮するのか?
ロイエンタール伯はカリオンとジョニーの二人に対し『自分たちで決定しろ』と通達した。その言葉を聞いた二人は顔を見合わせ、思わせぶりにニヤリと笑いあっただけだった。
もはや二人の間に面倒な打ち合わせはいらない。ビッグストンの校庭に騎兵が集合した時、号令を発していたのはジョニーだ。不思議と誰もそれに異を唱えなかったし、カリオンもジョニーもごく普通にそう振舞っていた。騎兵が整列し準備が整ったところでカリオンは馬を返し『よし、じゃぁ出発だ』と言って出発した。その後ろに居たジョニーは剣を抜き命ずるのだった。
『総員二列縦隊! 隊列を崩すな! 我らが王に続け!』
ホテル寮の在寮生が一斉に剣を抜き声を上げた。進級分の線を加えればカリオンは七本線になる。本来はありえない階級となるカリオンなのだから、四年生進級時点で自動的に旅団長はジョニーが就任する事になる。
僅か数日間だけの旅団長を勤める三年生の六本線。四年生に進級した時の呼称は誰とも無く『元帥』の肩書きが囁かれた。
何から何まで規格外のカリオン。
だが、それを表立って批判するものは一人も居ないし、また、それに見合うだけの実績を残している。同時期に兵学校を卒業する者たちは嫌と言うほど理解していた。単なる貴族のボンボンではない、統一王ノーリの血を引くイヌの男の実力がどれ程であるかを……だ。
ガルディブルクの街中を士官学校の騎兵が行軍するようになって三年目。
その隊列の先頭をカリオンが単騎で進んでいた。
――――おい! 見ろよ! 若様が騎兵を率いてお出掛けだぜ!
――――マダラの摂政になるんじゃ無いか? 史上初めてだ
街の噂が飛び交う中、自信に溢れた姿と態度でカリオンは馬を進める。ただ、すぐ後ろにジョニーとアレックスは居るのだが隣には誰も居ない。カリオンはふと孤独を感じた。支配者が皆感じるという孤高ゆえの孤独感だ。
女学校の前に到着し、毎年恒例の問答を行い、馬車を挟んで士官候補生は再び走る。その先頭でカリオンは再び孤独を感じた。自分の歩く道に従うものは多いだろう。だが、隣に居てくれる筈の后はまだ馬車の中だ。
ミタラスから郊外へ伸びる街道の曲がり角でカリオンは後ろを振り返った。馬車を挟んで走る騎兵の右列先頭にジョニーが、左列先頭にはアレックスが。それぞれ誇らしげに続いている。
辺りを睥睨し鋭い眼光を撒き散らすカリオンの目が不意に後ろを振り返った。柔らかな眼差しに気が付いたカリオンの目が先頭の馬車を捕らえたのだ。先頭の馬車は異例な事に窓の緞帳が全部開いていて、美しく着飾ったリリスが馬車の中からカリオンを見ていた。不意に眼が合ってリリスは微笑んだ。
遠い日。シウニノンチュの霧の草原で約束した少女がそこにいる。カリオンの心に小さな灯がともった。それと同時に父ゼルとレイラを思う。あの二人を何とかしたい。自分に出来ることは少ないが、それでも何とか……
思案にくれている間にビッグストンへ到着したカリオンは、ジョニーとアレックスを従え全ての女学生をホール前で出迎えた。
次期王直々の出迎えにカリオンを知らない少女達が本気で驚く。そして、本来なら最初にホールへ入っているべきリリスがカリオンの隣に並んでいる事に驚く。カリオンが士官学校の候補生を掌握しているように、リリスもまた女学生達を掌握していた。次期王の后最有力候補は誰にも文句を言わせない迫力を纏いつつあった。
「ねぇエディ」
「なに?」
「お父様お母様は到着してるかしら?」
「え? 来るの? 聞いてないよ俺」
「うそ! ほんとに?」
ジョニーとアレックスが先にホールへと入っていき、最後にカリオンはリリスの手を受けてホールへと入って行った。相変わらず広い大ホールだが、今年はそれが寄り一層広く感じられた。
いま、このホールの中の全てはカリオンの物なのだ。全てを取り仕切る権限を与えられたカリオンは、やがて来る『より一層大きな試練』を感じ取った。だが、僅かに目をつぶりその感慨を味わった後に開いたカリオンの双眸は、信じられないものを捉えていた。
巨大なホールの中にゼルとエイラ。そして、カウリとレイラの夫婦がそれぞれに並んで待っていたのだった。
「嘘だろ……」
「ホントよ」
小声で言葉を交わしたカリオンとリリス。ふたりが見ている『両親』の間にはノダ帝が一人立っていた。威厳ある艶やかな髭を蓄え、鋭い眼光で周囲を圧する帝王の威厳があった。
「諸君。お楽しみを邪魔してすまん。今日は重要な発表があってここへ来た」
ホールに響くノダ帝の声を壁際の記者達がメモしていた。
「余の片腕として摂政の職に就く事になるカリオンだが、今日のよき日に婚約を発表する運びとなった。今日は両者の両親を招き、ここに新たな夫婦が誕生したことを宣言する」
ノダ帝の言葉に会場が響めいた。そしてさざ波のようにわき起こった拍手。そんな中、カリオンとリリスの二人は、それぞれの両親並ぶ前に立ち挨拶した。
再び拍手がわき起こり、それが収まるのを待ってノダ帝が差配を送る。その指示を受けた指揮者がタクトを振り上げ、軍楽隊は静かにワルツを奏で始めた。ビッグストン伝統の夜会は厳かに始まりを告げたのだ。
最初は必ず旅団長と学生長のワルツから始まる。そんな場にゼルの夫婦とカウリの夫婦が参戦し、ワルツを踊る男女が三組となった。
カリオンとリリスが踊るなか、居並ぶ士官候補生と女学生は互いの狙いをつけ始め、会場には手を振って合図を送る者や、直接指さして相手の出方を伺う者が続出する。静かな鞘当が続く中、カリオンはリリスに小声で言う。
「母上と踊ろうと思う」
「……そうだね。私もお父様と」
互いに魂胆を理解し、最初のワルツが終わる頃、二人は自然に離れた。そして、プレリュードが流れ始める頃、カリオンはエイラの前にやってきた。
「母さま、一曲踊って下さい」
同じ様にリリスもカウリの所へやってきた。
「お父様。我が儘娘と一曲踊ってくださいませ」
エイラが一瞬カウリを見た。カウリは笑っていた。大した混乱も無く学生達が踊る相手を見つけ、再び軍楽隊はワルツを奏でた。カリオンとリリスがそれぞれの親と踊る中、ゼルはレイラの前に立った。
「レイラ殿。一曲踊ってくださいませ」
「えぇ。喜んで」
レイラは静かに笑ってゼルの手に自らの手を乗せホールで踊り始めた。カリオンから見てもリリスから見ても、本当に楽しそうな表情の二人だった。
「どっちが言い出したんだ?」
小声でリリスに問い掛けたカウリ。
その言葉にリリスは微笑む。
「カリオンが言い出したの」
「そうか。なかなか策士よの」
カウリは満足そうにカリオンを見ていた。エイラもまた楽しそうな表情でカリオンと踊っていた。
「母上」
「わかっているわ。今日は良い日よ」
エイラがチラリと見た先には、お互いから視線を一切離さないゼルとレイラが居た。
「母上」
「なに?」
「父上を許してください」
「許すのはあっち。私が許して欲しい位」
エイラはチラリとゼルを見た。本当に嬉しそうな表情で笑っている姿にエイラは少しだけ妬けた。ただ、それは正妻の嫉妬では無いと自分で気が付いている。
「今すぐにでもあの二人を静かに暮らしていけるようにしたい位よ」
「なら、ちょっと腹案があります」
「腹案?」
「はい。ヒト向けの全寮制学校を作りたいんです。校長と寮母という待遇で」
「なるほどね。だけど、それをするなら全種族にするべきよ。まぁ……」
エイラは眩しそうに息子カリオンを見た。
いつの間にか見上げる程に成長した自慢の息子だった。
「ノダ伯父さんとカウリ叔父さんに相談しなさい」
「はい」
最初の一曲が終わり、ゼルはカウリのところへ、レイラはエイラのところへ行く。何も言わずに頷いてノダは会場を後にした。その後ろにゼルたちが続いた。会場で親を見送ったカリオンとリリスは会場に合図を送った。一気に会場がヒートアップを始め、そんな中リリスの手を引いて会場の片隅へやって来たカリオンは記者の質問を受け付け始めた。
「皆さん。質問にはできる限り答えますが難しい事もあります。その辺りはどうか……察してください」
カリオンとリリスはゼルからヒトの世界の言葉を聞いていた。新聞記者は戦争を始める事も社会を不安に陥れる事も出来る。決して応対を間違えるんじゃ無い。メディアを制御しろ……と。
言質を取られぬよう細心の注意を払って受け答えをするカリオン。リリスも慎重な言い回しに終始し、返って記者の方がヒートアップしていた。一つ一つ経験を積みながら、カリオンとリリスは並んで成長していく。そんなシーンだと気が付いて、カリオンはリリスを見た。リリスも同じ事を思ったらしい。ふと目が合った二人は、静かに笑うのだった。
その晩遅く
ガルティブルク城の一室にアージンの男が勢揃いしていた。
ノダの居室の中。ゼルとカリオンの親子。カウリとトウリの親子。
ガルディブルク派とも言える五人は厳しい表情で集まっていた。
「諸君らに集まって貰ったのは他でも無い」
ノダは静かに切り出した。
「先にスペンサーの令嬢が……と言うには些か年増だがな……」
吐き出されるため息には沈痛な怒りが込められていた。百年思った女性を問答無用で殺されてしまったノダの思いはいかほどか。自分など恵まれているとつくづくゼルは思うのだが。
「やはりフレミナ陣営の差し金であった。スペンサー伯より報告が上がり、どうやら間違いない」
「実にふざけておるな」
不機嫌そうに漏らしたカウリは、ジッとトウリを見た。
「フレミナが次に狙っているのはお前だ、トウリ」
「私ですか?」
「そうだ。お前に嫁を取らせろと、シャイラが話をねじ込んで来た」
「やはりそう言う運命ですか」
カウリとゼルが少し笑った。
若き男の悔しがる姿は、その向こうに女の影が透けて見えるのだ。
「トウリにも意中の女がいるのか?」
ノダは優しい声でトウリに訊いた。
一瞬迷った様だが、それでもトウリは頷いた。
「まぁ……」
何かを言おうとしたカウリだが、その話を遮ってゼルが口を開く。
「トウリ君。今すぐその人を連れて逃げるんだ」
「え? どうして??」
「フレミナ側を揺さぶろう。彼らが打つ手が悉く外れるように仕向けるのさ」
ニヤリと笑ったゼルはカリオンを見た。一瞬間が空いたが、その『してやったり』の笑いの意味をカリオンが理解した。
「フレミナの人間が打つ手が悉く裏目に出るように仕向けるんですね」
「そうだ。そして、手を出さない時には、彼らが思う最良の手からひとつ下にする」
「動けば失敗する。おとなしくしていれば、まぁまぁの結果にって事?」
「そうだ。どんなに優秀な人間でも、最初は必ず経験則で動く」
ゼルはカリオンに微笑みかける。
「例えば百に一度、千に一度、万に一度の成功確立だったとするものが、仮に十に一度や五に一度、或いは、間違いなく成功するって機会があったとしよう。この時、前例が無いとか過去経験が無いと言って手を拱いている者は三流以下だが、そこで余程大胆な手を打ち経験ではなく伸るか反るかの博打に出る事がある。この時、成功すればそれは前例となり大きな自信となるが、失敗した場合にはより一層慎重で定石を外さぬ打ち手を取るようになる。つまり、彼らに手痛い失敗を何度もさせるのだよ。血の涙を流して後悔する様なね」
ゼルが切りだした話に皆が苦笑する。
「奇貨居くべしと言って、待って待って待ち続けてようやくやって来た機会だと、彼らが必死に工作を始めた時にそれをやるのさ。それこそ、嫁候補を紹介するよ! と彼らが来て顔合わせと言う日に突然『好きな女と逃げます』ってやると、彼らは立ち直れないんじゃないか?」
つくづくと『鬼』だと。ゼルの打つ手はえげつ無いまでに残酷な手だ。だけど、それは全て丸く収める為だと皆は知っている。あれだけ争ったネコとの間も最近は上手くやっているのだ。
「しかし、彼らは最終的にル・ガルを乗っ取るのが目的だぞ?」
「だから。乗っ取らせれば良いんですよ。乗っ取らせた上で国民が彼らを否定するようにすればいい。多少はフレミナ派が居るでしょうが、その人々も長い年月を経たらどうですかね?」
ゼルの笑いがますます持って凶悪になり始めた。その姿にカリオンが思わず引きつる程に。
「……と、言うと? 具体的にどうするんだね?」
ノダ帝はその話に乗った。
「ヒトの世界ではクーデターと言うのですが、政権の非主流派が武力を持って政権を乗っ取り政治体制を一新する事があります。政治的に不満を持つ者が仲間を募り現政権を破壊するのです。そして、非主流派が表舞台に立つ訳です」
「ならそれは俺がやろう」
いきなり口を開いたのはカウリだった。
「おれはビッグストンでシャイラと稀に会うから、その席であいつに愚痴をこぼす。そうだな。まず……ノダが次々にきつい手を打つ」
長く伸びた髭を弄りながらカウリはまずノダを見た。辛い記憶を酒で誤魔化していたノダはすっかり肝臓をやられていて、最近では食事の合間にエリクサーを飲んでいる有様だった。
「まずノダの陰口を言おう。酒に溺れた馬鹿野郎め。とっととフレミナから嫁を取ればよかったんだ。最近じゃエリクサーに頼ってる上に思いつきで政治をやってる」
ニヤリと笑ったカウリの口元に牙が見えた。
ノダもまたにやりと笑った。
「さぞ喜ぶであろうな」
「だろ?」
クククと笑ってからカリオンを見たカウリ。
息子トウリと順番に見つつ愚痴まがいのことばを吐く。
「シャイラが食いついてきたら話を続ける。だいたい次期太陽王にマダラを推すとかノダは正気か?と。酒で頭までやられたんじゃないだろうな?と。親の七光りで士官学校へ来たボンボンに何が出来る。俺の息子は腰抜けの臆病者だし、これでアージンも終わりだな……実に無念だ。どこかにまともな男が居らんものかと」
ニヤニヤと笑うカウリ。
ゼルも凶悪な笑みでそれを見ていた。
「その後どうする?」
話の続きを急かしたノダも薄ら笑いをはじめた。
カウリは困ったようにゼルを見た。
「どうすれば良い?」
「そうだな」
ゼルは鼻の頭を弄りながら思案する。
「どうせならもっとえげつない手が良いな」
「今でも十分えげつないぞ?」
「はぁ? こんなの序の口だろ」
「ならいっそう……」
カウリもまた凶悪な笑みを浮かべた。
肉食獣の本能が顔に現れたと言って良い姿だった。
「おれは武装蜂起する。次期王にマダラを就けてなるものか!ってな。そして、ゼルはカリオンの名前で天下に檄を飛ばす。マダラでも良いか?って。フレミナ派は喜んでワシに協力するだろうから、トウリを連れて戦を行って上手く負ける。負けて負けて北へ逃げて、最後にフレミナの地で決戦をやって、で、ドサクサにまぎれてフレミナ一門を皆殺しにしてやる。そして最後の仕上げにはカリオン。お前だ」
カウリはカリオンを指差した。
「はっ はい」
「お前はワシを殺せ。一思いにやれよ?」
「はい?」
カリオンの声が裏返って驚いた。
だが、カウリはニヤニヤと笑っている。
「トウリはカリオンに恭順を誓い、俺はゼルに女房を頼むと託して死ぬ。本当はゼルに直接斬られるのが理想だが、今後を思えばカリオンが良いだろうな。政権争いで勝ち残ってカリオンは王になる。ノダの次にな。そしてゼルとレイラも元鞘だ」
トウリとカリオンは全ての表情を失った。話を聞いていたノダもだ。
カウリはゼルとレイラの為に死ぬのだと言い切ったに等しかった。
「父上! それでは!」
「良いんだ。俺なりの禊だ。ゼルが迷惑だと言っても俺がそうすると決めたんだ。そしてもう一つ重要な事がある」
「ですが!」
「良いから話を聞け!」
声を荒げたカウリはトウリを一喝した。
「お前の惚れた女を早めに連れて来い。そして子供を作れ。男の子だぞ? お前は太陽王には成れぬ。だが、息子にはまだ試練の道が残されている。フレミナを滅ぼした後、恭順を誓ったお前は息子をカリオンに差し出す。カリオンはその子を養子にし、時期王として英才教育を施せ」
カウリの厳しい眼差しがジッとトウリを見た。
哀しみに満ちた眼だとカリオンは思った。
「あの日。シウニノンチュで試練を受けたカリオンを導いたのは俺だ。だが、本当はお前に試練を受けて欲しかった。愚かな親の欲だ」
「……そうか。そうですね。自分が……」
トウリはうつむいて悲痛な息を吐く。
「自分が試練を受けていれば、リリスの事もレイラさんとゼルさんの事も全部丸く収まっていたんですね」
トウリの言葉に皆が沈黙を続けた。下手な慰めなどしてはならぬ事だと大人なら皆分かっている。過ぎた事を悔やむより、これからどうすれば良いかを考えねばならない。
「あの子もカリオンも純粋なイヌではない。故に子が出来ぬだろう。カリオンがどんなに頑張ってもな。側室を設けると成ればフレミナが黙っては居ないだろうが、どっちにしても子は出来ない。故に太陽王の血統が絶えてしまう。お前の仕事は重大だ。出来る限り妻を娶り、そして子を作れ。産み増やし、シウニンの血統をより強く太くする事が責務だ。試練を受けなかった事はもう良い。どっちにしろ手遅れだ。だが、これからの事は出来るだろう」
カウリの吐いたそんな言葉にノダがハッとしたような顔をした。
「これからの事か。そうか、そうだな、その通りだ」
部屋の中をぐるりと見回したノダ。
何から手を付けるべきかの優先順位をあれこれ考えた。
「トウリはシウニンの血筋を護る。カリオンは国を護る。力を合わせてやってくれ」
「はい」「承りました」
トウリとカリオンは一度顔を見合わせてから頷いた。
「カウリ。面倒をかける。だが」
「あぁ、分かってるさ」
「フレミナはこの辺りで根絶やしにしたい」
「後顧の憂いを無くしたいからな」
最後にゼルを見たノダ。
ゼルは静かに微笑を浮かべていた。
「そなたの人生がどれほど厳しいものか。今日までそれをつぶさに見てきた。だが、それでもなお力を貸してくれと願う愚かなイヌを許してくれ」
「おいちょっと待て。いまさら何を言ってるんだ」
ゼルは呆れたような仕草をジェスチャーで浮かべた。
「女房は死なずに済み、俺の血を引く小僧が次の王の最有力候補なんだぜ? 力を貸すとか協力するとかじゃないだろ。今更そんな話じゃない」
ゼルの眼がカリオンを見た。
そして、トウリを見てカウリを見て、最後にノダを見た。
「俺は俺の息子をこの国の王にしたい。その良き相談役として、また、仲間として生きるトウリにも幸福を得て欲しい。その為にノダとカウリが一芝居打つと言うなら、俺は喜んでその舞台に上がるし、どんな道化の役だって引き受ける。ただな」
ゼルはビシッとカウリを指差した。
「カウリには死んでもらっちゃ困る。俺はどんなに長くてもあと五十年の寿命だ。カウリはまだ百年は楽に生きるだろう。ノダとカリオンの相談役はカウリしか居ないんだ。だから死ぬのは俺の役だ……いや、ちょっと違うな。死ぬのは、ゼルの役だ。どんな役でも引き受けるから、俺は最後に舞台から降ろして欲しい。舞台の袖からこっそり退場して、最後は自分の……」
ゼルは両手を広げた。
まるで同意を求めるような仕草で。
「俺は俺の死を死にたい。ゼルとの約束はもう果たしたも同然だ。ただ、最後の詰めが残っている。それをきっちり果たすから」
「そうだな。ワタラに。いや、ワタラセイワオと言う人間に、ヒトの男に戻ってくれ。だが、俺は俺でけじめを入れたい」
「なら腕の一本もくれれば良い。カリオンには相談役が必要なんだ。死んでもらっちゃ困る」
「レイラはどうする?」
「そうだな。行軍中に病死にでもすれば良いんじゃないか? 或いは、リリスが助命嘆願しカリオンが赦して、ガルディブルクからの追放とか。まぁ、俺が連れて逃げるよ」
ゼルとカウリの会話にカリオンの表情が明るくなった。
ある意味で一番気を揉んでいた問題の筋道が付いたともいえる。
「父上とレイラさんが幸せに暮らせる場所を必ず作りますから」
「自分も協力を惜しみません。色々と勉強させてもらいましたから」
トウリの言葉にゼルは僅かに涙ぐんだ。
長年やって来た事が報われたと、ふと、そんな事を思った。
「いずれにせよ、このル・ガルの次の百年が決まったな」
ノダの一言で再び場の意識が統一される。
「正直に言う。ワシは死ぬかもしれない。それも遠くないうちだ。だが、目指す結論は同じだ。多少違う形になったとしても、皆で協力してやっていこう。ワシが居なくともやって行ってくれ。草葉の陰でル・ガルを見守らせてもらう」
ゼルはジッとノダを見ていた。あの頃の覇気のある姿とは程遠いやつれた姿だ。カリオンをこうはしたくないとつくづく思う。そして、もう少し苦労するようだと覚悟を決めて、そして息子カリオンを見た。
自信に溢れた自慢の息子だった。