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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~ル・ガル滅亡の真実
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リベラとの別れ

~承前




 玉座の間に連なる小ホールの中、カリオンは残存戦力を確かめていた。

 城内の混乱は極致に達し、もはや指揮命令系統は機能していない。

 つまり、組織だった抵抗活動は限界を迎えた。


「ヴァルターはどうした」


 手直にいた親衛隊の剣士に問うたカリオン。

 だが、まだ若い剣士は『解りません。上席が向かいましたが』と応えた。


 まだ城内各所にイヌの兵士が居るはずだが、全体像の把握は不可能だ。

 城の奥へ向かって走ったヴァルターは行方不明になっている。

 状況的にはもはや手詰まり。声の届く範囲のみを掌握して動くしかない。


 なにをどう……と理屈で説明できるものじゃない事象。

 長く生きていればそんな場面には遭遇するもの。

 だが、この現状をどうするべきか、カリオンは決断出来ずにいる。



 ――――生き残る事こそ本義……



 頭はではそう理解しているが、その為にどうするか?

 冷徹な決断を下さねばならぬが、それを出来ない弱さがあった。


「いったい……何人生き残ってるんだろうな」


 手短な問いに対し、ウォークは『多くて100名かと』と応えた。

 親衛隊や近衛連隊の選りすぐりが居た筈だが、その大半は戦死だ。


 圧倒的な攻撃力。圧倒的な前進力。圧倒的な殺傷力。

 獅子の剣士と魔導師の連携攻撃は凶悪を極めた。

 その全てが牙を剥いて襲い掛かって来たのだ。


「そうか……」


 溜息交じりにそう漏らしたカリオン。

 彼等が見たものは、控えめに言って地獄だった。


 接近戦でのキルレートは2:1前後と思われる。

 単なる剣術ではイヌの方に分があるようだ。

 だが、本当に凶悪なのは衝撃波の魔法だった。


 剣で足止めされ、獅子の剣士が倒れた直後に後方から魔法で攻撃される。

 強烈な衝撃波は内臓を直接攻撃し、剣士達は次々と血を吐いて斃れた。

 その繰り返しでイヌの剣士は次々と討ち死にしていったのだ。


 まともに対抗できたのは覚醒体となった検非違使だけ。

 打たれ強さと物理攻撃の強力さのコンボは強烈だ。

 しかし、そんな検非違使も魔法攻撃には分が悪い。


「あの獅子とやり合うのは骨が折れます」


 ウォークはそんな言葉で困難だと遠回しにものを言った。

 実際問題として、剣技なら負ける気はせずとも連携攻撃が厄介なのだ。


 言うなれば、それぞれに弱点がある巨大なじゃんけん状態。

 そして、そこを突破せねば脱出はままならない。

 脱出どころか城内で全滅もあり得る。


 前門の竜、後門の虎。


 どちらに進んでも困難が待っている。

 しかし、前進しないという選択肢は緩慢な滅びと同義だ。

 そしてその前進の為には、何処かを切り捨てねばならないのだった……


「まずは退路を確認したい。何処か近くに隠し通路は無いか?」


 リリスと共に居たリベラの方へ振り向いて道を尋ねたカリオン。

 城内にある隠し通路を全て調べたリベラは僅かに首肯しつつ言った。


「ここじゃありやせんが、奥の大食堂から真下へ伸びる通路がありやす。恐らくは古い王の脱出路でやしょう。この城はとにかくよく考えられてまさぁ この広間からでしたら一旦回廊へ出て走りゃなんとかなりやしょう」


 ネコの国訛りをもろ出し状態なリベラは、立て板に水の勢いでそう応えた。

 隠し通路の大半を封鎖したはずだったのだが、それでも幾つかは残していた。


 文字通りの非常通路として存在する隠し通路は、城が持たぬとなった時の為だ。

 幾度も消滅の危機を経験したが故の対策なのだろう。

 ここで役に立つのは先人たちによる先見の明でもあった。


 だが、これを使わざるを得ない状況という事は、いよいよ拙い事態とも言える。

 そんな状況とはいえど、カリオンは何処か達観してもいるのだった。



 ――――余はル・ガルで最も幸運な男ぞ



 太陽神の加護を受けた者が太陽王となる。

 そんな仕組みで選ばれたのだから、もはやそれ自体が心を支える杖だった。


「よろしい。ならばそこを通って外へ出る。外へ出てしまえさえすれば、まぁ、何かしら手立てはあるだろう。我々がここに居る事で九尾の戦いを邪魔しかねぬ故に行う事だ」


 葛葉御前が見せた侠気の姿勢をカリオンは思い出していた。

 何より、あのネコの女王をどうにかせねばならぬのだ。


 イヌが戦えぬのならばイヌの上位互換と言うべきキツネに任せよう。

 実際の話、もはやそれしか出来ないのだから。


「では、あっしがまず通路を確かめてめぇりや――


 リベラがスッと動き出したその時だった。




                        ズンッ!

                            ズシンッ!




 城の下側から鈍い爆発音が響いた。砲による攻撃で散々と聞いた音だった。

 獅子の魔法攻撃では聞いたことの無い次元だ。つまり、あのヒトの集団だ。


 間違い無く、通常では考えられない規模の戦闘が下で続いている。

 ルフの言葉によれば、獅子の剣士や魔導師を一方的に圧しているらしい。

 どんな兵器かは解らないが、この世界では望むべくも無い威力に違いない。


「……彼等の目的は一体なんだろうな」


 だいぶ怪訝な顔になったカリオンは、彼方を見つめる眼差しで階下を見た。

 床しか見えぬ状況だが、その眼差しは遥か遠くを見ているようだ。


「恐らくですが、()()()()()|とは事なる存在ではないでしょうか。この場にやって来るのですから、何かしら明確な目標がある筈です。少なくとも伊達や酔狂で鉄火場に乗り込んでくるなどあり得ません」


 何の根拠も無いが、ウォークはそう推察していた。

 この状況で城の入口側からやって来るなどあり得ないからだ。


 獅子の剣士らが持っている盾を簡単に貫通するほどの威力な銃。

 そして空中を飛んでいたと言う報告から、何かしら意志が有るのは間違い無い。


 ヒトの姿をした悪魔。或いはその使い魔。

 異なる世界からやって来たレリクスナイト。

 この世界の住人では対抗出来ない存在なのだ。


「そうかも知れぬな。それにしても、彼等は何処から来たのだろうな」


 息をひそめてそう漏らしたカリオン。

 死にもの狂いの抵抗を試みた獅子の軍団は各所で徹底的に殲滅されたらしい。

 膂力と突進力に優れた彼等獅子も、まるで赤子の手をひねる様に……だ。


「それはともかく、あの攻撃力は我々にはどうにもなりません」


 あくまで官僚の長としての視点で応えたウォーク。

 実際の話、彼等の目的などどうだって良いことだ。


 上では神の次元の争い。下では地獄の羅刹が襲来している。

 正直に言えば手詰まりでしかなく、どうしようもないことだった。


「ここに居るのも危ないかもね」


 ボソリとリリスがこぼす通り、城の中にいては危険なのだろう。

 しかし、だからと言って屋上には出られない。


 はっきり言えば手詰まりで、絶体絶命の窮地。

 逃げ場が無い以上は何らかの手を打つしかない。



 ――――まいったな……



 自らの幸運を疑うつもりは微塵も無いが、現状は控え目に言って絶望的だ。

 現状を楽観視する様な部分が無い以上、最善手を希求するしか無い。


「ならばむしろ、ここなら好都合では?」


 何かに気が付いたのか、少し明るい声でウォークが言った。

 とうとう自棄になったか?と意地悪い笑みでウォークを見たカリオン。


 そのウォークはリベラを見てから笑って言った。


「ここは秘密通路の結節点に近い場所です。それだけで僥倖ですよ」


 ウォークの指摘は最もだった。

 王とその親族向けエリアと公的エリアの境目に当たるフロア。

 ここには脱出用の秘密通路入口が多数あるのだ。


 何より、王のプライベートエリアを支える為か、この辺りの構造材は石だ。

 巨石を組み合わせて重量を受けるようになっているのだ。

 どれ程にヒトの武装が強力でも、この壁は抜けまいと思われた。


「そうだな。ウォークが正しい。うまく誘導し、ヒトの一団を屋上へ出そう」


 カリオンの示したプランはある意味で凶手だろう。

 だが、カリオン達には対抗できない以上、手段としてはそれしかない。


 レリクスナイトとこの世界の神を戦わせる。

 そんな打算に満ちた作戦が決定された。


「難しいけど仕方がないね。なんなら私が囮になるよ。見た目はヒトだから」


 鈴を転がすような声音でリリスがそう言った。

 だが、そんなリリスの言葉にリベラが顔色を変えた。


「お嬢、冗談でもやめてくだせぇ」


 ウィルと同じく魔法生物になったリベラだ。

 今の彼女はリベラにとって神にも等しい存在と言える。


「そうね。笑えない冗談よね」


 ごめんねと言わんばかりの口調でそう返したリリス。

 リベラは少々あきれ顔だが、それ以上の言葉は無かった。


 無私の信頼と赤心の忠誠。

 リベラの核心部はそれのみなのだ。


 しかし……



 ――――ん?



 何かを思い付いたカリオンは数秒間完全沈黙した。

 脳内に様々なイメージが沸き起こり、それが全て重なってひとつの像となった。


 そして、何かを確信したカリオンは顔色を変えずに口を挟んだ。

 リベラやウォークが表情を変える一言だった。


「いや、妙案かもしれぬ」


 カリオンはそこから一気呵成に言葉を発し始めた。

 現状に於いて起死回生の一撃となるのは間違い無い一手だ。


「リベラ、ここから屋上へ繋がる通路があるか?」


 唐突な質問だが、リベラは瞬時にその意図を理解した。

 イヌには手出し出来ぬ存在同士をぶつけ合う凶手だ。


 人倫に悖る行為とは言え、まずは生き残る事が本義。

 あの武装集団を神に等しい存在へとぶつけるには危険を踏み越えねばならない。


「……なるほど、そりゃ最高にござんす。あっしぁ喜んでやらしてもらいまさぁ」


 カリオンの説明にリベラが乗ってきた。

 同じ様にウォークも幾度か首肯しつつ言った。


「リリス様の安全という面のみに懸念がありますが、現状では良策でしょう。むしろやらない手はありませんし、それ以外に考えられません」


 リベラとウォークは賛意を示した。

 後は当のリリスだが……


「要するにリベラが私を抱えて逃げようって言うんでしょ? 面白そうね! やろうやろう! むしろやりたいよ!」


 ノリノリで笑みを浮かべたリリス。

 カリオンはそれを見て何かを確信した。


「よろしい。ならばリベラ。危険だが頼むぞ」


 カリオンは薄く笑った状態でリベラを見た。

 太陽王が見せる信頼の笑顔は細作稼業で生きて来た男の胸を叩いた。


「へい。お安い御用にござんす。なに、しくじっても死ぬだけでさぁ」


 魔法生物となったリベラにとって、死は解放でもある。

 リリスの手によって無機物の中に魂を縫い付けられているに過ぎないのだ。


「ならば先ずはあの集団と接触せねばなりませんね」


 話がまとまったと見たのか、ウォークは肝心な部分を指摘した。

 あの凶悪な攻撃力を考えれば接触するのは避けたいのが本音だ。


 だが、接触せねば囮になれない。

 向こうがリリスをヒトと認識せねばならないのだ。


「そうだな、その通りだ『それなら私が隠し通路で彼等の前に飛び出れば良いんじゃない?手間も省けるよ?』おいおい」


 いきなり飛んでもない提案をしたリリスにカリオンが苦笑いを浮かべた。

 だが、その提案はある意味では現状の最良プランと言えた。


「私が先頭で隠し通路を行けば良いんじゃない? 例の集団が何処にいるかわからないけど、いきなり遭遇したらそれで逃げれば良いんでしょ?」

「そうは言っても、いきなり獅子の騎士に遭遇したらどうするんだ?」


 あまりにあっけらかんとしたリリスの提案。

 だが、カリオンは別の危険性を指摘した。


 実際、場内にいる敵勢力はヒトの武装集団だけではない。

 現時点では獅子の突入勢力もまた問題だった。


「それなら私がお義姉さまと走りましょう」


 横から口を挟んだのはコトリだ。

 いつの間にかヒトの姿に戻ったコトリは城詰め女官のいで立ちでいた。


 時々城内に姿を表すコトリだが、城の古株は彼女が見習いの頃を覚えている。

 女中見習いとしてグレーなワンピースに身を包み、リリスのそばにいた頃だ。


 今は指導役として漆黒の豪華なワンピースにエプロン無しの姿のコトリ。

 その姿を見れば城の若手はたとえ相手がヒトであっても一目置くのだった。


「そうね。コトリが一緒だと心強いわ」


 このふたりが義姉妹なのを知っているのはごく少数でしかない。

 そもそも、リリスがヒトの姿に変わったと言うのを知るモノすら少ない。

 結果、コトリが連れて歩くのはヒトの女中見習い的な事態になっている。


「では、リベラさん。危険ですが」


 ウォークは硬い表情でそう言った。

 あのヒトの兵器でバンバンと撃たれる危険性を孕んだ作戦だ。


「そう深刻なお顔になるのはお止めなせぇ 人の上に立つもんが暗い顔をしてちゃぁ下のもんはたまりやせんぜ。王をご覧なせぇ いつも朗らかにしてらっしゃる。人を使う極意は、それにござんすよ」


 自分の身に降り掛かる危険性など歯牙にも掛けず、リベラはそっと窘めた。

 どれ程に危険であっても困難であっても、やると言った以上はやる。

 長く任侠の世界で生きてきた男の生き様をウォークは垣間見た。


「ありがたいお説教ですね。胸に刻みます」

「そうしてくだせぇ あっしが生きた証にもなりやすんで」


 明日をも知れぬ生き方をしてきた男だ。

 刹那的な場面であっても、それを噛みしめて味わうのだろう。


 凡そ細作などと言う職人は名など残らぬのが相場。

 凄い男がいたんだが、名前は誰も知らない……なんて良くある話だった。


「余の妻を護る最強の存在だ。今までもこれからも、何も心配はしていないが、それでもあえて言うぞ……死ぬなよ?」


 信頼あふれる笑みを浮かべ、カリオンはそう言って聞かせた。

 常に余裕を見せる姿は、周囲に安堵と安定をもたらす。


 王は常に泰然とせよ……


 遠き日、カリオンにそう教えたゼルの教えは、まだカリオンの中で輝いていた。

 生き方の指針となる言葉は、そうそう簡単に上書きされないのだから。


「へぇ。畏まりやした。どうか王も……いや、王に限ってねぇとは思いやすが、どうかドジ踏まねぇで……生き延びて下さいやし」


 思えば長い付き合いになったリベラだ。

 カリオンはこの細作に随分と助けられていた。


 イヌの2倍を越えて生きるネコにすれば短い間なのかも知れない。

 しかし、それでもなおカリオンは思うのだ。

 ともに生きた日々の楽しさ。そして心強さへの感謝を。


「じゃぁ、行ってくるからね。あなたは必ず生き延びて」


 リリスはカリオンに抱きついてそう言った。

 どこまでも信頼するリリスのスタンスに皆が目を潤ませた。


 一瞬の静寂。そして感動的な場面。

 だが、そこに割って入ったのは、場違いな銃声の音だった。


「……これは、あれだな」


 カリオンが問うたそれは、銃声の質だった。

 何処か乾いた感じがする破裂音に近い銃声。


 ル・ガル国軍が装備している長銃身の30匁新式銃に間違いない音だ。

 簡易的なボルトアクション構造になっていて、連射しやすい代物だ。

 射撃に慣れた者ならば、1分で20発は撃てるだろう。


 その銃声がまとまった数で集中的に響いている。

 応射の銃声が響かない以上、イヌが獅子に向かって撃っている可能性が高い。


 つまり、城内のどこかでまだ組織だった射撃を行える数の兵士がいるのだ。

 となれば、カリオンはそれらを吸収しなければならない。


「我が国軍の兵士は一騎当千の優秀さぞ。彼等も残さず回収しよう」


 それが可能か不可能かなど問題ではない。

 カリオンの周囲にいる近衛や親衛隊の兵士にとっては重要な部分。



   ――――――王は我らを見捨てない



 彼等が安心して戦うための理由付けは極シンプルで簡単なものだ。

 言い換えるなら、安心して死ぬための大義名分がそこにあるのだ。


「みんな集めて脱出してね。こっちも頑張るから」


 妙にやる気を漲らせているリリス。

 そんな姿にカリオンは目を細めた。


「あぁ。大丈夫だ。俺はル・ガルで一番運が良いからな」


 グッと気を入れた笑みがカリオンからこぼれる。

 リリスはそれを嬉しそうに見上げた。


「さて、行こうか」


 リリスは近くにいたコトリに目配せして小部屋を出口を見た。

 僅かに首肯したコトリはカリオンを見て『任せて』と一言残し出て行った。


「じゃぁ」

「あぁ」


 手短な一言を残し、コトリに続きリリスは部屋を出て行った。

 その二人を見送った後、リベラは柔らかな笑みを浮かべカリオンを見た。


「王よ。どうか……御達者で」

「……あぁ。勿論だ。で、死ぬなよ?」

「へぇ。畏まりやした」


 その一言を残し、リベラは部屋を出て行った。

 これが、カリオンがリベラと交わした最後の会話だった……

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