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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~ル・ガル滅亡の真実
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最悪には最悪が重なるもの

~承前




   ――――後退しよう


 そう提案したリリスの言に従い、カリオンは城内を後退した。

 いや、後退したという表現も実際は正しくない。


 脱出を企図し、屋上へ向かって城内を歩いたのだ。

 屋上に行ってどう脱出するのか?と言えば、それは解らない。

 だが、中身はどうあれ現時点での目標は脱出だった。


「……危なかったな」


 ボソリと漏らしたカリオンの言葉はリリスにしか聞こえなかったらしい。

 火炎の魔法を振り払ったイワオとコトリは一気に前進を試みた。

 だが、そこにあったのはガルディブルクの街を破壊した衝撃波魔法だった。


 獅子の魔法兵団はまだ多少生き残っているらしい。

 頭数の問題として街を破壊する規模での威力は無かった様だ。


 だが。


「ほんとに…… あの二人じゃなかったら即死だった」


 覚醒者の強力な体躯があったからこそ、カリオン一行は直撃を免れた。

 イワオとコトリが文字通りに肉の壁となって防いだからだ。


 しかし、いくら覚醒者だからと言って無傷と言う事でも無い。

 コトリは衝撃波を受け左腕が変な方向に曲がっている状態だ。

 イワオは両脚の大腿骨が開放骨折状態で、再生しつつ怒り狂っている。


 そんな両親をサポートしつつ、タロウがひとり奮闘していた。

 尾頭の魔法薬から生まれた両親だ。ある意味で純血の覚醒者とも言える。


「タロウも出来る様になったな」


 目を細めて眺めるカリオン。リリスも薄笑いで頼もしそうに見ている。

 この二人にしてみれば甥っ子なのだから、その眼差しが柔らかいのも当然だ。


 ヒトの身でありながらビッグストンを卒業した最初の存在。

 それだけで将来を嘱望される存在だったのだが……


「とりあえず後退しましょう。ここじゃ不利よ」

「そうだな」


 カリオンは周囲の者へ奥に走れと指示を出した。

 言葉では無く手を上げ、城の奥手へと振ったのだ。


 それを見て取ったヴァルターは抜き身の剣を握りしめ、先頭に立って走った。

 城の奥がどうなっているかは解らないが、あの九尾がヒルダとやり合っている。


 もはやそれだけでただ事じゃ無いと言わざるを得ないのだが……


「何が来るんだろう」


 リリスはポツリとそう呟いた。

 魔力レベルが大幅に向上しているリリスの感覚は時間を越える。

 一般的には予知や予見などと言われる程の実力を得ていた。


 そんなリリスが感じた大きな違和感。

 いや、違和感と言うより、強力な存在の接近。



   ――――――実力差とかそんな次元じゃ無い……



 少し首を傾げつつ、リリスはカリオンの後ろを歩いた。

 謁見の間を抜け、玉座回廊を通り過ぎ、玉座がある王の間を通過する。


 一事が万事広く大きいガルディブルク城の上層部は太陽王の為の空間だ。

 歩くにしたってそれなりに時間は掛かるのだった。


「お嬢様」


 唐突にウィルがリリスを呼んだ。

 足を止め『どうしたの?』と振り返ったリリス。

 だが、その次には『え?』と漏らしていた。


「申し訳ありません。ここに……アレが……来ています……あれです……」


 ガクッと崩れるように膝を付いたウィルは、左手を頭に添えて俯いていた。

 何かがやって来ているのだが、それを感じ取れなかったリリスはまだ解らない。


「あれって?」


 素直にそう聞いたリリス。

 ウィルは顔を上げて言った。


「もう一人の私。いや、私の本体です」

「え?」


 それでリリスも理解したらしい。

 遠くキツネの国からやって来た葛葉御前は九尾のキツネ。

 七狐機関と呼ばれる七人の九尾をまとめる存在だ。


 その七狐機関にはもう一人のウィルがいる。

 かつて夢の中で邂逅したそのキツネは自分自身が尾頭だと名乗った。

 尾頭で有りウィルで有り、そして紅百合と真名を名乗った存在。



   ――――――()()は記憶を保持する転生術の実験体



 リリスはそう結論づけていた。

 つまり、全てが尾頭でありウィルであり、そして紅百合。

 共通の記憶を持っている別の人格。もっと言えば、魂を分割した存在だ。


「それがどうしたの?」


 苦しみ藻掻く姿のウィルに、努めて冷静な言葉を返したリリス。

 だが、当のウィルはもはや呂律が回らなくなりつつあった。


「……求められています」

「え?」


 ウィルの姿が朧気になり始めた。

 膨大な魔力を持つ存在でありながら、複数存在し得る程の技術を持つ者。


 その魔術と技量の全てが漏れ始めていた。

 ウィルの姿が崩れ、本来の姿が現れ始めたのだ。


「どうやら窮地のようです」


 キツネのマダラであるはずのウィルだが、今の姿は普通のキツネだ。

 長いマズルと立った耳を持ち、金色の瞳をした獣姿のウィル。


 魂を分割し記憶を与え、独立した存在に仕立て上げた、作り物のウィル。

 その正体が現れ始めたのだった。


「ど、どうするの?」


 不意に顔を上げたウィルはリリスを見て言った。


「屋上へ来てはなりません。いま屋上では……神の次元の戦いが繰り広げられています。葛葉御前の正体はイナリです。イナリが九尾を召喚しました。ヒルダを闇に返すようです。如月がもはや限界なのでしょう。私は融合して助けます」


 一方的に言葉を浴びせ掛けたウィルは、まるで煙のように消えた。

 それを見ていたハクトはセンリと顔を見合わせて言った。


「尾頭本体はとっくに消え去っているのだ。もはや持つまい」

「だねぃ……あのキツネとウィルを足しても九尾には足らないはずだよ」


 正直言えば、理解の範疇を軽く越える事態だ。

 ただ、長年に渡りリリスの先達であったウィルの言葉は重く強い。


「……どうしたら良いと思う?」


 リリスは素直な言葉でセンリとハクトに問うた。

 正直言えば手に余る事態とも言えるからだ。


「個人的な願望としては、出来れば城を出たいですな」


 ハクトはそう提案した。

 何がどう……と言う事では無く、願望という表現なのだ。


 ただ、そこにはベテラン魔法使いとしての確実な読みがある。

 ここで屋上に行くべきでは無い……と、そう読んでいるのだ。


「そうだねぃ アタシも城から脱出するべきだと思うよ」


 センリもそれに賛意を示した。

 ハクトと同じくベテラン魔法使いである彼女の読みは重い。


 ただ、その裏には屋上にヒルダがいると言うのもリリスは忘れていない。

 迂闊に行って強制融合などした日には、事態が悪化するだけだ。


「宜しい。難しいが再度脱出を計る」


 リリスの判断を聞く前に、カリオンはそう決断した。

 いや、そう決断するのが最も正しいと判断した。


 迷っているのだ。リリス自身が。

 莫大な魔力を持つが故に、判断がぶれているのだ。

 ならば代わりに決断するしか無いのだから。


「……多分、大変な事になるよ。けど、上に行くよりは幾分マシかも知れない」


 気が付けばリリスから顔色が無くなっていた。

 厳しい判断を迫られたのだろうが、問題はそこでは無い。

 ル・ガルの未来を考えれば、最優先するべきはカリオンの脱出だ。


 城からの脱出にどこまでの犠牲を払えるか。

 そしてそれを冷徹に遂行できるか。その不可能に挑むしか無いのだ。


「よろしい。誰かヴァルターを呼び戻せ。大手門へ向かうぞ」


 足元が妙にふわついているのは何故だろうか?

 城の内部に居ては外の様子など分からない。


 ならばやる事は一つしか無い。とにかく脱出だ。

 そしてそれは、大手門への移動を意味する。



   ――――やるしかないな……



 カリオンはカウリ卿の太刀を握りなおすと黙って歩き始めた。

 再生の終わったイワオとコトリがカリオンの左右に付いた。

 その周辺には親衛隊の生き残りがガードに付く。


「諸君らにも苦労を掛けるな」


 そう労ったカリオン。親衛隊の剣士達はその言葉に震え立った。

 太陽王の激励を直接貰える役得だが、それ以上に言えるのは己の幸運だ。


 ここで手柄を上げれば出世は間違い無い。

 国家規模での戦が少なくなっていた時期には望むべくも無かった幸運だ。



    ――――――我が王よ!



 親衛隊の誰かが大声を張り上げた。

 何を言おうとしているのか、改めて聞くまでも無い言葉だ。


 だが、カリオンにはそれを聞く義務がある。

 無私の忠誠を捧げる騎士の命を預かっているのだから。


 だが……


「――いか! 陛下! ダメです! 来ちゃいけやせん!」


 通路の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 それがトラの魔導師ルフのものだと理解したとき、通路の奥にルフが見えた。


「何事だ!」


 カリオンは遠慮無く前進した。

 まだ死にきってなかった獅子が立ち上がったが、遠慮無く真っ二つにした。


 もはやまともな合戦とは言いがたい状態だ。ならばシンプルに考えれば良い。

 まずは勝つ事。生き残る事。脱出する事。それらが達成出来さえすれば良い。


「来ちゃいけやせん! 逃げてください! ヤベェのが来ます!」


 片足を引きずりつつやって来たルフ。

 見上げるようなトラの大男だが、今は満身創痍だ。


「何があった!」


 更にズイズイと進んだカリオンは、そこでルフの異常に気付いた。

 ルフの身体にあるのは刀傷や魔法の痕跡では無いのだ。


 銃傷 或いは 銃創


 ルフの身体に残っているのは銃弾が当たった痕跡だ。

 そして、その痕跡はル・ガル製の銃では考えられないものだった。


「ヒトです! ヒトの兵隊が現れました!」


 カリオンは最初、それを茅街からの支援だと考えた。

 だが、各方面へ救援を求めたところですぐにはやってこないのだ。

 故に、なにか偶発的に派遣されたヒトの一団と言う可能性も考慮した。


 だが同時に、なぜルフが撃たれたのか?を考えた。

 そして導き出された結論は至ってシンプルかつ常識的なものだった。


「……ま、まさか! あの!」


 そう。空から降ってくるヒトの兵士達。

 この世界では望むべくも無い高性能な銃を装備し、容赦無く攻撃してくる存在。


「そうです! 凄い威力で獅子を皆殺しにしてます!」


 興奮気味にそう報告し続けるルフ。

 そんなルフにリリスがエリクサーを飲ませた。


 治癒魔法では穴や傷が塞がらないのだからやむを得ない。

 エリクサーを飲んだルフは黒とも茶色とも付かぬモノを吐き出して噎せた。

 盛大に咳をしつつ、そんな状態でも報告は続いていた。


「なんかよく解りませんが、獅子の持つ盾や甲冑を3人まとめて貫通してます。そんでもっとヤバイのは、あいつら飛んでるんです。翼も無しに!」


 興奮気味にそう説明しているルフは自分の背中に手を回していった。


「背中から火が出てるんですが、どう見たってあれで飛んでるとしか思えません。それで空中に浮いたまま、容赦無くバリバリ撃ってくるんです。下の方で親衛隊と近衛騎士がバタバタやられてます! 出ちゃ撃たれますよ!」


 恐らくルフは全ての危険性を加味して報告を最優先にしたのだろう。

 リリスが後退を提案する前は、脱出を目指す集団の先頭辺りに居た筈だ。


 それが、振り返ったらカリオンは居ないし親衛隊も少ない。

 こりゃおかしいとなった段で、空中にはヒトの兵士が居たのだろう。


 だが……


「ちょっと待てルフ。空中にいるとはどういう事だ?」


 気が付けばカリオンの周辺に敵が居なくなっていた。

 死に掛けになった獅子やネコはリベラがトドメを入れていた。


 しかし、そんな獅子達に後続の軍勢が無いのだ。

 1000人規模で城に侵入したはずなのだが……


「空中ですよ! 空中! いまこの城は空を飛んでます!」


 おもわず『は?』と聞き返したカリオン。

 リリスも同じく『嘘でしょ?』と発した。


「嘘じゃネーですよ! 空になんか変なモンが浮いてて、それに引っ張られてるんですって。今は紅珊瑚海までよく見えます!」


 一気呵成にそう説明したルフ。

 カリオンは通路から脇にそれ、小部屋を抜けて窓のある所に出た。

 するとどうだ。明かり取りの窓から見えるのは、広大な平原だ。


 空を飛ぶことが普通な世界の者ならば、それを上空の光景とすぐに理解する筈。

 だが、それが出来ないカリオン達は、最初に思い浮かんだのが山の上だった。


「こんなに高いのか!」


 気が付けばガルディブルク城は地上から1000メートル近くも上だった。

 そして、その空の上には信じられないサイズの真っ黒な何かがある。

 全体像こそ見えないが、巨大な黒い何かがあって、それが蠢いている。



   ――――あれが引っ張っているのか?



 普通に考えればそれしか思い浮かばない。

 だが、紐もロープも無いのに、城が持ち上がる訳が無い。

 重力による操作だなんて理解出来るほど、科学的知見がある訳じゃ無いのだ。


 と言うことは……


「アレに喰われたのか?」


 窓の外を指差してカリオンがそう言うと、ルフは首を振った。

 多少なりとも科学的な思考の出来る魔導師ならば、その理由を仮定出来るのだ。


「いや、多分ですがあれです。磁石で引っ張ってるようなものです」


 磁気を帯びた鉄や石がごく稀に見つかることがある。

 鉱山技師などは落雷の多い地域では磁気を帯びた鉄石が多いのを知っていた。


 理由は分からないが、鉄石に雷が落ちると磁気を帯びてしまう。

 それば鉄などに張り付く不思議な性質を帯びているのだった。


「磁石か……」


 目に見えない何かが引っ張る現象はカリオンも知っている。

 王室への献上品として、綺麗に磨かれた磁石が送られてきたこともある。


 だが、城ごと持ち上げてしまうようなスケールのものは流石に無い。

 それを魔法で実現しているのだとしたら……



     ――――あ……



 カリオンの頭の中に何かが浮かんだ。

 ほぼ同時にリリスもそれをイメージしたようだ。


 神の力で戦うイナリとヒルダ。そこへ支援に付いたウィル。

 もはや人の手に余す次元の戦いが繰り広げられているに違いない。


「で、どうするべきなのだ?」


 ルフにそう問うたカリオン。

 明確な回答を示せなかったルフは『解りません!』と素直に応えた。

 そして、慌てて言葉を付け添えた。


「上に行くしか無いです。あのヒトの武器は魔法で防げません」


 ルフは魔力を練って魔法障壁を作ったらしい。

 だが、その障壁をいとも簡単に貫通したのだという。


 一般的な魔法使いの知見として、巨大な岩や土石流などは魔法じゃ防げない。

 純粋な運動エネルギーとして強すぎるモノは、魔法力では対抗出来ないのだ。


 ではそんなエネルギーを持った弾丸を発射出来るのか?


 その問いに対する思考は意味を成さないだろう。

 何故なら、ルフの作った障壁を貫通して銃創と作り出したのだから。


「……どうしたものか」


 流石のカリオンも判断に窮した。

 二川白道と言うが、どっちに行っても碌な事に成りそうに無い。


「まだ…… ヒトの方が対処出来るかもよ?」


 厳しい顔で考えていたカリオンにリリスがそっと耳打ちした。

 それを聞いたカリオンは、黙って首肯した。


「ルフ。恐らく上では九尾のキツネとネコの女王が戦っている。我々には介入出来ない次元の戦闘だ。ならば我々は外を目指す。ヒトの軍勢の方がまだやり合える」


 カリオンの発した言葉に『陛下……』と力無く言ったルフ。

 ただ、この決断が後の運命を大きく変えることに成る。


 ヒトの軍勢の真意はともかくまずは脱出するのが最優先だった。

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