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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~ル・ガル滅亡の真実
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激突

~承前




「ほっほっほ。こりゃ極め付けに悪趣味じゃのぉ」


 空中に浮いている九尾が一人。

 最長老のコウアンは最初にそう言った。



 九尾のキツネ



 それは符術と魔術の大国たるキツネの国でも最高の存在だ。

 必要な結果を望むがままに引き起こせる無限の存在。

 およそこの世界においては比肩する者無き集団だった。


「しかし、圭聖院があの状態と言うのも……なかなかだな」


 口を挟んだのはウィルと同じ姿をした九尾だ。

 かつて、七尾のウォルドはその存在を如月卿と呼んだ。


 だが、当人はその言葉を肯定も否定もしていない。

 何かしらの因縁がある筈なのだが、余人にはうかがい知れぬ事だ。


「皆の者。注意召されよ」


 遠くキツネの国より召喚された九尾だ。

 少しばかりさざ波だった彼等の心を引き締めるようにイナリが発した。


 取るに足らない些細な言葉。普段なら意にも介さない些末な一言。

 だが、バチバチと火花を散らすネコとキツネには、それが開戦の合図だった。


「キツネ風情が良い気になるな! 無限の闇に飲まれるが良い!」


 異形となってネコとは言いがたいヒルダの魔力が一気に膨れ上がった。

 もはや魔力だとか魔導だとかとは言い難い、全く異なる次元で……だ。


 メカニズムは解らないが、そこに小さなブラックホールが生成されている。

 次元の断裂を生成し、そこに全てが飲み込まれるように吸い込まれている。

 その引力はガルディブルク城の乗る巨石インカルシごと持ち上げていた。


「空間湾曲率上昇…… 凄い出力だわ」


 九尾の中にいた女がぽつりと漏らした。

 イナリの化けた姿。葛葉とは異なる神々しさを纏う女が……だ。


 莫大な力が空間を乱し、空間その物が湾曲し始めた。

 どんな手段を持ってしても逃れられない力では無い圧が掛かり始めた。


 それは、この世界を作った創造主による摂理の根幹。

 如何なるものも、この空間にある座標から逃れる事は出来ない。

 その座標軸自体へ干渉できる唯一の手段こそが重力場での力だ。



     ――――――すいこまれる!



 本質的表現としてはおかしい。だが。そう表現するのが最も実態に近い。

 空間自体が湾曲しているのであって、何処かから引っ張られている訳ではない。

 しかしながら、そこにある物全てが問答無用で無限の奈落へ落ちそうなのだ。


「これは……なかなかですな」


 九尾の面々にあって一回り小柄なキツネがそう言った。

 見方によっては子供にも見える姿。だが、その両手には眩く光る光玉がある。


 どこか別の世界から膨大な力を取り出し、無限の闇へと流し込み続ける九尾。

 そんな事が出来るのも、この世界では恐らく彼等だけだろう。


 ただ、その姿はどう見たって子供だ……


「その身体。傷など付けるなよ? ゴン」


 如月卿がそう言うと、小さなキツネはニヤリと笑った。

 何とも愛嬌のある笑みだが、同時にそこには凄みが加わっている。



     ――――――何者なんだ?



 誰だってそんな印象を持つ姿形なのだ。

 その正体を知る者は、ここには九尾以外居なかった……


「そりゃもちろんさ。帝が困るだろうから」


 そう。カリオンやオクルカが見れば思い出すだろう姿。

 それは、かつてキツネの都で見た、まだ幼い姿の帝だ。


 帝の身体のスペア


 単純に言えばそうなる代物。だが、常識の範疇から大きく逸脱した存在。

 まだ育っていない帝の為に身体を貸しているとも言える。


「やはり育ってしまうか……」


 コウアンは少し残念そうに漏らす。しかし、それもやむを得ない。

 無限の闇と言っても、所詮は別の空間に過ぎない。

 神の摂理として、如何なる世界でも総量と容量は決まっている。


 如何に巨大な湖と言えど、水が流れ込めば必ずあふれるもの。

 それと同じ事が起きているに過ぎないず、闇が膨張しつつある。

 九尾が流し込む膨大なエネルギーにより、不可抗力で膨らんでいるのだ。


「まぁいい。このままやろう。何処まで飲み込めるかな?」


 興味深そうに如月卿がそう言うと、イナリは少し笑った。

 まだ余裕がある。まだ余力がある。相手を侮ってられる。


 そんな事実にヒルダが沸騰した。

 何処まで行ってもプライドの高さが顔を見せていた。


「余裕見せてるつもりか!」


 ヒルダの肉塊から幾本もの手が空間の断裂を押し広げるように延ばされた。

 その隙間から何かが姿を現した。巨大な目がその隙間に見えた。

 ややあって、その目がスッと小さくなり、そこに何かが現れた。



  ――――え?



 イナリを除く全ての九尾が少しばかり驚いた。

 そこに現れたのは、50の頭と100の腕を持つ化け物だ。


「さぁ! 異界の魔物を召喚したぞ! これでも喰らえ!」


 その化け物から伸びる無数の手がウネウネと動いている。

 単純に気持ち悪いと表現するのが最も実情に近いだろう。


 ただ、そんな化け物がその手の中から光を放った。

 一直線に伸びるその光は、一瞬躱し損ねた九尾が一人を捉えた。


「ゲンノウ!」


 ゴンと呼ばれた小さな九尾が慌てて叫ぶ。

 筋骨隆々とした体躯を誇る大男の九尾。

 ゲンノウはその光をまともに受けてしまった。


「わっはっは! 愉快愉快! このような痛みは久しぶりぞ!」


 まるでレーザーのようなビームのような、そんな光の攻撃。

 ゲンノウの左肩あたりに見事な穴が開いていた。


 ヒトの世界の兵器を知る物なら、それを荷電粒子砲と言うだろう。

 流石の九尾もその出力を防ぐことは出来なかったらしい。


「なるほど、力を力で返すか」


 歳の功とでも言うのだろうか。コウアンはその仕組みをすぐに見抜いた。

 九尾による膨大な魔力の奔流を吸い込んだ暗黒球がエネルギー源だ。


 つまり、あの暗黒球にも限界はある。

 世界の断層から呼び出したものこそがホワイトホールだった。


「ならば対処のしようもあるな」


 如月卿はフンッ!と力を込めて光の玉を作った。

 異界の化け物は相変わらず光線を放っている。

 何をするのだ?と思った時、如月卿へ放たれた光線が光の玉に吸い込まれた。


「なるほど。それは良い」


 ゴンと呼ばれた幼いキツネも眩い光球を拵えた。

 同じようにコウアンやゲンノウも作り出した。

 そんな中、イナリだけは何もせず静観していた。


「このバケモノ! 余裕見せてるつもりか!」


 ヒルダは『焼き払え!』の言葉と共に手をイナリへ向けた。

 その次の瞬間、異界の化け物は全ての手を空中のイナリへと向けた。


 だが……


「どうした! 化け物!」


 全く光を放たない化け物にイラついたのか、ヒルダは金切り声で叫ぶ。

 その言葉に弾かれ、異界の化け物は全ての手から一斉に光を放った。


 眩い光が幾つも空中を走った。ただ、その光がイナリへと届くことは無かった。

 その光の帯はイナリの前で霧が晴れるように散らばって消えていった。


「……ふむ。なるほど。こうか?」


 イナリは空中に伸ばした手をヒョイと振った。

 するとどうだ。イナリの前で霧散していた光が集まり始めた。


 単純なエネルギーの塊でしかないのだろうが、その威力はすさまじい。

 ただし、それはエネルギーのあり方を制御できる者には関係ない。


 イナリはこの世界の在り方そのものに干渉できる高次元の存在。

 故にその膨大なエネルギーを、ヒルダが見ている前で変換して見せた。


「これならどうだ?」


 眩い光が青くなり始めた。

 やがてそれは光を放たなくなり、まるで金属の様な塊になった。

 つまり、イナリはエネルギー自体の質を変えてしまったのだ。


「そ、そんな……」


 魔術師や魔導師と言う存在ならば、それがどれ程の事か理解できるはず。

 この世界の理に直接干渉したイナリの奇跡にヒルダは明確な狼狽を見せた。


「どれ、これもそなたに返そう」


 イナリはその金属球を凄まじい速度でヒルダへと送り付けた。

 いや、送り付けたなどと言う次元ではなく、砲撃したというべきレベルだ。


 質量があるなら、あとは速度の問題。単純なエネルギーほど威力があるもの。

 事実、その膨大な運動エネルギーがヒルダを直撃した時、鈍い音が響いた。


 ガチャリともグシャリとも付かない音だが、その威力は凄まじい。

 ヒルダの中心にある肉塊が紫の血を流し、ビクビクと脈動している。


「……痛いじゃない」


 その直撃を受けた影響か、肉塊に沈んでいたウォルドが浮き上がっていた。

 単純に言えば押し出された様な状態。そして、身体は変な方向に曲がっている。


「おぉ、そう言えば半端者が沈んでおったの」


 あくまで煽り倒すような言葉がコウアンから漏れた。

 それを聞いたウォルドが表情を変えて憎しみのこもった眼差しを向ける。


 だが、そんなウォルドの顔からスッと表情が消えた。

 まるで生気を失ったようになり、そのまま岩のように固まった。


「ほほぉ…… そこまで融合しましたか」


 如月卿がぽつりと漏らした。ウォルドの根本をヒルダが吸収したようだ。

 ただ、それは言うほど単純な問題じゃない。異種間で魂が混合したのだ。

 越えられぬ壁を越えた時、何が起きるのかは誰も知らない。




     「「「「「「 マ ケ ル モ ノ カ 」」」」」」




 地の底から響いてくるような恨みがましい声。

 果てしない憎しみと怒りのこもった声。


 肉塊から生えていたヒルダの11人がズブズブと沈み始める。

 ややあって、完全な肉塊その物になったヒルダを異界の化け物が掴んだ。


 そして……


「完全な化け物になり果てよった」


 イナリがそう発したのも仕方が無いだろう。

 50の頭と100の腕を持つ異界の化け物がヒルダの肉塊と掴んでいる。

 そしてそのまま融合し始めている。いや、化け物ですらも取り込まれている。


 その肉塊がひと際大きくなった後、突然大量の液体をまき散らした。

 弾けるように裂けた後、その中から巨大な黒い玉が現れた……






      ――――――ガルディブルク城内






 玉座回廊を抜けて謁見の間辺りまで後退したカリオン。

 親衛隊は奮戦しており、イワオとコトリも絶好調で戦っている。


 ただ、そんな状況とは言え、カリオンは少しばかり狼狽していた。

 どう考えても勝ち筋が見えてこないからだ。



  ――――さて……どうするか……



 城から脱出せねばどうにもならない。だが、獅子とネコの剣士は予想外に強い。

 事実、親衛隊は少しずつ数を減らしつつある。1対1での戦闘で相打ち状態だ。


「陛下! どうか謁見の間までお下がりを!」


 ヴァルターは怒声に近い声でカリオンに奏上した。

 獅子の軍勢は未だ500を越えていて、こちらは少々分が悪い。


 ヴァルターは既に10人以上を斬り捨てているが、もう剣が限界だ。

 イワオとコトリは共に50名以上を挽肉に変えたが、両手はから出血がある。


「ヴァルター! 徐々に後退せよ!」


 カリオンは謁見の間まで後退を決断した。

 狭いところでの戦闘では剣士に分があるのだ。


 広いところならば覚醒者の方が有利だし、威力もある。

 そこで撃ち漏らした敵を親衛隊が切り捨てれば良い。


「承知!」


 玉座回廊の中は横に3人も並べば剣が当たる程の幅でしか無い。

 万事広く大きく作ってあるとは言え、所詮は廊下なのだ。


「タロウ! 両親の後方に付け! 押し返さなくとも良い!」


 力を受けつつの後退。それは口で言う程簡単では無い。

 下がりすぎれば一気に詰められるし、足を止めれば後列の槍や弩弓が怖い。


 なにより、手を伸ばせば届く距離での戦闘は度胸と根性の勝負だ。

 心が負ければ一気に守勢となってしまう。勝つ気で行かねば負けるのだ。


 しかし、そうは言っても……


「グハッ!」


 鈍い声と共にヴァルターが数歩後退した。

 一瞬の油断があったのか、脇腹辺りを大きく切り裂かれたらしい。


「ヴァルター! 下がれ!」


 カリオンの声にヴァルターは『まだまだ!』と返す。

 だが、そんな親衛隊長も明らかに剣が乱れ始めた。


「見てられねぇでござんすね」


 スッと前に出たリベラは幾多の剣戟を躱してヴァルターの後ろに付いた。

 そして、懐から閃光弾を取り出すと、廊下に叩き付けて一瞬の間を作った。


「陛下がお呼びにござんすよ」

「り、リベラどの!」


 その眩さに一時的な戦闘の停止があった。

 リベラはヴァルターを抱えてカリオンの所に下がった。


「傷を見せて!」


 リリスは素早く治癒の魔法を使う。この一瞬だけは時間との勝負だ。

 人の身が持つ回復が始まってしまうと、中途半端に傷が残り事がある。

 それ故に生傷は血が滴るウチに回復させるのが基本だった。


「申し訳ありません! 姫殿下!」

「良いのよ! 私は姫でもなんでも無いんだから」


 リリスの魔術によりヴァルターの傷が塞がった。

 もう大丈夫!とヴァルターが飛び出ようとしたとき、そこにタロウが居た。


「ヴァルターさんはそこに」


 覚醒体の姿となったタロウは、イワオとコトリの隙間を突破した獅子を掴んだ。

 流石の獅子も慌ててその手を振り解こうとするが、タロウは既に巨躯だ。


 まるで岩にでも挟まれたと錯覚した獅子はタロウの手の剣を突き立てる。

 しかし、その手応えは文字通り岩に剣を突き立てようとしたそれだった。


「武器が欲しいと思ったけど……これで良いや」


 タロウはまるで小枝でも振り払うように獅子の身体を振り回した。

 両脚の膝下辺りを掴み、両親の隙間を抜けてくる獅子を殴り始める。


 およそ人の身というモノはそれ自体が凶器になるモノ。

 重量のある獅子の身体はまるで柔軟な鈍器だ。

 仲間の死体で殴られた獅子が玉座回廊の壁に叩き付けられていた。


「ハハハ! こりゃ便利だ!」


 タロウの言葉に怖じ気づいたのか、獅子の剣士は前進を止めた。

 力技での前進だったのだが、獅子のそれを遙かに超える力での対抗だ。

 流石の獅子もそれには対処が出来ないらしい。


「あ……もうダメか」


 気が付けばタロウが握っていた兵士の身体が引き千切れていた。

 どれ程の力で殴りつけられたのか見当も付かないが、結果は出ている。


 豪華で瀟洒な玉座回廊は飛び散った鮮血と挽肉でサイケな模様替えだ。

 それこそ、城詰めの女官などでは卒倒するような塩梅だろう。


「さて……じゃぁ次!」


 ボロボロになった死体を投げつけたあと、辺りの死体を掴もうとしたタロウ。

 その時タロウの目は捉えた。廊下の奥で魔法を詠唱するネコの一団だ。


「魔法攻撃!」


 タロウの叫びと同時、ウィルは魔法障壁を展開しようとした。

 だが、その魔法効果が現れる前にネコの魔法が襲い掛かってきた。


 獅子の魔導兵が良く使う衝撃波の魔術。

 そしてその直後に劫火の魔法が襲い掛かってきた。


「あちっ! あちぃ!」


 少しばかり情けない声を出したタロウ。

 だがそんなタロウの前に居たイワオとコトリは平然としていた。



    ――――え?



 驚いて両親を見たタロウはすぐにその秘密に気が付いた。

 ふたりともそこらの死体を風車のように振り回していたのだった。


「さて、じゃぁ反撃と行こうか」

「そうね」


 イワオとコトリは魔法を跳ね返した死体をフルパワーで投げつけた。

 何事も場数と経験と言うが、戦い方にはセンスが現れるのだとタロウは学んだ。


「……カリオン。もっと後退しよう」


 感心しているタロウを余所に、リリスは小声でそう囁いた。

 怪訝な顔のカリオンが『なぜ?』と問うと、リリスは厳しい顔になって言った。


「まだ解らないけど……何かが下から上がってくるよ。獅子の増援か、違う種族だと思う。正体は分からないけど、凄い圧を感じる。アレが来たら……ひとたまりも無いと思うの」


 それが何かと問われれば、リリスにだって解らないのだろう。

 だが、少なくとも飛びきりレベルでやばいモノが接近しているらしい。

 リリスの勘がそう言うなら、カリオンはそれに従うだけだ。


「解った。謁見の間よりも後退する。空中庭園を抜けて議場広場へ出る」


 謁見の間から見える庭園はガルディブルク市街を見下ろす所。

 その先には議場から直接出られる広場がある。



   ――――やり合うならそこが良いな



 そんな事を思ったカリオン。

 しかし、最悪の事態は最悪のタイミングで来る事を忘れていた。

 上手く行っているときほど何かを見落とすと言う教えはここでも有効だった。

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