表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~ル・ガル滅亡の真実
650/665

理を乱す者

~承前




「バカな……」


 それ以上の言葉が無かったカリオンは黙って空を見上げた。

 大爆発したと思っていたウォルドが正に異形の姿になっていたからだ。


 あらゆる場所から死体のパーツを吸い寄せては自分の一部にしている。

 そしてそのパーツで身体が再合成されているのだ。

 しかし、どう見たって人間には見えない姿。


 何処かで見た事があるその姿をあれこれ考えたカリオンは思い出した。

 過日、王都ガルディブルクで大暴れしたあの貴族、ホザン・レガルド。


 オオカミとの戦で命を落としたウィリアム・ブレアウィッチ・レガルドの父親。

 あの男が最後見せた姿は間違い無くこれだった。


「……あの時点で糸引いてたのか?」


 ボソリとこぼしたカリオンは、同時に急激に腹が立ってきた。


 何処までル・ガルを蝕めば気が済むのだ。これだけ困っているのに。

 どれだけル・ガルを困窮させれば気が済むのだ。

 ギリギリのバランスで踏み留まっているだけなのに。


「おぉぉぉぉぉ!!!! 昂ぶるぅぅぅぅぅ!!!!!!!!」


 ヒルダの供給する魔力量が膨大過ぎるのか、ウォルドは正常さを失った。

 そもそもに莫大な魔力を内包していた七尾のキツネだ。

 何もせずとも、これ位の威力を持った攻撃は可能だろう。


 そんなウォルドが次元の違う魔力を供給されているのだ。

 技量に長けた者が出力を手に入れたなら、それはもう悪夢だった。


「妾を愚弄せし者ども! 消滅するがよいぞえ!」


 ウォルドは完全に乗っ取られた。誰もがそう思う姿だ。

 そして、それをしてるのは、あのネコの女王ヒルダ。

 どう見たってそもそもに正常とは言い難い存在だ。



     ――――――狂乱の魔人



 そんな表現が最もしっくり来る存在。

 ひとつの身体にふたつの頭脳では、常に葛藤しているようなものだろう。


 そんな状態で長年を過ごせばどうなるか。

 間違いなく精神的なストレスで病むはずだ。


「完全におかしくなってる」


 少し悲鳴を内包したリリスの言葉が響く。

 だが、それも宜なるかな。今までのウォルドとは攻撃の質が違うのだ。


「どうやらただの聞かん坊だな」

「魔力量があるだけ厄介だ」


 ウィルの言葉にハクトがそう答える。

 だが、そんな悠長な事を言ってられる状況では無い。


「おぉぉぉぉぉ!!!!」


 野太い雄叫びと共に半ば腐ったような腕を振り上げたウォルド。

 幾多の死体から作られたその身体は、迸る魔力で繋ぎとめられていた。


 こんな使い方も出来るのか……と、少し感心もするカリオン。

 しかし、事態は深刻だ。


「喰らえぇぇぇぇ!!!!」


 ウォルドの操作した魔力の発露により、城の周辺から岩が飛び上がった。

 物体浮遊の魔術は魔導の初歩であり入門講座の定番だ。


 一般的な話として、持ち上げられる岩や石の大きさは魔力量に左右される。

 カリオンが見上げた先にある巨石は、ちょっとした民家サイズのものだ。

 しかもそれが幾多も空中にあって、フワフワと漂ってた。


「……あれ?」


 リリスの不思議そうな声で現実に意識を戻したカリオン。

 その声の中身が分からず、『どうした?』と声を掛けた。


「龍脈が! 龍脈を取られた!」


 その言葉にウィルが『え?』と驚く。

 このガルディア大陸に延びる龍脈の結節点こそが王都。

 リリスはその王都にあって、大陸中の龍脈から魔力を集めていたのだ。


「ほほほ。なるほど」

「これがそなたの秘密であったか」


 すかさずヒルダにもばれたらしい。

 そして同時に乗っ取ったのが誰かもわかる。


 ヒルダがここへ来てそれに気が付き、リリスからそれを奪い取った。

 それはある意味、何よりの絶望を意味していた。


 何故なら、そもそもに魔力量のある魔術師が無尽蔵の魔力を手に入れたのだ。



     ――――――勝てない……



 絶望はなによりも心を蝕む毒である。

 どんな状況でも希望が人を支えるように、その逆もまた真なりなのだ。


「死ねぇぇぇえぇ!!!!!!!!!!!!!!」


 汚く濁った声が空から響いた。

 ウォルドは空中へと持ち上げた巨石を城へと飛ばしたのだ。


「させない!」


 リリスはその軌道に介入し、巨石を幾つも海へと投じて見せた。

 それを見たウォルドは王都ガルディブルクの街を破壊して岩を集める。

 単純な話、弾薬の量が戦闘を左右する局面となっていた。


「ホッホッホ! 快感ぞえ! そこなかさなり娘! 妾を楽しませよ」


 完全な異形の化け物となったウォルドは次々と岩を投げている。

 その岩をこれまた次々と紅珊瑚海へと投げ捨てているリリス。


 勝負自体は拮抗しているように見える。

 しかし、リリスは目に見えて顔色が悪くなり始めた。

 短時間で急激に魔力を使った結果の生理的反応だ。


 それに対しウォルドは着々と姿を変えていた。

 並みの人間の5倍にも膨れ上がったサイズだが、その姿が変わりつつある。


 グチャグチャだったひき肉のような身体がグッと圧縮され始めたのだ。

 そして、ややあってからうら若い女の姿に変化していった。

 一糸まとわぬその裸体は、健康的な膨らみと丸みを帯びた姿だ。


「ほらっ! もっと頑張ったら? しんじゃうわよ?」


 先ほどの老いさらばえた姿ではなく、まだ若い女そのもの。

 もっと言えば、頭の軽いバカ女の様に薄っぺらい言葉で煽っている。


「そろそろお終いね! これでスッキリするわね」


 気が付けば城の周囲は抉れていて、そこにガガルボルバが流れ込んでいる。

 城を載せていた巨石インカルシの周囲が大きく削られ始めていた。

 ウォルドはさらに意識を集中させ、インカルシ自体を持ち上げようとした。


「これは堪りませんな!」

「いやいや、冗談ではない」


 リリスの集中力を乱さぬ様に静観していたウィルとハクトが支援についた。

 いや、支援と言うよりリリスの魔法効果を乗っ取ったと言うべきだろう。


 ウォルドが行う魔法操作に介入したふたりは、インカルシを重くしたのだ。

 具体的に言えば、城の周辺にある重力を数倍まで強くしたのだ。


「なるほど」

「手練れは対処も早い」


 ウィルとハクトの対策を見抜いたらしいヒルダは上機嫌だ。

 凄まじい魔術の激突だが、技量と経験を圧倒する速度と出力もある。

 そしてそれは、重力中和という形で発揮され始めた。


「お主の遊びに少し介入してしんぜよう」

「ほれ、もっと集中せぬか。なかなか良いぞ」


 ウォルドをも手玉にとるヒルダの魔力は常軌を逸している。

 城の上空彼方に巨大な漆黒の玉が現れ始めたのだ。



     ――――――吸い上げられてる!



 それに気が付いたハクトは少しばかりパニックを起こした。

 時間と空間の使い手としてやって来たハクトも舌を捲く対処法だから。


 鉛直方向への力を中和する為に作った魔力球に質量がある。

 物はなぜ重いのか?を研究した稀代の魔術士が知識量で負けた瞬間だ。


 もっと研究したかった!とハクトは瞬間的に考えた。

 同時にいま最高の研究をしていると気が付いた。

 自分自身の力では成し得ない次元での強力な魔法効果を見ているのだから。


 だが……


「だっ! ダメ! むり!」


 唐突にウォルドが叫んだ。

 その次の瞬間、ウォルドの巨大な身体が砕け、内側へ圧縮された。

 それはまるで、爆縮するかの様に、身体自体が圧縮され始めたのだ。


「成る程。体内で重力を圧縮していたのだな」


 ハクトはウォルドの魔法効果を見抜いたらしい。

 体内の奥深く。丹田の辺りに意識を集中し、そこで重力を圧縮する。

 今度はそれを目的とする辺りへ顕現させ、効果だけを与える。


 考えてみれば物体浮遊術の根幹もこれだ。

 浮かしたい物体のすぐ上あたりに引き寄せ効果を起こせばいいのだ。


 故にウォルドは巨大な身体を必要とした。

 自分の身体に匹敵するサイズの岩を持ち上げる為に。

 だが、手に剰す様な魔力を供給された結果、その威力がトンデモ級になった。


 そして同時にヒルダがそれに介入した。

 インカルシを持ち上げる為、魔力球を拵えたのだ。

 その結果、ウォルドの体内に生成された重力が行き場をなくした様だ。


 魔法や魔術が超常の現象を発揮させる代物なのは言うまでもない。

 だがそれは、神の摂理を踏み越える奇跡の技では無いのだ。



     ――――――何人たりとも神の掌中にある



 魔導を志す者が最初に教えられる一大原則。

 神の摂理は踏み越えられないと言う経験則。


 過去、幾多の魔術師や魔導師が願い試みた全てで皆が経験していた事だ。

 光、熱、重さや硬さ。そして、時間と空間。その全てを支配する摂理。

 この世界の森羅万象全てにおいて、絶対に逆らえず改変できないもの。


 その巨大なルールがウォルドに襲い掛かった。

 今なら踏み越えられる!と調子に乗った愚か者を捻りつぶす様に。


「アッ! あぁぁぁ!!!!! 助けて! 助けてヒルダ!」


 ウォルドは既に半分以下まで圧縮され始めた。

 身体の中心に向かって全てが落ちていく状態だろうう。

 体内深くにブラックホールを生成した様なものなのだ。


「む! 無理! 無理無理無理!!!! あぁぁぁぁぁ!!!!!」


 ウォルドの身体がぼんやりと光り始めた。

 身体の奥深くに生成したブラックホールが事象の地平面をつくったようだ。


 光速を越える強大な重力を生み出した結果、全ての物が吸い込まれ始める。

 それを中和する為に膨大な魔力を流し込まざるを得ない。

 自分自身が吸い込まれない様にするには、もはやそれしか手段が無いから。


 しかし、ウォルドの体内にあるブラックホールはヒルダの助力で生成された物。

 その中和とコントロールもまたヒルダの助力あってこそなのだ。


 故に、ヒルダが手を引いた瞬間、その身に余る代物がウォルドの体内に残った。

 ウォルドの膨大な魔力全てを吸い込み、ホーキング放射を起こしているのだ。


「そなたも大した事無いのだな」

「実に詰まらぬものだ」


 ヒルダは既にウォルドへの興味を失っているらしい。

 そんな悠長な事を言ってられる状態じゃないウォルドを他所に……だ。


「アッ! アァぁ!!! ダメよ!」


 まるで快楽に身悶える様な嬌声を漏らし、ウォルドは縮み始めた。

 ブラックホールに魔力を供給して中和し続けてきたが、それも限界なのだろう。

 己の身体自体を再崩壊させて魔力の代わりに飲み込ませている。


 ……体内のブラックホールを育て上げるかのようにしながら。


「何とかしなきゃ!」


 もはや凄まじい顔色になったリリスは、ふらふらになりつつも立っていた。

 憎いウォルドを助けるつもりは無いし、そんな事をする理由もない。

 ここでウォルドが内側へ吸い込まれた後が問題なのだ。


「お嬢様! もはや制御は不可能です」

「然様! あれに喰わせましょう!」


 ウィルとハクトは同時に上空を指さした。

 ガルディブルク城ごと巨石インカルシを持ちあげつつある空中の暗黒球だ。


 女王ヒルダの生成した暗黒球はウォルドの体内にある物とは次元が違う。

 既に様々なものを吸い上げ始めていて、城の周辺にある物を吸い込んでいた。


「ダメよ! あれに吸い込ませたら中和できなくなる!」


 ハクト程ではないが時間への干渉を可能にしているリリスはそう叫んだ。

 未来の可能性は乗数的に増えるが、破局的な結末を未来視したのだろう。


「今度こそ負けない!」


 リリスは何事かの呪印を切って大地と一体化し始めた。

 その両足が見張り台のある城の石材と同化し始めたのだ。


「おっ! お嬢様! それはいけません!」

「今やらないでいつやるのよ!」


 リリスが行ったのは龍脈への直接介入だ。

 ただ、それは人の身を焼き滅ぼすには申し分ない程の魔力通過を意味する。


 事実、リリスの身体から黒い煙が出始めた。

 まるで大電流が流れた電線の様に、全身から焦げ臭い臭いが漏れ始める。

 全ての物質に存在する魔素は電気のように世界を流れ巡っているのだった。


「ほほぉ やるな」

「小娘もほれ頑張れ」


 ヒルダは楽しそうにリリスを煽る。龍脈との接続が切れたのにも拘らずだ。

 ややあってリリスは明らかに膨らみ始めた。流れ込む魔力量の影響だ。


 その身を膨らませつつ、リリスは全神経を集中して暗黒球の中和を試みた。

 ヒルダの生成した暗黒球はガルディブルク城をすっぽり飲み込むサイズだ。

 丸い漆黒の玉に膨大な魔力を注ぎ込んだ結果、ヒルダは高笑いしている。



     ――――――あっ!



 リリスはその時気が付いた。あの暗黒球こそがヒルダの魔力元だ。

 恐らくはネコの国にあって様々なものを吸い込んでいたのだろう。

 ここにきて生成したのではなく、元々ヒルダが持っているものなのだ。


「ほほぉ 気付くか小娘」

「然様。これが全てのネコの感情を吸い取っておったのだ」


 ふたつの頭が種明かしを始めた。

 ネコの国と言う組織の根幹部をだ。


「ネコは飽きっぽい。飽きっぽい上に我儘だ」

「そんなネコがひとつの国にまとまり続ける為には必要なのだ」

「他人を憎いと思う心。倒したいと願う心。怨み辛みだな」

「そう言った負の感情をこの玉に吸い込ませてきた」

「この私の魔力元として再分解出来る優れものだ」

「便利な代物ぞ」


 人の感情と言うエネルギー。それ自体を再分解し魔力にしているのだ。

 ヒルダが持つ膨大な魔力や実力は、言い換えればネコの生命力そのもの。

 そんな代物を魔力として飲み込み続ければ、精神が破綻してもおかしくない。


「あんたは真正の化け物だな」


 何処へ行っていたのだろうか。ふらりと姿を現したセンリがそう言った。

 二股に切れた尻尾をゆらゆらさせつつ、センリは悔しさに震えている。


「おぉ! 我が姉妹よ」

「はよう! はようこちらに参れ!」


 ヒルダはセンリに向かって手招きしている。

 妖しさが溢れ出すような笑みを浮かべてだ。



    「「 は よ う 我 ら と 融 合 い た そ う 」」



 その言葉にセンリは心からの憎しみを込めた表情を浮かべた。

 先端だけ解れていた尻尾がスッと切れ別れ、根元から二股になった。


「この化け物! 誰が融合なんかするか!」


 センリは魔力を集中させて落雷の魔法を使った。

 だが、その電撃は魔力球に吸い込まれて消えた。


「うむ。やはり私達にはセンリが必要だ。そう思わぬか?」

「全く同感だ。あの者が持つ九つの魂で私達は完成する。言う通りに」

「私達11人の姉妹はそなたの融合を歓迎する」

「そなたを融合し12名が再会する。108の魂を持つ完全体となれる」

「あぁ!はやくこちらへ!待ちきれぬ!」


 ヒルダを構成する二つの頭が会話している。

 その恐るべき内容にセンリが精一杯引きつった顔をしていた。


「生命を弄ぶ化け物どもめ!」


 再び電撃の魔法を使ったセンリ。しかし、それが命取りになった。

 魔法による電撃が回路となり、ヒルダとセンリの間に『路』が出来た。


「あぁ! 愛すべき我が姉よ!」

「おぉ! 愛しき我が妹よ!」


 ウォルドへと繋がっていた回路がパッと断ち切られた。

 その瞬間、ウォルドの身体が内側へ向かってギュッと圧縮された。

 本来であれば様々なものが噴き出すはずなのだが……


「ヒルダ……」


 もはやまともな声にすらならず、絞り出す様な嘆き節が聞こえる。

 ウォルドは周囲の光や熱をも吸収し始め、内側へ落っこち始めた。


「そなたはもはや用済みぞ」

「野望ばかりが大きいだけで全く役に立たぬ」


 ヒルダの下した評価はある意味冷徹だ。

 己の欲望のみに忠実だったキツネは、その欲望に飲み込まれつつあった。


「タスケテ……」


 どんどん小さくなるウォルドは最終的にリンゴほどのサイズへと縮んでいた。

 つい先ほどまでは見上げる様な巨躯であったのに。


 もはや自分自身の魔力操作すら出来なくなり始め、事態は悪化の一途だ。

 己が持つ魔力総量の限界を越え、後戻りはもう出来ない。


「ウラギッタナ……ヒルダ……」


 地獄の底から漏れ出た様な恨み節が聞こえた。

 しかし、当のヒルダはそんな物など歯牙にも掛けていなかった。


「始めから利用する気のみだったそなたが言うか?」

「己の実力を勘違いしたものは滅びるのみだ」


 センリへと延びた魔力の路を手繰り寄せつつ、ヒルダはそんな事を言った。

 必死になって逃れようとしているセンリをニヤニヤと笑いながら見つめつつ。


 だが……


「ウワッ!」


 センリへの執着が強すぎたのか、ヒルダの魔力制御が乱れた。

 その瞬間、ついに巨石インカルシが地面から持ち上げられた。


 ガルディブルク城の乗った巨石はフワフワと吸い上げられ宙に浮かんでいる。

 驚いたカリオンは理由もなくリリスを見た。地脈と一体化したはずのリリスを。

 するとどうだ。彼女は半ば気を失った様にしつつ、朦朧とした姿で立っている。


 制御限界を越えた膨大な魔力により、精神がオーバーヒートしている。

 処理能力オーバーな状態は魂そのものを削るのだ。


「リリス!」


 慌てて駆け寄ったカリオンは、自分の身の安全など忘れ抱き付いた。

 一切の理屈を抜きに、死ぬなら一緒にと願ったのだ。しかし……


「もう無理っぽい」


 絞り出す様に言ったリリスはヒルダが作った暗黒球の中和を諦めた。

 その瞬間に城ごとさらにふわりと持ち上がり、カリオンはたたらを踏んだ。


「もう良い。もう良いよ。もはや限界だ。キャリに託す」


 カリオンはリリスを抱き締めつつそう言った。

 しかし、そんなカリオンをリリスが叱った。


「貴方がいないとダメなのよ。いま遠くへ、ソティスヘ転送する」


 リリスは心からの笑みを浮かべつつカリオンに手を触れた。

 心から愛したただ一人の男に最後の愛を伝える様に。


「ま、まてッ! 待つんだ!」


 カリオンは必死で抱きしめようとした。

 だが、そんな努力も虚しく、リリスの姿が朧げになり始めた。


「もう時間がない。後をお願いね。あのサワシロスズの咲く所で待ってる。いつまでもあなたを待ってるから。あなたと出会えて良かった。私を忘れないでね」


 思わず『リリス!』と叫んでだカリオン。リリスは微笑むだけだ。

 だが、その次の瞬間、全ての動きが止まった。まるで時間が停止する様に。





    『なるほどのぉ…… そなたが全ての元凶であったか……』





 何処かで聞いた女の声が響いた。

 暗黒球がスッと小さくなり、ガルディブルク城がストンと地面に落ちた。

 ぽっかりと空いた穴に溜まっていたガガルボルバの水が受け止め水柱が経つ。


 その水が消えた時、空中に何かがいた。





     『 こ の 世 界 の 理 を 乱 す 者 よ 』





 長く伸びた純白の九尾。ピンと立ったキツネ耳。

 緋袴に白の打掛姿で宙に浮かぶ存在。


 キツネの国を実質的に差配する七狐機関の長。

 九尾の狐。葛葉御前がやって来たのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ