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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~ル・ガル滅亡の真実
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王位継承

~承前




 雷雨とは雷が雨のように降ることなんだな……


 その光景を見ていたキャリは、思考の整合性が狂ったことに気が付かなかった。

 掛け値無しの『雷雨』が降り注ぐ駅逓周辺は、遮蔽物が全く無い状態だ。


 強烈な衝撃波が襲い掛かってきて全てが吹き飛ばされた後のことだ。

 息もつかせぬ間合いで始まった落雷魔法の攻撃はとんでもない密度だった。


「全員頭を下げて! 立ったら危ない!」


 少佐は大声でそう叫ぶと、匍匐前進でカリオンの元へとやって来た。

 デップリと太っているはずなのに、その動きはスムーズで滑らかだ。



   ――――――太っているフリじゃ無いだろうな?



 誰もがそんな事を思う姿。

 だが、当の少佐はいつもより真剣な顔だった。


「太陽王陛下に謹言申しあぐる!」


 まじめ腐った声でそう切り出した少佐は後方を指差して続けた。

 その指先を見たカリオンは目を凝らして彼方を見た。


 だいぶ離れた所にヒトが言う『とらっく』なる乗り物が止まっている。

 少佐はそれを指差しているのだとカリオンは気付いた。


「先般お話しした切り札となり得る危険な兵器。後方に用意してございまする」


 思わず『なんだと!』と応えたカリオン。

 場合によっては辺り一面を焼け野原のしてしまう兵器らしい。



   ――――そんな物は使う訳には……



 カリオンはそう確信しているが、そこにドリーが口を挟んだ。


「それはイヌでも使える物か?」


 何を思ってそれを言ったのか。誰だって瞬時に理解するだろう。

 少佐は一瞬だけ考慮したらしいが、すぐに『もちろんです』と応えた。


 イヌ相手にヒトが恩を売る筈の兵器。

 だが、それをイヌが使うと言っている。

 しかもそれは、乱心した家臣による罪滅ぼしの行為としてだ。


 少佐は少しばかり表情を歪めつつ続けた。

 あてが外れた……などとは絶対に悟られてはならない。

 だが、それでも忸怩たる思いは胸の奥からこぼれていた。


「操作は簡単です。ただし、絶対に逃げられません。起爆したら一緒に蒸発する様です。確実に死にます。例外はありえません」


 言外に『ヤメロ』と言わんばかりの少佐だが、ドリーは満面の笑みだ。

 狂信的な忠誠を見せる男にとっては、これこそが最高の見せ場なのだろう。


 ヒトの世界でも自死前提の特攻作戦をヒーローミッションと呼ぶくらいだ。

 立場やイデオロギーの違いでモノの表現が異なるに過ぎない。



     ――――――自分の命と引き替えに……



 それは、どんな世界でも人種でも宗教でも共通する価値観だ。

 唯一無二の物を差し出してでも目的を果たさんと突き進む意志だ。

 それ自体を愚かだとか無駄だとか揶揄する言葉もまた真実。


 だが、自己犠牲の精神に突き動かされる瞬間は絶対的に存在する。

 誤解や曲解など一切考慮せず行う、たいへん物騒かつ激しい自己表現なのだ。


「なるほど。それは良い」


 ニンマリと笑ったドリーは全員が伏せている中でスクッと立ち上がった。


「我が命! 我が君! 一天万乗を統べる我が太陽王よ!」


 その瞬間を見透かしていたかの様に落雷が止まった。

 知っていたのか?と誰もが思う様なタイミングだった。


「ドリー! まずは伏せろ!」


 さしものカリオンとて慌てる暴挙。だが、ドリーは満面の笑みだった。


「世界を統べる太陽王が地面へ伏せるなどとあってはなりませぬ!」


 思わず『何を言ってるんだ?』と顔に出てしまったカリオン。

 それを見たドリーは得意げになって言った。

 誰が聞いても『狂を発した』と思うような事を。


「手前は公爵家を引き継いで以来、我が君の為にこの命を捧げるとしてまいりました。今もそれは変わりませぬ。そして、その誓いと思いを果たす時が巡ってまいりましたぞ!」


 ドリーはやおらに剣を抜くと、天に翳して続けた。

 科学的知見の乏しい世界だが、雷はより高いところへ落ちるのは知っている。

 そんな状況でこの行為は、文字通りの自殺行為に他ならない。


「ドリー! バカなことはするな!」


 カリオンは慌ててそう叫ぶが、ドリーはどこ吹く風だ。

 その慌てぶりすら愛おしむ様に、両手を広げて言った。


「さぁ! お立ちくだされ! 立って全員に退去命令を発してくだされ」


 ドリーが何を言っているのかなど説明するまでもない。

 ここで殿を引き受けると言い出したドリーは、すべての責任を取るつもりだ。


「ドリー!」


 こうなった場合、この男にはいかなる説得も無駄なのは解っている。

 王都の騒乱でカリオンを逃がす為に囮となったブルスペンサーもそうだった。


 凡そスペンサー家の人間には折れるという部分がない。

 己の決めたことならば、最早それ以外の選択肢など考慮しないのだ。


「ドリー! まず座れ!」


 思わず声を荒げたカリオンだが、ドリーは何処吹く風だった。

 悠然と歩き回りつつ、時には足を止めて耳を澄ましている。


「それは出来かねますぞ我が王! 敵が動き始めました故、ご決断を!」


 ドリーが彼方を指差すと、皆の意識は自然にそちらを向いた。

 彼方から聞こえてくるのは、前進を指示する太鼓の音だった。


 最早どうにもならない、圧倒的な物量で押し切るのだろう。

 それが可能な組織と統制をあの軍隊は持っている。

 手痛い反撃が予想されるシーンでは、最後に頼るのは物量でしか無い。



    ――――――地力の圧倒的な差



 これを見せ付ける事で相手を怯ませる。

 過去幾度も机上検討されてきた戦術と戦略の要諦はここに帰結する。


「余の責務は戦力を持ち帰る事ぞ。そなたも我がル・ガルに残されし戦力だ」


 帝王学。或いは士官教育における指揮理論の根幹。

 次のチャンスに全力を注ぐ為、無為な戦力の消耗は避けるべし。


 凡そ無能な人間ほど無視しがちなことがこれだ。

 己の責任を曖昧にしウヤムヤにする為に全滅すら厭わない。

 そんな中、時には部下の無能を誹謗しつつ生き残ろうとする。


 それら全てが愚かなことと教育されてきたビッグストンのOBなのだ。

 この場面では1人でも多くの兵士を連れて帰ることが重要なのだった。


 だが……


「恐れながら我が王よ」


 芝居がかった仕草でドリーが切り出した。

 愉悦を噛み殺しきれぬと行った風の笑みを浮かべて。


「凡そ士官たる者、その心得として時には部下に死ねと命じなければなりませぬ」


 そう言いきったドリーの顔は哀しいほどに誠実な笑みを浮かべていた。

 自身がそうであるように、自らを差配する上の存在にもそれを求める。


 盲目的に維持される封建的な支配システムの根幹。

 それについて疑念を挟むなと教育される悪い面そのものだ。


「今ここで私が死んだとしても、それは意味のある事ですぞ。無為に死ぬのがまかり成らんと言うだけです。何も心配は要りません――」


 再び両手を広げたドリーは『さぁ言え!』とばかりにカリオンを見た。


「――私はここで意味のある行動をするに過ぎません。ですから、何も気に病む事は無いのであります。さぁ、言ってくだされ!」


 案外重要な事だが、概ね指揮官は死ねとは命じないもの。

 その多くは『まことに済まないが死守だ』だとかそんな言葉になる。


 そしてそれを聞いた者も勝手に解釈する。

 この場面に於いては『自分の死が意味のある物だ』と。


 場面によっては『10万の味方が通る街道を死守する為』になる。

 或いは『通し番号を振られただけの拠点だが占拠されると危険な丘』の監視。

 率直に言えば全く意味のない無駄死にに近い場面ですら意義を探すのだった。


 そんな境遇で捨て石になる兵士達を思えば、なんと恵まれた事かと痛感する。

 他ならぬ太陽王の為に時間を稼ぐべく、ドリーは死のうとしているのだ。


「まったく! なんでこうスペンサー家の男は強情なんだろうな!」


 さしものカリオンもついに断念したらしい。

 思えばあのジョージスペンサーもそうだった。

 カリオン脱出の為に囮となったブルスペンサーの様にだ。


 己の信念が為に死ぬ事は美徳である。

 そんな姿を体現しているのだった。


「これこそが我がスペンサー一門の譽れとするところであります」


 満足げに笑ったドリーは再び両手を広げてカリオンを急かした。

 さぁ早くしろ!と。グズグズしないでさっさと動け!と。

 そんな姿を見ていれば、カリオンだって動かざるを得なかった。


「キャリ!」


 唐突に名を呼ばれたキャリは瓦礫の中から身を起こした。

 猛烈な突風と落雷を避けるべく離れた所にいたのだ。


「父上!」


 薄汚れてはいるが五体満足な息子キャリ。

 その姿を見たカリオンは腰に佩ていた鋭剣を鞘ごと降ろした。


「これを持って城へ行け。そしてウォークにこう伝言しろ――」


 チラリとドリーを見たあと、カリオンはニヤリと笑って続けた。

 遊び心といたずら心を忘れない部分がひょっこりと顔を出していた。


「――戦線を整理する。残存戦力の全てを連れてソティスヘ向かえ。危険な兵器を使う故、前線へ出る事はまかりならん。早急に動けとな」


 その言葉と同時にカリオンは剣をキャリへと渡した。

 本人からの命であると証明する為の行為だが、今はそれ以上の意味がある。



   ――――――王位の継承が行われた……



 そのシーンを見たものは、誰しも同じ感情を抱いた。

 そしてそれは、太陽王であるカリオンが死を覚悟したという意味でもあった。


「王よ!」


 抗議がましく声を上げたドリー。

 だが、それを手で制したカリオンはいたずらっぽい笑みで言った。


「余は城に戻り戦果を確認する役目ぞ。そなたの働きに期待している」


 いまさらドリーは翻意などしないのが目に見えている。

 ならばこうするしかないと言うカリオンの判断だった。


「ですがッ!」


 なおも喰い下がることを選択したドリー。

 だが、涼しい顔のカリオンは馬耳東風な様子でいた。


「論議している暇はない。キャリはすぐに走れ。ヴァルターはキャリの供をせよ」


 一度決まったことならば一気に走り始める。それこそがイヌの国家の団結力だ。

 最早どうにもならぬのならば、その流れに乗って振る舞うまでだ。


「じゃ、ドリー。ここを頼んだぞ」


 半身を引いた姿で振り返り、そう指示を出したカリオン。

 その背には祖父であるシュサ帝より受け継いだ戦衣のマントがある。


 歴代太陽王は次の王へ何かを渡すのが不文律としてあった。

 先帝ノダ王からは何も受け継がなかったが、シュサ帝より受け継いでいるのだ。


 そんな太陽王が鋭剣を次世代へ授け、事の収拾を図ろうとしている。

 太陽王へ忠誠を捧げる公爵家の当主がそれを見れば、震えが走る程の感動だ。


「う、受け賜わりました!」


 満足気に笑みを浮かべたドリーはそう言うと、少佐を呼びつけた。

 これから死ぬのがわかっていながら、それでも楽しそうに尻尾を振っている。


 猛闘種の本質。いや、むしろイヌの本質と言ってもいいだろう。

 どんな事でも全力で掛かり、何よりそれを愉しむスタンス。

 すべてのイヌに共通する習性と言ってもいい事だ。


「して、その兵器はどうやって使えば良いのだ?」


 ドリーはまるで遊びに行く子供のような姿だ。

 悲愴さなど微塵も感じさせる事なく、目を輝かせている。


「操作自体は簡単です。ただし操作には複数名が必要です。従いまして手前もここに残ります。異論は受け付けません」


 どこか高圧的な物言いを始めた少佐は怪訝な顔で眉間を押さえた。

 何をしているのか?とドリーが訝しがったが、どこ吹く風だ。


 ただ、そんなシーンを黙って見ていたキャリはいきなり頭に一撃を喰らった。

 そこにはカリオンがいて、まさに憤怒の表情だった。


「お前は何をしているんだ。さっさと行動を開始しろ」


 瞬間的に『あっ!』と言わんばかりの表情となったキャリ。

カリオンはそんなキャリの背に自らのマント外して括った。


 カリオン帝の鋭剣に続き、シュサ帝の戦衣までもが継承された。

 何とも豪気な6代目の誕生だった。


「で、では……父上……」


 奥歯を噛みしめたキャリは何かを発しようとしたが言葉にならなかった。

 それを見ていたリリスがやって来て、キャリの身体をはたきながら言った。


「今生の別れじゃ無いわよ。大丈夫。私が付いてるから。だから早く行きなさい。あなたが生き残ればル・ガルの勝ちなんだから死んじゃダメよ?」


 その言葉にキャリは奥歯をグッと噛んでから首肯した。

 この何年かを見ていれば、キャリにだって嫌と言うほど解っていた。


 父カリオンにとっては、この(ひと)が本来の妻なのだ。

 だが、様々な不幸が重なってキャリの母サンドラが帝后の座を受け継いだ。

 しかし、それ自体もこの女性が差配した結果に過ぎない。


 男とは違う強さを女は持っている。

 当たり前の事だが、キャリはそれを痛感していた。


「よろしくお願いします…… 母上」


 リリスをどう呼んで良いのか解らなかったキャリ。

 だが、何をどう考えたか自分でも説明が付かぬままに、リリスを母と呼んだ。



     ――――――これで良い……



 不思議な確信をキャリが得たとき、リリスは嬉しそうに笑っていた。


「本当は私も生んでみたかったわ。女に産まれたんですから、女の特権よ。でも、私には出来なかった。だからサンドラが羨ましいわ。そんな私を母と呼んでくれてありがとう」


 隠しきれぬサンドラへの憧憬と嫉妬。

 リリスはそれを恥としつつも上手く付き合ってきたはずだった。

 だが、キャリの口を突いて出た母上と言う言葉が、その全てを流し去った……


「さぁ、行きなさい。ビアンカを悲しませちゃダメよ」


 キャリをギュッと抱き締めたリリス。

 同じサウリクルの血統故に感じる物なのだろう。

 その身体の柔らかさにキャリは何処か安堵を覚えた。


「父上! ソティスにて待ってる!」


 キャリは己の頭を殴りつける様にして敬礼した後、振り返って走り出した。

 それを見ていたヴァルターは、一瞬だけ躊躇したあと同じ様に敬礼して走った。

 次期帝であるキャリの手下達が一斉に動き出すのを見届け、カリオンは言った。


「……子孫を残せなかったな」


 それは血を吐くような後悔の言葉だ。

 リリスは何処か哀しそうな顔になって応えた。


「そうね……」


 まだ8才だった遠い日。

 シウニノンチュの鐘楼台に並んで座った日。

 あの日からどれだけの月日が流れたのだろうか……


「だが、良い後継者を得たよ」

「そうね。それは間違い無いわ。それに――」


 リリスはカリオンの手を取って言った。


「――あなたに出会えて、それだけで私は満足よ」


 そこにどれ程の意味が込められているのか、余人には解らぬだろう。

 ふたりとも魔法生物と呼べるような存在なのだからやむを得ない事だ。


 本来なら幾つも手に入れていたはずの幸せを思い描きつつ、リリスは笑った。


「お母様が言ってたわ。あなたを……エイダを独りにしちゃダメよって」


 周囲に沢山の軍関係者が居る中、リリスはカリオンの真名を呼んでいた。

 誰もが気が付かぬフリをしているのに、1人だけ盛り上がった者がいた。


「なんと! 最後の最後で素晴らしいものをいただいてしまいました!」


 そこに居たのはドリーだった。

 隣にはヒトの少佐が居て、何か特別な道具を持っていた。


「ん? 余の真名を聞いたな? ドリー」


 思わず腰の剣に手を伸ばし、それをキャリに与えた事を思いだしたカリオン。

 だが、そこに無い筈の剣を抜いて見せ、それでドリーを斬るフリをした。


「余の真名を知った者を生かしておく訳にはいかんな」

「然様でございますな! たった今、陛下に斬っていただき手前は死に申した!」


 ドリーは拳を自らの心臓に当てて続けた。


「この身も命も全ては太陽王に捧げまする。さぁ、陛下も行ってくだされ――」


 満面の笑みを浮かべるドリーは最後にこう言った。


「――我が一命を持ってル・ガルの国難を払い去って見せましょうぞ」

今年も一年ありがとうございました。

来週はお休みです。皆様のご多幸をお祈りいたします。

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