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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~ル・ガル滅亡の真実
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ドリーが逆上した理由

~承前




 誰かが何かを叫び、悲鳴と絶叫の混成合唱が部屋に響いた。

 それがどんな意味の言葉なのかを理解する前に血飛沫が舞う。

 銀に光る太刀が鈍く唸り、音も無く肉と骨を切り裂いた。


 人間はショッキングな事が突然起きると感情が停止するという。


 これ自体は人間が持つ精神の安全装置なのだろう。

 事実、この瞬間に全員が一斉に動き出していた。


「カリオン!」


 太陽王をそうやって呼べるのは、この場ではリリスだけだ。

 彼女は咄嗟にカリオンを後ろへと引き倒して自分の胸で受け止めた。

 カリオンの胸からはまるで噴水の様に血が噴き出していた。


「カリオン! カリオン! しっかりして!」


 カリオンを抱えるように長椅子へと座ったリリス。

 逆上したドリーが剣を振り抜き、カリオンはその切っ先で逆袈裟に斬られた。


 鍛え上げられた肉体が叩きだす膂力。

 その威力は太陽王の身体を真っ二つにしかねない威力だった。


 普段なら素早く一歩下がって躱すだろうに、この場ではそれが出来なかった。

 カリオンのすぐ後ろにリリスがいたからだ……


「エリクサー!」


 誰が叫んだかは解らないが、男の怒声が駅長室に響く。

 すぐさまにヴァルターがエリクサーを取り出し、カリオンの前に片膝を付いた。


 帝室のマークが入った恩賜のそれは太陽王が親衛隊に与えた切り札だ。

 命を捨てて太陽王の為に戦う事を何よりの誇りとする者達のお守りだった。


「陛下! 陛下! こちらを!」


 封を切りカリオンの口へと流し込んだヴァルター。

 ただ、エリクサーは嚥下しなければ効果を発揮しない。


 カリオンの口中には食道から逆流した鮮血が溢れている。

 そこへエリクサーを流し込んでも意味がない。


「エディ!」


 泣き声のような、悲鳴のような、悲痛なリリスの声。

 カリオンは蒼白になって痙攣した。



     ――――死ぬ



 誰もがそれを思った。もはや手遅れだと。

 いや、手遅れでは無く既に死んだ……と。


 だが、リリスは諦めなかった。

 カリオンの口を自らの口で塞ぎ、押し込む様に息を送り込んだ。

 圧を掛ければ流れ込むと考えたのだろう。


 だが、そんな努力を嘲笑うように、傷から勢いよく血が飛び散っただけだった。

 大きく切り裂かれた結果、内臓が上下に分断されていたのだ。


「エディ! 死んじゃダメ!」


 空気の送り込みをやめたリリスは、右手へ魔力を集めカリオンの胸に触れた。

 膨大な量の魔力をカリオンへと流し込み、砕かれかけた魂を再生した。


「逝っちゃダメ!」


 次元の魔女と呼ばれるリリスの緊急処置でカリオンは死を免れたかに見えた。

 だが、再びブンッ!と音が聞こえ、その瞬間リリスは顔を上げて叫んだ。


「このバカッ! 邪魔!」


 リリスが発した怒声。

 それが何事か理解しきれなかったヴァルターは咄嗟に振り返った。


 そこにはまだドリーが居て、未だに憤怒の表情で剣を握っていた。

 この瞬間、ヴァルターの精神は完全な戦闘態勢へと切り替わった。


「貴様!」


 裂帛の怒声が室内に響き、各所でビリビリと反響した。

 その声の主である不敗のヴァルターは飛燕の速さで太刀を抜いた。

 ヴァルターにとって過去最速の抜刀は、一瞬でドリーの耳を切り落とした。


 ただ、その瞬間にヴァルターは見た。

 ドリーの瞳に映る自らの後方で展開される光景だ。


 同じタイミングでリリスは大きく手を伸ばしていた。

 大きく見開かれたドリーの瞳に映ったのは、パリパリと飛び散る電撃だった。



    ―――――― ……………………ッ!



 ヴァルターの脳内で何かがスパークした。

 それが何であるかは解らないが、全ての感情を塗りつぶし死を覚悟した。

 ふたりに向かって手を伸ばしたリリスが魔法を使うと直感したからだ。


 太陽王の妻であり、カリオンと言う一人の人間の相方。

 相互いに助け合い、補完し合い、そして生きてゆく存在。

 何より、ル・ガル最強とまで呼ばれる魔導の実力者。


 そんな女が夫を護る為となったなら、凄まじい一撃のはずだ。


 咄嗟に躱そうとしたヴァルターだが、その前に彼女の手から衝撃波が生まれた。

 その衝撃波はヴァルターごとドリーを吹っ飛ばし、部屋の壁に叩き付けた。


 天井からパラパラと小石が降り、少なからぬ土煙が室内に充満する。

 そんな中、リリスは再びカリオンと口を合わせた。

 まだ僅かに残っていたエリクサーを吸い出したのだ。



     ――――――え?



 誰もがそう思った次の瞬間、彼女はカリオンの傷口へそれを吹きかけた。

 上部胸腔内部で鼓動する心臓や肺に混じり、食道が口を開けていたのだ。


 ル・ガル魔法科学の結晶であるエリクサーだ。

 僅かでも入れば、少なくともこのまま死ぬ事は無いだろう。


 リリスなりの計算があったのだが、結果はそれ以上の物になった。

 カリオンがビクッ!と暴れ、傷口が僅かに光を発しつつスッと閉じた。


「もう一本! 早く!」


 悲鳴では無く怒声でリリスが叫んだ。

 そこへボロージャがスッとエリクサーを差し出した。


「こちらを!!」


 片手で封を切ったリリスは意識を集中しエリクサーに己の魔力を流し込んだ。

 その瞬間、エリクサーが魔素反応を起こし金色の光を放って眩く輝いた。


 魔素反応物質であるオリハルコンが砕かれ混ざっているエリクサーなのだ。

 リリスが長し込んだ魔素を吸収し反応したのだろう。


「エディ! エディ! 頑張って! これを飲んで! 飲み込んで! お願い!」


 泣き声の様な言葉と共に、リリスはカリオンの口へエリクサーを流し込んだ。

 まだ痙攣しているカリオンの身体が再びビクン!と大きく反応した。



      ――――――効いた!



 それを確認したヴァルターはスッと立ち上がると中腰のまま斬り込んだ。

 歴戦の勇士であるドリーも常識外れの剣技持ちなのは言うまでもない。


 だが、ル・ガル中から集められた剣士の中で、特別に腕の立つ親衛隊の隊長だ。

 その剣技はドリーを軽く圧倒するが、それ以上に裂帛の気が部屋に満ちた。


「邪魔をするな! そこをどけ! そこを『やかましい!!!』


 半狂乱で剣を振り上げたドリー。

 だが、その剣が振り下ろされる前にヴァルターが襲い掛かった。


 ヴァルターの剣先から耳をつんざく音が鳴り響き、ドリーが顔を歪めた。

 音と言うより衝撃波に近い物が発せられ、ドリーの耳を一時的に麻痺させた。


「死ね! 貴様は生かしておかぬぞ!」


 不敗のヴァルターと二つ名を持つ男の剣技は、常識の範疇を越えていた。

 剣先が瞬間的に音速を越えたらしく、ドリーの耳は全く回復しないでいる。


 そんな状態で、文字通りに手も足も出ない圧倒的な攻撃力が続いた。

 ヴァルターが持てる全ての剣技が容赦なく叩きつけられた。

 最初は上手く合わせていたドリーも、あっという間に劣勢だ。


「太陽王を斬った。それだけで貴様を生かしておく100万の理由に勝る!」


 ヴァルターの一撃がドリーの身体を捉えた。

 左腕の付け根辺りを斬り裂き、鮮血が飛び散った。


 返す刀がドリーの鼻先を切り裂いた。

 上顎にあった牙などがまとめてスパッと切り落とされた。


 太陽王恩賜の鋭剣はオリハルコンを使った魔鉱科学の結晶だ。

 遠い日にシュサが初孫へ与えたサーベルと同じ代物だった。


「覚悟不要! 悔いて死ね!」


 それは、人の身体の限界を越える剣技だった。

 何処かからか、ブチリともミシリとも付かぬ音が響いた。

 不敗のヴァルターが見せた最速の踏み込みは、きき足の四頭筋を肉離れさせた。


 最強のパンチ力を誇るボクサーの一撃は足から生み出される。

 それと同じ事が剣士の一撃に起きたのだった。



                            グバッ!!!



 それが何の音かは誰だって解った。

 ヴァルターの振り降ろした剣はドリーの右肩から入り、脊椎を絶って止まった。

 その背後にあった石壁ごと大きく切り裂き、その途中で刃が止まったからだ。


 もはやその剣は抜けまい……

 皆がそう思ったとき、ヴァルターは全身をバネにして飛び上がった。

 身体を捻りながら飛び上がると、石壁から剣が抜けた。


 次の一撃で完全に死ぬだろう。誰もがそう思った。

 それ程までにヴァルターの剣技は凄まじく、また怒りも激しかった。


 だが……


「……………………待て」


 トドメの一撃を入れようとしたヴァルターに誰かが声を掛けた。

 それがカリオンの声だと気付いた瞬間、ヴァルターは手を止めた。


「ドレイクを斬ることはまかり成らん」


 その声に驚き振り返ったヴァルター。

 誰もが驚いたそれは、笑みを浮かべて立っているカリオンだった。


「余は死んでおらんぞ。少し驚いたがな」


 余裕を見せたカリオンは、リリスの手から金色のエリクサーを取った。

 まだ半分ほど残っていたスーパーエリクサーは、今も眩く輝いている。


「ドリー。まだ死んで貰っては困るぞ。未曾有の国難だ」


 石壁にもたれ掛かっていたドリーの傷口へそれを流し込んだカリオン。

 程なくしてドリーはメチャクチャに暴れるように痙攣し始めた。


「陛下! お下がりを!」


 慌ててその間に割って入ったヴァルター。

 だが、カリオンはその肩に手を掛けて言った。


「良いのだ。逆上するほどに余を慕う臣下ぞ。これで良いのだ」


 その直後、ドリーは黒とも紫とも付かぬ色の液体を傷口から吹き出した。

 ハッとした表情のカリオンはヴァルターの肩を引きつつ後方へ飛び退く。


 その液体は床にこぼれたあとでウネウネと動きだした。

 誰もが生理的嫌悪感を覚える嫌な動きだった。



   『『あぬしゃ運が良いもんじゃのぉ』』



 若い女と老婆が同時に喋っている様な声が唐突に響いた。

 リリスはすかさず左手を突き出し、魔力を使って網を拵えた。

 だが……



   『『そんなもので妾を捕らえられるか』』



 魔力の網がパッと霧散し、カウンターのようにリリスが突き飛ばされた。

 その身体をウィルが受け止めるが、リリスは首を押さえていた。



   『『長かったぞぇ あぬしらに復讐する為に戻ってきたぞぇ』』



 ウネウネと動いていたドス黒い液体がスーッと固まって形になった。

 身の毛もよだつようなスライム状の何かだった。



   『『音も光も空気も無い所を彷徨ったわい』』



 聞く者の心を直接削るような怨嗟と呪いの声。

 片隅でそれを見守っていたキャリは、カリオンが戦ってきた本当の敵を知った。


「貴様が糸を引いていたのは解っていた。キツネの制裁をどう脱したかは知らぬが今度こそ貴様の息の根を止めてやる」


 激しい怒りの表情となったカリオンが恐るべき速度で剣を抜いた。

 オリハルコンの剣がその精神に反応し、眩く光っていた。



   『『さすがの妾もミスリル銀には弱いのぉ』』



 どこか小馬鹿にするような物言いで笑ったそのスライムはスッと小さくなった。

 膨大な魔力を注ぎ込まれて出来上がった代物なのだろうから弱いのだろうか。

 ドス黒いスライムが驚く程小さくなった時、カリオンは剣を振り抜いた。


「ウォルド! 貴様の好きにはさせん!」


 驚く様な大音声で怒鳴りつけたカリオン。その剣先はスライムを斬った。

 同じタイミングで怒声を聞きつけた兵士達が集まって来た。



   『『ヒヒヒ 恐ろしいのぉ だがのぉ……お前に妾が斬れるかのぉ』』



 勝ち誇った様にそうウォルドが言うと、流石のカリオンも面食らったようだ。

 斬った筈の部分がスッと繋がり、何事も無かったかのように再生した。


 何処かから勝ち誇った様な笑い声が響き、カリオンは表情を歪める。

 だが、その場にはこのスライム姿のウォルドが知らぬ者が混じっていた。


「……なるほど。磁性化した粘性流体な訳ですな」


 そこに居たのは例のヒトの少佐だった。

 相変わらず醜いヒキガエルのように片頬だけを引き攣らせて笑う姿だった。


 ただ、その笑みに今までとは異なる物が混じっているのを皆が気付いた。

 簡単に言うならば、心底興味を持っていると言わんばかりの眼差しだ。

 そしてそれは、多分に良からぬ興味であると誰もが察した。


「一度やってみたかったのだ。太陽王陛下。小官に少々時間をくだされ」


 そう言うが早いか、少佐は鉄で出来た円筒形の物体からピンを引き抜いた。

 誰もが『何をやっているんだ?』と不思議がる中、少佐は平然と言った。


「ヒトに魔法は使えぬが、ヒトの世界ではこう言うのだよ――


 少佐はその円筒形の物体をホレッ!とスライムへと投げた。

 僅かに人のような形態となったウォルドがそれを受け止め内部へと引き込む。

 それを見て取った少佐は狂気染みた笑みを浮かべて続きを言った。


 ――高度に発達した科学は魔法と区別が付かぬ……とね」


 次の瞬間、バンッ!と鈍い音がした後で、白い煙がスライムから上がった。

 その内部から強烈な光が発せられ、直後にジュッ!と音がした。



   『『ギャァ!』』



 酷く耳障りな声で悲鳴を上げたウォルドのスライムはドロリと形が崩れ始めた。

 それを見て取った少佐は再びニヤリと笑った。狂気を孕んだ満足げな笑みだ。


「なるほど。予想通りだ。要するに水分を飛ばせば良いのだ」


 少佐が投げたのはスタングレネードだ。それも強烈な閃光を放つタイプ。

 強い光線は水分を蒸発させ、強い衝撃は水の分子を振動させる。

 その結果、スライムを構成する素材の水分が蒸発したのだろう。


「では、これはどうだ?」


 再び何かを少佐が投げた。今度は六角形のをした円筒に近いものだ。

 それが先ほどより厄介な物なのは明白で、事実、ウォルドもそれを避けた。


 だが、そんな事で回避出来るほど生易しい物では無い事を稀代の術士は知った。

 純粋な悪意と敵意。何より、相手を最大効率で確実に殺そうという意志。


 ヒトと言う種族の持つその特性を如何無く詰め込んだ代物だった。


「EMPグレネード・・・・と言っても、君らには解るまい」


 爆発と言うには控え目な爆発が発生した。

 規模というならせいぜい小さな爆竹程度だ。


 だが、その直後から明確にウォルドが苦しみ始めた。

 それだけじゃ無く、リリスやウィルまでもが眉間を抑えて蹲った。


「おっと! これは禁じ手でしたか!」


 近接する狭い範囲に極めて強力な電磁パルス攻撃をする手榴弾。

 それを使った少佐は、リリスが影響を受けた事に狼狽した。


「これ! なんなの! 頭が割れそう!」


 リリスの声にカリオンも表情を一気厳しくした。

 それを見て取った少佐は『これはもう使いませぬ』と懐にしまい込んだ。

 これによりウォルドに対する攻撃手段を失ったかに見えたのだが……


「……ほほぉ」


 カリオンが関心を示した先、先ほどまでドス黒いスライムが溶けていた。

 完全に形を失い、ただの水に戻っていて、床にシミを作っていた。


「何をしたのだ? 後で説明せよ」


 カリオンは一方的にそう言うと、ドリーへと歩み寄った。

 ヴァルターの一撃で大きく切り裂かれた所は回復し、大きく目を見開いていた。


「災難だったな、ドリー」


 唐突に声を掛けられ、ドリーは正気に返った。

 ただ、正気に返ったからと言って、許される訳では無い。


「……陛下」

「よい。良いのだ。余の配慮不足よ」


 腰の剣を床のシミへ突き刺したカリオンは苦々しげな顔だった。


「余はこの忌々しき存在と戦ってきた。もうどれ程の間、これと戦ってきたか解らぬ位にな。リリスが肉の身体を失っている間も、これと戦い続けていた」


 ドリーは改めて驚いた表情になっていた。

 そしてもちろん、他の公爵家当主達もだ。


「余は……リリスが城の地下で暮らした頃から夢の中でリリスと会っていた。リリスが膨大な魔力を使ってくれたおかげでな。そして、一部の者はその夢の繋がりに招いていた。この……ウォルトと言うキツネのなれの果てに影響されぬ者のみな」


 何処か眩しそうにカリオンを見上げるドリー。

 カリオンはそんなドリーを見つつ続けた。


「余ですらも心の内へこれに入り込まれたことがある。故にこの夢の繋がりは人選が重要なのだ。そなたを外したのも理由があってのことだ。一度は心に入り込まれた者で無ければ対処は解らぬ。すなわち『陛下』


 ドリーはまるで罪人であるかのように跪いた。

 項垂れたまま肩を落とすその姿は痛々しい程だ。


「手前を……罪人としてお斬りくだされ」


 ドリーは自らを処分せよとカリオンに伝えた。

 強烈なまでの忠誠を示し続けてきた男だ。その意志は硬いのだろう。


「ドリー」

「陛下。どうかその御手で手前を断罪せしめくだされ」


 ドリーはそこで顔を上げてカリオンを見た。

 何処までも真っ直ぐな眼差しが太陽王を貫いた。


「男が男に惚れたのです。その手で斬られるなら本望であります」


 さすがのカリオンも判断に困る事態だ。

 どう声を掛けて良いのか解らず、少しばかり口籠もった。

 誰もが事態の推移を見守るなかで、気まずい時間が流れた。


 ひとりの武人として。ひとりの貴族として。

 ここでちゃんと責任を取らねば名が廃るのだろう。


 命よりも名誉を重んじるスペンサー家一党の沽券に関わる事態だった。


「ドリー。反逆罪での断罪はやむを得ぬ事だ。だが、現在は未曾有の国難ぞ?」


 解るか?

 そう言わんばかりに声を掛けたカリオン。

 ドリーは少しばかり悲しそうに太陽王を見つめた。


「そなたの処分は余の預かりとする。異論は許さん。余の統べる国家の為に、つまりは余の為に奮迅の働きをせよ。良いな?」


 カリオンの言葉に『しかし!』と言いかけたドリー。

 その言葉を手で制したカリオンは、薄く笑って続けた。


「余を殺そうとしたのだ。死よりも辛い道を歩け。良いな?」


 それが建前でしかないことなど誰でも解っている。

 だが、現時点では最適解なのだ。すぐそこに獅子とネコの連合軍が居るのだ。


 となれば、強力に抵抗する戦力が必用なのは言うまでも無い……


「手前を殺してはくれぬのですな」


 だいぶガックリとした様子のドリー。

 忸怩たる思いが涙となって両眼からあふれ出していた。


 そんな時だった。


「陛下! お下がりを!」


 唐突にウィルが叫び、空中に印字を切って防御障壁を構築した。

 同じタイミングでリリスがカリオンに飛びかかり、両手でバリアを張った。


 何が起きたのか理解しがたい一瞬だが、その直後にそれはやってきた。

 駅逓の建物を吹き飛ばす勢いの衝撃波が押し掛かってきて、全てが吹き飛んだ。

 強い力で突き飛ばされたキャリはゴロゴロと転がりながら空を見上げた。


 そこにあったのは空一面が光り続ける凄まじいまでの雷雲だった……

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