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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~ル・ガル滅亡の真実
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戦場の神

~承前




「思っていたよりも……固いな」


 腕を組んで戦況を眺めているカリオンは独り言のようにそう漏らした。

 王都ガルディブルク郊外で始まった激しい戦闘は、既に5時間を越えていた。


「えぇ、全くです。これは手強いですね」


 カリオンの隣に陣取るウォークは、城へ戻らず側近ポジションに座っていた。

 市民議会の声を直接届けたあと、そのままカリオンと共に行動しているのだ。


 その姿を見れば誰だってウォークの我が儘と取るだろう。

 だが、それを指摘する無粋な者が居ないのも事実だ。


 未曾有の国難に直面する太陽王を輔弼し、共に進んでいこうとする姿勢。

 少々の咎めなど歯牙にも掛けず、捨身の姿勢を見せているのだ。


「銃火器が予想以上に効いておりませぬ。まっこと手強いですな」


 指揮台へと上ってきたアブドゥラは、開口一番にそんな言葉を漏らした。

 凡そ10万におよぶ兵士が重層的に殺し間を作り上げ、敵へ散々に撃っている。

 十字砲火などと言う言葉が生温いほどの密度と威力な筈だ。


 だが、転送爆弾の脅威が無いと解った瞬間、敵側の対応ががらりと変わった。

 銃弾を通さぬ強力な魔法障壁を展開し、戦列を組んで前進しているのだ。

 防御を固め身の安全を確保したなら、後は力任せの前進が正解だろう。


 事実、獅子の軍勢はそのスタンスで力強い侵攻を見せていた。

 しかしながら、そんな前進にも攻略の糸口が見えつつある。

 猛烈に撃ちかけられる瞬間には魔法防御を厚くしているらしい。


 だが、その内側から魔法なり弓矢を放つなりする時には防御が解かれる。

 つまり、あの魔法防御は内側からの攻撃すらも通さない代物……


「こうなると……砲はどうだ?」


 カリオンは思い付いたようにそうたずねた。

 撃破出来ないまでも、撃ち続けることで敵の前進が止まる可能性がある。


 その間に何らかの攻略手段を見付けるしかない。

 或いは、例の転送爆弾を一発でも撃ち込むしかない。


 勝負は場面場面だが、戦争は流れ続ける川のような物。

 場面ごとに勝敗は付くだろうが、戦争という川の流れには然程影響しない。


 だが、アブドゥラは『無理かと』と返答した。

 指揮官のみが見える景色という物も世の中にはあるのだった。


「砲撃誤差圏内に味方兵士が入ってしまいますし、あの強力な魔法障壁では弾き返される危険性もありますれば、どうしたもんかと思案はしておるのですが」


 魔法の新たな使い方が考案されれば、すぐにその対策も立案される。

 戦闘とは結局これの繰り返しで、戦術と戦略は車の両輪そのもの。

 戦線に立つ兵士やその指揮官が魔法への知識知見を持たねばならぬ理由だ。


 そして現状では、獅子の軍勢が見せる強力な魔法障壁が問題になっている。

 銃弾は跳ね返され、魔法による誘導爆弾は空間湾曲で何処かへと飛ばされる。

 こんな状況では必殺の威力を持つ砲撃も躊躇せざるを得ない。


「父上。味方を後退させて戦列を作り、敵側へ砲撃しましょう」


 キャリはそんな提案をした。そこに勝算があるのかと問われれば否だろう。

 だが、やれる事は何でもやってみる。それを決断出来るかどうかも重要な資質。


 もう一つ言えば、予てより思索を繰り返してきた新兵器を験してみたい。

 そんな思惑がキャリにはあった。使える物は何でも使う精神の発露だ。


「そうだな。若の案に手前も賛成です」


 ドリーは妙なやる気を漲らせてそう言った。

 戦列を組む昔ながらの戦い方に反応しているのかもしれない。


 だが、現実問題として重火器が効かないなら剣と槍で突っ込むしか無い。

 その錬磨を積み重ねてきた者ならば、その方が話が早いと感じるのだろう。


「おいおいドリー。まずは砲撃だぞ?」


 少し呆れた様にカリオンがそう言うと、ドリーも恥ずかしそうに頭を掻いた。

 だが、やる気を漲らせつつ敢闘精神を発露させる事は悪い事では無い。


「では、前線の殺し間を構成する兵を後退させましょう」

「そうだな。ジャンヌが言う通り、一気に後退させて戦場の見通しを良くせねば」


 ボルボンのふたりがそう指示を出し、ガルディブルク郊外の戦場が動き出した。

 突貫工事で拵えられた防塁に身を隠し、最前部の兵士が城へ後退を始める。

 そこに陣取っていたのはボルボン家の兵士達で、全員が気力十分だった。


 そう。もはや国軍では無く公爵家の私兵が投入されている。

 元々は国軍を構成していた一団だが、今は公爵家の管理下。

 何故なら、もはやル・ガルの予算では彼等を養えないのだから。


「……諸公らには面倒ばかり掛けるな。愚昧な王を許せ」


 自嘲気味にそう漏らしたカリオン。

 だが、ジャンヌはすかさず『ノン』と上品な発音で応えた。


「公爵家が支えるのは王では無く国家です。その国家の王が謝ってはなりませぬ」


 ジャンヌがそんな言葉を漏らすと、隣に陣取ってたルイを見た。

 続きはあなたが言って……と言わんばかりの顔になったジャンヌ。

 それを見たルイは『うむ』と小さく発した後で言った。


「王はただ一言、おっしゃってくれれば良いのです。大義だったと」


 そうだろ?と言わんばかりにジャンヌを見たルイ。

 ジャンヌは満足そうに『ウィ』と応えた。


 そんなふたりのやり取りを見ていたキャリは、太陽王が背負う物の本質を見た。


 一天万乗の王たる者は、その全てを背負わねばならない。

 自分を支える為に死んでいく者達が見せる無辜の信頼だ。


「そうか。そうだな。その通りだ――」


 カリオンも何かを感じ取ったとキャリは思った。

 だが、当の王は感じ取ったのでは無く再確認していただけだ。


「――すっかり遠くなってしまった昔、父にそう教えられたな。どこか臆病になっていたようだ。上手くやろうとし過ぎれば、それはすなわち失敗の種だ」


 独り言のようにそう呟いたカリオンは、数歩前へと歩み出て眼下を見た。

 彼方には獅子とネコの連合軍が押し迫る津波のように迫っていた。


「川に石を投げ込めば波紋は立つが、それでも川の流れは止まらない……か。思えばあの男はいつもいつも上手い表現をしたもんだ。その全てが余の血肉となっているのだから、ありがたい限りだ」


 カリオンを導き育てたゼルの影武者がヒトだったのは、もはや公然の秘密。

 その知見や見識をビッグストンの学長が書き記し、体系化して書籍化している。

 ル・ガル国軍の参謀学を学ぶ物は必携必読とされる当世戦略論なる書籍だ。


 カリオンもそれを読み、改めて思い出していた。

 運命を変える為に必用なのは、運命を打ち据える強い心だと。


「キャリ。砲撃戦の準備だ。戦線の銃兵が砲撃誤差圏内から出た時点で砲撃を開始する。その後は散兵戦術で一気に押し返す。吶喊し穿孔するぞ」


 カリオンの示した方針は、ル・ガルが長年築き上げた猛烈な騎兵戦闘の再来だ。

 ただ、戦術は進化し、戦略は臨機応変する。その実力が問われる場面。


 ニヤリと笑ったキャリを見つつ、ドリーやボロージャがグッと気合いを入れた。

 骨の髄まで騎兵気質なのだ。場合によっては騎兵の出番だと察したのだろう。


「では、砲兵陣地へ向かいます」

「あぁ」


 キャリは自らが手塩に掛けて育てた砲兵陣地へと向かった。

 戦車を作りたい……から始まった砲兵の育成だが、今はもう体系化が完了した。


 必用な結果を得る為に砲撃し、その結果を観測し、次の目標を決める。

 ごく短期のPDCAサイクルを廻すやり方はキャリのスタンスその物。

 次期帝として育つ者が感じる理不尽さや歯痒さを吹き飛ばしてくれるのだ。



    ――――――焼き払ってやる……



 キャリの胸の底には忸怩たる思いがわだかまっていた。

 魔法兵器が登場し、自分のやって来た事が旧弊化しかねない状況なのだ。


 砲兵は困難を解決してくれる切り札になるはず。

 そう信じてやって来た以上、初志貫徹を計りたいのだ。


 何とはなしに決然とした背中を見せたキャリ。

 その後ろ姿を見送ったカリオンは振り返って言った。


「ドリー。ボロージャもだ。迂闊に突撃して砲兵の邪魔をするなよ?」


 ふたりとも『勿論であります』と返答したのだが、ふたりの視線が交差する。

 太陽王の言葉を正確に読み取るなら、場合によっては騎兵が出撃せよ……だ。

 砲兵の邪魔にならなければ、騎兵が突撃しても何ら問題無いと言うことだった。






  ――――砲兵陣地




「若王陛下! 砲撃ですか!」


 砲兵陣地へと着いたキャリをリティックが出迎えた。

 アブドゥラと同じアッバース家系の名将も、今は少々老成しつつあった。


 地上を走り回るのが歩兵の本分ならば、老成は歩兵にとっての引退局面だ。

 しかし、だからと言って引退と言う訳ではないし、退役する訳でもない。


「あぁ。砲撃戦だ。あの魔法防御は水平射撃にはめっぽう強そうだが、どうしたら良いと思う?」


 過去幾度も砲撃戦を経験したアッバース家の砲兵達は、その経験値が凄まじい。

 それ故に、まずは素直に意見を求め得るのが重要だ。



    ――――――兵士一日の長は幸運の証なり



 理不尽の極みを具現化した戦場に於いて、1日でも長く生き長らえた者。

 そんな存在こそが幸運強運の持ち主であり、経験を他の兵士に伝える役だ。


「ここでそれを論議していたのですが、いっそ頭の上に落としたらどうでしょう」


 アッバース砲兵の理屈は簡単だ。

 盾を前に翳しているなら、頭の上から襲えばいい。

 至極単純の極みだが、それはある意味でコロンブスの卵だった。


「しかし、上手くいくかな?」


 キャリは少しだけ頭を捻った。

 だが、それに口を挟んだのは、例のヒトの少佐だった。


 先の進言で案が通らなかったのを根に持っているのだろうか。

 今は王の近くでは無く砲兵陣地辺りで様子を伺って居るようだが……


「若王陛下。ヒトの世界では往々にしてこんな言葉が飛び交います」


 勿体ぶったようにそう切り出した少佐。

 キャリは視線だけで『続きは?』と促すが、少佐はニヤリと笑っているだけだ。


 ややあってしびれを切らした様にリティックが『核心を』と求め少佐を見る。

 するとヒトの少佐は大業に首肯した後で少し声音を変え言った。


「戦場における神とは野砲……であります」


 凡そ戦場と言う理不尽極まりない環境が誕生した時から言われ出した事だ。

 二つの軍が激突するなら、最大効率で敵を圧倒できることが望ましい。

 何より、歩兵戦力で敵と対抗する時、敵側が装甲車両を持っていたら手こずる。


 それを一気に解決する兵器こそが野砲だ。

 頭上より襲い掛かり、高速で破片をまき散らして敵を蹴散らす死神。

 何より、その心理的プレッシャーは計り知れないのだ。


「何とも……良い響きですな。若王」


 それを聞いたリティクはキャリに同意を求めていた。

 勿論それを聞いたキャリとて、笑みを浮かべ首肯していた。


「全くだな」


 ふたりの反応がご機嫌悪からず……という事で、少佐も満足気にしている。

 何とも言えぬ人誑しの言葉を吐いているが、ここでは役に立つ言葉だろう。


 歩兵戦力を担ってきたアッバース家がル・ガル国軍を支えるポジションに就く。

 その根幹こそが野砲であり、単純に言えばアッバース家の持つ大砲だ。

 騎兵の影に隠れた泥働きの兵科が軍の主力に大化けしていた。


「まぁ、色々面倒はありますが……大抵のことは火力で何とかなるものです」


 盤上における駒遊びとて、盤ごとひっくり返してしまえば良い。

 それと同じ事を戦場で起こせるのは、歩兵でも騎兵でもなく砲兵だ。


 航空支援等の立体的な戦闘前夜では、砲兵が活躍する余地が残されている。

 そしてそれは、いつの時代でも変わらない不変の定理。

 魔法の有無にかかわらず、ミサイルや誘導兵器がどれ程進化しても……だ。


「なるほど。解りやすいね。じゃぁ早速やってみよう」


 キャリもそう賛意を示し、間髪入れず『砲撃誤爆圏に味方無し』が報告された。

 そうなれば話は早い。一気に攻めかかり焼き払うまでだ。


「では」


 リティクは楽しそうに笑みを浮かべ振り返ると、居並ぶ砲兵に向け号令した。


「砲撃戦よーい! 砲列を敷け!」


 機動戦の支度をしていた砲兵たちは一斉に動き始めた。

 魔法による攻撃が始まって以来、何処かくすぶっていた者たちだ。

 王都防衛用の大口径砲を運んできた者たちは、疲れも見せずに動き出す。



    ――――――鍬取る工兵助けつつ

    ――――――銃取る歩兵助けつつ



 誰ともなく軍歌を歌い出した。それは砲兵の歌だ。

 今の今まで騎兵の影に隠れ、主役に有らぬ影働きだった歩兵たち。

 そんなアッバース歩兵の一変させた砲兵こそ、まさに彼等の誇りだ。



    ――――――敵を沈黙せしめたる

    ――――――我が軍隊の砲弾は



 砲兵とは、戦線を支配し戦闘を左右し、敵兵を一気に沈黙せしめる兵器。

 それらのオペレーションを行う砲兵のプライドは驚くほど高い。


 なにより、狂った様に訓練し続けた彼等は結果として練度が高かった。

 誰よりも猛烈に錬磨したという自負が彼等を支えていた。



    ――――――放つに当たらぬ事もなく

    ――――――その声天地に轟けり



 驚くほどの速度で設営を完了した砲列に次々と新型弾が装填される。

 それはまさに、魔法化学の結晶と言うべき新型信管を装備した砲弾だ。


「さて、新式信管の威力を拝見しましょう」


 リティクも楽しそうに言う、その新型砲弾。

 それは、従来の簡単な雷管ではなく魔法を使ったVT信管だ。


 放たれた砲弾は空中で強力な魔法に反応し誘導される仕組み。

 大きく軌道が変わる事は無いが、僅かな角度でも大きく差が出るものだった。


「上手くいけば着弾と同時に発火する筈だな」

「えぇ。その通りです」


 キャリが言うそれは、VT信管の真に恐るべきところだ。

 魔法に引き寄せられるだけでなく、最接近した所で爆発する仕組み。

 空間を歪ませたり、或いは強力な障壁にぶち当たった時の対策そのものだ。


 魔力反応が最大値を記録し、僅かに離れて反応が薄れた所で爆発する。

 強力な魔法防御により魔法効果は防がれたとしても物理的衝撃が走る。


 飽和攻撃で雨霰と撃ちかければ、魔法防御が薄れた瞬間に中へ飛び込むはず。

 後は推して知るべしだ。


「……術者もたまったもんじゃないだろうな」


 キャリの軽口に砲兵が笑いだした。

 強力な一撃を受ければ魔術師はキックバックを受けるもの。


 自らの魔力で直接効果を引き出せば魔術師がダメージを喰う筈。

 何らかの魔力媒介機関を使っているなら、それが木っ端微塵に砕ける筈。


 つまり、対魔法戦闘においても砲兵は有効な筈なのだ。


『砲撃準備良し!』


 砲兵陣地の各所から報告の声が上がった。

 それを聞いたキャリは声を張り上げた。


「砲戦距離1リーグ! 曲射! 発火準備良いか!」


 この時、声を出すのは御法度だ。

 発火担当は右手を挙げて準備良しを宣言する。

 それを見た砲撃指揮官が声を発し、砲は放たれるのだ。


「撃てぇ!」


 猛烈な砲声が轟き、30門の大口径砲が火を吹いた。

 地響きを立て放たれた砲弾は上空1リーグ近くまで撃ち上げられる。


 その後に落下するのだが、その時には重力に引かれてもの凄い速度となる。

 騎兵と同じく速力が武器となるが、むしろ砲弾の場合は威力となるのだ。



    ――――だんちゃーく! 今ッ!



 すぐさま観測兵が効射力を確かめようと双眼鏡を覗き込んだ。

 その時、眼鏡の彼方に見えたのは、累々たる炸裂した死体だった。


 だが、まだ砲撃は続いている。照準を変え、落下点が戦域全体へと広まる。

 同心円の波紋が広がるようにして、猛烈な砲撃の雨が降っていた。


「効射力ありッ! 敵陣最前列方陣は瓦解! 生存者僅かの見込み!」


 観測兵の声にキャリはニヤリと笑った。もちろんリティクもだ。

 近くに居た少佐ですらも醜いまでに片頬を歪ませて笑っていた。


「さぁ、遠慮無く撃ち続けましょうぞ」


 リティクは砲兵に発射サイクルのアップを命じた。

 1分当たり4発の射撃サイクルが6発に変わった。


 新式砲とて簡易的な尾栓構造でしか無いのだから無理は禁物。

 砲兵は薬室辺りにぶ厚い布を被せ熱湯を浴びせていた。


「あとは、あの薬室がどれだけ持つかだな」


 心配そうに砲兵を眺めるキャリは、ふとそんな言葉を漏らした。

 ソティスの兵器工廠で製作された新式砲は良き隣人の助けを借りて作られる。

 その構造はヒトの世界の砲と遜色がないとも形容される出来映えだ。


 だが、そうは言っても基礎的な冶金技術はお話にならないレベル。

 機械加工や熱間鍛造と言った工作ならばいくらでも真似事が出来るもの。

 しかし、加工は出来ても根本的な合金・冶金の技術はカバーし得ない。


 突き詰めれば、それこそが積み上げた経験であり技術の根幹だった。


「魔法による強化の効果に期待しましょう」


 リティクも何処か祈るようにそんな言葉を呟いた。

 製作過程において良き隣人の助けにより、構造体を大幅に強化してある。

 ソティス郊外の荒野にて限界砲撃試験を行い砲身命数は150とされていた。


 だが、全ての砲が150発を撃ちきれるなどとは誰も思っていない。

 その前に薬室破裂を起こす砲も出てくるだろう。



    ――――――死んでも良い

    ――――――義務を果たす



 そんな責任感がアッバース砲兵にはあった。

 戦場と戦闘を左右できる全能感に酔っているとも言えるのだが……


「第2陣と第3陣も瓦解! 後続陣営の前進は停止しました!」


 観測兵がそう叫び、砲兵陣地の各所から歓声が上がった。

 銃兵では止められなかった敵陣営の前進が停止したのだ。

 野砲こそが戦場の神であると証明された瞬間だった。


「宜しい。撃ち方止め!」


 キャリが指示を出し、砲兵の各サイトが撃つのを停止した。

 戦場に響き渡っていた砲声が止んで静まりかえった時、キャリは見た。

 濛々たる土煙が晴れ、草生す荒れ地が文字通りの荒野に変わっていた。


「砲を手入れしてくれ」

「畏まりました」


 リティクにそう指示を出し、キャリは本陣へと向かおうとした。

 だが、そんなキャリの耳に観測兵の声が届いた。


「敗残兵が立ち上がりました! 槍? いや、何かを持って前進を再開!」


 慌てて観測兵の所に来たキャリ。

 双眼鏡を受け取り覗き込んだ時、思わず『嘘だろ』と呟いた。


 僅かに生き残った獅子の兵士は、その手に銃を持っていた。

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