遠隔攻撃
~承前
ガルディブルク城の最上段。
広い王都で最も高い場所のここは、城下が一望出来るデッキがある。
普段、ここには国軍の中でも特別に選抜された者が陣取っている。
城下に侵入する賊徒を早期に発見する為、常時監視している場所だからだ。
この日、そのデッキには普段よりも遙かに多い人数が詰めかけていた。
遙か彼方にいる敵へ攻撃が可能かどうかの実験が行われようとしていた。
「じゃぁ、始めてくれ」
「畏まりました」
キャリの言葉にカカは意識を集中して水晶玉に魔力を注ぎ込み始めた。
ほんのりと明るく色付いた水晶玉の中に、遙か彼方の光景が映し出された。
この日、そのデッキに陣取るキャリの手下達は遠距離攻撃を企図していた。
僅かでも高度を稼ぐのは、魔力到達が地平の障害物に影響を受けるからだ。
――――超水平線攻撃を行うなら高度を稼ぐべきです
ヒトの少佐がそう進言し、キャリは思案してここを選んだ。
障害物をかわし、少しでも到達距離を稼ぐなんて初めての経験。
そして、その努力は見事に実を結びつつあった。
「……随分居るな」
ボソリと呟いたキャリの言葉でカカの集中力が僅かに乱れたらしい。
水晶球の映像がユラリと揺れ、キャリは己の悪手を知った。
そもそもに魔力を込めて何かをするなら、そこには極限の集中力を要する。
魔術の行使は術者の能力に左右されるから、外野は邪魔しないことが肝要。
僅かな間だが、キャリはそれを学んだ。
「では、始めます」
再び集中力を上げたカカは、水晶玉の中に小さな黒い点を浮かび上がらせた。
それが攻撃目標となるインジケーターポイントなのだろう。
ややあって城の裏庭に設置された攻撃拠点で魔力が高まてきた。
魔力を感じられる者ならば、それが異常なものだと気が付くだろう。
かつてはリリスが命を繋いだ龍脈の結節点なのだ。
ほっといても世界中から膨大な魔力が集まってくる……
「いきます」
カカの言葉と同時。攻撃拠点から何か見えないものが虚空へと消えていった。
それが悪意と敵意の籠もった特大の爆弾である事は誰もが知っていた。
なにより、ヒトだけが持つ純粋な悪意により、大きく改良された事も。
――――――爆弾の周囲に小石を貼り付けましょう
――――――膠でもアスファルトでもなんでも良いです
――――――近接距離における殺傷力向上です
ヒトのもたらしたその『知恵』は、イヌのエンジニアに嫌な顔をさせた。
最大効率でコスパ良く相手を殺す為の仕掛けは、陰湿の極みだと誰もが思う。
だが、同族闘争を続けてきたからこそ、ヒトはそれを知っているのだ。
結局は多く殺した方が勝つ。こちらの犠牲の数倍多く殺す方が勝つ。
至極当然の結果であり、それこそが自然の摂理とも言えよう。
主義や主張。或いは宗教。異なる風土と文化と神を巡って争い続けた宿痾。
同じ種族同士で徹底的に争った結果、最大効率で敵を殺す事に努力したのだ。
『ヒトとは恐ろしい思考をするのですね』
過日。改良された爆弾の起爆実験を見たキャリは、そう漏らした。
嫌悪感だけが滲み出るその言葉は、キャリを含めたイヌの総意だろう。
爆発実験で周囲に置かれた水桶や空樽は木っ端微塵に吹っ飛んだ。
それが人体だったなら。或いは馬や家畜などだったなら、どうなるか。
超高速の弾丸が四散するような代物は、使うべきではないとキャリは思う。
ただその時、カリオンはしばし沈黙した後で言った。
後年、太陽王となったキャリが幾度も思い出すことになる言葉だ。
『余を育てたヒトの男はこう言ったぞ』
カリオンの口から出て来るゼルの影武者だったというヒトの言葉。
相当な苦労を積み重ね、虚無的な諦観を全身に纏わせていたと言う男だ。
――――およそヒトと言う生き物はな
――――同族のヒトを殺す為の道具だけは心血を注いだ
――――ヒトの歴史は1万年を超えるが
――――その全てでだ
……と。
キャリは言葉を失い、ビオラもタリカも表情を硬くした。
同族に対する情や義はないのか?と、誰もが思うものだった。
『ヒトはヒトを信用しないのですね』
キャリがそんな印象を持ったとしても、それは誰も責められないだろう。
およそイヌには理解出来ない思想と思考がそこに開陳されたのだから。
だが、それについてリリスが口を挟んだ。
端から見ればヒトに見える今のリリスが……だ。
『それはイヌだって同じよ。全ての生き物は基本的に他人を信用しないの』
かつては帝后として君臨した彼女の言う言葉だ。
そこにどれ程の絶望が込められているのかは想像すら付かない。
だが、キャリの傍らに居て人々から好奇の目に晒される者達には痛感レベルだ。
事にケダマの姿となったタリカやネコの騎士であるビオラには殊更だった。
『ヒトに限らず全ての種族は同じ宿痾を抱えているのだ』
カリオンはキャリを見ながら切り出した。
王が王足る為に必要な心構えの全てを。
『他人を信用するかどうかは場面場面による。そして――
ジッとキャリを見つめるカリオンの眼差しに憂いの色が混じる。
キャリはそれを王の定めだと感じていた……
――信用した者に裏切られた時、人は絶対にそれを許せなくなる』
信用や信頼と純粋な悪意敵意は共存しうる。
そして、信じるという言葉がある故に武器や武装を洗練させる。
本質的な部分として絶対的に存在する絶望的な現実。
突き詰めれば、結局は信用への担保なのだ。
裏切られた時に相手を殺す為に必要なのだ。
故に、信用はしても信頼をしてはいけない。
信じ用いても良いが、信じ頼ってはいけないのだ。
その苛烈な道のど真ん中を、太陽王カリオンは歩いていた。
キャリはその姿を眩しいとすら思った……
「どうだろうね……」
遙か彼方の空を見ているキャリ。その背中をジッと見るタリカとビオラ。
新しい国を作っていこうとする若者達の未来は、この戦闘に掛かっていた。
「到達しましたので、後は……城内の太陽王陛下がご覧になってるでしょう」
カカは手応えアリと言わんばかりの表情でそう言った。
遙か彼方の地にいる敵は、いきなり現れた爆弾に四苦八苦しているであろう。
キャリは小さく首肯したあと『城内へ向かう』と発した。
その言葉を発した後で、ふと思った。
この技術が他国へ流出していったなら、ル・ガルもただでは済むまい……と。
――――太陽王執務室
ル・ガル首脳部と呼べる面々が揃う中、カリオンはジッと水晶玉を見ていた。
カリオンの隣にはジョニーとリリス。その向かいにアレックス。
周囲にはドリーを除く公爵家の当主達。そしてウォークとヴァルター。
城詰めの魔導師達もが興味深そうに見ている中、水晶玉の光景が動いた。
次々と大爆発が発生し、その都度に鮮血と身体のパーツが飛び散っていた。
「ほぉ……良いじゃないか」
ニヤリと笑ったカリオンは、ロナの作った遠見の魔法でご満悦だ。
そこに写っているのは、遙か彼方にいるネコと獅子の軍勢だった。
獅子の残党とネコの遠征軍団は、合流後にとんでもない規模となっていた。
ぱっと見では10万規模を遙かに超え、20万規模の大軍団だ。
その軍勢が東を目指して淡々と行軍しているのだ。
フィエンの街から西方へ凡そ15リーグの広大な荒れ地が兵士で溢れていた。
「これ程の威力とは思いませんでしたな」
ハクトも唸るそれは、カカとロナの新しい魔術による連係効果だ。
遠隔攻撃を可能とした新しい魔法の使い方。そしてそれを観測する技術。
ヒトの知恵がガルディブルク城の中で炸裂している現状は少々面白く無い。
しかしながら、常識の範囲外で繰り広げられる新しい戦術に全員が狂喜した。
魔法はまだまだ発展できる。常識を越えた領域へ一歩を踏み出せる。
その余地となるものをこの目で見られると言うことが嬉しいのだった。
ただ……
「しかし……これは少しばかり……酷いですね」
ヴァルターが懸念を持ったそれは、現場における大混乱だ。
魔法により転送された爆弾は、現場に現れるなり大爆発する。
その大爆発は魔力では無く物理的なものだ。
魔導師や魔術師の類いは『何かが来る』と察知は出来ても対処できない。
目の前に現れた瞬間、ドンと大爆発して超高速の礫を四散させる。
その礫は人体を容易に挽肉レベルへと変えてしまう悪魔だった。
正々堂々と戦い、実力で相手をねじ伏せる。
そんな『綺麗な勝ち方』の対極にある勝ち方だった。
「……恨みを買いそうですわ」
少しばかり沈んだ声でそう言うジャンヌは、夫ルイの腕をそっと掴んだ。
あまりに凄惨な光景が広がり、言葉を失っているのだ。
剣や槍を戦わせての戦闘は散々見てきたし、銃で撃たれる者も見た。
だが、突然現れて大爆発する純粋な爆発の暴力は、人間を押し潰し引き裂く。
――――――このような勝ち方は正しくない
この世界の正論に照らし合わせれば、この戦果は誇れないものだ。
しかし、一切の道徳的な倫理観を飛び越えた視点で見れば、最高の戦果。
こちらの犠牲は全くなく、一方的に敵を屠っているのだった。
「やはり、全て死んでもらうのが上策かも知れませんな」
銃兵や砲兵を差配するアッバース家のアブドゥラですらもそんな言葉を漏らす。
次々に送り込まれる強力な爆弾は、正確無比に敵陣へと届いていた。
魔法障壁は意味を成さない。方陣を作って防御を固めても効果が無い。
兵士が縦を翳して隠れる隙間を作っても、その中心部に爆弾が現れるのだ。
そして、背中の辺りで大爆発すると、兵士達が次々に四散していた。
「そろそろ……先頭の軍勢が壊滅しますね」
常に冷静なウォークがそう呟く。
四角い塊となって前進している軍勢の最先頭部はネコが中心らしい。
その他にも雑多な種族が見えているが、問題はそこでは無い。
無線機など無い環境では、指揮官の声が届く範囲は常に規律良く動くもの。
しかし、崩壊しかけている方陣を見れば、そこに指揮官が居ない事が解る。
「あそこには……居ないだろうな」
カリオンが言うそれは、例の七尾なキツネだ。
ネコの女王の王配であるエデュ・ウリュールに化けたキツネ。
およそ相手をペテンに掛ける事に関しては、他種族の追随を許さぬ種族。
そんなキツネの中でも、九尾に近い存在なのだろう。
どんな手段を使ったかは解らないが、今ではすっかり獅子をも従えている。
獅子の残党軍やネコの軍団。そしてシーアンから来た補助軍。
それらを横断して差配する三軍指令にでもなったのかも知れない。
「恐らくですが、魔法を使う存在ならばこれから解るでしょう」
カリオンを宥めるようにルイがそう言うと、ジャンヌは満足そうに夫を見た。
その直後、荒れ地を行く軍勢の各所で猛烈な大爆発が発生した。
「……ルイの予想通りだ」
ジョニーはニヤリと笑ってルイを指差しそう言った。
遠征してきた軍勢が各所で強力な魔法障壁を展開したのかも知れない。
それに反応した転送爆弾が一斉に襲い掛かり、魔法を使える者から死に始めた。
こちらは魔法を使う事無く、一方的に戦果を上げている。
その事実がル・ガル指導部の気を大きくし始めたとしても、やむを得ない……
「これだけの被害を与えられるなら、いっそ打って出ても良いのでは?」
トラの魔導士であるルフは率直な言葉でそう言った。
敵側に負けを突きつけるには、やはり打ち負かす事が必要だ。
「いや、ここは一つ、魔法で滅んでもらうべきでしょう。こちら側の手の内を全部見せる事になったとしてもです」
あくまで慎重姿勢を崩さないウォークは、手にしていた手帳を見つつそういう。
そこに掛かれているのは財務長官の報告から逆算したル・ガルの余力だ。
ただ、現実にはまだ積み重ねられる借金の余地でしかないのだが……
「父上」
その場にやって来たキャリは、水晶玉を見ているカリオンに声を掛けた。
浮かれた様子とまでは行かないが、それでもご機嫌は悪からずだ。
「カカと言ったな。そなたの編み出した戦術、効果は大なり」
真っ直ぐな言葉でカカを褒めたカリオンは、ニヤリと笑って水晶玉を指差した。
ロナによる遠見の術で見えているのは、現地で次々に大爆発する樽だった。
「あの樽1つで……凄まじい威力ですね」
自分では無くカカに声を掛けたカリオン。そんな父にキャリは続けてそう言う。
少しばかりの妬心が見え隠れしているようにも見えるが……
「殿下。やはり打って出るべきです」
「手前も同意見に。現地に立って威光を知らしめるべきです」
キャリの側近ポジションに居るビオラとタリカがそう言った。
そんなふたりをチラリと見てから、カリオンはキャリを見て言った。
「お前はどう思う?」
次期太陽王へスタンスを諮問する。それこそが最高の教育なのだ。
失敗できる環境で失敗させておくことも、将来につながるのだから。
「……やはり打って出るべきかと。ただし――
キャリは室内をグルリと見回してから続けた。
自分の方針。自分の考え方。そう言ったものを全員に知らしめるように。
「――敵とは直接戦わず、相手が疲弊し撤退するよう仕向けましょう」
積極的な消極的戦闘。
そんな矛盾したやり方がキャリの口から漏れた。
しかし、それが現状に於いて唯一無二の正解でもあった。
「そうだな。国政を鑑みれば積極的な戦闘は望ましくない」
カリオンは手短にそう表現し、キャリの案を事実上認めた。
戦果は欲しいが金が続かない。そんな厳しい局面では、これしか手が無い。
故に……
「では、遠隔攻撃を続行し、その間にこちらはフィエンの街くらいまでは進出しましょう。希望する住民の後退を支援し、合わせて敵側に麦一粒残さぬよう、全て焼き払っておけば良いのでは無いでしょうか」
タリカはそう進言し、キャリの反応を待った。
冷徹な参謀のポジションに就いたらしい彼女(?)の知謀。
キャリはしばし考えてから口を開いた。
「敵側に姿を見せ、こちらに誘い込むのも良いかも知れません。二段構えで進軍する形にし、後続集団は砲兵や銃兵を主力として敵の殲滅を計りましょう。そうすれば敵側は遠征距離を稼がざるを得ず、また、補給線が伸びきった所で戦闘する羽目になります。彼の国が土工に才あるのは承知の上なので、補給線の整備を計ったならば、完成した頃に橋なり拠点なりへ遠隔攻撃を行います。これで敵側は沿線戦力だけで無く補給線の維持にも経費を投入する羽目になり、いくら彼の国が強大でも疲弊するのは間違い無いかと」
典型的な突撃将校方の王だけにはしたくなかった。
潜在的にそう思っていたカリオンは満足げに首肯した。
ただ……
「二段構えの進軍は予算を喰うものだ。それについてはどうする?」
更なる思考を促し、問題点を洗い出させたうえで改善策を求める。
PDCAサイクルと言う回し車の中で走り続ける事が王の義務なのだから。
「手持ち糧秣を少なくし、進出した先で備蓄食料を食べ尽くすようにして経費削減を図りましょう。幸いにしてフィエンまでは進出が容易です。そこを前線拠点にした上で、我々の躍進距離範囲内は敵側に何も渡さない様にしましょう。あと――」
キャリはいったん話を切ってドリーを見た。
家庭教師的なポジションにいるドリーは、静かに笑っていた。
教え子であるキャリの確かな成長。そこに得も言われぬ満足感を覚えたのだ。
「――敵側の後続隊や後方からの輸送団列を積極的に遠隔攻撃し、最終的には干殺しにしてしまうのが確実かと思います。水も食料も絶って弱体化させましょう」
キャリの提案である作戦は至ってシンプルかつ明瞭だ。
だが、現状のル・ガルでは最適解とも言えるのだろう。
「よろしい。ジョニー。作戦について国軍本部へ通達しろ。必要な規模を算定し明日までに作戦計画書を作らせるんだ」
一晩でそれをやれという方が常軌を逸脱したハードさだろう。
だが、それをやって退けてしまうのもまたル・ガルの実力だった。
「ウォークは財務算定について指示を出せ。最後の最後にしたいのだから、ここは出し惜しみするなと一言付け加えてもらいたい。ここが勝負どころだ」
財務を預かるアッバースの面々は間違いなく頭を抱える事だろう。
だが、どうしても必要な事なのだから頑張ってもらうより他ない。
「畏まりました。恐らくはあらん限りの罵詈雑言を綺麗に飾り付けた報告書が上がって来るでしょうから、私が清書しておきます」
カリオンが何故ウォークにそんな指示を出したのか。
その答えを見事に言って退けたウォーク。
キャリは小さく『なるほど』と呟き、僅かに首肯した。
側近中の側近を通して指示を出す事により、緩衝帯を挟めるのだ。
そして、王には言えない率直な不平不満を掬いあげる事も出来る。
「さて、今回で国難を封じ込めたいものだ。今回は余も出向くぞ。最後の総力戦としたいからな」
最終責任者が戦線へ赴く。
たったそれだけの事で、大きく士気が向上する事もある。
この数年で大きく疲弊し実力を落としたル・ガル国軍だ。
安定した回復期を得んとする為、最後の挑戦が始まろうとしていた。