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心と身体と

 アチェーロへと首飾りが届いてから数日。

 琴莉は二日に一度、店のステージで歌っていた。


 三回目にして固定客が付き、琴莉専用のチップ壷には毎回軽く十トゥンの上がりが入るようになっていた。

 歌い終わる頃には馴染みになったファンからワインを勧められ、顔を赤くして舞台裏に下がり、『酔っ払った!』と漏らす。

 房事目的では無く『我が家へ歌いに来てくれないか?』とオファーも来た。

 確実に認知が進んでいるのだが、それと同時進行で困った問題も出てくる。


「エゼキエーレさん 彼女は上に行かないのかい?」


 下品な笑いで期待する親父どもをよそに、琴莉は舞台裏で着替え店の女中になる。

 実はエルマーお下がりの豪華なドレスから、これまたエリーお下がりのメイド衣装。

 だけどそこには、女の意地とプライドが染みついていて、決して琴莉は嫌では無い。


「あぁ、彼女は大食堂の女中だからね」


 琴莉がヒトであることは皆知っている。

 ただ、ネコの国の法ではヒトと言えどもいきなり押し倒して良いわけではない。

 また、本人の同意無く事に及べば暴行罪と姦通罪となる。


 人間の範疇に入らない分だけ、強姦罪ではなく姦通罪なのが口惜しい。

 しかし、少なくとも身の安全は護られる。そこだけはありがたいと皆が言う。


 一晩に一人と言うことで部屋の掃除をしなくなった琴莉は、客のチップ収入がない分だけ、店に立つ事でチップを稼いでいた。

 客を取るのでは無く歌うのだから、それほど危険では無い上に、クワトロの裏課業の男達はボーイとして店内に何人も居る。身の安全は保証されていると思って良い。

 だが、ここに重大な落とし穴があった。当のエゼキエーレまでもが見落としていた。

 なぜ娼館の娼婦が首もとに首飾りを巻くのか。一番肝心の部分を皆がすっかり見落としていたのだった。


「店主はいるか!」


 琴莉のステージが終わってしばらく経った頃だった。

 街の保安官がクワトロの店にやってきた。


「ハイハイ、なんでしょう?」


 最初に応対したのはリベラだった。


「野良のヒトが居ると聞き保護しに来たんだが、その、ヒトは何処にいる?」


 フランシス卿がまた余計な事を始めた。店の人間は皆そう思った。

 保安官の立場を示す赤と白の腕章は国家騎士待遇を示すものだ。

 少々の役人ならば突っぱねる権力がある。


 そのかなりまずい人間が店の中に入ってきた。

 リベロを始め、皆はどうやって時間を稼ごうかと一瞬考えた。

 どんな手段を使ってでもアチェを逃がす。

 

 そうしないとエゼキエーレが本気で怒るだろう。

 どうしたら良いだろうか?と思案するのだが。


「全員動くな!」


 保安官になんと言おうか逡巡したリベラの耳に飛び込んできたのは、フランシス卿率いる街の役人達が叫んだ声だった。


「風俗営業法に基づく臨時検査を行う。全員今すぐ外に出るんだ」


 精一杯の声量で叫んだフランシス卿。

 勝ち誇った様な笑みで店内をグルリと見渡し、琴莉のチップ壷が既に店裏へ片付けられているのを確認する。これでエゼキエーレが琴莉を奴隷に使ったと立証する。先日の一件でフランシス卿は壷にお金を入れて帰った。

 故に、琴莉を使ってエゼキオーレをねじ伏せる手は随分と減ってしまった。だからこそフランシス卿にしてみれば、何が何でも有罪にしないと気が済まないのだ。


 出世争いを繰り広げる同世代の役人グループでは、統治能力と運営実績が大きくものを言う。所轄地域の商店主や事業主に文句を言わせず、きっちり税を徴収し、その上で地域を発展させる事が大事だ。

 だが今回、エゼの打った手でフランシス卿はその実績に大きく泥を塗られている。素直に指示に従えば丸く収まったのにと、全く持って上から目線でしかモノを考えられないナチュラルコミュ障の哀しさだ。


 勝利を確信していたフランシス卿だが、その直後、不機嫌な声が店内に響いた。


「おぃてめー!」


 喚いたのは保安官だった。

 水を打ったように静まりかえる店内。

 誰かが唾を飲む音までも店内に響く気がした。


「誰に断って臨検始めやがった!」

「はぁ?君は何者だね?」


 不機嫌を装って歩み寄ったフランシス卿は己の悪手を悟る。

 国家騎士の保安官相手に権力闘争するほど愚かな事はない。


「改めて名乗った方がいいのかい? 田舎モン」

「いっ いえ、とんでもございません」

「わかりゃ良いんだよ、わかりゃ」


 保安官は手近にあった椅子に腰を降ろした。

 隣に座っていた見知らぬ客が一瞬引きつった笑顔を見せた。

 その笑顔にニヤリと笑みを返し、その男のエールを一口呑んだ。


「これ、旨いな」

「でっ でしょ!」


 ニヤリと笑った保安官はフランシス卿を指差した。


「査察は良いが、こっちが先だ。もちろん同意してくれると思うが、どうだ?」

「もちろんですよ。待たせていただきます」


 フランシス卿の笑みはこれ以上無い位に引きつっている。

 その表情を鼻で笑った保安官は店内をグルリと見回し、琴莉に目を付けた。

 一瞬、肉食獣の獰猛な眼差しに貫かれ、琴莉は身を堅くした。


 そんなタイミングでエゼキエーレが姿を表す。

 隣にはビアンコがいた。


「保安官どの。どんなご用件でありましょうか」

「いや、ここに首輪の無い野良のヒトがいると聞いて保護しに来たんだが」


 保安官とビアンコがニヤリと笑った。

 その僅かな動きにエゼキエーレも笑った。


「そこの君、首輪を巻いているかね」


 自分の部屋で事に及んでいた最中だったミーナは、店に入るなりそう聞かれた。

 慌ててメイド服に着替えて客を追い出し、レストランへ降りて来た所だった。


「これ、取りたくっても取れないんですよ」


 ミーナはカラーを外し、娼婦の首飾りを見せた。


「あぁ、そりゃそうだな。聞けば鑑札で封をしてあるとか」

「そうなんですよ。だから時々息苦しくて」


 ウンウンと頷く保安官は次に琴莉を指差す。


「君は?」


 あ…… どうしょう

 そんな表情を浮かべた琴莉。一瞬、フランシス卿が笑った。

 だが、ビアンコはそのタイミングで口を開いた。


「アチェーロ。首飾りはどうした?」


 ビアンコの声に最初に反応したのは保安官だった。


「おや? 不着用ですかな?」

「あぁ、なんせその子は歌うたいだからね。首もとが重ければ声が出ないだろ?」

「なるほど」


 白々しい会話が続き、フランシス卿はこれが茶番であると気が付いた。

 つまり、今夜の査察がバレていたのだと気が付く。


「アチェ! 大事なモノを忘れんじゃ無いよ」


 そんな言葉と共に姿を表したフィオは、ビアンコに例の首飾りが入った箱を手渡した。


「なんだ、ちゃんと有るじゃないか。アチェーロ。こっちへおいで」


 ビアンコに呼ばれた琴莉は一瞬足がすくんだ。何をするのか察しが付いたからだ。

 だけど、その背中をエリーが押した。耳元で小さく『悪い人じゃ無い』と囁いた。


 エリーに背を押されビアンコの前にやって来た琴莉。

 哀しみに満ちた目で琴莉はビアンコを見上げた。

 その頭に手を載せたビアンコ。身長差が三十センチ近くあり、まるで大人と子供だ。


「ほら向こうをむいて」


 ビアンコに背を向け足った琴莉。

 そのネコの男の手で背なのファスナーが下ろされてしまうんだと。

 琴莉は覚悟を決めた。ここへ来た時から、いつかこんな日が来ると。

 そう、漠然とした覚悟していたはずだ。


 背中にビアンコの手が触れた。

 琴莉は目を閉じた。



                         泣くもんか……



 意地を張ろうと、奥歯を噛み締めた。


「やっぱり似合うじゃ無いか」


 ――――え?


「こっちを向いてごらん」


 目を開けた琴莉は振り返った。

 袖を通していたお下がりなメイド衣装の、その雪のように白いカラーの周りに巻かれた恐ろしく豪華な首飾りは、改めて見ればピンクゴールドとシルバーを組み合わせ、真っ赤なルビーをあしらった逸品だった。


「あの……」


 ビアンコの目が優しく笑った。

 心配するなと、そう言われている気がした。


「妻に先立たれ女っ気の無い我が家だが、家には女房以外の女を入れたくないんだ。女は妬くだろ? だからな、この子はエゼキエーレに預けてある。つまり、クワトロの商売とは関係ないんだ」


 保安官に説明しているようで、その実、クワトロの声はフランシス卿へ向けられた。

 ウンザリとした風に首を振って、どこと無く見下す視線で役人を睨み付ける。

 そんな一連の動きを全く淀みなく、尚且つ、優雅に行い振る舞う。

 

 御年五百才を越えるという百戦錬磨な老練の商人は、フランシス卿を目で殴った。


「なるほど、そう言う事なら当たり前ですな。まぁ、念のため、こちらに居るヒトを全て集めてください」

「はい、承りました」


 リベラは走って行って館内のヒトを集める。

 同時に、まだ客の居る個室を全部回って声を掛けた。

 幸いにして、まだ真っ最中という部屋は無く、二人並んでワインを飲んでる部屋ばかりだった。

 なんやかんやで恙なくヒトの検査は終わり、保安官は薄ら笑いで立っていた。

 その向こうにいるフランシス卿は敗北感に打ちひしがれているようだが……


「すまないね。随分待たせたようだ」

「いえいえ。お仕事ご苦労様です」

「あぁ、そうだ。最近は賄を貰って特定業者に利便を図るダメ役人が多いんだそうだ」

「……そうですか。ソレはいけませんね」


 引きつったフランシス卿を睨み付けた保安官。

 チラリと見えた家紋は侯爵家に連なる者の様だった。


「全くだな。近々都からお達しがあるだろうけど、不正の証拠を掴んだら厳正に対処せよと内々に通達があった。市民の安全を守り公平な社会を作る為だ。是非協力して欲しいモノだが、一つ頼みますよ」


 フランシス卿の肩をポンと叩き、保安官は店を出て行った。

 その背中を見送るフランシス卿が握りこぶしをプルプルと震わせていた。

 一瞬の刹那、琴莉の近くにいたビアンコは、琴莉を引き寄せ耳元で囁く。


「悪いようにはしない。ただ、覚悟はしておくんだ。人は誰だって生きてる限り汚れるもんだ」


 驚いてビアンコを見上げた琴莉。

 覚悟をしておけと言うのは、おそらくそのままの意味だろう。

 今更房ごとが怖いなどとカマトトぶった未通女(おぼこ)を演じるつもりは無い。

 五輪男と過ごした夜を思い出せば、(はら)の奥にまだ夫の熱愛(ぬくもり)を思い出す。


「どんなに身体が汚れたって洗えばおちる、どれほど自分の手を汚したっていくらでも綺麗に出来るさ。だが、心だけは絶対に汚すんじゃない。汚されるんじゃない。君にだってほれた男の一人や二人はいるだろう?」

「……私には夫がいるんです」

「なら、意地を張って生きろ。また会えた日に。胸をはって向き合うためにな」


 ビアンコを見上げていた琴莉は悲しそうに俯いた。


「もう会えないかもしれないんです。もう半年になるのに」


 唇を噛んで震える琴莉。

 その背中をビアンコが優しく抱いた。


「夢に夫が出てきたらどうする? 君の心が汚れていたら、君は夢の中で夫の目を見ることが出来なくなる。夢の中で再会した夫の前で気まずい思いをするだろう。通りの向こうを歩いていた夫に声を掛けようとして、そしてそれが出来ず声を飲み込んで夫は行ってしまう。その背中を寂しく見つめるなんて、やりたくないだろ? そうなりたくなければ、心だけは愛する夫にとって置いてやればいいさ」


 振り返った琴莉はビアンコをもう一度見上げた。

 その目には光るモノがあった。

 

「後は、俺が何とかしてやるから心配するな。君と君を大事にするネコの夫婦と、そしてこの店の女たちの為にな」


 琴莉の頭をポンと叩いて、そしてビアンコはフランシス卿を見た。

 フロアの向こうにいた役人衆は、本気で悔しがってい居るようだが。


「まぁ、そんな訳で」


 フロアに響くビアンコの声。


「エゼキオーレ。後は頼んだぞ」

「はい。承ります」

「さて、飯にするか。腹も減ったしな」


 ハッハッハと笑いながら階段を上ろうとしたビアンコをフランシス卿が呼び止めた。


「ビアンコさん。一つ教えてください」

「なにかな?」

「なぜこちらにヒトを預けてらっしゃる?」


 フランシス卿の質問は有る意味で試すようなものだった。

 だが、ビアンコは間髪入れず即答した。

 まるで待ってましたと言わんばかりに。


「理由は三つある。まず一つ目。ここは安全だからだ。お役人から見たら娼館かもしれないが、ここは無理に客を取らせる事がない。部屋に上がった客を向こうに女はハッキリ嫌だと言えるんだ。そんな娼館が他に何処にある? 難癖付けて娼館にしたい下衆も居るらしいが……」


 ビアンコの眼差しが心底見下すような棘を帯びた。

 フランシス卿の目は無意識に宙をさまよい、話の間に酒の香が紛れ込んだ。


「それ故に、預けておいても安心だ。嫌だと言われ無理矢理手込めなんて乱暴沙汰をここでやったなら、そんな馬鹿男は碌な目に合わないだろうさ。だろう?」


 何とも楽しそうなビアンコは、軽蔑の眼差しで話を続ける。


「二つ目は信用だ。ここで飯を喰うにしたって安くない。オマケに個室でゆっくり食べるなら、それなりに小遣いを切らなきゃならない。全部で十トゥンを単に飯代と割り切れる奴なら、それなりの人間な筈だ。安売りしないからこそ信用しているんだ。財布の底を掻きむしった小銭で安酒を煽り、日頃の憂さを女の(はら)に捨ててくようなクズは、この店の敷居をまたぐ事も出来やしない。貯める事しか知らない貧乏人は金の使い方を知らないのさ。だから何処へ行ってもお客様は神様ですなんて与太を飛ばしやがる。そんな世間の底辺が集まるような場所じゃないだろ。そうは思わないか?」


 遠回しに守銭奴と罵られていると気が付いて、フランシス卿の顔色が変わった。

 だが、その向こうで相変わらず楽しそうに語るビアンコは、興に乗っているようだ。


「そして三つ目は馬鹿馬鹿しい程に私的な理由だがね」


 クククとこもった笑いを漏らし、今までに無いほど相手を舐め腐った眼差しで見たビアンコは、部屋へ行く仕度を調えて待っているエリーを指さした。


「以前、妻亡き後に後妻を取ろうと、まぁ、ちょっと唾を付けた女を家に入れた事があるんだがな」


 唾を付けたと言う言葉の意味を『そのまま』で受け取った琴莉。

 どこか嬉しそうにその言葉を聞いているエリーには、誇らしげな微笑みがあった。


「夢の中で女房が出てきてな。お気に入りだった椅子に座って、私の方を見ずにプイとそっぽを向いたまま口を尖らせておって……」


 ビアンコはちょっと恥ずかしそうに頭をさすった。

 やや薄くなった頭頂部に触れて遠くを見て、そして、もう一度エリーを見た。


「どうした?って声を掛けたらな、一言『うそつき』と言われ、そのまま泣かれて困ったのさ。男の甲斐性ってのは、そういう部分で襟を正せるかによると思わないか? 心を通わせる女は女房一人だ。後妻を取るなら、それ相応の手続きが居る。この世の話じゃないんだよ。なんせ女房はあの世に居るんだ。もう一度夢に出てきて『女の一人や二人面倒見ろって言われるまではな、寡婦暮らしで我慢しなきゃならない。男だって意地を張るのさ。粋で鯔背な恰好いい男ってのはそう言うモンだと思うんだが、君はどう思うかね?」」


 そんな言葉を聞いていた店内の客たちから、時ならぬ喝采が湧いた。

 ビアンコにワインを勧めながら『あんたは(おとこ)だ』と中年オヤジが賞賛した。


「くだらない自分のメンツに汲々とするような奴は、まだちょっと男が足らんね」


 そんな言葉にもう一度喝采が湧き、その中をビアンコが横切っていった。


「まぁ、そんな訳で、もう一人、預けてある女が私を待ってるから行かして貰うよ。なに、この歳になるとな、女を向こうに一晩頑張るなんてもう無理さ。愚痴を聞いてやって、誰にも見せない涙を拭ってやって、安心して女が眠れるようにしてやるのも男の甲斐性だ。男は女から産まれるんだぜ? その女を大事に出来ない奴は男とは呼べんな」


 そのままエリーの腰に手を回し、ビアンコは階段を登っていった。

 途中からよく通る声でビアンコが言う。


「アチェーロ! チップを弾むから歌を一曲歌っておくれ!」


 その声に琴莉は明るい声で応える。


「後で伺います!」


 これ以上無い位に格の違いを見せつけられプライドをへし折られたフランシス卿。

 もはや査察をする気も失せ、短く『帰るぞ』とだけ行って店を後にした。


 ――――お役人さまにゃこの店はちょっと手強いんじゃねぇっすか!


 どっかからそんな声が聞こえ、店の客がドッと笑った。

 レストランから『上に登れる』だけの男はそれほど居るもんじゃ無い。

 そこらの安い夜鷹を買うのとは訳の違う場所だ。


 鼻を鳴らして不機嫌そうに帰って行くフランシス。

 それを見送った客が通りへ唾を吐いた。


「ところでアチェーロちゃんの歌声は、どんな相場だい?」


 クワトロで馴染みになっている商店主が琴莉の袖を引いた。

 ちょっと嫌がったフリをして、そして両手の指を全部伸ばして見せる。


「ビアンコさんにはこれだけ頂いています」


 ヒェー!っと驚く声があちこちから漏れる。

 クワトロの店で一晩遊んだって五トゥンか六トゥンだ。

 その部屋に琴莉を呼ぶと十トゥン。

 ちょっとやそっとじゃ使える金額じゃ無い。


「まぁ、お気持ちで結構ですよ。ただ、二回目は無いかも知れませんが」


 ちょっと強気の言葉を吐いた琴莉。

 シュンとした客を見ながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 だが、その一言が命取りになったのを知るまで、それほど時間は掛からなかった。



 一週間ほど経った日の夜。

 再び琴莉はステージで歌っていた。

 多くのファンが詰めかけ耳を傾け、そして美味い酒を飲んでいる。

 それに混じり、ネコの国軍の厳つい騎兵が何人も混じっている。


 拍手と喝采を集め、それに手を上げて答える琴莉。

 しかし、その浮かべる笑みには、隠しようのない憂いと陰があった。


「しかし、アチェちゃんの歌声はいつ聞いても良いな」

「全くだ。夜は夜であの声で可愛く鳴いてくれるんだろうなぁ」

「だよなぁ。駐屯地来てくんねぇかなぁ」


 賞賛のその真ん中に居る琴莉の目は死んだ魚のようになっていた。

 そんな姿を気にも留めず、下卑た笑みを浮かべねめ回すようにして、ネコの騎兵たちが眺めているのだった。



 

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