全く新しい魔法の使い方
~承前
その光景を見た時、誰もが息をのんだ。
今の今までそんな光景を誰も見た事がなかったから。
成人男性よりも遥かに大きな鳥がセンリ達の頭の上を越えていった。
ただ、その鳥はどう見たって生き物には見えない姿をしている。
紙かは布かは判らないが、何らかの人工物なのは間違いない。
「ヒトってのは……恐ろしいもんを思い付くねぇ……」
感心したようにそう漏らしたセンリは、ヒトのアイデアに舌を巻いた。
それは、魔法発火式の爆弾を魔法生物に運ばせる誘導爆弾だった。
遠く離れた茅街では、魔法を使った様々な事業が行われているという。
その中で導き出されたらしい、魔法を活用した戦い方だった。
「これなら魔法の効果も安定しますね」
国軍の兵士達も感心したように言うそれは、魔法を軍事転用する弱点だ。
自然現象の魔法は、その威力がおよそ術者の能力や熟練度に大きく左右される。
熟達した者が使う突風の魔法も、素人にはそよ風程度となってしまうのだ。
一つの兵器として魔法を考えた場合、それでは正直お話にならない。
定量的に威力と被害を計れなければならないからだ。
実際にやってみて使い物になりませんでした~では済まされない。
それ故か、獅子の国の様に子供の頃から厳しく育てられ選別されねばならない。
また、全く適性がない者だって存在し、その者達の戦力化も重要になる。
膨大な人口を抱える大国だけが魔法を戦力にできる理由はこれだった。
茅街のヒトは、それをひっくり返したのだった。
「私の弟子がこんな事を言い出したら、即刻破門だよ」
センリが苦笑いしつつそんな事を言うと、周囲に小さく笑いの輪が起きた。
ただ、そんな輪を掻き消すように、次々と連鎖爆発が発生した。
「威力の固定化だなんて、誰が思い付くって言うんだい……」
そう。それこそが発想の固定化・固着化と言われる弊害だ。
術者によって威力が変わってしまうなら、逆に威力の固定化を考える。
魔法で被害を出すのではなく、被害を魔法で運べばよい。
そんな柔軟な発想こそがヒトの真骨頂でもある。
茅街で行われている肥料の生産で、誰かが思いついたのだろう。
ハーバーボッシュ法により、空気からパンを作り始めた結果だ。
――――――高温高圧の反応炉が作れない
――――――ならば魔法と精霊達の力を借りよう
最初は突拍子も無い発想だったはずだ。
それを聞いて意味を理解する魔法使いや魔導師など存在しなかっただろう。
だが、目の前で『何をしたいのか』を科学の力でやって見せた。
大規模にやるにはこの世界の基礎技術力では到底不可能だった事を。
故に、高温高圧を実現したり、気密を厳重に行う手助けを依頼する。
その結果、現在の茅街では月産30トンを超える窒素系肥料を生産していた。
茅街から伸びる鉄軌道のレールは、熔鉱炉を魔法で実現させた。
内燃機関の燃料は石炭液化技術の根幹部を良き隣人に頼った。
そして遂に茅街の住人は、硝酸の大量生産を可能とした。
硝酸化合物であるニトロを含め、無限に広がる可能性を秘めていた。
「あれを運んでいるんですね」
誰かが空を指差して言った。
そう。魔法で作られた鳥は自律型の魔法ドローンだ。
ただの布や紙に精霊や良き隣人が力を与えて擬似生物にする。
彼等はそれを面白がって飛ばし、敵へと運ぶ。
「あぁ。爆弾って奴だ」
センリが言うとおり、その魔法の鳥は肥料生産の過程で生まれた爆弾を運ぶ。
空気から硝酸が大量生産出来る関係で、強力なTNT爆薬が生まれるのだ。
単なる黒色火薬などとは全く次元の異なる威力と扱いやすさ。
ヒトの世界から落ちてきた者達による知識と知恵が導き出したものだった。
「恐ろしい仕組みですね」
誰かが言った通り、これは今の今まで誰もやらなかったシステムだ。
本来なら絶妙に隔絶された別の世界でこちら側を見ているだけだった存在。
そんな者達にこちら側への干渉手段を与えた事になるのだ。
「あんな事をして大丈夫なんでしょうか?」
誰かは知らないが、誰だって不安になる光景だ。
次々と爆弾が爆発し、次々と死傷者が生まれている。
「術者がマトモなうちは大丈夫だろうが、その後が心配だねぃ」
センリも気を揉むそれは、良き隣人が死者の発生を無邪気に喜んでいる事だ。
本来であれば相互に不干渉だった筈なのに、今は遠慮なく人間を殺している。
それを彼等が楽しいと学んでしまったとしたら……
――――彼等が遊びでそれをやりかねない
人間とは全く異なる価値観を持つ彼等だ。
理由も無く人を殺す事は禁忌と言う部分を理解しえない。
故に今度は、彼ら自身が彼らの力を使って人を殺しかねない……
――――――上手くやるんだよ
――――――イヌとヒトの重なり
センリは腹の底でそう祈った。
彼方に見える獅子の陣地は、次々と投下される爆弾でズタズタになっていた。
――――――同じころ
城のバルコニーから戦況を見ていたカリオンは、その威力に戦慄していた。
茅街からやって来たヒトとキツネの重なりである藍青と紺青の陰陽術にも。
「あれは……大丈夫なのか?」
カリオンとて魔術の手ほどきは受けているし、簡単な魔術なら自在に使える。
そんな魔術的知識の中で導き出される恐怖心は、ある意味で共通のものだった。
「御心配には及びません」
「あれは単なる芸の様なものです」
藍青と紺青が順繰りにそう応え、カリオンは『そうか』とだけ応じた。
実際の話、生命を持たぬものに疑似生命を吹き込んで使い魔にするのは定番だ。
あのウォルドもリベラとの戦闘で紙の使い魔を戦わせたくらいに。
実際の話としてこのふたりが行っているのは、単なる芸レベルだった。
TNT火薬で作られた強力な爆薬を持たせ、勝手に飛んでいく物騒な使い魔。
非常に単純な仕組みで、強い敵意を持つ魔法に反応しているに過ぎないのだ。
「魔術ってこんな使い方も出来るのね」
少し悔しそうにリリスが漏らすと、ウィルがフォローするように言った。
「これを思いつく魔導師や魔法使いなど居りません。これはヒトの知恵でしょう。少なくとも私だって考えた事もありませんでした」
ウィルの発した言葉にリリスは新鮮な驚きを見せた。
ただ、それもやむを得ないだろう。
人間は誰だって自分の常識の中で生きるのだ。
「柔軟な発想の勝利という事か」
感心する様に言ったカリオン。
だが、それを聞いた紺青は、ピンと立ったキツネ耳を揺らして言った。
「実に悔しいですが……この世界の住人は誰一人として思い浮かばない事です」
それがどんな意味を持っているのかについて、カリオンは意味を掴み損ねた。
勿論同じように、リリスやウィルもだ。出来る出来ないではない根深い理由。
誰もそれを思いつかなかった理由を藍青が述べた。
「ヒトの世界には技術でこれを可能とするものがあるのでしょう。その技術が無いからこそ、魔法で代替しているに過ぎません。悔しいですが、ヒトの世界は我々が暮らすこの世界よりも数段優れた技術を持っているのだと思われます」
それはカリオン自身が父ゼルから聞いていた事だった。
ヒトの世界の様々な技術や制度や、何より考え方について影響を受けていた。
長い寿命を誇るイヌやネコと違い、ヒトの平均寿命は50年だという。
医術や身体を健全に保つ生き方が普及して、やっと80年だとか。
短い生涯を全力で生きるヒトは、その生涯で様々な挑戦をするのだろう。
「……単純に言えば、夢見た者達の総数が違うのだろうな」
カリオンの言葉に藍青と紺青が首肯して応えた。
何か新しい技術を夢見て研究に打ち込む生涯があるのだろう。
長期的な視点に立った研究ではなく、命を削る様な探求の生涯。
その結果、ヒトの世界は様々な技術が生まれ、実用化し、生活を変えてきた。
もっとシンプルに言うのであれば、興味の対象に全力で挑んだに過ぎない。
何に結びつくのかは誰も解らないが、面白そう!は原動力なのだ。
「あっ!」
唐突にリリスが声を上げた。
城詰の魔術師では最強クラスの彼女が気付いたのは、強力な魔法の気配だ。
獅子の側はターンチェンジを図っているのかも知れない。
「これは危険ですね」
「中々の反応だ」
紺青が先に気が付き、藍青も焦った素振りだ。
獅子の側に巨大な魔力の集中を感じ取ったふたりは、空中に印字を切った。
「これはよろしくないですね」
ウィルまでもが慌てたように魔力を集中させて何事かを始めた。
城詰めの魔法使いや魔導師が一斉に防御の魔法を構築し始めた。
だが……
「あぁ、その必要はありません」
その場に姿を現したウサギの魔法使いハクトが赤い眼を歪ませて笑った。
この男がこの表情を作る時はロクな時じゃないのを皆が知っている。
次の瞬間、彼方で想像を絶する大爆発が起きた。
「魔力を圧縮すれば空間が歪むものですが、同じ物をこちらの陣地にも用意してあります。魔力が一定の段階まで圧縮された瞬間に――」
ハクトが説明を続けていた瞬間、もう一度大爆発が発生した。
先程よりもはるかに巨大な爆発により、巨大な土煙が上がっていた。
「――こうなりまする」
満足そうに笑ったハクトはバルコニーの先端へと進み出て言った。
多分に悔しさを含んだ、それでも抗いきれない喜びを漏らしつつ。
「友よ。あれは何をしたというのだ?」
我慢ならずといった風に問うたウィル。
ハクトはウサギの長い耳を揺らしながら応えた。
「ヒトの世界にある技術だそうだ。量子転移と言ったか。隔てられたふたつの空間を繋いでしまい、様々な物をやり取りする事ができるのだという。落雷の力並みに強力な力場を必要とするが、どんな物でも瞬時にやり取りできる強みがある」
ハクトの言ったそれは、ヒトの世界でも奇跡の技術だという。
茅街のヒトは様々な時代からこの世界へ落ちてきたらしい。
その中で数段優れた未来から来た者達による知見の提供らしい。
――――量子テレポート
多くの魔導師達が夢見た空間を飛び越える魔術。
それと全く同じものを魔力を持たぬヒトが実現していた。
彼等は空間だけでなく時間をも飛び越えようと研究したのだという。
ヒトの世界から落ちて来た者は、それをデロリアンと呼んでいた……
「そんな馬鹿な……」
言葉を失って立ち尽くすウィル。リリスもまた顔色を悪くしていた。
およそ空間を飛び越える技術などというのはマトモな発想ではない。
魔導師や魔法使い達は、膨大な研究の末に不可能だと判断したくらいに。
だが、ヒトはそれを研究し、膨大なエネルギーを注ぎ込んで実現した。
彼等が『電気』と呼ぶ雷そのものと言うべき魔力を使っているらしい。
そして……
「見た通りだ。こちらで準備しておけば相手が強力に魔力圧縮をした瞬間、嫌でも空間接続が発生し時干渉を絶って物品の相互到達を可能とする。この場合はあの魔法生物では運べない大きさの爆発物を送り込んでいるのだ」
ハクトは目を輝かせながらそう説明した。
およそ魔法使いなるものは根本的には魔法ヲタクの類いだろう。
そんな者達に従来の魔法体型から外れる、全く新しい使い方を見せたなら……
「……実に興味深いな」
ウィルまでもが目を輝かせてそれを見ていた。
そんな盟友にハクトは言う。
「およそ、軍馬2頭分かもう少し大きく重い爆発物だそうだ」
TNT火薬を使った強力な爆発物は実に1tを越える代物だ。
これを航空投下するならちゃんとした飛行機が要るサイズと重量。
だが、魔法はあらゆる不可能を可能とする。
そこに目を付けた茅街に暮らすヒトのテクノクラートは、魔法で解決したのだ。
「つまり、向こうが強力な魔法を使おうとすれば、自動的にそこへ爆発物が転送されてそこで爆発すると、そう言うことか?」
何かを確認する様にカリオンが言うと、ハクトは自嘲気味に笑って首肯した。
およそ魔法使いという存在はプライドが高く、他者に負ける事を嫌う。
そんなハクトが潔く負けを認めるような事態が起きたのだ。
「こんな事、思いつきもしませんでした。魔法を使ったら負け。こんな陰湿な仕組みを思い付くヒトの思考に背筋を冷やしますな」
恨みがましさまで混ぜ込んだハクトの言葉にウィルも首肯を添えた。
恐らくそれはヒトにしか思い付かない仕組みなのだろう。
敵のレーダーを撹乱して使い物に出来なくすると言った思考そのものだ。
相手の邪魔をしてでもこちらが有利な環境を作り出して勝とうとする。
そこには正々堂々戦うなんて思想がこれっぽっちも無いのだ。
だが……
「……恐ろしい思考だが、しかし、実に有効だな」
感心した様に言うカリオン。
その周囲に居た者達は、何と声を掛けて良いのか思案した。
太陽王その人が見せる実に愉悦な表情。
新しいオモチャを与えられた子供の顔。
これをどう使おうか?
それを思案する支配者の顔そのものだ。
なによりそれは、祖国ル・ガルの勝利を目指す為に必要なものだった。
「ハクト」
ウサギの魔法使いを呼んだカリオン。
その直後、再び獅子の側の陣地で大規模な爆発が発生した。
今度は小規模ながらもキノコ雲が起きるサイズの爆発だ。
「お呼びでありましょうや?」
何を言われるのか、ハクトだってもう察しが付いている。
魔法を国家規模に取り込もうとする事に抵抗の無いカリオンだ。
ここガルディブルクには全土への龍脈が繋がっている。
すなわち、無限に魔力供給できる拠点としては最適なのだ。
「ここにその転送拠点を作る事は可能か?」
予想通りの言葉が出て、ハクトはニンマリと笑った。
そもそも余り性格の良い男では無い事がうかがい知れる、嫌な笑みだ。
「そう成ると思い、既に半ば恒久的な機能を持つよう設計しております」
小さく『そうか』と応えたカリオン。
だが、その意味を誰もが取り違えていた。
「ならばここに、魔法による駅逓の拠点を作る」
その言葉に全員が『は?』と驚いた。
だが、当のカリオンは差も当然であると言わんばかりに言った。
「光を使った通信網はほぼ全土に行き渡った。次は物を行き来させたい。人のやり取りは難しいだろうが、食品や武装などは可能であろう?」
カリオンがそこまで言ったとき、その場に居た者達が王の思考を理解した。
ここで抵抗する国軍に豊富な物資を素早く正確に供給できるのだ。
獅子の側は船を使ってでしか出来ないのに……
「なるほど」
その柔軟な発想と諦めない精神。
太陽王その人が持つ資質とも言うべき部分に、ハクトは少し驚いた。
そして同時に、この男が考える未来を自分も見たいと思った。
魔法が生活の中に溶けこみ、便利で豊かな社会が生まれるのだ。
「少々驚きましたが、いえ、王には当然の事でしょうな。城の側に強力な魔法力場があれば、送る側の労は少なくて済みます。早速研究に取りかかりましょう。数日中に何かしらの結果をご覧に入れます」
ハクトの言葉に『頼んだぞ』と発したカリオン。
同じタイミングで再び大爆発が起き、それがこの日最後の爆発となった。
――――――魔導兵が全滅したのかもな
ル・ガル側がそんな事を考え始めたとしても、おかしくないだろう。
ガルディブルクへ向かって遮二無二な魔法攻撃を行っていたのだ。
そんな攻勢が成りを潜めたなら、それは戦略的な勝利に他ならない。
どんな軍隊にだって得手不得手があり、得意な手段を最大限活用するモノ。
それを封じてしまえば、こちら側は相当有利になる。
――――――王の慧眼よ!
誰もがそんな風に王の手際の良さを褒め称えた。
なにより、今上太陽王カリオンの柔軟な発想と度量に。
やがて数千年の未来。
絶望的に辛く貧しく未来の無いル・ガルにおいてカリオンはこう評される。
王位を譲りリュカオンと名乗るようになった稀代の善王だった筈の男……
――――――誰もやらなかった愚かなことをやったのさ
――――――うつけのリュカオンは自分が一番だと勘違いした
――――――魔法を国家が管理して魔法使いを従えたんだ
――――――そして世界で初めて魔法を戦争に使った
――――――そしたら世界の全てを敵に回したんだよ
――――――リュカオンこそがル・ガル滅亡の犯人だ
……と。