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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~ル・ガル滅亡の真実
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最後の国家総動員体制

承前




 その時、謁見を行った広間の中に何かが壊れる音がした。

 ゴリッ!ともバキッ!とも付かない鈍い音だ。



     ――――――奥歯でもかみ砕いたか?



 そんな事を思ったキャリは、黙って事態の推移を見守った。

 獅子の国よりやって来た見上げる様な偉丈夫は堅い表情だった。


「……つまり、我らがシンバに直接出向けと、そう仰る訳ですな」


 再びやって来た千人隊長のセルウィウスは厳しい眼差しだ。

 獅子の国よりの国書を要約すれば、獅子の国が進める国家事業に参加せよ。

 その為に必要な支援を惜しまぬし様々な協力もすると明記されていた。


 だが……


「然様だ。余はそなた等の国情と世界の趨勢をよく理解した。獅子の国が直面している問題についても、率直に言えば同情するし同じ困難に直面している。まぁ、そなた等の危機に比べればはるかに規模の小さい問題だがな」


 そう。獅子の国は獅子の国で困難に直面していた。

 強い体躯と優れた魔法文化。それ等を併せ持つ獅子の強さは恐ろしいレベルだ。

 だが、そんな獅子達を脅かす存在が彼の地には存在した。


 猩々


 森の賢者と呼ばれ、驚く程の洞察力を持つ高い知能の一族がいる。

 彼等は恐らく、最もヒトに近いのだろうと言われていた。

 そして本当に恐るべきは、獅子の男を問題にしない種族がいるのだ。


 オランウータン。ゴリラ。チンパンジー。

 霊長類亜種をベースとする者達だろう。


「我らは数千年の長きに亘り闘争を繰り広げてきた。シンバを旗印に草原で生きる者達を束ねて。森に生きる者とは相容れぬ事など説明の必用すらあるまいと思われるが――」


 セルウィウスの言葉には飲み込み切れぬ悔しさが滲んだ。

 シンバに出向けと要求したカリオンの言葉が悔しいのか。

 その実体をイヌの誰もが推し量るのだが……


「――両者相容れぬ思想を持つ以上、最後は闘争しか無い。妥協するには条件が厳しすぎる故だ」


 見る者が見れば、それはきっとこう言うだろう。



    ――――――エルフとヒトの対立関係



 ……と。


 深い森を縄張りとし、樹上に集落を築いて暮らし、自然と共存する生き方。

 その対極に存在するヒトの社会がエルフにはどうしても受け入れられない。

 全く同じ構図がここにも起きているのだ。


「我々も平地を耕し、森を切り開いて耕作地を増やし、増え栄える同胞を養って来たのだ。そなたらの直面する問題については十分に理解している。そこは勘違いしないで貰いたい――」


 そう。獅子の国は今、切り開く土地が無くなっているのだ。

 故に現状の解決策はふたつ。乾燥した地に灌漑農地を作るか、若しくは……


「――だが、それ故にそなたらが敵対する種族の地を。この場合は森を奪うという行為については賛同しかねる。いま現状、我らも長年掛けて切り開き発展させてきた地を奪われんとしている。実体がどうであれ、そなたらは我々イヌの尊厳も歴史も踏みにじって吸収しようとしているのだ」


 カリオンの発した言葉にセルウィウスが少々顔色を変えた。

 巨大な農業国家であるトラの支配地域やネコを傘下に収めようとした理由。

 その全てをカリオンらイヌの支配層は見抜いていた。


 絶望的な食糧不足


 言葉にすればそれだけだが、餓えと渇きは社会の不安定化に直結する。

 そしてそれは、社会を構成する民衆のうち、一定の厚みを持つ層を直撃する。

 貧困層と呼ばれる社会的弱者は、喰うや喰わずの生活を余儀なくされるのだ。


 ただ、それが何か問題なのか?と問われると、即答できない者も多くなる。

 答えを分からぬ訳では無く、答えてしまうと色々問題になるからだ。

 つまり……


「……多民族共和の夢は歴代のシンバが堅持してきた理想なのだ。それ故に強い者は弱い者の為に闘争を代行してきた。喰うや喰わずで辿り着いた移民達をもシンバは保護し喰わせてきた。だが、それですらも理解し得ぬ者が増え始めている。これは社会崩壊に他ならぬ」


 血を吐くようなセルウィウスの言葉。

 イヌの重臣達は、そこにイヌの社会における貴族の苦労を垣間見た。


 獅子の国も社会福祉システムを維持する為に相当の苦労を積み重ねている。

 だが、栄える巨大国家としか見ない愚か者は、いつの時代や世界でも居る。

 そしてその恩恵『だけ』を享受する者は、ややもすれば文句を並べるのだろう。


 曰く『足りない』『少ない』『もっとよこせ』だ。

 そんな面々・階層達は概ね知能レベルも低い故に実態を勝手に誤解する。



     『あいつらが貪っているからコッチに回ってこない』



 恐らくはどんな社会でも世界でも文明でも、共通する生物の宿痾なのだろう。

 猛烈に努力し苦労を重ね辛酸を舐めた上で掴んだ結果でも、批判は付いて回る。

 既得権益。或いは権力の濫用による横暴……と。


 何処かの世界ではそう言った愚か者達がそれをお友達利権などと呼ぶらしい。

 そこに至った者達が積み重ねた努力や苦労に思いを馳せる者は少ない。

 最初から持っていたんでしょ?と、皮肉めいた言葉を吐いて終わりだ。


 それを得んが為に社会を維持しているわけでは無い。

 逆説的な話だが、多くの者が立身出世を夢見て行う努力により社会は発展する。

 その課程として生まれた社会福祉システムを狙ってくる者達を取り込みながら。


「節操の無い者達。或いは図々しい者達。そう言った者達の扱いに苦慮するのは我らも同じ。だが、その本質的解決を図る為に周辺国家の併呑を計るのは、国家規模で節操の無さを現してないか?」


 現状のル・ガルがそうであるように、獅子の国も周辺を飲み込むしか無い。

 総量を増やし、飲み込んだ国々の中身を切り捨てて自国民に切り分け与える。

 そうしなければ社会体制を維持出来ないのだから。


「……耳の痛い話だが、端的に言えば正にその通りであり如何なる反論も為し得ない。だがこれだけは信じて欲しい。我々は併呑するのでは無く、友邦国として連合国家を形作りたいのだ」


 セルウィウスはそう言い募った。

 ギンギンと力のこもった眼差しをカリオンに注ぎながら。


「友邦国というならば……いや、友というならば戸口まで迎えに来い。早い話がそう言う事だ。そなたらの国にはそなたらの常識があり礼儀があるのだろう。だが、それらを我々に丸呑みせよなどと言うのは烏滸がましいと思わないかね」


 カリオンは冷静冷徹な言葉でセルウィウスを打ちのめした。

 最高権力者が直接出向くのでは無く行政長官風情がやって来て口上を述べるな。


 要するに『なめるな』と言い放ったのだ。


「……お言葉。確かに承った。我らの要望は通じたが、その手立てに異議があるとシンバに報告させていただく」


 まるで凍り付いたような表情のセルウィウスは静かにそう言った。

 カリオンは僅かに首肯し、視線を切って静かに言った。


「獅子の国の礼儀と相容れぬなら、それはやむを得ない事だ。我らには我らの誇りがあり名誉がある。それを踏みにじるなら、イヌは最後の一兵まで戦う。余自ら一兵卒となり、銃を持って抵抗する。他国他者の顔を――」


 不意に顔を上げたカリオン。

 その双眸には赤々と激情の炎が揺れていた。


「――土足で踏みつけるな」


 その言葉を聞いたイヌの支配階層達は一斉に表情を変えた。

 侯爵5家の当主達を含めた全てが顔色を変えてセルウィウスを見ていた。


 勝てぬ事など重々承知しているが、それも全て受けれる。

 誇りと名誉の為に死ねるのだとイヌは最後通告した。


「……御免」


 セルウィウスは短くそう発し、獅子の国の礼を尽くしてその場を立ち去った。

 事実上決裂と判断してもなんらおかしくない幕切れだった。


「さて。忙しくなるな」


 場の空気を和らげようと静かにそう発したカリオン。

 だが、公爵達の表情には決意が浮き出ていた




 ――――その晩




「父上」


 王の居室で寛ぎつつ談笑していたカリオンのところにキャリがやって来た。

 隣にはドリーがいて、何かを言いに来たのだと察した。


「どうした。何かあったか?」


 穏やかな表情でキャリを手招きしたカリオン。

 キャリは少し緊張した様子で部屋に入った。


「いまちょっと良いかな。今後について確認したいんだ」


 少し探るような物言いでそう切り出したキャリ。

 だが、それもやむを得ないだろう。王の居室には王の腹心が勢揃いしていた。


「席を外そうか?」


 親子の重要な話だろうか?とジョニーがそう切り出した。

 どれ程に親しい仲であっても、親子の話は意味が異なるのだ。


「構わんよ。気にするな」


 気楽な言葉でジョニーを止めたカリオン。

 室内にはジョニーだけでなく、アレックスやウォークが居る。


 そしてそれだけじゃなく、サンドラとトゥリが揃って居る。

 更にはリリスと共にイワオとコトリもいる。



 太陽王の腹心たち



 その輪に入れないドリーは、少し妬心が疼いた。

 だが、それと同時にハッと気がつく事もあった。


 次期太陽王のお目付役。

 そんなポジションにある自分に気が付いたのだ。


「一緒に聞いてやってくれ。耳目と頭は多い方がいい。で、何を聞きたいんだ?」


 カリオンはサンドラに目配せし、息子キャリの為にグラスを用意させた。

 間髪入れずにリリスがそっとワインを注ぎ、別のグラスにも注いだ。

 そのグラスがドリーへと差し出された時、ドリーは固まってしまった。


「お、恐れ多いことでございます」


 帝后として押しも押されもせぬ立場だったリリス。

 だが今はヒトの姿に身を窶している。本来ならサンドラが席を譲る存在なのに。


「良いのよ。今は気楽な身分だから」


 軽い調子でそう言ったリリスはサンドラへ視線を送った。

 今は帝后として重責を担うサンドラは、いつの間にか風格を増していた。


「いや、あの、今後の国家体制についてなんだけど」


 どう切り出して良いのか思案したであろうキャリは、直球勝負に出ていた。

 そんな息子の姿に、カリオンは息子キャリの確かな成長を感じ取った。


「そうか。まぁ、そうだな。色々と気を揉むだろう」


 良い男に育ったぞ?とトゥリを見たカリオン。

 そのトゥリは目を細め、自分の血を継いでいる男を眺めていた。


「ネコをどうするのかについて、何となく掴み損ねてて……」


 キャリが言うには、ネコの指導部を完全に崩壊させた後の処遇に迷ったらしい。

 単にル・ガル市民として自由にやらせるのか。それとも監視下に置くのか。

 フィエンの街を思えば、同じ市民として処遇するのは問題無かろうと思えた。


 だが、ネコの国でそれなりの立場だった者は恨みを募らせるだろう。

 その手の人間をピックアップして行政を任せるのか、完全に根切りするか。

 どんな処遇にしても万民の救済は不可能なのだ。


「基本的には自由にやらせるべきだと俺は思うぞ。ネコは束縛を嫌がるからな。納税の義務を果たすなら、後は国内外問わず好きにせよと。何か商売なり事業なりを興すのであれば、支援は惜しまぬ。同じ国民として処遇するのが良いと思う」


 カリオンの言葉にキャリは少しばかり表情を緩めた。

 何かしらの下準備と根回しがあったのかも知れないとも思った。

 だが、同時にそれは父であり王である男の手際の良さそのものだ。


 太陽王の名のもとに集う多士済々な面々。

 リリスのすぐ近くで様子を伺うキツネのマダラ、ウィルケアルベルティ。

 ネコの細作、リベラ。ヒトの姿をする覚醒者のイワオとコトリ。


 種族の壁を越え才能を持つ者を厚遇し使う才覚に、キャリは少し気後れした。

 太陽王が手にしている豊富な人的資源は、すなわち太陽王の厚みそのものだ。


「実はビオラとも相談したんだけど……」


 キャリが切り出したのは、今後のネコの処遇だ。

 ビオラが従えるネコの騎士は基本的にネコの気性が強い。

 だが同時に、騎士としての分別や気風も持ち合わせている。


 そんなキャリが言うのは、責任を持たせたいと言う事だった。

 オオカミのタリカとは全く違う思考手順に何かを思ったらしい。


「なるほどな」


 カリオンは少し笑みを浮かべ、サンドラにグラスを差し出した。

 サンドラはそこにワインを注ぎ、カリオンは少し飲んでから続けた。


「良い視点だと思うぞ。ただし、自由と我が儘を履き違えないようにしないと大変な事になる。ル・ガルにはル・ガルの法と秩序があり、歴史と伝統と風習がある。ネコはこうだから~とやりたいようにやらせるのは、秩序の破壊に繋がりかねぬ」


 ワイングラスをテーブルに戻し、ジッとキャリを見つめたカリオン。

 その表情には満足げな笑みが張り付いていた。


「お前の所にもキツネが接触してきているのだろ?」


 カリオンの発した言葉にハッとした表情のキャリ。

 リリスはキャリの元にキツネがやって来ているのを感じ取っていた。


「……知っていたの?」

「知らいでかって奴さ。太陽王の目と耳と手は、国土の全てに届いている」


 カリオンはそう言うが、実際には相当昔からキャリに接触があったのも事実。

 イヌ以外の種族も受け入れているビッグストンではキツネの級友が居た筈。


 上古の時代より人口に膾炙する通りのものをカリオンは見て取った。

 自分とは異なる人種や価値観。生まれ育ちと言った経験の差や苦い教訓。

 そんな『未知なもの』と出会い触れ合ったからこそ得られるものが存在する。



   ――――どんな手駒が居るんだろうな……



 フフフと少し笑みを零したカリオンは、キャリの周囲に思いを馳せた。

 そして同時に、お目付役としてドリーを送り込んで良かったとも思った。


「まぁ心配ならお前の手駒を全部連れてこい。話し合いに参加して『おいおい!』


 カリオンの言葉をジョニーが遮った。

 なんだ?と視線を送ったカリオンだが、ジョニーは苦笑いしていた。


「いま一番良い経験してんじゃねーか。キャリの手駒を取るんじゃねーよ!」


 万金を積んでも手に入れたい貴重な日々。

 この手の物は往々にして不可能になってから気がつくものだ。


「……そうだな」


 カリオンもまた苦笑いを浮かべてキャリを見た。

 その周囲にいる筈の有能な人材を想像しながら。


「なぁ、ふと思ったんだけどよぉ――」


 ジョニーはニッと笑ってキャリを見た後、カリオンをスイッと指差した。


「――キャリはソティス辺りへ疎開させたほうが良いんじゃないか?」


 ジョニーの提案にリリスが首肯しながら口を挟んだ。


「私もそう思う。次世代の切札だし、なにより今は経験を積んでもらいたい。歴代太陽王がいきなり戦死で世代交代して来たけど、今回は新太陽王に助言できる形で引退するべきよ」


 この10年、事ある毎にカリオンが言ってきた穏やかな世代交代の核心部。

 いきなり重責を背負わされた形の歴代太陽王が味わった苦労を緩和したい。

 それ自体がイヌの利益であり国家の利益なのだとリリスは代弁した。


「彼女の言う通りだ。エディの身に何か起きたとしても、国家存続の切札としてキャリが存在しているならこの国は続いていくだろう。国体そのものだよ」


 ジョニーやリリスが言った事を補足するようにアレックスもそう言い放った。

 どんな物事にも芯があるように、太陽王こそがイヌの国家の芯なのだ。


「その意見には俺も賛成だ。キャリにはソティスで経験を積んでほしいと願っていた。俺が即位した時はまだカウリ卿が健在だったし、公爵五家の当主達はトゥリ帝時代から続いていたので様々に経験があった。ただ、俺の時代でそれが断絶してしまっているからな」


 カリオンの苦労を間近で見ていたリリスは表情を曇らせて首肯する。

 どれほどの重責だったかは、30年顔を合わせなかったジョニーにもわかった。


「それなら自分はここに残ります。その方が余程多くを学べるし、それに――」


 親世代の願いを性格に汲み取った上で、キャリは敢えてそれに抗って見せた。

 それこそが若い世代の成長であるのだが、それを知る層は黙って見ていた。


「――自分だってイヌですからね。国家の一大事とあっては戦わないと言う選択肢はありません。どんな形でも役に立って、以て全体の利益を計る。そう教えられてきましたし、もっと言うと……」


 キャリは右手の親指を自分の心臓に突き立てて言った。


「……王たる者として、ル・ガルで最も強運である事を示さないと」


 笑みを浮かべつつそう言うキャリだが、カリオンは僅かに目を潤ませていた。


「余は……良き後継者を得たり……って、喜ばなきゃいかんな」


 重責を担い歩いてきた男が得られる最上級の安堵。

 それは未来が安寧である事を実感した時だろう。


 自分より上手くやれるだけの人間が育った。

 その満足感がカリオンの内側を満たしていた。


「……良かったな」


 それを見て取ったジョニーがそう声を掛ける。

 形こそ違えど、家の存続を成し遂げたレオン家の御曹司の懊悩がこぼれた。


「あぁ、その通りだ。もはやこの身も命も惜しくない。我がル・ガルは更なる発展と繁栄を約束されたのだ。ならば残された仕事はひとつだ。イヌの誇りと名誉の為に戦うまでだ」


 カリオンは天を仰いでそう言った。

 すっかり暗くなった時間帯だが、太陽の光と熱の恩寵を感じた。

 その満足げな姿こそが、太陽王を取り囲む者達にとって最上級の悦びだった。




 その翌朝、ル・ガル全土の連絡網にカリオン王の勅命が発せられた。

 ル・ガル5000万余の国民に告ぐ……と切り出されたカリオンの言葉だ。


   ――――余は今生最後の闘争に打って出る事を決断した

   ――――獅子の国を撃退し、ネコの国を滅ぼす

   ――――そしてそれには国民の協力が必要である

   ――――ついては、余の発する最後の国家総動員体制を宣言する

   ――――この戦の後、余は退位し息子キャリへ正式に王位を譲る


 ……と。

 その勅令にル・ガル全土が狂喜した。

 ある者は戈を取り、ある者は仕事道具を持って王都へ馳せ参じ始めた。


 イヌの誇り。或いは団結心。そしてなにより、イヌの美徳。

 助け合い支え合い、絆を以て国家の維持と安寧を計り生きて行く。

 そのマインドこそがイヌをここまで栄えさせたのだ。


 そして……




  ――――――茅街中心部




「イヌの王様。やる気だな」

「あぁ…… こりゃ、ル・ガルって国家の独立戦争だな」


 王都から遠く離れたヒトの街、茅街。

 その中心部にある行政施設の中で、ヒトの指導部が話し合っていた。


「派遣軍団の連中はそろそろ到着する頃かね……」

「まぁ、燃料的には問題無いだろうな。ここまで苦労して作ったモンを気前良く焚いてるんだ。到着してくれなきゃ困る」


 この10年ほど、茅街の運営部は全力で実力の錬成に注力してきた。

 ル・ガルを守るのでは無く茅街を守る事に主眼を置いたのだ。


 他の種族から蹂躙されぬよう、綿密に綿密を重ねて検討を行い計画を練った。

 その結果として、現状の茅街はちょっとした城塞レベルの構造を持つに至った。

 大型建設機械を使い、人力なら100年計画となる建設を3年で終えたのだ。


「太陽王から力を貸せと言われ時は……さすがに焦ったが……」


 クククと笑ったヒトの男は、手元にあったリストを眺めた。

 率直に言えば、とんでもないオーバーキルの兵器を持ち出していったのだ。


 だが、茅街にはまだとんでもない兵器が幾つか残っていた。

 様々な時代から流れ着いた者達は各々の常識と良識を基準に議論を積み重ねた。


 その全てに於いて共通した認識。それは、イヌの国の日露戦争であると。

 より巨大な社会を相手にした、意地とメンツによる独立戦争であるのだと。


「ただまぁ、こっち側は……やめておきましょう」


 実務管理に当たる者達が手にしているリスト。

 それはこの世界では『落ち物』と呼ばれるヒトの世界の代物たちだ。


「野砲や銃火器。まぁ、多少は譲歩して戦闘車輌やドローンなどはともかく……」


 痩せぎすな男が骨張った指でピンと弾いた別のリスト。

 そこに書かれたNBCの文字は、赤く下線が敷かれていた。


「あぁ…… この世界のバランスを壊してしまいかねない。まぁ、核兵器を使うかどうかはともかく、残りはな……」


 そこに並ぶ文字を読めば、それは人倫に悖ると呼ばれる物ばかり。


 生物兵器と化学兵器のふたつは禁忌にしよう。

 そんなコンセンサスが茅街の中に広がりつつあった……

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