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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
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誇りの為に死ねるか

~承前




 夕刻のガルディブルク西部街区。

 獅子の国による衝撃波魔法の攻撃は凄まじく、街のほぼ全てが瓦礫の山だ。

 僅かに残った建物は、公会堂や公共施設など有事の非常事態向けばかりだった。


 そもそも、この街はネコの国による大規模な魔法攻撃を受けている。従って、街作りの根本は市民の安全をどう確保するか?が考慮されていた。それ故か、市民を一時的に避難させるべく作られた建物はとにかく強靱に作られている。


 ただ今回は、それ用の建物へ逃げ込む時間が一切無かったようだ。無警戒かつ無防備な状態の街を強力な衝撃波が襲ったらしく、阿鼻叫喚の惨状が繰り広げられ、街を縦横に走る通りの各所には未収用の遺体が普通に転がっている状態だった。


「……これはどういう事だ?」


 胸を悪くするような死臭の蟠る街の中、低い声でそう言ったカリオンは、その書状をウォークにも見せた。ウォークはサッと読んで顔色を変え、今度はそれをジョニーに見せた。


 西部街区で崩れ残った公会堂の1つ。どちらかと言えばダウンタウンと言うべきナイルス地区にある3階建ての建物にカリオンは陣取っていた。獅子の国より送られてきた国書を広げ、それを精読していたのだ。


「ありえねぇ…… 聞いた事もねぇ」


 ジョニーが唸る理由は、獅子の国より来た国書の内容だ。

 その内用は、全く持ってル・ガル首脳部には寝耳に水な内容だった。


 まず、過去幾度も使者を派遣しているのに全く拒否している不誠実さ。

 ネコの国に到着した時点で追い返すなど、無礼の極みであると述べている。

 また、夏前に派遣した使者を殺して送り返すなど尋常の沙汰では無い……と。


「……ネコの国の横槍。そう考える方が早いかも知れません」


 ウォークは冷静な分析をしてみせた。

 ただ、そんな事など改めて言われなくともすぐに察しが付くのだ。


 あの国ならやりかねない。ネコならやりかねない。


 そんな諦めにも似た感情がイヌにはある。

 事の前後の因果など関係無く、今が良ければそれで良い。

 むしろ先の事で今を我慢するのは無駄の極み。


 将来への布石だとか配慮で何かをするなどネコには出来ない事だ。

 だが、そうと解っていても、政治家という生き物は全ての可能性を考慮する。


「そう仕向けた。いや、仕向けられたと言う事か?」


 ジョニーがそう言うと、ウォークは少し首を傾げて言った。


「打算的な行動の可能性が高い様にも思えます。獅子の国は高度な官僚国家のようですが、ネコの国は我が儘女王による気ままな統治体制のようです。気に入らないとか面白く無いとか、そう言った理由で門前払いしていたかも知れません」


 その言葉を聞いていたカリオンは、ハッと顔を上げてウォークを見た。


「あの女王が謀られている可能性もあるな……」


 一瞬の静寂。そして、ゾクリとした寒気が背筋を駆け抜けた。

 そう。あの七尾のキツネが未だにル・ガルへ牙を剥いている可能性だ。


「そういやぁ……獅子の国にもちょっかい出してるって言ってたな」


 ジョニーが何かを思いだしたようにそう言った。

 それを聞いた時、カリオンは『あっ!』と少々間抜けな声を出した。

 すっかり忘れていた事を思いだし、カリオンは両手で頭を抱えた。


「そうだった」


 そう。まだリリスが死者の宮殿で過ごすガラス生物だった頃だ。

 あの七尾はカリオンの中にすら巣くって居たのだ。


 リリスの術でカリオンが吐き出したウネウネと動く気持ち悪い代物。

 アレこそが何処かへ封印されたらしい七尾のキツネの使い魔だった。



     ―――――獅子の国はもう持たぬ

     ―――――あの国は王権の簒奪が完了した

     ―――――バカな男が王になり妾の思うがままじゃ



 あのキツネが言い放った言葉は決して聞き捨てならない物だった。



     ―――――お前達は決して許さぬ

     ―――――妾に傷を付けた罪は死を持って贖え

     ―――――お前達の王国は枯れ草のように焼かれ果てるのだ



「何らかの対策を考えねば為りません」


 ウォークは怜悧な官僚の顔を出してそう言った。

 だが、間髪入れずにジョニーが口を挟んだ。


「対策もなにも、謀られてるんじゃなくてグルになってんじゃねーのか?」


 素直な言葉でポンと出てきたジョニーの言は、カリオンの心魂を寒々しくした。

 そう。自らの政策による結果として、敵を増強してしまったと言う事だ。

 獅子の国との間に緩衝国を作るつもりが、いつの間にか敵を増強させたのだ。


「全てはあのキツネの思惑と言う事か……」


 奥歯をグッと噛んでそう漏らしたカリオン。

 そんなタイミングで公会堂へヴァルターがやって来た。


「陛下。獅子の国よりの使者を案内して参りました」


 カリオンに取って腹心の部下とも言うべき親衛隊を束ねる男。

 不敗のヴァルターは獅子の陣地へと赴き、太陽王に謁見する使者を出迎えた。


「そうか。ご苦労だった。通してくれ」


 直接そう声を掛けられ、ヴァルターは振り返って手を差し伸べた。如何なる事情があるにせよ、使者は丁寧に扱うもの。文明国として相応の振る舞いを心掛けるのは外交儀礼の初歩の初歩だ。


 そして、そんなヴァルターに招かれ、見上げる様な偉丈夫が室内に入った。立派なたてがみを持ち、知性を湛えた強い眼差しをカリオンへと向ける獅子。その使者はカリオンを見るなり片膝をつき、獅子の国の礼を尽くした。


「手前はセルウィウス。シンバを護る千人隊長にして軍政官であります。栄えるイヌの国の王におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」


 一言で言えば威風堂々なのだろう。

 カリオンをして見上げる程の益荒男(ますらお)だった。


「そなたを見れば獅子の国の繁栄も窺い知れよう。遥か彼方よりよく来た。少々残念な件もあるが、余はそなたを歓迎する」


 例えそれが何であれ、まずは労う事から始める。今もカリオンの中に根付くその精神は、間違いなく父ゼルの教えだった。だが、そんな姿勢にセルウィウスは少々面食らったようにしている。


 もっと高圧的かつ居丈高な物言いをするとでも思われていたのだろうか?

 様々な感情が心の中を駆け巡ったカリオンは、それでもポーカーフェイスだ。


「まことに痛み入る。長年願っていた宿願叶い、我が国はひとつ、懸案を解決できるやも知れぬ」


 セルウィウスはそう言うと、緊張の度合いを僅かに緩めた。

 続けて何かを言おうとした時、カリオンは手をかざしてその言葉を遮った。


「そなたの口上を止める非礼を許せ。まず最初に確認しておきたいことが幾つかあるのだが、いいか?」


 カリオンは側近中の側近であるウォークに目配せした。するとウォークは大きな卓を用意させ、そこに獅子の国より差し向けられた国書を並べ示した。


 驚く程上質で丁寧な紙質のそれは、ル・ガルの製紙業水準よりも数段上なのだと思い知らされる出来映えだ。ある意味、些細な事なのかも知れない。だが、国力を計る上では重要な情報でもあった。


「何なりと」


 セルウィウスは慌てる風もなく、カリオンの言葉を待った。そこには一切悪びれる様な風もなく、また、いかなる案件も真正面から向き合う姿勢が垣間見えた。


 威風堂々かつ正々堂々たる態度。それはル・ガルを形作る全てのイヌにとって重要なアイデンティティ。形は無くとも重要なマインドをライオンという種族はイヌの上位互換として備えていた。


「そもそも、現状の認識に齟齬がある様だ。そなたらの国から過去幾度も使者を差し向けたとあるが、余は1度もそなたらの使者と会ったことは無い」


 カリオンは厳しい表情でそう切り出した。

 そんな言葉に対し、セルウィウスもまたグッと表情に厳しさを増して応えた。


「我等がシンバはこの数年、幾度も使者を差し向けてきた。だが、その都度、こちら側の使者は体よくあしらわれて帰って来ている。シンバは意を決し、最後となる使者を送り出した。半年ほど前のことだ」


 何を言っているんだ?と言わんばかりの口調で詰問するかの様に応えたセルウィウス。それを見て取ったカリオンは、少々厳しい表情で言った。


「天地神明に誓って与り知らぬ事だ。余は如何なる件であっても使者を無下にした事は無い。それについてはいささかの自信もある。また、そなたらの同胞を手に掛けた事はなく、それを命じた事も無い」


 カリオンは一度視線を床へと落とし、一つ息を吐いてから続けた。


「仮に余の臣下が余に断りなくそれを行っていたなら、余はその臣下を処罰するだけでなく、罪人としてそなたらに差し出しても良い。だが、先に我が国の西方域へ予備進出を行い、連動しての王都強襲を不問にする事はできない。大軍を持って戦に及ぶにせよ、まずは使者を立てるべきであろう」


 言葉の端々に怒りをにじませたカリオンの言葉。その響きの強さにセルウィウスも表情を硬くしていた。だが、それに続く言葉が出た時、カリオンは思わずウォークと顔を見合わせた。


「それは与り知らぬ事。我等に連動攻勢を仕掛ける別集団は存在しない」


 ……まさか


 そんな表情となったカリオンとウォーク。

 ふたりは一瞬で様々なアイコンタクトを行った。


「もう一度聞くが――」


 念を押すようにカリオンは切り出した。


「――現在我国の西方域へ進出してきた軍勢は、そなたらの進軍とは無関係という事だな?」


 セルウィウスはゆっくりと首肯しつつ『その通りだ』と返答した。

 ただ、それに続く言葉はカリオンの顔色を変えるのに十分なものだった。


「我々はあくまでイヌの国を保護国の一つに加えたいと願っている。後顧の憂いを断つだけでなく、我らの持つ様々な恩恵をもたらす事を約束する。イヌと言う種族の持つ団結性や協調性は先の戦でよく理解した。それ故、決して悪いようにはしないと約束する」


 セルウィウスは懐中より別の書状を取り出した。


「ここに、シンバより直接預かった書状がある。これはイヌの王に渡せと直接命じられてきた。世界を統べるシンバは約束すると。様々な種族の王を集めた帝王団に加える事を約束すると。必ずそう奏上せよと命じられてきた」


 身を乗り出すようにそう言ったセルウィウスは、強い眼差しでカリオンを見た。

 ライオンと呼ぶ種族が持つ一種独特な空気や雰囲気に皆が呑み込まれていた。


「保護国……つまりは臣下となれ……と。そういう事だな?」


 抜き差しならぬ雰囲気がカリオンから漏れた。

 それは、百戦錬磨な千人隊長であるセルウィウスをして息を呑む迫力だ。


「然様。シンバへ臣下の礼を取っていただきたい。さすればシンバは百獣の皇として金印を授けると。多種族共和の国を作り、争い無く穏やかな世界を作りたいと。我らのシンバはそう願っているのです」


 多種族共和はカリオンの理想でもある。

 だが、同時にそれは無駄な幻想である事も知っている。


「なるほど。そなたらの国が如何なる算勘を持って行動しているのかを、余はよく理解した。余もまた和を以て争いを好まず穏やかであるべきと考えているし、このガルディアをその様にまとめようともしてきた。だが――」


 不意にカリオンから裂帛の気迫が漏れた。

 セルウィウスは気圧される錯覚に陥り、一歩下がりかけて必死に堪えた。


「――斯様に、住民を巻き込む唐突な侵攻を行い死傷者を多数作り、力を持って併呑せんとするかのような国と組織をいかように信じれば良いのか。余はまずその点で理解に苦しむ。臣下の礼とは、無条件で降伏せよと言う事であろう?」


 軍門に降れと態度で示した獅子の国をどう信じろというのか。カリオンは単刀直入にそう問うた。それはセルウィウスをして慮外だった。そう。そこにル・ガル譲歩の糸口を見付けたのだ。


「それは……」


 何かを言いかけたセルウィウス。

 だが、その前にカリオンは畳み掛けた。


「結して悪いようにはしない。必ず名誉とメンツを守ると約束する。この世界の如何なる種族であろうと、勝ち戦を確信したなら見なそう言うであろう。我らイヌも過去幾度となくその言葉を口にしてきた。だが――」


 カリオンの表情がグッと厳しくなった。まるで射貫くような眼差しがセルウィウスを打ち据えた。獅子と比べればイヌなど弱小種族だろう。だが、その身に秘められた意志の強さ、魂の強さは身体のサイズに比例しない。


「――同時に、それを担保する話を幾度も添えてきた。一族に加えると約束し、帯剣したまま列席せよと敗者を招いてきた。イヌの歴史を振り返れば、これは少しばかり自慢なのだ」


 解るか?


 敢えて侮るような表情を作ってセルウィウスを見たカリオン。

 偉丈夫な獅子の男は己の悪手を知った。


「少なくとも、大上段から臣下の礼を取れだの、その御璽を授けるだのなどと格下に扱われるのを許容しろと要求する事などした覚えは一度も無い。戦に負けた事はあっても、奴隷になった事は無いのだ。その誇りを踏みにじろうとするのならば、それ相応の担保は用意しているのだろうな?」


 譲歩するからには担保を見せろ。至ってシンプルかつ明瞭な要求。

 だが、想定の範囲を超えたそれは、セルウィウスの掌中を溢れた。


「……まずはシンバよりの書状をご覧戴きたく存ずる。手前の判断出来る範囲では無き故、即答を避けさせて頂きたい」


 恐らくはこの男も百戦錬磨なのだろう事は見て取れた。

 それ故に、まずは時間稼ぎを計ったのだろう。


 だが、それを見落とすカリオンでは無かった。

 窮地を好機に変えてこそ、王は王足り得るのだ。


「宜しい。ならばそなたらの王より送られた書状を精査する。三日後に返答するので出直されよ。その間、余は余の臣下と共に精読し検討を重ねる。そして――」


 カリオンは不意に窓の外を見た。

 街の通りは各所に瓦礫が積み上がり、住人がそれを掘り返していた。

 きっとあの瓦礫の下には、大切な物や或いは人が埋まっているのだろう。


「――同時に我が軍の兵士を使い、住民を支援する。命を落とした者は収容し弔いを上げる。生き残った者には生活再建を支援する。その為には最低でも3日掛かるのだ。少なくともこの程度の事は拒否せぬであろう?」


 窓の外から再び視線を戻したカリオンは、セルウィウスをジッと見て言った。


「それは待てぬ故に即答せよと申すなら、最早交渉はここまでだ。我らはそなたらが約束を守る気など無いと判断する。そして、ここから先は血塗られた路だ。如何なる手加減も不要。配慮も不要。そなたらは持てる全力を持って我が国を蹂躙すると良い。我らは最後の一兵まで抵抗する。誇りと尊厳を掛けてな。全てが死に絶えた不毛の地を支配すると良い」


 その言葉に一切の虚偽は無い。少なくとも獅子の男はそう感じた。

 いや、感じたと言うより実感していると言うべきであろう。

 この国に立ち入り戦を始めた時から感じていた違和感の根本だ。



     ―――――最後の一兵



 それが意味する所は言うまでも無い。

 生きて虜囚の辱めを受けず……などと言うが、もはや理屈では無いのだろう。


 奴隷には為らない。奴隷になるくらいなら死んだ方が良い。

 そんな思想が根本から染みついているのだとセルウィウスは理解した。


「……承った。我らは一旦持ち帰り、3日後に再びこちらへ推参する。どうか色好い返答である事を願っている」


 硬い口調でそう言ったセルウィウス。ふたりの視線はバチバチと激しい火花が散るように戦っている。カリオンは何も言わず、ただ黙って首肯した。言外に『早く帰れ』の空気を漂わせつつ……


「では、失礼する」


 再び片膝を付いて獅子の礼を尽くしたセルウィウス。

 立ち上がりそのまま部屋を出て行く姿には、一片の隙も無かった。


「……大した男だな」


 獅子の背中を見送ったジョニーがボソリと呟く。

 一言で表現すれば、男が惚れる理想像の男とでも言うのだろうか。

 ただ黙っていても威を纏う堂々とした姿と柔らかな物腰だ。


「ああいう存在を木鶏と言うのだろうな」


 真なる強者は常に泰然としている。

 そんな言葉をふと思いだしたカリオンは言う父ゼルの姿を思い出した。

 イヌと比べ弱々しいヒトの男だったゼルだが、その姿は常に威風堂々だった。


「さぁ、時間がありません。急ぎましょう」


 官僚の頂点に立つウォークがそう促し、カリオンは『あぁ』と一言返した。

 ここからは時間との戦いだ。敵にも味方にも時間は平等なのだ。


「ウォーク。市街地の遺体収容を急がせよ。生き残った住民は北部街区へ移せ。ここで頑強に抵抗する準備をせよ。それと、ジョニーは戦力の整理だ。3日間の猶予を稼いだので、継戦能力を整えてくれ。どんな手段を使っても良いから、確実に勝てる算段をしてくれ」


 カリオンの指示にウォークとジョニーが動き出した。王府の頂点と近衛将軍の差配により、現状の王都攻防戦を継続する能力は整えられるだろう。公会堂を出て行くふたりの後ろ姿を見送り、カリオンは思案に耽った。






    ――――その晩





「大変だったな。ご苦労だった」


 暗くなってから城へ戻ったカリオンは、他の誰よりも先にサンドラを労った。

 この細い肩と華奢な身でありつつ、国家の重責を担って立っていたのだ。


「……あなたの苦労がよく解りました」


 疲れ切った姿ではあるが、それでも精一杯の笑顔でカリオンを出迎えた帝后。

 だが、カリオンに抱き寄せられその胸に着地した時、サンドラは限界を迎えた。


「ごめんなさい。沢山死なせてしまって」


 一気に涙を溢れさせたサンドラ。

 その姿を見ていた参謀達や王府官僚達ももらい泣きを始めた。


「やむを得ん事だ。唐突な戦では避けられぬ。むしろ、よくこれだけで抑えてくれた。その努力は賞賛されこそすれ、誹謗を受ける謂われは無いのだ。責と咎の全てもまた余の物ぞ」


 謁見を行う大ホールの中、嗚咽するサンドラを抱き締めカリオンは外を見た。

 薄暮の城下には街明かりが灯り、被災した住民が炊き出しを受けている。


「見ろ。我がル・ガルは盤石だ。支え合い生きて行くイヌのが本懐だ」


 サンドラを誘って窓辺に立ったカリオン。

 ふたりの後ろ姿を多くの者達が黙って見守った。


「……大きな戦になりそうね」


 嗚咽を押し殺したサンドラがそう呟く。

 カリオンは一言『あぁ』と応え、ギュッと抱き締めた。


 彼方に見える獅子の陣営からは炊煙が上がり、旗を揃ってはためいている。

 それを見れば、容易な相手では無いと誰もが痛感するのだ。


「これが本当の祖国防衛戦争なのだろう。そして、全てのイヌの誇りや尊厳を掛けた戦いだ。戦に負けたとしても奴隷に身を落とさぬ為に、徹底せねば成らん。要するに、誇りの為に死ねるかと問われているのだ」


 かつて、父ゼルが生まれたヒトの国でそれを叫んだ者がいたのだという。戦に負けただけで奴隷になった謂われは無いと。奴隷扱いするなら徹底抗戦を行うと机を叩いて啖呵を切ったのだそうだ。


 それと同じ事が求められている。奴隷だと侮るなら命を差し出すぞ……と、そう突き付ける為の戦闘。なによりそれは、相手にとって得る物無く徒労のみを残す戦になるぞと突き付ける為の物だった。


「女の甘い考えなのかも知れませんが――」


 サンドラはカリオンを見上げて言った。


「――どうか、ひとりでも犠牲の少ない結果になりますように」


 女では無くとも誰だってそう考えるだろう。

 カリオンはもう一度『あぁ』と応え、窓の外を眺めるのだった。






 ル・ガル帝國興亡記








 <大侵攻 忍耐と苦痛と後悔の日々>












 ―了―












 <大侵攻 ル・ガル滅亡の真実>に続く

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