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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
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油断と慢心

~承前




 ロイ・フィールズが王都ガルディブルクを出た5日目の朝。

 カリオンは近衛師団を引き連れてトゥリングラードを目指している。

 王都より凡そ3日の道のりは順調で、街道整備の効果を実感していた。


 季節の移り変わりで空は青みを増し、本格的な秋はすぐそこまで来ている。

 だが、一つ気がかりなのは昨日の定期連絡が城から来なかった事だ。

 何事も起きていなければ良いが……と気を揉むも、確認する手立ては無い。



 『特に報告するべき事案も無かったのでは?』



 ウォークはそんな事を言ってカリオンを宥めた。

 深く考えても仕方が無い。そう考え、当のカリオンも思考を止めていた。


「今日は良い天気になりそうだな」


 秋の始まりと言う事で過ごしやすい頃だ。

 遠征の進軍とあっても、どこか緩い空気が流れている。

 夏の遠征ともなれば、暑さと渇きでウンザリする頃合いだ。


「油断してると痛い目に遭いますよ?」


 ウォークが緩い言葉を返し、カリオンはニヤリと笑った。

 まるで手が切れそうな程にプレスの効いた軍装はさすがだった。

 ビッグストン出身の生粋な騎兵であるからして、当たり前の嗜みではある。


 だが、それにも増して気合の入った姿はどうだ。

 馬周りとして同行する親衛隊よりも充実した姿だった


「なんだ。何か経験があるのか?」


 それを聞くか?と言わんばかりの顔なウォークは、苦笑いで頭を掻く。


「まぁ、無い事も無いですが……それより現地が心配ですね」

「あぁ」


 長距離通信が実用化されたとは言え、まだまだその交信にはタイムラグがある。

 なにより、送信側に余力が無ければ通信も出来ない訳で……


「連絡が無いと言うだけでこんなにも不安になるものなんですね」

「全くだな。やがて世界は連絡や返信を催促する時代になるだろうな」


 ガルディブルク城を起点として、ル・ガル全土に張り巡らされた通信網。

 拠点間を結ぶその総延長は、実に10万リーグを越えている。


 ル・ガル国土の縁周距離よりも長い通信網は、維持するだけで莫大な経費だ。

 だが、それにより様々な情報が王都に集積され、ル・ガルは安定度を増した。

 いつの時代もどんな局面も、情報こそが世界を変え社会を支えるのだ。


「しかし……やはり不安ですね」


 心配げにポツリと漏らしたウォーク。

 それは、王と側近のふたりが心待ちにする戦地の情報だ。


 ポールからは西方侵攻団との激突を前に、家の継承が完了したと連絡があった。

 長く懸案だったポール・グロリア・レオンによる一家の掌握が完了したのだ。

 あの家は杯で親子の契りを交わす独特な風習を色濃く遺している……



     ―――――太陽王の継承もたいがいだが……

     ―――――そなたも苦労するな



 カリオンにそう声を掛けられ、ポールは恐縮しきりだった。

 任侠一家の継承というのは、口で言う程に生易しい物では無い。


 男が男に惚れて、命を捧げると誓いを立てるのだ。

 当然だが、それを受ける男の側にはそれなりの度量が要求される。



 『必ずや、一家を継承してご覧に入れます』



 そんな言葉を発したポールは、西方軍団による戦闘の前にジョニーを排除した。

 実質的にレオン家を差配していた男を事実上追放したのだ。


 つまり、宗家と言うべき存在と完全に袂を別った。

 一家乗っ取りに近い事でもあるが、そもそも望んだのはジョン・レオンだ。


「まぁ、グローも結果を出したいのだろう」


 超絶に難しい事業をやり遂げ、呵る後に国家の懸案を解決するべく奔走する。

 ル・ガルを支える公爵五家の一角に陣取り、名声を得なければ成らない。


「まだまだ若いですからね。焦っていることでしょう」


 いつの間にか齢百を数えるウォークは、何処か遠くを見ていった。

 自分自身がそうであったように、グローも苦労している筈だと思った。


「……そうだな」


 王と側近。

 立場の違いはあるが、共に苦労を積み重ねたが故の視点。

 そして、相手を思いやり、寄り添おうとする思考。


 カリオンとウォークは彼方で奮戦しているであろうグローの無事を祈った。

 実際にはそれしか出来ないのだから、心を込めて祈るのだ。


「で、グローもそうだが……アレックスとジロウはどうなったか……」


 不意に話を変えたカリオン。

 ウォークは『えぇ、そっちも気掛かりですね』と応えた。


 王都を出る前、カリオンは救援隊を編成すべきと進言した老将を呼んでいた。

 先にの言葉を無視したわけではないと一言入れたあと、勅命を発した。



     ―――――貴官には救援隊の編成と指揮を命ずる

     ―――――編成は一任する。目的はただひとつだ



 アレックスの件についてはカリオンも思うところがあった。

 あのノーリの鐘が事ある毎に耳の中で鳴っているのだ。

 故に、カリオンは重ねて厳命した。



     ―――――必ずあの男を見つけ出すこと

     ―――――余の命令書を携えているのだ



 太陽王のサインが入った命令書は様々な理由で部外流出が憚られる代物だ。

 サインの偽造を施された欺勅など飛び交った日には国が傾きかねない。



 『心得ました』



 言葉少なにそう答えた老将は気合いの入った顔になっていた。

 カリオンはその肩を抱くように引き寄せ、耳元で囁くように言った。



     ―――――貴官の努力と情熱にル・ガルの未来が掛かっている



 そんな言葉を太陽王から直接聞き、燃えない国軍参謀などいるはずもない。

 紅潮した眼差しでカリオンを見た老将は、固い声で応えた。



 『この命に変えてでも、ご期待に応えるべく微力を尽くします』



 数々の困難を乗り越えたからこそ鍛えられた勝負勘がカリオンにはある。

 些事と切り捨ててはならないとノーリの鐘も教えてくれている。



     ―――――正念場だ……



 何がどうと言える場面ではない。

 だが、間違いなくここが重要な局面だと思っていた。

 その時だった。


「……陛下 あれ 黒煙じゃないですかね?」


 ウォークの声が聞こえ、カリオンは意識を正面に戻した。

 彼方に見えるトゥリングラード演習場から僅かだが黒煙が立ち上っている。


「火災だな」

「歓迎せざるる物が燃えてるようですね」


 カリオンとウォークのふたりがイメージしたのは、備蓄してある糧秣だ。

 穀類を保存してある倉庫が焼き討ちされた可能性が高いのだ。


「消火活動は行っている様ですが……」


 煙の上がる様が断続的では無く脈動している。

 それを見ればバケツリレーなどで水を撒いている可能性が高い。

 だが、それよりも問題は……


「この匂いはなんだ?」


 首を傾げたカリオンの鼻は香ばしい薫りを捉えた。

 穀類が焼かれて爆ぜて発する匂い。食欲をそそる匂い。

 だが、同時にそれはもっとも歓迎せざるるもの。


「麦……ですね」


 ウォークも顔を顰めたそれは、夏前に収穫した新麦を焼く匂いだった。

 西部地域の膨大な収穫が一旦集まり、国土各地への分配を待つ集積地でもある。

 そこを狙われたのだ……とカリオンも気付いた。


「……抜け目ないな」

「全くです」


 まるで他人事のような会話だが、そこには震える程の怒りが込められている。

 ネコの一族はル・ガルの収穫期を狙ったのだ。それも、収穫を終えた頃を。


 トゥリングラードが武器弾薬の集積地である事は言うまでもない。

 だが、同時にここは膨大な量の糧秣が運び込まれる、ル・ガルの食糧倉庫だ。


 そもそもがネコの国への支援として行われていた、食糧備蓄基地だった。

 ネコの側とて、それを知らぬ筈も無いだろうが……


「ほほぉ」


 ニヤリと笑ったカリオンの口元に牙が見えた。

 彼方から銃声が聞こえて来たのだ。それも、余り聞き覚えの無い音。


「例の新式でしょうか?」


 ウォークも首をかしげてそう言うのだが、それにしては音が鋭すぎる。

 長銃身で小口径なものだろう。ボルボン家から流出したものは30匁の筈……


「このまま接近するのは危険だな」

「その通りです。故にここはひとつお任せを」


 ニンマリと笑ったウォークはカリオンにそう言うと、馬上のまま振り返った。

 太陽王の周囲には馬廻りとなる側近の親衛隊が居るが、その後ろを見たのだ。

 そこにいるのは一騎当千な近衛騎士の中でも選りすぐりの男達だ。


「自分はこれより強行偵察に行きますが志願する方は居ますか?」


 あくまでひとりの官吏としての物言いに徹したウォーク。

 だが、先に獅子の国との戦で見せた獰猛な姿を知る者も多い。

 そんな男が王の前でポイント稼ぎに等しい事を言い出したなら……


 『自分が!』『手前も!』『私も!』


 あっという間に30名ほどの強行偵察隊が出来上がった。

 誰もが期待に紅潮していて、ややもすれば殴りこみに行くような勢いだ。


「……おいおい」


 苦笑いするしか無いカリオンは、それでもウォークに心情以上の物を見た。

 貴族の数が多すぎるが故に戦を強行した結果、今度は手柄が無くなった。

 簡単に言えば、命や名を惜しむ様な局面がやってこないのだ。


 その結果、出世する為の実績や功績を積み上げる場面が無い。

 つまり、貴族子弟や平民出の兵士達にとっては重要な局面だ。


「必要な事です」


 ニンマリと笑うウォーク。

 それを見たカリオンは右手を挙げて行軍停止を命じた。

 彼方で奮闘するグローと同じく、彼等にも華々しい舞台を用意せねば……


「全員復唱しろ」

「はい」


 太陽王から直接に命を受ける。

 その栄誉に皆が笑みを浮かべた。


「あくまで偵察である故に戦闘を禁じる」


 最初にカリオンが発した命に全員が驚いた顔になった。

 だが、復唱しろと言われた以上、それをしない訳にはいかない。

 全員が声を揃え命を復唱したあと、カリオンは続けた。


「必要な情報を必ず持ち帰る事。見聞きしたことを全て持ち帰る事」


 あくまで偵察である……と釘を刺したカリオン。

 その言葉にスッとテンションが下がったようにも見えた。


「全員必ず帰ってこい。これは命では無く余の願いだ。これは復唱の要なし」


 真顔でそう言ったカリオン。

 その心情が伝わったのか、偵察隊の顔付きが変わった。


「最後だが、諸君らは余の元へ戻って来るまでが任務である。故に帰還局面での戦闘も、もちろん禁ずる。だが、戦友の命が危険に晒されている場合のみ、それを許可する。全員揃って帰還が無い場合は懲罰房を覚悟しておけ――」


 全員がやる気を見せている。

 そう思ったカリオンは、最後にサービスを忘れていなかった。


「――なお、無事な帰還の為の制圧射撃は戦闘には含まれない。生き延びる為の努力は惜しむな。良いな?」


 カリオンが行ったリップサービスは解釈と忖度の領域だ。

 現場に王の視線が届かぬ以上、報告でどうにでもなる。


 つまり、必用なら現場で()()()()を行っても良い……


「承りました!」


 まるで自分の頭を殴りつける様に敬礼を返したウォーク。

 その姿は立派な騎兵その物だ。


「余はここで半日を過ごす。必ず帰ってこい」


 カリオンは笑顔で強行偵察隊を見送った。

 だが、そんなカリオンの耳には、今日もあのノーリの鐘が響いていた。

 言葉にしないだけで、何も無ければいいが……と不安感で一杯だった。






     ―――――同日夕刻






 秋の日はつるべ落としだが、王都から西へ大きく進んだ地域は日没も遅い。

 ただ、ひんやりとした夜の空気は何処からともなく現れ、平原を渡ってくる。

 そんな中、揃いの軍装に身を包んだ騎兵の一団が西を目指して進んでいた。


「将軍。そろそろネコが旧領としていた領域ですね」


 まだ若いイヌがそう言うと、ひと際立派な飾吊を下げた初老の男が応えた。


「あぁ」


 言葉少なに返答を返した老将は、早駆けだった馬の速度を緩めた。

 王都を発って3日目の夕刻、ル・ガル騎兵一行はフィエン郊外に到着した


 イバン・デ・フィオリーナ


 太陽王カリオンより直接の命を賜り、アレックス捜索に赴いた参謀だ。

 平民出身ながら西方地域の風俗に明るい関係で、国軍では割と重宝された。


 それもそのはず。

 フィオリナの名の通り、彼のこのフィエンを含むル・ガル西方地域出身だ。

 まだル・ガルと言う国家が成立する前の話だが、それでも文化は色濃く残る。

 何より、気風や考え方というモノは、その場所場所が経験した事に立脚する。


「早速だが、街に入ったら顔役に挨拶しよう」

「そうですね」


 イバンにそう返答した若い騎士は、銃のスリングを整えて担ぎなおした。

 剣や槍ではなく銃が主兵装になった現在、彼等の肩には常に銃があった。


「けど…… なんか変ですね」


 イバンに向かってそう言った若い騎士は首を傾げながらそう言った。

 彼方に見えるフィエンの街からは活気のような物を一切感じない。


「そうだな……」


 それを感じていたイバンもまた、やや首を傾げてそう言った。

 夕刻時とも為れば炊煙の一つや二つは見える物だ。


 ましてやル・ガル西方地域における最大拠点として機能する街でもある。

 王都への長距離通信網拠点はここが西の果て。

 そんな街から人の気配が全く感じられないのだ。


「旗の一つも上がってそうな物ですが……」

「全くだ。あれではまるで死人の街だ」


 そう。どんな世にあっても街には旗が掲げられるもの。

 この街はどんな街で何処の勢力圏下にあるのかを旅人に示さねばならない。



     ―――――まさか……な



 ふと悪い予感が頭をよぎったイバンは、号令もかけずに馬の速度を早めた。

 何がどうと理屈では説明できない違和感だ。だが、ただならぬ空気を感じた。

 そして、そんな予想はだいたいが当たるモノと相場が決まっている。


 長く武の現場で生きて来た者たちには妙な勘が備わると言う。

 そんな勘が異常を告げている以上は、警戒しつつも現場を見なければならない。


「縦陣2列! 総員装填! 即応射撃体勢!」


 何かを感じ取った若い騎士がそう命じた。

 イバンは首肯しつつ兜の顎ひもをグッときつくした。


「良い判断だ、ジュリオ。このまま街へ突入する」


 イバンがジュリオと読んだ若い騎士――ジュリオ・デ・ピッコロ――は、自らの頭を殴りつけるように敬礼した。だが……


「……え?」


 街外れの石積みな門まで来た時、イバンは素っ頓狂な声で驚いた。

 石積みの城壁で囲っている筈の街だが、その城壁があちこち大きく崩れている。

 そして、木製の巨大な扉が破壊され、道を塞ぐように倒れていた。


「これは……なんでしょうか」


 驚いたジュリオは一瞬だけ油断したらしい。

 その刹那、街中から濃密な血の臭いと便臭がしてきた。

 幾多の戦場を渡り歩いてきた者ならすぐにわかるモノ……


「全員厳重に警戒しろ! 何も見落とすな! 散開!」


 敵が銃を持っている可能性を考慮すれば、散兵戦術で行くしかない。

 そんな読みで下命したイバンは、街中進み出た所で足を止めた。


「嘘だろ……」


 近くにいたジュリオも言葉を失って呆然としている。

 フィエンの大通りには夥しい量の死体が無造作に積み上げられていた。

 左右の家々は全て押し入られた痕跡があり、あちこちに火災の痕跡がある。


「生存者を探せ! 掛かれ!」


 尋常ならざる事態が起きている。それは間違いない。

 だが、街の大広場に出た時、そこには見上げるほどの死体があった。

 剣や槍で突き殺され驚いた顔のままこと切れた、死体の山だった。


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