表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
605/665

聖導教会との戦い 07

~承前




 キャリが国土巡回の旅へと出掛ける前日の早朝。


「陛下。聖導教会管長殿が内密に面会を求めておりますが」


 ウォークは少々困った様な顔になって太陽王の寝室へとやって来た。太陽王の起床は午前8時となっていて、それまでは寝室で大人しくしている。ただ、ビッグストン育ちの者ならば、嫌でも午前6時には起床する。


 それ故、カリオンはサンドラとふたりで8時までを寝室で過ごす事に成る。給仕係がそっと差し入れてくれるお茶などを嗜み、ゆったりとした『個人の時間』を過ごすのだ。だが……


「……ひとりで来たというのか?」


 ガルディブルク城全域へ立ち入れる宮殿騎士は赤い腰帯を巻いているのだが、そんな宮殿騎士と言えど太陽王のプライベートルームに出入りできる者はごく僅かでしかない。


 だが、腰帯どころか帯剣すらしていない彼は、城内の全てだけで無く太陽王の寝室にまで出入りできる特権中の特権を持っている。太陽王カリオンの腹心の部下にして、宰相や丞相と言った肩書きを越える執事のような存在故だ。


 その為、時にはとんでも無い難問を抱える事になる。この朝に付いて言えば、聖導教会管長エルヴィスがひとりで城にやって来た。どこにでも居る様な、普通の老人に変装して……だ。


「なんでも教会内部について相談したい件があるとのことです」


 報告を聞き怪訝な顔に成ったカリオンは、顎を擦りながら思案した。過日、キツネの都で遭遇したあの七尾のバケモノはウサギの魔法使いハクトに化けた姿であった。それを思えば充分に疑って掛かるべきだと直感している。


「……特大の厄介事だろうな」

「えぇ……」


 エルヴィスの持ってきた案件は、断片的ながらウォークの耳に入っていた。

 ただ、はいそうですかと素直に聞けない部分でもある。



     ―――――厄介事を丸投げしますよ



 そう言わんばかりに裁定を求められても王だって困る。そしてもちろんウォークにもそれくらいの分別はあるし、察することだって出来る。しかし、やって来たエルヴィスのただならぬ空気に、何か別の可能性も考慮していた。


「……リリス達を呼んでくれ。少し待たせてから謁見の間で会う」


 カリオンはそう裁定し、城の内部が一斉に動き始めた。

 何事だ?と訝しがってはいるが、先ずは会ってみないことには話も始まらない。



     ―――――どうせ碌な事じゃ無い……



 それが解って居るからこそ気が重い。

 しかし、ここで聖導教会を上手く御しておくことは重要だ。


「本当に面倒ばかりだな……」


 ボソリとこぼしたカリオン。

 幸いそれは誰の耳にも入らなかった。






     ―――――1時間ほど経過した頃






「すまぬ。寝起きだったので待たせたな」


 一方的にそう切り出し謁見の間へとやって来たカリオン。隣にはメイド姿のリリスとサミールが居る。それを見たエルヴィスの表情が僅かに変わり、その理由を察したらしい。


「……己の不明を恥じ入るばかりであります」


 聖導教会の重ねてきた政治工作の果てでこのザマよ……と、それを見せ付けるためにリリスはここに居る。そう解釈したエルヴィスの精一杯な申し開き。だが、涼やかな殺意の如き視線のリリスは薄く笑みを浮かべてジッと見つめていた。


「過ぎた事はもう良い。どうにもならぬのであれば丸呑みするまでだ。曲がらぬ石を曲げようとするから人は苦しむ。曲がらぬならば曲がった形の石を使うまで。それより如何なる要件と言うのだ?」


 その言葉を額面通りに受け取るほど、エルヴィスだって素直じゃ無い。

 だが、口を開かねばならぬ以上、意を決するしか無い。


「身内の恥を晒すようではありますが、教会内部のゴタゴタについて王のお耳に入れておくべきかと判断しました」


 エルヴィスがそう切り出したとき、カリオンは『ほぉ』と一言だけ発してから右手を額に添える仕草で一瞬思案した。


「次期法主……いや、今は管長と言うのだったな。次の管長になるあの若者……バルバトスと言ったな。彼の問題なのだろう? 若さ故の問題で、飲み込み難い事を拒否した……と言う所か」


 実際、エルヴィスとバルバトスのやり取りは、リリスの遠見術によって全て筒抜けになっている。着々と魔法使いとしての階段を登っている彼女の実力は、ウィルやハクトのそれを越えているのだった。


「……王の慧眼に恐怖すら覚えます。すべてはその通りに」


 エルヴィスは表情を強張らせカリオンを見ていた。

 その口からどんな言葉が飛び出すのか。それのみに集中していた。


「うむ。手の者による報告で聞いている。以前より全土に放っている余の耳目が素早く報告を上げてくれるのでな」


 実際には全く異なる事ながら、この一手でエルヴィスの顔から表情らしきモノの一切が消え去った。如何なる隠し事も通用しないのだから、あれこれと練り上げている政治的工作が筒抜けの可能性を考慮せねばならない。



      ―――――あの時か……



 エルヴィスがまだ一介の枢機卿だった時代。太陽王は城に籠もったきり30年近くを過ごした事がある。だが、その間も国政が滞る事無く、粛々とル・ガルは動いていた。その実はこれなのだ……と察したのだ。


「お答え難い事は重々承知しておりますが、ひとつご教示頂きたく…… 我ら教会内部にも王の耳目はおるのでありましょうや」


 エルヴィスにとって晴天の霹靂とも言える言葉が出た以上、それを確かめざるを得なかった。王の間者が教会内部にも入り込んでいて、全てが筒抜けの可能性がある場合、どうやって間者を探し出すかが重要なのだが……


「それについては……答え難いな。だが、教会にある者達にも家族や友人はあろうし、なんなら日々の暮らしで関わる者も多かろう。間者が間者働きを可能とする最大の条件は、間者には見えぬ姿勢の一市民に見える事だ」


 カリオンは笑みを添えた回答を示したが、その言はエルヴィスの背筋を一層寒からしめるのに充分な威力だった。一般市民に紛れた間者が居るのでは無く一般市民全てが間者と言う事。つまりそれは、教会を市民が監視していると言う意味だ。


「で、如何なる用件というのだ?」


 軽い調子でカリオンは切り出した。だが、最初の一撃ですっかり気勢を削がれたエルヴィスは、胸中で言葉を練り直しつつも落胆を隠せないで居た。


「実は、恥ずかしながら当教会内部には、今だ陛下を謗るものも多くありまして」


 やや遠いところから切り出したエルヴィスだが、カリオンは僅かに表情を変えて言った。


「あぁ。それはやむを得まい。長年に渡り社会に浸透したものだ。一朝一夕に変わるものでは無いし、未来永劫払拭されるモノでも無かろう。余もそれを具に見てきた。いた、体験してきたと言うべきだろうな――」


 カリオンはリリスの隣にあったサミールに目配せした。その僅かな振る舞いでサミールは何かを察し、スッとその場を離れて謁見の間を出ていった。



     ―――――何を指示した?



 エルヴィスの背筋に一層の悪寒が走る。人払いをした様にも見え、殺される可能性を考慮し、走って逃げ出したい衝動に駆られた。だが、その間にもカリオンの言葉は続いているのだ。


「――まだ幼い頃から随分と酷い事を言われたし、学生の頃にはマダラという理由で150人からの在学生から袋叩きにされたよ。結果的には撃退したのだが、後になって思うのは、社会の中により弱い階層を造り出し、不平不満の捌け口とする手腕は大したもんだ。考えだした者を見てみたいとすら思う」


 感心した様に話すカリオンの言葉を、エルヴィスは全く違う意味に捉えていた。己の受けた痛みと屈辱の全てを叩き込んでやる……と、恨み節を並べているように思えてならないのだ。


「ま、全くもって……遺憾の極みに」


 エルヴィスは深々と頭を下げる事しか出来なかった。それ以外、この場にて出来る事が無いからだ。だが、そんなエルヴィスの振る舞いに対する太陽王の反応は意外なものだった。


「はっはっは! もう良い! 全ては過ぎた事だ! 今更過去は変えられんのだから未来を変えるしか無い。これからどう振る舞うかが重要なのだよ」


 自信あふれる笑みを浮かべて太陽王たる男が言う。この時エルヴィスははっきりと悟った。現時点における抵抗は全く無意味だ……と。


「全くもってご慧眼に…… ですが、当教会の内部において、どうやらそれに反発する者が多数おりまして――」


 エルヴィスは遂に切り出した。

 ある意味それは、カリオンが狙って打った一手の反応でもあった。


「――若王の国内巡回に合わせ、なにやら不埒な事を起こすやも知れません」


 エルヴィスの反応に『ほぉ』と興味深そうな反応を示したカリオン。ややあってサミールは幾人かのメイド達を連れ戻ってきた。室内に入ってきたメイド達全てがリリスに一礼してからテーブルにティーカップを並べていく。



     ―――――お茶か……



 エルヴィスは一瞬だけホッとしたのだが、瞬時に『いや、毒か?』とも思慮を巡らせてた。瞬時に様々な事を分析し対処を検討し、最善手を選ぶ。それを出来なくば組織の長は務まらない。ましてや……


「あぁ、サミール。先ずは一杯だけいれてくれ」


 カリオンはそう指示し、注がれたお茶を飲み干してからカップを返した。

 エルヴィスの前でそれをしたカリオンだが、その真意も彼はすぐに気が付いた。


「……畏れ多い事でございます」


 再びサミールがお茶を注ぎ、カリオンとリリス。そしてエルヴィスへとサーブされた。そのカップを手に取ったカリオンは、自分の使ったカップとエルヴィスへと差し出されたカップをスッと入れ替えた。



     ―――――なるほど……



 エルヴィスは瞬時に最大級の緊張を覚えた。毒など入っていないと示す為にやった行動なのだろうが、カップを入れ替えた瞬間に毒を入れれば、差し出された側は安心して飲んでしまうだろう。


 ましてや、散々と嫌な思いをしてきた聖導教会のトップを直接殺せるとなったならば、善人で通っている太陽王でもそれをやりかねない。いや、やらない方がおかしいし、むしろされたと思っていた方が良い。



     ―――――それだけの事をしたからな……



 エルヴィスはどこか達観して笑みを浮かべ、『お手ずからに大変恐縮です』と発してから一礼し、両手でティーカップを受け取った。内心に渦巻く疑心暗鬼と絶望感を愛想笑いで塗りつぶし、覚悟を決めてお茶を飲んだ。


「……とてもよろしいものですな。薫りがまた素晴らしい」


 最後に飲んだお茶がこれ程に美味いなら、もう良いでは無いか。エルヴィスは心底そう思い、そろそろやって来るはずの突き上げるような痛みと嘔吐感に備えた。せめて最期は苦しまず、悔しがらせてから死んでやる……と思った。だが……



     ―――――あれ?



 胃の腑から沸き上がってくるのはほんのりとした暖かみのみ。鼻に抜ける茶葉の薫りは、まるで爽やかな初夏の山中だ。職人が丁寧に丁寧に拵えたであろう代物なのはすぐに解った。


「これは東方地域から献上してもらうものでな。聞けばキツネの国の職人による技術指導なのだそうだ。彼の国も他国との交流を控えておったが、今は様々な形で人的な交わりが続いている。新しい時代の新しい文化だな」


 ハハハと軽快に笑うカリオンも自らのティーカップに口を付けた。満足そうに飲むその姿には、帝王の迫力が有った。そして同時に、小細工などしないと態度で示している。エルヴィスは内心奥深くで『あぁ……』と気が付いた。


 そう。殺す気ならいつでも殺せるのだ。何も城で暗殺なんてする事無く、聖導教会のどこに居たって、世界のどこに居たって簡単に殺せる筈なのだ。実際の話として先代法主は自らの書斎で殺されている。それを思えば……


「己の不明に恥じ入るばかりです」


 エルヴィスはそう漏らした。そしてそこから、教会内部の反太陽王派。いや、反カリオン派による反発についての説明が始まった。次期管長の最右翼である首席枢機卿バルバトスによる造反の可能性が高い……と。


「私としてましては、時代の変革にあわせて教会の有り様も変化させようと思っておりましたが、残念ながら本質的変化を恐れる向きも多数おります。ましてや権力志向の者達にとって、それは許せない事なので有りましょう。ですから……」


 だが、その全てを鷹揚とした態度で聞いていたカリオンは、なんら慌てる事無く返答した。王の周囲の者達もまた何ら慌てる事の無い姿だ。


「あぁ。全て折り込み済みで想定内だ。心配ない。有り様によって分裂しかねぬので有れば、各々がどう振る舞うかを見定める。沙汰はその後の事だ」


 スパッとそう言い放ったカリオン。やれるものならやって見ろ……と言わんばかりに振る舞う自信溢れた堂々たる姿でだ。それを見るエルヴィスの内心に、権謀術数の黒い影がユラリと揺れ始めていた。



     ―――――好機やもしれぬ……



 と……



     ―――――同じ頃




 王都の北西彼方。

 山並みに囲まれた小さな盆地にある街、ゴラムスク。


 北方の雄であるジダーノフ家が根を下ろす広大な北部山岳地帯は、急峻な山並みを幾つもの小川が時間を掛けて削りあげ、ごく僅かな平地となる盆地を幾つも作り上げた独特の地域だ。


 そんな環境故か、盆地毎に異なった一門が根を下ろしていて、各々に独特の文化と気風を培ってきた。その関係でジダーノフ家は家系世襲を行わず、地域の有力者達が集まり長を決める形で一門が存続している。


 厳しく険しい自然環境の中で自発的に形成された『生き残った者こそ正義』の気風は、カリオンの治世となる帝國歴400年のル・ガルでも未だ健在だ。そして、そんなゴラムスクの街に、あのバルバトスの姿があった。


「おはようございます。ネテス先生。早朝からお邪魔いたします」


 北領の府である街ウラジーヴィルから更に北方へ数リーグ。直系僅か1リーグ程しかないカルデラ型盆地の底にある小さく寂れた街に、ネテス枢機卿の管轄する教会が所在していた。


「君はこんな辺境まで何をしに来たのだね? しかもこんな朝早くに。色々忙しい身だろう? まさか首席枢機卿が夜っぴきで走ってきたのかね?」


 口を突いて出る言葉は悪くとも、ネテスはかつての教え子であるバルバトスを歓迎した。そもそもここは聖導騎士団の修練場として小さな兵舎と教会があるだけの何も無い平原だった所だ。


 しかし、人が集まれば産業も産まれ経済が成長するモノだ。常時1000人程度の聖導騎士が常駐して居た小さな盆地は、付帯産業だけで3000人を養う都市へと成長し、そんな街に今度は聖導教会の幼年学校が作られていた。


「自らの原点を確認しにまいりました」


 バルバトスは寂しそうな表情でそう言い、教会にある巨石へと揮毫された数代前の枢機卿による言葉へ目をやった。幼年学校を併設するネテスの教会は、ル・ガル北方各地から子供を受け入れていたのだ。


 口減らしや孤児。或いは捨て子。北伐の続いていた時代には、従軍し帰らなかった兵士達の家族が路頭に迷う事など珍しいものでは無かった。幼児を抱えた若い母親は何処かに奉公へ入る為、我が子を教会へと預けて行く事は普通だった。


 ただ、教会の幼年学校へ組み込まれた子供達は、親から切り離され純粋な教会の手駒となるよう育てられる運命だ。そしてバルバトスもまた、そんなシステムに組み込まれて育ち、もはや母親の顔すら覚えていなかった。


「……そうか」


 ネテスも視線を起こし、巨大な石碑を見た。ネテスよりも5代ほど前の枢機卿が書いたそれは、聖導教会という特殊な機関故のものなのだろう。



     ―――――師を父母とせよ

     ―――――友を兄弟とせよ

     ―――――弟子を子とせよ



 生涯未婚を掟とする聖導教会の教えは、既得権益の親子相続をさせない仕組みでもある。その為、バルバトスにとってネテスは父でもあるのだ。そしてここには、兄弟のように育った学友達が幾人も居るのだ。


「先生。自分は……教会の未来が恐ろしいです」


 若さ故に抱く恐れはある。人生と言う荒波を越えてきた者ならば一笑に付す事であっても、世間の荒海へ漕ぎ出したばかりの若者にはとんでも無い恐怖なのだ。そしてそれは、乗り越える事でしか学べない代物だ。


 バルバトスが抱える恐怖と苦悩は、ネテスにも痛いほど理解出来た。200も若ければ同じ様な恐怖を抱えていたはずなのだ。時代の変遷にあわせ教会も変質していく。いや、変化せねばならない。


 神の教えにある通り、変化する事で生き残るのだ。その変化を支える精神的支柱こそ、一貫してぶれずに立つ神の教えという柱。その柱ですら、管長となったエルヴィスが変えてしまおうとしている事をバルバトスは恐れていた。


「とりあえず中に入りなさい。先ずは聖堂にて礼拝し、その後で朝食だ。その後でゆっくり話をしよう。なに、時間はたっぷりある。まだ慌てるには早い」


 親が子に聞かせるように、ゆっくり静かに語りかけたネテス。

 若者はまず喰わせて、寝かせて、落ち着かせてやる事が大事だ。



     ―――――さて……どうしたものか……



 どんな言葉を聞きたいのかなど分かりきっている。その手に掴みかけた巨大組織である聖導教会が小さく萎もうとしているのだ。若者らしい解りやすい欲望。言い換えるなら、野望。その全てがちっぽけな組織になろうとしているのだ。


「ですが先生。時間がありませぬ。明日には次期王が国内巡回の旅に出てしまいます。その行程に我らは一切噛む事が出来ません。これでは……」


 抗議がましく言ったバルバトスだが、ネテスは静かに頷きながら『解っておるとも』と言葉を掛け、息子に等しい愛弟子の肩へ手を置いてから言った。


「次期帝はマダラでもなんでもない。そなたの掌中に教会がある間に、再び巨大組織へと成長させたまえ。さすれば後世において、そなたの名声は管長エルヴィスをも超えるであろう」


 ネテスの自己顕示欲をくすぐる生臭い一言は、膨れあがったバルバトスの不安な心に突き刺さったらしい。世俗塗れな悪い笑みを浮かべた彼は『……そうですね』と手短に応えた。


「まだまだ修練の道は長く険しい。だが、心持ち1つで時の長さは変わるものだ。主の御手に全てがある。今はジッと時を待ち、好機に備えておくのも大切だ――」


 バルバトスと共に室内へと進んだネテスはそのまま礼拝堂へと歩いて行った。かつて幾度も問答を繰り広げ学びを得た礼拝堂の向こう。平原の中で走り回る聖導騎士達の馬術修練が見えていた。


「――手駒はある。だから慌てるな。ふて腐れもするな。素直な心で居れば良い」


 ネテスの言葉にバルバトスは若者らしい笑みを浮かべて首肯した。ここでは世俗と離れた聖導騎士達が訓練を重ねている。そして、その中にジダーノフ家の行軍へ同行した者が若干名存在していた。


 いつの日か、神聖革命をル・ガル全土に起こす為の戦力として、歴代法主が秘匿し続けてきた聖導教会の切り札。それを前に、バルバトスの脳内で何かが組み立てられつつあった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ