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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
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聖導教会との戦い 05

~承前




「あら、簡単に見抜くのね。流石だわ」


 鈴の転がすような声が流れ、エルヴィスは背筋にじっとりと嫌な汗を流した。

 まだただの助祭だった頃、彼はリリスと直接の面識を持っていたのだ。


「ご無沙汰しておりまする。ご存命とは知らず、大変な失礼をば……」


 奥歯を噛みしめ声を絞り出したエルヴィス。遠い日に見た美貌そのままに、リリスはその姿をヒトに変え、ドレスアップして太陽王の傍らに居たのだ。


()()あって神に召されそうになったのですけどね。なんとかこの世界に戻ってきましたのよ。あまりに口惜しくて死にきれなかったものですから」


 リリスが発した言葉は目に見えぬ刃だった。聖導教会が行って来た政治的工作の全てをリリスは知っている筈。一瞬にしてそれを見抜いたからこそ、エルヴィスは凍り付いていたのだ。


 そしてその隣。言葉を無くし佇む首席枢機卿バルバトスは、改めて太陽王が従える側近中の側近達に驚いた。筆頭の手下であるウォーク・グリーンは貴族階級ですら無い平民だ。


 知恵袋とでも言うべき魔導師はキツネのマダラであるし、最強のエリートガードは老練さを漂わす細身のネコ。近衛将軍として同席しているのは、あのレオン家一党から勘当されたジョン。王都騒乱の舞台裏全てを知っている立場の男。


 また、トラやウサギの魔法使いが混ざっていて、多士済々の面々を見れば家だの格式だのに囚われず、純粋な能力主義によって人選を行い周辺に侍らせてるのだと理解出来る。しかも、その中には……


「陛下の御身内勢揃いでのお出迎え。真に痛みいりまする」


 法主エルヴィスは僅かに震える声を絞り出した。突き刺さるような視線を法主へと送っていたのは、黒尽くめの衣装に面帯を付けた男だった。かつては同じ様な装いでヒトの家庭教師がカリオンに付いていたのをエルヴィスは知っている。


 そんな姿にもよく似た衣装の男は、太陽王が持つ最強の戦力。検非違使と呼ばれるバケモノ集団を差配する最高責任者であるトウリだ。そのそばにはヒトの姿をしたイワオとコトリの2人が居て、手を伸ばせばリリスに届く距離に居た。


 太陽王の手にある人的カードの豊富さ。


 言い換えるなら、種族を問わない能力的な選別と選択を繰り返した事によるその層の厚さに舌を巻いていた。そして、彼等聖導教会の差し金で様々な悲劇を生みつつも、その全てを吸収して戦力に変えた手腕にも。


「余はそなたらの戴冠を受けてないのでな。率直に言えば配慮する必用も無いと思ってきたが、国の政のみならず他国らの手前、あまり無碍にも出来ん事態となりつつあるのだ」


 聖導教会のトップを前に一方的な話を『上』から始めたカリオン。法主エルヴィスとバルバトス枢機卿は顔を見合わせ『然様にございますか』と、絞り出すように応えた。


 迂闊な事を言えば間違い無くすり潰される。いや、すり潰されるのでは無く滅ぼされるのだろう。国家の差配を望むがままに行える王が本気で対抗する事を選んだなら、国家権力との戦いになるのだから。


「世界は常にその情勢を変え、昨日まで敵であった者とすら手を取り合わねば成らぬ事も多々ある。余はそれをこの100年足らずの間に幾度も経験して来た。現時点において最も懸念すべきは獅子の国の情勢だが、同時にネコの国との軋轢もあるのだ――」


 カリオンは立ち話状態のまま一方的に言葉を続けた。誰憚る事、遠慮も無く、必用な結果の為に最短手で最強の一手を打つ。時折向けられる強い眼差しには豊富な知性と鋭い洞察力を感じさせる。



     ―――――これが太陽王か……



 バルバトスは息を呑んで事の推移を眺めるしか無かった。まだ若い彼は何処か社会や世界を構成する全てを甘く見ていたことを知った。聖導教会という閉じた世界の中で、権謀術数の限りを尽くし出世を試みてきたのだ。


 しかし、太陽王は激動する世界の中で自分では無く国家の全てを動かし、護り導く事を義務付けられ、しかもそれを果たしてきた。その経験の厚みや思慮深さを思えば、能力や実力の次元が違うのだと痛感させられた。


 そう。

 一言でいうなら役者が違うのであった……


「――彼の国との軋轢は解消したわけでは無い。余は獅子の国との間に緩衝地帯を設けんと試みたが、そもそも国力や自力の差で我がル・ガルとて力不足の憂き目を見ている。国家総動員体制を取り国難排除に努めた結果、我が国は過去の如何なる時代よりも疲弊し国民は困窮しておる――」


 悔しげな言葉を交ぜた太陽王の言葉。周辺国家を事実上併呑してきたル・ガルをもってしても太刀打ちできない存在。上には上がいると言う事を突き付けられ、太陽王もまた現実に打ちのめされたのだろう。


「――言うまでも無く余が庇護すべき義務を負う臣民らだ。だが、ネコの国は戦力を整え我が国への挑発を繰り返している。余は斯様な事態を改善し決着を図らんと欲するのだが、そなたらはいかように思うのかね?」


 カリオンの言葉に見え隠れするもの。

 それはつまり、遙かに巨大な相手を前にどう振る舞うか?なのだ。


 ル・ガルという国家を率いる男は国内の全てをもって生き残ろうとしている。

 それと同じで、国家という巨大権力に対峙する聖導教会はどうするのか?だ。


「数々のご苦労ご心労を思えば、労いの言葉すらも見つかりませぬ。我らの行いが障害になっていたやも知れぬ事を恥じ入るばかりであります」


 太陽王の叱責に対し、法主は言葉を詰まらせつつ絞り出すような声音で言った。これはチャンスなのだ。その命を狙ってきた太陽王が見せた最後の慈悲。ル・ガルという国家の中にある独立国のような組織を同盟国として見ようとしているのだ。


「我ら聖導教会の全ては太陽王()()の御事業に参加させていただきます。全てのイヌが安心して生きていける社会を築く為に」


 法主エルヴィスの言った言葉にバルバトスは驚きを隠せなかったが、同時に太陽王と言う肩書が伊達では無い事をも理解した。そしてもっと言えば、太陽王の政権にとって聖導教会など歯牙にもかけぬ存在であるのだとも。


 さらに言えば、この対応を誤れば教会自体が敵扱いされかねない。事と次第によってはネコの国への対処を行う一環で教会が滅ぼされかねない。敵と内通しているなどと疑われれば、国民の全てが敵に回りかねないのだ。



     ―――――器が違う……



 古来からそう表現されるように、このマダラはこんなに直面した現状況を逆手に取り、様々な困難を一挙に解決してしまおうと考えている。だからこそここにリリスやトウリを同席させている。


 教会内部の奥深くに残されている記録を読めば、聖導教会の差し金によりリリスは転生せざるを得ない事態となり、太陽王の側近として権勢を欲しいままに出来たはずのトウリが闇に紛れた存在へ身を落としたのだ。つまり……



     ―――――全て知っているぞ?



 ……と、言外に脅迫して来ているのだ。


「然様か。それはありがたいな。余はまた賛同者を得たり。果報者よ」


 満足そうに笑みを浮かべたカリオンは上機嫌に言葉を続けた。ただ、その笑みに混ざっているのは勝者の貌でもある。そんな姿にバルバトスの表情が曇った。今までは民衆の支配者として、太陽王とは異なる権勢を謳歌してきた故だ。


「過去、数々の残念な出来事があったのも事実だ。憤懣やるかたない者も多いだろうし、人生を棒に振ったり、或いは持てる全てを失って失意悲嘆に暮れた者も多くあるが、そこで復讐に駆られるのは愚かなことだ」


 遠回しに続く叱責と脅迫。全身を紙ヤスリで擦られるような、ピリピリとした魔力混じりの殺気。突き刺さるような鋭い視線が幾つも集中し、バルバトスは生きた心地がしない


 ならば素直に折れるしかない。組織的な防衛を図る為ならやむを得ない。それらを瞬時に判断し決断して見せた法主の力量。これもまたバルバトスにとっては学びと経験なのだが……


「父の帰りを待つ子らに吉報を届けられる。何より、天主の導きがそなたらを護るであろう。そなたらの働きに期待しているぞ。収穫期を過ぎた秋には西方遠征を行う事になっているので、戦力を整えよ。銃と砲の時代になったとはいえ、まだまだ騎兵は必要ぞ」


 上機嫌なカリオンを他所に、リリスはふとサンドラにアイコンタクトした。表向きはあくまでサンドラが帝后なので、そちらに花を譲った形であろう。


「陛下。皆さまも立ち疲れの頃合いでしょう。お茶を用意させます」


 全て立ったままだった法主と枢機卿は、正直に言えば動けなかったと言う方が正しかった。底知れぬ実力を持つキツネの魔法使いとネコの細作に剥き出しの殺気を叩き付けられれば、両の足がすくんでしまったという状態だ。


 どうやっても勝てそうに無い相手がここには幾人も居る。組織としての戦いならともかく、個人と個人の戦いという場面ではどうやっても太刀打ちできないだろう事など明白だ。


「いやいや、お心遣いに感謝いたします。帝后陛下」


 好々爺の笑みを浮かべ頭を下げた法主。慌ててバルバトスも頭を下げた。長年に渡りマダラを差別してきた聖導教会の頂点がマダラに頭を下げた。その歴史的な瞬間をキャリは見ていた。


「秋を前に息子を戴冠させねばならん。成婚もだ。そなたらがそうして良いと思うのであれば、戴冠と成婚に列席せよ。ル・ガルは新しい時代に入る。余の父は常々言っていた。新しい時代は新しい人間を鍛えるとな。ヒトの世界の言葉だそうだ」


 どこか上機嫌で動き出したカリオンは王の庭を出て王宮の大食堂へと移動した。

 その姿を見ていたバルバトスは確信した。この男には絶対にかなわない……と。






   ――――――その晩






「……では、共存を図るという方針でよろしいのですか? 教皇陛下」


 大聖堂の奥深く。小さな部屋の中にはエルヴィスが佇んでいた。その傍らには首席枢機卿バルバトス。向かいにはネテス枢機卿。教会を牛耳る眼光鋭い者達3人が顔をつきあわせていた。


「言ったはずだぞ? バルバトス。もはや教皇も陛下も使っては成らぬ」


 エルヴィスは静かな声でバルバトスを窘めた。

 バルバトスは胸に手を当て静かに頭を下げ、ネテスは眉根を寄せていた。


 日中。太陽王カリオンとの謁見を終えて大聖堂へと帰ってきたエルヴィスは、心配そうに待っていた枢機卿や司教達を前に言った。



   ―――――本日この時より教会の最高責任者を管長と呼称する

   ―――――それ以外を使っては成らぬ



 ……と。


 そこにどんな意味があるのかは解らないが、エルヴィスが方針を決めた以上はそれが教会の法であり、神の定めた摂理でもある。だが、長年培ってきた伝統や習慣が一瞬で変わる筈も無い。


 そもそも教会の基本的認識では、法主は王よりも上なのだ。しかし、エルヴィスはそんな権力序列の認識を変更すると宣言した。それは、それ自体は大した事では無いのかも知れない。


 だが、教皇を目指して出世争いを重ねてきた者には承伏しかねる話だ。思うがままに振る舞える権力を欲して泥沼の闘争をしてきた者にしてみれば、その半生を否定されるが如きものだった。


「ですが……陛下」


 バルバトスは喰い下がるが、エルヴィスは一つ息を吐いて言った。


「くどいぞ。バルバトス」


 その吐き出された息には、管長となったエルヴィスの悔しさと歯痒さが詰まっていた。だが、そうせざるを得ない事情もまたそこには込められていた。


「……はい。畏まりました」


 尻尾を丸めて頭を下げたバルバトス。

 その姿を見ていたネテスは、チラリとバルバトスを見てから言った。


「で、どうだった?」


 ネテスは単刀直入な言葉でエルヴィスにそう問うた。夜の帳が降りてから呼び出されたネテスは、悔しさに押し潰されそうなエルヴィスの内心を何となく感じていたのだ。


「……西方遠征に従軍せよと。国家を護る力となれと、そう命じられた。殺生を禁忌とする我らには……容易成らざる決断だ」


 溜息混じりにそう応えたエルヴィス。

 だが、ネテスは少々怪訝な顔で言葉を返した。


「そうじゃない。王は、あのマダラは信用できるのか?」


 長年に渡りマダラ差別を扇動してきた聖導教会だ。その内心は後ろめたさで一杯なのだろう。社会から斬り捨てられ、怨嗟の声を残し死んでいったマダラは星の数ほど居るのだ。


 それを嫌と言うほど知っているからこそ、その扇動を含む説法や説教を散々と行って来たからこそ、ネテスは何よりもマダラやケダマと言った存在を恐れている。苔の一念が岩をも貫くように、怨念の炎こそが最も恐ろしいのだ。だが……


「ネテス――」


 エルヴィスは鋭い眼差しをネテスへと注ぎ、真顔になって言った。


「――二度とマダラなる言葉を吐くなかれ」


 真顔と言うよりも迫真と言った方が正確なのだろう。

 ネテスは二の句を継げず、ただ黙って首肯するしか無かった。


「……良いか――」


 ネテスの首肯を見たエルヴィスは、首を返してバルバトスを見た。

 僅かに身震いした若いバルバトスは、背筋を伸ばして真っ直ぐに管長を見た。


「――負けたのだ。我々は。長年に渡り続けてきた壮絶な闘争の結末は、もはやどうしようも無いのだ」


 僅かにヒゲを振るわせてエルヴィスは言葉を続けた。中を泳ぐ眼差しが何を捉えているのかは解らぬ。だが、間違い無く一つ言える事は、あの男には。マダラと蔑んできたあの王にはどうやっても勝てそうに無いと言う絶望的な現実だ。


「長年我らが培ってきた伝統や制度の全てを破却する。次期管長は王の承認を得た者のみが就任する事とする」


 思わず目を見開いたバルバトスは『それでは!』と声を荒げた。ここに至るまでにどれほど金を使ったのか。どれほど頭を下げたのか。いったいどれほどの人間を失脚させてきたのか。


 数々の屍を積み上げた山の上に立つバルバトスは、己の人生その物が無駄になろうとしている現実に直面していた。ここで次期管長になれなければ、積み上げてきた様々な苦労や心労の全てが無駄になるのだ。


「……ネテス枢機卿――」


 バルバトスの抗議を一切無視してエルヴィスは続けた。


「――若き司教や枢機卿らは儂では無くそなたを何よりも師と崇めている。口惜しいほどにな。故にそなたを枢機卿では無く教導師として管長と同じ権限を持つ存在とする。もし……あくまで仮の話だが――」


 ヒゲを振るわせ今にも声を荒げそうなバルバトスを一睨みしたエルヴィスは、その肩に手を置いて言った。


「――儂が何らかの理由で王から暗殺された場合。次期管長選定までそなたが管長を代行することとする。そして、我が教団が存続し続けられる事を最優先とし、どれほどの辛酸を舐めようと、未来へ命脈を繋いでくれ給え」


 エルヴィスの吐いた言葉にバルバトスが凍り付いた。

 どれほどの覚悟でその言葉を吐いたのか。それを痛感したからだ。


「二言無く盲従し、言い訳を吐かず自制し、太陽王と王府の尻を嘗めて生きよ。鞭で打たれ、言葉の刃で斬りつけられ、疑惑の目を向けられ叱責されようと、尻尾を丸めて太陽王に従え。真心を持って支え続けよ。決して逆らっては成らぬ」


 奥歯を噛みしめながら、血を吐くように言葉を続けるエルヴィス。

 その言葉を聞いていたネテスは、ただ黙って頭を下げていた。

 どれ程に苦痛の決断だったのかを理解出来るからこそ……だ。


「次期太陽王となるあの若者は聡明だ。カリオン王が手塩に掛けて育てたのであろう事は明白だ。数々の困難を経験し、魂が焼かれるが如き試練を乗り越え、そうして初めて精神は成長する。戦の鉄火場で磨かれた鉄の心だ」


 バルバトスを見つめてそう言うエルヴィス。何を言いたいのか、手に取るようにそれを理解しているからこそ、バルバトスは黙って話を聞いていた。次期太陽王となる男は、権謀術数の限りを尽くし他人の頭を踏みつけてきた訳では無い。


 命のやり取りの現場で最後の輝きを見せた男達の最期を、彼は幾つも見取ってきたはずだ。なにより、己の部下に『死んでこい』と命を発したこともあるだろう。己の為に万歳を叫んで死んだ者達を背負っているのだ。



     ―――――勝てない……



 バルバトスは管長エルヴィスが痛感した事の全てを我が事として理解した。あの王の庭と呼ばれる場所で。大食堂でテーブルを介しお茶をした場で。数々の言葉を交わしたからこそ、エルヴィスは痛感したはずだ……


「我々はただひたすら純粋な真心を持って若王を支える。本来ならばカリオン王の若き頃にそうするべきであったのだ。それをしなかったからこそ、今こうして我らは聖なる導きのありがたさを説明説得出来ずに居るのだ。主の導きを最も軽んじていたのは、誰でも無い我々自身だ」


 エルヴィスがそう言うと、バルバトスは遂に両眼の涙を溢れさせた。己の間違いを認め、それを正し、より良く生きてゆく。聖導の教えにある根幹を最も軽んじていたのが自分達であった……と、管長はそう突き付けているのだ。


「もし太陽王が道を外れ暴君と成られても、我々は一心不乱に王を支える。若王が暗愚の帝と成られたなら、我らは人を送り込み、身を捨てて練言する。全ては我らが祖国ル・ガルが為。その為のみに我らは存在を許された。他ならぬ主によって」


 これこそが神の導きだとエルヴィスは言った。ネテスは『……然様か』と一言だけ漏らし、両の手を胸に当てて天井を見上げ聖句を唱えた。その姿を見ていたバルバトスは震えつつも、同じように両の手を胸に当てた。



     ―――――太陽の光と熱とをもって神の恩寵とし

     ―――――その温かさと眩しさをもって護られる事に感謝を

     ―――――大いなる主の愛と慈悲と真心が永遠でありますように



 気が付けばエルヴィスもまたその聖句を唱えていた。

 もはやどうにもならぬのだ……と、何よりも雄弁にエルヴィスは物語っていた。


「それでも……世の無常により我が祖国ル・ガルが傾き、太陽王の威光ですらも陰り衰える事があるやも知れぬ。その時の為に……この大聖堂の床に敷かれた石畳の下の、その土と泥で固められた地下深くに……豺狼の野心を埋めておく」


 驚いてエルヴィスを見たネテス。

 同じようにバルバトスも管長を見た。


「儂の後の代。そなたの後の代。未来の教会をまとめる者の代の頃。この地に主の導きを柱とする国家を創立せしめようとする心に、聖なる炎が燃え栄えるように」


 瞳を閉じたままそう言ったエルヴィス。

 ネテスとバルバトスは一度顔を見合わせてから『御意』と応えた。


 最初の太陽王がこの地に誕生した時から。

 いや、それよりも遙かに昔から、聖導教会は一貫した目標を掲げてきた。



     ―――――全ての種族が共存し共栄する神の国を作る



 イヌが全ての種族の奴隷染みた扱いをされてきた時代から、教会は現世利益を求める民衆の目を覚まさせる事に注力してきたのだ。だが、結果的にその全てが徒労に終わり、イヌ以外に信徒信者が存在しなくなっていた。


 神の愛より現金が良いとする現実主義が台頭したからだ。それ故に聖導教会はイヌの社会に浸透してきたのだ。良いか悪いかでは無く、そう言うものだ……と皆が自然にそう思うようになる為に。


 その目標も一時的に遠くなっただけだ……とエルヴィスは言ったに過ぎない。

 激動の時代は、もうすぐそこまで近付いていたのだった……


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