聖導教会との戦い 03
~承前
―――――読め
法主が突き付けた書状には、太陽王を示す刻印が示されている。
少なくともそれは、ル・ガル国内においては最も権威ある代物だ。
聖導教会の内部がどうであれ、ル・ガルという国家には明確なシステムが存在するのだと雄弁に語るもの。そして同時にそれは、聖導教会にとって明確なスタンスを示さねばならないと要求する代物。つまりは、認めるのか共存するのか……だ。
だが、それを読んだバルバトスは、まるで凍り付いたかのように表情を硬くしていた。わずかに震える手を隠そうともせず、固い声で呟くように言った。
「……これは……これでは……」
僅かにそう絞りだし、再び沈黙してしまったバルバトス。次期法主の座を確実なモノとした彼は、自分が法主の座に着いている間にやりたい事を先代法主の責任で準備し始められる。
それこそが首席枢機卿として次の法主の座を手に入れた男の特権だ。だが、逆に言えばまだ上がいる以上、悪手を打てば更迭される。つまり、やりたい放題にやれるようになる前に、思慮深く注意深く一手を打てる存在へと成長せねばならない。
そしてもっと言うなら、法主は次の法主を教育せねばならない。王府と対峙する権力機関なのだから重要な事だ。つまり、ここで下手を打てば法主により更迭されてしまう可能性だってある。
何処か辺境の寺院にでも送り込まれ、碌に手下となる司祭や助祭も存在しない立場となり、発酵した肥やしが発する酷い臭いを我慢しながら、どうせ理解出来まいと諦めつつも田舎者相手に経を説く事になる……
―――――それだけは絶対に承伏しかねる
ここまでの苦労を想えば、それは死刑の宣告にも匹敵する事だ。
だからこそ、ここで最大限のリカバリーを行えねばならないのだが……
「その内容を知るものは私のみだ。皆にも聞かせて進ぜよ」
太陽王からの書状を読め。しかも音読しろ。
法主はバルバトスにそう指示を出した。
それは法主エルヴィスによる折檻だろうとネテスは思った。
同時にこれは、問題を全員で共有し知恵を出し合う為の方法だと気が付いた。
―――――うまいな……
その手際の良さ。打ち手の上手さにネテスは腹の底で唸った。
次期法主を選ぶ重要な会議の場から既に何年か経過しているが、最近益々このラザス――エルヴィス――の手腕が冴え渡っていると感じている。
もっと言うなら、自分には法主など務まらなかったとネテスは再確認していた。
腹黒く水面下で事をこなさねばならぬ上に、表向きは人格者を装わねばならぬ。
そんな器用な事など自分には到底出来ないと結論付けていたのだった。
「で、では……」
一つ咳払いをしたバルバトスは、固い声でそれを読み始めた。
「……ひとつ。過日五年の内、国難克服の働きこれ無きの件。余は元より世間不審の余儀も無く、また、余も思い当たる節多々ありて聖導の責務放棄そのもの也」
最初の項目から強烈な言葉が付きつけられた。
室内に張り詰めた空気が漂い、誰かが小さくため息をこぼした。
―――――責務放棄
その言葉の裏側を思い至れぬほど愚かでは無いのだから、緊張が走るのもやむを得ないのだろう。ただ、それもまだ序章に過ぎぬ。少なくとも時期法主が顔色を悪くした代物なのだ。全員が表情を固くしつつ、言葉を待った。
「ひとつ。国府とは袂を分かつ戦力を持ちながらも、その活動は市民の防護防衛に非ず。怨敵調伏の祈りを行ったとも聞こえて来ぬ件。心算如何也」
大司教や司教ばかりでなく、室内に居た聖導騎士の面々が表情を硬くして話を聞いていた。彼等は教会の防護を受け持つ私兵に過ぎない。そんな彼等を役立たずだと罵り捨てた太陽王は、畳み掛けるように聖導騎士の不甲斐なさを論った。
「ひとつ。武篇のスペンサー家一党は獅子の国との合戦に於いて文字通り奮迅の働きに疑いなく候。古今繁栄なる名家ボルボン一党。これ艱難辛苦の遠征において他家に比類なき働きの事、刮目に値す。北辺のジダーノフ家。彼等一党一門全てが泥濘に身を染め、輜重補給の労務を果たし戦線維持に粉骨砕身の働きを為し候。家勢苦しきレオン家一党。老若の境これ無く戦に身を投じ、夥しき犠牲を払い国難を退け候」
長らくル・ガルを支えてきた公爵家の内、アッバース家を除く一門は騎兵を揃える尚武の気風が色濃いもの。そんな各家が払った犠牲は決して少なくない。太陽王はそんな各家の働きに最大級の讃辞を贈っている。
ただ、それにもまして聖導教会の神経を逆なでする文言は、次の一文によりなされた。マダラやケダマと同じく彼等の教義に反する存在。異教徒であるアッバース家の働きについても最大級の賛辞を送っていた。
「ひとつ。南方由来のアッバース家。他家の働き聞き及び、徒歩にて数百リーグを遠征し戦取沙汰の主力たる働き、大陸諸公に比類なき事間違いなし」
異教徒よりも役立たず。そう突き付けられた形の法主は表情を硬くしていた。
勿論大司教達もまた同じように凍り付いていた。
そもそも砂漠の民であるアッバース一門は、数世代に渡り聖導教会と深刻な対立を続けていて今もそれが色濃い。聖導教会側は彼等を異教徒と蔑み、その教えを邪教と公言して憚らないのだが、それは敵を作り出す事で結束を深める手法その物。
アッバース側も我関せずなスタンスを続けてきたのだが、カリオンの代になってからは明確に対抗する方針を打ち出している。聖導教会が太陽王の王権を認めなかった結果、アッバース一門が太陽王に接近した形だった。
「ひとつ。国軍の諸兵らの辛酸枚挙に暇なく、血涙飲みて屍山血河を踏破せり。将兵らのみならず軍役雑役に当たった軍馬等もまた身を痩せ衰えさせ、戦地に斃れた数知れぬ」
―――――軍馬以下……
聖導教会の貢献は馬以下である。
この一文を持ってバルバトス枢機卿から顔色も表情も全て失われた。
だが、太陽王の叱責はここからが本番だった。
「ひとつ。国難克服の役務は我国のみに非ず。我が国の負いし試練克服の重畳なる成果は他国の支援篤くありて為し得たもの也。太刀を携え槍を翳し武篇道の心得有りながらも傍観せしのみならず、諜報調略の働きひとつ無しえなかったその方らの存在は言語道断である」
他国からは聖導教会騎士団がル・ガルの予備戦力と見なされている。
そうともとれる文言は、聖導騎士達の表情を変えた。
あくまで教会の戦力である彼等は、神の意志の元に戦う事を誓った存在だ。しかし、他国はそう見ないだろうと言われた時、彼等は自らのアイデンティティで深刻なコンフリクトを起こす。
教会の暴力装置である騎士団はル・ガルでは無く教会の一部である。
とするならば、教会はル・ガルでは無いと言う事に成るからだ。
「ひとつ。そもそも国難を招き入れた原因は王都騒乱を招いた不心得者達を聖導教会が主導したからである。長きに渡り地下深くの要石として役目を果たしてきた者達の心得違いは、その方らが焚き付けた事を余は確信しているもの也」
バルバトスの読み上げたその一文で、室内から音が消えた。
「……やはり王の差し金と言う事だ」
法主エルヴィスの言葉が室内に漏れた。
過日、聖導教会内部で発生した大事件の真相を全員が悟った。
誰も立ち入れぬはずの法主書斎で先代法主は死んでいた。
いや、正確に言うならば殺されていたのだ。
書斎の椅子に座り、生き残ったアージン評議会関係者に向けて信書を認めていた最中に心臓を一差しされた。心臓に突き刺された短剣には、螺旋を描いてこぼれ落ちる陽光がレリーフされている。それは、太陽王の紋章だ。
「あそこへどうやって入ったというのだ……」
絞り出すように漏らしたバルバトスの言葉。
法主にとって絶対安全な場所だった筈の私室。
尖塔の天辺へは直通の階段が無い構造で、私室に入った後から跳ね橋を上げてしまうと室内へ入る手段は無くなる。そんな室内で殺された法主が発見されたのは、私室に籠もってから実に3日目だった。
先代法主は跳ね橋を上げてしまったので誰も入れなかったはず。だが、先代法主を暗殺した存在は、幾重にも魔法防御の施された結界を容易く突破し、私室へ直接飛んで入る離れ業を見せた。
「やはり魔術による転移だろうな」
ネテスの言葉はわずかながらに震えていた。
事前に侵入しても脱出には跳ね橋を降ろさねばならぬはずなのだ。
部屋から出てこない法主を誰もが心配し始めた頃、聖導騎士の身軽な者が石積み尖塔の突端へとよじ登ってなかを確かめた。僅か1坪程度しか無い室内は血の海で侵入者の姿は無かった。
進入経路も脱出経路も一切不明ながら、確実に一撃で絶命せしめている。どう考えても王の差し金による暗殺しかあり得ない。それが間違い無いと確信した法主エルヴィスは、バルバトスをジロリと見て続きを読めと促した。
「ひ、ひとつ…… 未曽有の国難に有りて国体を損ね国民窮乏の悲痛なる報を聞かぬ日は有らねども、その為に聖導教会による民への施しを聞いた験しが無い。命尽きんとする貧民を看取る事は救済に非ず、教会当然の責務也」
傍観を決め込んできた聖導教会の働き不足。
それを指摘する王の言葉には鋭い棘があった。
役立たず……と、真正面からそう罵られた形の聖導教会は、どうにもならぬポジションへ追い込まれた形だ。そんな詰問状には、だめ押しとも言える一文が付け加えられていた。
「ひとつ。公爵各家は経世済民の働きにより各家存続の危機に直面している。しかしながらその方らは当然の如くに各家へ寄付を要請するとは何事であるか。言語道断のみ為らず恥ずべき行為である上に、聖職にあるまじき事也」
各公爵家は地域から上がる税を使い、国難の為に軍団を派遣するだけで無く領民の困難窮乏を救済するべく活動している。そんな公爵家へ地域の教会が喜捨を募る使者を立てたと太陽王は叱責していた。
「ひとつ。木食荒行の果てに捨身辞世を謳いながらも現世利益を求め華美なる聖堂に籠り権謀術数の限りを尽くす者どもの事。余は甚だ不審に思うもの也。余の治世に於いて聖導教会が果たせし報国の働き一つもこれ無き事。甚だ遺憾也」
そう。そもそも聖導教会は清貧を美徳としていた。様々な地域と階層からドロップアウトした者達を教え導き、前世の罪を償って幸せな来世を得ようと教える胡散臭さ満点の組織だ。
そんな彼等も始まりの頃は栄養失調による餓死が続出していたと言う。だが、今の聖導教会は極楽浄土が現世顕現したと吹聴されるほど華美豪奢な教会の中に暮らしている。いや、享楽していると言って良い。
「ひとつ。戦の勝ち負けは世の習いにて余も勝利を失う事ままあるが、策謀を巡らし国体護持を果たしてきたと余は自負するも聖導教会はこれ如何に。栄耀栄華の保全保身に汲々とし、国益を顧みないのは言語道断である」
勝った負けたで頭を捻る国府と太陽王は、自分達に突っかかってくる聖導教会の存在がどうしても許せないのだろう。法主や枢機卿たちはそう理解した。だが、最後に書き記された一文は予想をはるかに超える要求だった。
「ひとつ。かくなる上は聖導教会法主自ら国境へ教会を設置し、国難調伏の働きを率先して行うべし。論難は是を論破し、弓箭の砌には聖導騎士を奔らせ調伏せしめんと働くべし」
―――――お前たちも最前線に出てこい。
要求は単純でシンプルだ。
だが、これ以上なく絶望的なものでもある。
社会の趨勢や世界の情勢など考慮せず、ひたすら権勢の拡大のみを主眼としてきた聖導教会。そんな無責任かつ無分別な宗教組織に突き付けられた太陽王の怒り。
「以上の記、数年の内に一廉の働き無き者どもへの折檻として申し付ける也。今後の働き国府国民の全てに示し、もって聖導教会が国家安寧に役立つ存在と証明すべし事。疑い非ざるもの也て、申し付け候」
―――――事実上の最後通告だ……
誰もがそう理解し息をのんでいた。
しかし、最後に付け加えられた文言が最も問題だった。
「どうした? 早く読みたまえ」
法主エルヴィスの声が突き刺さりそうな程に冷たい。
いや、声だけで無く存在の全てが冷たい。
老人特有の静かな怒り。或いは鋭い悲しみ。
この日、次期法主であるバルバトスは、初めて法主という存在が単に階級闘争を登り詰めた成功者なのでは無いと理解した。
そして、居並ぶ枢機卿達が息を呑み推移を見守るなか、絞り出すような声でバルバトスは残っていた分を読み上げた。それは、自分自身だけでは無く聖導教会全てへと向けられた強烈な刃だった。
「……じ、上記下命の件、数日内の返答無きしは王都新聞各紙への公開し、各紙の論評を求めるもの也。熟慮賢明な返答を期待致し候」
一言でいえば、王府による公開処刑だろう。
先の王都争乱を上手くまとめて以来、王都各紙の論調は概ね王府に同情的だ。
―――――王都のマスコミへ公開する
それは単に情報公開というだけの意味ではない。王都争乱を影で操った聖導教会によるマスコミ浸透策が通用しなくなっているのだと通告せしめるものだ。そしてこのマスコミ浸透策を長らく主導してきたのがバルバトスだった。
「バルバトス大司教。君の所見を聞こう」
エルヴィスにしてみれば、拙い手を打ったバルバトスに弁明の機会を与えた形だろう。だが、何を言っても言い訳になるのは目に見えている。そも、彼等の教義において言い訳は詭弁と同じと説いている。
罪を犯したならば言い訳せず、素直に頭を下げて許しを請いなさい。その為に教会があるのですから、教会へ足を運びなさい。そこで喜捨をして、教会の司教牧師があなたの罪の赦しを得る手助けをします。
何とも生臭い現世利益の為の詭弁。だが、罪悪感に震える者には救いの神に見えるのだろう。それ故に教会は莫大な収益を得てきたのだ。
「……ま、まず」
鼻先をカラカラに乾かしているバルバトスは、過呼吸一歩前の状態で頭脳をフル回転させている。だが、こんな時に頭を過ぎるのは自分達が説く教義その物だ。素直に頭を下げて許しを請えと口を突いて出そうになって、そして……
「べ、弁明の使者を立てます。その上で『誰が行くのだ?』
エルヴィスは殊更酷い声音でそう言った。
それはもはや言葉の鈍器で、バルバトスは引き攣った顔のまま固まった。
「君が行くのかね? それとも、私が直接出向こうか?」
法主の言葉の裏側にあるものを見抜けなければ、教会の頂点など務まらない。
そんな事を何となく感じたバルバトスは、ガクリと項垂れて言葉を絞り出した。
「王と王府を甘く見すぎておりました。己の不明に恥じ入るばかりです」
そう。バルバトスは王府と太陽王をなめて掛かっていた。
所詮は無能なマダラだろうと無意識のうちに蔑んでいたのだ。
だが、現実に立ち返れば、そこにあるのは絶望的な能力差だ。
国全体を差配し、他国と渡り合い、最善の結果を出すとんでも無い有能さ。
そんな男が王なのだと認識を新たにせねば成らない。
それを思えば己の悪手の本質を痛感するばかりなのだが……
「その通りだ。君の見識は改められた。これも主の導きであろう――」
法主は両の手を胸に重ね、十字の形に交差させて頭を垂れた。
聖導教会において交差十字の形は神の存在を意味する。
「――さて、善後策を早急に検討せねばならない。今後の方針と未来への計画だ。誰か意見ある者は自由に言ってみたまえ。我らも変わらねばならぬ時が来たようなのでな。儂の代でこれが出来るというのも主の導きであろうぞ」
法主エルヴィスは満面の笑みを浮かべて言った。
だが、その笑みの下に隠れる憤怒の臭いを全てのイヌが敏感に感じていた。
―――――同じ頃
「今頃はあの建物の中が大騒ぎね」
楽しそうにそう言い放ったリリスは、悪魔のような笑みを浮かべていた。過日、キャリとビアンカの成婚について、王府をなめきった内容の書状が送りつけられ、カリオンはもちろんファミリー全員が怒り心頭だった。
そして、リリスはもう一度暗殺を提案していた。名前すら印象に残っていない先の法主を暗殺したのはリリスとリベラのふたり。魔法で幾重にも防御された法主の書斎へ、転移術でリベラを送り込んでいた。
ある意味で生命魔法の権威である聖導教会だ。彼等の防護する施設へ生身を転移させるのは相当な魔力を要する。だが、魔法生物でしか無いリベラを送り込むのは造作も無い事。
送り込まれたリベラは先代法主が防御姿勢を取る前に刺殺した。それもご丁寧に太陽王の刻印が陽刻されたダガーで。その後、稀代の細作は音も無く小さな窓から脱出し、闇に紛れて帰還したのだ。だが……
――――新しい法主を教育しましょう
――――次期法主となる男もです
――――なんならすげ替えてしまえば良いのでは?
……と、それに待ったを掛けたのは、意外な事にもサンドラだった。最終的に王府の操り人形にしてしまおう……と、そんな提案をしたのだ。そしてその結果、カリオンは自らに聖導教会へと書状を送りつけた。
―――――太陽王の折檻状
後の世でそう呼ばれる事になる公開書簡は、カリオン自筆の物だった。その受け取り先は王都の聖導教会法主宛。サンドラは怒りに満ちているカリオンを前にして臆する事無く好機だと言い放ったのだ。
――――大切なのはあの集団も完全な支配下に置く事でしょう
――――むしろ国費を使わずに戦力を増強できる好機です
サンドラの中の何処かに残るフレミナ一門の血。権謀術数の限りを尽くし、相手の心をへし折り、屈服させて従える。狭い世界の中で相手を意のままに操る為の手練手管を尽くして来たのだ。そしてその結果……
「予想通りに……大混乱ね」
サンドラもまた満足そうな笑みを浮かべていた。
全国から枢機卿が緊急召集されただとか、或いは、首席枢機卿が大聖堂から退勤していないとか。王府に上がってくる情報を精査していたウォークは、ニンマリと笑いながらカリオンに報告していた。
その情報に触れたサンドラは、己の一手に踊らされる哀れな聖導教会の面々を思い浮かべ愉悦を隠しきれていなかった。オオカミの女だと陰に日向に蔑まれていた彼女にすれば、これもまた報復の一環だった。
「まぁ、予定通りで大変よろしい。で、今後の見込みはどうだ?」
執務室の中、ファミリーが揃う環境下でカリオンもご機嫌だ。長年に渡り煮え湯を飲まされてきた聖導教会を遠慮無くぶん殴る一撃を自らの手で放った。しかもそれは戦に及ばぬ平和的な手段で……だ。
それを思えば少々の労など厭わないし、気にもしない。大切なのは国家のあれやこれやに振り回されず、しかも遠慮無く使い潰せる戦力を手に入れる事。戦で手を抜けば敵にすり潰されるし、真剣にやれば戦果を得られる。
「早速ですが、聖導教会から使者を出したいと連絡が」
ウォークの元に届いた一報は、聖導教会の執行部より出された物だった。曰く、法主の親書を送付したいので使者を出すから受け取ってくれとの事だ。執行部とは法主の直下にあって枢機卿達が構成する輔弼組織。
つまりは次期法主となる男が独自に動いているのだろう。法主がこの動きを了承するか叱咤するかは解らぬが、少なくともこちらを下に見ている事は間違い無い。
「……ほぉ」
明らかに不機嫌そうな様子でカリオンがそう応える。
だが、実際には不機嫌では無く、怒りを噛み殺していると言うのが正しい。
「どちらが上なのかはっきりさせてやるべきですな」
「あっしも同じに。ちぃと嘗めてやがりまさぁ……」
ウィルとリベラも明確に敵意を示している。
だが、そうならざるを得ない理由があるのだ。
「で、どうするの?」
どこか楽しげにリリスがそう言うと、サンドラも同じように口を挟んだ。
立場の上下にはめっぽううるさいフレミナ出身らしい物言いでだ。
「使者が親書を持ってくるなら、門番遁所を受け持つ掃除係にでも受け取らせれば良いんじゃないかしら」
法主が太陽王に親書を出すのは、送付では無く奏上でなければならない。
だが、聖導教会としてはあくまで上からの物言いで送付としているのだ。
「……ならばこうしよう」
カリオンが悪い笑みを浮かべて切り出した対応策は、その場に居た面々の表情を悪巧みのそれに変えるものだった。