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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
幼年期 ~ うたかたの日々
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敵との遭遇


「4」




 ペタを山中に埋葬した五輪男とマイラがシレトコへ帰ってきた時、集落の中には消し炭になった幾つかの掘っ立て小屋と、イヌ『だった』と思しき黒焦げの死体があった。

 遅かったと呟いたマイラの声は震えていた。だが、油断するわけには行かない。


「イワ。何やってんだ?」

「俺の仕事の常識と言うか知識ではこう言うんだ。犯罪を犯した者は必ず現場へ戻る。何の心配が無くとも、確かめずには居られない。ってね」


 五輪男は村を見下ろす高台まで取って返した。言葉で説明するには難しいが、何となく村の中に居るよりは安全だと思ったからだ。少なくとも、自分を担いで平然と歩けるイヌの男とかと殴りあいをするような事態は避けたい。

 ついでに言えば、ペタの身体を斬った刃物は相当鋭利だ。しばらく前に担当した殺人事件の犯人(ほし)が使った凶器は刃渡りのある包丁だったが、相当に刃を立ててある刃物の場合、その切り口には角が出来る。


「今日のイワは戦士のようだ」

「兵士の間違いだろ?」

「へいし?なんだそれは?」

「戦で闘う男のことだ」


 息を潜めて事態の推移を見つめる五輪男とマイラ。

 やがて陽が傾き始め、アチコチの沢から男たちが帰ってき始めた。だが、そこにフェルの姿は無い。村内の惨状を前にして男たちが何事かを大騒ぎしているのが見える。


「イワ。行こう」

「いや」


 五輪男はジッと蹲ったまま眺めている。


「俺は行かない」

「なぜ?」

「ヒトの世界にいたとき、これで現場へ戻って大失敗した事があるんだ」

「失敗?」

「そうだ。犯人を。人殺しをした奴を逃がしてしまったんだ」


 マイラはジッと五輪男を見た。

 五輪男の横顔には猟犬のような鋭い眼差しが浮かんでいた。


「はんにん は げんばへもどる だったな。イワの言う事を信じてみる」

「悪いね。仲間に会いたいだろうけど」

「そんなこと無い。あいつらは仲間なんかじゃな……」


 しまった!と言う表情がマイラに浮かんだ。それを五輪男が笑って見ていた。


「どんな部隊なんだい?」

「ぶたい?」

「君も戦士なんだろ?」


 己の失言に顔を隠して後悔するマイラ。だけど五輪男は畳み掛ける事を止めない。犯人を自白させる為にもっとも必要な事は、精神的な動揺の回復をさせないことだ。


「そもそもおかしいと思ったんだ。碌に獣の居ない森の中で矢を持ってるとか、どう見たって雪の降る場所なのに、家が全部掘っ立て小屋だ。根を下ろして生活する村じゃ無いよな。って事はアレだろ? 何か目的が有るからここへ来たんだろ?」


 顔を覆っていた手をどけたマイラは、観念したようにリラックスしていた。


「全部お見通しって訳か。参ったな。イワは思っている以上に優秀なようだ」

「優秀かどうかは知らないけど、ちょっと頭が回れば気が付くよ」


 腕を組んでマイラを見ている五輪男は取調べ中の顔に変わった。


「で、君らの目的はなんだったんだい?」

「関係ある話か?」

「あぁ、勿論。ペタを殺した奴の動機だと思うからね」

「どうき?」

「殺した理由だよ」


 五輪男はもう一度集落を見下ろす。


「整理しよう。俺が目を覚まして数日後、森の中で俺は偶然保護された。で、村に運ばれたけど、その村は畑仕事をするでもなく家畜の世話をするでもなく、山狩りを繰り返してる。表向きは俺と一緒に生存者の捜索だ。だけど、どう見たって不自然だ。村の日常が全く無い」


 完全に取調室の中の刑事に成っている五輪男。マイラはその術中にはまった。容疑者を追い詰めて行く話術は、歴代刑事が次の世代へ受け継いで行くものだ。ヒトの世界からやって来た訪問者でひ弱な存在だと思ってきたらしいマイラは、まだその自己暗示から抜け出せていない。


「つまり、マイラたちは何らかの目的があってここへ来たんだろう? それは一体なんだい? それが解ればペタの死んだ理由や村が焼かれた理由が解る気がするんだ」


 大胆に核心へ踏み込んだ五輪男だが、マイラは抵抗するそぶりすら見せなかった。


「そもそもここへ来たのはイワみたいなヒトを探す為だ。今回は随分と多いけど、まぁ、こういう事はよくあるんだよ。多いときは何十人って落ちてくる。それを纏めて保護して連れて帰るのが仕事だ」

「しごと? なんで?」


 マイラはニコリと笑う。


「ヒトはお金に成るだろ? 売るんだよ。ヒトの売買を専門にしている商人に」


 悪びれもせずあっさりと認めたマイラ。五輪男もどうせそんなもんだろうと覚悟はしていた。だが、こうもあっさりと認められると拍子抜けのように感じてしまう。

 ヒトが商品になるのは特段おかしい事じゃ無い。奴隷貿易で散々儲けた時代が有ったのだから、それがこの世界に有ったって不思議じゃ無い。ヒトに人権らしきものが一切認められていないと言う事は、要するに家畜と一緒なんだ。

 それでもヒトを捜し求めたりするのは、何かしら役に立つからなんだろう。見たところ、この世界の科学的な常識などはヒトの世界に比べれば大幅に遅れている。


「ところで、売買されたヒトってどうなるんだ?」

「そりゃ色々だよ。どっかの金持ちの遊び道具とかもあるし、知識があればそれを生かす事をやらされる事もある。イワの場合は若くて健康だから、どっかの金持ち婦人の遊び道具じゃ無いかな」


 ――――遊び道具?


 五輪男の脳裏に男娼と言う単語が思い浮かんだ。あれこれ説明を受けた五輪男はイヌの寿命が大体二五〇年だと聞いていた。長い人生、暇を持て余した有閑マダムと顔も見たくない旦那衆の房事目的で取引されていると言う事かと合点がいく。


「じゃぁ、俺も売り目的で抱え込まれてるわけ?」

「そうだな」

「じゃぁつまりアレか? この村を焼いたのは同じ課業に精を出す同業者?」

「いや、それは違うと思う。同じ事をしてる奴らの間では争わないって取り決めだ」

「つまり、見つけた物は横取りしない」

「そう」


 ――――じゃぁ、琴莉を探す俺に付き合ってくれたのは、善意ではなく……


 一瞬五輪男は眩暈を覚えた。だが、冷静に考えてこれだけの労力を払うのはおかしいと気が付くべきだった。つまり、マイラを含めて、彼らは宝探しに来た。或いは、ヒューマンハントに来た。そういう結論に至るまで、五輪男自身が然程(さほど)時間を要しなかった。


「もう一つ聞きたいんだけど、この村を焼き払った連中にとって、こうまでするメリットってなに?」


 単刀直入な質問で()いた五輪男だが、マイラは首をかしげる。


「めりっとってなんだ?」

「あぁ。そうか。言葉の選択を間違えた。この村を焼いた連中は、焼く事で何を得られるんだ? 焼いたって欲しいモノが手に入るわけじゃ無いだろ?」

「そりゃ焼いたほうに訊かないと解らないよ」


 あっけらかんと笑って答えるマイラ。五輪男はこの女がどうも生き死にと言う部分で感性が弱いように思いはじめた。ただ、その感覚はヒトの世界の常識であって、あっさりと人が死ぬこの世界では普通なのかもしれないとも思い始めている。

 

 ふと見上げた空には大きな満月の白い月と赤く染まった小さな月が昇り始めた。人工灯火に乏しい村の中を月光が照らし始める。その明かりに照らされた村の中をイヌの男が幾人も歩いているのが五輪男にも見えた。


「なんかを探してるな」

「多分オカシラの隠してある銭壷じゃないか?」

「ゼニツボ?」

「あぁ。オカシラは稼いだ金を壷に入れて地中へ埋めるんだ」

「って事は仲間割れ?」

「いや、アレはレメルだ」

「レメルって言うとフェルの片腕だな」

「……まさか」


 突然マイラが走り出した。ゴム鞠が斜面をハネながら落ちて行くように。その流れを眼で追った五輪男は村へ向かうべきかここで待つべきか逡巡する。

 いま飛び出して行けば、なにか重要な事が解るかもしれない。だが、その得られた情報が今なんの役に立つのだろうか?と言う疑問も沸き起こる。まず間違いなく言える事は、五輪男自身自分が商品だと言う事について受け入れざるを得ないと言う事と、もう一つはここに居る限りとばっちりで殺される可能性がある事。

 ならば、下手に動かずジッとしているべきだと結論を出す。状況を見極めてから動くほうが得策だ。犯人(ほし)を泳がせてじっくり尾行しつつ、なんらかの接触を待つ方が良いに決まっている。


 だが、気が付いた時には五輪男自身が村へと向かい始めていた。いったい何をやっているんだ?と自嘲しつつ、ゆっくりと村へ下って行く五輪男。辺りの森を慎重に確認しながら、ゆっくりと、ゆっくりと。時間を掛けて。

 やがて村の話し声が聞える場所までやって来た。村の中で様々な声が飛び交っているのが解る。その声はマイラとレメルを中心に質疑応答が繰り返されているようだった。村の異変を巻き起こしたのは何かと言う事が段々と垣間見えてくる。


 ―――じゃぁ焼いたのはお前じゃ無いな?

  ――――私が焼いてなんか得があるのか?

 ―――イワはどこに居る?

  ――――ここを見下ろす高台だ

 ―――あいつらはイワを探している あいつが危ない

  ――――横取りされるのは勘弁だ

 ―――横取りじゃ無い! 殺される!

  ――――なんだって?

 ―――イワは……


 その直後。低く篭った嫌な音が響いた。茂みの中で息を殺していた五輪男もその音を聞いた。直後にマイラの悲鳴。そして、その悲鳴が直後に途絶える。


 ―――何者だ!

  ――――ここに居たヒトの男を差し出せば生かしておいてやる


 全身の毛穴が開くような威圧感のある声だった。

 本能的に恐怖を感じる声とでも言うべきか。

 尾行の果てに立ちん棒で張り込みした二十四時間監視を思い出す。


 ―――マイラ! マイラ! きさま!

  ――――どのみち死ぬんだ。早いか遅いかの差でしかない。


 会話からしてマイラは死んだ。そう思って間違い無さそうだ。五輪男の背筋にゾクリとした悪寒が走った。ついさっきまで会話していた人が死んだと言う事実に震えた。

 戦闘中に戦友がいきなり戦死するときって、きっと兵士はこんな感情を抱くのかと五輪男は想像した。だが、その前に今現状では……


 ――――まあいい


 その理屈でなく本能的に恐怖を感じる言葉の主は、問答無用で村人の残りを手に掛け始めた。辺り一面で恐ろしいまでの音が響き渡る。

 生き物が切られる音。怨嗟に塗れた最期の言葉。飛び散る血液が地面に降り注ぐ音。肉の塊りが大地に落ちる音。ただ、不思議な事に足音がしない。刑事の本能として耳を立てる容疑者の足音だ。まるで宙にでも浮いているかのように、全く足音が無かった。

 やがて、すべての音が無くなったあとで何者かが一息つく音が聞こえた。足音は全く無いのだが、人の気配だけはする。どう精査しても、実行犯は一人だ。

 刑事の習性が不意に現れてしまった。茂みの中で身体の向きを変え容疑者を目視しようとした、その時だった。



  ペキッ!



「そこに居るのは誰だ?」


 僅かな動きだったが、五輪男は小枝を踏み折ってしまった。文字通りに致命的なミスだと自覚が有った。不可避の破局がそこまで来ている。アレがここまできたら自分は間違いなく殺される。

 まだ距離はある。逃げるか?それとも立ち向かうか。二つに一つ。しかし、この人数差を物ともせず皆殺しに出来る実力の持ち主に、ヒトが抵抗できるのか?と不安に駆られてしまう。

 危険な事件(やま)を追っている時のように、拳銃を携行しているわけではない。完全丸腰で正体不明の存在に立ち向かわねばならない不運は誰を呪えば良いんだろうか?と不安になる。

 

 そして、その逡巡が本当の本当に致命的だったと気が付いたのは、腹部へ違和感を感じた時だった。


 ――――え?


 突然腹部へ感じた激痛。見下ろす自分の腹からは、血塗れになった槍の刃が見えていた。しゃがみ込んでいた五輪男はカクンと膝を着く。


「なんだ。こんな所にいたのか」


 何かを喋ろうとした五輪男だが、口を付いて出てきたのは血の球だった。べチャリと音を立てて血を吐き、そのまま前へと倒れた。タダでさえ暗い視界が余計に暗くなってきて、激しい痛みが全身を駆け抜けた。


 ――――うそ…… 死ぬのか? 俺 こんなところで 死ぬのか?


 身体に力が全く入らない状態で地面とキスをしたまま動けない五輪男。その身体を無造作にひっくり返され、何者かが顔を覗き込んできた。


「あぁ。確かにマダラだ。ヒトにそっくりだ」


 月をバックにしているからシルエットになって何も見えないが、その声の主はイヌとは違うと言う事だけは解った。どちらかと言うと細長い顔をしたイヌと違い、丸顔と言って良い種族だ。耳の形を思えば導き出される回答はただ一つ。


 ――――ねこ?


 だけど、もはやソレももうどうでも良い状態になりつつあった。激しい痛みと同時に全身に寒気がやって来た。殺人事件などで失血死する被害者(がいしゃ)は、必ず死の直前に寒さを訴えると言うが、五輪男もまた震えるほど寒かった。

 地面に突っ伏して震える五輪男の背後で、再びあの冷たく轟くような低い声が聞こえた。本能的に恐怖を感じる声だ。


「あんたには何の恨みも無いが、金を貰っちまったからには仕方が無いんだ」


 ――――怨恨の犯行じゃ無い! 計画殺人だ!


「ここで死んでくれ。ゼルさんよぉ」


 つまりこれは不可避の出来事だった。そうか。そう言う事か。寒さに震えながらも五輪男は得心した。地面に落ちる影を見れば何をしているのかすぐに分かる。剣を構えているのがわかる。

 俺の死にザマはこんなもんかと笑い出しそうだった。容疑者から犯人にランクアップした奴のお礼参りで交通事故にでも会うのが関の山だと思っていたのに。見たところ出刃包丁とかそんな次元ではない、充分な長刀だとはっきり解る。細長い影が地面に落ちて、それを今まさに振り下ろす所だった。

 

 その時、一陣の突風がすぐ傍らを吹きぬける。

 直後に五輪男は生暖かい液体をかぶった。

 鞭の中に流れ込む鉄臭い味。


「婿殿下!」「ゼル様!」「若!」


 口々に叫んで集まってくる者たち。ちょっと手荒に身体を起こされた五輪男が見たものは、暗い色になった揃いの服を着るイヌの男女だった。


「お前は誰だ?」


 唐突な驚きの言葉に五輪男の口がパクパクと動く。血が溢れ息が出来ない。世界が遠くなって行く錯覚を感じたとき、五輪男の口の中へ苦く酸っぱい液体が流し込まれた。反射的に飲み込んでしまった五輪男の身体に電撃が走り抜けたような衝撃を感じ、身体の心から灼熱を覚え、次の瞬間には口から大量の血を吐いて息が出来るようになった。


「お前は誰だ?」

「俺か?」

「そうだ」


 漆黒の毛並みをしたイヌは怪訝な顔で誰何していた。


「俺はイワオ。ワタラセイワオ。このネコが殺した連中の説明では、ヒトの世界から落ちてきたばかりのニューカマーって事らしい」

「にゅーかまー? なんだそれは?」

「この世界の新入りってことだ。落ちたばっかなんだよ。状況的に考えてな」


 怪訝な表情ではな死を訊いていたイヌの表情が僅かに緩んだ。


「まぁ良い。とりあえず死体を処分しろ。それと、その男を砦へ連れて帰る。ゼル様を探せ。事は急を要する。行け!」


 指示に従い走り始める男たち。五輪男は立ち上がって辺りを見回した。自分の腹部に有ったはずの傷が無い。間違いなく致命傷だったはずなのだが。


「死ぬ所だった」

「そのようだな。だが生き残った。運が良いな」

「全くだ」


 そのイヌはジッと五輪男を見ていた。


「見れば見るほど若殿にそっくりだ」

「若殿って誰?」

「そなたは生まれ育った世界とは違う所へやって来たのを理解できるか?」

「あぁ。もちろんだ。だってイヌが喋ってるもの。最初は死んだと思ったよ」

「まぁ良い。それよりそなた、実は凄い運命かもしれないぞ?」

「なにが?」

「それは追々説明しよう。とりあえずここを動かないでくれ。そなたを保護する」

「保護?」

「あぁ」


 そのイヌの男は手袋を取って掌を見せた。

 不思議な紋章が掌に掘り込まれていた。


「俺はヨハン。ノダ・アージンの手ごまの一人だ。とりあえずヨハンと呼べ」


 降り注ぐ月光の中。五輪男はそのヨハンの横顔を見ていた。




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