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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
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ル・ガル正史 <前編>

~承前




 寝静まった丑三つ時のガルディブルク城。

 足音を殺して不寝番が見回り警戒する王一族のフロアも寝静まっている。


 王太子の私室に設えられた巨大なベッドの上にはビアンカの姿。キャリと床を共にする様になっていた彼女は、まるで天子の寝顔だ。

 

 思いの外に嫉妬深く独占欲の強い人間性のビアンカ。愛のあるウチなら可愛い女ですむのだが、惚れた腫れたは一時の事だ。やがては后となり、王と共に思慮深く歩まねばならない時が来る。


 その時、情に振り回される程度の薄っぺらい人間性が徒になりかねない。


「…………………………」


 モヤモヤとした複雑な思いを押し殺し、キャリはそっと毛布を掛けた。

 俗に言うスーパー賢者タイムが訪れているせいか、微妙な後悔があるのだ。


 貞淑な女だと思っていたが、実際には一晩のうちで2回目3回目をねだる。その全ては生まれと育ちの暗さ故だろうとキャリは思っていた。全てを手に入れた時、人は変わる筈だと変に確信していた。だが……


 氏より育ち


 どこの世界にもある事だが、三つ子の魂は百まで続くもの。他人の幸福が許せなかったり、或いは自らの不利益には人一倍敏感だったり。そう言う部分での人格的な弱さや軽薄さ。もっと言えば浅ましさは……


「変わってくれるよね……」


 小さな声でボソリと呟いたキャリは、諸肌に薄着を羽織って書斎に座った。そこにあるのは王府が用意してくれた機密資料だ。


 城の地下には巨大な空洞があって、生ける者では立ち入れない領域だという。実際、現時点ではCO2などが溜まりに溜まっている危険な場所。リリスが暮らしていた頃には魔法による換気を行っていた場所だ。


 つまり、生物では立ち入れない場所に城の機密資料は保管されていた。誰がそれを取りに行ったのかは解らないが、その資料が今キャリの目の前に有った。


「…………………………」


 持ち出し禁止。特級部外秘。

 そんな文字の躍る報告書は3冊。


 年代記と書かれた事実上の歴史書。これはトゥリ帝の時代のモノ。

 武帝録と書かれた軍事行動報告書。これはシュサ帝の時代のモノ。

 共に言える事は、公には出来ない水面下の記録書だ。


 そして3冊目。

 公紡手記と書かれたそれは、カリオン王の手記をまとめたモノ。


 だが、実際に書き記されているのはマダラで王位に就いた一人の男と聖導教会が繰り広げた果て無き闘争の記録その物。そして、アージン評議会によるクーデターの全貌と、暗躍の詳細だ。


 その1ページ目を捲った時、最初に飛び込んでくるのは……


「父上……」


 そこに書き記したのはカリオン王その人のようだ。

 怒りを噛み殺し、殴り書きしないよう気を入れたのだろう。

 だが、そんな文字の端端は、尖りながらも震えていた。


   ―――――宗教とは人を蝕む毒である

   ―――――毒と薬は紙一重でしかない

   ―――――我が後に王となる者に告ぐ

   ―――――彼等に気を許す無かれ


 何を思ってそれを書いたのか。そんな事を思ってキャリはページを読み始めた。

 ただ、その全てが詰まった報告書は、誰にだって憤怒を喚起するものだった。


「……ウソだろ」


 そも、聖導教会による暗殺活動は父カリオンの父ゼル公にまで及ぶらしい。

 サウリクル家の長男として産まれたゼルは、どういう訳かマダラだった。


   ―――――オウリ・サウリクルはその生涯において

   ―――――息子ゼルを暗殺せんとする間者23名を斬殺せり


 その一文から窺える聖導教会の活動はただひとつ。マダラを根絶やしにせんとする暗殺活動その物だ。そして、その一文の次に書いてある内容は、衝撃的なんてモノでは無かった。


 太陽王がトゥリ公だった時代。この時に聖導教会が行ったのは、法主による政治工作だった。そして、この時点で聖導教会を根絶やしにする事を決意したらしい。そこで何があったのかは、記録した者の血痕付きで記録されていた。


「…………ウソだ。あり得ない……」


 聖導教会による諜報活動。その結果何が起きたのか。

 それは他国からの侵略活動。祖国戦争その物だった。


 キャリは慌てて年代記から読み直し始めた。2代目太陽王トゥリ帝による内政録だが、その本質的目標に目眩を覚えた。帝國歴100年に行われた通貨統一は、教会がバラ撒いた工作資金対策だった。その結果として周辺国家では経済的な混乱が生じたらしい。


「だからって……」


 西方の広域に根を下ろしていた様々な種族との国教を巡る紛争。基本的に第3次祖国戦争はそう教育される。だが、その真相はまったく別で、もっともっと泥臭く生臭く、腐臭に満ちた政治的闘争の結果だった。


 そもそも、聖導教会はガルディア全土に根を降ろす土着宗教だ。神代の時代に培われた根元的な価値観を現代に伝え導く教えだった。だが、いつからかそんな教会の中に派閥が出来たらしい。


 種族の壁を越えた教えだった筈だが、いつの間にか生物学的優位性などという世迷い事が飛び交うようになっていた。そして、結果的だがそこに教会内部の錬金術が生まれたらしい。


 そもそもイヌの社会だって血統毎に小さな部族国家状態だった時代が長くある。始祖帝ノーリによる統一前には、各種族毎に派遣を争っていたくらいだ。それ故だろうか、大陸全土に存在する教会は独自のネットワークを作り上げていた。


 そして、彼等の商品は情報だった。巡回牧師と呼ばれる修行僧によって各地の教会を有機的に接続し、様々な情報が集積されていた。ひとつひとつを読めば大して意味を成さない情報も、集積され分析を経た時にはとんでも無い商品に化ける。


 その本拠と言うべき古都ソティスには巨大な大聖堂があるのだか、それは神が与えたとまで呼ばれるもの。ただ、その本質と言えば、巡回牧師による地域間通貨格差を利用した利鞘の生成と集積の成果。


 結果論だが、聖導教会が蓄えた資金はとんでもない天文学的なものになり、トゥリ帝も無視できない事態になったのだろう。


「要するに……腹いせか」


 ……そう。

 キャリがボソリと呟いた通りの事が起きていた。聖導教会による政治的工作は利鞘を生まなくなった死蔵資金の有効活用だ。自分達の活動に関し、王の存在が都合悪い状況となっていたようだ。

 

 その為、西方地域へ大量にこれをばらまき、イヌ以外の種族が暮らす地域の経済を破壊することに成功した。これよって敵執心を煽り、現地聖導教会の牧師達は異口同音に説いた。曰く、イヌの王が悪い。その治世が悪いのだ……と。


 その結果、怒りに震えた各種族国家が一斉にル・ガルへの侵攻を開始した。聖導教会はそれこそが神の怒りであると太陽王を調伏しようとしていたのだ。そして、神の教えに帰依すれば、必ず争乱は収まるであろう……と。


 何というマッチポンプぶりであろうか。

 キャリの表情に凶相が浮かび上がった。


 だが、そんな第3次祖国戦争も、結果的には太陽王の舵取りで上手く収まった。面目を潰された聖導教会は、イヌ以外の種族地域における存在感を失った。地域から上がる寄附金や喜捨と言った資金が絶え、規模を縮小していく。


 しかし、その危機を時の法主は画期的な方法で乗り越えたらしい。ル・ガルを含めた各地域で唐突に始まったのは、魔導師や魔女を犯罪者に仕立て上げて地域から切り離し、彼等が得ていた地域からの資金を集める行為。要するに魔女狩りだ。


 そもそも聖導教会の僧侶達は回復魔法を使う。これについて誰も疑問に思わないのだが、それ自体も魔法の筈だ。人間の回復力を励起し傷や病を癒す秘術は相当古い時代からあるものだ。


 そしてそれと同じレベルで盛んだったのが、人を呪い取り殺す魔術や命を脅かす危険な魔術・呪術の解除。これもまた聖導教会の得意分野だった。そこに目を付けた時の法主が使ったのは、地域の敵を作り出す行為だ。


 様々な地域で尊敬を集めていた魔導師や魔女は街に居られなくなった。

 ローカルな存在としての魔術研究者達は、全て聖導教会によって駆逐された。


 『奴等は人を呪っておいて、その解呪で金を取る悪い奴だ!』


 そんな言葉が吹き荒れた。人々の苦悩を聞き、時には病を癒し、呪いを解き、救済に当たって来た魔導師や魔女と言った人々は人民の敵にすり替えられた。普段なら一笑に付す人々も、呪いそのものを解呪され元気になるのを見て意識がガラリと変わった。


 それまでは天命だと説き、面倒を見ることなく穏やかな死を迎えるように導いていた魔導師達は、一瞬にして詐欺師ペテン師に堕ちた。そんな魔導師や魔女達が牙を剥いたのは、結果的に太陽王だった。


 その結果、ガルディブルクの半分が焼き払われた。これもまた神の怒りだと説いた聖導教会は、資金の枯渇と人材の不足に苦しんでいた国家を尻目に独自の救済活動を始めたのだ。


 焼き払われた地域に巨大な館を建て、聖導教会は王都に入り込んだ。周辺に正教学校や修練場を建築し、同時に人民救済を掲げて貧民院を作った。そう。回復した王の機関が入り込まないよう縄張り化していたのだ。


「……鮮やかな手並みだな」


 感心している場合ではないのだが、それでもキャリは感心するしかなかった。様々な困難や逆境を逆手にとり、聖導教会はひたすら大きくなってきた。全土から喜捨や寄附を集め、病気や怪我を癒し、時には死の縁から掬い上げた。


 その結果、100年を要せずして聖導教会は確固たる地位を築いていた。

 だが、彼等の聖導教会にも治せない病が2つ有ったようだ。


 ひとつは生きながらに身体が腐っていく業病。

 もうひとつは貧民殺しと呼ばれる肺病。結核。

 ウィルス性の病は回復力の励起では癒しきれない。


 しかし、聖導教会の悪知恵はこんな時にも遺憾なく発揮された。マダラやケダマと言ったものと組み合わせ、前世の罪だとすり替えたのだ。持って産まれてしまった以上は神に帰依しろと説いたのだ。


「……まさか」


 そう。まさかここまでとはキャリも思わなかった酷い行為。マダラやケダマに産まれた者達を、様々な形で殺していた。非業の死を遂げるように仕組み、全土で暗殺して歩いたらしい。


 神の教えに反した者たちは死にます。間違いなく死にます。それが嫌なら教会で祈りを捧げ、教会へ喜捨しましょう……と。だが、マダラに生まれたゼル公は無事に育ち、有ろう事かシュサ帝の娘を娶ったのだという。


 不幸のどん底で世界を呪いながら死ななければならない筈のマダラが幸せに暮らしているという矛盾。それ故に聖導教会はどうしてもゼルを殺す必要があったらしいが……


「なるほどな……」


 トゥリ帝の時代から始まっていた国土総合整備計画。それらは貧民達を神の奴隷化から救う為のモノだった。仕事を与え、家や食糧を与え、地域を作るという意識を植え付けた。同時に公的教育機関を整備し、医療保険制度を立ち上げた。


 そこに見え隠れする知恵袋の存在を感じつつも、年代記には書かれていた。ル・ガルが国家としての体裁を整えていく本質的な理由とその必要性。全ては己らの欲望の為に国家を食い物にしてきた聖導教会対策だ。


 トゥリ帝は安らかな老衰死だったと年代記は結んでいる。前日まで執務室に入り、報告書に目を通し、議会の話を聞いた。全くごく普通の日常を送っていた……と。

だが、その行間を読めば嫌でも解る事がある。


「暗殺されたのか……」


 聖導教会による横槍なのは間違い無い。その結果、3代目太陽王となるシュサは183才で即位する事になった。脂の乗りきった働き盛りの武帝は、雷名を欲しいままにしていた。


「まぁ……そうなるよな」


 キャリの言葉が闇に溶けていく。不意に部屋が暗くなり、油を燃やしきり掛けた灯り立てへと油をつぎ足したキャリは、多少新しい本のページを捲った。


 武帝録と書かれた報告書の1ページ目は、第4次祖国戦争から始まっている。その全ては、聖導教会による横槍と、魔道師達による報復活動だった……


「…………………………」


 それを読めば、誰だって怒りに震えるであろう。それは、聖導教会による完全な非合法活動の記録だった。街を焼き払った魔導師による大規模魔法攻撃の核心は、彼等が『この日ならば太陽王はここに居る』と情報を流した事によるものだった。


 そして、彼等の非合法活動はそれだけではない。シュサ帝の息子たちが嫁とりを出来ない様に暗躍していた。そこに絡んでいるのは、よりにもよってフレミナ陣営等による太陽王の乗っ取り工作だ。


「……だからか」


 キャリが得心したそれは、カリオンによるフレミナ問題解決の為の画期的行為。ル・ガルからオオカミの国を切り離し、独自王位を彼等自身に作らせ、そして友邦国として独立させるというモノ。


 結果的に聖導教会は政治的闘争の両翼を失う事になった。何故ならカリオン王の父ゼル公によるフィエンゲンツェルブッハ復興支援と併せ、西方諸国とフレミナ陣営の両方ともに関係を安定化せしめた。


     『父の帰りを待つ子らに、父を届けなければならん』


 カリオンが繰り返し言ってきた事の根幹がここにある。その父の命を奪うのは、本来であれば生きる指針として人々を教え導くべき聖職者たちの政治闘争だ。自分たちの実利と権益の為に、どうしてもル・ガル自体を乗っ取る必要があったのだ。


 それをさせない為にシュサ帝が繰り返したのは、北伐と呼ばれるフレミナとの飽くなき闘争そのもの。共通の敵を作り出し、国家の引き締めを図った。そして同時に行った事は、聖導騎士団を戦に引っ張り出す事だ。


 厳しい局面に何度も彼等を投入し、聖導教会自体の資金的弱体化を図った。行軍したり補給したりと言った部分での資金手当てについて、聖導協会は地力完結を徹底していたからだ。だが……


「……………………ッチ」


 また。そう。まただ。

 聖導教会による裏切り行為。


 ネコの国との決戦ではウダ公が完全に謀られ殺された。その理由は、ネコの側に捕虜となった聖導騎士による自白とされている。だが。ここまで読んでいれば、その舞台裏も見えるというモノだ。


 最終的にシュサ帝は戦死され、カリオンはまだ学生だった身分で王位に就いた。いや、就くように仕向けられたのだ。マダラで王となるも未経験で教え導く存在すらない厳しい環境。


 そんな中でもカリオン王は実にうまく困難を解決してきた。それどころか、最強レベルの側近衆を揃え、国政に当たった。結果として国家は持ち直し、それどころか周辺国家との関係まで意気に改善したのだった。


「……リベラさんか」


 城の警備体制が強化され、侵入者は須らく処分されるようになった。そんな一文の本質は、リベラによる城内の抜け道監視体制整備なのだろう。キャリが知っている限りでも、相当数が城内でリベラの手に掛かって死んでいる。


 ウィルによる早期監視とリベラによる実働排除。この組み合わせが齎したのは、聖導教会が送り込む刺客の質的低下と資金の浪費だ。何より、マダラの王が生き続け国家を導き続けるという事自体が耐えられないものなのだろう。


「で、これか……」


 少しばかり声が大きくなったのか、ビアンカが不意に目を覚ました。

 薄明りの中にボンヤリと浮かび上がるキャリの姿を見て、何かを思ったらしい。


「どうしたの?」


 乳房も露わな姿のまま、ビアンカは起き上がってキャリを見た。

 少しばかり硬い表情になっていたキャリは、ニコリと笑って言った。


「ちょっとした勉強の時間だよ」


 キャリの解答に『ふーん』と応えたビアンカ。

 その眼差しは優しく柔らかい。だが……


    ―――――あぁ……

    ―――――そういう事か……


 同時にハッと気が付いたそれは、母サンドラがビアンカを嫌がった理由の根幹だった。どうしても『教会側の人間』と言う疑惑をぬぐえないのだ。リリス妃ならば魔道の力でいくらでも跳ね除けられるのだろうが……


「聖導教会が父カリオンの暗殺を狙って起こした事件こそ、王都騒乱らしい」


 キャリはあえて直球勝負でおっかない事をビアンカに吐いた。その反応を見たくなったのだ。だが、ビアンカはこれと言って反応らしい反応を見せる事無く、抜けた声で『そうなんだ』とだけ応えた。


「でも、あるかも知れない。法主様になるには100万トゥン掛かるって言う位だし、お金が絡めば人はなんだってするものよ。お金こそがこの世の神なんだから」


 そんな事を言って、再びビアンカは眠りに落ちた。静かにベッドへと横たわり、再びスヤスヤと寝息を立て始めた。その姿が愛おしいと感じてるうちは、警戒心も緩くなるのかもしれない。


 誰も信用できない状況下、父カリオンは孤独な戦いをしてきたのだろう。それを思えば、公紡手記と書かれた当代における裏記録を読むことは怖くもあるのだ。しかし、ここにそれがある以上は読まねばならぬ。


    ―――――父上……


 静かにページをめくり始めたキャリは、その記載に目を丸くしていた。血を吐くかのように書き殴られたそれは、軍やアージン一門による裏切りの記録だった。

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