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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
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黒幕再び

~承前




 ――――いつの間に打ち合わせしたんだろう?


 キャリが零した何気ない言葉。

 普段なら完全にスルーしている他愛ない一言。


 ――――知らなかった

 ――――昨日の晩はずっと一緒に居たのに


 その言葉がドリーの脳内でグルグルと渦を巻いている。

 あり得ない。あり得ない。あり得るはずがない。

 何度も何度もそんな事を考え、思考の整理に努めた。


 だが、その都度に同じ壁が立ち塞がっていた。


 ――――…………いつ打ち合わせしたのだ?


 ……と。


 昨晩はフィエンの街で総督役の店にて晩餐だった。

 テーブルにはカリオンとオクルカ。そして、キャリとタリカ。

 そこに自分とジョニーとヴァルター。


 店の主が自らにワインをサーブし、料理を運んできていた。

 伝言役など居ないし、メモを渡した様子も無い。

 他のテーブルに集っていたケバい化粧の女達も居なかった。


 ……なぜ?


 そう。単純に『何故?』が立ち塞がっているのだ。


 もしかしたら自分の知らない手段が太陽王にはあるのかも知れない。

 専用の光通信でカリオンはオクルカと連絡を取り合っているのかも知れない。


 それは、自分達公爵家の人間では無く、もっと太陽王に近しい者達。

 側近中の側近であるウォークや帝后サンドラが関わっているのかも知れない。

 そしてもっと言えば……


「前帝后リリス様」


 ぼそりと呟いたドリーは、それが不思議なレベルで腑に落ちた。

 幾度か顔を合わせたリリス妃も、今はヒトの姿になっている。

 それ自体には余り違和感を覚えないし、元からの雰囲気も変わっては居ない。


 すっかり遠くなってしまった過日。

 まだ先代当主のダグラス卿が側近中の側近として枢密院を興す前の事。

 カリオンが若王と呼ばれていた頃、スペンサー家へ行幸された時だ。


 あの時、まだ幼かったドリーはリリスと会っている。

 そのあと幾度か顔を合わせているし、当主の座に着いた挨拶でも謁見している。

 思えばあの時からリリス妃は何処か神秘的な面があり、ヒトの様に見えていた。


「……ん?」


 ドリーはふと疑問にぶち当たった。

 今、自分はいまなぜリリス妃がヒトだと思ったのだ?と。


 フィエンの街で用意された部屋の中、ドリーの思索は続いた。

 寝酒代わりのワインなど舐めつつ思案に暮れていた。


 そして今、ドリーはある壁にぶち当たっていた。盲目的に太陽王へと傾倒していたのだが、冷静に考えればおかしな点が幾つもある事に気が付いたのだ。


 そもそも王は何故こんなタイミングでネコの主力を迎撃したのだろうか?

 雪が有る季節故にオオカミの主力が来る事は能わぬ筈だ。

 本来ならル・ガルのみで対処するはずだった事だ。


 だが、王は彼等オオカミが来るのを知っていた。

 それもかなり正確な日時まで把握していた。


 そうで無ければフィエンの街で無為に時間を浪費することなどあり得ない。

 とっとと戦端を開いて早期決戦にしていたはずだ。


 ――――なぜ?


 そこにドリーの疑問が集中した。

 『なぜ?』なぜなのだ?と思考の堂々巡りを続けていた。

 そして良い塩梅に酔いが回ってきた頃、誰かが脳内で囁いた。

 顔までは見えぬものの、身なりの良い男が背中越しにボソリと呟いた。



       『 お前の信じる王はお前に嘘をついている 』



 不意に声を出してハッと笑ったドリーは、グラスに残っていたワインを一気に飲み干してから下品にゲップを一つ吐き、塩豆を幾つか口に放り込んで噛み砕きつつも言った。


「そんなバカな……」


 あの王が自分を裏切るはずがない。

 自分は公爵家なのだ。王を支える重要な柱で王の剣なのだ。


 絶対の忠誠を捧げたふたりと居ない太陽王なのだ。

 そんな王が隠し事をしたり裏切る様な事をするはずが無い……


「そうだ…… そんな筈など無い……」


 ボトルに残っていたワインをラッパにしてグビグビと一気に流し込んだドリー。少々胡乱な目つきで塩豆をもう一度つまむと、口の中へ放り込んで再びラッパでワインを煽った。そんな時だった。


「ん?」


 一瞬、部屋の灯りが揺らいだ。


 ――――酔ったか?


 何気なく部屋の灯りとなる蝋燭を見た時、その炎が風も無いのに揺らいでいた。

 その灯りの炎が大きくなったり小さくなったりした。燃え方が不安定なのだ。


「出来の悪い蝋燭だ」


 一つ悪態をついてその炎を忌々しげに眺めたドリー。

 だが次の瞬間その炎がゆらりと揺れ、まるでキツネを思わせる形になった。


   ――――ヒヒヒ……

   ――――お主はいずれ裏切られるぞえ……

   ――――その前に裏切ってしまえ……


「……は?」


 素っ頓狂な声を漏らしたドリーは、目を擦ってもう一度炎を見た。

 だが、その時には既に炎が安定した形に戻っていた。


「気のせいか……」


 妙に酔っ払ったような気になり、ドリーはそのまま寝てしまった。

 ストンと夢に落ちてしまい、その寝息が部屋に漂い始めた。


『寝たか』


 何処かからか低い声が響き、蝋燭の炎から黒い影がこぼれ落ちた。

 その影はスッと人の形になり、ドリーの枕元へと立った。


『お前の主はお前を捨てるぞぇ……お前は用済みになったら捨てられるのじゃ』


 ヒヒヒと嫌な笑い方をしたその影は、スッと消えて無くなった。

 深い闇が部屋に広がり、ドリーはイビキを掻くことも無く眠っていた……






    ――――――翌日


 妙な倦怠感と頭痛に苦しんでいるドリーは、ややフラフラしつつ馬上にあった。

 ル・ガル軍団は再び西進し、ブリテンシュリンゲンを目指していた。


「どうしたドリー。飲み過ぎたか?」


 街道を行く行軍列の中、ドリーの近くに居たジョニーがそう茶化した。

 猛闘種と異なり緋耀種の一門は常に艶々と輝く体毛がトレードマークだ。


 ジョニーはそれを丁寧に撫で付け、その上からこれまたしっかり磨かれた胸甲を着けている。その姿を見れば、誰だって世が世ならレオン家の跡取りだった男なんだと思うだろう。


「どうも昨夜は悪い酔いしたようだ。あのワインは質が悪いのかもな」


 胸をさすりながら気持ちの悪さを示したジョニーは、時々革袋の水を飲んでは街道脇の草むら辺りに向かってペッと吐き出している。スペンサー家の当主にあるまじき姿だが、当人はそれどころじゃ無い。


 胃の腑から上がってくる苦い物を水と共に吐き出すのは、二日酔いの対処療法に過ぎないもの。だが、それを堪えると今度は口中の不快感で気がおかしくなる。常に時期帝を指導せねばならぬ役割ならば、冷静で居なければならぬのだ。だが……


「………………………………ッチ」


 小さく舌打ちして眺めるその姿は、太陽王カリオンの後ろ姿だ。その隣にはオオカミ王オクルカが居て、あれやこれや今後について討議しているのだ。国政や世界情勢といった物は王の専権事項故に口を挟むのは憚られる。


 だが、王の隣にありたいと願う男にしてみれば、その姿は羨ましくもあり、苦々しくもある。人間の嫉妬と羨望は、時に精神を狂わせる。女は感情の生き物と言うが、男だって充分感情の生き物なのだ。


「ドレイク卿。あれ、何ですかね?」


 唐突に声を掛けられたドリーは、ふと我に返った。

 声を掛けたのはキャリで、彼方を指差しながらドリーを見ていた。


 福々しい丸顔のネコが数名、馬上にあって一行を待ち受けていた。

 その一団の真ん中に居るネコは女性かマダラかのどちらからしい。


「旗……ですな。それも……あれは……」

「ネコの騎士団だ。あれ、獅子の国でも見たサヴォイエじゃないですかね?」


 茨の冠内部に16程の家紋が並ぶそれは、ネコの国の女王を選び出す16の氏族それぞれを象徴する家紋だ。そしてそれはネコの国で選ばれた物だけが所属できるサヴォイエ騎士団の団旗でもある。


 国軍騎兵では無く女王の親衛隊がやって来た。まずその事にドリーは身構えた。だが、その様子は余りにおかしく、また異常だった。女なのかマダラなのか判断はつかないが、よく見れば薄青に彩られた甲冑には胸のふくらみが表現されている。


 ――――女だ

 ――――女騎士がやって来た


 ネコの国の頂点が女王である以上、その側近中の側近となる騎士には女性が付くとしてもおかしい事では無い。そして女性特有の問題や悩みについて、忌憚なく相談し対処を命じられる便利さもあるのだろう。だが……


「なんでたった5騎なんでしょうか?」


 そう。団旗を翳している騎兵は、本当に僅か5騎しか居ない。

 しかもその5騎は槍を持たず腰に佩た剣のみの姿だった。


「行ってみましょう」

「そうですね」


 前進を選択したドリー。キャリも大して疑わず着いていった。だが、カリオンとオクルカの所まで来た時、ヴァルターは振り返って『殿下を後方の安全な場所へ』と小声でドリーに伝えた。


 ヴァルターがそれを言うときは間違いなくカリオンの指示であり、それは絶対的な命として実行せねばならない事だ。


「……殿下。後方へ」

「仕方ないですね」


 忸怩たる表情となったドリーは、それでも任務を果たした。

 騎兵団列の後方まで下がったふたりは、耳を澄まして話を聞くことにした。


「イヌの国の太陽王とお見受けする。手前はサボイア騎士団の紫集団を預かるビオラ・サヴォイアと申しますが、如何に」


 良く通る声だと思ったキャリは息を殺して声を聴いていた。

 直線距離で50メートルほど離れているが、その声は驚くほどに良く通るのだ。


「然様。余が太陽王カリオンである。サヴォイア卿。如何なる用があって余を待ち受けたのだ? 用件を聞こう」


 威風堂々とした姿のカリオンがそう返答すると、ビオラは左腰に佩いていた剣を右手で持ち替え敵意が無い事を示した。そして左手で胸を叩き、私心なく大命でやって来た事をジェスチャーで示した。


 だが、そうはいってもその姿は余りに異形だ。ビオラの周りにいるネコの騎士は身体の各所に返り血を浴びていて、ところどころにどす黒い血の乾いた跡が残っている。何よりその中央に居るビオラは、脛の辺りからポタポタと血を流していた。


「太陽王よ。こんな願いを持ち込むネコの愚かさをどうか赦してもらいたい。我等がネコの頂きにおわす女王ヒルダ様は狂を発せられた。事態を理解出来なくなり、復讐を呼びかけられている。最後の一兵までイヌと戦えと」


 それを言うビオラの表情が大きく歪んでいる。奥歯を噛み締めるように歪ませ、屈辱と哀しみに満ちた顔をしている。それを見ればカリオンとて嘘をついているとは思えないのだ。


 だが、それと同時にカリオンの耳の中では、あのノーリの鐘が鳴り始めていた。誰かの死を予告するその鐘の音は、事態が大きく変わる時にも幾度か鳴った事があるのだ。


 ――――どういう事だ?


 カリオンはオクルカと顔を見合わせ、少々怪訝な様子でビオラを見ていた。続きを言え。或いは、もっと詳細な事を話せ……と、そう要求するような姿だ。そしてそれを見て取ったのか、ビオラは両手を広げ切り出した。


「女王は僅かな間にまるで人が変わったように攻撃的になってしまった。サヴォイエを預かる幾人もの騎士長が敗北の責で解任され、女王自ら魔法で凄惨に粛清された。私は幾度も女王を止めようと諫言したのだが、まるで取り合って下さらない」


 まるで泣き顔の様な表情となったビオラは、ついに涙を流しながら訴えた。

 それはまさに迫真の言葉だった。


「国軍騎兵の長や騎士団の長だけでなく、様々な軍関係者や国家機関の関係者が粛清されてしまった。国が思うように発展していない。国軍の敗北や弱体化の原因。理由は様々だが、女王ヒルダ様自身が悔しいからと言う理由だ――」


 その余りに横暴かつ子供じみた話にカリオンは言葉を失った。もちろん隣に居たオクルカもだ。国を預かる重責は恐怖となって心を蝕むものだが、それらの八つ当たりをしない様に自重する事も求められるのだから。


「――まるで生気を感じぬ騎士らを連れ、獅子の国より王婿陛下がお帰りになった後、如何なる報告を聞かれたのかは解らない。だが、まるでエデュ様にそそのかされたかのように『エデュが国へ帰ったのか?』


 カリオンは今まで見た事が無いような厳しい表情でそう言った。

 ビオラは少々怪訝な顔で『えぇ。お帰りになられた』と応えた。


「それはおかしいぞ? エデュはネコの国体そのものをシーアンに移すべく準備に入っているはずだ。余は彼の活動について支援を行っていた。そなたらはまずシーアンに向かい状況を確認してみるべきであろう」


 カリオンがそう答えると、ビオラは完全に虚を突かれたような表情になり、小さく『は?』と言うのが精いっぱいだった。そして同時にその周囲に居た騎士たちも怪訝な顔になっていた。


「エデュ様は確かにお帰りになられた。そんな筈は……偽物とでも?」


 ビオラのすぐ近くにいた三毛のネコがそう言った。

 だが、カリオンは幾度か首肯を返しつつ言った。


「世界には完全に化けきる技術を持った種族が居る。余も幾度か謀られた事があるし、余も見破れなかった偽者に騙されかけた事がある。少なくとも余の目には本人にしか見えなかったが、見破る術を持てる者には効かぬらしい」


 カリオンがそう答えると、ビオラは眉根を寄せて思案した。


「……言われてみれば、魔術に長けた者ばかりが粛清されている。まさか……そんな事は無いと思うが……あのヒルダ様が謀られるなど……ありえ――


 まるで譫言のように繰り返したビオラは、ハッとした表情でカリオンを見た。

 そして何かを言おうとした瞬間、突然猛烈に苦しみだして落馬した。


「やっ、やめろ!何をする!やめろ!」


 整った美しい顔を醜く歪ませたビオラ。

 その顔色は瞬く間に青くどす黒くなり、健康的な色をしていた唇までもが真っ白に変わり果てた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 悲鳴とも絶叫とも付かぬ声を発したビオラは、何を思ったか甲冑を留めるバックルを外して鎧を脱ぎ捨てた。身体を前後から挟む構造のプレートアーマーを脱ぎ捨てたとき、身体を包んでいたフェルトの下着が赤く染まっているのが見えた。


 それがビオラの流した血だとカリオンが気付く前に、ビオラはその下着を力ずくで引きちぎるようにして脱ぎ捨てた。その下着の下には豊かな胸が揺れているのだが、問題はその下だ。


「そなたッ!」


 カリオンと共に見ていたオクルカが驚いたのは、ビオラが脇腹に大きな生傷を負っていたことだ。まだ切って程無いらしいその生傷からは血が漏れている。いわゆる影腹と呼ばれる部分に傷を入れていると言うことは……


「こうでもしなければ正気を保てない。ネコの国はいま、上から下まで狂気に包まれている。誰しも正気を失っていて、ヒルダ様の狂に当てられおかしくなっているのだ」


 血を吐きながらそう言ったビオラは地面の上でのたうち回りつつ、踝辺りの隠し扉から小さなナイフを取り出した。その刃がキラリと輝き、カリオンはその独特の色合いから真銀と呼ばれる魔鉱金属であると直感した。


 ミスリル。或いはオリハルコンなどと呼ばれる精神感応物質は、使い手の意思を反映して魔法効果を発揮するのだ。


「お前には負けん!」


 ビオラはそのナイフを勢いよく自分の脇腹に突き刺そうとした。だがその直前、ビオラの脇腹に有る生傷がバカっと開き、鮮血がドッとこぼれた後で名状しがたいウネウネと動く黒い物体か出て来てからた。


「貴様か!」


 ビオラは左腕で脇腹から姿を表した物を掴もうとしたが、その黒い物体はまるで意思を持つ生き物のようにグッと伸び、その先端を口のようにパカリと開いて威嚇する猫のように『シャーッ!』と吼え猛た。


「貴様になど負けるものか!」


 ビオラはその黒い何かをナイフで切り落とそうとするが、身体に力が入らず切ることが出来なかった。それを見て取ったオクルカは吸魂の太刀を抜き放ち、ビオラに駆け寄ってその黒いものを根本から切り落とした。


 その瞬間、ビオラは『ウグッ!』と鈍い声を出し、そのまま突っ伏して動かなくなった。その魂を斬ったのかとカリオンが思ったとき、切り落とされた黒い名状しがたいものが再びウネウネと動き、やがて人の形になった。


 そのシルエットはまさに七尾のキツネだった。


「異空間に封印され、幾多の心弱き者達の、その精神の一角でお前を探していた。イヌの王よ。お前をとり殺すためにな」


 聞き覚えの有る声が響き、カリオンは『また貴様か!』と怒声を発した。

 その声が契機か、黒い液体のような七尾のキツネはスッとフォルムを取り戻し、小さな人の姿になった。


「ここで会ったが好機ぞえ。ここならばネコのバカ女の魔力であの重なり女も来れまい!まずはお前が死ね!」


 七尾のキツネであるウォルドが両手を広げ何かの魔術を行使した。

 どす黒い禍々しき煙がまるで蛇のようになり、カリオンへと襲いかかった。


 だが、カリオンのすぐ近くにいた騎兵の一人が『陛下!』と叫びながら、その間に割って入った。そのまま煙の蛇を受けた騎兵は煙のように溶けて消え去った。


「貴様!」


 カリオンもまたオリハルコンの戦太刀を抜き放ったが、その前にウォルドの黒い蛇が襲いかかってきた。剣技には絶対の自信を持っているカリオンだが、その剣技と同じ速度で魔術を繰り出すウォルドはリーチが長い分だけ有利だ。


 ――――――陛下!


 絶体絶命のピンチとなった時、カリオン周囲のエリートガード達が我先にと肉の壁を作りカリオンを護る為に立ちはだかった。


 だが、そんな騎兵達を次々と飲み込む黒い蛇は、何事も無かったかのようにウォルドの元へと帰る。そしてその都度、小さかったウォルドの姿がどんどん大きくなっていった。


 ――――喰っているのかッ!


 騎兵達が消散する都度に大きくなるウォルドは、やがて筋骨隆々とした姿になっていた。狂気染みた笑みを浮かべ『そろそろ死ね!』と再び技を繰り出した。カリオンの周囲にはいくらも残って無く、もはやこれまでと思った時、オクルカの吸魂の太刀が唸りを上げた。


 その太刀は黒い蛇を断ち切り、ウォルドも『グフッ!』と鈍い声を発して苦痛に顔を歪めた。膨らみ張り裂けそうになっていたその姿が幾分か小さくなり、吸魂の太刀に吸われたのかとカリオンも思ったのだが……


「その禍々しき太刀は目障りじゃの。お前も一緒に死ね!」


 ウォルドはその手から二匹目の黒い蛇を出し、カリオンとオクルカ同時に襲い掛かっていった。オクルカは果敢に吸魂の太刀で斬り掛かり、蛇を切り落とした。カリオンもオリハルコンの太刀を振り下ろし、蛇を斬ろうとした。


 だが、吸魂の太刀はともかく、ただのオリハルコンでは煙を斬るが如きで、その黒い煙状の蛇がカリオンを押し包もうとした。もはやこれまでと思い、さすがにカリオンも覚悟を決め覚醒者の姿を取ろうとした、その時だった。


「邪魔をするでない! またお前らか!」


 ウォルドが唐突に叫び、同時に黒い蛇がパッと霧の如くに消えた。一瞬何が起きたのか理解しきれなかったカリオンとオクルカだが、命永らえたのは解った。そしてその理由は、直後に現れた存在によってだと直感した。


「ふぉっふぉっふぉ 間に合ったようじゃの」


 ボンヤリと浮かんだ白い光の玉がフワリと現れ、その光がパッと消えた時その中から焦げ茶色をした九尾のキツネが現れた。それを見たウォルドは『コウアン!』と叫ぶのだが、同時にその身体がキラキラと光りながら砂のように崩れ始めた。


「葛葉や玉藻の術はすり抜けられてもワシの術には無理なようじゃの」


 コウアンと呼ばれた九尾のキツネはフワリと両手を払って煙でも追い払うかのようにして見せた。その瞬間、ウォルドの身体が急速に老い衰えながら崩壊し始めたのだった。

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