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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
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王の道 王への道

~承前




「まず、あの街の顔役に会う。お前の代になってもあの男は健在だろうからな」


 どこか上機嫌なカリオンがそう言うと、キャリは黙って首肯した。ガルディブルクを出立して既に5日目となり、彼方には目指す街の尖塔が午後の光に輝いているのが見え始めている。


 ル・ガル西方 都市自治領

 フィエンゲンツェルブッハ


 ル・ガルの庇護下にはあるが、街の住民がイヌならぬ種族である為に自治を認められている、いわば都市国家だ。周辺に散在する3つの街と7つの村を合わせたネコによるル・ガル領で、太陽王に任命された弁務官が存在する。


「エゼキエーレ氏ですね?」


 確認する様にキャリが言うと、カリオンは『そうだ』とだけ応えた。かつてカリオンの妻であったリリスの生母レイラが世話になったという街で、ネコの国軍が焼き払ったのを北方総監だったゼル公が復興して以来、ル・ガル領になっている。


 キャリの知る知識上のフィエンはそれで終わりで、どちらかと言えば通過点でしか無かった。だが、ここから先はそうも言ってられなくなるのが目に見えている。父カリオンにとっては国際社会へデビューした街らしい。


 ――――上手くやれ……


 そんな眼差しで父カリオンが自分を見ていると思えば、キャリは自然に身が引き締まる思いだ。ネコの騎士団を迎撃するべく戦力を揃えての出撃を行ったのだが、その規模はあっという間に20万に達する状態で、その差配を学ぶ為の行軍だ。


「これだけの人数が入れるのでしょうか?」


 キャリの参謀役としてやって来たタリカは、女性物の乗馬衣装に身を包んでキャリの近くを歩いている。王都に残れと散々言っていたキャリをねじ伏せ、側近役の座を誰にも譲らないとしているらしい。


 だが、傍目に見れば女そのものであるタリカの存在は、ある意味ウィークポイントにもなりかねない。そしてもっと言えば、物好きにはたまらない存在であるケダマなのだ。


 戦場のドサクサに紛れ掠われかねないし、あらぬ陵辱を受ける可能性だってあるのだ。それを思えばキャリはどうしてもタリカを城に置いていきたかった。だが、頑としてそれ受け付けず、最終的には折れるしか無かった。


「人数的には問題ないだろう。かつて『ゼルさまが復興を命じた街ですね』


 カリオンの言葉を遮るようにそう言ったキャリ。

 そんな言葉にニヤリと笑ったカリオンは、短く『そうだ』とだけ応えた。


「若。王たる者はまず相手の話を聞くことも重要ですぞ」


 キャリの近く。タリカと共に馬上にあったドリーがそう嗜める。王都の近衛連隊を中心に出動した関係で、キャリと共にドリーがやって来た。だがそれは、ドリーにとって一日千秋の思いで夢に見る野望を果たす為だ。


「まぁ良い。それよりネコの側はどうだ? 何か動きはあるか?」


 決して遅くは無い速度で進軍中なのだが、その道中は驚くほど快適だった。


 獅子の国との戦で街道整備を進言したジダーノフ家による改良工事は、延々と続く石畳の舗装路を出現させていた。しかもそれは隙間なく石を敷き詰めた上に水泥と呼ばれるコンクリートや叩き漆喰に近い素材を使った平面舗装だ。


 当然の様に車輪の付いた馬車などでも快適な移動が約束されていて、ことに糧秣や弾薬などを輸送する場面では大型馬車が使われている。その結果、輸送力が格段に向上しているのだった。


「今朝の段階でネコの軍勢はブリテンシュリンゲンに居るようだ。偵察隊による光通信では食料の調達に手間取っている模様とある。まぁ、後先考えずに突っ走って来たと言う状態なのだろうな」


 報告書をよんで内容をまとめたアレックスは、『そもそもネコの国自体も食糧備蓄が底を付きつつあるはずだ』と付け加えた。従来より行われてきたル・ガルによる食糧支援は年末の便をもって終了している。


 それについてネコの側から再開の要望が出ている節は無く、また、来ても無視する方針で一致している。もはやまともに相手をするつもりなど無いし、来たところで追い返すだけ。いよいよ堪忍袋の緒が切れたと言う部分を突き付けるのだ。


「という事は、ブリテンシュリンゲンの糧秣倉庫が襲われた公算が高いですな。今頃は連中がたらふく食って英気を養っている事でしょう」


 ドリーがそう言うと、その場に乾いた笑いが起きた。

 夜盗の徒党と何が違うのだ?と鼻で笑いたくもなる。


 ただ、笑ってばかりも居られない現実だって存在している。

 誰もそれを言い出さなかったので、ジョニーがそれについて口を挟んだ。


「ブリテンの街の次はフィエンだ。あの街にゃ15個師団が喰えるくらいの糧秣を備蓄してある。あれが連中の手に落ちるのは歓迎しない事態だぜ。何とかしねぇと後に響くと思うがどうするよ?」


 相変わらずな調子のジョニーだが、カリオンは幾度が首肯して応えた。そして、顎を摩りながら空を見上げた。その脳裏で様々な事を思案しているようだが……


「ジョニー。急行軍を行う。第一第二連隊は余に続け。国軍騎兵と歩兵師団は糧秣輜重団列と共に後から付いてくるように指示を出せ。キャリ。タリカ。後続をしっかり統制して連れてこい。ドリーも頼んだぞ」


 カリオンの命に『え?』と驚いたドリーだが、その前にカリオンは単騎で駆けだしていた。ジョニーは頭上で槍を二回回し『急行軍!第一第二近衛連隊は続け!』と命を発した。


 すぐさま一騎当千の近衛騎兵達が一斉に駆け出し、それを目で追ったジョニーはドリーに言った。


「わりぃな。キャリ達を頼んだぜ。勝負はこれからだ。焦んなって奴さ」


 また置いて行かれた!と憤懣やるかたないドリーの肩をポンと叩き、ジョニーもまた一気に馬を加速させて行った。その後ろ姿を見送ったキャリは、ガックリ肩を落としているドリーの痛々しい姿に声を掛け損ねている。


 だが、少し馬を前に出したタリカがその脇腹を突き、何か言えと僅かな仕草でドリーの方へ注意を向けた。


「ドレイク卿。今回もその……すまない」


 小さな声でそう詫びたキャリ。

 ドリーは『これも任務です』と苦笑いで応えるのが精一杯だった。






 ――――その日の夕刻


「まさかこんなに早く来るとは……」


 満面の笑みでカリオンを出迎えたエゼキエーレは、クワトロ商会の本部会館ではなくル・ガルにより建設された自治本部の中で太陽王を待っていた。


 西方にあるブリテンシュリンゲンからは悲痛な情報が幾つも届いていて、どうやら街の住人が裏切り者扱いで惨たらしい事になっているそうだ。それを何とかしたいとは思っているのだが、正直に言えば打てる手はもう無かった。


「ここも我が領ぞ。国民を守らねばならぬからな」


 上機嫌で馬上マントを降ろしたカリオンは、世話役としてやって来たクワトロ商会のスタッフ達に渡して建物に入った。早速お茶が用意され、さすがに喉も渇いていたのでひと思いに飲み干してしまった。


「で、何か用があるから来たのだろう? 私は何をすれば良い?」


 対等の立場で遠慮無くモノを言っている姿に鼻白んだ様子のル・ガル騎士が幾人かいるが、カリオンは別段腹を立てる事も無く普通に会話していた。それこそ、まだ20才にもなっていない頃からの付き合い故だ。


「あぁ、それなんだが……ネコの騎兵団はエデュ・ウリュールが率いているという情報だ。どうも情報の齟齬があるようで、変な角度から逆恨みされている節があるのだ。故に直接話をしたい。彼に取り次いでくれ。武装を解き、穏便に……な」


 それを聞いたエディはウンウンと首肯しつつ、『ビアンコが街に居るからな。旧知の者を取り次ぎに立てて仲を取り持ってもらおう』と提案した。それについてカリオンは満足そうに頷きつつ『任せるよ』と応えた。


「まもなく息子がやって来る。あなたにも面通しをしておきたい。そして、将来的にはアレの面倒を聞いてやって欲しい。まだまだ修行中だが、よく学んでいると思うよ。親の贔屓目抜きにね」


 カリオンが零した珍しい親バカぶりにエゼキエーレも自然と笑顔になった。人の子の親になった事で、また一段と成長したのだろう。だがそれは、人間的な成長であると同時に為政者としてまた一段育った事を意味していた。


 見るとは無しに全体を見る。バランスを取りつつ、重点配分が出来る。そう言う部分のさじ加減は、学んで身に付けられるようで出来ない者には永遠に無理な事柄でもあった。


「では、街のホテルに部屋を用意させる。王の為に造ってあった特別室だ。まだ誰も使っていない所なので、今夜は特別な夜になりそうだ。ささやかだが晩餐会を開きたいので、是非次期太陽王に目通り願いたい」


 カリオンに気を使った物言いに切り替えたエゼ。やはり出来る男だとカリオンは腹の底で思うのだが、実際にそれを確認したのはこの日の晩だった。街の関係者やビアンコなども出席した王の歓迎晩餐会は急な仕立てにも拘わらず万全だった。


 細かなところまで配慮の行き届いた晩餐のあと、夜を徹しエデュは出掛けていった。その為に晩餐会と旅立ちの仕度を同時進行で行ったのだ。無理なくそつなくこなしたその手腕にキャリが舌を巻く。


 そして、用意されたホテルの一室に入った時、エゼキエーレの実力をキャリはつくづくと理解した。かつて何があったのか?を克明に記録したフィエンの街史が部屋に用意されていたのだ。


「これ、学べって事だよな?」


 晩餐会を終えて部屋で寛ぐキャリは、そのぶ厚い街史をパラパラと捲りながら斜め読みを始めた。そんな姿を横目に見つつ、キャリの上着などを始末したタリカはお茶を用意してキャリの傍らに置いた。


 すっかり女の所作が板に付いたタリカは、キャリが真剣に呼んでいるのを邪魔する事無く、ただ黙って待っていた。真剣に学んでいるその横顔に、タリカの胸がキュンと高鳴っているのを必死で隠していた。


「なぁタリカ」


 街史を呼んでいたキャリが不意に顔を上げると、タリカはプイッとそっぽを向いて恥ずかしさを必死に誤魔化した。しかし、その仕草や態度の全てがタリカの内心をこれ以上無く雄弁に語っているのだった。


「な、なんだよ」


 ついつい男だった頃の言葉が口を突いて出た。

 だが、その声音もキーの高さも完全に女になっている。


「……俺を男としてみてないか? 最近」


 いきなり直球勝負がやってきて、タリカは思わず息を呑んだ。体当たりでぶつかっていくやり方は、一定の関係以上な時でなければ危険をはらむものだ。だが、キャリは遠慮無く本音でタリカに迫った。


「迷惑……か?」


 そこに込められた意味をキャリが理解しない筈も無い。

 もっと言えば、そこはかとなく見える願望が痛々しくもある。


「迷惑じゃ無いが……いや、うん、そうだ。迷惑だと思う者も多いだろうな」


 遠回しに表現したそれは、キャリとタリカの立場やその変化に起因する物だ。


 次期太陽王の宰相として側に侍る最有力候補だったタリカ。カリオン王と侍従長で事実上の宰相で王府の最高責任者であるウォーク・グリーンの関係と同じ様な物だと周囲は見ていた。


 だが、そんなポジションに居たはずのタリカが外見的には女性化してしまっていた。生殖能力が備わっていれば、間違い無く帝后の最有力候補にランクアップしただろう。だが、問題はそこでは無い。


 次期太陽王の側近というとんでも無いポストが空席となったのだ。そんな所にまだ『女』が居ると言う意味で、様々な軋轢を生み出してしまっている。男尊女卑的なヒエラルキーであったり、或いは、女に務まるのか?と言う蔑み。



   ――――――女は感情の生き物



 何となく社会的にそう認知されているのだから、はっきり言えば太陽王を振り回しかねないと誰もが危惧している。それ故にカリオン王は妻リリスやサンドラに国内の保健衛生的な面で公式にポストを用意していた。責任と言う目に見える軛だ。


 だが、男でも女でも無い存在が側近にいて、しかも感情は女だが子供は作れないなどと言う中途半端な存在を認める訳が無かった。女面の感情。つまり嫉妬に燃え上がった末、男側思考としての権謀術数を駆使する災厄そのものな存在だ。


「……まぁ、軋轢を生み出す元だろうけど――」


 奥歯をグッと噛んで悔しさに震えるタリカ。その内心が荒れ狂う大海原なのは言うまでも無い。だが、はっきり言えばキャリが好きなのだ。好きで好きでどうしようも無い所まで来ているのだ。


 それこそ、もう少し遅くなってから救出されていれば。性転の秘術が完成していれば。完全な女になっていれば……と、そんな無体な願いに身を焼かれた夜も一度や二度では無い。


 やがて来るはずの朝。キャリとビアンカが並んで揃って同じベッドで朝を迎える朝には、嫉妬に狂って自殺でもし兼ねないほどに、狂おしいほどに感情を掻き立てられていた。


「――むしろ完全に女になっていれば良かったとすら思うよ」


 完全に油断しきったと言う事では無く、相手を信頼しているからこそ素の自分をさらけ出し、叶わなかった願望を吐露したタリカ。それを見ていたキャリもまた内心に様々な物が去来している。だが……


「仮にそうだったとしても、俺はゴメンだな」


 敢えて突き放すような言葉を吐いたキャリ。

 タリカはその内心の全てを見抜いた上で、寂しそうに笑いながら言った。


「あぁ。多分そうだろうな。いや、そうなるよ。男同士の友情って奴だよな」


 仮に自分が女なら。立派に穴の開いた女性器を持つ女なら、或いはセフレの様な使い道として役にたったのかも知れない。忌むべき習慣としての衆道文化は明るみに出ないだけで幾らでもある。


 尻穴の貸し借りで夫婦の様になった男番の話しなど、実際には酒の席で出て来る笑い話としていくらでも存在している。そんなポジションに収まったかも知れない悔しさや口惜しさに、タリカは焼かれ続けていた。


「最終的にどうするのか?って部分をよく考えるんだ」


 そう切り出したキャリ。タリカはそれが自分の処遇なんだと理解していた。言うなれば、生物的な袋小路に陥った様なもの。子孫を残す事も出来ず、かといって軋轢を生み出し続けながら側近は続けられないだろう。


 それこそ、将来的に完全な側近ポジションに収まったとしても、今度は女達の嫉妬を集める事になる。なによりあのビアンカがタリカに対し寝所仇的な目で見てくる将来を回避出来ないのかも知れない。


「……いっそ何処かの戦役であっさり死ぬよ。その方がすっきりするだろ」


 タリカは軽い調子であっさりとそう言った。だが、その直後にキャリが怪訝な声音で『はぁ?』と返した。いや、怪訝と言うより不機嫌な声音と言った方が良いだろう程度のものだ。


「何言ってやがる。ちゃんと女になるのか男に戻るのか、どっちが良い?って聞いてんだよアホ」


 あえてきつい物言いになったキャリ。だが、タリカは言葉を詰まらせ目を潤ませていた。惚れた男に突き放された女のいじらしさと言えば聞こえがいいだろう。しかし、この場面に限って言えばそれは全くの的外れだった。


「自分でも……解らない……どっちが良いんだろうな……」


 奥歯をグッと噛んで肩を震わせたタリカ。何となく気まずい空気になり、さすがのキャリも『すまない。言い過ぎた』と言おうとした時だった。


「もう遅いから……寝るわ。おやすみ」


 スッと立ち上がったタリカは振り返らず部屋を出て行った。悶々としたままその背中を見送ったキャリはろくに眠れず、夜は更けていった。その、翌朝……






「殿下! 大至急こちらに!」


 明け方になってやっと眠りについたキャリは、慌ただしい声に叩き起こされ目を覚ました。気が付けばホテルの中が大騒動になっていて、完全武装の騎士たちが通路を埋め尽くしていた。


「何が起きたんだ?」


 ぼんやりとする頭を振って目を覚ましたキャリだが、彼を起こしに来た近衛兵士は血相を変えた状態でキャリを誘導していった。向かったのはル・ガル兵士の内、女性事務官などが滞在するフロアだ。


 その時点で何となく嫌な予感がしたのだが、案内された広めの部屋の前でキャリは全てを察した。部屋から漏れ出てくるのはタリカの体臭。そして、濃密な血の臭いだ。女性器を持たないのだから生理による臭いではない。


 では、何が起きたのか?

 暗殺などの行為によるものか、若しくは……


  ――――まさかッ!


 案内役の兵士を押しのけ部屋に入ったキャリ。その目の前ではクワトロ商会に所属する医師が治療の為の魔法を詠唱していた。ル・ガルでは余りなじみの無いものだが、ネコの国のエリアではメジャーなものらしい。


 ややあってタリカが目を覚ました。見ればその細身となった下腹部が大きく切り裂かれ、そのまま短剣は上部胸腔へと突き刺されていた。内臓の大半を一撃で機能不全へと押しやり、最後は心臓を完全に破壊したようだった。


「並みの腕ではありませんね」


 タリカの介抱をしていたのは、行軍に付いてきた女性事務官だ。だが、その頭に耳は無く、またイヌの様な牙も持たない女性。ヒトの女性がここに居た。苦しむタリカを見ながら『ゆっくり水を飲んで』と声をかけている。


  ――――あッ!


 瞬間的にキャリは思い出した。この女性は検非違使の中でも指折りの実力者の一人で、別当からの信任も厚い存在だ。名は確か……


「コトリさん。何故ここに?」


 本来ならばキャリにとっては叔母に当たる存在だが、カリオンはコトリとイワオの真実をまだ話してはいなかった。故にキャリにとっては検非違使に所属するヒトのひとりでしかないのだが……


「これだけ騒ぎになれば嫌でも気が付きます。それより、これを」


 コトリが差し出したのは、オオカミの国で作られたエリクサーだ。ル・ガル製のエリクサーとは魔法作用の機序が異なるもの。ただ、その威力はル・ガル製に引けを取らない。問題は、なぜそれをタリカが持っていたのか?だ。


「タリカ。何があった?」


 真顔でそう問うたキャリ。

 だが、開口一番に言ったのは、その問いの答えでは無かった。


「寝てないようだな。多分俺が原因だろ。悪かった、変な事言って――」


 しっかり寝不足を見抜いたタリカは、小さく息を吐いてから言った。


「――自分で確かめようとしたんだ。どっちなのか?って」


 それを聞いたキャリは『どっち?』と単純に聞き返した。

 しかし、それに対する回答は息を呑む物だった。


「オオカミのエリクサーは回復させるのでは無く元に戻すって考え方で作られてるんだよ。だからワザと自分で自分に致命傷レベルの傷を入れて、死にかけた状態でエリクサーを使ってみようと思ったんだ。自分が……男なのか女なのかって」


 ケダマの姿をしているが女では無い。立派な胸を持っているし、身体のラインはまるっきり女そのもの。だが、生殖能力が有る訳じゃ無く、穴が開いている訳でも無く、単に外見だけが女に見えるだけ。


 男の側の能力も失ってしまった自分自身の、そのアイデンティティの問題で苦しんだ末の凶行なのかも知れない。そして……


「途中で痛みに負けて気を失っちまったから失敗だ。今度は上手くやるさ」


 笑顔でそんな事を言ったタリカ。

 キャリは一言『バカか』と応えるので精一杯だった……


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