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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
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未来への一歩・破滅への一歩

~承前




 ――――たぶん……


 そんな切り出しで始まったリリスの言葉に対し、サンドラはどう返答するべきか一瞬だけ逡巡した。それは余りにも唐突で、尚且つ核心を突いた物だったからだ。


 ――――このまま行けばビアンカは将来の帝后ね

 ――――あの子に色々と教えておこうと思うけど、どう思う?


 サンドラにとってそれは、文字通りな晴天の霹靂だった。ビアンカはあくまで修道女であり、教会に属する平民だ。身分と言うものへの感覚的な相違は、何処まで行ってもふたりの間に相変わらず存在していた。


「あの子の希望が第一なのは……場合によっては軋轢を生まないかしら」


 リリスとサンドラが話し合っているのはビアンカのこれからだった。修道女としては良く仕込まれているが、貴族社会において上手く振る舞えるか?と言うと、多少どころかかなり心許ない部分がある。


 だが、城への侵入者騒動から数日経っていた日、リリスは直接キャリに問いただしたのだ。ララを甲斐甲斐しく世話するビアンカに対し、キャリはそこはかとなく距離を詰めようとしていた。


 それに気付いたリリスは、黙って見守るのでは無く直球勝負を選択したのだ。


 ――――あなた

 ――――あの子の事どう思ってるの?


 ……と。


 それに対しキャリは『解らない』とだけ返答した。およそ男女の惚れた腫れたな感情は、場数と経験を積み重ねて敏感になっていくもの。自分の心がどうなっているのかなんてものは、冷静になろうが理解出来やしないものだ。


 ただそれは、はた目に見ている第三者にはありありと映る代物でもある。そしてリリスはこの時、あのビアンカが招来の帝后であると直感した。未来が見えるのではなく、単純に女の直感だった。そして……


「まぁ、そうだけどさ。逆に言えば誰を選んでも軋轢は生まれるわよ。それに、そんな軋轢の中でも大事にしそうな、されそうな娘じゃないと、本人が一番不幸になると思わない?」


 何処か楽し気なリリスは、何一つ遠慮する事無く言い放った。幼馴染的な立ち位置から帝后となった彼女には、身分の違いと言う感覚が薄いのだろう。サンドラから見た時、それだけが一番の懸念材料だった。


「けど、仮にそうだったとしても、それじゃ収まりが付かない子は沢山居ると思うのよ。今まで相応に仕込まれて教えられて、それだけを目標にしてきた娘にしたら納得出来るかしら」


 サンドラ自身が自分の経験として思う部分。キャリと同世代に生まれた女達が辿った成長の日々すべてが無駄になりかねないと言う部分で、全くもって他人事では無いと感じていた。


「それって……あの子の身の上の話?」


 リリスが不思議そうに訊ねたそれは、サンドラの出自からだった。ザリーツァの支配者の家系に連なる一門に生まれ、ナチュラルに他を見下す感覚を身に付けてしまった彼女は、身分の違いというモノを常識として育ったのだ。


 自由な風の吹くル・ガルの中でだいぶその手の思想が抜けていた筈だったが、ビアンカが偶発的に口にしたその身の上に心底驚き、同時に格下であるという感覚を得てしまった。そうなってしまうと、人間は常時そういう発想になるのだ。


「……そう……ね」


 ビアンカの母はサルビアと言う名で、サウリクル家が所領とする地域の聖導教会に属するシスターだった。地域の貧しい階層出身でビアンカが物心付く前には、既に他界していた。


 そんな彼女を育てたのは、実はサウリクル家当主であったカウリ・アージンの妃となった第3夫人であるオリビアその人だった。サンドラがトウリの所へと嫁いだ時、オリビアは第3夫人であると同時にサウリクル家の婦長でもあった。


 そう。貴族では無く平民出身でありながら、大公爵家当主の妃にまでなったオリビアによる様々な援助が彼女を育てていた。何故なら、オリビアもまた聖導教会に属する修道女だったから。


 そして、ビアンカの母サルビアはオリビアの実の妹。つまり、ビアンカはリリスから見れば義母従兄弟に当たる存在だった。


「やっぱ身分か……」


 うーん……と頭を捻るリリス。午後の日差しが降り注ぐ王のプライベートエリアでは、微妙な鞘当てが続いているのだった。


「貴族が優れてるとか平民が愚かとか、そう言う事じゃ無くて……」


 サンドラは取り繕う様に言葉を並べた。

 ただ、それ自体はリリスだってよく解っている事だった。


「うん。言いたい事は解るよ。けど、出自や家の格じゃなくて、本人の能力とか立ち振る舞いとか……ね。なにより言えるのはさ。本人同士がその気じゃないとダメなんじゃ無いかな」


 何処まで行っても、こればかりは相容れないものだろう。物の考え方という面では、リリスとサンドラでは180度開きがあるのだから。道徳的に優れているなどと言う世迷い事を本気で信じて育ったサンドラには、到底受け入れ難い物だった。


「確かにそうだけど、肩書きとして正妻になるのは、やっぱり貴族家であるべき。それも出来るなら公爵家以上であるべき。国民からあれやこれや言われる事を考えたら、絶対そうするべきだと私は思う」


 サンドラの言う国民とは、つまり全ての女達から発せられる妬みやヤッカミと言った負の感情の発露だ。そう言った物に晒されてもへこたれない意志の強さを持つ女は、実際に話としてそうそう居る物じゃ無い。


 故に、逆説的ながらも貴族家の一員として生まれ、成長の過程でそう言う物を経験した方が結果的には上手くゆく。愚かな平民の嫉妬なんだと笑って切り捨てられる位の厚かましさや太々しさを身に付けているべきだと思ったのだ。


「……まぁ、確かにそれはあるかもね」


 リリスだって后の座に着いてから、あれやこれやの()()を耳にした事はあるし、場合によっては面と向かって嫌味を言われた事もある。事にサウリクル家のご令嬢であるリリスの場合は、立身出世を目論む若い伯爵などから言い寄られた事もあった。


 それを思えばここで少々の教育をビアンカに施しても、それこそ意味がないのでは無いか?と思えてしまうのだった……


「いずれにせよ、もう少し様子を見ても良いんじゃないかしら」


 サンドラが示したその方針は、帝后であると同時に母親でもある彼女の思いだ。それを思えばリリスも強くは言えないし、もっと言えば足を踏み入れては行けない領域だと思った。ただ……


「そうね。でも……カリオンには話をしといた方が良いと思う」


 父親であるカリオンの意向。同時に、次期帝を巡る現太陽王の意向は無視出来ない部分でもある。サンドラとてそれは否定出来ず、『それは間違い無いわね』と返答した。ちょうどそんな時、部屋のドアが開いてカリオン本人が入って来たのだった。


「どうした? ふたりとも……怖い顔して」


 一瞬だけ言葉を考えたカリオンは、その答えが出る前に少々危険な事を口走ってしまっていた。思慮を巡らせながら城内を歩いてきたせいか、単刀直入に物を言ってしまう状態になっていたのだ。


「どうだった?」


 軽い調子でリリスがそう問うと、カリオンは幾度か首肯しつつソファーに腰を下ろした。テーブルを挟んで相談に興じていたサンドラとリリスのふたりは椅子を立ち、カリオンの左右にそっと腰を下ろす。


 城への侵入騒動から数日経った後、一計を案じたカリオンは城への侵入ルートとなる秘密の通路を全て封鎖しろとリベラに命じたのだ。そして同時に、どこにそんな隠し通路があるのか?を実地で見て回っていた。


 そう言う物もあるのだ……と、知識として持っている事は重要だからだ。

 だが……


 ――――完全に通れなくしてしまいやすか?


 リベラが案じたのは緊急時におけるエスケープルートの確保をしないのか?と言う面だった。秘密のルートと言えど、何処かに通じている以上は外部からの侵入を許しかねない。


 今まではリベラがそこに立ちはだかり侵入した者をすべて処理してきた。だが、カリオンはそれを承知で『その通りだ』と返答し、物理的な封鎖を命じた。最悪の場合は魔法による脱出が可能なのだから、それで良いのだと判断した面もある。


 だが、魔法による脱出を行えない者は、最終的に城をまくらに討ち死にする事になってしまう。


 ――――ですが……


 あくまで危険性の面を考慮し、喰い下がろうとしたリベラ。

 だが、そこに口を挟んだのはリリスだった。


 ――――あの子に会いに来る娘がまた使うと困るのよ

 ――――それに、キャリはビアンカに気があるしね


 それを聞いたリベラは苦笑の混じった好々爺の笑みを浮かべ『お嬢の言う通りにござんす』と返答した。そして、『少々じゃ通れねぇようにしておきやす』と答えて作業に取りかかっていた。


 その出来映えを確かめたカリオンは、ここで初めて腰を据えてキャリとビアンカの件に頭を使える状態となった。実際の話、カリオンとてリリスからそれを聞くまでは、キャリとビアンカの関係がそこまでとは思っていなかったのだから。


「今ね、サンドラとも相談していたんだけど――」


 リリスは事のあらましを説明した。ビアンカの身分として帝后にするのは問題だと思うか?と、カリオンの率直な意見を求められた。リリスの言葉を聞いていたカリオンだが、その横顔をサンドラは真剣に見ていた。


 思えばあのキャリとて父親はトウリだ。本来ならば誰との間でも子を為せるはずのカリオンだが、サンドラとの間には今だ子が出来なかった。これから出来る可能性もあるが、リリスと同じく幾度その胎内に精を放たれてもダメなのだ。


 ――――やっぱり私もそうなのかも……


 カリオンとリリスの間にはなかなか子が出来なかった。過去幾度も共に朝を迎えたふたりだが、サンドラが知る限りでは一度として形にならなかったと言う。流産すら経験の無かったリリスだが、それはサンドラも同じだった。


「……こればかりは当人次第だ。あいつが本気で惚れてるなら、それを尊重してやりたい。それに、その後になってアチコチ手を出す事もあるだろう。褒められた行為では無いが……アージン一門を全滅させてしまったからな」


 カリオンのとった苛烈な処置により、アージン一門で作った評議会は全て処分されている。ほんの一握りだけ残っている評議会に参加しなかった者達も、その実はアージンの名を受け継いでいるだけで、血縁とは言いがたい者ばかり。


 つまり、キャリにしてみればアチコチの女へ胤を着けて回らねばならない。少なくともル・ガルの様々な現場で代表や首席や理事を務めていたアージン一門会の凡そ50名に及ぶお飾りの頂点を宛がう必用があるのだ。


「なら決まりよ。あの子が本気で惚れた子にしておかないと、余所の女に気を回してるウチに帰ってこなくなるわよ」


 リリスは確信めいた言い回しでそう言うが、サンドラがそこに口を挟んだ。

 かつてサウリクル家の家で見た、カウリと妻達の関係を思い出したのだ。


「それならむしろ、妃の筆頭にするべきじゃない? 正妻は別の立派な家からとって、あの子だけの後宮を作るべきよ。打たれ強さは後からじゃなかなか身につかないものだし」


 サンドラの言ったそれについてはリリスだってよくわかる部分がある。そもそも太陽王の権威だって絶妙なバランスの上で成り立っている。そんな王を支える公爵家に華を持たせる意味もあるのだ。


 ――――華を持たせず恨みだけ買うような事をしても良いのか?


 そこに明確な答えなど無く、あるのは絶妙に難しい判断だけだ。そして、結果的には収まるように収まる事を祈るしか無い。今回に関して言えば、キャリが望む様にしてやって、その結果の軋轢を自分で解決するしか無い。


 故に、親の立場として出来る事と言えば……


「ふたりの言い分は解った。で、当人はどこに居るんだ?」


 結果が出ない相談など意味がない。もっと言えば時間の無駄だ。故に最後はカリオンが裁定する事になる。だが、まずは当人の話を聞くのが大事だった。


「あ、キャリは今……」

「あの子は多分だけど……」


 リリスとサンドラが各々に言おうとした時、カリオンの居室に来客があった。この部屋にノック無しで入れるのは、カリオンの親族と認めた者だけ。その中でカリオンを含め誰1人として頭の上がらない人物がひとりだけいる。


 その存在は周囲を圧する迫力を纏ってやって来た。その後ろにはビアンカが手を引くララが居て、更にその後ろにはキャリとタリカがいた。それを見た時、カリオンはパッと『全てが収まった』と思ったのだった。


「カリオン。この子も私に預けなさい」


 それを言ったのはカリオンの母エイラだった。見事な出来映えのドレスに身を包んだその姿は、これから夜会にでも行くのか?と言うような決まり具合だ。その後ろに居るララやタリカまでもが綺麗にドレスアップしている。


 だが、それ以上に驚いたのはビアンカの姿だった。丁寧に髪を整えた彼女はリリスが使っていたドレスに身を包んでいた。豪華なボンネット付きの帽子からは、可愛い耳が飛び出している。


「……似合うじゃない♪」


 思わず笑顔になったリリス。エイラ一行の最後に入って来たサミールは、喜ぶリリスを見ながら『私も驚きました。本当によく似てらっしゃいます。間違えそうです』と笑顔で言った。


「あの……おババ様。彼女は『良いから黙ってなさい』


 何かを言おうとしたキャリの言葉をピシャリと裁ち切り、エイラはカリオンと左右のリリスやサンドラを見てから言った。このル・ガル社会の中で女達の精神的支柱でもある存在の言葉は、誰も逆らえなかった。


「ビアンカにもあれこれ私が教えるから、それをもって判断したらどう? 教育が人を変える。人を育てる。なにより、周りを変えるのよ。帝后が務まるまでの女になったら、だれも文句は言わないでしょ?」


 そう。それこそが社会の真実。『あんな女がなによ』から『あの女には勝てない』に変わったなら、周囲は嫌でもふたりの関係を認めるだろう。そもそも修道女は文字の読み書きや基本的な科学知識を一通り身に付けるもの。


 その上で神学を理解し、人にそれを説ける程度には成らなくては務まらない。それを思えば素質的には充分と言えるのだろうし、あとは本人次第でもある。


「ビアンカ。君はどう思ってるんだ?」


 カリオンは柔らかに笑みを浮かべてそう問うた。

 怯えさせないように。怖がらせないように。慎重に、慎重に。

 これはル・ガルの未来を見据えた行為でもあった。


「あの……その……」


 どう言って良いのかビアンカは迷った。ただ、不意に振り返ってキャリを見つめる彼女の目は、明確に好意を含んだ助けを求める眼差しだった。そしてそれは、サンドラをして『仕方ないわね』と溜息をこぼさざるを得ないものだった。


「君の率直な言葉を聞かしてくれれば良い。怒りも叱りもしないよ」


 柔らかくそう問いかけたカリオン。

 ビアンカは一つ息を呑んでから、小さな声で言った。


「もしキャリ様が私を選んでくれたなら……とても嬉しいです」


 消え入りそうな声でそう言ったビアンカ。

 その言葉を聞いたリリスとサンドラは顔を見合わせた。


「……決まりね」


 ニコリと笑って言うリリスだがサンドラは少々不満そうだ。

 だが、カリオンによる事実上の裁定が下った以上、口を挟むのは憚られる。


「……あとはあなたの頑張りね」


 その言葉が少しばかり冷たく感じられたのか、キャリは少々不本意だと言わんばかりだった。だが、事を荒立てても良い事など何も無い。


「よろしい。じゃぁこれからこのメンツで夜会をするわよ。楽しい夜をララにも思い出してもらわないとね」


 妙にやる気を出しているエイラの姿に、カリオンはただただ苦笑しつつ見守るしか無かった。そしてそれはリリスも同じで、ミタラスの女学校をまとめていたエイラの手腕がどれ程かは今さら確かめるまでも無い。


 ――――……これは楽しみだな


 そんな事を思ったカリオンだが、ふとキャリを見てみれば心ここに有らずな様子でビアンカを見ているのが判った。綺麗にドレスアップした姿を見ると惚れ直すと言うが、カリオン自身幾度もそれを経験している。


 ただ、ふとそのまま眼差しを移した時、キャリの近くに居たタリカが面白く無さそうな顔をしているのが解った。妬いているのか?とも思ったが、それ以前にまだ男であった頃の印象が残っているので妙な気分になっていた。


 ――――まぁ、これも何とかなるか……


 流れに任せて様子見で良いだろう。そう判断したカリオンは国政の方に掛かる事を選択した。獅子の国との戦により大きく疲弊した国内を立て直さねばならない。しかも出来る限り早急にだ。


 程なく帝國歴400年となるル・ガルを何とかまとめ上げ、国内の経済を安定させつつ社会の安定と再建に努めなければならない。だが、そんな思惑を遙かに超える事態が起きるのは、大晦日の三日前の事だった。





 ――――――――12月28日午後


 最初にその異変に気付いたのはリリスだった。カリオンの執務室に飛び込んできたリリスは、開口一声『何かがここへやって来る! 空間を飛び越えて魔法転移してくるから! 私より強い!』と言い放った。


 現閣僚が居並ぶ所だったが、リリスは様々な事情を飛び越えてカリオンにそれを告げた。さすがのカリオンもそれには閉口し、『おぃおぃリース。それは……』と言いかけた時だった。


 執務室で大きなテーブルを囲んでいた面々の中心辺りがグッと暗くなり、同時に空間がグニャリと歪んで黒い玉が現れた。瞬間的に『爆発する!』と感じたカリオンは、執務椅子を蹴り飛ばす勢いで後方へ飛び退いた。


 ただ、その黒い玉は爆発する事無く、やがて人の形にフォルムを帯び始めた。そしてその後、驚くべき存在がそこに現れた。魔法を使って空間を飛び越え移動する転移の術をガルディブルク城で決めた初めての存在だった……


「栄えるイヌの国を統べる王よ。唐突な訪問で失礼する」


 そこに現れたのは、あのウサギの一門を統べていたヴァーナと名乗る女。アウリラ・アリアンロットだった。彼の国の正装をヒトの世界を知る者が見ればバニードレスと言うのだろうが、少々扇情的すぎるその衣装について口を挟む前に一方的に告げた。


「彼の地を発った我らウサギとオオカミ、そしてトラの一団がネコによる追撃を受けている。獅子の国の残党がネコの国の正規軍としてやって来た。一方的な損害を出しつつも国境付近まで後退している。支援の準備をお願いしたい」


 その言葉を聞いた時、カリオンの表情が一変した。そして、同じように従軍していた各貴族家の者達やウォークまでもが息を呑んで事の推移を見守った。


「……獅子の国の残党とは?」


 事態を正確に把握する事こそまずは最も重要な事。その為、カリオンはまずそこから情報を引き出す事にした。だが、アウリラの告げた内容は絶句せしめるだけでなく狼狽に値するものだった。


「ネコの国軍が我らの追撃を始めた。そこに獅子の国の補助軍が加わっており、トラの一団と肉弾戦となったのだが、いかんせん多勢に無勢で太刀打ちできずに大幅な後退を図った。そして、やむを得ず月の配置を頼りに長距離集団転移を行った」


 ウサギならばそれくらいの事はするだろう。それを思っていたカリオンだが、実際には想定以上の事態が進行中だった。


「現時点では主力はガルディブルク西方50リーグ辺りにいる。ブリテンシュリンゲンの西方80リーグ程より飛んだので、ネコの側の前進速度がいかに早くともここまでは大幅に時間を稼げるはずだ」


 それを聞いたカリオンは立ち上がって言った。

 会議室に居並ぶ各公爵家の代表者に話が通じるように。


「よろしい。フィエンの街辺りに防衛線を引く。年明け早々には迎撃戦を行う。急いで準備に掛かれ。一気に撃退しネコを詰問する」

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