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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
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魔法発火式銃の供与

~承前




 砂漠の乾いた風もすっかり冷え始めた11月の始め。

 予てより計画されていた撤収計画が遂に動き出し、ル・ガル陣営は遂にシーアンを引き払った。


 恨めしそうな眼差しで見送るエデュは崩れ残った城壁で見ている。

 カリオンはそんなエデュに馬上から挨拶を送り、笑顔で街を出て行った。


 そしてそれから数日。


 ル・ガル一行はジェンガンまで後退し、野営の準備を始めつつ重要な案件の処理に掛かっていた。今後のガルディア情勢を占う意味があってか、カリオン自らその場に出向く力の入れようだった。と言うのも……


「なるほど。これなら容易い」


 キツネの将軍ヨリアキが溜息と共にそう漏らしたのは、長らくル・ガルが独占してきた魔法発火式銃の取り扱い方法だ。アッバース家の銃兵一個小隊がやって来ていて、取り扱い心得を実演するべく隊列を組み準備に掛かっていた。


「簡易的な魔法により、術者は疲弊すること無く発火させる事が出来ます」


 この重要な案件の為だけに呼び出されたル・ガル歩兵の総元締めであるアッバース家当主のアブドゥラは、ヨリアキの目の前で小銃のオペレーションを続けつつも終始笑顔だ。


 歩兵という兵科が騎兵の補助であった時代は終わりを告げ、今は主力兵科としてル・ガル軍内部で重要なポストを占めている。その事実は五公爵家の中で長らく一段落ちと見られてきたアッバース一門に愉悦をもたらしているのだった。


「身共の武士団も多数屠られたが……いやはや、こんな物を相手にしていたとは知らぬが仏。これが有ると無いとでは大きく違いますな」


 ヨリアキの感嘆には恨み節の色など微塵も無かった。

 どうやらそれがキツネという種族の特徴なのかも知れない。


 命のやり取りをする間は恐ろしい程に冷酷で淡泊だが、それ以外の場では情に篤く敬意と感謝を忘れない。相反するふたつの面を上手に切り替えながら、場面場面で後腐れ無く先に進んでいくことを選んでいた。


「凡そ10万丁ほどあるが、トラの一団と上手く分けて欲しい。分配比率はそちらに任せる」


 銃に一切の興味を示さなかったウサギが受け取りを断った結果、安全に射撃出来る状態の良い銃10万丁程をトラとキツネで分けることになった。


 その銃を分配するに当たり、カリオンはある意味で毒矢とも言える一撃を放ったのだ。何故ならそれは、キツネの魂胆を計るには最適の物でもあるから。それ故にピッタリ割りきれない数の銃を用意したのだ。


 だが……


「ならば話は早い。我らは半分だけ頂いていこう。後は本国にて職人が頭を捻ることだろう。取り扱い方法の核心を教えて貰えればそれで良い」


 ヨリアキが示したそれは、イヌを遙かに超える工業水準な技術立国であるキツネの一面だった。実際の話としてキツネの国との戦役で現地に放棄した銃を大量に鹵獲していたキツネだ。


 その構造やどうやって銃弾を放っているのか?についての見識は、もう充分に備えていたと言って良い。最も重要なのは火薬への火の付け方。そして銃の取り扱いと運用に関するノウハウだ。


 こればかりは基本となるフォーマットを導入する方が早い。そして運用しながら段々とフィットさせていけば良い。その辺りで臨機応変に対応出来るのも、キツネの持つ能力だった。


「こんなに貰っていって良いのか? トラを信用すんのか?」


 シサバ王はやや怪訝な顔になってヨリアキを見ていた。およそ魔法が得意では無いトラという一族には似つかわしくない兵器故に、率直に言えばそれほど量は要らないと思っていたのだ。


「いや、信用に能う能わぬと言った話ではござらぬ。ガルディア国家連合の基本は対等であるべきと手前は考える。故にカリオン王が示された五種族共和の理念を思えばこれこそが重要――」


 イヌ、オオカミ、キツネ、トラ、ウサギ。


 5種の種族が同じ地で協和する。そこにクマやそれ以外の種族が住むことも歓迎し、この5種族で大陸の命運を思案して導く。言うなればル・ガル然種族の安全保障理事種族。そんな仕組みを考えたカリオンは、その為の布石を打ち始めた。


 年が明ければル・ガルは帝國歴400年となる。記念すべきル・ガル節目の年に新しい仕組みを公布し、動き出す。そんな切りの良いやり方をイヌやオオカミは歓迎していた。そして……


「――我が狐国の皇統歴も来年には2600年を迎えますれば、より一層の発展を目指す為に必要な事。我らの帝もご理解してくださる」


 ヨリアキは屈託の無い表情でそう言い、銃のオペレーションをし始めた。彼等にしてみれば、火打ち石の代わりに魔法で着火するなど容易い事。ヨリアキは僅かな実演で魔法発火という秘密を理解していた。


 つまり、最大の障壁は発火技術だった。


 キツネにしてみれば、火薬も銃身も容易く作り出せる。だが、発火の仕組みを作れないという所で躓いていたのだった。それをまさか魔法で発火させるとは、思いも寄らなかったのだろう。


 生活の中に溶けこんだ簡易魔法を自在に使いこなすのはイヌの特性だ。そんなイヌの上位互換にとも言えるキツネならば、発火魔法を限定的に使うなど容易い。


「ヒトは魔法を使えぬ故に、魔法で発火させるとは思いも寄らぬ事。発想の転換とは口で言う程に容易い物ではござらぬな」


 キツネの中にもあったヒトへの侮りと蔑み。どうせ出来まいとたかを括っていたのだが、実際にはその発想が余りにも自由で柔軟だった。その結果、この世界の住人が誰1人として思いも付かなかった手法を採用した。


 少々を通り越して面白く無い事ではあるが、魔法を自在に使いこなせる種族ならば魔法発火式こそが最適解なのは言うまでも無い。


「けどよぉ…… こんなこたぁ言いたくねぇが……」


 少々怪訝な顔になってシサバが切り出したのは、カリオンを含めたル・ガル首脳陣ですらも思い付かなかった視点だった。


「なんですかな?」


 話の続きを求めたカリオンに対し、シサバは表情を険しくさせたまま言った。

 ヒトを侮り蔑んでいた種族からすれば、面白く無いと言わんばかりの顔だった。


「魔法で火を着けるってこたぁ、ヒトは戦線に出ねぇってこったよな」


 それは、全員が内心で『あ……』と漏らした視点だった。


 ヒトの世界では魔法を使わずに銃が撃てる。砲も撃てる。

 しかし、この世界ではそれをせず魔法で発火する方式にしている。

 つまりそれは……


「ヒトは関係無いとでも言いたいのかね。或いは、死にたくないと」


 アッバースを預かるアブドゥラがそう呟いた。

 ただ、その一言が案外全員の腹の底へストンと落ちたのは意外だった。


 ヒトの世界から落ちて来たと呼ばれるヒトなる種族は、この世界の民族対決には関与しないし、したくも無い。もっと言えば、すり潰されるのはゴメンだ。


 言外の意思表示とも言えるそのやり方に気が付いた時、カリオンを含めた全員がヒトへの見方を少々改める必要性を感じた。


 ただ、それと同時にカリオンが思い出したのは、あの揃いの軍装で空から降りてきたヒトの軍隊だ。この世界では実現し得ない強力な武装を持ち、僅か十名少々で騎兵一個連隊を押し返す実力の軍団……


「……以前、余も見た事があるがヒトの世界の銃は薬莢の底に火を着けるカラクリを内包した構造だった。その仕組みを何故この世界で作らなかったのか?こそが答えでは無いだろうか」


 カリオンは遠い日に見たフィエンの街のワンシーンを思い出していた。崩れた教会の中で陣取ったゼルは、手にしていた拳銃でネコのスパイを射殺していた。あの時に見た手の中に収まる銃は、魔法無しで発火させていた。


 後になってゼルの座を確実な物にした五輪男は、その権力を使ってル・ガル中の落ち物を収拾していた。不思議に思っていたカリオンだが、リリスとレイラが誘拐された日にその意味を知った。銃弾を探していたのだ。


「なるほどなぁ…… 銃は作れても銃弾が作れねぇって事か」


 シサバも得心したように漏らす。だが、この世界の命運を決める場面だというのに、ヒトがそれに貢献してないのは少々納得がいかない。そう言わんばかりの表情のシサバ。それを見て取ったヨリアキは、不意にとんでも無い事を言い出した。


「まぁ、今はともかく将来的な話として……ですがね――」


 キツネの将軍が切り出した言葉に全員が視線を向けた。

 ヨリアキは少しばかり得意そうな顔になって言った。


「――ヒトの国が出来上がった時には、彼等も率先して貢献するでしょうし、それを求めましょう。むしろそれが無くば認める訳にはゆきますまい」


 ヒトの国。

 誰も思いもしなかった代物がフォルムを持ち始めた。


「ヒトの国か…… 願わくば我々と共存する国家で有って欲しいな」


 カリオンは率直な言葉でそう言った。

 だが、この世界の多くがそれを受け入れないことも分かっていた。


「まぁ、ヒトと言う種族の処遇は将来的な展望として考慮すればよろしいかと。まずはこの銃についてカリオン王に御礼申し上げる。まだまだ話し足りないが、続きは船上にて致そうと存ずるが如何か?」


 そう。どのような手段かは解らぬがキツネの国は本国より迎えの船団を召喚していた。リリスの作った夢の中の談話室と同じ様な仕組みをキツネは持っている可能性があるし、もっと言えば九尾のキツネが直接行き来している可能性がある。


 事の次第は解らぬ物の、ル・ガル陣営を含めた多くの物を船で帰還させようとキツネは提案していた。場合によっては船上で身柄を押さえられる可能性もある。しかし、その提案を断るのも角が立つ。


「なるほど。それも良いな――」


 カリオンは僅かに首肯しつつオクルカとシサバを順繰りに見た。

 そしてウサギの代表であるヴァーナ:アウリラを最後に見てもう一度尋ねた。


「――ウサギの陣営は本当に不要なのか?」


 と。しかし、それに対する返答は手短だった。


「無論。我らウサギはその鉄の臭いを好まぬゆえ」


 正確に言えば火薬と硝煙の臭いだろう。

 だが、金物を嫌う傾向の強いウサギにとっては、同じ事だ。


「まぁなんだ。ウサギにしてみりゃヤバイ魔法でぶっ潰した方が早いんだろ?」


 シサバの言葉にアウリラがニヤリとした笑みを浮かべた。

 その笑みは闘争心とは異なる意味での危険性を撒き散らすものだ。


「銃弾を飛び交わすより同衾した方が早いですわよ?」


 ウフフと妖艶な笑みを浮かべるウサギの女。ネコの一門が変態性について飛び抜けた性癖を持っているのは有名だが、ウサギは変態とは違う意味で狂った性癖を持っている。


 そんな女が『同衾』という言葉を使ったのなら、男は文字通り搾り取られ精気を失って果てる恐怖を覚える。男女のまぐあいが愛を確かめる行動だと言われる本当の理由はそれだから。


「……恐ろしいな」


 ボソリとこぼしたカリオン。

 太陽王の弱気な姿に全員が遠慮無く笑った。

 多民族共和の実態はこんな物だ……と、カリオンは思った。


 感情が穏やかならば共和も容易い。

 信用と信頼が相互にあれば、異なる種族でもこれが出来る。

 そんな希望的観測を持ったカリオンは、感情の負の面を見落としていた。






 ――――――数日後


 イテル河の河岸は合戦場跡も生々しく残っていた。

 膨大な数の土饅頭が並ぶ脇を進んでいたカリオンの横にはオクルカが来ていた。


 馬を並べて進むふたりの周囲には夥しい数の親衛隊がついている。

 ただ、彼等親衛隊の耳は、探すべき敵では無くふたりの会話に傾注していた。


「……人の感情とはままならぬ物だ」

「全く……面目ない」


 カリオンの嘆き節にオクルカが小さくなっている理由は、キツネが用意した船便への対応だった。そもそもキツネはシーアンに居る段階で船による帰還を提案していた。手段は解らぬが、本国へ迎えを頼んだというのだ。


 その船のスケジュールに合わせイテル河口までやって来たのだが、その途中でオオカミの一部が急に騒ぎ出した。予想通りザリーツァの一門で、キツネの船になど恐ろしくて乗れないというのだ。


『オオカミはキツネと馴れ合わぬ!』


 そう言い切って自力帰還を主張するザリーツァの主ベルムントは、オクルカに直接進言していた。周囲の説得には一切耳を貸さず、ゼロサムゲーム状態になって自力帰還に拘っていた。


 ザリーツァ一門がオオカミの差配をしていた間に受けた屈辱は、どうあっても忘れることなど出来ぬと言うのだ。そして、狼王オクルカや太陽王カリオンの顔もあって共同戦線は忍辱しつつも受け入れたが、世話にはならぬと言うのだ。


「恩を受けることすら屈辱というのは困ったものだな」


 カリオンの率直な言葉にオクルカが表情を曇らす。人の感情はロジックでは無いと言うが、如何なる事情があるにせよキツネの世話にはなりたくないと言う所なのだろう。


「シサバ王は元より陸路での帰還を希望されているなが……」


 思い出したようにカリオンが呟く。トラの一門もまた船での帰還を断っていた。

 キツネとトラは微妙に反目している部分があり、キツネ特有の騙し騙され前進というやり方を良く思っていない部分があるようだった。


「聞けば船酔いが酷いそうだが……」


 オクルカがそう返答した時、ふたりは顔を見合わせてフフフと笑った。

 トラは船が嫌いなのでは無く、鉄道に興味関心がある。

 それに気が付いていても、黙っているのもマナーの一環だろう。


「自分もまだ見て折らぬ故に乗ってみたいのだがな」


 カリオンは笑いながらそんな事を言う。と言うのも、もともとヒトの一団は陸路帰還を表明していて、ここまで伸ばしてきた軌匡を撤収しつつ茅街へ帰ると言っていた。それを聞いたトラが首を突っ込んだのだろう。


 ヒトの持つ技術や知識や考え方を吸収したい。それこそが、トラの一門が共通して持っている本音であり願望なのだった。彼等の持つ向上心はイヌやオオカミの持つそれを大きく凌駕する。


 何かしら役に立つものを吸収し、持ってトラの国を発展させよう。それを願っているからこその行動だ。それを笑う事は恥ずべき事だし見習うべき事でもある。しかしながら、キツネの顔も立てなければならない。


「いずれ何処かで使う事もあるでしょう。その時のために楽しみは取っといた方が良さそうですな」


 オクルカがそんな事を言うと、カリオンは間髪入れず『まさにその通りですな』と応えて笑みを浮かべた。そんな気楽な会話が続いているうちに、ふたりの視界には大きな船が見えてきた。


 驚くほど巨大なその船は鉄板を貼られた外装をしていて、火矢を受け付けぬその姿に戦への対応に全振りという艨艟の獰猛さを感じるのだった。ただ、その船の乗り口前まで来た時、ふたりの前に現れた存在に息を飲んだ。


「七狐の帥たる葛葉御前の命により、太陽王、並びに狼王のお二方をお迎えにあがりました。七狐が一人。阿紫と申しまする。どうぞよしなに」


 二人が息を飲んだ理由は簡単だ。阿紫と名乗ったそのキツネの女は恐ろしさを感じるほどの美貌だった。あまりに美しい存在は恐怖を引き起こすという。そんな阿紫の周りには、幾人ものキツネが付き従っていた。


「然様か。手間をかける事になり申し訳ない」

「我ら一門の一部は陸路での帰還を選んだ。どうか悪く取らないでほしいい」


 カリオンとオクルカの言に阿紫はニコリと笑って答えた。


「委細承知しておりまする。まずはご両方を船内へ。そして――」


 阿紫の目がカリオンの後方を見た。

 そこにはリリスとララの乗る馬車がいた。


「――姫の様態を拝見したい。力になれるのであらば、我らの術で」


 驚天動地の申し出には、さすがのカリオンも面食らった。ただ、それと同時に気が付いたのは、その時、阿紫の眼が妖しく光った様な気がしたのだった。


 疑いたくはないが何かを企んでいる。そんな直感がカリオンにはあった。疑う事は甚だ不本意だが、それでも……


「あぁ。出来るならそうしてもらいたい」


 イヌの全てを預かる王ではなく一人の父親として、完全に無意識レベルでそう応えるのだった。

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