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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
大侵攻~忍耐と苦痛と後悔の日々
581/665

合衆国という夢

~承前




 シーアン郊外。


 広大な荒れ地に伸びる街道から少々外れた辺りでは、着々と広大な墓地の造営が進んでいた。獅子の国との激突を経て曲がりなりにも安定に辿り着いたガルディア連合の兵士達は、今回の激突で命を落とした両軍兵士を弔うべく汗を流していた。


 馬上にあってそのシーンを眺めるカリオンとオクルカは、余人を挟まぬ環境で率直な意見交換をしていた。肩肘を張る必要も無く、ざっくばらんに本音でトーク出来る場も久しぶりだった。


「……これで良かったんだろうか」


 誰にも聞こえぬ環境故に、カリオンは遠慮無く不安を漏らした。その一言の頭に隠れていたのは、指導者として常に背負っている責任と葛藤からの迷い。そしてもう一つ。自分を信じ慕う者たちの期待に応えられているか?と言う不安だ。


   『(こんなに死なしてしまって)……これで良かったんだろうか』


 その言葉の意味も重みも理解しているからこそ、オクルカもまた率直な言葉で返答した。オオカミ五族72氏を束ねる男は、その全ての勢力からの信任に答えねばならない重責に耐えていた。


「良いんだろうな。これで。むしろこれ以上を望まぬ方が良いと思う」


 猛り狂った怒りと憎しみの炎。


 劫火の如き感情の猛りと昂ぶりを鎮めるには、涙を流すしか無い。

 オクルカはそれを良く理解しているし、経験しているのだ。


 ル・ガルとの闘争を経て、不承不承にオオカミの一門は敗北を飲み込んだ。その結果としてオオカミ内部での政治闘争をも上手く丸め込んだのだが、その軋轢は今も残っている。


 あのザリーツァの一門は、今でもどこか太陽王への従属を良く思っていないし、今回のララに関わるあれやこれやでは、何かと口入を計っている部分がある。彼等曰く、ララはザリーツァの血を引く姫である……と。


「あなたが言うのなら、それが真実なんだろうな」


 超絶に厳しい環境で一族の内部調整や対外政策のタクトを振る辛さ。

 それを解っているからこそ、カリオンとオクルカは通じ合っている部分がある。


 或いは、同類相哀れむと言うべきかも知れない。


 だが仮にそれが真実だとしても、そこに安住してしまってはいけない事をふたりはよく解っていた。自らを勘定に入れず、理想とする未来へ一族を率いて進まねばならない。


「それに、他に何かやりようがあったのかも知れないが、現実問題として国が持たない。もう限界だ」


 オクルカの言い放った言葉に、カリオンは口を真一文字に結んで厳しい表情になった。ル・ガル王府統計局から送られてきた膨大な資料に因れば、現状の遠征を続けていると早ければ3ヶ月以内に国家予算が底を突くと報告されていた。


 栄えるル・ガルですら、長期・長距離の遠征には国力的な制約がつきまとう。これがオオカミやキツネやトラともなれば、イヌへの約定や獅子の国への対抗という部分で相当な無理をしている事が垣間見えるのだ。


 ――――獅子の国により亡ぼされるのが良いか?

 ――――経済的に自滅するのが良いか?


 どっちに転んでも傷を負う、究極の選択。それをを突き付けられた結果、ル・ガルは発想の転換を図られる事となった。簡単に言えば、価値観の大幅な転換だ。思想的なパラダイムシフトは、多分に痛みを堪えるやせ我慢で成り立つ。


 あの獅子の国はル・ガルを遙かに越える巨大国家だ。そんな国家に併呑されなかったのだから事実上の勝利なのだ!と、意地を張らざるを得ないのだ。


 それがやせ我慢を通り越した強弁でしか無いのだが、国体護持という部分を勝利の大義名分にするしか無い。そうでもしなければ、国が滅びるまで戦い続けるしか無いのだから。


「まぁ…… あの作業が終わったなら国へ帰ろう」

「あぁ。それが良い」


 顔を見合わせニヤリと笑ったイヌとオオカミ。カリオンはやや歩み出てからウォークを呼び『手空きの者から帰還の準備を始めさせよ。数日中にここを離れる』と通告した。


「で、例の議長はどうする?」


 オクルカは思い出したようにそう問うた。

 議長バジャの処分はまだ何も決めていない。


「その件だが……」


 エデュが連絡してきた件をカリオンは切りだした。

 ネコの国を移す段になって、生贄に使いたいという。


 獅子の国の補助軍残党を丸め込む為に、あいつが裏切り者だと懐柔する為のスケープゴート。間違い無く碌な死に方はしないだろうから、どうか譲って欲しいとエデュは依頼してきた。


「……いささか面白く無いな」


 少々不機嫌にそう返答したオクルカだが、その理由は言うまでも無い。散々探し回ったタリカの現状を思えば、この手で八つ裂きにしてもまだ足らぬのが親の本音だろう。


 だが、一族を預かる長として事態を鑑みれば、全く異なる世界が見えてくる。一人でも犠牲者を少なく、負傷者を少なく。そして、泣きながら笑って家族の元へ帰れる者を増やさなければならない。


「それは重々承知しているし、どちらかというと私も承伏しがたい。だが――」


 カリオンは揉み手をしながら顰めっ面でオクルカを見た。ガルディア各種族の代表が各々に最後通牒となる絶縁状を送りつけた形で、ネコの側からは反発めいた反論もチラホラあった。だが、その全てはエデュの工作だ。


「――結果論としてネコをこの地へ封ずる事になるのだから、その代償としては上手く使ってくれと引き渡すより他ないと思う」


 面白くは無いが役に立つ。それを飲み込むしか無いのだから、余計に歯痒い。だが、ふたりは一族一門一国の未来を背負っている。その重責を思えば個人的な事情などに構っていられないのだ。


「あくまで……ガルディアの未来の為に……だな……」


 ガックリと肩を落としたオクルカ。

 その痛々しい姿を見つつ、『えぇ。その通りです』とカリオンは応えた。



『太陽王陛下! 狼王陛下!』



 彼方から工兵長がカリオンとオクルカを呼んだ。

 それが作業の完了を告げる物なのは間違い無いのだろう。


「ご苦労! 引き上げて休んでくれ!」

「諸君らの献身に感謝する!」


 カリオンとオクルカがそう告げ、工兵長は敬礼を返して撤収にかかった。

 膨大な土饅頭が並ぶ光景の彼方に沈みかけた太陽が光っていた。


「さぁ、我らも帰国の準備ですな」


 オクルカは気持を切り替えるように明るい声で言い、カリオンは僅かに笑みを浮かべつつ声音を変え『そうしましょう』と応えた。終わってしまった事はもうどうしようも無いのだ。だからこの先を努力した方が良い。


 未来への準備と投資は常に抜かりなく油断無く、誠心誠意行う事。

 それを怠った者から死ぬのは、世の常なのだから……




 ――――――同じ頃




「これで良いか?」

「あぁ。充分だ」


 バジャは街中に残っていた補助軍の残党を率いる100人隊長達を集め、エデュが陣取っている郊外の宿へとやって来た。雑多な種族によって構成されていた獅子の国の補助軍は、種族を越えた能力主義を徹底する仕組みになっていた。


「皆さん。わざわざのご足労、大変恐縮です」


 穏やかに切り出したエデュは、笑みを浮かべたままでそう言った。ただ、彼に向けられる眼差しは最大限好意的に解釈しても『胡散臭い』と言った所で、実際には純粋な敵意を向けられている状態だ。


「お前はネコだな。ネコ風情が何のようだ?」


 最初にそう切り出したのは、おそらくウシの類いと思われる一族らしい。立派な角を持ち、見上げるような体躯を誇る屈強な種族。直接的にぶつかり合うなら少々の相手でも引けを取らなそうな姿なのだが……


「まぁまぁ。そう怪訝な顔をされませんよう。皆さんが胡散臭く思うのもやむを得ませんが、何も取って喰おうって話じゃ無いんですよ――」


 ニッコリと笑ったエデュは、最初から剛速球のストレートを投げ込んだ。


「――むしろ逆で、皆さんの力を借りたいと思いましてね。獅子の国に対抗するべく、ここにネコの国を移そうと思っているんですが、そのネコの国の国軍として、皆さん方を迎え入れたい」


 全員が『ハァ?』と言わんばかりの顔になったのだが、エデュは一切怯む事無く言葉を続けた。そもそも難しい交渉事はネコにとって日常茶飯事と言える。双方が譲れない条件を最初に設定し、ギリギリの所ですり合わせるのだ。


 そんな環境で散々とディールしてきたエデュだけに、こんな状況などある意味慣れっこで、むしろ組みやすいとすら思っている部分があった。


「皆さん、獅子の国では奴隷階級だったと聞いていますが、我が国では奴隷では無く同志として、同じ国民としてひとつの国になりましょうと言う事です。新しい国を作りますから、その国民になりませんか?と、そんな誘いですよ」


 ポカンとした表情でエデュの話を聞き始めた面々だが、エデュは『はまった!』と内心で快哉を叫んだ。警戒心を持つこと無く、まずは話を聞く体勢になる。相手をその体勢にさせる事こそが交渉事の第一歩だ。


 それが出来たなら話は早い。後は要点を並べ、与えられる飴玉を全部見せ、その上で相手が何をしなければいけないのかを語って聞かせれば良い。乗るか反るかは相手次第だが、その反応を見て次の対応を決めるのだ。


「聞くところによれば、獅子の国はもう限界なんでしょう? 散り散りに千切れた麻縄の如く各々の種族が勝手にやらかし始めたそうじゃ無いですか。おまけにえっと……なんでしたっけ? もう一つの国があるそうですね。そっちとも上手く行ってないとか聞きますけどね。それは皆さんの方が詳しいでしょう?」


 弁舌巧みに相手を丸め込む話術。そのテクニックは言葉で説明出来る物では無いし、教えられて身に付けられる物でも無い。幼い頃から散々と見て聞いて経験して来て、そして痛い目にあった回数だけ鍛えられる物なのだった。


「私の予測ですが、まぁ、そう遠くないうちに獅子の国は分裂していくでしょう。今は獅子の皇帝を頂く多種族連合国家ですが、近いうちに様々な種族が分裂していって、てんでバラバラに種族国家を宣言するんじゃ無いでしょうかね」


 それを聞いたウシの一門と思しき男は、複雑そうな表情になって言った。


「そりゃぁ間違い無い。実際、俺達ヌーは何度もそれを志してきたからな――」


 大きな角を萎ませるように溜息を吐いたその男は、その角の裏辺りをボリボリと掻きながら言った。


「――俺達だけじゃ無い。パンジャのやり方に納得しない一門はかなり居るが、それは全部正規軍が潰してしまう。だからパンジャに従うしか無い」


 少なくともそれは、先の獅子の国との戦闘を見れば明らかだろう。補助軍はあくまで力押しをする際の消耗品でしか無く、場合によっては正規軍の大規模攻撃を行う際のエサにされる事すらある。


 高度な文明を持ち、高い社会性を持つ成熟した文化の国なのだろう。だがその類いや社会は往々にして奴隷階級の者がすり潰され、搾取されることで維持される場合が多い。どれほど高い理想を掲げていても否定出来ない事実だ。


「なら、話は早い」


 エデュはニコリと笑いつつ言った。

 自由を求める者には最大の毒となる一言を混ぜて……


「ネコはね、誰かに強制されることが大嫌いなんですよ。だからネコの社会では誰かに何かを強制することは一番やってはいけない事とされている。こうしたいという目標を指導者が立てても、従うか拒否するかは国民の自由なんです」


 反抗期真っ盛りの子供達が一斉に釣れるかのような一言に、ヌーの男が表情を変えた。いや、それはヌーだけでは無く、シマシマ模様の体毛を持った半裸のウマっぽい者や、高い角を持つシカのような男までもが表情を変えた。


「ネコの女王は命令を出さない。女王は未来を予知し、こうなる可能性が高いから対処しろと私に命令を出す。こう見えても私は女王の夫だからな――」


 ニヤリと笑って胸を張ったエデュは、両手を広げて話を続けた。


「――私は国内に御触書という形で通達する。これこれこのような活動を行う。報奨は成功したらいくら。失敗した場合でもいくら。これに納得出来る者は参加せよ……とね。ですからこれは、私からの提案でもある」


 あくまで自由参加が基本で、そんな中でも重要なのは金銭的な対価を重要視しているという事実だ。実際、商才に長けた者が運転資金を求めて国務に参加するのは良くある話でしか無い。


 だが、この話は将来的な身分改善程度しか魅力の無かった獅子の国の補助軍参加者にしてみれば、非常に大きな意味を持っていた。直接現金が支払われる。将来では無く今が改善される。その事実に全員の顔色が変わった。


「……それは我々のような下賤民にも適応されるのか?」


 居並んでいた者達のやや後方。背の低いぼさぼさの体毛をした者がそう言った。その姿は有名な種族、ハイエナその物だった。地域によってはヒニンと呼ばれ、キツネの国ではエタとも表現される階層だが、社会には絶対に必要な者達だ。


 忌み事や汚れ仕事と言ったものを一手に引き受ける事で収入の糧を得る。そしてそれはだいたい高給と決まっているし、職業意識も高い。低いのは社会評価だけというポジションで、多くが差別の対象にされていた。


「下賤民とか自分を卑下しなさんな。社会には必用な仕事に就いているだけだろうに、何をそんなに卑屈になる。差別されるというなら、見返してやれば良い」


 エデュの一言にハイエナが震えているように見えた。どうやっても這い上がれない絶望的な社会階級の固定化は、現世の努力で子孫が自由を得るというエサだ。だが、それで現世世代が報われるかと言えば、それはただの欺瞞でしかない。


 いま苦しんでいる者、いま絶望している者、いまを脱出したい者。そんな者達に並べられる飴玉には、今を蝕む毒が混ぜられている。ただ、今を苦しむ者達には、その毒ですらも甘く感じてしまうのだろう……


「もう一度言うから良く聞いてくれたまえ――」


 エデュは再び両手を広げ、全てを包み込むような姿勢となって言った。

 それが最大級の偽善と欺瞞に満ちた物であることを、エデュ自身が承知の上で。


「――()()()()()()()()()()


 微妙な言い回しの変化に気付いた者が居ただろうか?


 エデュは自信に溢れた表情で続けた。

 理想と希望を語る時は、ハッタリであってもそれが大事だ。


「我々ネコは誰からも束縛されず、強制もされず、自分の意志で生きて戦って暮らしていける社会をここに作る。そこに皆さん方も参加して欲しい。これは強制じゃ無いんだよ。良かったら参加しないか?って誘いだ――」


 福々しい丸顔をニッコリとさせながら、エデュは一際大きな声で言った。

 ここが勝負所なのは、火を見るより明らかなのだから。


「――ライオンだけじゃ無い。全ての支配者から自由な国をここに作る。そんな志を共にする多くの種族。いや、種族すら関係ない。同じ意思を持ち志を同じくする者達を集め国を作る! 種族州を作り、それらがひとつに集まる国だ!」


 補助軍残党の首領達が顔色を変えた。

 釣れた!とエデュは確信した。

 そして最後の一撃を放った。


「そう! 合衆国だ!」

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