クワトロ商会
琴莉がフィエンゲンツェルブッハの街へ来てから五日目。
エゼの正体を、琴莉は段々と理解し始めていた。
この街だけで無くネコの国北東部に根を下ろすネットワークのひとつ。
そのネットワークはハッキリと言えばアングラビジネスだった。
それも、女性なら眩暈を覚えるようなアングラ。
街の地図に書き込まれたなわばりは、ご丁寧に赤線で囲まれていた。
その中に展開する『チェーン店』は銘酒屋まがいのちょんのま宿。
街の案内を兼ねたステッキガールの取次店。
その全ては言うまでも無く、一夜の夢を売る風俗店だ。
そして、その夢を売る女は大半がヒトだった。
その事実に気が付いたとき、琴莉は卒倒しかけた。
「四階の掃除終わりましたけど、次は?」
「おー ごくろうさん。そうだな、さし当たって無いから昼飯にすれば良い」
三日目の朝まではお客さんだった琴莉だが、なんとなくエゼの正体に気が付いた後、自ら仕事を求めたのだった。
なんとなくダラダラ流されたらマズい事態になると、そんな予想がいとも簡単に付いてしまった。
『今すぐ私にも出来る仕事をさせてください。出来れば……わがままとは思いますが、真っ当な仕事で』
そう切り出した琴莉をエゼは残念そうに見た。
だが、ネコやイヌの女なら務まる事も、ヒトの女じゃおいそれと務まらない。
エゼは長年の経験でそれを知っていた。
手荒に扱われ壊れてしまうヒトの女を何人も見てきた。
また、エゼの妻フィアはご内証で、女にそれを無理強いをするのはポリシーに反しているらしかった。
だが、逆に琴莉の立場で見れば、早めに手を打っておきたい都合もあった。
偶然に見てしまったエゼのもう一つの真実。
一夜の夢を提供する赤線の主であると同時に……
――――おいおいミケーロさんよぉ
――――まさかとは思うがこれっぽっちって事は無いよな?
事務所の奥で展開されていた凄惨なシーン。
椅子に座らされたネコの男がバットのような棒で殴られ血を流していた。
『後生だ! 頼む! 見逃してくれ!』
身体中の毛を逆立たせているエゼは、禍々しいほどに笑っていた。
「冗談ならあの世で言うと良い。ウチとしちゃ大事な商品を台無しにされてんだ」
そのシーンのちょっと前。女が動かなくなったと大騒ぎになっていた。
客間の中でその騒ぎを聞いていた琴莉は、何があったのかを確かめに出ていたのだった。
『おぉ コトリか。君はここへ来ちゃいけない。さぁ、あっちへ行くんだ』
返り血を浴びたエゼの笑顔に恐怖して走って逃げた琴莉。
エゼキオーレという男は、ミカジメ料を取って歩くギャングのボスだった。
そして、要するに殺し屋の元締めであり、尚且つ調整役でもある。
エゼの手下には様々な手段で確実に依頼をこなす凄腕が揃っている。
そんな危険な臭いのする四種類の仕事を兼合わせた個人商店。
エゼの店はクワトロ商会という屋号でフィエンの街に根を下ろしていた。
昼間見るエゼはどこにでもいるような、ネコのビジネスマンだ。
パリッとした衣服に身を包み、毛繕いもひげの手入れもキチンとしている男だ。
俗に美人は一日で飽きる・ブスは三日で慣れるというが、この数日でネコの男を随分と見慣れた琴莉にしてみれば、エゼは仕事の内容はともかく信頼に足る人間だった。
クワトロ商会の真っ当な事務所の中居る限りは、温厚で常識人でゆったりとした振る舞いの紳士。
ただ、怒らせないように怒らせないようにと、慎重に。
琴利は黙ってエゼの話を聞いていた。
「コトリ。お昼は好きなものを食べると良い。ここに1トゥン置いておくから使うと良い。コレは君の昨日と今日の分の給金だ。好きに使って良いし、貯めるのも君の自由だ。先に言っておくべきだったと思うが、うちにいる女たちから私は部屋代として一日一トゥンのショバ代を得ている。まぁ、今更隠し事はしたって仕方が無いからはっきり言うが……」
エゼは淡々とシステムを説明し始めた。
「どんな手段でも女たちは一日五トゥンは稼ぐ。そのうち一トゥンがウチの取り分。残りは女たちのものだ。だが、自分たちの『稼ぎ』に必要なもんは自分で用意をするのがここのやり方だ」
掃除道具を片付けた琴莉は、黙ってエゼの話を聞いていた。
「客を取るわけじゃないコトリだから色々と必要な物は少ないだろうけど、飯代やら服代やらは自前で何とかするようにするんだ。うちにいる限り部屋代を貰う。だが、あくまでまっとうな従業員だから、ウチから給料を出す。そしてそこから部屋代は天引きと言う形にする。今月はお試しと言う事で良い」
少し安心した表情の琴莉。
エゼも僅かに笑みを浮かべる。
「寝て起きてすごすだけの部屋だ。男を引き込んであれこれする訳じゃないんだから、部屋は小さい所だ。客の男が暴れた時にはウチのもんが男を半殺しにしてたたき出す。そんな安心代も含めて一日一トゥンを女たちから集めるのだが、コトリの場合は半分で良い。五十ダトゥンだ。通貨は分かるね?」
琴利はエゼの問いかけに対して首肯した。
「女たちの部屋を掃除したり衣服を洗濯したり、そう言う部分でもし女たちが君に心づけを出したとしたら、それは全部君の取り分で良い。ただし、月末にはいくら貰ったか正直に報告してもらう。金の流れをいい加減にする商売人は必ず身を滅ぼすからな。それと、今日で五日目だ。君に名前をつけなければいけない」
エゼは突然不思議な事を言い出した。
「なぜですか?」
「ネコの国の習慣でね。産まれたばかりの子につけた名前を呼んで良いのは親だけだ。五日目になったら皆に知らせる名前をつける。コトリの名前を知っているのは私とフィオだけだ。この中で、ネコの国で暮らすなら君に名前をつけなれればいけない」
エゼは遠まわしに琴莉を娘だと言い切った。
その事実に気が付いて、琴莉は驚きの表情を浮かべた。
「あの、一つ教えてください」
「なんだい?」
「偶然拾われた私に、何でこんなに良くしてくれるんですか?」
「良くしているつもりは無いよ。当たり前の事をしているだけだ」
「そうは思えないんです。こう言っては何ですけど……」
続きを言いかけた琴利は、思わず言葉に詰まってしまった。
女ならば、口にするのも憚られる一言が混じっているのだから。
「……まぁ、そうだろうね。ここへ連れて来て『今夜から客を取れ』って言い出さないほうが不思議だろうね。ましてや、ウチはヒトばかりの店だし、そもそもヒトは人間の範疇に入ってないんだから」
エゼもなんとなく琴莉の戸惑いを理解したようだ。
「まず一つ目は、ネコの国の法律だ。ネコの国は自由だ。誰が何をしても良い。ただし、一つだけ条件がある。他人に無理強いをしてはいけないんだよ。ネコは自由を愛する種族だ。だから誰だってやりたい様にやる。だけど、その為に誰かに無理強いをするのはいけない事なんだ。ネコだけじゃなくて、イヌでもヒトでも一緒だ。だから、もし、仮にの話だが……」
エゼは指を一本立てて薄ら笑いを浮かべた。
「コトリが『今夜から客を取って稼ぐ』というなら、私はその為の支度をする。それが私の仕事だからね。コトリが危ない思いをしないように客を選ぶし、安全に客を取って稼げるように段取りをする。そして、それをしたくないのなら、そうじゃない方法で仕事を宛がう。君がここで生きていけるように」
エゼの立てていた指が一本増えた。
日本の指を立てたエゼは、ジッと琴莉の反応を見ていた。
「二つ目は、私自身のこだわりだ。多分ヒトの世界にも同じような仕事はあるんじゃないかな。男と女がいる以上、どんな世界に行っても同じだと思う。で、大体は女のほうがあまり良い扱いをされてないんじゃないか?」
少しだけ力強い口調だったエゼ。
それに気圧された琴莉がコクリと頷く。
「だろうね。実はね。私自身、母親が私娼だったんだ。フィオと同じで父親が自分の店の女に手を付けて産ませた子だ。だから私は遊郭で育った。郭の子と蔑まれ育った。実際の話として、貧しいネコの国を支えているのは我々のような業界の人間が上にあげる税だなんだよ。だけどね、国の為だとか同胞の為だとか、そんなイヌみたいな話は糞食らえだ。身体を売って稼ぐ下賎な女なんて見下しておいて、それでしっかり税をとる。そんな連中のほうが余程ごみクズじゃないか。そうは思わないかい?」
いきなりきわどい事を言い出したエゼだが、それはちっとも耳障りな言葉ではなく、むしろそれ自身を誇りにしているかのような印象を受ける、さばさばとした態度だ。
不意に琴莉はヒトの世界を思い出す。そして、色町の風俗店で働く女たちをどう見ていたかを思い出して、なんとなく自分を恥じた。
「だからね。自分から『客を取る』と言い出したなら、それは否定しない。だけど、身体を売る売らないは関係なく、ここに来た女たちはヒトもネコもイヌも関係なく全部私が護ると、そう決めているんだ。で、たまたま君を私が拾ってしまったから、成り行きでここへ来た。だけどそれもきっと、何かの縁だよ。だから私は私の出来る事で護る。それだけの話だ。もしここが嫌になって出て行くというのなら、それも止めないよ。ネコはね、誰かに無理強いをするのも、されるのも、一番嫌な事なんだ」
二本立っていたエゼの指がさらに一本増えた。
三本目の指をちらりと見てから、細い目をさらに細くしてエゼは笑った。
「三つ目の理由はね、実に個人的な事なんだけどね」
エゼは執務席から立ち上がって窓際へ立った。
降り注ぐ光が部屋に注ぎ込み、三毛の色を際立たせる。
つやつやと光るエゼの毛は、細くて柔軟な猫の毛だった。
「君を保護した日。あの日は私とフィオの間に生まれた娘の二十三回目の誕生日だったんだよ。で、その日に君を拾った。正直に言うとね、運命だと思ったんだ」
「どういう事ですか?」
「実はね、娘は生まれてすぐに病にかかってね。この街では治せなくて方々、伝を頼って話を聞いて、最終的には東にあるイヌの国のね、国軍の駐屯地にある病院へ行ったんだ。そこには医者がいると聞いたから。で、君を乗せた馬車に娘を積んでそこへ行ったんだけどね、医者は診察出来ないと言い出した。ネコは診察出来ないってね」
とても悲しそうなエゼの姿に琴莉も心を震わせる。
深い深い溜息を一つ吐いたエゼは、遠くを見て呟いた。
「ネコはイヌと何度も戦をしているんだ。その戦の一つで、ネコの魔法使いがイヌの都の半分を焼き払った事がある。イヌは二十五万人が死んだそうだ。その時の生き残りだったんだよ。イヌの医者は。もちろん、医者である以上診察するべきなのは分かっているんだけど、でも、そのイヌの医者の周りにいたイヌたちがね、口を揃えて『帰れ』と言うんだ。いやいや、あの時は本当に参った。だけど……」
辛そうに溜息を吐いたエゼ。
その背中に歩み寄って、手を触れた琴莉。
エゼは本当に辛そうだった。
「イヌとネコは因縁浅からぬ仲だ。だけど、人が生き死にの狭間にいる時には良いじゃないかと私は思う。ただ、逆の立場なら、きっと同じ事をするだろう。憎しみと悲しみの連鎖ってそんなもんだと思うからね。だから、そのまま娘を連れて帰ってきた。案の定、娘は死んでね。その帰り道にイヌの駐屯地を出たときだった。イヌの王子がそこにいたんだよ。驚いたね。で、何を言うかと思ったら……」
エゼはなにが面白いのか、クククとかみ殺した笑いで琴莉を見た。
まるで自嘲するような態度に琴莉は違和感を覚えた。
「イヌの今の国王はかなり戦好きだ。笑っちゃう位にね。だが、その王子はね、戦を行わずに済むように協力してくれと言い出した。娘をそこへ埋葬しろって言い出したんだ」
「じゃぁ、娘さんは」
「あぁ、イヌの国に埋葬してきた。王子は言ったよ。妃と子ども達はみんなネコの魔法使いに殺された。だけど、私が率先してネコと和解するってね。大したもんだと思ったよ。で、娘の墓参りには自由に来て良いと証明書まで出したんだ。そのおかげで」
エゼは両手を広げて周りの全てを見せるように振る舞った。
この部屋、この建物。その全てと言うような態度だ。
「本来は持ち出したり持ち込んだりするのが難しい物でも、私は自由に扱えるようになった。僅か二十年でこの街の、いや、ネコの国でも指折りの財をなした。本当に、もう本当娘には感謝しているんだ。だから、その時の馬車をまだ大事に乗っているし、月に一度は小麦とワインをイヌの国へ買い付けに行く。その時、君を拾ったんだ。ならば」
エゼは首へ巻いていたショールを下ろして琴莉の肩へ掛けた。
貧しいネコの国と聞いていたけど、決して仕立ての悪いものではなかった。
「君は娘の生まれ変わりかもしれない。いや、君には迷惑な話かもしれないがね」
エゼは財布を開けて一トゥン金貨を取り出した。厳めしいイヌの顔がレリーフされていた。読めない文字で何かが書いてあるのだが、琴莉には読めなかった。
「これは私個人が出すモノだ。君の小遣いにすると良い。困った事があったら、この街の何処へ行ってもクワトロ商会のエゼキオーレの縁者と名乗って良い。もし君がそうして良いと思うのであれば、エゼキオーレの娘と名乗ってくれると、私個人としては非常にうれしく思う。この街で私を敵に回すバカは居ないだろう。この世界へやってきたヒトは大概苦労する。だが、君のように運がいい者も居るんだ。この街を、この世界を好きになってくれると嬉しいね」
楽しそうにニヤリと笑ったエゼは、机の上の鈴を鳴らした。
執事のリベラトーレがやってきて、琴莉をジロリと一瞥しエゼを見た。
「バルボア商会の会合に出席する。支度してくれ」
「かしこまりました」
リベラトーレが居なくなったあと、エゼは『あぁ!そうだ!』と言うようなジェスチャーで琴莉を振り返った。
「コトリ。君の名だがフィオは君にアチェィロと名を贈りたいらしい。古いネコの言葉で鳥を意味する。君が空を飛んでたと言うもんだからね、妻は君はきっと鳥だと言うんだよ。まぁ、普通はアチェと呼ぶだろうが、どうだろう。気に入って貰えそうかね?」
エゼはペンを取り出し、薄く削った木の板へ文字を書いた。
流れるような達筆だと琴莉は思った。
「アチェィロとはこうやって書くんだ。まぁいずれ字も覚えると良い。どうだい?」
「つまり、エゼさんは私のゴッドファーザーですね」
「ごっどふぁーざー? なんだいそれは」
琴莉はニコリと笑ってエゼを見た。
怒らせないように注意しているつもりだが、もしかしたら地雷かも知れない。
「ヒトの世界の私が生まれた国ではないところの習慣でして、街の名士が子どもに名前を贈るんです。その名付け親の子供をゴッドファーザーと言うんです」
「なるほどな。じゃぁ、アチェィロで良いかい?」
「はい、もちろんです。これからよろしくお願いします」
「よし。じゃ、今日から私は君を実の娘だと思って扱う事にする。ここには私の保護する女たちが三十人ほど暮らしている。みんな色々あって、流れてきた根無し草だ。アチェがうまく生きていける事を祈っているよ。最後に一つだけ、絶対に忘れないで欲しいのだが、君の本当の名前。真名は誰にも教えちゃいけないよ? 真名を知られると魂を乗っ取られるんだ」
琴莉の肩をポンと叩いたエゼは笑みを浮かべて部屋を出て行った。
一人残された琴莉は深々て頭を下げてエゼを見送った。
さしあたって客を取らされる事は無さそうだ。
そんな安心感に、琴莉は酷く疲れていた。
だが、本当の受難はここからだった。
琴莉にあてがわれた部屋は、娼館の女たちの仕事部屋兼私室が並ぶ薄暗い廊下のどん詰まりにあった。畳二枚ぶん程度しかない僅かスペースだった。ここにハイラックベッドを押し込み、そのベッドの下には机と小さな洋服掛け。
ベッド脇に大きめの雑誌程の大きさしかない窓がある場所で、本来は清掃用具やベッドシーツなどを置く荷物室だった。しかも、部屋には扉が無く、古いカーテンで廊下と区切られているだけだ。
だけど琴莉には文句を言うつもりは無い。僅か数日間の完全野宿を経験してしまうと、この環境ですら恵まれすぎだと感じていた。
「ちょっと! いるんでしょ?」
唐突にカーテンの向こうから声がした。
「あ、はい! はいはい! いますいます」
慌ててカーテンを開けた琴莉。
カーテンの外にはネコ耳の付いた若い女が立っていた。
ただ、じっくり見ればフィオほどで無いにしろ、それほど若くもなさそうだ。
「あんた、アチェィロだって?」
うんと頷く琴莉。
女は明らかに娼婦だと言う派手な化粧だった。
「へぇ。なかなかの器量良しじゃないか。男たちが悔しがりそうだな」
女は振り返って指笛を鳴らした。
その音に合わせ一斉に戸が開いて、娼館の女たちが出てきた。
「この娘はアチェィロ。新入りだからって面倒押し付けんじゃないよ!」
その女は小気味良い口調で集まった女たちに指示を飛ばした。
「あ、あの……」
「なんだい?」
何かを言いかけ言葉を飲み込んだ琴莉。
そのリーダー格らしき女は琴莉の言葉を待った。
「あ……アチェィロです。よろしくお願いします」
礼儀作法もわからない以上、琴莉は頭を下げるしかなかった。
だが、どうやらそれで良かったらしいと琴莉は気が付いた。
リーダー格の女は楽しそうにニヤリと笑っていた。
「あたしはエリーゼ。普段はエリーと呼んでくれれば良い」
「はい、エリーさん」
「あれ? あんた、つんぼかい?」
「はい?」
「エリーで良いんだよエリーで」
ハハハハと楽しそうに笑ったエリー。
「まぁ良いさ。それよりアチェ。お昼はまだだろ?」
「はい」
「お昼食べに行こう。仕度しな!」
「あ、いや、あの、私……」
「アンタには言ってない」
「え?」
ニヤリと笑ったエリーは、くるっとターンを決めて振り返った。
「だっせーかっこしているアチェをクワトロの女らしく仕上げな!」
「「「「はいよ!ネェさん!」」」
エリーの後ろにいた女達が一斉に琴莉に襲いかかった。
ネコに混じってイヌか?と思う女が混じっていて、中にはヒトの女も居た。
あっという間に裸に剥かれ、皆が持ち寄った服で飾り立てられた。
「よしよし! クワトロの女っぽくなってきたね!」
こんなメイクした事無い!と言うような派手なメイクで化けさせられた琴莉。
誰かが持ってきたピンヒールを履いて引っ張り出された。
「いいかいアチェ! クワットロの女はね! 舐められたら仕舞だよ!」
腕を組んで口をとがらすエリー。その周りで女達がウンウンと頷いていた。
彼女たちの首元には豪華な首飾りが光っていた。
金や銀に真珠をあしらった、目を見張るような豪華な仕立ての首飾り。
「金さえ払えば客だろ!なんて馬鹿男や余所の女達から舐められんじゃ無いよ! 意地を張って生きな! 自分の意地だけは誰も奪えやしないんだ!」
その首飾りに手を添えて、小気味良い喧嘩口調のエリーは妖艶に笑った。
幾多の修羅場を見てきた者だけが見せる姿だと琴莉は思った。琴莉の知っている限りだが、苦労に苦労を重ねて生きてきた女達は、何処へ行っても見せる笑顔が一緒だと思った。
「例え首輪つきになったってね、死ぬまで意地を張るんだ! 死んじまったら後の事なんか知ったこっちゃ無い! 遊び方も知らない田舎男のぶら下げたみっともねぇ萎び茄子を舐めてやるか握り潰してやるか、それを決めんのはこっちなんだよ。他に何も売るモンが無いけどね、あたし達は男を満足させるって技術一本で喰ってんだ! 例えそれがどんなモンでもね。相手に舐められんじゃ無いよ! 見知らぬ男に股を広げた売女なんて蔑まれんじゃない!」
琴莉は思わず頷いた。
「意地を張るんだ! 例え百万の金を積まれたって、嫌な男になんか抱かれてやる義理は無いんだ! そんな紙切れなんか軽く袖にしてやんな! 売り物が自分自身なんだから、絶対安売りなんかするんじゃないよ! わかったね!」
エリーは。ここの女達は琴莉が思ってる以上にプライドが高く、そして職業意識も高かった。プロの矜持を持っているのだった。その姿をなんとなく眩しいと感じた琴莉。
エリーはそんな琴莉の内心を見透かしたかのように笑った。
「どんな種族だって人間だって、女が産むんだよ。男にゃ産めないんだ。そんでね、産まれてくる時は裸なんだよ。王様だって乞食だって、産まれてくる時は裸なんだよ。だからせめて死ぬ時くらいは、目一杯着飾って誰よりも綺麗に化粧して、それで死にたいだろ?」
エリーは琴莉の目を覗き込んだ。
「女ならね」
気が付けば、琴莉はそんな女達に飲み込まれていた。